2020年07月17日

醫王寺の梵鐘(旧浦和市)戦時の回収をまぬがれた西堀村の鐘 

今回は旧浦和市において、戦時供出をまぬがれた梵鐘の話です。
<醫王寺の鐘>いおうじ
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こちらです。戦争中は金属資源の不足を補うため、国主導で寺の鐘や大仏像などが回収になったといいますが、旧浦和市内でそれをまぬがれたまぬがれた唯一の梵鐘とのこと。私のような素人には分かりにくいですが、技法も凝ったもののようです。

<醫王寺の入口>
sn449Ankyo (2).jpg
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この日は市内を流れる鴻沼川の支流に合流する暗渠を探索。まぁ道ですが、地下には水が流れています。歩道が途切れるところで、寺院があることに気づきました。

<山門>
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真言宗智山派の寺院です

<本堂>
sn449 (1).jpg
sn449 (2).jpg

<大日堂>
sn449 (6).jpg
塚の上の大日堂は普段は非公開。大日如来坐像が安置されています。

さて
今回の注目はこちらです
<鐘楼>
sn449 (3).jpg
普通の鐘楼に映りましたが、説明文を読んで感じるものがありました。

<説明板>
sn449 (5).jpg
以下に転記します。

『江戸時代中期、宝暦十四年(一七六四)に造られたものです。その銘文から、かつて西堀にあった宝性寺の慈観が願主となり、西堀村中が施主となって江戸神田の鋳物師長谷川国重に鋳造させたものであることがわかります。
江戸時代中期ころ、梵鐘が盛んに造られましたが、この銅鐘は撞座が四カ所あること、百個ある乳の上に梵字を陽刻していることなどの特色があり、見るべきところの多い貴重なものです。また、市内にある梵鐘としては、戦時供出をまぬがれた唯一の例です。
宗教法人医王寺・浦和市教育委員会掲示』

[出典:現地説明板]

なるほど
まず、江戸中期に造られたというだけで貴重だと思いました。どのような鐘の音なのでしょうか。江戸時代の西堀村には既にあったのでしょうから、この地で暮らす人たちが、代々この鐘の音を耳にしてきたわけですね。鳴ってなお残る余韻を感じながら、それぞれの時代のそれぞれの人たちは、何を思ったのでしょうね。

また、神田の鋳物師に鋳造させた見どころの多い梵鐘とのこと。それがひっそりとここにある。

もっと有名でも良いのになぁ

などと勝手に感動してしまいました。


ただ、私が知らなかっただけで、知る人が知る鐘のようです。あとから調べたところ、ここ醫王寺の大日堂の木造大日如来坐像は、国認定の重要美術品であり埼玉県指定有形文化財に指定されているようです。そして私が見た銅鐘も、市の指定有形文化財とのこと。あまり良くわからないまま、すごいお寺を訪ねていたのですね。お恥ずかしい。でも知らないということは、時と場合によっては感動に繋がります。

sn449 (8).jpg

俗人がお邪魔しました。
ありがとうございます。

■訪問:上宮山醫王寺
 ( 西堀医王寺 )
[さいたま市桜区西堀2丁目]
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