<七不思議の説明板>
場所は三芳野神社の境内です。どれも興味深い内容でしたので、共有できれば幸いです。『 』内は川越市作成の文章の転記です(転記間違いありましたらお許し下さい)。
1.霧吹の井戸
(きりぶきのいど)
『城中に苔むした大きな井戸があった。ふだんは蓋をしておくが、万一敵が攻めて来て、一大事という場合には、この蓋を取ると、中からもうもうと霧が立ち込めて、城は敵から見えなくなったという。そのため、川越城は別名霧隠城ともいわれる。』
川越城の別名霧隠城(きりがくれじょう)とはこういうことなんですね。霧隠才蔵とはまったく関係ないお話です。
2.初雁の杉
(はつかりのすぎ)
『川越城内にある三芳野神社の裏には大きな杉の老木あった。いつの頃からか毎年雁の渡りの時期になると時を違えず飛んできた雁は、杉の真上まで来ると三声鳴きながら、杉の回りを三度回って、南を指して飛び去ったということである。そのため、川越城は別名初雁城ともいわれている。』
こちらも別名の由来ですね。
3.片葉の葦
(かたばのあし)
『浮島稲荷神社の裏側一帯は、萱や葦が密生した湿地帯で、別名「七ッ釜」といわれていた。ここに生える葦は不思議なことに片葉であって、次のような話が伝わっている。
川越城が敵に攻められ落城寸前に、城中から姫が乳母と逃げのび、ようやくこの七ッ釜のところまでやって来たが、足を踏みはずしてしまった。姫は、川辺の葦にとりすがり岸にはい上がろうとしたところ、葦の葉がちぎれてしまい、姫は葦の葉をつかんだまま水底へ沈んでしまった。この辺の葦は、この姫の恨みによってどれも片葉であるといわれている。』
ちょっと悲しいお話でした。七ッ釜と呼ばれる湿地帯があったようですね。
4.天神洗足の井水
(てんじんみたらしのせいすい)
『太田道真・道灌父子が川越城を築城するに当たって、堀の水源が見つからず困っていたところ、一人の老人が井水で足を洗っているのに出会った。この老人の案内によって水源を見つけた道灌は、かねての懸案を解決し、難攻不落の川越城を完成させることができたといわれている。かの老人の気品にあふれた姿に気がついた道灌は、これぞまぎれもない三芳野天神の化身であったかと思い、以来これを天神洗足の井水と名づけて大事に神慮にこたえたという。』
川越城築城者・太田道灌の逸話をまた一つ知ることになりました。
5.人身御供
(ひとみごくう)
『川越城築城の際、太田道真、道灌父子は、三方(北、西、東)の水田が泥深く、築城に必要な土塁がなかなか完成せず苦心をしていたところ、ある夜龍神が道真の夢枕にたって、「明朝一番早く汝のもとに参った者を人身御供に差し出せばすみやかに成就する」と言った。道真は、龍神にそのことを約束をしたが、明朝一番早く現れたのは、最愛の娘の世禰(よね)姫であった。さすがの道真も龍神との約束を守れずにいると、姫は、ある夜、城の完成を祈りながら、七ッ釜の淵に身を投げてしまった。そののち川越城はまもなく完成したという。』
切ないお話ですね。七ッ釜は3番目の「片葉の葦」にも登場した湿地帯ですね。
6.遊女川の小石供養
(よながわのこいしくよう)
『むかし、川越城主にたいそう狩の好きな殿様がいて、毎日のように鷹狩りに出かけていた。ある日、供の若侍が小川のほとりを通りかかると、一人の美しい百姓の娘に出会ったので、名前をたずねるとおよねといい、やがてこの娘は縁あって若侍の嫁となったが、姑にいびられ実家に帰されてしまった。およねは自分の運命を悲しみ、夫に出会った小川のほとりで夫が通りかかるのを待っていたが、会うことができず小川の淵へ身を投げてしまった。やがてこの川を「よな川」と呼ぶようになったが、川の名は「およね」からきているとも、よなよな泣く声が聞こえるからともいわれている。』
また切ないお話でした。遊女川は「よな川」と読むのですね。まったく違う意味に受け止めていましたが、知れば納得です。
7.城中蹄の音
(じょうちゅうひづめのおと)
『川越城主酒井重忠は、不思議なことに夜ごと矢叫や蹄の音に眠りをさまされていた。ある日、易者に見てもらったところ、城内のどこかにある戦争の図がわざわいしているとの卦(け)が出たので、さっそく土蔵を調べたところ堀川夜討の戦いの場面をえがいた一双の屏風絵がでてきた。この屏風の半双を引き離して養寿院に寄進したところ、その夜から矢叫や蹄の音が聞こえなくなったという。』
酒井重忠は川越藩の初代藩主です。徳川家康の古くからの家臣で、合戦で武功を挙げた経験もあります。そんな勇ましい武将も、戦の夢にうなされるんですね。
以上7つが、川越城にまつわる不思議な言い伝えとして残っているそうです。
ということで
川越城跡からの帰り道は片葉の葦・人身御供と関係ありそうな場所へ
<浮島稲荷神社>
久保町の浮島稲荷神社です。「くぼ」の名は低地に由来するのでしょう。つまり、言い伝え通り、この付近は湿地帯だったのかもしれません。そして、ちょっとした微高地は「浮島」のように映ったのでしょう。別名の「七ツ釜」は、水の湧き出る所(釜に例えるのですから沼のような感じでしょうか?)が7つあったとも言われているそうです。まぁ厳密に七か所かどうかより、水があちらこちらから湧き出る湿地帯という解釈で良いのかと思われます。
<片葉の葦の石碑>
ありました。「片葉の芦叢生の所」と刻まれています。七不思議の3番目・片葉の葦の悲話が伝わる場所ということですね。少し神妙な顔で境内を散策し、浮島稲荷をあとにしました。
■訪問
三芳野神社
[埼玉県川越市郭町]
浮島稲荷神社
[埼玉県川越市久保町]
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