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第202回 いやな写真 [2016/05/21 17:10]
文●ツルシカズヒコ
堀切利高編著『野枝さんをさがして』によれば、野枝は五月二十九日(推定)付けの手紙を安成二郎に宛てて書いている。
多恵春光著『新しき婦人の手紙』(日本評論社出版部・一九一九年九月)の第九章「文例 知名婦人の手紙」に「執筆の約束と周旋を頼む」という仮題で収録されているもので、この書簡は『定本 伊藤野枝全集』(全四巻)には収録されていない。
○○(※1)ありがたくたしかに落手いたしました。
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第172回 早良(さわら)炭田 [2016/05/14 18:14]
文●ツルシカズヒコ
野枝と辻はなぜ今宿に四ヶ月もの長逗留をしたのかーー。
野枝は第二子を出産するころ、ある「決心」をしていたと書いている。
……私はとう/\決心したのです。
……母に一時だけ子供をつれて田舎にひとりで行かして貰ひたいと切り出したのです。
そしてTには自分の生活をもつと正しくするために少し考へたいから、とにかく暫(しばら)く別れてみたいと云つたのでした。
そして双方から承諾を..
第170回 千代の松原 [2016/05/14 12:58]
文●ツルシカズヒコ
一九一五(大正四)年七月二十日、辻と野枝は婚姻届を出した。
七月二十四日朝、野枝と辻と一(まこと)は今宿に出発した。
この帰郷は出産のためで、十二月初旬まで今宿に滞在した。
野枝が次男・流二を出産したのは十一月四日だった。
今月号から日月社の安藤枯山(こざん)氏の御好意で私の留守中丈(だ)け雑務をとつて下さることになりました。
多事ながら面倒なことをお引きうけ下すつた御厚意を深..
第160回 堕胎論争 [2016/05/11 11:06]
文●ツルシカズヒコ
『青鞜』一九一五(大正四)年六月号は発売禁止になった。
『青鞜』にとっては三度めの発禁である。
『定本伊藤野枝全集 第二巻』「私信ーー野上彌生様へ」の解題によれば、原田皐月が書いた「獄中の女より男に」が「風俗壊乱」だとされたからである。
「獄中の女より男に」は、生活苦のために堕胎した女性の内面を相手の男性に宛てた手紙形式で描いた小説だった。
『東京日日新聞』(六月七日)の「青鞜の発売禁止」という..
第111回 染井の森 [2016/04/23 14:01]
文●ツルシカズヒコ
「散歩いたしませんか」
こう言って誘いに来た野枝と連れ立って、野上弥生子が家から近い染井の森へ行ったのは、ある春の日だった。
野枝は一(まこと)をおんぶしていた。
弥生子は下婢の背中に下の子(野上茂吉郎)を預け、そのかわり四つになる小さい兄(野上素一)の手を引いていた。
「なんといういい日でしょうね」
「この四、五日はまた特別ね」
「鶯がよく啼くじゃありませんか」
「こん..
第103回 少数と多数 [2016/04/20 12:37]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年、秋。
野上弥生子にとって野枝は最も親しい友達になっていた。
九月初旬、二番目の子供を出産するために駒込の病院に入院した弥生子は、二週間目に新たな小さい男の子を抱いて帰宅し、下婢から裏の家にも出産があったことを知らされた。
弥生子が子供にお湯などを使わせていると、裏の方からも高い威勢のいい泣き声が聞こえた来た。
「赤さんが泣いているわね、やっぱし男の子かしら」
「さあ、..
第102回 出産 [2016/04/19 19:36]
文●ツルシカズヒコ
野枝は辻の力を借りて、エマ・ゴールドマン『Anarchism and Other Essays』に収録されている「婦人解放の悲劇」を『青鞜』九月号に訳載した。
解放は女子をして最も真なる意味に於て人たらしめなければならない、肯定と活動とを切に欲求する女性中のあらゆるものがその完全な発想を得なければならない。
全ての人工的障碍が打破せられなければならない。
偉(おおい)なる自由に向ふ大道に数世紀の間..
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