2015年01月01日
久方の
新年おめでとうございます。
大晦日に、お話しましたようにレポートできりきり舞いの毎日ですが、その中で、博物館情報メディア論のレポート課題に、小学生高学年あてにプレゼンをするという課題を与えられました。そこで大胆にも、小学生に和歌の楽しみをという大それた原稿にチャレンジしたのですが、やはり私には荷が重く、学習指導要領の把握がいまいちで、良いものが出来ず、没にしてしまいました。
それでも、細かいことは許していただいて、一緒に楽しみたいという思いで、この没原稿をお読みください。
何と失礼なことを、とも思いますが、死と再生を気取って、めでたい、しみる歌を掲載させていただきます。
『久方のひかりのどけき春の日にしづこころなく花のちるらむ』 紀友則
(日の光がこんなにものどかな春の日に、どうして桜の花だけは、あわただしく(しづこころなく)散っていってしまうのだろうか。)
「ひさかたの」は、空や日、月、などの天空に関する枕詞。枕詞とは、その歌の中心となるような単語を、もろに出してくるのではなく、飾りをつけてある程度お決まりの意味を持たせる使い方で、それ自体を訳すことはありませんが、その単語の意味を暗示させる働きが残っているものもあります。「久方(ひさかた)の」は広い時空を例えた意味と考える人もいます。二つで一つの意味を持つ熟語の様なものと考えてください。でもこの枕詞と言うものは、とても深い意味があるんですよ。この歌に限らず、枕詞は伝統なのです。枕詞が出ただけでみんなが、気持ちを一つに共有できる、現在ばかりではなく過去からの沢山の沢山の人たちが、何千年前のあの有名な人も、全く無名のあの人も私と同じ月を空を観てきたという、共有感をもたらすのです。
「らむ」は、推量(すいりょう)の助動詞(じょどうし)です。今は使いませんが、「どうして〜だろうか」という意味を持ちます。
ところで、この有名な百人一首にも選ばれている歌の、作者の投げかけている意図(いと)は何でしょうか。どうも作者も読者もこんなのどかな景色の中で、いつまでもゆっくり咲いていてくれればいいじゃないかと思っている。でも桜は、どんどんどんどんつれなく散っていってしまう。
これを「もののあわれ」といいます。国語学者の大野晋さんによれば、「もの」とは「道理」のことだといいます。皆さんにはまだ難しいかも知れませんが、世の中には判っていてもどうしようもない大きな原理のようなものがあります。仏教ではそれを「摂理」と呼んだりしますが、世間ではもうすこし身近に「道理」と言います。
「どうりで・・・なはずだ」などと納得することがありますがそれです。ここでは、作者の意図に反して、時が来ればさっさと散る、それは花が自分の命を充分に生きて燃え尽きた充実した終わりの姿で悲しいことではありません。
それでも名残惜しい。せっかく美しく咲いたのにもう・・・。
桜の持つ「時」と人間の持つ「時」の「すれ違い」こそ、「もののあわれ」なのです。そして、それでよしとする、諦めがあればこそ、桜の美しさも価値あるものに変わるのです。
桜だけでなく、これから皆さんは人と人との出会いや、男の子や女の子同士でも生じる、気持ちのすれ違い、別れ、事件・事故、欲しいものから引き裂かれる経験など様々な道理に直面するはずです。
世の中はすれ違いだらけなんです。相手と通じ合うことはまれです。
そのときその事実を、どう受け止め、行動するかで、その人が大きくなるか、小さいまま終わってしまうかの価値が決まってきます。
その時何を諦めて、なにを受け取りますか?そんなことを考えながら、このお話を終えたいと思います。
『白鳥は哀しからずや空の青 海のあを(お)にも染まずただよふ(う)』 若山牧水(わかやまぼくすい)
白い鳥(かもめ)は哀しくはないのだろうか。空の青、海の青にも染まる(まぎれて自分がわからなくなってしまう)こともなく、(しっかり)ただよっている。
晴れて見晴らしのいい、ところで海と空を眺(なが)めています。よく見ると青い空を真っ白な小さなカゴメがゆったりと飛んでいます。空と海の広さに、うっかり見逃してしまうところでした。
牧水は旅とお酒をとても愛した歌人(和歌をよむひと)で、一生旅を続けながら、歌(現代では詩がこれに近いものです)をよみ、行く先々で友と酒をくみかわした人でした。今から100年くらい前に生きていた人ですからことばもそんなにむずかしいところはありませんね。旧仮名使いといって、ところどころ少し変わった文字を使いますが、なれてくればおよその見当はつきます。牧水がなぜ一生旅をしつづけたのかは誰にも確かなことは言えませんが、人間というものは(ここでは目の前を飛んで行くカモメに、人間を例えて歌っていますね。このように人でないものを人に見立てて表現する方法を擬人法と言います)さびしい生きものだ(ここでは哀しいといっています)、だからその気持ちをわすれようとあれこれと、まぎらわせても、その事実は変えられない。そうだとしたら、そこから逃げないでその気持ちは一体どこからきているのか、なんとかその気持ちの正体をつかまえたいものだ、そういう気持ちでいろいろな場所に行き、いろいろな考えの人とお酒を飲みながら、本音(ほんね)で語り合ったのかもしれません。昔から日本にはこのような人々を世捨て人といって差別したり、逆に自分のこころに忠実な人、勇気ある人だといって尊敬したりいろいろな扱いをしてきました。(また日本では、そういう面倒を見てくれる仲間達の集まりを「座」と言いました)。
古くはインドではお釈迦様、日本では西行(さいぎょう)法師、松尾芭蕉(ばしょう)などもおなじです。近年では種田山頭火などという人もいました。この人達は、私達のように家に住まず、「旅」に人生の重点を置いて生きたのでした。その方がさびしくつらいものですが、一方で今の生活に埋もれてしまう事を嫌い、自分を離して見るという「自己の相対化」という方法で見直しました。判り易く言えば「自分だけが特別」という気持ちを捨てて、自然の中では自分も皆も、生きもの全てが、同じ小さな部分に過ぎないと考え、自分というものの姿を見つめ直し、人間だけが優れていると思わないという考え方をしていくことでした。
仕事もしないで「施し(ほどこし)」といって、助けてくれる人達(座など)からのもらいもので生活していました。移動はしなくても、寺に留まって貰ものだけで生活した良寛さまもいましたね。
海の青、空の青にも旅人の心をひきつける何かがありそうですね。光には様々なスペクトル(波長(はちょう))というものがあり、その波長の長さの違いによって、目に見える色が違ってきます。実は「青」はその波長が一番短い端っこにある・世界の果てにある色なんですね。つまりそれ以上短い波長のものは目に見えないし、有害なんです。「その先には何があるんだろう」という自然の神秘にひかれ、好奇心や怖さの混じった様な気持になる、そんな色でもあります。今、紅白歌合戦を見ながら、この文章を書いていますが、椎名林檎さんも、「気高く燃え盛る青」と歌っていました。詩人もこころでそのことに気づいていたのかもそれませんね。もう一度みんなで読んでみましょう。皆さんこれから先、いつかどこかで、思いだすこともあるでしょう。
大晦日に、お話しましたようにレポートできりきり舞いの毎日ですが、その中で、博物館情報メディア論のレポート課題に、小学生高学年あてにプレゼンをするという課題を与えられました。そこで大胆にも、小学生に和歌の楽しみをという大それた原稿にチャレンジしたのですが、やはり私には荷が重く、学習指導要領の把握がいまいちで、良いものが出来ず、没にしてしまいました。
それでも、細かいことは許していただいて、一緒に楽しみたいという思いで、この没原稿をお読みください。
何と失礼なことを、とも思いますが、死と再生を気取って、めでたい、しみる歌を掲載させていただきます。
『久方のひかりのどけき春の日にしづこころなく花のちるらむ』 紀友則
(日の光がこんなにものどかな春の日に、どうして桜の花だけは、あわただしく(しづこころなく)散っていってしまうのだろうか。)
「ひさかたの」は、空や日、月、などの天空に関する枕詞。枕詞とは、その歌の中心となるような単語を、もろに出してくるのではなく、飾りをつけてある程度お決まりの意味を持たせる使い方で、それ自体を訳すことはありませんが、その単語の意味を暗示させる働きが残っているものもあります。「久方(ひさかた)の」は広い時空を例えた意味と考える人もいます。二つで一つの意味を持つ熟語の様なものと考えてください。でもこの枕詞と言うものは、とても深い意味があるんですよ。この歌に限らず、枕詞は伝統なのです。枕詞が出ただけでみんなが、気持ちを一つに共有できる、現在ばかりではなく過去からの沢山の沢山の人たちが、何千年前のあの有名な人も、全く無名のあの人も私と同じ月を空を観てきたという、共有感をもたらすのです。
「らむ」は、推量(すいりょう)の助動詞(じょどうし)です。今は使いませんが、「どうして〜だろうか」という意味を持ちます。
ところで、この有名な百人一首にも選ばれている歌の、作者の投げかけている意図(いと)は何でしょうか。どうも作者も読者もこんなのどかな景色の中で、いつまでもゆっくり咲いていてくれればいいじゃないかと思っている。でも桜は、どんどんどんどんつれなく散っていってしまう。
これを「もののあわれ」といいます。国語学者の大野晋さんによれば、「もの」とは「道理」のことだといいます。皆さんにはまだ難しいかも知れませんが、世の中には判っていてもどうしようもない大きな原理のようなものがあります。仏教ではそれを「摂理」と呼んだりしますが、世間ではもうすこし身近に「道理」と言います。
「どうりで・・・なはずだ」などと納得することがありますがそれです。ここでは、作者の意図に反して、時が来ればさっさと散る、それは花が自分の命を充分に生きて燃え尽きた充実した終わりの姿で悲しいことではありません。
それでも名残惜しい。せっかく美しく咲いたのにもう・・・。
桜の持つ「時」と人間の持つ「時」の「すれ違い」こそ、「もののあわれ」なのです。そして、それでよしとする、諦めがあればこそ、桜の美しさも価値あるものに変わるのです。
桜だけでなく、これから皆さんは人と人との出会いや、男の子や女の子同士でも生じる、気持ちのすれ違い、別れ、事件・事故、欲しいものから引き裂かれる経験など様々な道理に直面するはずです。
世の中はすれ違いだらけなんです。相手と通じ合うことはまれです。
そのときその事実を、どう受け止め、行動するかで、その人が大きくなるか、小さいまま終わってしまうかの価値が決まってきます。
その時何を諦めて、なにを受け取りますか?そんなことを考えながら、このお話を終えたいと思います。
『白鳥は哀しからずや空の青 海のあを(お)にも染まずただよふ(う)』 若山牧水(わかやまぼくすい)
白い鳥(かもめ)は哀しくはないのだろうか。空の青、海の青にも染まる(まぎれて自分がわからなくなってしまう)こともなく、(しっかり)ただよっている。
晴れて見晴らしのいい、ところで海と空を眺(なが)めています。よく見ると青い空を真っ白な小さなカゴメがゆったりと飛んでいます。空と海の広さに、うっかり見逃してしまうところでした。
牧水は旅とお酒をとても愛した歌人(和歌をよむひと)で、一生旅を続けながら、歌(現代では詩がこれに近いものです)をよみ、行く先々で友と酒をくみかわした人でした。今から100年くらい前に生きていた人ですからことばもそんなにむずかしいところはありませんね。旧仮名使いといって、ところどころ少し変わった文字を使いますが、なれてくればおよその見当はつきます。牧水がなぜ一生旅をしつづけたのかは誰にも確かなことは言えませんが、人間というものは(ここでは目の前を飛んで行くカモメに、人間を例えて歌っていますね。このように人でないものを人に見立てて表現する方法を擬人法と言います)さびしい生きものだ(ここでは哀しいといっています)、だからその気持ちをわすれようとあれこれと、まぎらわせても、その事実は変えられない。そうだとしたら、そこから逃げないでその気持ちは一体どこからきているのか、なんとかその気持ちの正体をつかまえたいものだ、そういう気持ちでいろいろな場所に行き、いろいろな考えの人とお酒を飲みながら、本音(ほんね)で語り合ったのかもしれません。昔から日本にはこのような人々を世捨て人といって差別したり、逆に自分のこころに忠実な人、勇気ある人だといって尊敬したりいろいろな扱いをしてきました。(また日本では、そういう面倒を見てくれる仲間達の集まりを「座」と言いました)。
古くはインドではお釈迦様、日本では西行(さいぎょう)法師、松尾芭蕉(ばしょう)などもおなじです。近年では種田山頭火などという人もいました。この人達は、私達のように家に住まず、「旅」に人生の重点を置いて生きたのでした。その方がさびしくつらいものですが、一方で今の生活に埋もれてしまう事を嫌い、自分を離して見るという「自己の相対化」という方法で見直しました。判り易く言えば「自分だけが特別」という気持ちを捨てて、自然の中では自分も皆も、生きもの全てが、同じ小さな部分に過ぎないと考え、自分というものの姿を見つめ直し、人間だけが優れていると思わないという考え方をしていくことでした。
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