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安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。
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2021年03月07日

夢の都


安全地帯VII 夢の都』十一曲目「夢の都」です。この曲、タイトルナンバーでこのアルバムは幕を閉じます。

エコーの効いたボーカルで曲がはじまり、アコースティックギターが重ねられていきます。ドラムはドスン!というバスドラらしき音が響きますが、ベースは入っていないように思われます。

非常にシンプルなアレンジなんですが、このアコースティックギター、まるで雅楽の箏のようです。軽やかに、しめやかに、あでやかに、そして儚く、深くエコーのかかった玉置さんのボーカルとの対比をなすかのようにリバーブだけで生々しく響き、すべての音符が余韻を心の中に残して消えていきます。なんという美しさ!思わず、息をのみます。

雑誌のインタビューでは「夢の都ってのは、旭川なんだよ」と玉置さんが語っていたと記憶しているのですが、それは、わたしがそうであってほしいと願っているからありもしないインタビュー記事を心の中で捏造したかもしれず、あまり信憑性はありません。

旭川の春は、まだ雪の中で始まります。本州の人ならまだ真冬だと思うでしょう。でも地元の人は知っています。ああ、だいぶ暖かくなったな、と。根雪となった固い氷の下では、わずかに氷が解けて地面と氷にスキマが生じ、その上を歩く人の感触、手ごたえでなく足ごたえとでも呼ぶべき感触がわずかに変わってゆくのです。ああ、下のほう溶けてきたなと。そうなると、子どもが面白がって車道の近くからバリンバリンと足で氷を割って歩く季節までもうすぐなのです。時を同じくして、ふきのとうが姿を見せ始めます。玉置さんのソロアルバム『GRAND LOVE』一曲目「願い」の世界です。

五月ころ、「花の咲いた季節」が訪れます。ヨーロッパの春のように、一気にきます。石狩川や美瑛川沿いからざざざざざっと、タンポポだらけですが(笑)、花の帯が広がってゆくのです。これはストラビンスキーも春の祭典のような大喜び・狂乱の春の曲を書かざるを得ません。

舟は……えーと、競艇の場外舟券場がありますけど、もちろんそれではなく(笑)、ふつうに常盤公園でしょう。わたくしも子どものころ中心市街地をぶらつき、常磐公園を散策し、石狩川沿いに歩いて祖母の家まで帰ったものです。この美しい公園こそが「夢の都」の舞台だと、わたくし信じて疑わないのですが、松井さんがこの公園をご存知かどうかはもちろんわかりません(笑)。ぜひ、上記のリンクから常磐公園の写真をみながら、この曲を聴いてみてください。わたくしなどすこし涙が出てきます。もちろん、皆さん想い出の「夢の都」、そしてその都の公園など心の中におもちの方は、その公園に置き換えて聴いてみてください。ただ、おっちゃんたちが舟券もって大騒ぎしている競艇場の光景はあまりお勧めできません、この曲の「夢」は、「うおおおおおおマンシューじゃああああ」とかそういう「夢」とは明らかにちがうのです(笑)。

「青い鳥」は、いわゆる青い鳥症候群という、いつまでも現状に満足せず夢を追いかける様子を指しているのでしょう。「症候群」なんていうと病気扱いみたいに聞こえてあまり好きな言葉ではないのですが、それにしたって、この場合はアリでしょう?だって玉置さんですから、安全地帯ですから、現状に満足することなんてしないでしょうし。当時はもちろん知る由もありませんでしたが、実際に安全地帯はこの後30年を経ても安全地帯であり続けています。松井さんは、このアルバムの制作が成ったことさえ奇跡的だったという事実を受けてもなお、彼らの、そしてご自身を含めた自分たちの、「夢」を追う能力と情熱を信じたのだと思います。

このわずか二〜三年後、安全地帯は崩壊します。そして玉置さんは倒れ、旭川で静養することになるのですが、「夢」を追い続けて傷つき、倒れ、そしてこの「夢の都」に帰ってくるなんて、当時は誰も予想できませんでした。わたしなど、帰って来てたことすら知りませんでした。というか、そのときわたしは北海道を離れたタイミングでしたので、ちょうど入れ替わりだったのです。

それこそ「この道は何処へ」を胸に故郷を離れたわたしが「いつか目覚めた朝」を本州の街で迎えたころ、玉置さんが見た光景は、旭川のそれでした。少年時代に、それこそ山の向こうにみえる虹のかかる場所を求めて駈けた上川盆地の、そしてミュージシャンを夢見て仲間たちと切磋琢磨した旭川の街だったのです。

ボーカルだけの「夢の都〜」とエコーたっぷりで終わるこの曲は、安全地帯再開の活気の中にあってなお、松井さんが玉置さんの疲れと、癒しをもとめて原点を思う気持ちとを敏感に感知し、くみ上げて形にしたものとしか思えません。ですから、どうしてもわたくしは常磐公園こそがこの曲の舞台だと信じたいのです。

さてわたくし、おそらく過去最高ペースでこのアルバムが終わるところまでこぎつけました!春からは、ってもういいかげん春なんですが、ここで一年とか休まずに『太陽』の記事を始めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします!

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2021年03月06日

この道は何処へ


安全地帯VII 夢の都』十曲目、「この道は何処へ」です。

活動休止状態にあった安全地帯が再集結しこのアルバムを作成するきっかけとなった、壮大なバラードです。1991年冬季札幌ユニバーシアード大会のテーマソングとして、地元北海道出身のバンドである安全地帯に依頼のあった曲なのです。

札幌ですから、わたくし地元なのですが、ぜんぜんこの大会のことを知りませんでした。安全地帯が曲を作るというのではじめて大会の存在を知ったくらいです。ちょっと調べてみると、大学生による、もの凄い参加国数の国際大会です。うへー、こんなすごい大会があったんだ!大学生のときも、耳にかすったことすらありませんでした。まあー、そもそもスポーツ強豪って感じの大学でなかったですし、だいいちわたくし大学でスポーツやってませんでしたから、たんに無縁だっただけでしょう。

さてそんな、スポーツに青春をささげる若者たちへの熱い応援歌……なのか?なんか、ラブソングにも聴こえないこともないような気がするんですけど!

80年代には、故ちばあきお氏による『キャプテン』『プレイボール』のような、スポーツ以外は何も目に入りません的なスポーツマンガはほぼ皆無になり、あだちみつる氏『タッチ』、ちば拓氏『キックオフ』のような恋愛要素のおおいに絡むスポーツマンガが台頭、あの高橋陽一氏による『キャプテン翼』ですら中途半端なロマンス路線を導入し失笑を誘いまくった時代でしたので(正直、わざと笑わせようとしてるのかと訝ったものです)、「夢」「ときめき」「君の名前」といった要素をスポーツと恋愛の両方に重ねる若者の心情に訴える戦略だった……いや、たぶんそんなことじゃなく、単にいい歌をつくろうとしただけな気がします(笑)。実際、これからプロスポーツなり経済界なりの世界に羽ばたこうとする年頃の若者の、胸に青雲を抱く心情によく響くナイスな歌だと思います。わたくしほぼジャストな年齢層でしたから、よく胸に刻まれております。大学スポーツとは無縁でしたけども(笑)。ですから、選手への応援歌ではありつつも、若者全体の胸に訴えかけるような応援歌を意図していたんじゃないかな、なんて思うのです。

シンバルとシンセ、そしてシンセによく溶けるピアノ……たぶんエレピだとは思うんですけど、生ピアノの音を加工したという可能性もなくはない感じのピアノで曲ははじまります。

かなりリバーブの効いた玉置さんのボーカルが、シンプルなエレピをバックに朗々と響きます。そこへクリーントーンのギターがアルペジオで絡み、曲を徐々に盛り上げていきます。サビ前でドーン!とベース、ドラムを入れてサビが紡がれるという、実に王道ド直線のパワーバラードになっています。

王道なんですが、これほどドオーン!と広々と、おおらかに歌われた安全地帯のバラードがいままであったでしょうか。しいていえばTo meToo Late Too Lateくらいじゃないでしょうか。それらのバラードが恋愛なり友情なりのごく個人的な「クローズアップする」感情を歌いあげていた(それが安全地帯のも魅力だったわけなのですが)のに対し、この「この道は何処へ」はもう少し広い、わたくしの妄想がある程度的を射ていればの話ですが、若者の大きな夢、未来といった「ズームアウトする」イメージのバラードであるように思われるのです。これは、安全地帯の新時代を象徴する視点の転換といってもいいのではないでしょうか。つまり、わたくしの芸風も大転換を迫られること必至なのですが(笑)、それはこの際どうでもいいことといわなくてはなりません。

さて曲は、「夢みる〜」と、いわゆる「大サビ」をいれて、最後のサビへと向かいます。ありきたりといえばありきたりな手法ではありますが、効いてますね〜この大サビ!曲想の転換はもちろんなんですが、そこに「まだ終わらない」という詞をのせることにより、さらに急ズームアウトして上川盆地一帯を空から眺めるかのような浮揚感を得られます。あ、いや、ユニバーシアードは札幌でしたから、石狩平野ですね。でも、このアルバムジャケットから石狩平野を想起するのはムリです。上川盆地に決まっています!(謎の北海道人的こだわり)そして曲は半音アップ、最後のサビからアウトロへと続いていきます。

歌詞なんですが、何処へ何処へと繰り返すこの歌は、わたしのような北海道人が想像するようなまっすぐな道だけでなく、全国のどこにでも、いや、世界のどこにでもあるような道を、そこを歩む若者たちに思い起こさせ、人生という旅路を進む自分の姿を思わせます。若者は手に何も持ちません。いや、わたしのようなおじさんだって素寒貧だったりはしますが(笑)、「胸に秘めた思い」だけをもち、「まぶしい風」、「流れる雲」の下をどこまでも歩いてゆくのです。「ときめきを抱きしめるため」「ふりかえる想い出のため」に。

「ときめき」は異性へのそれかもしれませんし、「想い出」も異性とのそれかもしれません。その一方で、人生の夢的なものであるかもしれず、それを追いかけた日々を思い出すということかもしれません。若者にはこれから先、いくらでも、いろいろと、起こるものです。起こっていますよね?いや、起こっていてほしい!どうも、自分が若者でなくなると、そういう想像力がなくなっていけません。わたくしの世代はいわゆる氷河期世代ってやつで、ちょっと上のバブル世代から「君たちはかわいそうだねー若い時代に遊んでいろいろ経験できなくてさー」とか半笑いで哀れまれたものです。大きなお世話だよ(笑)。どうも、わたしたちは受験とか就職とかでアップアップ、ろくに若者的なアソビもできていない世代であるらしいのです。それと同じで、いまの若者も、上の世代からみると、自分たちと同じ経験のできないつまらない世界に放り込まれていて気の毒に見えることがあるのかもしれません。あ、いや、新しい音楽に関していえば、音楽業界が苦境に陥っていて活力を失ってますからほんとに気の毒だと思いますけど、それだって大きなお世話なのかもしれません。ああ、なんだか急に、自分の世代がいちばん気の毒な気がしてきて、寝込みたくなってきました(笑)。いろいろあったんですよーそれでも!そういう「ことば」で語られるものでなく、じかに経験する・したもの・こと「ふれるもの」を信じて生きるべきなのです。

この曲によって直接応援された世代は、わたしの世代、氷河期世代でした。ですが、この曲はいつでも、そう、現代にあっても、その時々の若者たちを勇気づけ、明日に向かって、何処へつづくかもわからぬ道へ一歩を踏み出す姿をみつめ続けるのだと思います。そうして送り出された世代は、いつまでも心にこの曲を留め「まだ終わらない」と歩み続けています。先を行く者は、後ろからついてくる者がいるからこそ力強く歩み続けられるのです。逆に後ろを行く者は、前に誰かが歩いていることで安心して歩むことができるのでしょう。この曲は、そんな対象レンジの極めて広い、安全地帯随一の人生応援ソングといえるかもしれません。

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2021年02月28日

プラトニック>DANCE


安全地帯VII 夢の都』八曲目、「プラトニック>DANCE」です。

まず、なんて読むのかわからないですよね。当時、ラジオでこの曲をかけるときDJがなんて読んだらいいかわからなくて困る、プラトニック「大なり」ダンスかな?とか言っていたのを思い出します。当時はあまり不思議に思いませんでしたけど、この曲をラジオでかける機会というのがあったんですね。シングル曲でもなかったのに。きっとリスナーからのリクエストなんだとは思いますが……。

さて読み方の分からないこの曲ですが、このアルバムにちりばめられた従来の安全地帯らしからぬハッチャケ系の、真打ちといったところでしょう。正直、当時はわけがわかりませんでした。安全地帯ってこういうのじゃない!もっとこう……そろいの帽子でひとつに広がる空を知っていたとか、涙を集めてきたハンカチに迷路の地図を描くとか……とにかく、そういうやつだよ!と混乱した記憶があります。長渕剛さんが「順子」とかのリリカル路線をすっかり忘れて、忌野清志郎さんかよ!と思うような声で何事かを唸り始めたときにも同じようなことは起こったものと思われますが、アーティストには劇的に変化・進化する瞬間、あるいはあたためてきた本来の輝きを垣間見せる瞬間というものがあります。それについていけなかったからといって、恨み言をいえた筋合いではないことは、いまとなっては重々承知しているのですが、当時はもう身をよじらんばかりに混乱したものです。

この曲の真価をやっとそこそこ理解したのは二年後、安全地帯アコースティックツアーのときでした。雨が降る野外ステージ、透明のテントがかけられ眩しく反射する照明のなか、この曲が放たれたのです。シルクの〜と響き渡る玉置さんのボーカルが腹にズンズンと迫り、アコースティックのギターが、雨がテントに弾かれ水しぶきとなって砕けてゆくのといっしょにキラキラと目と耳を震わせ、六土さん田中さんが遠い市街地まで届くんじゃないかと思われるほどのタイトなリズムを放ち続けます。そこにいる誰もがみるみるまに曲の世界にはまり込み、その心地よさに魂を奪われていきました。雨と照明の幻想的な雰囲気も相まって、ほんとうにエクトプラズムみたいなのが観衆の口からステージ上へと集まって巨大なエネルギーが貯まっているんじゃないかと思いました。そして玉置さんの「東京なんて〜」につづけて「つまらない!」と一気に大爆発です。従来の安全地帯らしくない曲ですから、古参のリスナーからの評価はけっして高くはなかったであろうこの曲ですが、もうすっかりこの曲のトリコです。こんな曲だったのか!いや、何百回何千回と聴いているんだからどんな曲かは知っているつもりだったのです。でも、知らなかったのです……。なんて心地いんだ!なんて楽しいんだ!わたくしここで「いい曲」の新しい形を学んだのでした。

そのツアーは、もっと勝手に恋したり微笑んでさよならしたり坂道を一人で降りてみたい気がしたりはほとんどしないツアーでしたから、リスナーは新しい安全地帯、現在の安全地帯をリアルに味わうことになったのでした。ただガッカリした人も多少はいたことでしょうけども、多くは、新しい安全地帯の魅力に気づかされたのでした。しかし残念ながら、そのツアー終了後、安全地帯は崩壊していきます……。

さてこの曲、前フリに不穏なシンセが左右に流れ、玉置さんの歌と小さくツクツクと刻まれるギター、おそらくパッドで叩かれているポクポクとしたパーカッションという、音数の少ない始まり方をします。「絹」と書いて「シルク」、「天秤」と書いて「バランス」、「桃色」と書いて「ピンク」、「恋愛」と書いて「ロマンス」と読ませる歌詞は「彼女は何かを知っている」を思わせる、松井さんお得意の粋な言葉遊びに満ちています。

そしてサビ前、二小節でベースとドラムが入り、曲をトップギアまでガコンガコンと上げていきます。観衆のエクトプラズムがその濃度を一気に高めたところです。

抱擁なんてはじけない!いきなり意味がよくわかりませんが、抱き合ってもすでに心は燃え上がらないということなのでしょう。なにせ「妄想なんてみたくない」のですから、当ブログの存在意義があやういのはともかくとしても(笑)、思わせぶりな態度でいろいろ考えさせられちゃうのはもう飽き飽きしてるのでしょう。曲全体に、もうちょっとやそっとじゃときめかないオトナの、それでも燃え上がりたいという止むことを知らぬ愛情、ひらたくいえば欲求不満的な感情が満ちています。

東京なんてつまらないのです。東京だろうがどこだろうが、一通りのロマンス的儀式を終え飽きてしまえばつまらないに決まってるんですが、そういうものが薄っぺらに思えてくるころには、都会は薄っぺらい舞台装置ばかりだと思えてしまうのです。だって、仕方ないじゃないですか。そっちのほうが需要あるんだもん(笑)。DANCEひとつで燃え上がり動揺しまくった恋は過去のものなのに、街にはDANCEを楽しむようなところばかり……。

プラトニックのほうが大きい、マシだ、よりよい、価値がある、とは、薄っぺらいDANCEなどしてドギマギする恋愛に疲れ、飽きてしまったオトナの心情なのでしょう。プラトニックとは、もともとは古代ギリシャの哲学者プラトンがいかにも提唱しそうな(してませんけど)、高尚な、という意味なのですが、従来の安全地帯が演出してきたような、色っぽい恋愛の段階を脱したということなのでしょう。……いわれてみれば!このアルバムも終盤に差し掛かってきましたが、まだただの一曲もそういう曲がありません!いや次の曲こそはきっと……「この道は何処へ」、そのあと「夢の都」ですね、終わったー!(笑)。そうです、この曲は、安全地帯が完全に過去の色っぽさ路線を脱したことを宣言する曲でもあったのです。どおりで、ここのところ『安全地帯V』の頃みたいな恋愛妄想を書く機会が減ったなーと思ってたわけです。

そのわりには「破れたDress」とか「桃色の素肌」とか「卑猥な恋愛」とか、かなりきわどいワードがちりばめられているのが興味深いところでもあります。いや、することはするんですよ?(笑)。からだと心のやましいバランスってものがありますから。ただ、そういった瞬間にも、それを一歩、いやもしかしたら二歩も三歩も引いて見ている感覚があって、ハマりきれない、なにかを見過ごしているのではという疑念がぬぐえないのです。

アコースティック・ギターとエレキギターのオーケストレーションとでもいうべき見事な間奏、そしてサビの後さらに同じようなオーケストレーションのアウトロで一分ほどもじっくり聴かせて曲はフェイドアウトしていきます。アコースティック・ライブでは、当然ぜんぶアコースティックギターでしたが、武沢さんの見事な指さばきに見惚れている間に終わってしまい(笑)、違和感を感じる間もなく、当然どんな構成になっていたかを思いだすこともできずといった惨状です。トホホ。DVDにも収録されていますが、たしかにこんな感じだったような気はするけど……といったくらいです。

さて、わかったようなわかってないような解説、というか妄想ですけども(つ・ま・ら・な・い)、一番肝心かもしれないところがまだ謎のままに残されています。「不埒な四文字」は何だったのか?「LOVE」か?「LOVE」なのか?ふつうにはそれしか思いつきませんけども、あんまり不埒(けしからぬこと)じゃないような気がしてなりません。みなさま、なにか不埒な四文字を思いついたら、ぜひこっそりお知らせください!(笑)

【追記】わたくしとんだ無知でした!これはいわゆるfour-letter wordというやつで、排泄や性に関する卑猥なことば、汚いことばは多くが四文字であることから、卑猥なことば、汚い言葉、禁句を意味するのだそうです。うーむ奥深い!でもあんまり思いつきませんねえ、英語のfour-letter word。わたくし育ちがいいのか?やはり無知なのか?

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2021年02月27日

Big Starの悲劇


安全地帯VII 夢の都』七曲目、「Big Starの悲劇」です。

Be Be Be Be Be!なんて、とうてい安全地帯の曲とは思えませんよね。歌詞カードをあらためて見ても、横文字だらけでこれホントに松井さん書いたのって思うくらいです。ただ、当時はここまでに「Lonely Far」や「Seaside Go Go」といった、従来の安全地帯では考えられなかったような曲をすでに経てきていますから、おおこれまた攻めてんな―と思ったくらいで済んだ感じです。初めて聴いた安全地帯の曲がこれだという人はまずいないとは思いますが、万が一そういう人がいたら、その人にとっての安全地帯はわたしたちがよく知る安全地帯とは全然別のバンドみたいになることでしょう。そして、そのどちらもホンモノの安全地帯なのです。

こちらの安全地帯は、SWEETの「ロックンロールに恋狂い」とかハノイロックスの「オリエンタルビート」でも聴いているようなゴキゲンさです。いやマジで。

遠くからギター二本の掛け合いが聴こえてきます。そして、Bananaがウッドブロックでも叩きまくっているようなリズムが鳴り響き、一気にドラム、ベースでドガっと曲に入ります。「ン・パーンド・ドッテタット!ン・パーンド・ドッテタット!」みたいな声にならない声をバックに、ガリガリと重厚なリフを奏でます。なんでしょうね?この声にならない声みたいの?雑誌のインタビューで、玉置さんが「プラトニック>DANCE」では回転数をいじって女の子みたいな声を出したんだよと話していたのを覚えていますから、おそらく同じ装置を用いて玉置さんが歌ったのだとは思います。となると、これは玉置さん得意の意味なし語でしょうね。

バンドは同じリフを繰り返しつつ、ビッグスター!ビッグスター!と玉置さんが歌います。ビッグスターとはもちろん玉置さんのことなんでしょうけど、そうであるなら玉置さんは歌っていてつらかったかもしれません。なにせ、うかつに車も降りられない生活を何年もしていたのですから……リアルに身に迫る歌詞です。

でも、「ワインレッドの心」〜「悲しみにさよなら」〜「微笑みに乾杯」までの日々は、『安全地帯BEST』でいったん幕を閉じました。もちろんソロ活動はなさっていましたけども、何が何だかわからないくらいの熱狂の日々はすでに過ぎています。しずかに自分を振り返るというわけにはいかなかったかもしれませんけども、安全地帯がこのようなロックンロールを演奏することができるようになるくらいには、落ち着いてきたことでしょう。つまり、「ビッグスター」の自分をすこし客観的にみることができる状態だったと推察されます。

もちろん、あてずっぽうで言ってるんじゃないですよ、松井さんは、玉置さんの様子を見て、玉置さんによくにあう、玉置さん自身の心情を代弁できるような歌詞をお書きになることを心がけてらっしゃったんですから、(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、松井さんがこういう歌詞を書くということは、玉置さんがそれを歌う心境だった、少なくとも松井さんはそう思ったということなのです。

つまり、「イミテーションにもう中毒」「いいも悪いもとっくに麻痺」は、かつての玉置さんのことなのだろうと思われるわけです。ほかの「ビッグスター」を皮肉っているという可能性もなくはないですが、まあ、玉置さん松井さんはそういうことをする人たちじゃないでしょう(笑)。

曲は「黒いリムジン〜」と怒涛の展開をみせまして、世界が大騒ぎです。リムジンなんて東京じゃ運転できないですよ、少なくともわたくしはムリです。車体が長すぎます。そして東京の道は狭すぎて曲がりすぎです。北海道みたいにどこまでもまっすぐな広い道が続いていて「ジャスコまであと100km」とかの看板があるようなところならまあ……ってくらいです。もちろんこれは比喩で、ご本人は目立たない車でこっそりと会場の裏手に着き、人目に触れないうちにささっと会場入りするのでしょう。あくまで、イメージ上のロックスターはジャーン!とホール正面に乗り付けて、ドムッと重いドアを閉め、黄色い声援の群衆をかきわけるガードマンに囲まれながらさっそうと会場入りするのです。いまどきそんなことしそうなのYOSHIKIさんくらいしかいませんけど(笑)、それはわざとやっているのであって、ロックスターは夢を見せるのが仕事だと思っているから、リムジンとかガードマンとか、狭い道をリムジンで走ってくれる運転手とか、そういうところにお金を使えるのです。

ロックンロールは機関銃よりも威力がある!これもすごい歌詞ですね。まあ、機関銃打っても、心がすっかりロックの虜になってノックダウン!ではありませんよね。ふつうに身体の機能が停止するだけです。命は奪えても心は奪えない!よってロックンロールの勝ち!これが二番の「平和なら金で動く」というアナーキーな歌詞とも通底しているわけです。だって金払えば平和じゃん(笑)。命ごとき、平和ごとき、金でどうにでもなる、ほんとうにスゲエのはロックで心を奪うことなのさ……

いやホントに凄いような気がしてきました!(笑)ひとはどんなに豊かになっても争いを起こす生き物です。もっと豊かになりたいのか、支配欲を満たすためなのかなんなのかわかりませんが、飽くことなき争いを続けます。冷戦が終結する気配を見せていた当時の世界でさえ、東欧の次はアラブだとわかっていた死の商人たちが暗躍を始めていました。ある地域が平和になるのが金の力でそうなるのなら、ある地域の平和が失われて戦争になるのも金の力でそうなるのです。まさに平和が金で「動く」のです(平和に「なる」とは限らない)。そのいっぽうで、ロックは人の心を動かすという点では金と同じですが、ロックにハマりながら戦争はできません。「ロックンロールに恋狂い」を歌いながら機銃掃射したり爆弾投下したりなんてできません。とてもそんな気分じゃないでしょう。まさに平和の音楽なのです。まあ、ほんらい音楽はみんな平和なんですけど、軍艦マーチみたいに戦意を高揚させる音楽ってものもあるわけですから、音楽ぜんぶとは言えません。どなたさまもねばりと頑張りを、えー、ねばりと頑張りをもちまして〜どうぞお楽しみください〜なら金をスるだけで済みますが、本来の軍艦マーチだと海の底に沈みかねません。

そんな平和の使者のようなロックスター、ビッグスターは、いつも矢面に立たされます。それが仕事なんだから仕方ないですが、恋愛ひとつ自由にできません。スキャンダルに苦しみ、どんなに苦しくても逃げる場所がないのです。むかしはTWITTERが炎上しましたなんて心配はありませんでしたが、ワイドショーや週刊誌、スポーツ新聞がアチチのチで大炎上したものです。いまは落日のオールドメディアですが、むかしは芸能界界隈ではとんでもない力を持っていました。それで自ら命を絶ったと思われる芸能人もいたくらいです。かのビートたけしも編集部に殴り込んで逮捕されるという事件を起こしたくらいなのです。玉置さんも、石原さんとのことを散々に書かれて、ずいぶん悩まれたことでしょう。何やってんだ残酷だな、と思いますけど、彼らが書くってことは、それらを読みたい人が一定数以上いるってことなのです。残酷なのはわたしたちなのでした。

その陰で、自分は決して矢面に立たず、金だけ儲ける人は今も昔も存在します。「手も汚さないでたっぷり遊ぶ」のです。わたしもそうなりたいです(笑)、いや、なったらなったで気が咎めてすぐ参っちゃうでしょうね。わたくし悪いことをするには小心者すぎるのです。

さて、歌詞のことばかり書いてしまいましたね。演奏ですが、「パララ〜」「キャラキャラキャラ!」「キュオーン!」という、ギターは装飾音を中心にこの曲を彩ります。というか、そればっかりです。驚くべきことに、こういうノリノリの曲だとギャリギャリとコードで弾きまくりたいのがギタリストの性なのですが、それを見事に裏切ってくるのです。いや、これはわざとです。「Seaside Go Go」もそうだったのですが、ふつうならこうするだろっていう演奏の裏をわざとつこうとしないと、こういうアレンジにはなりません。矢萩さん武沢さんがふたりで示し合わせて、こういうギターコンビネーションにしようと、時間をかけて組み立てたのでしょう。

ギターが徹底して枝葉なので、ベースがこの曲の幹を担っています。それを意識してか、六土さんのトーンはミドルを強め、ハイを低めに、中低音域に音の中心を持ってきているような、パキパキしていない音作りです。これにより、ギターもベースもみごとに音域が分かれ、すべての音がスッキリ聴こえるように計算されています。これは見事です!

そうなると埋もれがちなのがドラムなんですが(笑)、田中さん、ここではシンセドラムらしき「シュコーン!」という音を使うことによってドラムの埋没を回避し、それでいてバスドラ・スネア・シンバルの音はアコースティックな見事な響きを届けてくれます。これは、ミキシングマスタリングの手法にもよるといやよりますが、おおもとの本人の音が鋭くないと不自然に強調されることになり、全体のビート感を壊してしまいます。

そして玉置さん!思う存分叫んでくれます。「黒いリムジン〜BeBeBeBeBeBe!」のような歌い方、バンドでもソロでもこれが初めてじゃないでしょうか?ライブでたまに叫ぶときにみせてくれるテンションで一気に歌いきります。「きれいだよFriend」と同じ人か疑わしくなるくらいスタイルが違います。わたくし、「キ・ツ・イ」や「I'm Dandy」の玉置さんキャリア上での意味をあまり見いだせていなかったのですが、もしかしてこういうところに生きてきているんじゃないか?と思えるようになってきました。これ以上のロックボーカリストはいないぜってくらい、ロックがハマっています。

そんなわけで、安全地帯の歴史上、非常にエポックメイキングなこのアルバムなんですが、その中でもとりわけ鋭角なエポックを示す曲、「Big Starの悲劇」でした!

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2021年02月23日

…もしも


安全地帯VII 夢の都』七曲目、「…もしも」です。

「さすが安全地帯という曲だね」「そ、そう、いい曲だね」

この曲が「さすが安全地帯」?当時はちょっと彼の安全地帯イメージがわかりませんでした。しかし、いまはわかるような気がします。アルバム内の立ち位置(曲順やアルバム展開上の役割によってわたくしが勝手に思い込んでいるもの)といい、全編に響き渡る哀愁のアルペジオといい、まるでかつての「消えない夜」です。

しかし!当時もいまも!この曲には「消えない夜」とは決定的に違う要素があって!それこそがこの曲の独自性を!際立たせて!いるのです!他の曲とちがうのは当たり前なので、何も言っていないに等しいんですが(笑)。

「消えない夜」はひたすら甘ーい、ロマーンチックな、それなのになんだか勝手にすこし悲しがっているような、いかにも(幸せ寄り系の)若者の曲なんですが、メンバーも主たるリスナー層も三十を超えた時期に放たれたこの曲は、ロマンチックでありつつも、人生の渋みを覚えた悲しみ・哀愁をズドンと叩き込んできます。まだまだティーンエイジャー真っ盛りだったわたくし、ポテトチップスとコーラでも与えておけば静かにしてるのに、ウドの酢味噌和えを喰わせて日本酒を勧めるみたいなもので、その魅力がわかるはずもなかったのでした。このあたり、この『夢の都』と次の『太陽』は、正直わたくしと安全地帯との咬み合わせがうまくいかず、これまでのアルバムよりも理解に時間と聴き込みを要したことを覚えています。

『プルシアンブルーの肖像』時代のBananaよろしく、不穏な音のシンセで始まる曲、なにやら高音の悲しげな旋律にバスドラとリムの音が重なり、遠くからギターのアルペジオが近づいてきます。とてもラブソングには思えません。

玉置さんのボーカルと、なんだか久しぶりな気がするズドオーン!とした六土さんのベースが入り、歌の本番!って感じになるんですが、歌詞が謎めいていて正直よくわかりません。とっくにティーンエイジャーじゃなくなって、あの頃のメンバーのトシもはるかに超えたわたくし、いまだにわかってないようです。まだまだ修行が足りませんが、もう修行できる年齢でもなくなってますので(笑)、謎のままかもわかりません。ここはひとつ、頑張って妄想してみたいと思います。

「消えない夜」の時代は、まあー、言ってみれば若さだけでもくっつくことができていたわけですよ(やけくそ)!でもそれだけじゃうまくいかないってことが、だんだんわかってくるんですね、悲しいことに。だって、ちょっとは後先見えるようになってきますから。後先が見えるってことは寂しいことで、恋愛ひとつとってみても、ああ、こりゃうまくいかないなーと、思ってしまうんです。若いころは、うまくいくってことがどういうことか、よくわかってませんから突っ走れるんです。その楽しさは強烈で、三十をとうにすぎたわたくしでも、うっすら覚えているくらいです。でもまあ、あの時代に戻るかといわれたら、一週間くらいなら戻ってもいいけど基本的にはイヤです(笑)。だって身もメンタルももたないもん!

「あの海に帰」るとは、そんな時代に戻ることであり、たまには戻りたい人もいるのかもしれません。戻りたくても戻れない……寄せては返す波のようなアルペジオが、あの時代、みつめあって、胸の音をたしかめあったあの時代を思い出させますが、けっして戻れないとわかっているふたりは、あの日々をもちろんよく覚えていて、あの頃みたいだね、いまあの頃に戻ったらいいのにね、でもそれはできないね……さみしいね……と、悲しき心の会話を交わすのです。なんてこったちくしょう、ヘビーなロマンチックさじゃねえかよ!(笑)

歌は二番に入りまして、さらにヘビーさは増します。かつて彼女がたわむれた潮風を思わせるゆびさきが風に踊ります。ああ!あのゆびさきは……そうだ、だからあのとき、ぼくは君を愛したんだった……とかなんとか、よくわからない思い込みが脳裏をよぎります。あの頃、砂浜で見た満天の星空は、いまはありません。いまあの星空の下にいたなら、ぼくはそのゆびさきに触れ、そして、引き換えにあの思い出たちをすべて失ってもいい、もう離さないと誓おう、などとうっかり決心してしまいそうなくらいムードが高まります。もちろんいま星空はないので難を逃れますけども(笑)、かわりに夜景を見に行こうかといわないくらいには後先が見えるお年頃になってしまったのです、ふたりともが。

思わず、涙がこぼれます。その涙は、ふたりが過ごした日々が無でなかったことを意味するものですが、すでにいかんともしがたいのです。かつてはその涙のためにすべてを賭けてもいいと思った「夢」は遠く、すでに涙は涙でしかないと知ってしまった、知りたくなかったのに知ってしまったのです。悲しいことですが、ひとは泣けるのです。それが決定的な意味をもたなくても泣けるのです。若い頃なら、そのいちいちが決定的な意味をもっていたのと同じ熱さで、いまでも泣けてしまいますし、それはけっしてウソ偽りではありません。ですが、それは閾値を超えたというだけのことであって、閾値を超えた経験が少なかったころにはそれが決定的な意味をもっていたというのにすぎなかったと、知ってしまうときが来るのです。

曲は慟哭のギターソロ、きっと武沢さんのガットギターでしょう、「夕暮れ」のトーンを思わせる美しいギターソロです……続けて、玉置さんのボーカルが全開で最後のサビを歌います。「好きだ」と、安全地帯にはごく珍しいワードをここで投入して!いや、シングル「好きさ」はごく例外的なことでしたんで、ここでは忘れてください(笑)。

その涙は、無意味ではありません。ですが、ふたたびかつての「夢」をみられることを意味する涙なのか……なんで泣くのさ、涙の意味を教えてよ、と思っていた時代ではすでにありません。意味は分かっているんです。その意味が、どこまで現実の生活を変えるものなのかを知りたいのです。イヤですねえ、でももう後先見えない恋はできないんだから、しかたないじゃないですか。その程度の夢は要らないのです。きっとふたりはこのあとはなれて、現在の生活に戻らなくてはなりません。でも、たしかにはなれたくないと、それだけの意味はその涙にはあったのですが……はなれるのです。

そしてさらにここで、今度は矢萩さんのギターソロ、これまた慟哭モノの悲しい旋律を、粘っこいトーンでこれでもか、これでもはなれるのか……うりうりと、ひとの涙腺を刺激してきます。そして曲はフェイドアウトしていきます……。

ただ心のままに愛すればよかった日々は遠く去り、愛の深さを知り、ときめきざわめきには知らぬふりをしなくてはならなくなった人生のステージにあっても、たしかに涙はこぼれ、ひとときの夢をみる……この悲しみ・寂しさを、「消えない夜」の日々も遠くなり大人になった安全地帯がそのスペシャルな表現力で描いてくれたのです。しかし、よくよく考えてみれば、「消えない夜」から、わずか五年しかたっていませんでした(笑)。久しぶりにメチャクチャな恋愛妄想を書き散らしてから気がついても、すっかり後のカーニバルです。この五年にどれだけの辛酸を玉置さん、メンバー、松井さんがなめたか……若者の五年はおじさんの五年とは違うのです、と取り繕っておきます。

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2021年02月20日

あの夏を追いかけて


安全地帯VII 夢の都』六曲目、「あの夏を追いかけて」です。

ソースの確認できない話で恐縮なのですが、玉置さんがこの曲は未完成だとおっしゃってたそうなんです。未完成なのにアルバムに収録してしまったのも不思議といえば不思議なんですが、『安全地帯BEST2』にも収録されたんですから、メンバーのお気に入りだったか、もしくは人気が高めでレコード会社がベスト収録をするべきだと判断したかのどちからかでしょう。まあ、曲中、二パターンしかないですからもうひと展開ほしいなと思わせる何かがあったんでしょうね、玉置さんにも。でもしっくりこなくて、このままのほうがいいじゃん!とアルバム収録に踏み切ったものと推察いたします。もし、幻のもうひと展開があったとしたら、それはもう「虹色だった」みたいな、悶絶もののダイナミックさだったことでしょうね。聴きたかったような、聴かずに想像の世界に遊んでいたいというか、痛しかゆしです。

パンパパンパ〜パンパパンパ〜と左右に振られたシンセの音を呼び水に、一気に歌に入ります。これもなんとなく未完成をうかがわせる部分なんですが、なんというか、これ以上料理しようがない気がします。それはわたくしがヘボだからそう思っているだけなのかもわかりませんが、たとえば、ここに間奏で聴けるようなギターソロをいれた前奏をつけたら、一気に「追いかけている」感じがなくなってしまうんじゃないかと思われます。最初から全力疾走で君の夏を追いかけるのです。

最初にいきなりサビ、六土さんのベース八分弾きと田中さんの、ごくごくシンプルなバスドラ一回につきスネア一回の組み合わせで疾走したあと、Aメロというかなんというか、そこではすこしリズムを落ち着かせて緩急をつけます。乱暴な言い方をすれば、この緩と急だけで一曲を組み立てています。ギタリストはクリーンでシャリーンシャリーン、タリリリーンとアルペジオ、そしてアコギのストロークでごくごくシンプルに曲を彩ります。もしかしてこのアコギは玉置さんじゃないかな?矢萩さんでも武沢さんでもアコギの名手ですからふつうに重ね録りという可能性があるんですけども、なんとなく、なるべくバンドで一回で演奏できるような編成で臨んでいたんじゃないかな?と思われるバンドっぽさが曲全体から感じられます。

間奏はギターソロ、残響を響かせ、途中でツインで重ねたように聴こえますね。『Remember to Remember』の「オン・マイ・ウェイ」で聴けたようなオーソドックスなロックのギターソロです。色っぽかったり、誘惑的だったり、切なすぎたりしません(笑)。

そしてサビを何度も繰り返し、前奏で聴けたパンパパンパ〜パンパパンパ〜とともに、曲は終わっていきます。最後は、アコギとパンパパンパ〜だけでかけあいを行い、曲はシャイーンと静かに終わります。決して短いアウトロではありませんが、終始あっさりと、醤油だけでイキのいいサシミを食べたようなスッキリ感を与えます。このたとえ、久しぶりだな(笑)。

と、まあ、あっさりと爽やかに駈けぬけてゆくサマーソング、サザンだTUBEだ日本の夏だ、と思いきや、「Seaside Go Go」で日本の夏を危ぶんだ安全地帯、そうは簡単ではありません。「きみの夏」を追いかけるのですから、いまは君の夏ではないのです。いや、季節は夏なのかもしれませんが、そこは定かではありません。少なくとも「君の」夏ではないから、追いかけるのです。

ははあ、またあれだな、と思った方、正解です(笑)。「君」は玉置さんなのです……妄想もいい加減にしやがれと、わたくし自分でもそう思わなくもないんですが、そのようにしか読めないんです、聴こえないんです。これはマジで何か異常をきたしているのかもしれません。ちょっと心配になりつつ、単なる芸風のひとつだと仮定して話を進めましょう。

玉置さんと松井さんがはじめて直接出会ったのは、『安全地帯II』の作詞依頼のときです。その頃、玉置さんは「ワインレッドの心」リリース前で、ひどく苦しい生活をしていたそうなのです。ですから、松井さんにとって玉置さんは、たんなるいち青年に近いくらいの感覚だったことでしょう。ふたりが意気投合し、「マスカレード」「眠れない隣人」等を経てベストパートナー、ソウルメイトになってゆく過程と、「ワインレッドの心」を皮切りに玉置さんがスターの階段を登ってゆく過程とはほとんど同時に起こっているはずです。「太陽の破片捜してた頃」から「なくせないものが〜あふれ」た状態へと変わってゆくさまを、松井さんはほとんど一番近くでみていたのです。

そしていっぱいになったポケットで走りづらくなり、そのうち身動きが取れなくなってゆくことに苦しむ玉置さんは、いったんバンドを休むことにします。ポケットの棚卸をしなくちゃ走れないよ!しかしそれは、動いている巨船を止めるようなもので、かなり痛みを伴うものだったはずです。なにせ北海道から一緒だったメンバーたちといったん離れなくてはならないからです。安全地帯という船が航行している限り、活動は常に数十〜数百人単位でのものになります。そこで星さん金子さんBanana、メンバー四人全員、そしてマネージャーの了解を取り付けながら進まなくてはならないということが、若き玉置さんにとってどれだけ重荷であったかは想像に難くありません。かつて吉永小百合さんが、演技だけ行っていればいい「芝居工場」の歯車でいることに疑問を抱き、大学進学〜卒業後はマネージメントをすべて自分で行うことに決めたのと方向は逆ですが、どこか似ています。自分にとって適切なスケールでない活動が与えるストレスは余人の想像を超えるものなのでしょう。

そしてスリムな体制で活動再開した安全地帯、玉置さんは喜びにあふれ、精力的に活動します。「なにができるの?」「君の夏」は、あのもの凄かったスターダムの時代だったのでなければ、きっと、それはこの先にきっとある、新しい形の「夏」なんだろう、だから、見てみたい、君が走りだしておいかけてゆくその「夏」が、どんな「夏」なのか……。

もちろんコンサートではかつての曲も歌います。でもそれは、「傷ついたことば くりかえす歌」なのです。うっかり思い出すと眠れない気持ちになるようなこともいろいろありますし、照れちゃって、もしくは意地はっちゃって「ひとりよりうまくふたりでいられない」ことも起こるのですが、それは安全地帯の仲間、松井さんが共感し受け止め支えることのできる傷です。

とかなんとか、訳知り顔で妄想を書きまくっているわけなのですが、この路線もそろそろ限界に近いような気がしてきました!だってこのアルバム、わたしにかかるとそんなのばっかじゃん(笑)。うーん、『安全地帯IV』『安全地帯V』のころに、ワンパターン化など一切気にせずに無茶苦茶な恋愛解説をしていた過去が、なんだかとても懐かしいです。

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2021年02月13日

ともだち


安全地帯VII 夢の都』五曲目、「ともだち」です。

「一番好きなのは、ともだち」「へえ!」

ちょっと驚きました。なんでも安全地帯初心者で『memories』を買って聴いていたそうなんですが、「あなたに」「Friend」といった並みいる名バラードでなく、この「ともだち」を選ぶとは……意外でした。「あなたに」や「Friend」にはない要素をキャッチしたに違いありません。

普通に考えれば、遠い少年時代(あんまり遠くないリスナーもいると思いますけど)の思い出を歌った曲です。誰の胸にもある、ともだちとの楽しい思い出、時を忘れて走り回り、赤い夕暮れ空、夕餉の準備の音、ご飯を炊く匂いのなか、また明日ね!と手を振って別れる……

あるいは、明日はいつでも今日の続きだった子ども時代に、家庭の事情等でもう会うこともないのに、今生の別れの意味も知らず、また会えるよねと手を振った……

こんななつかしい、悲しい、寂しい思い出は誰の胸にも一つや二つあることでしょう。だからこそ、夜とかカクテルとかネオンとか男女とかそういうものでないこの曲が、多くの人の胸に迫る魅力をもつのではないか……などと、評論家ぶって話してみたくてしかたないわたくしですが、まだまだズバリ少年だった高校生くらいのわたくし、部屋のステレオの前でこの曲に涙していたことなどはすっかり忘れているのです(笑)。そういや幼少のころにまさにそういう別れをしたんでした。いまのいままで忘れていましたけども、当時は痛みを覚えていたんですね。

ですがわたくし、最近すっかり根性がねじ曲がってきましたもので、素直でない歌詞の読み方をしたくなります。この「ともだち」は安全地帯と松井さんのことではないのか……という、まあ、いつもの話なんですけど。

I Love Youからはじめよう」で「こころをひらいて」と崩壊しつつある安全地帯に愛の結束を呼び掛けた松井さん、

このゆびとまれ」で玉置さんに「ともだちになりたい」というメッセージを送った松井さん、

情熱」で安全地帯に「夢ははじまったばかり」とエールを送った松井さん、

そしてまた再開した安全地帯に、「あのときは寂しかったよ!悲しかったよ!またこうして会えてよかった!」と別れの痛みもまだ生々しい胸をなでおろしつつ、まだまだ一抹の不安をぬぐえない複雑な心情を歌詞に託してメンバーに届ける松井さん……

おお!一歩の糸につながりましたよ!つながっただけで確証は何にもありませんけど!(笑)ふつうに少年時代の別れの曲として楽しんだほうがいいような気がしてきました。どうもひねくれてていけません。いや、あれですよ、落語「千早ふる」にでてくる先生みたいなメチャクチャで人を笑わせようとか、そういう芸風にシフトチェンジすることを目論んでいるわけでは決してございません。いたって真面目なんです。まあ、あの先生だって、ものを知らないだけで、一生懸命に辻褄を合わせようとしてたわけですから、あまり違いはないんですけども。

さて曲ですが……シャーン!というアコギの澄んだストローク音に、なにやらホーン的な音色のメロディーライン、ストリングスで始まります。

玉置さんの歌が入っていったんストリングスがやみ、ギターはそのまま、かわって鍵盤の伴奏が入り、大きくミックスされたベース、スネアのやや強調されたドラムを基調にAメロBメロと進みます。シンプルです。かなり思い切って音を削っています。とくにこのアコギは非常に生々しい音で、のちの「安全地帯IX」に近い音で、ということは矢萩さんが弾いたのかな?と思わせます(ケガで武沢さんは『IX』では一部しか弾いていないのです)。また、このアルバムでは玉置さんもアコギでクレジットされていますから、玉置さんが自ら弾いたという可能性も割と高めではあります。

曲はサビに入り、ふたたびストリングスが入ります。そして、「駈けていく約束に」のアオリになにやら笛が入りますよね、オカリナの音みたいなやつ。これが本気で泣かせにきているとしか思えない音でして、いまだ果たされない「約束」を思いだした心に吹いてくる一陣の寒風のように、猛烈な寂しさを演出します。

「どこまでも どこまでも」「悲しくて 悲しくて」と、同じ言葉を繰り返すことで、夢半ばで崩壊したバンドを見続けることがどれほど無念だったのか、どれほどの悲しみだったのか、松井さんの心情を察するだけで胸が苦しくなります。「え?ふつうに幼少時の別れの歌だったんだけど?」ですべてムダになる苦しみですけども。

そして間奏、おそらく玉置さんの、口笛が入りますね、もういいよヤメて!泣いてる!もう泣いてるから!幼少の別れでもバンド崩壊でも、どっちでも涙腺爆発だよもう!

歌は二番に入りまして、あたたかいさよならを言えなかったあの日、別れたあとに名残惜しくなって振りかえったら相手もこちらを見ていたから、素直になれなくてごめん!また会おうね!と一生懸命手を振ったあのとき、これは子どもでも大人でもありますね。子どもはホントに振り返って手を振りますけど、大人はついついスーパーのギフトコーナーとかに足を運び、しばらく悩んだらちょっと気が済んで結局何も買わないとかになりがちです。心に引っかかっているモノの種類は同じなんですが、実際に行う行動はこの場合子どものほうがいいですよね。

そして会えない日々が続き、思い出は遠い日のことになっていきます。あのころの心もいつのまにか忘れていくんですけども、ふとした拍子に生々しく読みがえり(だから、思い出したように、ではなく「忘れたように」とよぶのがふさわしい状態)、思い出になってしまったものを思って悲しくなるわけです。ああ、わたくしも、そんな大したバンドじゃないんですけど、むかしのバンドのことを思ってすこし涙が出てきました(笑)。

安全地帯のメンバーはみんな東京近辺にいます。いますけど、当時ですら都内だけで一千万人の暮らす巨大都市、東京では、それぞれの生活事情で勝手に動いていては偶然会うことすら考えにくいのです。わたしみたいな地方都市育ちの人間だと、そうはいっても札幌駅とか大通駅から地下街の間を毎日張っていればそのうち会うでしょ的なお気楽さがあるんですが、東京では崩壊した人間関係はそれこそ「どこまでも広がる空のどこか」にいる、という表現がふさわしいほど遠い関係となります。

余談ですが、わたしの「まちかど」である札幌市内某駅では、JR駅と地下鉄駅の間に大きめの商業地があるのですが、そこを歩いていれば高確率で知り合いに会います。会いたくなくても会います(笑)。ですから、世を忍ぶ必要のある時はわざと大きい通りを避けて進む、あるいは大きめの商業施設の出入り口を利用して時間差で動く等の工夫が必要になります。東京や大阪の人だと、こういうのは感覚的にわかりにくいかもしれませんね。むりやりたとえると、中野区内だけですべての生活を営むくらいの感覚です。

そして、寄せては返す波状フレーズが切ない思い出をたたみかけた後、最後にサビを繰り返して曲は終わります。「風の歌」はひとり街角できく風の音でもあり、なつかしい思い出の、安全地帯の演奏でもあるのでしょう。音楽は風と同じく、目に見えるものではありません。直接手に触れるものでもありません。ただそこにあり、そして消えてゆくものです。それなのに風とは違って、「記憶・思い出」にはいつまでも感じられる強烈な印象として残るのです。幼少の頃の別れやバンド崩壊の痛みと同じく。だからこそ、悲しくて涙が止まらないのでしょう。

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2021年02月11日

Seaside Go Go


安全地帯VII 夢の都』四曲目、「Seaside Go Go」です。

最近、「考察が深い」というコメントを立て続けにいただいたもので、すっかりその気になっているわたくし、この曲はどうしてくれようとか余計なことを考えております(笑)。

この曲はズバリ環境問題!海洋汚染です!海洋が汚染され海岸ももちろん汚染されてますから、湾岸戦争の影響でで油にまみれた海鳥の写真が世界に衝撃を与えた記憶も生々しくよみがえるように白い砂も黒く染まっています。誰も泳ぎになど行きません。当然、渚の恋も発生しません。それなのに太陽はぎらぎらと……どこでバカンスしろ、どこで恋をしろというんだ、あの思い出のSeasideはGoしてしまったんだ……あっ!解説が終わってしまった!(笑)やはり思慮深い真似をしようとしてもムリがあるようです。

さてこの曲、左右から歪んだギターのリフが聴こえてきます。前曲の「Lonely Far」と同じく、オールドのロックンロール風味です。余談ですが、ずっと昔のこと、バリバリのヘビメタ・ハードロック少年だったわたくし、とある軽音サークルによく考えず入ってみたらロックンロール風味のジャムを楽しむようなところでして、先輩たちはクラプトンの「CROSSROAD」みたいなことを延々とやっていました。これはまずいところに入ってしまったかもしれないと思いましたが、いちおう安全地帯のこういう曲、「Seaside Go Go」みたいな素地があったからこそ、その場で逃げ出さなかったといってもいいくらいです(笑)。

でもまあー、当たり前ですが、スリーコードを延々と繰り返すジャムと違って、この「Seaside Go Go」はもっと複雑でドラマチックです。まず左右からギターが掛け合いで重ねられていき、ピタッと止まってなにやら人の声が流れます。これ、たぶんですがテープ逆回転ですよね。「こんな感じでいいんじゃない?」「そうだねもう一回やってみようか」みたいなことだと思います。これは例のCROSSROADサークルでもよくあったことで、非常にスタジオっぽさ、ジャムっぽさを感じます。

ですが、サビというかなんというか、「赤い唇の〜」の箇所はジャムではほとんど出てきません。こんなふうに進行させられるジャムは、それこそ安全地帯レベルでないとできません。その日サークルに出てきた即興メンバーだと不可能といってもいいでしょう。何回か仕掛けてみるんですけど、まわりがスリーコードを繰り返すばかりで乗ってきません。こういうのは全員の気分がピタッと合わないと展開できないんですよ。IV→Vだけで満足してしまいます。もしこんな展開がジャムできたら、終わったときに「うおー!」とハイタッチするレベルで狂喜することでしょう。まあ、CROSSROADが途中でいとしのレイラに変わってまたCROSSROADに戻るくらい起こらないでことですけど(笑)。

ギターは思ったよりもギャンギャン弾かず、クランチ気味の、ほとんどクリーンじゃないかと思うようなトーンで、五度コードに小指で六度を混ぜてリズムを取るくらいのベーシックなロックンロール+裏拍刻み+アルファを二人で手分けしている、ったってビシッと合わせるには修練が要されますけど、堅実に彩を加えています。展開後、「赤い唇の〜」では、おそらく矢萩さんが歪みを入れて、「キョッ!ツキョー!キョッ!ツキョー!」と鋭いリズムを取ります。そうだー、クリーンと歪みってこういうふうにメリハリつけるもんだよなーと、まるで教科書のようなトーンコントロールにハッとさせられ、終始ギャンギャンの自分を戒めることになります。

そのぶんベースがブインブインと派手です。ボーカルが玉置さんでなかったらこんなベース弾けませんよ、ボーカル死ぬからベース押さえて!とディレクターに怒られるくらいブイブイいってます。六土さん、ノってますねー!サビというかBメロというか、「赤い唇の〜」の箇所なんてグリグリとこちらの背中を突き上げてきます。ベースによくあるスケールグルグル弾きですけど、この曲にこれほど似つかわしいベースもありません。

田中さんのドラムは……加工のすごく少ない、生々しい音です。スネアがきれいに揃いすぎるんで少なくともスネアだけは何か処理してるとは思うんですけど、田中さんならマイク一発だけでこの音を出しかねないので油断はなりません。ズッタツタ、パン!ズッタツタ、パン!……と、正確無比なドラミングでこの軽快な曲を支えます。

また、「恋が逃げてゆく〜」の直後に奏でられる、なんでしょうねこの音?管楽器かと思いますけど、クレジットに管楽器ないですんで、シンセか、ギターシンセでしょうね。『月に濡れたふたり』以前だったら、派手にホーンセクション入れているところですが、こういうところに新生安全地帯のこだわりがあふれていることがわかります。

そして玉置さんのシャウトで始まる間奏に官能のギターソロ!このシャリっとした音は武沢さんだと思うんですけど……ハッキリとはわかりません。短音弾きでなく複数弦を使った高速フレーズを主に、リズムとノリを最優先したような、見事なロックロールのソロ、というか、ロックンロール系の人こんなに細かく弾ける人いるのってくらいのテクです。うーむさすが安全地帯!

そして曲はどちらがサビともつかぬBメロAメロを繰り返し、「どうする〜」だけ繰り返して唐突にアウトロに突入し、すぐ終わります。オールディーズ風です。でも安全地帯がやると全然オールディーじゃありません。発売当時はなんじゃこの古臭い終わり方は!と思いましたが、それはわたくしがボンヤリ聴いていたからであって、シャリシャリっとした武沢トーンのフレーズに、芯を入れるように矢萩ソロ、ふたりがピッタリと息を合わせたフレーズを決め、玉置さんがシャウトしてズダーン!と終わるのです。これは、ビルヘイリーと彼のコメッツでもすぐにはできないんじゃないかと思われるテクニカルな、まさに新時代のロックンロールです。

さて歌詞ですが……冒頭で浅慮なことを書きちらかしてほとんど終わってしまったので(笑)、ちょっとだけ付け加えるような感じになります。環境問題の影響で、海はもちろん存在していても、恋を発生させたり育んだり燃え上がらせたりするような海・海岸はなくなってしまった、というのは最初に書いた通りなんですけども、このことは、それ以上のことを意味します。それは、わたしたちの生活スタイルそのものを変えさせられてしまう、変えざるを得なくなるという危機を意味するのです。夏といえば、バカンスといえば海でしょ!と思っているわたしたちはまだ幸せです。その時代を知っていて、すでに楽しんだことがあるのですから。でも、生まれてくる子どもたちは、未来の若者たちはそれを伝説としてしか知らないのです。

あ、今日は建国記念日ですね。建国記念日といえば黒いバスに大音量の軍歌です。いま来ました(笑)。こんな風物詩的なものが、「むかしは〜だったんだよー」と伝聞でしか知ることができなくなります。映画とかアニメとかマンガとかの世界です。そしてやがて、映画とかアニメとかマンガにも描かれなくなってゆくのです。黒バスは個人的にそうなってもわたくし別に困りませんけども。

赤い唇は紅を引いているのか引いていないのか、ともかく「あの娘」の肢体が光る波間に踊る光景は、もうこの世に存在しない……寂しいことじゃないですか……若い男女はいつの時代だって夏には海を求めるのです。現実世界でこのように若者の理解者のようなことを口走るオジサンは、腹の中ではゲヘヘヘ〜ざまーみやがれと、若いころの欲求不満をこじらせている可能性がなくもありませんので気をつけましょう。わたし?え?いやーそのーそうだそうだ、北海道が長かったもので、もともと「短いバカンス」だったんですよ!うん!(超早口で)

夏の海がない若者たちは、その前、春をどのように過ごすのか?梅雨のあいだ何を思うのか?秋には夏が去った寂しさがあるのか?そして葉が色づき訪れた冬をどのように耐えるのか?これは夏だけの問題でなく、年間全部を揺るがすライフスタイルの危機なわけです。それはもはや夏ではなく、春と秋の間にある何かとしかいいようがありません。扇風機浴びてアイス食ってああ極楽とだけ思う期間です。あの娘と泳ぎたい!とは夢にも思わずに……すみません、なぜかわたくし、お腹が痛くなってきました(笑)。

そんな北海道の若者たちが歌う夏の海を守りたい、守らなくちゃいけないという、軽快な曲調からは一見思いつかないような、超ヘビーな歌「Seaside Go Go」でした!

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2021年02月07日

Lonely Far


安全地帯VII 夢の都』三曲目、「Lonely Far」です。

文法的に間違いがないとすると、「寂しく遠い(何か)」もしくは「(何かが起こった)寂しく遠く」ですよね。もちろんこれは歌詞が示唆するように、ベルリンの壁崩壊(1989年)ほどの激動でさえ他人事だというわたしたちの無関心もしくは心理的疎外感を表現しているのでしょう。「Shade Mind」のソマリア内戦でさえわたしたちはほぼ無関心だったのですから、正直欧州の旅行自由化など、いま思えば平和すぎてどうでもよかったのです(笑)。

ですが、地図から東ドイツ西ドイツが消えたことはたしかに衝撃でした。こんなことが起こるんだ!いやもちろん第二次大戦まではドイツという国があってそれが分かれたんですから、くっつくことだってあるんでしょうけども、まさかリアルタイムにそれが起こるとは思いませんでした。余談ですが、わたしが年長の従兄からもらった地球儀はベトナムも南北に分かれていました。わたしが予想できていなかっただけで、存外けっこう、そういうことは起こることのようです。

さてこの曲、ストリングスなんだと思うんですけど、どうやって音を出しているのかわからない(サンプリングで、鍵盤を叩いているんだとは思うんですが)絞り出すような旋律が高音で奏でられ、オーバードライブのギターが響きます。玉置さんがシャウト、ドラムとベースがズンズンズンズン……と重ーく地を這うリズム、矢萩さんのコードストロークに武沢さんのものと思しきアルペジオ……このパターン自体は安全地帯得意のパターンですが、曲調が明らかに従来の安全地帯とは趣向を異にしています。これは、オールドのロックンロール風味です。「あの娘はルイジアナママ!やってきたのはニューオーリンズ!」のころを彷彿とさせます。彷彿とさせますが、リズムがあんまり重いので、「びっくり仰天有頂天!ころりとイカレたよ!」なんて軽薄さはまったく感じさせません。別の意味でびっくり仰天です。安全地帯がオールドで!しかもこんなに重く別種の音楽を作り出して!どこまでいくんだこの人たちと、30年余を経て2021年のいまでも驚かされるのです。

しかし……この曲でやっと気づくんですが、最高ですね!このころの安全地帯のサウンド!いやいままでも最高だったんですけど、このカラッとしたギター、ズンズン重いベース、バシューバシューとこ気味いいドラム、そして何か、ロマンチックの呪縛が解けたかのような玉置さんのボーカル!こんなバリバリのロックバンドがほかにあるのか当時もあったのかと思うくらいです。

曲はAメロ、Bメロとほとんど変わらないアレンジで進みますが、コード進行の変化で曲の展開を感じることになります。「遠い」感覚を表現するためでしょうか、Bメロにわずかにボーカルにエコーが掛けられています。そして唐突にイントロの破れストリングスが響き、曲は一気にサビに突入します。なんという展開の速さ!「ワインレッドの心」のころからそうなんですが、安全地帯は数小節でさっさと次の展開をすることにまるでためらいがありません。

Lonely Far〜とコーラスをまじえて(コーラスも玉置さんですけど)玉置さんがタイトルを歌いあげます。たぶんデモの段階では違う言葉だったのを、松井さんが選んだ意味深な「Lonely Far」に替えたんでしょうけども、ほんとに玉置さんが最初からそう歌って作ったんじゃないの?と思うくらいハマってます。実はもともと「Lonely Girl」だったんだよねーそれを五郎ちゃんがこういうとんがった歌詞に替えてくれたんだよー、とかだったらコケちゃいますけど。「きみは眠る」で一気にシリアスな世界にダイブさせられたばかりのわたしたち、間に「情熱」をはさんだとはいえ、ここで「Lonely Girl」では納得がいきません。なんだった!あのズシズシベースは〜!と歌いたくなります。

曲は間奏、重厚なリフの後、オールド風のロックに非常に似つかわしいペンタトニック中心のギターソロでキュインキュインとキメて、二番に入ります。マジでどうしちゃったの安全地帯!矢萩さんと武沢さん、ヴィンテージのギターとアンプでも買って試したくなったんですかと思わせるくらい、従来の安全地帯にはなかったアメリカン・オールドスタイルでギンギンに(当時でもすでに死語)攻めてきます。2010年代なら流行りのサウンドにもオールド回帰趣味がなかったわけではありませんでしたが、1990年ではホントに古いだけの感じがしたものです。この一点だけでも、いかに安全地帯がものすごいかよくわかります。20年も30年も先を行っていたのです、彼らのこの生々しいサウンドへの回帰は。

さて歌詞ですが、冒頭でもすでにいくらか書きましたように、1990年当時は、まさに激動の世界情勢だったのです。89年のベルリンの壁崩壊以前に、すでに前兆はありました。レーガンとゴルバチョフの会談で、たしか中距離核ミサイル全廃が約束され、マジで冷戦が終わるんじゃないかと思っていたところ、コマネチさんが亡命したかと思いきや東ヨーロッパの国々が次々と崩壊、共産圏を離脱し、そこへピクニック事件からベルリンの壁まであっという間でした。このわずか二〜三年後にはソビエト連邦が崩壊するという、とんでもない出来事がほんのわずか数年間の間に起こったのです。わたしの地球儀はもうただの球体になりました。さぞかし地図屋はもうかったに違いありません(笑)。それ以降にお生まれになった若い人だとこの時の衝撃はわかりにくいでしょう。現代で同じレベルのことが起こるとしたら、アメリカ合衆国解体・都道府県制に移行、くらいの出来事だったのです。

たくさんの手が壁まで壊す……もうベルリンの壁は意味がありません。かつては越えることのできない政治体制の壁で、無理に超えようとすると国境警備の兵隊さんに撃たれて壁のシミに化けることを覚悟しなければならない壁でしたが、そのときはすでにもう誰も銃を構えていませんでした。そこへ市民が殺到し、ツルハシを入れ、解放の象徴として実際に壊していったのです。翌日の新聞には、「イエーイ!」でドヤ顔の若者が大きく一面に写っていました。きっと単なるその場のノリで群がったお調子者だったんだとは思うんですけど(笑)。世界中のマスコミが彼らの笑顔を取り上げたのでした。

そして、その後数年は、マジで「いつもどこかで歴史が変わる」でした。ほんの10年くらい前にモスクワ・オリンピックのボイコットで全盛期の瀬古が出場できなかったくらい雰囲気悪かったのに!あのときの緊迫感はいったいどこへ!そしてなにより、ここが松井さんの慧眼のすごいところなんですが、すでに多くの人々がそれを他人事・どうでもいいことと感じるようになってしまっていたのでした。

「ここではすべてが遠い」って、遠くていいじゃないですか、平和なんだから!「みんなビデオを楽しみすぎて」(時代によりDVDとかSNSに変わります)って、楽しいんだからいいじゃないですか!わたしたちはいまベルリンの壁崩壊や環境問題を他人事として気にせず暮らせているんですよ!こんなにいいことはないじゃないですか。

でもそれは、寂しい、Lonelyなことなんだ、Farなのは安全だということかもしれないけれども、そのかわり失われているんだ、世界の一員として大事な何かが、という、これは松井さんからのメッセージなのです。

あれから30年、わたしたち日本人もおそらく三割くらいは寿命で入れ替わり、当然世界でも同じような世代交代が起こったのでしょうけども、あの共産圏崩壊という大事件を当事者として経験した経験していないの違いを、わたしたちは本当の意味では知らないままです。どっちがいい悪いではないかもしれませんが、自由の意味を、少なくともあのとき共産圏崩壊で知ることのできた東欧人の知る意味では、わたしたちは知らないままなのでしょう。

知りたいこと、聴きたいもの、したいこと……わたしたちは自由に知ったり聴いたり行ったりできるはずです。それなのに何も知ろうとせず、聴こうとせず、しようとせず……いや、しない自由を行使してるだけなのかもしれませんけども、あまりに消極的・受動的な態度です。「夢を逃げ」る自由ももちろんあるのですから、逃げていいんですけども、「どうしたいのか」と玉置さんに迫られても「え?あ、いえ、その、別に……」という態度になりがちな自分が寂しくなります。これは、あまりに贅沢な自由の行使です。贅沢なのに、あまりにLonelyです。もめごとからLonely Far、面倒からLonely Far、そして自由からLonely Farなのです。

安全地帯7〜夢の都 [ 安全地帯 ]

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2021年01月30日

情熱


安全地帯VII 夢の都』二曲目、「情熱」です。記念すべき20枚目のシングル(10枚目は何だっけ?と調べてみたら「碧い瞳のエリス」でした)にして、アルバムからのシングルカットであり、このアルバム収録曲唯一のシングルとなりました。カップリングは「Seaside Go Go」ですね。

「I Love Youからはじめよう」と同じく、「どーだい」の記事で「どーだいほど好きではないが似た曲」として紹介してしまった曲ですので、非常に気まずい記事執筆になります(笑)。あー、やめときゃよかたなー、あんときは「どーだい」の記事が書けるのがうれしくて、後先考えてなかったんだよなー。「どーだい」がいちアルバム曲であるのに対して、「I Love Youからはじめよう」も「情熱」もシングル曲なのですから、当然知名度だってかなり違うのでして、わたくし、多くの人を微妙に敵に回すようなオロカなマネをしてしまったわけです。ううう。

エレキギターバリバリの、爽快ハードロック、「I Love Youからはじめよう」と同じくキーはG【追記:情熱はB、I LOVE YOUからはじめようはAですね、コメントいただいて気付きました】、ブラス入りのイントロで景気よく始まるところも、「I Love Youからはじめよう」と同じです。これは「I Love Youからはじめよう」ファンなら狂喜できる再来ぶりです。JUDAS PRIESTの「EXCITER」が好きだった人が「PAINKILLER」を聴いたときの感激に近いでしょう(往年のヘビメタファンでないとわからない、説明する気があるのかあやしい喩え!)。

「I Love Youからはじめよう」をなぞるように、「ブシュウー!」とギターのスライド音が入ったかと思ったら一気にブラスがファンファーレのように鳴り響き、ギターは大胆に全音符のパワーコード、ベースも全音符中心で力強くシンプルに押してきます。よーく聴くと、なにかシンセが「キロキロカラコロコロカラ……」と入っているのですが、これはサビにも入ってますね。当時は気になりませんでしたが、五人以外の音をなるべく入れないように作成されたこのアルバムにおいて、どこまで「I Love Youからはじめよう」的なゴージャスさを残すべきか?と悩んだ末のアレンジではなかったかと思うのです。おそらく、ライブでやるならサポートメンバーに弾いてもらうに決まってるんですけど、おそらくレコーディング時はみずから打ち込んだコンピュータ・プログラムの音だったに違いないのです。

80年代安全地帯を知っている当時のリスナーなら、この程度の装飾音がないとガマンできなくなるというか、何か物足りない感じを受けただろうと思います。実際、わたくしは当時、80年代安全地帯のあのゴージャスな布陣でなかったにもかかわらず、最初は不自然さをあまり感じませんでした。徐々に、従来に比べてかなり肉をそぎ落とした骨太なアルバムだったと気がついていくのですが、そういう仕掛けがわたくしにとってショックアブソーバー的に機能していたものと思われます。

曲はロックとしてもっともシンプルな八分の刻みで進められていきます。安全地帯十八番の、裏箔に入れた「ブシュウー!」というギターとドラムの音がアクセントとなり、どこにも迷うところなくただただ前に進んでゆきます。なんというか、迷うところがなさすぎて、拍子抜けな気がするほどスッキリストレートなロックです。今後の安全地帯が、どんなバンドとして進んでゆくのか、世に宣言したのではないかと私には思えます。おれたちはこういう曲をやっていくよ!こういうバンドなんだよ!いままでの安全地帯は何かおかしかったんだよ!……書いていて悲しくなってきました(笑)。もちろん、過去と決別すると安全地帯が宣言したわけではないですから、わたくしの被害妄想なんですけども、この曲のあまりの清々しさが、そう言っているように思えてしまうのです。一回、半年とか静養して人生をよく見つめ直したほうがいいかもしれません、わたくし(笑)。

間奏もギターソロなく、ほぼイントロを繰り返す形になっています。イントロと違うところは、次にAメロが来ずに、いきなりサビに突入するところでしょう。なんと違和感のない!これは軽く裏切られて心地いいです。そしてサビを繰り返し、後奏もまたイントロのほぼ繰り返しとなっています。しかししかし、安全地帯のパターンとして「Tender Youth〜Tender Youth〜」という声が遠くなっていくようなフェイドアウトでなく、「ジャッジャーン!」とキメで一気に終える形になっています。おおーこれはわたしがフェードアウト嫌いなのを差し引いたとしても格好いい!そうそうそうこういうのでいいんだよ、なんて当時はぜんぜん思えませんでしたし、いまだってそんな偉そうなこと言うべきでないんです(言いたいけど!)。「一気に来たねえ〜」とは思わず、この潔い終わり方の爽やかさが終わり方の演出によるものだとも気づかず、ただ浸っていたのでした。

さてこの曲、「I Love Youからはじめよう」がバンド崩壊をくいとめようとする松井さんからメンバーへのラブソングだったという壮大な仮説(ほぼホラ話)をでっち上げたわたくしとしては、再び始動したバンドへの応援歌だと解釈したいところです。

いつか追いかけた夢はもちろんミュージシャンとして成功する夢で、それは叶ってしまった後に一度壊れ、またまぶしい光をもってメンバーを立ち上がらせたわけです。まだはじまったばかりなんだ!と、すでにデビューから八年を経過しているバンドでしたが、結果としてデビューしてから令和三年現在で40年近く続いてますので、ほんとに当時ははじまったばかりだったといってもいいでしょう。でも、当時はバンドというものがそんなに長く続くものだとは誰も思っていませんでしたから、松井さんエスパーか!と思わざるを得ません。

まだまだやれるよな?この五人なら、きっとできるよな?そう胸に問いかけた激しさは、バンド再開とその後の活動により、もうとめられないほどの勢いがあったと実証されました。だって「この道は何処へ」だけ作るはずだったのが、アルバムつくってシングルカット出してツアーまでいってますもんね。サポートメンバーを使わず、どこまでも五人の意思を純粋に反映した活動には、これまでとは違う勢い、従来の、大勢の人間の思惑にどこか引きずられてゆくような不快感を排した、そんな爽快で身軽な五人のエネルギーがあふれていたのでしょう。

しかし松井さんは「Tender Youth」と玉置さんに叫ばせます。プレスリーの「Love Me Tender」なら「やさしく」って訳すでしょうけど、「やさしい若者」じゃ意味が通りませんよね。ここは「こわれやすい」とか「傷つきやすい」とか、そういう意味だと考えるべきでしょう。こわれそうな、傷つきやすい若者たち!そう、松井さんは、安全地帯の結束がどれほど固くとも、一回壊れた過程を誰よりも近くで見ていたのですから、この再集結も盤石のものだとはきっと思えなかったのです。なにかあればこわれてしまうものなんだ……!その脆さゆえの尊さといったら!抱きしめる腕、つたえあう声、これらは、松井さんがメンバーたちに「もっとほしい」と願ったものなのです!

あー、やっぱりわたくし、なんだか自分がおかしいんじゃないのかと思えてきました(笑)。ふつうに若者への応援歌だ、この曲を聴くと元気をもらえるんですよねーとか言っておけばいいじゃないですか、でもできないんですから、困ったものです。真相を知る人からのツッコミ一発で終わる妄想を垂れ流し続けてはや五年目、そろそろエスカレートも限界まで来たのかもしれません。

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