『安全地帯VII 夢の都』十一曲目「夢の都」です。この曲、タイトルナンバーでこのアルバムは幕を閉じます。
エコーの効いたボーカルで曲がはじまり、アコースティックギターが重ねられていきます。ドラムはドスン!というバスドラらしき音が響きますが、ベースは入っていないように思われます。
非常にシンプルなアレンジなんですが、このアコースティックギター、まるで雅楽の箏のようです。軽やかに、しめやかに、あでやかに、そして儚く、深くエコーのかかった玉置さんのボーカルとの対比をなすかのようにリバーブだけで生々しく響き、すべての音符が余韻を心の中に残して消えていきます。なんという美しさ!思わず、息をのみます。
雑誌のインタビューでは「夢の都ってのは、旭川なんだよ」と玉置さんが語っていたと記憶しているのですが、それは、わたしがそうであってほしいと願っているからありもしないインタビュー記事を心の中で捏造したかもしれず、あまり信憑性はありません。
旭川の春は、まだ雪の中で始まります。本州の人ならまだ真冬だと思うでしょう。でも地元の人は知っています。ああ、だいぶ暖かくなったな、と。根雪となった固い氷の下では、わずかに氷が解けて地面と氷にスキマが生じ、その上を歩く人の感触、手ごたえでなく足ごたえとでも呼ぶべき感触がわずかに変わってゆくのです。ああ、下のほう溶けてきたなと。そうなると、子どもが面白がって車道の近くからバリンバリンと足で氷を割って歩く季節までもうすぐなのです。時を同じくして、ふきのとうが姿を見せ始めます。玉置さんのソロアルバム『GRAND LOVE』一曲目「願い」の世界です。
五月ころ、「花の咲いた季節」が訪れます。ヨーロッパの春のように、一気にきます。石狩川や美瑛川沿いからざざざざざっと、タンポポだらけですが(笑)、花の帯が広がってゆくのです。これはストラビンスキーも春の祭典のような大喜び・狂乱の春の曲を書かざるを得ません。
舟は……えーと、競艇の場外舟券場がありますけど、もちろんそれではなく(笑)、ふつうに常盤公園でしょう。わたくしも子どものころ中心市街地をぶらつき、常磐公園を散策し、石狩川沿いに歩いて祖母の家まで帰ったものです。この美しい公園こそが「夢の都」の舞台だと、わたくし信じて疑わないのですが、松井さんがこの公園をご存知かどうかはもちろんわかりません(笑)。ぜひ、上記のリンクから常磐公園の写真をみながら、この曲を聴いてみてください。わたくしなどすこし涙が出てきます。もちろん、皆さん想い出の「夢の都」、そしてその都の公園など心の中におもちの方は、その公園に置き換えて聴いてみてください。ただ、おっちゃんたちが舟券もって大騒ぎしている競艇場の光景はあまりお勧めできません、この曲の「夢」は、「うおおおおおおマンシューじゃああああ」とかそういう「夢」とは明らかにちがうのです(笑)。
「青い鳥」は、いわゆる青い鳥症候群という、いつまでも現状に満足せず夢を追いかける様子を指しているのでしょう。「症候群」なんていうと病気扱いみたいに聞こえてあまり好きな言葉ではないのですが、それにしたって、この場合はアリでしょう?だって玉置さんですから、安全地帯ですから、現状に満足することなんてしないでしょうし。当時はもちろん知る由もありませんでしたが、実際に安全地帯はこの後30年を経ても安全地帯であり続けています。松井さんは、このアルバムの制作が成ったことさえ奇跡的だったという事実を受けてもなお、彼らの、そしてご自身を含めた自分たちの、「夢」を追う能力と情熱を信じたのだと思います。
このわずか二〜三年後、安全地帯は崩壊します。そして玉置さんは倒れ、旭川で静養することになるのですが、「夢」を追い続けて傷つき、倒れ、そしてこの「夢の都」に帰ってくるなんて、当時は誰も予想できませんでした。わたしなど、帰って来てたことすら知りませんでした。というか、そのときわたしは北海道を離れたタイミングでしたので、ちょうど入れ替わりだったのです。
それこそ「この道は何処へ」を胸に故郷を離れたわたしが「いつか目覚めた朝」を本州の街で迎えたころ、玉置さんが見た光景は、旭川のそれでした。少年時代に、それこそ山の向こうにみえる虹のかかる場所を求めて駈けた上川盆地の、そしてミュージシャンを夢見て仲間たちと切磋琢磨した旭川の街だったのです。
ボーカルだけの「夢の都〜」とエコーたっぷりで終わるこの曲は、安全地帯再開の活気の中にあってなお、松井さんが玉置さんの疲れと、癒しをもとめて原点を思う気持ちとを敏感に感知し、くみ上げて形にしたものとしか思えません。ですから、どうしてもわたくしは常磐公園こそがこの曲の舞台だと信じたいのです。
さてわたくし、おそらく過去最高ペースでこのアルバムが終わるところまでこぎつけました!春からは、ってもういいかげん春なんですが、ここで一年とか休まずに『太陽』の記事を始めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします!
価格:1,533円 |