『安全地帯VI 月に濡れたふたり』十曲目、つまりラストの曲、「Too Late Too Late」です。
この曲はシングル「I Love Youからはじめよう」カップリングであり、テクニクス(松下)のオーディオCMでレイ・チャールズが歌った曲でもあります。
レイ・チャールズに歌ってもらうんだから、バブルって金ありますよねー、と、ちょっと感心します。あのころ、オーディオ(CDコンポ)はバカ売れで、どの家電量販店でもエース級の扱いでデーン!と並んでいましたから、松下もここが攻めどころと判断したのでしょう。あれすげえー場所とるんですけど、喜んで置いてましたね、当時は。レベッカのCMによるソニーの「リバティ」、明菜ちゃんのCMによるパイオニアの「プライベート」、ケンウッドの「ロキシー」など目白押しだったのです。オーディオコーナーでは、中高生が買ってもらえるような数万円のものから20万円クラスの重厚なやつまで、誇らしげにグライコがピコピコ上下してました。そんなわけで、歌ったのはレイ・チャールズでしたが、安全地帯もそのブームをちょっと後押しした、そんな時代だったのです。
さて曲は加工したドラムで「ガコッ!シュコーッ!ガコッ!シュコーッ!」と始まります。ボーカルが入り、エレピが続きベースがうなりを上げます。こういうときの六土さん、音大きいですし、ハリのあるちょっとゲイン強めの音をお使いになることが多いように思うのですが、ふしぎとうるさくなくて、曲を盛り上げるんですよね。わたくしならもっと腰の弱い、オケに溶けそうな音を使うと思うんですが、それは弱気でダメなほうを選んでしまっているということを教えていただいているかのように思えます。
アレンジはいたってシンプル、Aメロはほぼこのまま進み、サビでようやくギターがシャリーンと鳴り始めます。よくよく聴けばこのギターもオケに溶けることをねらった弱気な音でなく、しっかりとハリのある鋭い音です。わたくしいままで何曲も「この曲はギターがまるで聴こえませんでした」と書いてきたのですが、それらの曲にも、こんな音が鳴っていました……そう、これが安全地帯のクリーントーンだったのです……!『月に濡れたふたり』の時代で、デジタルレコーディング技術が高まるまで音像として明瞭さが足りなくてわからなかったのか、ブログを書いてきてわたしの耳がちょっと鍛えられたのかはわかりませんが、最近気づきました。これか、これが安全地帯のクリーントーンなのか、と。ただたんに、このアルバムだけセッティングが若干違うとか強く弾いているとかミックスのとき多めに混ぜたとかとかのほうがありそうな話ではあるんですが。
歌はサビのメロディーを繰り返すシンセで奏でられた間奏を経て二番に入り、AメロBメロストリングスがオブリに入る以外はとくに変化なく続きます。そして歌詞カード上では、次のサビで終わりなのですが……
サビの後、思わぬベースソロが入ります。なぜベース……ベースソロが、こんなにもここに似つかわしいなんて!これを聴かされると、どんなギターソロもここには入れてはいけないことがわかります。どんなに泣きのフレーズでも、ギターやピアノではダメなのです。ここはこのベースソロでなくてはなりません。六土さん!泣けます!30年以上前に初めて聴いて、ここで泣けるようになったのはここ10年ですけども!ここまで曲を強くトーンでリードしてきたベース、それは最年長として安全地帯のサウンドを支えてきた六土さんのベースだからこそ出せる説得力なのでしょう。
そして歌詞カードになかったサビが、玉置さんの悲痛なボーカルで歌われます。遠すぎてもう逢えない……さよならもまだとどかない……それはひとえに遅すぎたからなのです。何が遅すぎたのでしょうか?
間奏の主旋律を奏でる音色は「星空におちた涙」のそれですから、九ちゃんに何かを伝えることがもうできない、と歌っているのでしょうか?とてもありそうです。
それともふつうに、失ってしまった恋人とよりを戻したり自分の非を認めてお互い気分スッキリになったりすることでしょうか?これもありそうではあります。
わたくし、前者の九ちゃん説を採りたいのですが、それですと二番の歌詞内容とちょっと辻褄が合わないなあ、なんて思うわけです。だって九ちゃんと「あの夏の日」を過ごしたなんてありそうにないですもん。恋人とテレビを見ていたら123便のニュースをみてしまったあの夏の日、とかならなんとか辻褄が合いますけども。それで「想いだせる涙」を心に返す……よくわからないですね(笑)。ムリヤリ解釈するなら、123便のニュースで流した涙を思いだせるのなら、いままたリアルに思いだそう、九ちゃんのことをずっとずっと忘れないでいよう、それが「心に返す」ということだ、くらいでしょうか。
恋人系の解釈ですと、「あの夏の日」は二人の修羅場で、泣いてしまうくらいスーパーブルーだったわけなんですが、その涙を思いだし、戒めか何かとして心にリアルに刻んでいこう……という、あまりToo Lateでない、取り返しのつかないことが起こったとは思えないような、何か前向きさを感じる歌詞になってしまうように思います。
もちろんどちらの解釈もアリといえばありだし、ナシといえばなしでしょう。しょせんはわたくしの妄想にすぎません。松井さんと安全地帯によって、ぜんぜん違う世界が描かれている可能性のほうが高めでしょう。
ですから、最近いただいたコメントで、あまり歌詞に深入りせず、雰囲気をとらえるという原点に少しだけ戻りたいと思います。
「いまも耳に消えない声」……声って、思いだせますか。わたしは、思いだせます。松井さんはしばしば「匂い」で思いださせるというレトリックをお使いになりますし、ちょうど昨日一昨日(2020年12月30-31日)にTVで流れた新人歌手による「ドルチェ&ガッバーナ」の匂いが恋人との日々を思いださせるという歌が示すように、匂いのほうが過ぎ去った日々を思い出させる効果は一般に高いように思われるのです。
しかし、それでもわたしは声なんです。匂いは、もう一度かがなければ思いだせません。これはもちろん人によるんでしょう。わたくし香水なんてアラミスとかしかしらないおじさんですけども、きつい香水でもすぐに忘れて、その匂いをかがない限り思いだすことができません。たぶん嗅覚の記憶が弱いんだと思うんですが……みなさんはいかがでしょうか?香水の香りは個人の体臭生活臭と混ざってますから人それぞれになるんですが、それで、たとえ同じ香水でも別の人がつけてたらわからなくなってしまうくらい、わたくし鼻が鈍いんだと思います。
声は、もちろんいままでに私の横で歌ってくれたシンガーたちの声は克明に覚えています。恋人の声ならなおさら覚えています。そして、幼少のころの、わたしを呼ぶ父母や兄弟たちの声でさえも……すべて脳内再生できます。級友とかの声は見事に忘れていますが(笑)、大事な人たちの声は、心にこびりついて離れません。
わたくし定期的に姿を消しますから(笑)、別れた恋人と時を経て再開したなんてドラマは人生においてほぼ経験がございません。でもぜんぜん縁もゆかりもない都会の人ごみの中でうっかりすれ違ったと、確信したことはあります。あの声だ!……と。声がしたほうを眺めてみても姿はありませんでしたが、なくてよかったのです。だって自分の耳が確かかどうかがわかるだけのために、わざわざ藪をつつくことはないでしょう。でも少しだけ思ったのです。もう一度、あの声で歌ってほしかったな、呼んでほしかったなと。少しだけですよ。きっと歌ってもくれないし、呼んでもくれないに決まってますけど。だから電話番号を書いた手帳をまだ捨てていないはずだと知っていても、探さないし、かけないのです。いまかけたら、三年ぶりのLINEどころじゃないですよ!20年超ぶりの電話、しかも実家のイエ電ですよ!もう悪い予感しかしません(笑)。だって一人暮らしの番号なんていま生きてるわけないし、当時は携帯なんてなかったし。
アホな妄想を垂れ流して、曲の解説が終わってませんでした。曲はシンセによる主旋律をもう一度だけ繰り返し……ベースにご注目を……トーン……ドーン……ひときわ強くドゥオーン!と鳴って、「ドン・ドーン……」と終ります。そう、この曲は、あくまでワタクシ的にはですが、ベースが主役なのです。ストリングスが美しいですのでそちらに耳が行きがちかもしれませんが、この曲を支配しているのはベースです。こんなにドゥオーン!とやられたらここで終わるしかありません(笑)。
恋人にももちろん匂いはありましたし、かげば(かぎません)思いだせることもあるんでしょうけど、わたしは声で記憶の底にあるすべてを思いだします。匂いではなく声、ストリングスではなくベースなのです(なんとムリヤリな!)。多くの人は匂い派で、それにもかかわらず「消えない声」はよほどの思い入れがあったから声を覚えている、という解釈のほうが想いが強そうでいいかもしれません。ああ、また自分の奇怪な一面を晒しただけだった(笑)。
さて、『安全地帯VI 月に濡れたふたり』の解説はここまでになります。年内で行けるかなーと思ってましたが、年を越しちゃいました。2016−2017ころはもっとペースが早かったのでそれに比べればぜんぜん遅筆ではありますが、またコツコツと書いてまいります。次は『安全地帯BEST I Love Youからはじめよう』になります。ベストアルバムですから、これまでに記事を書いていない曲「熱視線」「微笑に乾杯」だけにはなりますが……何卒よろしくご愛顧ください!
価格:1,284円 |
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なんと!恋人系でも九ちゃん系でもなく!それは初めて伺いました。非常にありそうな線です!恋人でなければ匂いでなく声なのもある意味当然なのですが、そういう可能性を考えてもみませんでした。安全地帯といえば恋人で、ここにきて九ちゃんが付け加わっただけだなどと考えるようでは視野が狭くていけませんね……。なんでもかんでも強引に恋の話にもっていくのがもはや自分の芸風になっている気がしてすこし気づまりだったのですが(笑)、新たな目を開かせていただいた思いです。まことにありがとうございます!
この曲についてはyoutubeのコメントかどこかで「交通事故で亡くなった北海道の友人に対するもの」という話を目にしたのですが、その線はいかがでしょう?