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玉置浩二『スペード』九曲目「君だけを」です。「太陽になる時が来たんだ」以来のバラードで、通常ならアルバムの最後に来るような曲です。このアルバム『スペード』は玉置浩二のアルバムとして初の、バラードでない曲で終わるアルバムです。なぜそうなったのかは全く存じ上げないのですが、たんにこの曲の歌いだしが「ブナの木陰」だから「ブナ」の次にしたってだけなんじゃないかと思います。
ただこの曲、このアルバムで数少ないバラードであるというだけでない、なんらか異質な感触があります。なんというか、悪くいうと単調なんですがとにかく骨太なんです。サビのメロディー、それはイントロでギターで弾かれたメロディーでもあるのですが、これだけで勝負する!このメロディー以外はぜんぶ脇役!このメロディーが要求するものだけでこの曲を全部仕上げて見せる!という気概にあふれているのです。そうしてできた曲というものには一種独特の存在感があって、アルバムを聴くたびに「あっ来た来た!」と思わせる、そしてそのアルバムにおける拠点というか、その曲を中心にそれより前とか後とか把握するようになっていく、そんな強さを放っているのです。「Friend」「田園」がその代表格でしょう。
そのメインメロディーを、ガットギターの切ない音がなぞります。左チャンネルにこれまたガットギターのアルペジオ、右チャンネルにおそらくスチール弦のストローク、全く正体の分からないパーカッション……バスドラ的なものがダンボール?左チャンネルのチチチチがキットカット?これらは本やインタビューで書かれていたからそうかもと思うだけで、書かれていないスネア的なものはもうまったく見当もつつきません。
歌が入って、すごく丸い音のベースが入ります。これも低音を感じるからベースだとわかるだけで、音色のつくりはまるでわかりません……。そして右チャンネルのギターはアオリ役になり、歌に泣ける合の手を添えます。この感覚、安全地帯に近い感じがします。左チャンネルが玉置さん、右チャンネルが矢萩さんなんじゃないかと思われてなりません。曲はぜんぜん安全地帯じゃないんですけども。
ブナの木陰で寄り添い話す、子どものころの夢を見て少し眠る……「話そう」「眠ろう」と、日常生活ではいちいち言わないくらいごくふつうの営為です。「やあ、いまからブナの木陰で寄り添いながらそっと話しに行かないか?」って誘わないじゃないですか。自然にそうなることはあるにしても。だから、変な言い方をすると自然なことを不自然に歌っているんです。ですが、そんなこと言ったら歌なんてぜんぶ不自然ですから(笑)、「どーだい、もうこれ以上ひとりじゃないさ」とか言わないようにしましょう。だから、こういうごく自然なことを歌にする、そしてぱっとは不自然に聞こえないくらい滑らかな表現をつくる感性ってもんがあって、それが飛びぬけて鋭いんですね。だからどうかそばにいてって言わないですよね……え?みなさん言うんですか?(笑)。
さて、曲は通常のドラムの音が入って全体の音量がグッと上がります。志田さんのインタビューにあったように、玉置さんがおれおれ!おれにやらせて!ってフェーダーをニコニコ上げる光景が浮かびます。余談ですが、このころちょうどフェーダーの上げ下げを機械に覚えさせる仕組みが出てきたころだったんじゃないかなと思います。いわゆる「オートメーション」ってやつなんですが、それがないと、わたしが若かったころのようにメンバーがずらっとミキサーの前に座って、おまえ何番から何番なって言って、ノートにぜんぶ何秒から何秒までメモリいくつって書いておいてそれを見ながらみんなでセーノでミックスダウン(各トラックの音量上げ下げまで含めて録音すること)することになります。当然誰かがミスするとやり直しですから、一晩中大騒ぎになります。もしかしてプロ用のスタジオではもっと早くからオートメーションあったのかもしれませんけども、このアルバムの時点ではすでにアマチュアが使うようなスタジオでも……いや、なかったな(笑)。旧世代の機材を大事に使っているスタジオで相変わらず大騒ぎしてた気がしてなりません。
で、サビではメインメロディーを玉置さんが切々と歌うわけです。そばにいて、離れないで、抱きしめて、Kissをして……ここまで全部お願いで、いつまでも君だけを見つめるんだ……ずうっとずうっとと決意表明、むむ、やはり安全地帯を思い出します。「燃えつきるまで」「To me」あたりです。あの頃は若者らしい、あやうげな自信たっぷりに歌う玉置さんの色気がビンビンでしたけども、15年を経てふたたびその手法をもちいた玉置さんは、スーパーナチュラルです。色気も攻撃性も消え失せ、ただただ強さとやさしさとだけが残ったのでした。「ずうっと」の「う」が泣かせます。これは「To me」のような大仰なアレンジなど必要のない、ただただ玉置さん自身の強さとやさしさに泣かされるのだと思い知らされます。このアルバムの後、安全地帯を復活させる準備ができたことを示唆するかのような歌詞だったのです。当時はそんなこと夢にも思いませんでしたけども。
そして二番、銀色の草原、夜空の星……どこまでも自分と「君」しかいません。そういう曲ですから当たり前なんですけども、秋枯れの草原も空気が澄んで冷たい夜空も、ふたりきりの世界に似合いすぎです。「夜空に消えた〜」から入る安藤さんのさりげないオルガンが効いています。まさにビートルズかと思わされる音作りです。
だからどうかそばにいて……ここからエンディングまでずっと展開的にはサビです。サビを三回繰り返します。二回目は泣きのアコギソロですけども、歌も泣きの歌ですから変わりありません。アウトロは非常にあっさりとしていて、余計なものをこのメインメロディーに混ぜないという強い意志が感じられます。歌詞もほとんど繰り返しです。この歌詞で勝負だ、それ以外はいらない……バリエーションをつけようとしておかしな言葉を入れがちなわたくし、すっかり打ちひしがれます。ほんとうにいいメロディー、歌詞は、余計なことしなくていいんだ、それだけでいいんだと、最高の手本を見せてくれているのでした。もちろん玉置さんにそんなつもりはないので、そうわたしが勝手に学ばせていただいた気になっているわけですけども。
初聴時は例によってそんなこと気づかないわたくし、なんか同じことばっかり歌ってるなくらいに思っていたのですが、ふとしたときにこの歌を口ずさんでいて気がつくわけです、この歌のメロディーと歌詞の圧倒的な強さ、やさしさに。直観のほうではぜーんぜん受信できていないんですけども、脳細胞に叩き込まれているんですね。だから、わたくし自分の直観というものをあんまりアテにしていません。内奥の情感にねじ込まれてゆくものは、わたしの意思や思考などとは無関係にインプットされていくのです。だからこうやって四半世紀ちかくもたってから、自分の中に叩き込まれたものを内省的に記事にしているんだろう、と思うのです。
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ほろよい気分!ステキ!いい感じに壊れる。
こういう感覚って、とてもいいなぁ〜と思います
ほろ酔い気分というか
陽水さんの影響もあるのかしら・・・
なかなかこういう曲は作ろうと思っても出てこない感じ。自然に軽井沢での生活で生まれた名曲だと思います。