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『安全地帯V Harmony』九曲目、「燃えつきるまで」です。
ベースがドオーン……ドオーン……ドオーン……と、夕闇の古刹から響く鐘のように鳴らされます。そこへパーカッションが左右から鳴らされ、空間・残響系エフェクターを深くかけたクリーントーンのギターによる一拍置いてからのアルペジオ、そして歪んだギターのカラ・ピッキング、弦をこする音が響き、一気にドラム、そして矢萩さんによるオーバードライブのロングトーンと、武沢さんによるクリーンドーンのカッティング!もう、この前奏だけで、安全地帯の威力に気圧されてしまいます。まだ玉置さんが歌ってないのに!
トリューオー!と、深山幽谷の世界から響くオオカミの遠吠えのようなギターを合図に、玉置さんのボーカルがはじまります。「抱きしめて」……と。これがまた、これ、歌なの?ほんとうにセリフとして発せられたんじゃないの?と思わせるほどのリアルさなのです。アニメの美少女を「嫁」とおっしゃっている御仁が、録音された声優さんの甘いセリフに「萌え死ぬ」という現象が本当に起こりうることであるとするのならば、この「抱きしめて」で悶絶するご婦人が続出するということもまた、非常に起こりそうなことだといわなくてはなりません。
歌詞はこの後、依頼の「〜して」と、受容・許諾・示唆を示す「〜いい」とが交互に行われることを基本として組み立てられていきます。「今夜はカレーライスを作って」と「一晩置いて熟成させればいい」のように。今夜はカレーライスが食べたいのかと思って自分もその気になって作ったら、明日か!どうしてくれる!今夜はカレー気分になっちまったじゃないか!ああ、でも明日になったら食べられるからいいか……いやよくない!今夜のおかずはどうするの!といったような、揺さぶられまくりの心が千々に乱れる仕組みになっているのです。しかも同じことが、何連発も起こるのです。これはたまりません。
揺さぶりの中、ふいに依頼が止み、大音量のドラムとギターに載せて「何もかも〜」、そしてまたドオーン……ドオーン……に載せた「あなただけ〜」が挿入されます。これは依頼ではなく、「本音・本心」を示すものとして受け取るしかないでしょう。不穏な雰囲気を漂わせていたと思ったらとつぜん激情し、また不穏な雰囲気に戻って、あなただけがいればいいんだ、僕はもう、それだけで生涯をささげてもいい……とささやいてくるのです。何という切迫感!女性がこんな迫り方をされたら、単なる思わせぶりの演出かもと疑うには、かなりの経験値と洞察力を要することでしょう。実際、演出ではないのかもしれません。酸いも甘いも経験しすぎるくらい経験してかなり古漬け感が高くなっているくせに、表面の色ツヤだけはいつまでも浅漬けさ!というような男だけが、これを手段として用いることができるのです。わたくしだと、たぶん途中で自責の念にかられてしまって、とてもやり通せそうにありません(笑)。
依頼と示唆の連続、そして漏らされた本音、そこで鳴り響くスネアと、武沢トーンのアルペジオ!咆哮を上げる矢萩オーバードライブ!曲はとつぜんサビへと突入します。パーカッション、そして謎の「キュッコッカッコーコッ!」という音色に載せ「燃えて」の連発、依頼なのか単なる連用つなぎなのかわからぬまま、ふたりは燃えつき堕ちてゆく……なんというスピード感のある攻め!これでは為すすべもなく、まるで神隠しに逢ったかのごとく、夜の山に姿を消すしかありません。
曲はまた、ドオーン……ドオーン……へと戻ります。クオーン!クオーン!と短く唸りを上げる歪んだギターが、すでに何かが起こってしまったことを思わせるだけで、ほかは前奏と変わりありません。ああ、恐ろしい……。そして安全地帯はトドメとばかり、この攻撃を再度敢行します。
二度目の攻撃ですべてを燃やしつくした後、ギターのソロが挿入されます。バッキングは明らかに武沢トーンのカッティングなんですが、このギターソロも……?わたくしには、このギターソロが武沢さんの弾いたものに聴こえます。サウンドもフレーズも、「ワインレッドの心」の後奏や「ダンサー」の間奏で聴くことのできた武沢さんのものを思わせるものです。バッキングもソロも武沢さん?あ、いや、レコーディングなんですから、そんなこと造作もないんですけども、ライブのときにはどっちかを矢萩さんに弾いていただくしかありませんね。わたくしのたんなる聴き間違いで、そもそもこのソロは矢萩さんの弾いたものだというオチがありそうな気がしなくもないのですが(笑)、わたくし、ライブでよく演奏される「夢になれ」だけではなく、この「燃えつきるまで」もセットにしてライブで演奏してほしいものですから、いらぬ心配をしてしまいがちなのかもしれません。
燃えつきたあと、それでも「いかないで」……「消えないで」……と玉置さんはささやきつづけます。ひとりは嫌だ、でも誰でもいいわけじゃないんだ、あなただけなんだ……と、絶望的に甘いセリフを、これでもか、これでもか、と繰りだしてくるのです。あげくの果てに、歪んだギターが「ギャーン!」と時空を切り裂きます。これは卑怯です(笑)。卑怯すぎて神がかっています。
後奏では、武沢さんの、必殺クリーントーン・カッティングが、ドラムと各種パーカッションにより奏でられるアフリカンなリズムに乗せられ、炸裂します。そして曲はこのまま切れ目なく、次曲「夢になれ」へと続いていくのです。この超大作『安全地帯V』の序盤における「パーティー」から「ふたりで踊ろう」の流れとまるで対を成すように、いままた「燃えつきるまで」から「夢になれ」で幕を閉じようとするのです。なんてアツい構成!
前作『安全地帯IV』では「彼女は何かを知っている」「ガラスのささやき」が務めたクライマックスの重責を、『安全地帯V』においてはこの「燃えつきるまで」と、次曲「夢になれ」が果たすのです。「Friend」や「好きさ」、はてまた「どーだい」や「銀色のピストル」がどれほどの破壊力を持つ曲であろうと、このクライマックスの役目を果たすべき曲でないことは明らかでしょう。「燃えつきるまで」は曲単体としてのみ評価されるべき曲ではありません。アルバム『安全地帯V Harmony』の、そして『安全地帯V』全体のクライマックスというスケールの大きい役割もまた、評価の対象とされるべきなのです。
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そう、次の「夢になれ」とあわせて最高にカッコいいんですよ、こんな曲当時には全くありませんでした。聖飢魔IIの悪魔組曲とか藤岡藤巻の「尾崎んちのばあちゃん」くらいでないですか、明確なコンセプトをもって組曲的な構成になってたのは。どっちもネタのニオイがプンプンしますが、安全地帯はシリアス全力投球です。
この二部作はつながっているだけに分かりやすいですよね。
闇に消え、カーニバル、踊るだけ、叫ぶだけ、燃えるだけ、燃え尽きるまで、と。
焦らして、焦らして、一気に燃え上がる感じが最高に格好良い曲です。
精神的にも、流行歌とか本とかテレビとか、SNSとかでかなり制限を受けるでしょうから、その時代その時代の枠組みの中で自分が表現されてゆくのでしょう。私たちはぜんぜん自由じゃありません……。
それにしてもガキ臭いなあ、見てられるかこんなもん、聴いてられるかこんなもん、と思わされてしまうのが、あの時代の束縛を受けている証左なのかもしれません。逆よりぜんぜんマシだと思ってしまうのも……。
あの頃若者は、早く大人になりたいというか、大人っぽい雰囲気を纏いたがっていましたよね。私も似合いもしないハイヒール履いてました(笑)。今は何だか幼く見えて…(年取ったからですけど)
もうこんな色気のあるバンドは出てこないのかな…。動画で楽屋裏とかのを見ると、少年っぽさが残る笑顔とかも見えるのですが、歌い始めるとガラっと変わる。危険地帯な色気です。
堕ちるなら自分だけ堕ちれば、と突き放せるレベルじゃないんですね。ものすごい色気です。音、声だけで色気を表現するオリンピック種目があれば、安全地帯は三大会連続金メダルです。
こんなにすごいバンドなのに、10年とか活動できないで沈黙せざるを得ない運命が待ってるんですねー。こんなにすごいバンドだからなのかもしれませんけども。
ヘッドフォンで聴いていると、息づかいといい、トバさんも書いておられたように、歌というより、もっと臨場感のあるセリフか映画のワンシーンのように聴こえてしまうのです。歌を超えてます。
こんな迫り方されたら、一緒に堕ちる気が無くても堕ちて行ってしまいそうになるじゃないですか(笑)。それに手を貸す演奏陣の見事さ。たまりませんね〜。次の『夢になれ』に続く流れも素晴らしいです。
よくこんな曲が作れますよね。で、よくこんな風に歌えますよね。ホント、天才集団だと思います。