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安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。
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2022年01月07日

青い”なす”畑


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』十曲目、本アルバムラストチューン「青い”なす”畑」です。

トマトはナス科です。言われてみりゃ似てます。葉とか茎とか見る人が見れば一目瞭然なんでしょうが、家庭菜園の経験すらないわたしですと、実がなるまで別物だと気づかないです。そんな家庭の畑で、トマトだと思って育てていたらナスがなっちゃって、ありゃナス畑だった、いままで気づかず耕してたよ、こりゃおれの人生みたいだな……という歌です。

演奏はガットギターたぶん一本、ドラム、最後にウインドチャイムだけです。ラストの「花咲く土手に」リプライズ部分も口笛、コーラス、ガットギターだけ……だと思います。シンセかなと思っていた低音が突如「フンフフーン」と歌いだして玉置さんの声だったのかと驚かされます。

声も声ですがギターもギターで、おそらく一本のガットギターでいろんな音を出しています。たぶん指の腹で弾く、爪で弾く、指先で弾く、等々様々なタッチで音を出しているのだと思います。これはすごい。しかも計画・計算してなさそうですよね。感情の高ぶりや静まりに合わせて指先のコントロールが自然に行われているんだと思います。ご本人でも同じような精神状態や身体の状態でなくてはコピーできないでしょう。

「とまと〜」と唐突に歌が始まり、次いでギターとドラムが入ります。兄弟ふたりで作った音です。この兄弟にとっては朝飯前なのかもわかりませんが、わたくしがギターもしくはドラムですと何回やり直しになるか……ピッタリ合ってますね。一緒に録音したんでなくて、玉置さんのテイクを聴きながらドラム入れたんだと思いますが、それにしたって、この感情赴くままの歌とギターを聴いてドラム入れるのは簡単ではなかったことでしょう。「ツッ……!」「トッ!……」「ズシ……」「バシ!……」とタッチを極めて繊細に使い分けているのがよくわかります。かつてZeppelinみたいに歌えと玉置さんに言っていたお兄さん、きっとボンゾみたいに叩くのが得意なんだと思うんですが、バンドが発展してゆく過程で武沢兄弟のテクニカルさと玉置さんのエモーショナルさに合わせてどんどんスタイルを変えていったのでしょう、地鳴りのようなドラムではまったくありません。この繊細なドラミングは、軽井沢時代の玉置さんに影響を与えたんじゃないかな?と思われるんです。軽井沢時代の玉置さんはキットカットの箱に爪楊枝を入れて叩く等の工夫をしていたわけですが(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、お兄さんがこのアルバムでみせた、玉置さんの魂に寄り添うかのようなこのスネアコントロールによって、ドラムの音に非常にこだわるようになったのではないかと思われるのです。実際にはお兄さんがズッシンバッシンとボンゾのように叩きまくって玉置さんにいろいろ言われて不本意ながらこういうドラミングにしたという可能性もなくはないですが(笑)、お兄さんが弟の再生のために魂を救い上げる思いでどんな心の動きにも対応してみせるぞ!と丁寧にやさしくドラムを叩いたとわたくしは信じたいのです。

家の庭にトマト畑があって、夏には毎日赤い実がなって、それをもいで食べて楽しむために、毎日世話をします。それは、家庭や地域の人たちが子どもにかける期待に似ています。いやあ、大きくなったねえ、大人になったらお父さんの時計屋さんを継ぐのかい?それとも野球選手になるのかい?……「思われ」「慕われ」て育ちます。そして子どももそんな気になっていきます。「覚悟」するのです。

お嫁さんはどんな人だろうねえ、子どもは何人かな……そんな人々の期待を受けますが、少年は何をどうしたらいいかわかりません。さしあたり自分のできること、興味の向いたことに集中します。歌うのが上手だね、こりゃ歌手になるかもねえ……と「思われ」ます。もちろんのちに安全地帯がトップバンドになって玉置さんが大スターになるなんて誰も思っていません、本人でさえもです。

上京してサクセスしてから、玉置さんは安全地帯を誰よりも愛していながら、愛しているがゆえに安全地帯を離れたり壊したりしてしまいます。「勘違い」を「ひとりで耕す」ようなこと、たとえばドラマや映画まで「引き受け」てしまい、のめり込んでしまいます。メンバーや松井さんの気も知らずにチャリティーコンサートをやってみたり北海道に帰ろうと言ってみたり、ソロでバンドとは全然違う音楽を試してみたりと、まるで地に足がついていません。でも、すこしもふざけていません。一生懸命なんです。家の畑を一生懸命に耕してみんなが期待しているトマトを育てているつもりでナスを育てるような、そんな日々です。

玉置さんは俳優でもソロ活動でも、なんでもニコニコしながら超人的な仕事をやってしまいます。ですから「慕われ」るんです。それは、武沢さんやお兄さんとバンドをやっていたころから、「さあバンドやろうぜ、ぜったい楽しいよ、成功するに決まってるよ」とみんなを率いて突っ走り、みんなに夢を見せてくれる太陽のような人だからです。もちろん絶対の自信をもっているからこそそう振る舞えるんですが、ほんとうは誰よりも不安だし怖がっていたのも玉置さんなのでしょう。そしてバンドは本当に大成功しちゃいます。ソロ活動も俳優業もけっこう当たります。順風満帆です。ですが、帆はそんなに丈夫でなかったんです……。

あるとき、帆に小さな破れが走り、左右のバランスが崩れ船が傾きます。マストが倒れ、傷つき、船は座礁してしまいます。クルーは投げ出され、離れ離れになってしまいました。玉置さんは荒れた暗い海を泳ぎ、故郷に帰りつきます。

「「思われ」「慕われ」「覚悟した」」、「わからん 知らんで 「慕われ」た」と、低音を利かせたアルペジオのギターに合わせて、翻弄された心身の境遇がスピーディーに流れるように、もっというと滑ってゆくように、運命の渦に飲み込まれてゆくように表現されます。こんなスリル満点の歌、目の前で聴いたら失神ものでしょうね。一気に力が抜けるような、忘我の境地に達する快感が得られることでしょう。

そして曲はサビに突入します。「広がる〜」と、本当に空の隅々にまで広がっていくかのような、すごい声です。そして「ちっちゃな〜」とほんとに小さな、ささやく声との緩急にはため息を漏らさざるを得ない表現力です。小さくても聴こえます、はっきり通るんです。玉置さんのボーカルはどこもかしこももの凄いんですが、この緩急のつけかたが一つのポイントなのでしょう、完コピするとすこぶる歌うまくなりそうです。わたくし?コピーできるわけがないのでモノマネだけします(笑)。いや、これはコピーできるところまでいかないですよ、ほとんどの人は。

辿りついた故郷で、「広が」ったかつての夢、それと比べて「ちっちゃ」くみえる今と少年のころの、自分というひとりの人間存在を、時間をかけてゆっくりとみつめます。そして気づくのです。どっちもいい、どっちも自分なんだと。ここにはあの頃と同じ青い空がある、その下にいる自分はいまも昔も自分であって、この関係は変わることがない……

なんか、吹っ切れたかのような歌なんですが、静養の時期に玉置さんと会った金子洋明さんが、「僕はもう死にたい気持ちなんです」とか言っている玉置さんがこの歌を歌っているのを聴いています(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。つまり、この歌ができた時期にはぜんぜん吹っ切れていません。これはあくまで、玉置さんが自分のグチャグチャの精神をまとめよう、整理しようともがいていく過程に生まれた歌なんだということができるでしょう。その金子さんがマネジメントを引き受けて、玉置さんの活動が再開します。金子さんがいなければ、わたしたちはこのあと玉置さんの音楽も安全地帯の音楽も楽しめなくなっていた可能性すらあります。

「大切な家」の脇に、わずかな青空から太陽と雨を浴び、「強く強く生きてきた」、トマトだと思っていたらナスだった玉置さん、あれ、おれってナスなのか……トマトだと思ってるみんな、がっかりするかな……でもこれがおれなんだ、ナスはナスだ、「覚悟」して大きくなって、がっかりされても驚かれても、逆にすごく喜んでくれたとしても、すべて引き受けるしかないんだ……。

自信も気力もメンバーもみんな失って、ボロボロになった玉置さんは、たったひとりでギターを弾いて、自分の再生劇すら音楽で作ろうとします。その舞台となったのが旭川なんですが、これも考えてみたらすごい話ですよね。静養すら音楽でやってしまう!ゆっくり休んで回復してから東京に帰って曲作り始めればいいのに。もう仕事してるんだか休んでるんだかわからないです。半年くらいは空ばかり見て暮らしていたそうですが、よくもまあ半年で……半年なんてあっというまなんですよ!わたくし!無職の経験ありますから!わかります!わからなくていいんですけど、悲しいことにわかるのです。バーンアウトしてから半年で活動を再開するなんて、生半可なエネルギーじゃありません。

さて、「オーオオオー」と歌う玉置さん、ジャリリン!とうウナリを上げるギター、ウインドチャイムで、曲はいったん終わります。遠くからコーラスが幾層にも重ねられ、「花咲く土手に」のリプライズがはじまります。「じゃがいもの花」に「じいちゃんの笑顔」を思いだし……北海道の「つかの間の夏」の、青い青い空を、自分が覚えていることを、自覚するのです。自分は、ここの人間なのだと。美しい口笛、つま弾かれるギター、カウンターを入れるストリングスのように響くコーラス……か、完璧だ……何も派手なことはやってないのに……玉置さんがいればそれで成立することしかやってないのに……わたくし、このコロナ騒ぎで面倒を避けるため帰省してませんけども、というかそもそもほとんど帰省しない人間なんであえてこの時期に行くようなことは初めからしないだけなんですけど、なんか……帰りたくなっちゃうじゃないですか、向こうは来るなよお前って思うでしょうけど(笑)。

さて、このアルバムも終わりました……わたくし、この曲の「とまと畑(実はなす畑)」が、CAFE JAPANのオーナーが耕している畑だと思ってるんですよ。もちろんただの妄想なんですけどもね。この人生の復活劇を支えた玉置さんの故郷、そして家、家族こそがCAFE JAPANなんだと信じてるんです。だからこそこの後の快進撃があったわけですから、あながちデタラメでもないと思ってるんですが、どんなものでしょうねえ?

次は、順番からいうと……94年夏『安全地帯/玉置浩二 ベスト』ってのがあって、玉置さんの初期シングルも少し収められているんですが、これらはのちの『EARLY TIMES』(97年)で扱おうと思います。すると、次は『安全地帯 アナザー・コレクション』(94年)になります。そのあと同年の『LOVE SONG BLUE』ですね。わたくし、この『安全地帯 アナザー・コレクション』でやっと安全地帯が終わったことを悟りましたから(遅い!)、『あこがれ』も『カリント工場の煙突の上に』も、『All I Do』と同じくサイドプロジェクトだと思ってたんです。違いましたね……『カリント工場の煙突の上に』は、わたくしにとって長い時間をかけてじっくりと味わわないとその意味が分からないアルバムですらありました。正直『GRAND LOVE』が出てからですかね、このアルバムの位置づけを、いまと同じように考えられるようになったのは。同じようなことが二回起こって初めてわかるんですよ、わたしってやつは。

それではまた、次のアルバムレビューでお目にかかれますよう!

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2022年01月06日

元気な町


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』九曲目、「元気な町」です。アルバム発売の前月にリリースされた先行シングルでもあります(カップリングは「カリント工場の煙突の上に(Single Version)」でした)。

三菱地所CMソングでもあったそうです。うーむ観た記憶がありませんが……デベロッパーにとっては、この歌が昭和の神居を歌ったものであるということなどどうでもよかったのでしょう。

遠くから子どもたちの声が聞こえてきます。団地内の公園……かつてはこのくらい多くの子どもであふれていたのかもしれません、わたくしの記憶の範囲内ではこれは市民プール並みの喧騒です。私が子どもの頃はこの声の中にいましたので、傍からこんな声を聞いた実感がいまいちないなあ。そんなことを思いながら昭和の時代に思いをはせていると、アコギのキレイなアンサンブルが始まり、玉置さんの「オオオー」が入ります。ギリギリこんな歓声を上げていた少年のころにはじめて耳にした玉置さんの声(い―まー以上〜こーれー以上〜)には違いないんですが、あの頃とはまったく彩りが異なります。なんという声!そしてギター!少年時代どころか、幼少期にまで意識をふっとばされるような強烈な郷愁!サビのメロディーをなぞる高音のギターと低域をえぐるギターとがアルペジオで連結され、眼前にはただただ、赤みがかったコニカ百年プリントの幼児期がよみがえってきます……。そういやグラウンド端の用水路に落っこちて土手を泣きながら帰ったなあ(笑)。ベースがズシーンと入り、お兄さんの叩いたドラムが始まります。ズバン!ズバン!といいドラムですよね、さすが元祖安全地帯!機材や録音の仕方の問題かもわかりませんが、そんじょそこらのアマチュアドラマーではこの存在感あるスネアは出ないように思います。すっかり言及を忘れていましたが、「大きな”いちょう”の木の下に」「キラキラ ニコニコ」そしてこの「元気な町」、さらに次曲「青い"なす"畑」にお兄さんのドラムがクレジットされています。いま観られるかどうかわかりませんが、90年代にNHKで放映された「玉置浩二 37歳のメロディー Wine Red & White Snow」でドラムを叩くお姿を拝見することができたと思います。

そして玉置さんのボーカルが始まります。なんと明るい声!演奏も基本明るいですが、前曲までのダークさが一気に吹き飛んだかのような、吹っ切れた明るさです。ボーカルだけなら『CAFE JAPAN』の明るさに匹敵します。これが、前曲までのダークサイドからの転生、再生を思わせる劇的なドラマ感を演出しているように思われるのです。ムリヤリいうならば起承転結の「転」なのですが、位置づけ的にはこの「元気な町」と次の「青い”なす”畑」で律詩の「尾聯」を構成しているという、なんだかわからない既存の構成法にはあてはまらない排律っぷりです。だって前の曲までダークで重くて辛かったんだもん!(笑)こういう曲の来るのを今か今かと待っていてやっと来たって感じでした。この曲がここにあることで、どれほど精神的に救われることか。

「しかられても あつまって 遊んでた」って、これだけで一気に気分は少年期!少年期は叱られますよね、何やったかは全然覚えていませんが。そして集まりますよね、親とか先生とかのところにいるのを「集まる」とは言いません。少年たちだけのソーシャルに居たいのです。いま思うと別に親や教師だってそんな理不尽なことを言っているわけではなかったんだと思いますが、それがウザくてたまらないんです。いうこと聞かずに、自分たちの心身をフルに稼働するような遊びだけをして、尻は大人に拭かせます。用水路に落っこちても洗濯は自分でしません(笑)。居心地いいというか、そこが本来の居場所であるような感じすらするんですよね。教育の世界では「ギャング・エイジ」とか呼ばれる時期、「みんな輝く季節」です。Wikipediaで「ギャングエイジ」を調べてみると、年齢が高くなるにつれて性別やら多様性やらのせいで集団が小さくなる、そのうち内面への関心が強くなり集団は消滅する、なんて寂しいことが書いてありました。そういやそうだなー、小学校の頃はそんなにいろいろな奴ってのはいなくて、みんなゴチャッと遊んでたよな、中学校以降だと似たような奴ってのが出てきて、そいつらとばかり集まってた気がするな、と思わされます。

さて「その目に何が見えたの」と玉置さんが問いかけるように音程を上げ、曲はサビに突入します。「good time」とこのアルバム唯一の英語サビ、しかもハモリ付きです。このアルバムどころか、前作『あこがれ』にもありませんでした。玉置さんも松井さんも須藤さんも英語をやたら使うタイプではありませんから、このパターンは今後をあわせても非常に珍しいのです。Zeppelinの「Good Times Bad Times」を一瞬思いだします。いい時期もありゃ悪い時期もある、これがおれの身の丈に合った取り分ってことさ……玉置さんも、少年時代がgood time、そしてこの苦しんだ時期がbad timeだとすれば、そんな時期にgood timeであった少年時代に思いを馳せるのはごく自然なことといえます。同様のテーマで作られたであろう曲「メロディー」はその決定版の郷愁を感じさせますが、あの苦しい平成不況の時期bad timeに、消沈した大人たちにgood timeを思い出させてくれたからこその人気だったといえるでしょう。

そんなgood timeへのトリップに遊んでいる間に曲は二番に入ります。「手をたたいて だきあって 喜んで」って、もう何で喜んだのか覚えていませんが、みんなで喜び合ったことは覚えています。多分つまらないことなんですよ、川に石を投げたら五回水面上でバウンドしたとか、ドッジボール大会で学年優勝したとか、その程度のことです。でも、みんなで喜び合った記憶はかけがえのないものです。うれしかった、そのうれしさを分かち合えた、そのことがうれしくってずっと心に残っていた……そんな仲間と「さよならの日」には寂しくて名残惜しくてずっと手をふった、そんな記憶のあれやこれやが次々と去来します。飛行船のように「風に浮かんだ帽子」なんて見たことないのに、見たことあったんじゃないかとすら思わされるほどのメモリアクセスパワーです。松井さん作詞の「ゆびきり」に登場したモチーフですから見たことあった気にうっかりなりますが(笑)、「夢をはこぶ飛行船」はわたくしの少年時代にはなかったようです。

good time「を」世界中からとどけて、good time「において」愛し合えるさと、ラブ&ピースなサビが朗々と歌われます。Zeppelinのようにブラウンアイの男に恋人を奪われるようなことはありません、あ、それはbad timeか(笑)。でもそんなラブ&ピースなgood timeを思いだすのはbad timeのときなんです。ですから、この明るい歌を歌っているときの玉置さんはいかほど苦しいときを過ごしていたのかと、こちらまで胸が痛くなってきます。

痛くなってきた胸をかき鳴らすかのように、「思いだすのさ」の裏に美しい鈴なりのギターが響き、そのまま軽快なギターがソロを奏でます。途中から子どもの歓声が入り、歌が始まっても止みません。「一日中笑って」「ずっと泣いて」と喜怒哀楽を一瞬で通過し、すぐに最後のサビへと突入してゆきます。

「きみとならんで」?そういや最初のサビでも「きみと二人で」って言ってたな……もしかしてこれギャングエイジの歌でなくて恋人との歌なの?いやいや、「みんな笑顔」って言ってるし第一「あつまって」るもんな、この「きみ」はきっと相棒、「みんな」の中でも特に仲良しのバディーなんだ!そういうことにしよう!(笑)。思いだしてみれば、ギャングエイジにあっても相棒的な友人はいたような気がするのです。もう電話番号もわかりませんが。実家の母に訊けば消息くらいは知ってるだろうけども、あえて連絡することもありません。good timeのことは遠すぎてもうあんまり覚えていませんし、bad timeの話は酒場で一晩話せばそれで終わりにすべきつまらない話だからです。うーむ、玉置さんはご友人が入れかわり立ちかわりご訪問なさって玉置さんを癒してくれたそうですから(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、なんという人徳の差!(笑)。ですから、ここで歌われるgood timeはどれほどgoodだったのかと、安易に自分の少年時代を重ねるのを申し訳なく思わされるんですが、それしかないんだから仕方ないじゃん!と開き直りたい心境でもあります。「生まれた町」だって、リスナーそれぞれ違うんですから、みんな自分のgood timeを、自分のbad timeに思いだしながら聴く、というのが正解なのでしょう。前曲までのダークサイドと違って多くの人が楽しめるこのオープンな感じは、新たな玉置浩二の世界への跳躍を予感させます。

「玉置浩二 37歳のメロディー Wine Red & White Snow」ではそんなに大きくないホールでお兄さんをドラムに、石川さんをギターに、そして多くの地元のみなさんをコーラスに、一緒にステージに上がり、最後の「ララララーラー」を合唱していた記憶があります。何せもう25年とか前のことですからその記憶も定かではありませんけども……

そして子どもたちの歓声の中、Simon & Garfunkelの「早く家へ帰りたいHomeward Bound」を思わせるギターで曲は終わります。ホーム、僕の思惟が逃げ込める場所、ホーム、僕の音楽が流れる場所、ホーム、愛しい人が静かに待っていてくれる場所……いや、玉置さん、わざとでしょ!この終わり方!(笑)。

そんなわけで、「夢の都」「ともだち」から始まって、「メロディー」へと続いてゆく一連の望郷ソング系譜にあって、中興の祖とでも言うべき「元気な町」でした。あれから30年弱、三菱地所のニュータウンもそろそろあの頃の子どもが当時の玉置さんくらいのトシになってるくらい時を経ましたね。みなさんの「元気な町」「生まれた町」がgood timeという宝物をみなさんに思い出させることを祈念しております!

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2022年01月04日

納屋の空


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』八曲目、「納屋の空」です。

前曲「家族」とは違って、曲らしい曲です。本アルバム中、曲らしい曲の中でもっとも玉置さんのコアに迫った曲といえるかもしれません。

アルペジオのガットギターからはじまり、リードのギターとベース、シンバル、なにやら細かく刻まれる打楽器、そして「ずっと……〇×△◇」という玉置さんのささやきで前奏は構成されています。

これ以降サビまでシンバルはほとんど入らず、サビでわずかにバスドラが打たれ、一番の終わるタイミングからドラムが、ズッパン……ズッパン……と重く入ってくるのですが、ギターやベースはあまり調子が変わらず、淡々と弾かれます。しかし、曲の最後、この淡々ぶりが徐々に盛り上がってゆくさまは、『CAFE JAPN』以降の玉置サウンドの原形といえるでしょう。見事な、これこそ「変態(いい意味の)」といっていいでしょう。蛹から成虫になる様子に似てます。カオスになりそうな音たちを曲としてまとめ上げ、感情の盛り上がりを像として結んだほとんど最初の例であるように思われます。別ないい方をすれば、『CAFE JAPAN』や『JUNK LAND』で聴けるような玉置サウンドを好きな人であれば、この曲にはその原石をみつけることができるでしょう。

ただ、『CAFE JAPAN』や『JUNK LAND』とは違って歌詞が思い切り暗く、多分にセンチメンタルです。この時期の玉置さんの心境を思えばもちろん当然のことなんですが、こんな傷心の時期にあってもサウンドはすでに次の時代への萌芽を膨らませているのですから、すごいエネルギーだとしか言いようがありません。

さて歌は、タイトル中の「納屋」を中心に追憶の中に沈んでいきます。辛いことがあったとき泣いていた納屋、あぜ道脇の、風で吹っ飛びそうになっている納屋、悲しみを吐き出し、心を癒し、愛と希望とを湧き出させる場であった納屋……

北海道人たるわたくし、この情景を経験的に理解していたかったのですが、無念ながらそんな納屋は知りません……これは上川盆地という北海道随一の穀倉・農業地帯であるからこそ可能であった情景であるように思われます。札幌の住宅街では、家の裏にある、家々の屋根に囲まれた物置が納屋です。冬の間は使われないバイクや自転車を格納している、寒くて入る気にもならない、そもそも入り口付近が雪に埋まっている物置ではそんな精神的ドラマは起こりようがないのです。歌詞カードの写真で、畑の片隅で玉置さんが寄りかかっている傾いた建物こそが、そのような情景にふさわしい「納屋」でしょう。

傷つき、倒れそうになり、風の中フラフラと納屋にまで辿りつきます。演奏も一瞬止まるほどの辛さです。その納屋には、壁に絵が描いてあります。なんでしょうね?悪ガキのいたずら描きかもしれませんし、風雪によって自然に描かれた模様かもしれません。田舎によくある広告看板かもしれません。もしくは団地絵のようなものかもしれません。真相は不明なのですが、妙に惹かれる絵というのは幼少のころよくあったように思います。わたくし、横浜タイヤの顔なんて味があって好きでした。もちろんこの歌の「壁の絵」はそういうのじゃないんだとは思いますが……なんにせよ昭和の何かではあるでしょう。そんな納屋は心落ち着く場所、秘密の場所なのです。夕暮れになるまでぼんやりと雲を眺め、日が暮れて気が落ち着き、また歩き始めることのできる場所なのでしょう。

「のろし雲が叫んでた」のはちょっと謎ですが、旭川空港に発着する飛行機による飛行機雲なのだと思います。飛行機の発着ですから「叫ぶ」ような音がしているのでしょう。そうであれば、「離れそうになる君」の正体がみえてきます……具体的な誰であるかはわかりません。飛行機で新天地に旅立つご友人なのでしょう。納屋の空を眺め、羽田空港へと向けて飛び立つ飛行機に心の中で別れを告げるのです。こうして「会った」のですが、空港で見送ってませんので「会えない」というわけなのでしょう。

さて、一番を一気に歌詞だけで通過しましたが、この歌い回しったら、背筋がゾクゾクときます。「夕暮れ」「空が」「赤く」「揺れた」と細かく言葉を切って一つずつ吐き出しつつ、「のろし雲が」と大きく伸ばす、この緩急だけで悶絶ものです。裏のギターも最高のタイミングで胸を締め付けるように「ぺロロン」「キュイーン」と泣きます。これは作詞作曲玉置浩二、かつボーカル玉置浩二であるからこそ出せる言葉と音楽の融合でしょう。自分の肉体が出せる表現をギリギリまで追究したかのようなことばの連続に、これまでにない一体感を感じずにはいられません。この経験があったからこそ、『CAFE JAPAN』以降の作品が成り立ったとさえいえるんじゃないかと思います。個人的には『CAFE JAPAN』よりも『JUNKLAND』のほうがその一体感は強いように思えますので、よろしければ『JUNKLAND』をお聴きになってからこの『カリント工場の煙突の上に』をお聴きになり、玉置さんの選んだ言葉を玉置さんが歌うことによって生まれるノリを意識してお聴きになってみてください。なお、このアルバムでは「キラキラ ニコニコ」「納屋の空」「元気な町」「青い"なす"畑」の四曲が作詞作曲玉置浩二のクレジットになっています。

曲は二番に入り、玉置さんのドラムが鳴り響くなか、難解な詞を歌った二番に入ります。難解なんですが、玉置グルーヴによってすっと聴けてしまう不思議な個所です。「ズジャでもいいんでしょ」とか言われた気分です。よくねえよ。

「赤のセロファン」って学校でもらったことあるんですが、なんかうれしかったですね。なんに使ったのかははっきりわかりませんが、たぶん図画工作でステンドグラスづくりでもしたのでしょう。彫刻刀を木に入れる前の準備段階だったんだと思うんですが、切り出し刀でボール紙とセロファンのステンドグラスを作ったことがあります。残ったセロファンを、帰り道に雪に透かして遊んだ記憶もあります。白い世界が赤い世界にみえて面白いんですよ。「消えないよう 落ちないよう 僕が付けたサビ」を雪で洗うというのはよくわかりませんが……雪にはよくサビがついてました。たまにあった木の電柱に巻き付けられていた針金や、それこそ納屋のトタン屋根を支えていた釘で、雪が赤くなっているんです。赤のセロファン越しにみると、そこだけ黒く見えると思います。でもそれじゃ意味が通りません。たぶん、「サビ」的なものをセロファンにくっつけてあって、それを雪にこすりつけて汚れを落としていたんだと思います。「サビ」は本当のサビでなくて、図画工作で作った作品等としての何かでしょうから、それが落ちないように注意しながらセロファンをきれいにしていたんだと思います。なぜそんなことしているのかはさっぱりわかりませんが、少年の考えることなんてわからないものです。この傍からみたときの不合理さが、リアルな少年時代の描写になっているんだと考えたいです。わたくしなんて雪に「トーチカ」をいくつも作って、手近な屋根に上ってそれを「空爆」していたものです。傍からみて何をやっているんだかわかるほうが怖いです(笑)。

さて、歌詞はさらにわけが分からなくなっていきます。「にじんだ」「ビルと」「欠けた」「屋根と」「時をつーなぐ」と玉置グルーヴ全開で強引に分からされた感じがしますが、冷静になるとやっぱりわかりません(笑)。季節は春でしょうから遠くに見える市街地のビルが水蒸気で霞んでみえる、もしくは東京のビル街を思いだしているのでしょう。風雪に耐えて変形してしまった納屋のトタン屋根は、まるで別の星にあるかのように違う世界です。それは市街地と近郊農業地帯との違いでもあれば、少年時代と青年時代の違い、それぞれに過ごしていた旭川と東京の違いでもあるのかもしれません。ですが、すべて同じ人間・人格であるところの玉置浩二がいた空間です。それは全然違う世界であって、それが統一体であるところの玉置浩二という人格を切り裂くかのような感覚に襲われているのではないか、それらをつなぎとめ、一つのものとして心の中に整理させる、統一させる可能性を示唆するものは夜空の星が過去でも現在でも旭川でも東京でも同じだということ……その星たちがひとつずつ、時間と空間の狭間にバラバラになった精神の欠片に降り注ぎ、夜空にまた昇って統一させてほしい、なんて思いが込められているのではないか?……むむむ、無理やり考えると苦しい(笑)。

ものすごく下世話に考えれば、忘れずに連れられていく「君」は、もしかして恋人や奥さんなのかもしれません。だって玉置さん、そっち方面でもだいぶバラバラじゃないですか(笑)。バンドのメンバーはあんまり変わらないのに。

節操がないとかそんな意味になりかねないんですが、でも、これは誰の心にも少しはあるんじゃないでしょうか。わたくしも家庭ある身ですからあまり迂闊なことをいうとのちのち自分の居心地が悪くなる危険を冒すわけなんですけども(笑)。こんな少年時代の、原風景にあたるような場所を一緒に歩いていた、このままずっとつれて行けると思っていた「君」は、いまは一体どこで何しているやら、ぜんぜんわかりません。実家のイエデン番号がわからないどころじゃないですよ、わたくし、例によって声だけはよく覚えているんですが、もう顔もよく覚えていません。「今よりもっと遠くへ」、つまり、ずっとずっと未来まで、一緒にいようねって思っていたのでしたが、実際にはだいぶん近い未来でしかなかった「今」でさえ消息不明です。あぜ道を渡って農業地帯を抜け出し、ぜんぜん違う世界の青空の下へ行っても、「あふれる愛」「幸せ」は変わらないと信じてたことを、あの頃と同じく傷つきたどり着いた「納屋」のそばで空を見上げて思いだすのです。

例によって全然ちがう心象、情景が歌われているのかもわかりませんが、もしも玉置さんのお考えになってたことにこのわたくしの妄想の熱量だけでも似ていたのであるとすれば、それをものの数分の歌にして盛り上げていった玉置さんは、ちょっと信じがたいシンガーソングライターです。作曲家、歌手としてのもの凄さはこれまでのキャリアで十分すぎるほど世の中に見せつけてきた玉置さんですが、ここにきて、歌詞という表現ツールを自分の作曲、自分の歌唱に見事にアジャストすることによって、新しい時代に突入したということができるでしょう。アルバム全体がきわめつきに暗く重いのでわたくしも今の今までわかってなかったのかもしれません、このアルバムこそが、これ以降の玉置さんを方向づけたのだということを。

例年、大晦日か元旦、あるいはその両方に更新をしていたのですが、今度の年越しではそれができませんでした。なにしろ前曲の「家族」延々リピートが重くて、玉置さんの音楽を聴く気にならず、ひたすらギター弾いていたのです。メタリカとか(笑)。ヘヴィメタで自分の原点をもう一度見つめ直さないと、とてもとても玉置さんの音楽に向き合うエネルギーが出ませんでした。メタリカよりエネルギッシュってどういうことだよ参っちゃうなあとか思いながら。おかげでここニ三年やっているギターのリハビリがたいぶ進みました。

2021年はほとんど休まず50本くらい?記事をかけましたから、このペースでいけば2022年内に『JUNK LAND』くらいまではいけるかなーなんて思わなくもありません。いまサラッと書きましたけど、このペースでも『JUNK LAND』までしかいかないのか……玉置さんソロって分厚いなあとちょっとめげそうになりました(笑)。ともあれ2022年も精力的に更新していく所存でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

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2021年12月26日

家族


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』七曲目、「家族」です。

そんな人はまずいないとは思うのですが、安全地帯や玉置浩二の音楽をこれからはじめて聴こうとする人はこの曲を最初にチョイスすることはお勧めしません。あまりのカオスぶりに驚いて安全地帯・玉置浩二の音楽から離れてしまい、今後の人生において安全地帯・玉置浩二の音楽を楽しめなくなる可能性があるのです。逆にいうと、この曲が心のどこかにヒットして大ハマりなさる方は、末永く安全地帯・玉置浩二の音楽をお楽しみになれる可能性があるわけですが、そういう方には他の曲が物足りなくなるんじゃないかなー、と思わなくもありません。まあ、そんなわけでして、危険な曲であるということができるでしょう。

小さくガットギターがつま弾かれ、シンバルが鳴り響き、「いーちばん(いーちばん)たーいせつなー(たーいせつなー)かぞくー(かぞくー)」と歌詞カードにないボーカルがヤマビコします。そして「あー」という深いリバーブの効いた高音のコーラスが重ねられます。

このコーラスですが、玉置さんの御両親がクレジットされています。え?これはプロでない?お母さんこんな美声なんです?い、いや……にわかには信じがたいです。極端に加工して作った?この生音溢れるアルバムで?それも不自然です。おそらく多くは星さんが入れたシンセのサンプリングによるものなんだと思いますが、玉置さん一族ならやりかねないと一瞬思ってしまう荘厳なコーラスです。裏に入る民謡調のウナリ、玉置さんのボーカルに重ねられた様々なセリフ(ほとんど玉置さんによるものだと思います)、こういったもののいずれかがお父様お母様によるものなのでしょう。もちろん本当のところは謎なんですが、これらはどれも音楽をやってない人にいきなり歌えと言われて簡単にできるものでないことは書いておこうと思います。

この時点で、「大切な家族」というセリフの重みがズドンと迫ってきます。この「家族」「大切」はもうエトスの域に達しています。ラップだのヒップホップだのでやたら親に感謝してると連呼しているキミたち、こんな、一気に数十年の時とその間の空間・感情の変化を数分に凝縮したような世界が作れるか?昭和中期の市営住宅団地、文化住宅、商店街、公園、ボロボロの服を着て遊びまわる少年たち、そういったものがみるみる間に姿を消し、昭和末期のバブル狂乱、平成初期のこぎれいな沈黙に達するまでの間に少年は大人になり、大人は老人になった、その重みがあってはじめて成り立つ「大切」なんだ。この凄みを出せるか?出せないだろう、でもこの曲は出せてしまっているんだよ!……と、ラップやヒップホップの若者にはとんだとばっちりなんですが(笑)、この曲の「大切」「家族」はそんじょそこらの凡庸な「大切」「家族」ではないのです。「大切」すぎて旋律が描けない、「家族」すぎて歌詞がまとまらない、ピカソの『ゲルニカ』のように、凄惨すぎて無念すぎて形にならない色にならないというのに似た、そんな凄みをもった曲です。

「遊びすぎた」のは少年時代の玉置さんであり、そして大人になって東京で活躍した玉置さんでもあります。家からはなれて活動しすぎたのは一緒なんですね。そんなときに奥さんと暮らす場所はきっと「部屋」という感覚であって、「家」「家族」は実家とそこに暮らす皆さんなんでしょう。実家大好き人間はしばしば離婚の原因になるのですが、好きなものはしょうがない、休まる場所はここしかないんだからしょうがないじゃんって感覚なんでしょうね。それが「家」「家族」を作れる人とそうでない人の違いなんですが、玉置さんには、すくなくともこの時、その力はなかったのです。だからこそ生まれたのがこの強烈な望郷ソング、家族へのラブソングであるわけです。「家」とは「家屋」ではなく、その家屋に刻み付けられた「家族」の生活履歴と今後の見通しのことなのだと、このアルバム全編を通じて玉置さんはビンビンと伝えようとしている、その核となる曲がこの「家族」と前曲「キラキラ ニコニコ」なのでしょう。

「遊びすぎた」くせに「そろそろ信じていいよ」などとどの口が言うのか!(笑)でも、それが偽らざる気持ちであり、甘えなのです。少年時代からずっとずっと、その年齢なりの誠実さをもって「僕のこと信じて」というメッセージを繰り返していたのでしょう。親からすればとてもとても全面的に信じるなんてリスキーなことはできませんけども、きっと無自覚に少しずつ、段階的に信じるようになっていくのだと思います。『幸せになるために生まれてきたんだから』には、玉置さんのお父様が語る玉置さんの人物像がいくつか収められています。ほしいおもちゃを自分でできるところまで途中まで作り、これ以上できなくなってからお金の援助を願い出る玉置さん、十円玉を飲み込み病院に運ばれながらお父さんの背中で一生懸命謝る玉置さん、こんないい子を死なせてなるかと頑張るお父さん、当時は必死なんですけど、後からきくとなんと美しい話かとため息が出ますね。こうしたエピソードが数百数千と織り込まれてできてゆく家族生活の履歴、誠実さと甘えと成長と、歓喜や悲しみ、失望、風呂や時計、柱や屋根、笑い声やためいきを受け止めてきた壁のようなものまでが混然一体となって作られてゆくのが、この曲で歌われる、いや歌にならないもの・ことであるところの「家」なのだと、わかっていたはずなのにさらに思い知らされるかのようなとんでもない曲です。その重厚さ・秩序と無秩序が入り混じる混沌を表現するのに、渾身の音や声を用いたのでしょう。ちょうどピカソが形、色を用いてそうしたように。音でいうとドラム、ベース、ガットギター数本、コーラスだけなんですが……このアルバムは最初にギターを弾いて歌い、あとからドラムを入れたと『幸せになるために生まれてきたんだから』に記されていますが、つまり、メトロノーム的にはグラグラなんだと思います。玉置さんの肉体、精神のリズム・スピードがダイレクトに録音されているわけで、これはおよそ他人がシンクロできるものではありません。これがこの曲のもつカオス感、家や家族の融通無碍さをいやがうえにも感じさせます。

「オフロに入ろう」「ゴハンにしよう」「丸く座って」と、なんでもない日常が、おどろおどろしく歌われます。僕は「はじで笑ってる」そうですが、笑ってなどいません。泣いています。号泣です。いや、当時は笑っていたのでしょう、でも号泣せざるを得ません。当時笑っていて、反抗期にちょっとふてくされて、青年期におすましさんになり、大人になってまた笑えるようになって、昔のことを思いだして泣く、こういったものを一気に表現しているわけです。何と凄まじい!「食べよう」と歌詞カードにないつぶやきがまた凄みを感じさせます。続けてさらに「一生〜一生〜」「いついつまでーもー」とバックの叫び、岩に打ちつける波のような音を伴いながら「神の居る場所で」「花は換えた」「好物は必ずあげる」などと脈絡のないことを次々と絞り出すように歌います。「神の居る場所」はもちろん神居のことなんでしょうけども、家族が暮らす場所のことでもあるのでしょう。神棚や社殿に供えるものを家族や地域住民の役割として果たした、それと同じように家の花瓶を手入れすることや菓子入れに菓子や果物を補充しておくことを果たす、つまり家の一員であることを引き受け、自覚するという意味でもあるわけです。そうでないと脈絡がなさ過ぎていよいよ意味が分かりません。

余談ですが、「カムイ」とはアイヌ語で神のことです。北海道には難読地名が多いのですが、それはアイヌ語をムリヤリ漢字にしたからです。当時北海道は伊達藩の信託統治領みたいになっていましたから、伊達藩のお侍さんが一生懸命にリスニングして、どうにか知っている漢字に当てはめていったのでしょう。トマコマイとかクッチャンとか、もうメチャクチャといっていい当て字です。とはいえ、日本の多くの地名ももともとは土着のことばや侵入者侵略者のことばをムリヤリ万葉仮名にしたモノがかなり残っていますから、どっこいどっこいです。そんな中で、「神」を意味するカムイに「神居」という漢字を当てたお侍さん、超ファインプレーといえるでしょう。なんといっても意味が通ります。「道路」と「ロード」なみのミラクルといえるかもしれません。

さて、「一番大切な家族だから」と「時々頼むよ僕を助けて」という、相反する感情を一緒に歌うくだり、この曲の一番の聴かせどころに突入します。最初はかわるがわる歌っていくのですが、最後の「だから」と「助けて」は重なっており、歌詞カードがなければ「助けて」は聴き取りも困難になっています。

健気に家族の一員としての役割を果たしているのは家族が大切だから、そんな大切な家族だから、僕を助けてほしいと、相反してはいるんですが筋は通っています。助けるから助けて的な、自己都合による一方的なギブアンドテイクですら仕方ないなー浩二はーもうーと受け容れてくれるのが家族だからこそ筋が通るのです。もちろんこのときは精神病院から抜け出して静養していた時期の直後でしょうから、かなりリアルな「助けて」なんですけども、この事情と切実さを知らなかった当時のわたくし、わけがわからなかったというのが本当のところです。玉置さんって家族に助けてとかいうひとなんだ、と驚くくらいわかってませんでした。この曲も単なるカオス、またBananaとやってた頃の悪い癖が始まったかと思うくらい無理解でした。

そして鳴り響くシンバル、そして篠笛……篠笛?いや能笛かもわかりませんが……ここで和笛の何かが吹かれていますよね。尺八かとも思ったのですが、尺八を「自分のレコードでも使ってみようかな」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)とおっしゃってますので、この時点ではまだ使っていなかったか、忘れているのでしょう。この和笛がまた土着の神って感じで効いてますよね。幼少期の記憶を呼び覚ますにはこんなに格好の音もありません。そして江戸時代以前からの伝統がほとんどない北海道人にとっては神社で行われる神事を思わせますから、「神の居る場所」に似つかわしい音色でもあるのです。

このあと、無音にも似た静寂の時間があります。ベースの残響、玉置さんの「んー」、ポロポロと断続的に鳴るガットギターと音は鳴っているのですが、そのどれもが混沌としており、音楽として像を結んでいないため、無音に近い静寂感を覚えます。その静寂の中、「神の居る場所で」「花は換えた」とリプライズがはじまり、どこからが始まったのかわからないタイミングで歌詞カード上のコーダが始まります。

「感謝を忘れず」「死んでもはなれず」「僕がいまでも泳げないわけは」「じいちゃんばあちゃん」「信じる愛は」「街を抜けだした」「空よ僕を忘れないで思いだしてくれ」「カリント工場の煙突の上に(上に……上に……)」……と、さまざまな歌が滝のように降り注ぎ、歌詞最後の『ここ』がどこにあるのかわからない、隠された演出でこの曲は終わります。ベースもギターも、思いつくままに音色を試してみましたといった出音で、曲を奏でる意図はあまり感じられません。当時、聴いているわたくしの不安も不満もピークになったこと請け合いです(笑)。ほとんど詞も詞の体を成していませんし、演奏も演奏になっていません。これこそ、わたくしが弊ブログ開設当初に「「なんだろうコレ……何のつもりでこんな曲を入れたんだろう……」と思うことがないではなかった」と書いたよくわからない曲の、ほとんど最初の例でした。正直このアルバムは当時数曲しか理解できず、ただ漫然と流して聴く以外には耳にしないようにスキップしていた曲がいくつもあったのですが、このへんは思い切りスキップでした。だって気分良くないもん!(笑)。気分良くなるために音楽を「利用」するだけなら、この辺は一生スキップだったことでしょう。ですが、理解できるときが来るんですね……正直今でも気分はよくありませんが、わかるのです。そして、泣けてくるのです。かなりエネルギーが必要なのですが、玉置さんの心境を受信できるようになってからはこの曲をスキップなどしなくなり、しばしのドロドロした望郷と家族への思いに身を浸すようになったのでした。今回はこの記事を書くために何度もリピートして聴きましたからかなり消耗しました(笑)。消耗しすぎて更新間隔があいてしまったほどです。

当時の玉置さんの年齢をとうに超えたわたくし、すでに自分が「父さん」です。ですから、子どもがこうなったら助けるに決まってるじゃんという心構えになっています。ですが、そんなわたくしにもやっぱり「父さん」「母さん」は札幌の「家」にいてくれて、そこに「家族」が暮らしてきた履歴をまだ織りつづけてくれているという事実に、どこか甘えている息子の側面を、まだわずかながらに自覚してもいるのです。こんな歳になってもまだまだ効く!いや、若いと効かないというべきでしょうか、ともあれ、若いときにこの曲を聴いて若かったわたくしと同じようにスキップしている方、十年後にもう一度聴いてみてください、それでもスキップなら二十年後にまた!とおススメしたくなる超絶名曲だといえるでしょう。

余談ですが、玉置さんのお祖母さまは民謡の先生で、そのけいこ場によく出入りしていた玉置さん、三味線、尺八、和太鼓の音には親近感があるそうですから、やっぱり忘れているだけでさきほどの和笛は尺八だったんじゃないかなとふと思わせられるのです。「じいちゃんばあちゃん」と歌詞カードにないことばを歌った玉置さんですから、ばあちゃんを思い起こす音色をここに入れたとしても不思議ではないでしょう。

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2021年12月11日

キラキラ ニコニコ


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』六曲目、「キラキラ ニコニコ」です。

キラキラは青春で、ニコニコは純情。歌詞カードに掲載された詩のタイトルが「青春」「純情」で、それにふられていたルビがそれぞれキラキラ、ニコニコなのです。

詩は短く、切なく、美しいです。夜明けの海に僕の涙が輝き、暮れゆく空に君の涙が落ちていきます。ぼくは君を思って泣くのに、君の涙は僕に対するものではないのです。それでも、キラキラニコニコ笑うのです。

低めのシンバルの音が重なり響き、重層なストリングスが入ります。きたきたきた!これぞ玉置浩二!と当時のわたくし大喜びしました。このまま片思いとか失恋とかの悲しみに胸を焦がされ涙を絞り出されるような超絶悲恋ソングになってゆくに違いない!という予感はあっさり裏切られます。玉置さんの節回しとなにやらポコポコとしたコンガらしき打楽器に、ガットギターの音がシャリンシャリン、ジャインジャイン、ポロンポロンと重ねられ、ベースがウウン!と唸って「ハイ元気ですか」と何やら呑気なセリフが聴こえてきて、期待を裏切られた感いっぱいのわたくし、オーディオの前でひっくり返ります。このアルバムでそんなのを期待するほうが間違っていた!

気を取り直して歌詞カード片手に、曲に聞き入ります。深刻なストリングスに比較して緊張感のない呑気な歌だとばかり思っていたのですが、聴いているうちに何やら異変に気がつきます。「山は高いんですか」って高いに決まってるでしょう、「防人の詩」みたいに死にますかとかちょっと変わったこと訊きなさいよ。「大切なことをすぐ忘れる」って健忘症かい、それだから僕が君の星になるって意味がよくわからないよ、それに星になるって言っているのにこの不吉なコード進行はなんだ、ぜんぜん輝いている気がしないよ、「もし疲れたら 僕がおぶってあげるよ」ってやさしいことばをどうしてこんなに辛そうに叫ぶんだ、背景に「キラ…キラ…ニコ…ニコ…」ってゼイゼイハアハアいいながらやっとの思いで顔だけニコニコしているのがまるわかりだよ!どうなっているんだこの曲は……

そんなわけで、ひとことで言えば不気味な曲です。これだけ不気味な曲もそうそうないでしょう。その不気味さは、玉置さん自身が人に対してどんなときでも全力で楽しませようとする、やさしくするという性格の持ち主であるのに、心身が言うことをきかない、思ったように感じられない、思えない、動けない状況であることによって醸し出されているように思えます。そしてこのとびきりの音楽的才能の持ち主であるがゆえに、そんな感情と意志と身体性とをそのまま表現できてしまったという、まさに玉置さんでなければ、そしてこの状況で、このタイミングでなければ生まれ得ない、ハッキリいって怪作であり、大傑作であると思います。不気味だなんだとわたくし言っておりますが、このアルバムで最高の曲を挙げろといわれたら、この曲もしくは次の「家族」を挙げます。おそらく賛同者は少ないでしょうけれども……これほどの奇跡的な音楽表現はおそらくは玉置さん自身にさえ二度と為しえないのではないかと思われるのです。

なお、このコントロール不能期のことは、玉置さん自身が「〈田園〉の詞は、まさに俺が一番グチャグチャになっていたときのことをまとめた詞」とおっしゃっていたように(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、数年後に「田園」というヒット曲に「まとめた」形で世に出されます。ですから、「生きていくんだ それでいいんだ」って思えるようになった前の段階がまとまらない形でこの「キラキラ ニコニコ」において表現されているのだと、わたくしは考えています。つまり、「田園」序曲なのだという位置づけです。

O Freunde, nicht diese Töne! 
Sondern laßt uns angenehmere
anstimmen und freudenvollere.
ああ友よ、この音楽ではないんだ!
これではなくて、気持ちよく歌おう、よろこびに満ちた歌を(「歓喜の歌/合唱」より)

わたくしは「この音楽」が気になるわけですが(笑)、「よろこびに満ちた歌」が「田園」であるのに対して、「この音楽」が「キラキラ ニコニコ」にあたると思っております。「diese Töne」は正確には「この音楽」というより「これらの音たち」という複数形であるわけなのですが、「音楽」として「まとめた」ものが「田園」であって、「音楽」としてまとめられる前の段階、まだ「音たち」と呼ぶべき段階の状態が「キラキラ ニコニコ」であるように思えてならないのです。ですから数年後、「田園」を聴いたとき、「田園」って第六交響曲じゃん、うまくできてんなーと思いました。もちろん偶然でしょうけども、ここに符号を感じずにはいられませんでした。

あのグチャグチャだった日々は、「キラキラ」だった「青春」の日々であり、「純情」の涙を流し合い、その涙もすれ違ってゆくような日々だったのです。山の高い、遠いふるさとを思い「元気ですか」「まだ休めませんか」と気遣う自分がもっとも広い海、広い世界で荒波にもまれ傷つき……それでも「君」の輝く星であろうとした、ゼイゼイハアハアいいながらキラキラニコニコと笑顔で「君」を助けて共に歩んでいこうとしていたのです。なんというまとまらなさ!まとめる暇も余力もない、壮絶で過酷な青春を送ってきた玉置さんにしか出せない凄みがビンビンと伝わってきます。

エレキギターでピヨピヨと、丸っこいきれいな音が響くなか、一番の聴かせどころである「おはよう」の一節が流れます。玉置さん自身が叩いたドラムが「ドッシン!ズシン!」と重く響きます。この曲でムリヤリに「AメロBメロサビ」という区分を当てはめようとしたらここがサビなのでしょう。ただ一度の、繰り返されることのないサビです。展開まで直感的でグチャグチャですから、あれ、あのメロディーどの曲だっけ?と曲目リストをみても思いだせません。「キラキラ ニコニコ」という曲名から思いだせるのは「キラキラ ニコニコだね」という最後の一節であって、そこだけ取り出すとこの「おはよう」とはまるで別の曲なのです。

そんなわけで、一回聴いて覚えられるようなキャッチーさは皆無に近く、それでいて魂にこびりついて離れないような強力なアピール力をもつサビがあり、まとめようという気の感じられない、もっというと売る気の感じられない芸術品のような風格さえ漂わせる傑作であると、わたくしは信じております。「最近玉置さんの歌を聴き始めたんですけど、どのアルバムがいいでしょうか」って人には特におススメしませんねえ(笑)。これをリアルタイムで通過した人、ここでリスナーを辞めなかった人、数年後の「田園」での快進撃を知っている人と、しみじみと語り合いたい、そんな曲なのです。なあ、「あったかでまんまるに生まれた」君って誰だと思う?なんてギター片手に酒でも飲みながら。

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2021年12月05日

大きな"いちょう"の木の下に


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』五曲目、「大きな"いちょう"の木の下に」です。

なんじゃこのほっこりソングは?と誰もが思います。何しろありさんが迷子になって歩くだけの歌詞なのです。

遠くから口笛、高音のシンセ、アコギが聴こえてきます。この高音のシンセ、曲のところどころで薬師丸さんの声に聴こえるんですよ、わたしには。わたくし一時的に耳おかしいのかと思ってたんですが、30年近くたってもやっぱり聴こえます。これはもう、周波数なりなんなりがかなり似通っているか、もしくは本当に薬師丸さんの声を混ぜているか、あるいは本当にわたくしの耳がずっとおかしいかだと思います。

歌詞カードには、薄字で歌われなかった物語が書かれています。「誰かさん」がすべり台を滑るという話と、もうワンコーラス、赤い目の「やぎさん」がのびのび暮らしている話です。これは謎です。歌詞は須藤さんとの共作でなくすべて玉置さんですから、玉置さんの精神世界なのだと思いますが……

むりに解釈を試みますと「働き続けの誰かさん」は玉置さんをはじめとするワーカホリックの都会人でしょう。仕事仕事で、年から年中オトナとしての働きをしています。そこにはさまざまな葛藤なり冷徹な判断なりが求められるのですが、オトナですからそれはサラッとこなしてしれっとやり過ごすしかありません。でも、心の中の「泣き虫ぼうや」は情感たっぷりのままですから、そんな判断を迫られたら泣いてしまいます。そんなつらい働きをしなくてもよかった少年時代の、楽しい遊びの世界から鬼さんこちらと手を鳴らし誘う音が聴こえます。「こちら」から「あちら」へと、えいっと渡ればいいのです。少年時代への憧憬があふれて「あちら」側へとつづく虹色のすべり台をすべれば「あちら」側です。

そこには「やぎさん」がいて、日がな一日草を食んで暮らしています。ここでは夜が明けていても、遠くの国では日が暮れたころだなあと思うことのできるくらい余裕のある生活をしています。わたしたちの日常においても、いま北米大陸南米大陸では日本と昼夜が逆転しているわけなんですが、そんなこと意識して暮らしていません。株とか先物とかやっているのでなければ。だからこそ私たちは谷川俊太郎の「カムチャッカの若者〜」(「朝のリレー」より)にハッとさせられるのでしょう。そしてまた、日の出や日没を意識できるような広々とした大地にあるような解放感・開放感を思わせます。

さてやっと歌です。働き者で正直者の「ありさん」です。

曲は、低音のギター、高音のギターが重ねられ、そこに玉置さんの低音と高音がさらに重ねられ、曲の基本が編まれています。これに高音のシンセが絡んで色を付けています。

ギターの音ですが、どうやって録ったのこんな生々しい音ってくらい、目の前で鳴っているかのような……いや、それは言い過ぎか(笑)、ともあれリアルないい音です。

「気が付いたらチューニングしてないギターで音を録っちゃってた」「全部生ギター弾いて歌うところから録って」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)と玉置さんはおっしゃっています。う、うーん!業務用のコンデンサマイク立てただけで録っちゃったんじゃないでしょうか、もしかしたら……ふつうの、ホールにダイナミック近づけてとる方法じゃこんな音にならない気がしますよ。ピエゾピックアップなんてなおさらムリです。「ペペペペペペ」と高速で弾くところの空気感というか……反響のいいホールで、目の前で弾いてもらっているときに聴こえる音に近いように思います。

あんまり忙しすぎたんで、帰り道に迷った……これは玉置さん自身のさまよいを寓話化したもののように聴こえますね。絶頂にあった安全地帯の音楽と、それとは対照的に盛り下がってゆくバブル崩壊後の日本、その狭間の歪みを直撃でくらってしまい、傷つき、すりつぶされて、それでもいつか潮目は変わると信じ歩き続け、とうとう倒れたのです。何時間も雨に打たれた、季節が変わって冬の風の中も雪の中も歩き続けたのです。だれだよ、「違う道」を教えたやつは!と傍から腹が立つくらいの気の毒な行程でした。

「雨に打たれたって………」の「………」に、裏で玉置さんが「〜ても〜」と歌っていますよね。ちゃんとは聴きとれないんですが、「雨が降っても」とか「雪が降っても」とか「足が傷ついても」とかそういう内容であることは想像がつきます。おそらくですが、別な歌詞の歌が入っていたんだと思います。それをここの部分だけあえて消さなかったか、どうしても残ってしまったかして入ったのでしょう。偶然か必然かわかりませんが、これが不屈の精神で辛い道を歩んだことをより一層強く表現しているように聴こえます。さしあたりここでは、もしかして冒頭の歌われていない歌詞、これの続きがあったんじゃないかな、だって高音の玉置さんと低音の玉置さん、ちょっとタイミングズレてるじゃん、これはあえて直さなかったとして、それで「前を向いて〜」に続いていた……と妄想をたくましくしておきます。

「風の中も 冷たい雪の中も」と歌う玉置さん、「つめーたーい……ゆきーのなー……か…も……」と、「氷点」のときよりさらに冷たそうに歌っています。ど、どんだけ寒かったんだ!とちょっとゾッとするくらいの表現力です。ここに高音のシンセ(薬師丸ボイス的)を入れて曲をこれでもかと冷たくします。

そろそろ間奏かなと思いきや、曲は一気に終わりに向かいます。「ここまで「ほら がんばれ」」このセリフを言ったのは……「なかよしこよしの風」なのでしょう。さっきはその冷たさで玉置さんを芯まで冷やした風ですが、少なくとも「違う道」を教えたのではありません。「なかよしこよし」ですから(笑)。「大きないちょうの木の下」へと玉置さんを導きます。「きっときっといけるよ」と励まします。

そして「ポロロポロロポロロ」と高速のギターアルペジオに乗せて、ガットギターのソロでこの曲は終わっていきます。

いちょうの木というのは、わたくしの少年時代ですと神社とか学校の前に植えられていた印象があります。秋になるとくっさいアレです(笑)。大人になると、近所にそんなものがあるところは限られてきますから、通過しないか、通過してもほんの一瞬ですから、そんなにその存在を意識しないのですが、子どもの頃はそうはいきません。何しろ学校の前ですから、いきおいその存在を意識しないではいられません。あんた学校より昔からここに生えてたでしょってくらいの巨木が、毎日毎日目に入ります。秋には鼻にも入ります(笑)。だからなのでしょうか、いちょうの木はわたくしにとって少年時代、とりわけ小学校を思い出させるのです。

歌詞カードには、この詞のとなりは玉置さんがもらった賞状や通知表の類が埋め尽くされた写真です。神居小学校、神居中学校、教育文化協会、その手の非常に地元チックなものです。こんな歌詞カードでは小学校を思いださざるを得ません。このアルバムをデータで買ってしまうとこういう演出は見ないで終わってしまいますからぜひCDをお買いになるとよろしいかと思いますが、そもそもCDを再生する機械がない方もおいででしょうし、だいいちこの歌詞カードは私が持ってる初回限定盤に限られているのかもわかりませんので、あんまり無責任なススメはできませんね。

小学校、中学校……ああ、寝込みたくなってきました(笑)。玉置さんはお勉強はイヤだったみたいですが、それ以外のことでとても充実した学校生活を送ったようです。途中から武沢さんも転校してきますし。いいなあ!小学校とか中学校の、あの独特の世界を玉置さんもやはり通過したのですが、オトナになって傷つき倒れた玉置さんがその「独特の世界」を正面からみつめ、なつかしい「いちょうの木の下」と位置付ける、そんな原点を求める旅のような心のさまよいを歌になさったのだと、わたくしは思うのです。

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2021年11月28日

西棟午前六時半


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』四曲目、「西棟午前六時半」です。

このアルバムは、この曲から不吉な影が漂い始めます。それもそのはず、この曲は傷つき病んだ玉置さんが入院させられた精神病院の歌なのです(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。「アルマイトの食器」?「山盛りの錠剤」?最初は薬師丸ひろ子さんのきれいな声に騙されてよくわかりませんでしたが、これらは病院が舞台だったことを示しています。

意味が分かると、冒頭「グーテンモーガン」さえ、むかしは医者がドイツ語必須だったからか、なるほどー、と思わず納得してしまうくらいです。『ブラック・ジャック』とか読んでるとわかりますよね、看護婦さんのことをプレ(プフレーゲ)といったり、患者のことをクランケといったり腫瘍のことをイレウスといったりしています。ただ「ゲンさん」が何者か問題が残りますが(笑)。まあー、たんなるボンヤリしたイメージなんでしょうけども。昭和末期〜平成初期はまだ医学といえばドイツ語というイメージはあったのです。いまでもメスとかガーゼとかカルテって言いますもんね。

さて曲はかすかなウィンドチャイムから始まります。シンバルが響き、ベース、アコギ(おそらく二本)とともに薬師丸さんの声、それに合いの手を入れる玉置さん……なんて歌っているんでしょうね?「why」だと思うんですが……なんでぼくはこんなところ(精神病院)にいるんだろう?なんで六時半に起きてラジオ体操とかやってるんだろう?と、いまいち状況を飲み込めてない感覚を表しているのだと思います。思いますが、なにぶん歌詞カードに記載がありませんので、これも戯言にすぎません。「スズメたちの合唱」から「イチ、ニ、サン、シ」と掛け声が入り始め、その後最初のサビが終わるまで掛け声が続きます。「ロールパンふたつ」のところで一時掛け声がやみますから、ああ、朝食になってラジオ体操終わったのかなと思ったんですが、「山盛りの錠剤」以降また掛け声が入りますから、そういうわけでもなかったようです。薬飲んだらまたラジオ体操ってことはないでしょう。ただ、薬飲んだら長時間眠るということを繰り返していたそうですから(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、ロールパン食べて薬飲んで寝たら気がついたときにはまたラジオ体操の時間だったということはありえなくはないです。まあ、ふつうに、「六時半」に起こっていることをずっと歌っている、だからつねにラジオ体操がバックグラウンドミュージックだったんだという可能性が一番ありそうですが。

この掛け声、非常にカオスです。心の中はグチャグチャになっているという内容の歌詞なのに、それに反しひたすら規則正しく澄んだ声で聴こえてきます。自然の無秩序にムリヤリ折り目を入れるような……アメリカの州境やアフリカの国境のように不自然なのです。マモルは朝顔と話しているし、裸足の友達は思い出の中、丘で猫を追いかけているし、洗面器の水からは自由に舟を漕ぎ出す舟が連想されるし……思惟は乱れっぱなし、だからこそ自然なのですが、そこにムリヤリ折り目を入れる残酷さをこの掛け声は演出しているかのようです。

そして「ラジオ体操始まる」の直後に入る鍵盤らしき音とともに、曲はBメロからサビへと向かいます。それまでアクセント的に入っていたパーカッションのほかに、ここでスネアがズバアン!ズバアン!と異様にいい響きで入ります。上述したように、午前六時半にラジオ体操の掛け声が響く中、洗面器の水に映った太陽に海を連想し、自由に海原を進む想像を膨らませるという、悲愴すぎる歌です。これを、薬師丸さんの美しい歌に玉置さんが導かれるように、のびやかに歌うのです。体はどこも悪くないのに松葉杖ついた歩みのような、そんな不安定で頼りない歌を薬師丸さんが支えているかのようです。薬師丸さんは新人の頃から異様に音程なり拍なりが安定した歌い手でした。それにこの澄んだ美しい声で……こういっては何ですが機械のように正確で乱れないんです。それがなんとこの歌を導くのに適格であったか……偶然なんだとは思うんですが、こういう時期に伴侶であった人が薬師丸さんでなければこの歌は生まれなかったか、生まれていたとしてもその迫力は半減していたことと思われます。「いいね、きっと……」と、なにが「いいね」のか全く根拠のない希望を発出して一番は終わります。どこでも、ここでないどこかなら「いい」んだと、そこまで追い詰められた心情が痛いほど伝わります。

「シャシャシャシャシャ……」と爽快さのないシンバルが響くなか希望の一番が終わり、絶望の二番がはじまります。アルマイトの食器にロールパンという給食然とした食事、たくさんの毒々しい色した錠剤、それらを摂取してまた眠りに就くのです。駐車場ではおたまじゃくしが水たまりの中で泳ぐ……もちろん水たまりが乾けば死にます。どうやってそこで孵化までいったのかは問わないにしても、理不尽極まりない出自、生活環境です。このおたまじゃくしはかわいそうな生物でなくて音符のことか?病院という水たまりで生まれた、記録のすべのない音楽のことだろうかと思わなくもないのですが、それにしたって消えゆく運命です。

歌はBメロ、裸足で猫を追いかけるってサザエさんかよという野暮なツッコミはナシにしても、現代人が裸足で追いかけるってことは現実には起こらないでしょう。足痛いし(笑)。これは思い出の中で、「自由」のイメージが膨らんでいるということなのでしょう。立ちふさがる壁のない丘で、現代人の制約たる靴を抜ぎ、ランダムに逃げ回る猫を追いかけるという規則性のない行動、まさに自由なのです。それが自分でなくて「友達」であるということがまた悲しいのです。

曲はサビ、いろいろ自由のイメージを膨らませてもそれは自分でなく、自分は西棟で規則正しく六時半に起き出して規則正しい掛け声に合わせてラジオ体操をしている。「いつまで(いつまで)ここに(ここに)いるのだろうか」と、薬師丸さんのリードを外れてまで復唱せざるを得ないくらい「いつまで」「ここに」は、わからないという不自由極まりない思いを抱えて。「欠けた(欠けた)心のまま(心の)かけた体のまま(体の)」と、今度は薬師丸さんがあなた病人なのよと念を押すかのように復唱の側に回ります。これはたまりません。「楽しそうに笑う朝」は、そこにいた人々が笑っているのか、「朝」が笑っているという比喩表現なのか……いずれにしろ玉置さんは笑うどころではないでしょう。「それでも」玉置さんが笑うのかもしれません。悲愴な心情で、それでも朝のさわやかさに生き物として爽やかさを感じずにいられないという業のようなものを感じてしまっている……という「笑う」だったとしたら、なんとつらい笑いでしょう。

間奏、バスドラが「ドッ・ドドッ……ドッ・ドドッ……ドッ・ドドッ……」と規則的に打たれ、歓声と……「グーテンモーガン」……イチ、ニ、サン、シ……玉置さん自身の声で「背伸びの運動!腕を前から上げて!」……これはカオスです。少しも楽しそうではありません。一秒も早くここから出たいという気持ちにさせてくれることでしょう。しかし、これが一番肝心なことですが、カオスなのはおそらくは西棟ではなく、玉置さんの心だったのです。実際には三日で脱走して旭川に帰り静養していたそうですから(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、最高でも午前六時半は三回しか経験しなかったと思うんですけども、よほど組み合わせが悪かったのでしょう。玉置さんのストレスが最高潮に高まり、それなのに懸命に落ち着かせようとする周囲、それがまたストレッサーとなって悪循環となったように思われます。

歌は最後のサビに向かいます。また洗面器の水で漕ぎ出そうとします。もちろんそんなことムリですし、ご本人だってよくわかっています。でもそうイメージされて仕方ない「いつか だから もっと」と、「いつか」以外は直接的に修飾する語句がない、不明瞭な希望を感じさせる接続詞や副詞です。それを叫ぶように、多重録音で……感じられない希望を懸命にもとう、保とうとする叫びのように聴こえます。薬師丸さんの「頑張ろう……頑張ろう……」が、渦中にあるものにとっては救いの糸のように感じられることでしょう。人間、袋小路に追いつめられると、いつ、どうやったら、確実に、その窮地を逃れられるか以外の情報はどうでもいいこととして扱う習性がありますから、「確実なんてないよ、もしかしたら逃れられないかもしれないよ、でも頑張るしかないだろう?」というごく当たり前の忠告は雑音、悪くすると冷やかしにさえ聴こえるかもしれません。それでも、薬師丸さんにいわれたら頑張っちゃうかな(笑)、あ、いや、それはわたくしのことでありまして、玉置さんがどういう意図でここに薬師丸さんのセリフを入れたかは、もちろんわかりません。

そんなわけで、この時期の玉置さんの心の内部、非常に暗く重いテーマを歌った歌たち、その象徴のようなこの「西棟午前六時半」ですが、これですでにお腹いっぱいという方はもうこの先聴きとおせないかもわかりません。この先、ズンズンとさらに重くなっていくのですから……。当時のわたくしは感受性が鈍かったのか「変な感じだなあ」と思っていたので何ともなかったのですが、人によっては重力のきつさをモロに受信してちょっと具合悪くなってしまうなんてことがあるかもわかりません。それはもちろんわたくし本意ではありませんし、なにより玉置さんや須藤さんにとっても本意ではないでしょう。ですからどうかみなさまご自愛くださいますよう心よりお願い申し上げます。

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2021年11月21日

ダンボールと蜜柑箱


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』三曲目、「ダンボールと蜜柑箱」です。

「ウウン……」と謎の音、たぶんベースだと思うんですが、玉置さんの低い声に聴こえないこともありません。玉置さんはベースが一番得意と2001年におっしゃってましたが、それは玉置さんにとって歌うように弾ける、リズムを刻みたいときに刻める、その両方ができる楽器からじゃないかな、なんてインタビューを読んでいて思います。

いきなり余談ですが、いまはもうベースって初心者がジャンケンで負けて担当する時代じゃないんですよね。ベーシストに憧れてベーシストになりたくてベースを始める若者が多いとききます。もちろん昔もすごいベーシストってのはいたんですけども(古い時代だと、それこそ岸部一徳さんとか)、初心者の目に入る、耳に入るようになったんでしょうね。動画も多くなりましたし、家で聴く再生機器の音質も派手になりましたし(いい音だとは言っていない)。

さて曲は、アコギ・ベース・ドラム・パーカッションで始まり、すぐ星さんアレンジのストリングス、そしてエレキギターの旋律が入ります。右に左に振られたアコギ、なんと美しい音色でしょう。中央のエレキも見事な甘いトーンで、これはもちろん玉置さんが弾いたんですけど、最初は矢萩さんが弾いたんじゃなかと思ったほどです。ストリングスもシンプルなんですが……ほれぼれします。星さんいないとだめだよホントに!と玉置さんが頼りにしていたのはもちろん精神的支柱としてでもあるんでしょうけども、このアレンジの手腕は当然にアテにされていたと思うのです。

伴奏はアコギだけになり、歌が始まります。暗い物置から幼いころの思い出がつまったいろいろなものが出てくるシーンを、アコギに乗せて玉置さんが歌う……これは、文字通り弾き語り、ほんとうに語っているのです。本物のシンガーソングライターだけができる「弾き語り」です。フォークソング時代、歌の途中にとつぜんしゃべり始めるアレとは違い、歌うことで語っているのです。アレはシンガートーカーソングトークライターとでもいうべき別の種類の芸術家だとわたくしは思うのですが、基本好きではありません(笑)。

ここで玉置さんの歌によって語られるものは、「置き手紙」のような明確なストーリーの一片ではありませんでした。古いアルバム、顕微鏡、柱時計……と、次々に現れるものの名前、ただの名詞です。ただの名詞なのに、なぜ泣けるのか?「瞳の中の虹」でみられた「切妻屋根」「時計台」「髪飾り」「陽炎坂」……と同じ手法なんですが、それら名詞の一つひとつが惹起するイメージを組み合わせることで、これほどの世界を描けるとは……ふたたび思い知らされたにとどまらず、玉置さんの凄まじい歌唱力によってその世界がどれほど生き生きと眼前にというか脳裏に焼き付けられるのか……「カビの匂い」に至っては、ほんとうに嗅覚が起動してカビの匂いがするんじゃないかと思うくらいリアルです。そして「がらくた」はモノの名前でありながら、古くて役に立たぬものという価値判断を含んだ、思考回路を刺激するワードです。幼いころにはなんらか価値を持っていたものなのですが、長い時を経たいまとなっては無用のものであるという今現在の判断を示すワードによって、星さんの流麗なストリングスに乗って遠い思い出の日々に運ばれていったわたしたちの意識を現在にフッと呼び戻すのです。なんという鮮やかな技法でしょう。星さん、須藤さん、玉置さんでなければ決してたどり着かないだろうと思われるこの領域、わたくしの狭い音楽見聞では似たものを示すことすらできません。

曲はサビに入ります。須藤さんの書いたイメージ、かくれんぼをしていて寝てしまって、月のウサギと散歩するイメージに玉置さんが共感したところからこのアルバムの製作が始まった(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)という、そんな原点的なイメージを詞にした箇所です。おそらくはそのイメージをもった玉置さんが曲を作り、言葉を当てはめていったのがこの詞なのでしょう。須藤さんのイメージは「長持ち」だったそうなのですが、作詞の段階で、リズムや音数に合わせて「ダンボール」へと変わり、このアルバムの初回限定版ジャケットがダンボール製に、そして須藤さんは「ミスター・ダンボール」になるというアイデアの発展が起こりました。

ダンボールに隠れて、隠れているのに早く見つけてほしくて待ってるんです。なんという子供心!そうなんです、見つけられて、驚かれたい、笑われたいんです。見つかったら収容所送りで死を意味する逃亡とは違うのです。遊びなんです。100%遊び心しかない、そんな純粋な心がたったこれだけのイメージで描かれ、玉置さんの極上ボーカルによって語られ、そして星さんがストリングスをあてるのです……誰もが持っていたあの子供心へとこれほどわたしたちをトリップさせる歌があったでしょうか……。「きみがーは・や・く…「うさぎーた・ち・と……」と、鬼気迫る抑揚の付け方で、わたしたちの脳内からそれ以外のイメージを追い出してしまうかのようなどんでもないボーカルです。

歌は二番に入りまして、エレキギターとストリングスが最初から入り、「蜜柑箱」が登場します。はて?蜜柑箱ってダンボールじゃないの?とわたしくらいの年代は思うわけなのですが、これはもちろん須藤さんや玉置さんに訊かないとわかりません。昭和中期くらいまでは木箱で、子どもの机に使うこともできたくらいいい箱で蜜柑は輸送・販売されていたそうなのです。そうした蜜柑箱なのか、はてまたダンボール箱なのか……ダンボールなんじゃないかなーと思いますけども、あえて「蜜柑箱」といったからには、「蜜柑」という果実のもつ飾らないイメージと、それを箱で買うんですから家庭の臭いとを想起させるワードであるように思えるのです。ちなみに、蜜柑箱はダンボールでもかなり質のいい部類に入りますので、宝箱に転用することも十分考えられるのです。それこそビーズのような小さなものでも隙間から失われることがなく、プラモデルのような脆いものでも壊れることなく、ときにはお気に入りのアメリカの風景が写された写真の切り抜きのようなものを保管しておく、そんな信頼感ある丈夫なダンボール箱だったのを思い出させます。

ところで、昭和55年ころですが、「赤いきつね」「緑のたぬき」で、武田鉄矢がCMでトレーラーの運転手か誰かを相手に何かやるCMがあったように記憶しています。それでそのキャンペーンでトレーラーのおもちゃだったか下敷きだったかが当たるというイベントがあったと思うのです。なにぶん幼少の頃なのでちゃんとは思いだせないんですが、あのトレーラーの巨大さ、武骨さはわたしを魅了しました。そしておそらくは両親に教えてもらったのでしょう、アメリカという国名で一番最初に記憶に刻まれた風景は、そのキャンペーンチラシの銀色に輝くトレーラーが砂漠をゆくシーンなのでした。あのチラシがわたくしの「憧れてたアメリカ」です。これが「中国」や「イギリス」では少年の夢っぽくない……というのは偏見ですかね(笑)。

曲は再びサビに入ります。玉置さんのボーカルが大きくなり、望郷の念、郷愁の念、そして子ども時代への追憶……すべてを語るすばらしい歌・詞です。「今でも」隠れているんだと、意味深な告白を叫びます。もちろん隠れているわけないんですけど(笑)、あのころの遊び心を今でも忘れていない、あのころの「君」への思い・期待はそのままなんだよ、と強く強く歌い上げ、語ります。そして「月の庭」を散歩する夢を今でも見るんだと、「君」に打ち明けます。もし子どもの頃の友達にこんなこといわれたら、嬉しいなと思います。「君」は誰なのかわかりませんし実在する人物なのかもわかりませんが、幸せ者なんです。

曲はアウトロ、大音量でエレキギターの……いや、わたしがこの曲を弾くとしたらエレキギターを使う、それ以外でこの音が出せるとは思えないんですが、はっきり自信が持てません。こんなマイルドな音が出せるものなのか……フロントピックアップで弾くのはもちろんですが、ここまでマイルドでそれなのに何本も重ねられたアコギの中にあって存在感を示す音を作れるか、ちょっと自信がありません。ミックスの仕方で聴こえやすくなっていると考えるにしたって、この音は強烈です。玉置さんもギタリストとしてタダモノでないのはもちろんわかっているのですが、こんなの聴いたらアマチュアとはいえギタリストとしてちょっとへこんじゃいますね(笑)。そしてギターはだんだん同じフレーズを繰り返すように崩されてゆき、美しいストリングスがリードして曲は終わります。

わたしが「ダンボールの中に隠れていた」で強烈に少年時代を思い出すのは、須藤さん玉置さんのイメージがわたしだけにヒットしたからだということは考えにくいですので、おそらくは古今東西多くの子どもが似たようなことをやるんだと思います。とても個人的な思い出なのにみんなに似たような経験があるという、すばらしい一面を切り取った「語り」ソングであるといえるでしょう。

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2021年11月07日

カリント工場の煙突の上に


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』二曲目、タイトルナンバー「カリント工場の煙突の上に」です。

まず「カリント工場」はふつうに考えてカリントウを作る製菓工場でしょうね。「カリントウ」と「カリント」と呼ぶのはありそうなことです。旭川でカリントウを作る工場といえば、三葉製菓さんなんですが……あれは工業団地だしなあ、金丸富貴堂さんが神居に工場をもっていたか、ぜんぜん知らないべつの会社があったか、あるいは実はカリントウでないものを作っていた工場があって、何かの勘違いで子どもたちはそれをカリント工場と呼んでいたということじゃないかと思います。

のちの『CAFE JAPAN』にある「フラッグ」のような汗と油のイメージですが、古タイヤが積まれコールタールの塗られたゲートや壁、トタンで区切られた敷地が当時はたくさんありました。当時といったって、玉置さんの少年時代より私の少年時代は15年くらい後ですけども、そんなには違わないと思います。そういう敷地はもちろん立ち入り禁止なんですけど少年たちにそんなこと言ったって無駄です。駆け抜ける「近道」や「秘密の道」は大人たちの営み、つまり「汗と油」だらけです。製材所からは木の匂い、ドブ川には汚水の臭い、道路からはガソリンの臭い、住宅からはヌカミソの臭い、どれも令和時代の若者は耐えられないでしょう。ですが昭和とはそういう時代でした。令和の時代と違って、人の営みのニオイを隠さないんですね。喫煙所を設けてタバコのにおいを隠している現代、病人を施設に隔離している現代、トイレを水洗にしている現代、昭和を10年以上生きた世代の人ならば、これらはウソの世界であるということを知っています。人間の営みとは臭いものなのです。そんななかで、パン工場や製菓工場は甘くおいしそうなニオイを排出し続ける夢のような施設だったのです。

さてその「カリント工場」は玉置さんの少年時代に溶け込んだ景色の中にあって甘いニオイを一日中ふりまき、夕方には大勢の人たちが疲れた顔で家路へとつく、そんな日常を回想するシンボルとしてその存在感を示します。「空よ」と叫ぶ玉置さんの念頭にある「空」は、いつでも「カリント工場」の煙突の上にあったのです。

歌は深めのリバーブのかかった玉置さんの声から始まります。「雲」「太陽」と天上の大きなスケールから「家路」と地上のスケールへとその視点の変化に少しクラクラとしながら、意識はすうっと少年時代へとタイムトリップしていきます。ギター、ベース、パーカッションが少しずつ入りながら、その素朴な音たちが少年時代への旅を彩ります。

ズシーン!とベースが下支えするサウンドにのせて、「万国旗」というグローバルなイメージと「ばあちゃんの家のはなれ」という超ローカルなイメージ、それをすべて包む「星」というイメージ、すべてがスケールの大小を行き来し、視点を一点に絞らせない立体的なスクラップアート……それだけじゃ足りないですね、さらにズームレンズで焦点距離をグリングリンといじられるかのような感覚に襲われます。いや、これは偶然じゃないでしょう。須藤さんがこのように仕組んだんだと思います。

ギターがアルペジオを高らかに鳴らし、「僕は町を捨てた」と衝撃的な叫びが耳をうちます。そうです。町を捨てたんです。わたしたちは若いときにはそこまで考えていませんが、「帰ってくる場所」として旅立った時、人は故郷を捨てているんです。人の営みの臭いを嗅ぎながらその中で育ってきた少年は、その営みの中に入って臭いを嗅ぎながら臭いを発出する側になることを拒否する、つまりその町の産業に加わらないことを決心するのです。エンクロージャー政策によってロンドンやバーミンガムに若者が溢れかえった数百年前のイギリスと同じで、持たざる者は都会に吸い寄せられるに決まっています。ドイルやディケンズの描くロンドンやバーミンガムは昭和の札幌や東京など比較にならぬくっさい街だったと思われますが(笑)、令和の今日、極東の日本にあっても、ネオンの灯りや香水の匂いといったカモフラージュにより、人は都会に夢を求めて集まるのです。昭和四十年代の川崎市は市民の平均年齢が二十歳未満だったといわれるくらい、若者があふれるのが都会でした。ですから活気があります。もたざる者たちばっかりですから活気しかないんですけど。数少ない大人たちはその若者からどうやって搾り取ろうか考えます。ですから、若者が好みそうなものをこれでもかと取りそろえるんです。若者たちは安い給料で働かされて、その給料さえも若者向け産業に搾り取られます。

何か都会に恨みでもあるのかと言われそうですけど(笑)、ありますよわたくし!わたくしの氷河期世代ってのは、90年代にバブルの残り香で引き寄せられた都会で散々に搾り取られ、いまだに若者みたいなライフスタイルを余儀なくされている人たちが何十万人何百万人、へたすると一千万人ちかくいるんですよ!たまにはそれが好きで続けている人もいますけど、いくらなんでも50代に近づいてまでそんな暮らしをしたい人は少数派です。田舎に帰れる人は幸せで、気がついたときには田舎の産業にはそんな人たちを受け入れる体力がなくなっています。「カリント工場」は閉鎖しているんです(玉置さんの歌う「カリント工場」は不況で閉鎖したのでなく火事でなくなったわけですが)。しまった都会に行き過ぎたおれたち……という後悔はすっかり後のカーニバル、正直、リーマンショックあたりが最後のチャンスだったと思います。あのときまだ30代前半とかそれくらいでしたし、親世代がまだ頑張って地元の産業を支えていましたから……でもすべては、おそらくはもう遅いのです。田舎の経済は東京資本海外資本にケツの毛までむしり取られ、反撃の気力すら消耗してしまいました。いずれむしり取るものがなくなったときが都会も終わるときなんですが、毎日を必死に生きている身にとってはそんなこと考えてる余裕もなくなっているのです。

恨み節が長くなりました。さて、曲はAメロに戻り、二小節に一回ずつ打たれる「ズバアン!……シャン!」というスネアとシンバル、「デゥデゥンデゥデゥー・デゥデゥンデゥデゥー」というギター、それに絡む「……シャアン!……シャアン!」というアコギのストローク、見事なアンサンブルです。視点は家の中、白い紙にクレヨンで……参った、これも少年時代を強烈に思いださせます。白い紙は貴重でしたから、チラシの裏とかでなくて、これぞというときの画用紙に描いたんでしょう、ゼロ戦、そして潜水艦……軍用機じゃんと思いますけども、旧軍のメカは当時の少年にも一定の人気があったのです。かつて南太平洋の覇者として海と空を駆け巡ったそれらのメカは、ノスタルジーにも似た一種独特のロマンを感じさせました。そして葡萄色の着物を着ていた母親……これはアルバムジャケットになっている、ネックレスをした短髪の女性でしょう。髪も黒々とした、若き日のお母さんです。きっと授業参観日か何かでおしゃれしたんでしょう、口紅が真っ赤に塗られています。玉置さんの描いたこれらの絵をみながら、玉置さんと須藤さんとで歌詞のコンセプトを話し合い、須藤さんが詞に直していったのでしょう……。平成五年に詞という形で残されたこれら昭和中期の風景は、わたしたち世代がギリギリわかる生活の軌跡であり、それでいて共感性のとびきり高い情景です。わたしは目の覚める思いでした。どれだけの人が当時この歌に救われたのかはわかりませんが、平成初期は、まさにわたしたち氷河期世代が夢をエサに都会に吸い寄せられ、元祖「ウェーイ」世代として明るく呑気に搾取されていたギラギラの時代でした。玉置さんと須藤さんが示してくれたこれら風景の描写がなかったら、わたしは今頃どうなってしまっていたのかと冷や汗が出ます。

さてサビにて、玉置さんちょっとゲイン高いです、音割れてますよ、とエンジニアに言われてそうですが、玉置さんはそんなことお構いなしにとんでもない声量で叫びます。「空よ」「大空よ」「忘れないでくれ」「連れていってくれ」と。「演出上一部ひずませている」そうですが、いやいやこれは録音時からひずんでいたでしょ(笑)。でもこのひずみが、玉置さんの心の叫びを絶妙に表現しているように思えるのです。想定していたゲイン幅をはるかに超える声が、メーターを振り切って絞り出されたのだと思うのです。「カリント工場の煙突」を震わせるんじゃないかってくらいに空に、昭和中期のあの空に向かって叫んだのです。

さて曲は、演奏がすっかり静かになり、玉置さんの声が、ディレイがかかり、きもちリバーブ強くなったでしょうか、ドライ音にリバーブかけすぎです玉置さん、とかエンジニアに言われてそうですけど、そんなのお構いなしにものすごいシリアスさで「あの出来事」を歌います。エンジニアが何といおうとこの場面はこのディレイ、このリバーブでなければならないと玉置さんは判断したのでしょう。幼少のころ、川で溺れた隣家の子どもを救えなかったことを強く後悔し、その後その子の家庭が崩壊してしまったことに心を激しく痛め、誰にも話せないまま少年期、青年期を送ってきた玉置さんが、その出来事を「いまでも泳げない」「堤防から〜花束が〜」と歌います。たったワンシーンですが……どれだけ痛かったんだろうと想像するだに胸が苦しくなります。志田歩さんは『ジョンの魂』におけるジョンのように玉置さんが「トラウマを音楽に昇華させた」とおっしゃっています(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。「昇華」というのはジークムント・フロイトの防衛機制理論に、娘さんのアンナ・フロイトが付け加えたものです。心理学や精神医学にはまるでわたくし不案内ですが、トラウマって「昇華」させるものと違うような気がします。音楽人間である玉置さんがいわゆる「自己開示self disclosure」を行う手段が音楽だった、それに対するわたしたちリスナーの感想や感覚が「返報」であると考えるほうがしっくりきます。玉置さんは何十万人ものリスナーに「自己開示」を行い、それによりわたしたちリスナーが共感し、自分の少年少女時代を思いだせられなんらかの思考を働かせた、人によってはそれを他者に話したり、文章・詩・歌に表現したりしたかもしれません……こういう壮大な心理作用ドラマがあったと思うのです。

「消えた……」と深いリバーブの残響音が消えるまで、曲は伴奏が止まり、一瞬無音になります。そして曲はまたアップテンポになり、少年期の終り〜青年期初期らしき情景が歌われます。深い喪失感と後悔が幸せだった少年時代に影を落とすことになった原因となったあの出来事は、「あの娘」が紅を引きタバコを吸うような年齢になっても、ライブを終えて打ち上げを行った街で破れた金網越しにネオンを見るような活動のライフステージにあっても、ずっと心の一角を占めていたのでしょう。

ところでさびれた商店街ってどこだろう?とは思いました。神居は旭川中心街から川を二つ渡ったところにありますが、商店街ってほどの商店街はなかったような……旭川に限らず北海道の都市は土地をぜいたくに使っていますので、本州の人が想像するようなごちゃっとした商店街や繁華街はそんなにないんです。中心街平和通り三六街が一番イメージピッタリなんですが、ここを「さびれた」って言ってしまうと北海道のほとんどの街はさびれてることになってしまいますので(笑)、ここは玉置さんと須藤さんのイメージによってつくられたイメージ上の商店街なんだと思いたいところです。中心街もわたしの少年時代よりはだいぶさびれてきてるように思いますけど、わたしの少年時代には人がいっぱいでしたし、ましてや玉置さんの少年時代はそれはそれは賑やかなところだったはずですから。

そしてまたアルペジオ、町に「変わらないままでいて」と強く強く叫び、願います。続けてサビ「空よ」「大空よ」と、叫び願った「あの場所」はすでにありません。空間的には存在しますが、そこにあった営みはすでになく、人たちも入れ替わりながら、町は大きくその姿を変えてゆきました。「再開発」という名のもとに変わってゆく町は、開発のたびに寂しくなっていったのです。どこが開発なんだよまったくもう!と怒りたくなるくらいです。

そしてこの曲随一のアップテンポで、「市営住宅」の広場でリレーしたという思い出が語られます。ここの箇所、アコギが分厚くて、聴き惚れてしまいます。いったい何本重ねたんだろう?右からも左からも「ジャッ!ジャッ!ジャッ!ジャッ!」と鋭い音が聴こえてきて、ピンポンディレイでも使ったかと一瞬思いますが、たぶんその手の小細工は一切せずに、納得いくまで重ねたんだと思います。

市営住宅に子どもが溢れていた時代には、家に帰ってきても周りじゅう友達だらけ、ランドセル置いたらすぐに再出発、広場でボール投げにかくれんぼ、缶蹴り、とうとう飽きてリレー、わたしもやりました。なんだかわかんないけど「帰りの会」で集合がかかって、校区内にある公園や、大きな団地にいつも集まるんです。毎日飽きもせずリレーやったりポコペン(北海道式缶蹴りみたいなもの)やったりと、日暮れまで遊んだものです。だから、今どきの子どもたちが習い事で忙しくしているのをみると、気の毒にさえ思えてくるんです。きっとこの子たちは「元気な町」や「メロディー」の世界を理解できないんだろうな、この曲の「みんなでーええーええー」の叫びが届かないんだろうなと。ですから、「あの場所」はもうないんです。

そして曲は最後のサビへ進みます。「空よ」「大空よ」と、令和初期の現代となってはその願いはとても虚しいものだったとわかってしまう強い強い願いを、玉置さんは渾身の声で歌います。胸が詰まります。「あの場所」は、すでになくなってしまった「カリント工場」の煙突の上、空からみれば、いまでもあるんじゃないか、あってほしいと思ってしまいます。ですからわたしは、たまに帰省してもそういう思い出の場所には立ち入らないことにしています。「あの場所」はまだあの公園にあるんだと思っていたいからです。

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2021年10月23日

花咲く土手に


玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』一曲目、「花咲く土手に」です。

歌詞カードにまず圧倒されます。「たまきこうじ」のクレジットがありますが、ほんとに玉置さん描いたんですかってくらいキレイに保存されていたようで、美しいクレヨン&水彩絵の具の、教室の絵です。わたくし、これ大人が子どものフリして描いたんじゃないかと思いました。何年生で描いたのかわかりませんが、ちょっとビックリです。そして、歌詞に使われることばの素朴さといったら!麦わら、赤とんぼ、土手、じいちゃん……これまでに安全地帯や玉置さんに抱いていたイメージが完全に吹っ飛び、一体何が始まったんだと驚いてしまいました。その一方で、わたくしこういう世界が結構好きですので、歓喜に踊る気持ちもうっすらないではなかったのです。思えばライブアルバム『ENDLESS』で歌われた「小さい秋みつけた」のときから、こういう時代のいずれ来ることを!わたくしひそかに!予見したいた!のです!もちろんウソです!

さて曲は、ガットギターのスライドから始まるソロ、普段びきのアルペジオ、大きめのベース、手で叩いたんじゃないかっていうドラム、そしてなにやらドラムにない打楽器……なんでしょうね、コツコツとギターを指先で叩いた音に似てます。たぶんボンゴですが、いい音がリズムに入っています。ドラムのほうはやけに控えめなバスドラ、スネア、そしてかなり直径の小さいであろうシンバルだけで、シンプルに徹しています。

クレジットをみても他の人が演奏したという記載は何もありませんので、おそらくは玉置さんがすべて演奏なさったのでしょう。そして『幸せになるために生まれてきたんだから』にあったように、あちこちリズムがあやしいです。自分だから合わせられるってだけで、これは複数人のミュージシャンではかなり合わせづらい曲です。その意味で、ザ・玉置一番搾りって感じの、マジで玉置さんの魂がそのまま音になったんじゃないのという凄みあるサウンドになっています。

歌はもう、寂し気で牧歌的な歌詞を、鬼気迫る声で歌い上げています。最初に歌とギターを録って、あとからベースもドラムも重ねていったそうですけど、この歌がないと逆に重ねられないでしょうね。自分がどういうノリで歌ったかを聴きながら脳内で再現しつつそれに合わせて演奏しないととても合わせられたものではありません。たぶんですが、ベース先でドラムが後でしょう。通常のやり方とまるで逆ですが、わたしだったらベースのほうが歌に合わせやすいですし、ベースがないとドラム入れられないように思います。

歌が始まりまして、ボンゴ(らしき音)とベース、ガットギターのアルペジオを伴奏に、玉置さんのしみじみとしたABメロが流れます。「麦わら」「赤とんぼ」「土手」と、かなり慣れ親しんだ場所であることが示唆されます。こういうワードでは誰もが心の中のふるさとを思い出すのでしょう。そして「野辺送りの長い列」と、今日はふるさとの葬式であるという強烈な寂しさをいやがうえにも私たちに引き起こさせます。力技ですが、うっかり正面からくらうと涙モノです。最初はまさか葬式の歌だなんて思ってませんから、わたくし直撃を食ってしまいました(笑)。「長い列」の「つうー」が寂しすぎて卑怯です。

ここでいつもの北海道人話なんですが、北海道では野辺送りなんて見たことがありません。子どものころですでにバスで火葬場でした。霊柩車すらほとんど見たことがありません。霊柩車あったのかな?なんか、スキーバスみたいなでかいバスで、スキーバスならスキー入れるところに棺を入れて、みんなそのバスに乗って行ってたような気がしますが……。わたしより玉置さんのほうが上の世代ですから、もうちょっと前はやってたのかな?それとも須藤さんが入れた言葉なんじゃないのかな?なんて思います。でも、この歌で「黒い服着た人たちのスキーバスがゆく」なんて歌ったら、とくに他地方の人にはなんだかわからない歌になりますから、その様子を「野辺送り」と言い換えたほうがよろしいかとは思います。

歌はサビに入ります。バシッとシンバルが入ってドラムが加わりますが、基本的にはアレンジの調子は変わりません。というか、これでフル構成です。とことん、シンプルです。

「花咲くふるさと」ですから、春なのでしょう。「春風の中を歩く」ですし。「星が落ち」たのは、「じいちゃん」が亡くなったということで、「真白き百合を抱いて」というのは……文字通りだと思うんですが、イメージなんでしょうね、百合は抱かないと思います。百合の花粉が喪服に付いたら大惨事ですんで(笑)。慌てず騒がずガムテープ、それでだめならもうクリーニングですね。位牌とか遺影とかをもって、棺を担いだ数人を中心に行列でウロウロしながら火葬場に行くのです。悲しき行列ですが、大切な儀式なのです。ウロウロするのは、魂が舞い戻ってこないようにするためにわざと道を複雑にするという意味があるそうです。もっと昔は土葬でしたから、いわゆる「魂魄」の「魄」が作動して(つまりゾンビ状態になって)戻ってこないようにする、という意味もあったことでしょう。ですから、親族にとってはゆっくりと名残を惜しみつつ、これから完全にお別れなんだという事実を噛みしめるために、その道のりを踏みしめるという意味があるのです。ここでのベース、効いてますね……みんなでゆっくりゆっくり、しかし着実にお別れに向かって進んでいるという情景をいやがうえにもわからせてくれます。ズーン、ズ・ズーン、ズーン、ズ・ズーンと進むのです。

曲は二番に入りまして、ひきつづき野辺送りの様子です。「むずかる幼子の手」を「姉さん」が引いている……これはまた徹底的なわびしさを感じさせます。たぶん末の孫というレベル、じいちゃん死んじゃったの?と訊く前の発達段階、つまり、わけがわからず参列し歩いているんです。親は棺担いだり遺影もったりと役割がありますから、上のほうの孫娘、つまり従姉なんだと思いますが、そうした「姉さん」が子どもをあやしながら連れてゆくという役目をおいます。そんな「姉さん」が弔意を示す「真珠」の胸飾り、それに映るロウソクと夕焼け、それがなんと悲しいことか。当時は余裕で明治生まれのじいちゃんばあちゃんがいましたから、親族が集まるとたいてい大人数になります。ですからこんな役割分担をしたうえでの儀式も行うことができたのでしょうけどもが、現代ではおおよそ難しいでしょう。だんだん、忘れられてゆく、失われてゆく光景がこの歌には描かれています。

曲はまたサビに入りまして、ここから野辺送りをちょっと離れ、東京から帰ってきた「ぼく」がこのふるさとのことを懐かしんでいたことが歌われます。「澄んだ空を」「思いだした」と叫び気味に歌う玉置さんの声がなんと切実に聴こえることか。トシをとると葬式しか集まりませんし、帰らないんですよ。コロナ騒ぎのせいでもありますけど、ほかにもいろいろありまして、わたくしもう何年も故郷に帰っていません。「ビルのすき間から見上げて」ふるさとを思いだすという気持ちはよくわかります。わたくしの場合ふるさともビルのすき間だらけですが(笑)。親族からはすこし薄情気味に思われていても、それでもふるさとに寄せる思いはあるのです。まして玉置さんはそりゃもう忙しい身でしょうから、ツアーの初期に旭川に寄るくらいしか帰省のチャンスはなかったものと思われます。そして、昭和末期・平成初期の安全地帯に不満を抱き、音楽的にも「ふるさと」である旭川を思う気持ちはとてつもなく大きく膨らんでいたものと思われるのです。

二回目のサビを終え曲は唐突に調子を変え、いわゆる「大サビ」に入ります。「冬の寒さ」を「みんな隠している」とはまたなんと意味深な……北海道ですからもちろん冬は寒いんですが(笑)、それでは「それぞれの」にはなりません。これは、各家庭や、個人の抱えた苦境のことを指すのでしょう。そりゃ葬式の時にというか、親族が集まったときにわざわざ「じつは生活が苦しくて……」と話すようになったらかなりヤバい段階に至っているということを意味しますから、そこまで寒くなってないとは思います。毎年冬は来るのですから、いつもの寒さ、誰もが抱える苦境のことなのでしょう。

曲は間奏、ガットギターでのソロに入ります。ごく短い間奏です。柔らかいガットギターの音なんですが、悲鳴のように聴こえます。葬式の時にやっと戻ったふるさと、じいちゃんとの別れがなければ戻らなかったふるさと、それでも忘れていない、ここがぼくの原点なんだ、愛しいふるさとなんだという、しみじみとしてるのに叫びたい気持ちの表現であるかのごとく、悲しい音色です。

曲はサビを二回繰り返して、正確には最後のサビは頭の二小節ばかり短縮して途中から、……正確には前のサビに二小節食い込んだというべきですかね、になっていますが、これも「覚えてるよ」というメッセージを前に出す効果抜群ですね。覚えてるんだ!と前のめりに言いたいとよくわかる、どうしてこんなこと思いつくんだろうと思わせる技法です。

このラスト二回のサビで、じいちゃんへの思い、ふるさとへの思いが、両方かけがえのないものであって、混ざり合い、ほとんど同一のものとして意識の奥にあったのだということに気づいたということが、聴き手にもよくよく伝わってきます。

「青い空」は日本全国どこでも青い空です。東京でさえ空は青いです。ですが、「ぼく」が覚えているのはふるさとの青い空で、ほかの空はちょっと違う青空なんでしょう。そりゃ気温とか湿度とか光化学スモッグとかで空の色合いは微妙に違うわけなんですが、決定的に違うのは見た回数とか年数なんだと思います。「つかの間の」といえるほど北海道の夏といえる期間は短いわけなんですが、それにしても見た回数年数はまだふるさとのほうが多いでしょう。それもいつか東京の空のほうが回数年数ともに上回り、ふるさとの青を上書きしてゆくのだと思われますが、それでもきっと覚えているんです。どんな青?と訊かれても答えられないけど、「こんな青」と指はさせるくらいに覚えているんです。葬式などで訪れたときに、そう、この青だよと思いだしたことに気がつく……ダメだ、気力がなくなってきました(笑)。たまには帰らないとなあ。

そして後奏、スローになったガットギターのアルペジオが低音のメロディーをまじえつつ、曲を閉じます。シンバル、ベース、そしてボンゴ(らしき音)、必要最低限の装飾で曲は静かに終わります。ホントに最後の瞬間に「キラキラキラ……」とウィンドチャイムらしき音が聴こえますけども、シンセを使ったとは記されていませんので、「パーカッション」の一部として玉置さんが指でなぞったのだと思います。なんというこだわり!私だったらまずウインドチャイムを探してくるのが億劫でシンセでいれるか、思いつかなかったことにしてしまいます(笑)。一人で黙々と、しかし妥協せずに自分のサウンドをこつこつと録っていったこのアルバムを象徴するような曲だといえるでしょう。

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