2018年03月17日
夢になれ
価格:2,511円 |
『安全地帯V Harmony』十曲目、「夢になれ」です。
玉置さんが歌う「だんだん」が強烈なアクセントになって、耳を離れない名曲といえるでしょう。松井さんと玉置さんが生み出した「声リフ」ですね。
わたくしが好きなので当ブログでも何度か言及されている沢木耕太郎さんに、「いま、歌はあるか」というルポルタージュがあります。その中に、ヒット曲から抽出された登場頻度の高いことばを一位から単純に並べただけのデタラメ歌詞が、わりとそれらしい70年代歌謡曲の歌詞になってしまっている、という悲しくも可笑しい話が載っているのです。調べてみると、なんと作詞者のほうも作詞で行っている作業はそれと大同小異のようなもので、ほとんどウケる言葉の順列組み合わせのようなものだった……「ヒット曲」を次から次へと作ることに忙しくて、とてもそれ以上のことなどしている、試してみる、言ってみれば「勝負に出る」余裕なんかない……という、日本歌謡界の商業化とか堕落とか、いかにも70年代後半らしい基調で話は進められていきます。あ、いや、嫌いじゃないですよ。むしろ好きです、そういう社会批判精神みたいなやつ。わたくしが若いころくらいまでは、ガクモンとかブンガクとかゲイジュツとかの世界では、そういう雰囲気がわりと支配的でしたから。事実、そういう雰囲気こそが、フォークや、いわゆるシンガーソングライター、ニューミュージックといったものを生み出す原動力になったのでしょう。「ひとふしの魅力」とプロの演奏力で勝負するヒットメイカーたちによる歌謡曲と、批判精神や物語性・情緒・情景的な魅力をふんだんに持っていたものの演奏力はイマイチだった新世代の音楽たち、双方の長所を併せ持っていたのがこの時期の松井・玉置コンビを擁する安全地帯だったのではないか、とそう思うわけです。それほど、この「だんだん」の力は強いです。
ああ、話がすっかりそれました。では、前曲「燃えつきるまで」のラストから……「キュワーーン」と、ギターともシンセともつかぬ音に景気づけられ「夢になれ」は始まります。ズッ・クツ・タカ!ズッ・ク・タカタカ!のリズムで田中さんのドラムと六土さんのベースが「二人で一つ」の分厚い基本リズムを形作る裏で、川島さんのシンセパッドがチャンカチャカチャカ……と、まるで南半球の民族音楽かと思われるほどのアオリを入れています。こんなリズム、日本の歌謡界はもちろん、ロック界でも前代未聞なのではないでしょうか。時は80年代中盤から後半、ジャパン・アズ・ナンバーワン、ロン&ヤスで先進国のツートップを張っていた時代です。デジタルでキッチュでポップでコケティッシュで……と、日本人がわけのわからない優越感に浸っていた時代に、いきなりその頭をガツンと叩きつけるような、強烈な魅力をもったリズムです。このとき叩かれたことにも気づかなかったような人たちが、のちの90年代J-POPムーブメントを作っていったんですけども(笑)。そして、低く低くおさえた武沢さんのギターが「キコカコキコカコ……」と細かく細かく刻まれ、遠くからやってきて、玉置さんの歌がはじまります。
この後、武沢さんがよく目立つ歌の導入部「キコカコキコカコ……」や歌のアオリのアルペジオを担当し、矢萩さんが「・チャ・チャチャ……ンカカカ・カカカカ……」と細かく刻まれているリズムを担当されているようです。矢萩さんのパートは、けっこう頑張って耳を澄まさないと気づくのは難しいかもしれません。この矢萩さんの役割、非常に渋いです。こういうギターは、わたくしにはできません。自分が出しゃばりなんだと気づかされます。かといって武沢さんが出しゃばりかといえば、もちろんそんなわけはなく、わたくしがこの場にいたら絶対にサビでギャンギャンと弾きまくり、せっかくの最先端なこの名曲を、台無しにしたに違いないのです。
またこの曲では、ホーン・セクションが派手に取り入れられており、Bメロからサビ、間奏で非常に印象的なアオリを入れます。この役割は、ギターでは果たせないようで、2010年の復活ライブでも、シンセでホーンセクションを代用していました。ズラリと並んだホーン部隊が、なぜかアクションまで揃えて、生ブラスの音色を武道館に響かせた『To me 安全地帯LIVE』が、いかに豪勢なものだったかがよくわかります。
ゴージャスそのものの布陣で炸裂するこの「夢になれ」は、「ふたりで踊ろう」「銀色のピストル」などと同じく、もしかして玉置さんにとっては、思う存分自分の世界を表現できるものであったかもしれません。その一方で、一度動き始めてしまうと、玉置さんがリアルタイムで思うように操ることのできない規模のものとなっていたのかもしれません。ステージに10人以上いますので、アイコンタクトったって限界がありますからね。聖徳太子でもさすがに目は10個もないでしょう。そんなわけで、「夢になれ」もまた、この後数年を経るともう二度と見られなくなってしまうゴージャス安全地帯を象徴する曲だといえるでしょう。
さて歌詞です……一言でいえばやぶれかぶれの情事、なんですが(笑)、そこにさえある種の美しさと悲しさをまとわせたドラマとして魅せてしまう、信じがたい言葉の力、歌の力に圧倒されます。もう、松井玉置コンビの行く手を阻むものは何もない、とさえ感じられてしまいます。
なにもかも忘れて、なにもかも奪い、踊り、叫ぶカーニバル(謝肉祭)は、ジェイムズ・ジョイスの小説で肉屋が売春宿を兼ねていることを暗示させる肉のイメージを、聴く者の心に強烈に叩き込みます。
仮面をつけたまま肉と肉をあわせるなかで、「だんだん」と、仮面の下に隠されていたものが顕れてきます。デジタルでキッチュでポップでコケティッシュな(笑)雰囲気を纏おうと努力していても、それはしょせん虚飾にすぎません。「他愛ない嘘」も「飾られたよろこび」も、破裂したかのような涙で剥がれ落ちてゆき、「なさけない孤独」が露になります。
そんなこと、どうでもいいんだ、あなたを愛してるんだ、わかってないんだね、ぼくは叫ぶんだ!
デジタルで……後略(笑)の時代を寵児として駆けぬける玉置さんに、そんなことを歌われたんじゃ、前略……コケティッシュな女性はたまりません。松井さん、玉置さん、わかっててやってますね、超ズルいです(笑)。
この曲のものすごさは、当時の社会の雰囲気を肌で感じていた人でないと、わかりにくいかもしれません。ただ、もしかして、トバ解釈だからこそそう感じられるだけという可能性はおおいにあります。ツェッペリンの「カシミール」や「アキレス最後の戦い」のように、もうこんな曲が生み出される時代は二度と来ないだろうとわかっているほど時代に埋め込まれた曲であるにもかかわらず、新しい時代でも新しい輝きを見いだされ続ける曲であるのかもしれません。
余談ですが、2010年のライブ『安全地帯”完全復活”コンサート2010 Special at 日本武道館 〜Stars & Hits「またね…。」〜』では、この曲の途中でチューニングをいじる六土さんの姿を見ることができます。わたしのスキルでは曲の途中なんてそんなリスクはおかせませんので、我慢してつぎの曲間まで待ちますが、六土さんのプロフェッショナリズムとスキルが、それを許さないのでしょう。やはり渋いです。
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ああ、ハイトップじゃないですか?旺文社の。学研のニューコースと双璧って感じでした。わたくし音楽のハイトップ好きで、それで理論身につけたようなものです。いまでも当時覚えたことにちょいちょいプラスアルファ程度ですが、作曲なり演奏なりに随分重宝したものです。
このときまだ小学生でしたんで、深夜ラジオなどとてもとても。羨ましいですねえ。安全地帯全盛期の最中です。シングルはたしかに一位とか二位はなかなかなかったですが。
夢になれ。アルバム発売前のTBSの深夜ラジオに玉置さんが出て、この曲がかかって期末試験の試験勉強しながら聴きました。丁度、数学の方程式が入ってきていて、「中学トップ(笑)」なんかの参考書で勉強してるふりをしてました(笑)。
「うわ!かっこよ!」とアルバム発売が待ち遠しかったのが良い思い出です。
映像屋さんからすれば、なるべく多くのシーンを残しておいて、ベストを選びたいでしょうね。武道館にいくつものカメラをセッティングする費用も労力もバカにならないでしょうから、機材もスタッフも二日間据え置きだと思います。安全地帯のライブは売れるにきまってますから、そりゃー一生懸命編集したことでしょう。
ありがとうございます。
今度はトバさんが繁忙期ですか。どうかお身体ご自愛くださいね。
なぜ混ぜるか……外せないシーンがあるのでしょうねー。そして、日をまたいでもブレない演奏力がそれを可能にするのでしょう。『ENDLESS』はCDで映像はないのですが、あれも武道館と大阪城ホールを混ぜているはずです。もちろん曲の途中で音声を切り替えることはないでしょうけども。
素人評価は……それこそがネットの価値なのかもしれません。プロが記名記事で多少の責任を背負った評価しかメディアに載らなかった時代からすれば、いまは評価情報が多すぎてちょっと息苦しいです。スクールカーストとやらの中に生きざるを得ない中学生みたいな気分です。こんなブログやってるわたくしがそんなこと言うのですから、無責任極まりありません(笑)。
ああー、やはり映像混ぜてるのですか…なぜ混ぜるのか、当時の編集さんに聞いてみたいです(笑)。
今日も早く帰る気満々だったのに、余波が残っていて終電でした…(涙)
その代り来週からは打ち上げ等、宴会が続きます(笑)。
当時の評価は……私たちの目の触れるところに残っていないというのが真相でしょうね。わたくし個人の感覚で言えば、昔のほうが聴く方もレベルが高かったように思います。でも、そういう人たちだけに評価されても、ミュージシャンは食べられないんでしょう。農家だけは食べられても農協の職員が食べられないのでは産業として成り立ちにくいわけですから、社会の仕組みというものはときに残酷です。
繁忙期、本当にお疲れ様でした。どうかゆっくり安全地帯をお楽しみください!
ところで『To me 安全地帯LIVE』の中のこの曲で、玉置さんが一段高い所に上がって歌ってますが、ギターを持って上がったはずなのに、後姿の映像ではギター持って無いですよね?これも違う映像ですか?
変な事聞いてスミマセン!
いまの時代に、あの頃の安全地帯ですか・・・・・・わたくしは狂喜してむさぼり聴いた・・・・・・かもしれません。あの時代の安全地帯があったからこそ今のわたくしなのですから確信はもてませんが、きっと現代でもヒットしたでしょうね。いま、あのレベルのバンドはいないように思われますし。
おお、関係ありますとも、ジョイスはアイルランドですからね。もうだいぶ古い記憶ですが、ドイツとセネガルがサウジアラビア相手にかなり残酷な試合をしたグループでしたから、アイルランドもきっとひどい目にあうだろと思いきや、その両者としぶとく引き分けて、トーナメント進出したんでしたね。ベッカム擁するイングランドの陰に隠れがちですが、小兵強し!って感じがしたものです。
矢作俊彦さんですか、それは思いつきませんでした。ヘミングウェイもそうなんですが、探偵ものでないのにハードボイルドな作家って、なんか元祖って感じがしますよね。
あの時代を生きていたのに、こんな素晴らしい曲を作る安全地帯の事を何も知らなかった。
今の時代にあの頃の安全地帯がデビューしたら、えらい事になりそうです。絶対、ビジュアルも曲の完成度も大騒ぎになると思うのですがね。
ジェイムズ・ジョイスと聞くと、私は矢作俊彦さんに繋がるのです(笑)。
(関係ないですが、2002年サッカーW杯のアイルランドチームには感動しました。)