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玉置浩二『スペード』十曲目「美味しいジュース」です。
なにやら「DANCE with MOON」を彷彿とさせるリズムで曲は始まります。あちらが落ち着きつつもなにやら不穏な影を感じさせる曲調であったのに対し、こちらは安藤さんのうすい鍵盤の伴奏が入ってすぐに明るく軽快な曲調であることがわかります。よーく聴くとギターのカッティングも入っていますね。これは遅いロックンロール……すみません、なんてジャンルに入るかわかりませんが、ロックの類であることは疑いがありません。
ここからちょっと不思議系ともいえるロック曲がアルバムラストまで四曲続きます。いや、不思議系というか、玉置さんや安全地帯のイメージを求めると不思議にしか聴こえないというべきでしょうか。むしろロックとしてはこれが非常にスタンダードな感じなんです。ロックには昔から何をやってる・言っているのかわからない曲がしばしばあるのです。後期ビートルズがその最たる例でしょう。「アイアム・ザ・ウォーラス」「マクスウェル・シルバー・ハンマー」なんて、大名曲なんですがマジで何を表現したいんだかわかりません。「Humpty Dumpty」は本当に卵なのか?とか話し出すときりのないマニアホイホイな曲がごっちゃりあるものなのです。ですが、玉置さん業界でも「美味しいジュースとは何を意味しているんだろうか」とか議論になったのを寡聞にして知りません。
きっと、たんに慣れてないからなんでしょうね。愛とか平和とか日常の何気ないことにひそむ幸せとか、そんな歌にわたしたちは慣れ過ぎてきました。だからビートルズが童謡や連続殺人犯のことを歌うと戸惑っちゃうんです。玉置さんだってなんでも歌うんです。愛も平和も、そして美味しいジュースのことだって。
“The question is,” said Alice, “whether you can make words mean so many different things.”
“The question is,” said Humpty Dumpty, “which is to be master−that’s all.”
アリスは言いました「問題は、あなたが言葉にそんなにいろんなことを意味させることができるかどうかだわ」
ハンプティ・ダンプティは言いました「問題は、ぼくと言葉のどっちが主人であるべきかってこと、それだけさ」
(『鏡の国のアリスThrough the Looking-Glass』より)
玉置さんと音楽・言葉、どっちが主人たるべきなのか?問題はまさにここだけであるように思えます。玉置さんはまさに天衣無縫、音や言葉、そして声を自由自在に使いこなしているように思えてなりません。わたしは玉置さんの曲を聴いて、その歌詞を読み取り、こういう意味だろうと感じます。ですが、玉置さんはぜんぜん違う意味をそれらの音や言葉に乗せているのかもしれません。それはビートルズの「アイアム・ザ・ウォーラス」「マクスウェル・シルバー・ハンマー」がさっぱりわからない感覚によく似ているのです。『ニセモノ』からその傾向が強くなってきたのですが、この傾向は本アルバム後半に絶頂に達したことをわたくし確信するものであります。玉置さんは後期ビートルズの域に達した!いや、これも不遜でしかありません。私の分かる範囲でいうと同じ領域に属するようになったというだけで、ほんとうはジョンもポールも玉置さんも、ぜんぜん別々のことをやっているのかもしれないのですから。
さて曲はベースとルーズな雰囲気を持つギターソロ(ツインでハモリ?)が入って本格始動、ギターソロにかわって玉置さんの歌が始まります。短いことばを軽快に高めの音程で重ねてきます。手で握りつぶしてかきまぜただけの、濾過とか全然しないから青臭い沈殿物があるようなジュースです。ぜんぜん「美味しいジュース」って感じがしないんですが、ともかく新鮮なのはよくわかります。口の中ではクワッと刺激があるんだけども、なんか体がその栄養と鮮度を求めちゃってるようでやめられないって感じでしょうか。
「よく振って」でリズムを締めてから曲はサビに入ります。ギターが「ンジャッ!…ジャジャッ!ンジャッ!」って感じのキレのいいフレーズから掻き鳴らす系に変わります。ですが、ドラムの基本は変わりません。それなのにこんなに華やいだ感じになるのが不思議です。わたしだったら思い切りドラムパターンを変えてしまいます。わかりやすく変化を感じさせたいからですが。ああまた自分の安易なアレンジ思想を自覚してしまった……きっとこの変化はベースがカギなんでしょう。この曲はボーカルとベースが連動していて、AメロBメロでは「ボ!ボボ!」と短く刻む歌とベースだったわけなんですが、サビでは「ラーララー」と歌うように歌う……いや変だな(笑)、ともあれ歌もベースも刻みから流れに変わるわけなのです。それがこの加速感、タイトさを表現しているのでしょう。
サビでは「ジュース」と「ぐーっ」が同じ音に充てられていて、グルーヴをつくっているのですが、なんとこの曲、サビで転調します。一音上がるのです。一音上がってまた「ジュース」「ぐーっ」なのです。それがさらに加速感を増すのです。言ってみればそれがこの曲の最大の盛り上がりどころ聴かせどころで、他の部分はすべてここを生かすように作られているわけなのですが、よくもまあ、「ジュース」を「ぐーっ」と飲むということそれだけを表現するためだけにここまでのことを……その天衣無縫さに圧倒されます。ぐーっと飲み干してくださいふたりで、の「ふたりで」って誰だよ!とか、もうどうでもよくなります。そんなこと表現したいわけじゃなくて、あくまで「ジュース」を「ぐーっ」と飲むことがメインなんですから。
曲はイントロと同様のアンサンブルに戻り、またAメロBメロに入ります。今度は自分の絞ったのでなくてとあるところから仕入れた特別のジュースであるようです。ラベルのないやつってのはさすがにわたしも飲んだことが……農協とかで売っているやつで、ラベルを貼って出荷する前のものなんでしょうね。つまり農家から直接買ったのでしょう。それはさぞかし美味いでしょう。人に飲ませて喜ばせたくなる、反応を見たくなるのも当然です。リンゴとかみかんとかのやつはよく出回ってますけども、軽井沢ならリンゴか、あるいは桃でしょうかね、なー?美味いだろ?ってニコニコしながら自分でも飲んでいる玉置さんの顔が浮かぶようです。それは男が女を愛することや世界の平和を願うこととフラットに人生の喜びとして起こりうることなのでしょう。
そして二回目のサビが終わり、何やら不思議な「コオオー」「キ!キ!」「ホヘホーホヘホー」と、玉置さんがいろんなことをして作り上げた音たちがベースソロに絡められて不思議な雰囲気、BaNAnaと二人で作っていた曲のような雰囲気がアコースティックに表現されます。こりゃすごい!よくぞ!とムリヤリな興奮しなくても(笑)、まあ、長年のリスナーなら「おっ?」とは思わされますよね。そしてユニゾンのギターでちょっとしたソロが流れ、曲は最後のAメロに……Aメロで終わるのかい!もうAメロという言い方がいかに陳腐化を思い知らせるかのように自然な終わり方をしていきます。「左手でそっと魔法(まじない)をかけたやつ」というイタズラ心満載のジュースを人に飲ませます。飲まされた人はあわれ「四、五日くらい夢見」ることになります。これは食中毒で寝込むという意味ではたぶんなくて(笑)、「あのジュース美味かったなあ〜」と折に触れて思い出すのでしょう。玉置さんからすれば最高のごちそうであり、すごく喜んでもらえてよかった!幸せだ!という気持ちなのでしょう。歌詞カードの最後「エヘヘ」は実際には歌われていないように聴こえますが、そういううれしくて幸せな気持ちを示すものなのだと思われます。歌詞の最後が「エヘヘ」は前代未聞!いちいち新境地を見せてくれますねえ。ここから四曲、ラストまでこんな調子になります、21世紀の最初の年に玉置さんが到達した、ある意味頂点がここからずーっと続くのです。なんと贅沢な!わたくしも気合を入れて記事を書いてまいりたいと思います。
いやーここ最近まるきり更新できていなかったんですが、ようやく一息つきました。年に何度かこういうとんでもなく忙しい時期があるのですが、今年はそれに加えて二つキッツいのが夏から秋にかけてありまして、終わってからも何日か動けませんでした。「美味しいジュース」のことが気にかかりつつも、ジュース一杯楽しむ余裕すらなかったのです。やっと広告が消せる!(笑)
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こういうサウンドを安全地帯で作りたかったんだと思いますよ。バンドは楽しいからやるんですが、プロだと楽しいからとばかりも言ってられませんから、こういうサウンドをバンドで作れるかどうかが第一になってしまいます。玉置さん的にはまだ出せなかったんでしょうね。
自分の人生の土台を築くのに必死だった思い出と、親父がこのアルバムが出た数年後に亡くなったので、一緒に過ごした最期の貴重な数年間とちょうど重なっています。
美味しいジュース。実際にも作ったら美味しそうで飲んでみたいです。ブルース感満載なこの曲もノリノリで、ひとりでやるよりも数人でやったほうが絶対に楽しそうデスね!
自分には想像力があるのだと、プラスに受け止めて、明日からも生きていきたいと思います。
「問題は、あなたが言葉にそんなエロいことを意味させることができるかどうかだわ」
玉置さんの醸し出す、セクシーさがそう思わせたのかもしれませんね。
いわずもがな、さすがの魅力です!
新曲もそろそろ聴きたいものです♪