『安全地帯VI –月に濡れたふたり』七曲目、「No Problem」です。
ジャズのダンス曲、あ、いや、わたくしジャズあんまりわからないもので、こうとしか言えないんですけども、ジャズでダンスするってことがあるのであれば、80年代後半のギラギラ日本ではこんな感じの曲になるでしょう。どうもわたくしのようなハードボイルド馬鹿は、マーロウとかの時代にあこがれ、そのくせ雰囲気しかわからずジャズってこういうものだよなーという先入観をバリバリ持ったままそれを直さないのがハードボイルドだと思い込む癖がございまして(世間のハードボイルド好きを敵に回す発言)、バーボンとかブランデーとかを楽しみながら仕事の疲れを癒してくれるリズム&メロディーに耳を委ね、ジッポーで着けた煙草の煙が天井に上ってゆくのをぼんやりと眺める……ジャズとはそんな音楽だと信じ込むアホウです(しかも「枯葉」しか知らない)。
基本ベースでボボン!ボンボンボンボン!夜の快楽へと浮き立つ不穏な感情を表現するようなリズムを軽快に刻み、ドラムはときおりチャリン!チリン!という不思議なシンバル(シンセパッドかもわかりませんが)を交えながらハイペースで高鳴る脈動のようなハイハットを細かく刻みます。そして路地の向こうの灯りからソフト帽をかぶったマーロウが出てきそうなタイミングで何やら金管の低いメロディーが流れてきます。これは絶対葉巻の煙が先に見えていて、誰だ?と思ったところで「……お休みを言うのは少しの間死ぬことなのさ」とか言いながら出てくるに違いないやつです。
ですが、ここで出てきたのは色気たっぷりの玉置さんボーカルです。「言わんこっちゃない……」とこれまたキザなセリフで、ちっともマーロウに負けていません。マーロウは犯人を追いますが、玉置さんは女性を追っているところがずいぶん違いますけども(笑)。
この箇所、ぜんぶ「〜ない」で語感の調子を統一していますが、そこは松井さん、調子は同じなのにどんどん男女の緊張感を高める演出は忘れません。たったのいちパラグラフでベッドまでなだれ込んでいます。さっきまでブリック&モルタルの街角にいたのに!すごい手練れです。
第二パラグラフでは、ホンキートンクな感じのピアノ、ギターの「チャッ!チャッ!チャッチャー!」というアオリが入り、さらに気分を盛り上げます。呼応するかのように松井さんも「汗」「ここだけのこと」「噂」と色っぽいワードを次々に炸裂させ、ヤレヤレ……男と女はいつだってこうなのさ……そう、寝る場所を探してさまようものなんだ……とかなんとか、気づいたら周りがカップルだらけになっていて花火大会に自分だけ誘われなかったことを悟った夏休み明けの高校生のような態度をとらせに来ます(笑)。
曲はサビに入り、チンチンチンチン!と、なんていうんでしょう?中国のお祭りで鳴っていそうな小さいシンバルが抜き差しならない真っ最中感を演出し、ドラムもバスドラとスネアを入れ、80年代シンセ(笑)とホーンのアオリを入れ本格稼働!という雰囲気を盛り上げます。いや、いやらしい意味でなく、サビってそういうものですけど。歌詞は歌詞で「心配好き」と「楽観主義」という対立するような性向がひとりの人間のうちに同居している複雑さを見事に表現します。ここでの「Dancin' Boogie」は意味よくわかんないですけど(笑)、ともかくイ段の語尾ですべて色っぽくまとめてきます。
歌は二番に入りますが、アレンジのパターンは同じで、歌でひたすら盛り上げてきます。ぜんぜん言及していませんでしたが、玉置さんのボーカルが異常に色っぽいので成り立つ曲であることは言うまでもないレベルで明らかでしょう。もちろん松井さんもわかってて色っぽい言葉を吐かせているんですけども、それにしたって、ねえ、過去最高級に反則モノの色っぽさですよこれは。「心配好き」と「楽観主義」のような相反しつつ同居する性質の組み合わせをこれでもかと連発しつつ、不安定な男女の関係が不安定な心のバランスによってかろうじて成り立っていることをウリウリと見せつけてくるのです。「主義!」「的!」「好き!」「ブギ!(笑)」と連発する玉置さんの息遣いが、ああ、なんて……いやらしいんだ!(笑)。これはノックダウンされるご婦人が続出すること必至です。『安全地帯IV』や『安全地帯V』までの、物語で悶絶させてきたこのエロ歌ゴールデンコンビは、ここにきて完全に新しい境地に歩みだしたといえるでしょう。
腰が浮かれているのに身分など忘れたお嬢さん、はしたないのにさみしがりや、感傷的なのは「そういう時期」で片付けられ、のぼせているのに客観的に自分を見る目を捨てられず、健康的なのにそれはどうにかこうにか保っているもの……うん、これは狂ってますね、恋に(笑)。起伏・振幅の激しい感情をひとりの人間の中に閉じ込めている若い男女は、それをさらけ出すしかない局面にいつも出会いながら、恋を深めていきます。傍からみるととても危ういものですし、やめとけばいいのにと思わなくもないんですが、それでも逢いたくて、逢って、そして傷ついていくんです。うん、わかる……わかるぞ……!わたしも若いとき……すみません、わかりません、わたくし嘘をついておりました!(笑)。というか、ここまで極端な恋愛模様を直接経験することは大多数の人にはないことで、みんな何かしらそういう要素を多少なりとも含んではいたような気がする、という程度でしょうね。
「愛してる!カモンベイビー!」「愛して!もっともっとー!」と、歌詞カードにないセリフを叫ぶ玉置さんは、ほんとうに自由そうで、それでいて恋の鎖から逃れようともがく獣のような息苦しささえも演じます。このセリフ、たぶん玉置さんがどこかのタイミングで、その場のノリ的に入れたんでしょうね。松井さんのつくりあげた世界からさえもときおり逃げて、歌詞の世界を歌う歌手なのに歌手でない玉置浩二本人の叫びをあげているかのような、そんな錯覚さえおぼえてしまうのです。
MIASSツアーのDVDでは、ボディコンスーツに身を包んだダンサーさんが軽快なステップを踏みながら玉置さんと絡み、コーラスを入れます。これは本当に見事な映像で、この曲はこんなに魅力ある曲だったのか!とわたくし最初はクギ付けになってしまいました。この曲が過去の安全地帯のつくっていた物語とイメージが違うからと、跳ばしてしまうのはもったいないとわたくしに気づかせてくれた映像です。
価格:1,284円 |
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