『安全地帯VI 月に濡れたふたり』五曲目、「星空におちた涙」です。
「Dedicated to Kyu Sakamoto」、すなわち「坂本九に捧ぐ」というクレジットが歌詞カードに掲載されています。
坂本九さんは日航機123便墜落事故で亡くなったのですが、当時、わたくし自身は「えー有名な歌手じゃん!」くらいにしか思わなかったのです。他の亡くなった519名の方への胸の痛みと、変わらない痛みでした。
誰にでも特別な人はいるでしょうし、その方が亡くなったときに、特別な胸の痛みを覚えることもあるでしょう。そうでないと、毎日毎時毎分、世界中の誰かのために胸を痛めなくてはなりませんから、これは人間のもつ限界でもあり、また悲しき特技でもあります。
玉置さんにとっては、少年時代から大好きだった歌手で、特別な存在だったのです。わたくしの覚えている限り、家族以外で誰かのためにつくられたと明らかにされている曲は、これだけです。
そして、おそらくこの曲は、玉置さんとBanaNaだけで録音したのだと思います。キーボードのほかに、アオリと間奏にオーボエらしき管楽器が鳴っていますが、クレジットがありません。謎といえば謎ですが、とりあえずBanaNaがシンセでなんとかしたのだと考えるべきでしょう。玉置さんの個人的思い入れが強い曲ですから、可能な限り他のメンバーの音を入れずに一人で歌い上げたかったのかもしれません。
「夜空のラジオ」とは、もちろん夜に聴いているラジオでもあるのでしょうけども、九ちゃんの歌が流れているラジオなのでしょう。九ちゃんが亡くなったあとで、一人で部屋にいるときにラジオからそんな曲が流れてきたら、九ちゃんファンでなくとも泣けてきそうです。わたくしも当時は昭和のラジオ少年でしたから、きっと一回や二回はそんなこともあったのだと思いますが、とんと記憶にないところをみると、きっと若すぎて(バカすぎて)何も感じなかったか、もしくはたまたま流れたときに聴いていなかったものと思われます。
そんな事情でして、わたくしの場合、「もう逢うこともない笑顔」「あのまぶしいとき」で、……九ちゃんでなく、その後失ったわたくの近しい人たちの姿が浮かんでくるのです。もちろん音楽なのですから、玉置さんがこの曲を誰に捧げてようと、リスナーがいろいろな連想や想像をして楽しんだり悲しんだりしていけないわけはありませんから、どうかこれは許してください。許していただくいわれもないといえばないんですけど、それでもどうしても失った人のことを思い出し、そして同時にどうしても玉置さんや九ちゃんに申し訳ない気持ちにもなるのです。ハイデガーの『Sein und Zeit』が師フッサールに捧げられているのはよく知られていますけども、『Sein und Zeit』を読んでどんなくだらない想像をしようとハイデガーやフッサールに申し訳ない気持ちには少しもならないのとは、完全に質を異にしています(笑)。
大切な人を失わなくてはならないわたしたちは、しばし思い出にふけり、涙を流しますが、いずれはハンカチをしまい、明日を生きてゆかなくてはなりません。大切な人を作らないという主義で生きてゆくこともできなくはありませんけども、わたしたちの多くはその主義を取らず、大切な誰かと暮らし、大切な人を失い、そして悲しみ、いずれ立ち直る道を、選ぶともなく選びます。立ち直れる自信は全然なくとも、大切な人を懲りもせずに作るのです。傷つかないことが人生の目的なのではないからです。「おおきな夢」、それが何なのかはわかりませんが、大切な人を失いながら生きてゆく私たちを生かし続ける何かが、わたしたちの生き方にはあるのでしょう。そして歩き出した私たちの後ろに残された「星空におちた涙」は、空の果てで星になるのです。なんとロマンチックな!宮沢賢治『よだかの星』でみることのできる美しい世界が、この曲には詰まっています。
MIASSツアーのDVDには、玉置さんが坂本九さんのためにこの曲を歌う様子が収録されています。ご家族から送られた花束をもって「見上げてごらん夜の星を」につづけて「星空におちた涙」を歌います。この二曲は、きっとこのように続けて聴くように作られたのでしょう……。「いま響くあの歌」はこの歌だったのでしょう。もちろん「レッツキス」かもしれませんし「スキヤキ」かもしれません、もちろん玉置さん松井さんに聴かないとわからないといえばわからないんですけども、まあそれはないでしょう。「星空におちた涙」の後奏メロディー(一部)は、明らかに「見上げてごらん夜の星を」だからです。私は当時、「見上げてごらん夜の星を」を知りませんでしたから、のちに知って驚いたものです。あっこのメロディーは!そうだったのか……と。というか、二・三年後に発売されたこのMIASSツアーの映像で初めて気づいたんですから、玉置さん松井さんが込めた思いに辿りつくのが遅いにもほどがあります。
その後、玉置さんが坂本九さんの追悼イベント(七回忌)でこの曲を歌ったそうです(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)。大好きな歌手のイベントで歌うことができるなんて光栄なことに違いないのですが、それが追悼イベントだなんて、という悲しい気持ちももちろんあったことでしょう。
「有名な歌手じゃん!」としか思えなかった自分を恥じる気持ち、その当時の九ちゃんの年齢をとうに超えて歌い続ける玉置さんに対する感謝の気持ち、そして玉置さんが歌い続けてくれている限り、九ちゃんの歌は玉置さんを通して生き続けるんだという勇気をもらう気持ち、と、いろいろ切ない気分にさせられる曲なのです。
価格:1,284円 |
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この曲は、もちろん九ちゃんなんですが、このトシになると周りでもいろいろな人がお亡くなりになってきますから、玉置さんの歌がしみますねえ……おっしゃるようにMIASSツアーのやつはとりわけです。歌の力をこれほどまでに感じさせるのですから、やはりコスパなどクソです(笑)。
星空に落ちた涙。この曲はレコード盤より、月濡れツアーのライヴ版が良いと思いました。当時、母がライヴ版の映像を観て祖父母が亡くなったばかりというのもあって「涙が出て来る」と言ってた曲です。
坂本九さんに捧げた曲として認知されてます。
この曲の入ったアルバム全曲のピアノ譜ならまだ手元に残ってます。アルバムジャケットがそのまま表紙。
何でも、メンバーの誰か(川島さんかも)が浩二は歌上手いから、いつもレコーディングは1回か2回唱って終わりだそうで、このアルバムもそうなのかもしれません。