『安全地帯VII 夢の都』三曲目、「Lonely Far」です。
文法的に間違いがないとすると、「寂しく遠い(何か)」もしくは「(何かが起こった)寂しく遠く」ですよね。もちろんこれは歌詞が示唆するように、ベルリンの壁崩壊(1989年)ほどの激動でさえ他人事だというわたしたちの無関心もしくは心理的疎外感を表現しているのでしょう。「Shade Mind」のソマリア内戦でさえわたしたちはほぼ無関心だったのですから、正直欧州の旅行自由化など、いま思えば平和すぎてどうでもよかったのです(笑)。
ですが、地図から東ドイツ西ドイツが消えたことはたしかに衝撃でした。こんなことが起こるんだ!いやもちろん第二次大戦まではドイツという国があってそれが分かれたんですから、くっつくことだってあるんでしょうけども、まさかリアルタイムにそれが起こるとは思いませんでした。余談ですが、わたしが年長の従兄からもらった地球儀はベトナムも南北に分かれていました。わたしが予想できていなかっただけで、存外けっこう、そういうことは起こることのようです。
さてこの曲、ストリングスなんだと思うんですけど、どうやって音を出しているのかわからない(サンプリングで、鍵盤を叩いているんだとは思うんですが)絞り出すような旋律が高音で奏でられ、オーバードライブのギターが響きます。玉置さんがシャウト、ドラムとベースがズンズンズンズン……と重ーく地を這うリズム、矢萩さんのコードストロークに武沢さんのものと思しきアルペジオ……このパターン自体は安全地帯得意のパターンですが、曲調が明らかに従来の安全地帯とは趣向を異にしています。これは、オールドのロックンロール風味です。「あの娘はルイジアナママ!やってきたのはニューオーリンズ!」のころを彷彿とさせます。彷彿とさせますが、リズムがあんまり重いので、「びっくり仰天有頂天!ころりとイカレたよ!」なんて軽薄さはまったく感じさせません。別の意味でびっくり仰天です。安全地帯がオールドで!しかもこんなに重く別種の音楽を作り出して!どこまでいくんだこの人たちと、30年余を経て2021年のいまでも驚かされるのです。
しかし……この曲でやっと気づくんですが、最高ですね!このころの安全地帯のサウンド!いやいままでも最高だったんですけど、このカラッとしたギター、ズンズン重いベース、バシューバシューとこ気味いいドラム、そして何か、ロマンチックの呪縛が解けたかのような玉置さんのボーカル!こんなバリバリのロックバンドがほかにあるのか当時もあったのかと思うくらいです。
曲はAメロ、Bメロとほとんど変わらないアレンジで進みますが、コード進行の変化で曲の展開を感じることになります。「遠い」感覚を表現するためでしょうか、Bメロにわずかにボーカルにエコーが掛けられています。そして唐突にイントロの破れストリングスが響き、曲は一気にサビに突入します。なんという展開の速さ!「ワインレッドの心」のころからそうなんですが、安全地帯は数小節でさっさと次の展開をすることにまるでためらいがありません。
Lonely Far〜とコーラスをまじえて(コーラスも玉置さんですけど)玉置さんがタイトルを歌いあげます。たぶんデモの段階では違う言葉だったのを、松井さんが選んだ意味深な「Lonely Far」に替えたんでしょうけども、ほんとに玉置さんが最初からそう歌って作ったんじゃないの?と思うくらいハマってます。実はもともと「Lonely Girl」だったんだよねーそれを五郎ちゃんがこういうとんがった歌詞に替えてくれたんだよー、とかだったらコケちゃいますけど。「きみは眠る」で一気にシリアスな世界にダイブさせられたばかりのわたしたち、間に「情熱」をはさんだとはいえ、ここで「Lonely Girl」では納得がいきません。なんだった!あのズシズシベースは〜!と歌いたくなります。
曲は間奏、重厚なリフの後、オールド風のロックに非常に似つかわしいペンタトニック中心のギターソロでキュインキュインとキメて、二番に入ります。マジでどうしちゃったの安全地帯!矢萩さんと武沢さん、ヴィンテージのギターとアンプでも買って試したくなったんですかと思わせるくらい、従来の安全地帯にはなかったアメリカン・オールドスタイルでギンギンに(当時でもすでに死語)攻めてきます。2010年代なら流行りのサウンドにもオールド回帰趣味がなかったわけではありませんでしたが、1990年ではホントに古いだけの感じがしたものです。この一点だけでも、いかに安全地帯がものすごいかよくわかります。20年も30年も先を行っていたのです、彼らのこの生々しいサウンドへの回帰は。
さて歌詞ですが、冒頭でもすでにいくらか書きましたように、1990年当時は、まさに激動の世界情勢だったのです。89年のベルリンの壁崩壊以前に、すでに前兆はありました。レーガンとゴルバチョフの会談で、たしか中距離核ミサイル全廃が約束され、マジで冷戦が終わるんじゃないかと思っていたところ、コマネチさんが亡命したかと思いきや東ヨーロッパの国々が次々と崩壊、共産圏を離脱し、そこへピクニック事件からベルリンの壁まであっという間でした。このわずか二〜三年後にはソビエト連邦が崩壊するという、とんでもない出来事がほんのわずか数年間の間に起こったのです。わたしの地球儀はもうただの球体になりました。さぞかし地図屋はもうかったに違いありません(笑)。それ以降にお生まれになった若い人だとこの時の衝撃はわかりにくいでしょう。現代で同じレベルのことが起こるとしたら、アメリカ合衆国解体・都道府県制に移行、くらいの出来事だったのです。
たくさんの手が壁まで壊す……もうベルリンの壁は意味がありません。かつては越えることのできない政治体制の壁で、無理に超えようとすると国境警備の兵隊さんに撃たれて壁のシミに化けることを覚悟しなければならない壁でしたが、そのときはすでにもう誰も銃を構えていませんでした。そこへ市民が殺到し、ツルハシを入れ、解放の象徴として実際に壊していったのです。翌日の新聞には、「イエーイ!」でドヤ顔の若者が大きく一面に写っていました。きっと単なるその場のノリで群がったお調子者だったんだとは思うんですけど(笑)。世界中のマスコミが彼らの笑顔を取り上げたのでした。
そして、その後数年は、マジで「いつもどこかで歴史が変わる」でした。ほんの10年くらい前にモスクワ・オリンピックのボイコットで全盛期の瀬古が出場できなかったくらい雰囲気悪かったのに!あのときの緊迫感はいったいどこへ!そしてなにより、ここが松井さんの慧眼のすごいところなんですが、すでに多くの人々がそれを他人事・どうでもいいことと感じるようになってしまっていたのでした。
「ここではすべてが遠い」って、遠くていいじゃないですか、平和なんだから!「みんなビデオを楽しみすぎて」(時代によりDVDとかSNSに変わります)って、楽しいんだからいいじゃないですか!わたしたちはいまベルリンの壁崩壊や環境問題を他人事として気にせず暮らせているんですよ!こんなにいいことはないじゃないですか。
でもそれは、寂しい、Lonelyなことなんだ、Farなのは安全だということかもしれないけれども、そのかわり失われているんだ、世界の一員として大事な何かが、という、これは松井さんからのメッセージなのです。
あれから30年、わたしたち日本人もおそらく三割くらいは寿命で入れ替わり、当然世界でも同じような世代交代が起こったのでしょうけども、あの共産圏崩壊という大事件を当事者として経験した経験していないの違いを、わたしたちは本当の意味では知らないままです。どっちがいい悪いではないかもしれませんが、自由の意味を、少なくともあのとき共産圏崩壊で知ることのできた東欧人の知る意味では、わたしたちは知らないままなのでしょう。
知りたいこと、聴きたいもの、したいこと……わたしたちは自由に知ったり聴いたり行ったりできるはずです。それなのに何も知ろうとせず、聴こうとせず、しようとせず……いや、しない自由を行使してるだけなのかもしれませんけども、あまりに消極的・受動的な態度です。「夢を逃げ」る自由ももちろんあるのですから、逃げていいんですけども、「どうしたいのか」と玉置さんに迫られても「え?あ、いえ、その、別に……」という態度になりがちな自分が寂しくなります。これは、あまりに贅沢な自由の行使です。贅沢なのに、あまりにLonelyです。もめごとからLonely Far、面倒からLonely Far、そして自由からLonely Farなのです。
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そう、当時はそれが現実でしたからこりゃ大変だーありゃまた大変だー、と思ってましたが、いま振り返ると笑えてくるくらいドミノ倒しだったんです。わたしらには政治的にはなにもできませんからどうしようもないですし、別に共産圏が崩壊したからわたしらの生活に何ってことはなかったので、当時全盛だったレンタルビデオ屋でオモシロ映画でも借りて観ていたのですね。これまた不謹慎ですが、昭和天皇の崩御や湾岸戦争もその頃で、テレビがぜんぶそればっかりでしたので、TSUTAYAが激混みでした(笑)。唯一テレビ東京だけ「ムーミン」やってましたけど、ムーミンばっかり観てられませんもんね。
フードロスやばいですか!わたしたちLonely Farですね、じつは自分たちの首を締めているかもしれないのに!自分の命からもLonely Farじゃしょうがないですねーわたしたちが農業やったり輸送したり調理したりする過程で使用する石油のカロリーと、それで食べることのできるもののカロリーでは、石油のカロリーのほうが大きいと聞いたことがあります。石油食えばいちばん効率いいんですけど(笑)、そうはいきませんもんねー。あげくにそうしてできた飯を捨てているんですから、救いようがないです。飯からもLonely Farです。
そんなすごい時代だったとは初めて知りました。衝撃を体験してみたかったです。重大なことが立て続けに起こりすぎてて、不謹慎ですが逆にちょっと笑ってしまいました。それを知って聴くと違って聴こえますね…。
あと、ビデオってビデオ撮影か何かと思ってて、なんのことだろう?って思ってたのですが、撮る方じゃなくて見る方だったんですね!謎が解けました。ありがとうございます!
一昨日にテレビでみたのですが、フードロスの問題をあと10年で解決しないと地球ヤバイらしいです。でも先進国の人達はそのことに無関心で気付いてないんだそうです。そんな感じですよね。
他の記事も今読んでるので、また楽しみにしてます!!
長文すみません。
記事を楽しんでいただいていると伺い、奮い立つ思いでおります。どうぞ今後もよしなに!
考察が深い自信はございませんが(笑)、妄想が暴走している自覚だけは誰にも負けないつもりでおります。さあー頑張って妄想するぞー。年度が変わる前に『夢の都』を終えられたらと思っております。