『安全地帯VII 夢の都』七曲目、「…もしも」です。
「さすが安全地帯という曲だね」「そ、そう、いい曲だね」
この曲が「さすが安全地帯」?当時はちょっと彼の安全地帯イメージがわかりませんでした。しかし、いまはわかるような気がします。アルバム内の立ち位置(曲順やアルバム展開上の役割によってわたくしが勝手に思い込んでいるもの)といい、全編に響き渡る哀愁のアルペジオといい、まるでかつての「消えない夜」です。
しかし!当時もいまも!この曲には「消えない夜」とは決定的に違う要素があって!それこそがこの曲の独自性を!際立たせて!いるのです!他の曲とちがうのは当たり前なので、何も言っていないに等しいんですが(笑)。
「消えない夜」はひたすら甘ーい、ロマーンチックな、それなのになんだか勝手にすこし悲しがっているような、いかにも(幸せ寄り系の)若者の曲なんですが、メンバーも主たるリスナー層も三十を超えた時期に放たれたこの曲は、ロマンチックでありつつも、人生の渋みを覚えた悲しみ・哀愁をズドンと叩き込んできます。まだまだティーンエイジャー真っ盛りだったわたくし、ポテトチップスとコーラでも与えておけば静かにしてるのに、ウドの酢味噌和えを喰わせて日本酒を勧めるみたいなもので、その魅力がわかるはずもなかったのでした。このあたり、この『夢の都』と次の『太陽』は、正直わたくしと安全地帯との咬み合わせがうまくいかず、これまでのアルバムよりも理解に時間と聴き込みを要したことを覚えています。
『プルシアンブルーの肖像』時代のBananaよろしく、不穏な音のシンセで始まる曲、なにやら高音の悲しげな旋律にバスドラとリムの音が重なり、遠くからギターのアルペジオが近づいてきます。とてもラブソングには思えません。
玉置さんのボーカルと、なんだか久しぶりな気がするズドオーン!とした六土さんのベースが入り、歌の本番!って感じになるんですが、歌詞が謎めいていて正直よくわかりません。とっくにティーンエイジャーじゃなくなって、あの頃のメンバーのトシもはるかに超えたわたくし、いまだにわかってないようです。まだまだ修行が足りませんが、もう修行できる年齢でもなくなってますので(笑)、謎のままかもわかりません。ここはひとつ、頑張って妄想してみたいと思います。
「消えない夜」の時代は、まあー、言ってみれば若さだけでもくっつくことができていたわけですよ(やけくそ)!でもそれだけじゃうまくいかないってことが、だんだんわかってくるんですね、悲しいことに。だって、ちょっとは後先見えるようになってきますから。後先が見えるってことは寂しいことで、恋愛ひとつとってみても、ああ、こりゃうまくいかないなーと、思ってしまうんです。若いころは、うまくいくってことがどういうことか、よくわかってませんから突っ走れるんです。その楽しさは強烈で、三十をとうにすぎたわたくしでも、うっすら覚えているくらいです。でもまあ、あの時代に戻るかといわれたら、一週間くらいなら戻ってもいいけど基本的にはイヤです(笑)。だって身もメンタルももたないもん!
「あの海に帰」るとは、そんな時代に戻ることであり、たまには戻りたい人もいるのかもしれません。戻りたくても戻れない……寄せては返す波のようなアルペジオが、あの時代、みつめあって、胸の音をたしかめあったあの時代を思い出させますが、けっして戻れないとわかっているふたりは、あの日々をもちろんよく覚えていて、あの頃みたいだね、いまあの頃に戻ったらいいのにね、でもそれはできないね……さみしいね……と、悲しき心の会話を交わすのです。なんてこったちくしょう、ヘビーなロマンチックさじゃねえかよ!(笑)
歌は二番に入りまして、さらにヘビーさは増します。かつて彼女がたわむれた潮風を思わせるゆびさきが風に踊ります。ああ!あのゆびさきは……そうだ、だからあのとき、ぼくは君を愛したんだった……とかなんとか、よくわからない思い込みが脳裏をよぎります。あの頃、砂浜で見た満天の星空は、いまはありません。いまあの星空の下にいたなら、ぼくはそのゆびさきに触れ、そして、引き換えにあの思い出たちをすべて失ってもいい、もう離さないと誓おう、などとうっかり決心してしまいそうなくらいムードが高まります。もちろんいま星空はないので難を逃れますけども(笑)、かわりに夜景を見に行こうかといわないくらいには後先が見えるお年頃になってしまったのです、ふたりともが。
思わず、涙がこぼれます。その涙は、ふたりが過ごした日々が無でなかったことを意味するものですが、すでにいかんともしがたいのです。かつてはその涙のためにすべてを賭けてもいいと思った「夢」は遠く、すでに涙は涙でしかないと知ってしまった、知りたくなかったのに知ってしまったのです。悲しいことですが、ひとは泣けるのです。それが決定的な意味をもたなくても泣けるのです。若い頃なら、そのいちいちが決定的な意味をもっていたのと同じ熱さで、いまでも泣けてしまいますし、それはけっしてウソ偽りではありません。ですが、それは閾値を超えたというだけのことであって、閾値を超えた経験が少なかったころにはそれが決定的な意味をもっていたというのにすぎなかったと、知ってしまうときが来るのです。
曲は慟哭のギターソロ、きっと武沢さんのガットギターでしょう、「夕暮れ」のトーンを思わせる美しいギターソロです……続けて、玉置さんのボーカルが全開で最後のサビを歌います。「好きだ」と、安全地帯にはごく珍しいワードをここで投入して!いや、シングル「好きさ」はごく例外的なことでしたんで、ここでは忘れてください(笑)。
その涙は、無意味ではありません。ですが、ふたたびかつての「夢」をみられることを意味する涙なのか……なんで泣くのさ、涙の意味を教えてよ、と思っていた時代ではすでにありません。意味は分かっているんです。その意味が、どこまで現実の生活を変えるものなのかを知りたいのです。イヤですねえ、でももう後先見えない恋はできないんだから、しかたないじゃないですか。その程度の夢は要らないのです。きっとふたりはこのあとはなれて、現在の生活に戻らなくてはなりません。でも、たしかにはなれたくないと、それだけの意味はその涙にはあったのですが……はなれるのです。
そしてさらにここで、今度は矢萩さんのギターソロ、これまた慟哭モノの悲しい旋律を、粘っこいトーンでこれでもか、これでもはなれるのか……うりうりと、ひとの涙腺を刺激してきます。そして曲はフェイドアウトしていきます……。
ただ心のままに愛すればよかった日々は遠く去り、愛の深さを知り、ときめきざわめきには知らぬふりをしなくてはならなくなった人生のステージにあっても、たしかに涙はこぼれ、ひとときの夢をみる……この悲しみ・寂しさを、「消えない夜」の日々も遠くなり大人になった安全地帯がそのスペシャルな表現力で描いてくれたのです。しかし、よくよく考えてみれば、「消えない夜」から、わずか五年しかたっていませんでした(笑)。久しぶりにメチャクチャな恋愛妄想を書き散らしてから気がついても、すっかり後のカーニバルです。この五年にどれだけの辛酸を玉置さん、メンバー、松井さんがなめたか……若者の五年はおじさんの五年とは違うのです、と取り繕っておきます。
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