『安全地帯VI 月に濡れたふたり』一曲目、「I LOVE YOUからはじめよう」です。
「なくさないで夢を」と、一曲目から熱く呼びかけてくる人生応援ソングなんですが、ぜひアルバム最後に呼びかけてほしかった……ような、ほしくなかったような……です。アルバムの最後は「Too Late Too Late」ですから、やるせないことこの上ありません。この二曲がシングルのA面B面だったのですから、何かの思惑があるのだろう……と、安全地帯活動休止の間、わたしは信じておりました。このまま終わりなんてことはない!と。これが逆で、「I LOVE YOUからはじめよう」でアルバムを終えられていたら、ほんとにこのままサヨナラなんだ!という気持ちにもなったかもわかりません。それくらい、この曲は花向け感が高く、強く心に訴えかけてくる「ガンバレ!」メッセージを持っているのです。
わたしの把握している限りこの頃玉置さんの精神状態は不安定で、もし安全地帯が2000年代のバンドだったら、きっとホームページTOPに「メンバーからの大切なお知らせ」が不穏に掲載され、「僕たちはそれぞれの道を歩んでいくことにしました」とかなんとか絶望的なニュースがオルゴール調の「I LOVE YOUからはじめよう」のMIDIファイル付きで流されたに違いないのです。ああよかった、80年代のバンドで(よくはない)。
さて、この曲ですが、「どーだい」系統のいわゆる「エレキギターバリバリ」の曲で、ベースもドラムもズシズシと重く、ハードな仕上がりとなっています。ブラスが入り「どーだい」よりゴージャスな印象になっていますが、この頃にはライブでは「どーだい」にもブラスが入ってますから、似たような思想で作られた曲だということがわかります。
「どーだい」の記事では、わたくし圧倒的に「どーだい」を支持し、「どーだい」が関白太政大臣なら「I LOVE YOUからはじめよう」「情熱」はせいぜい右大将左大将だなどと書きましたが、右大将左大将は慣例的に右大臣左大臣が任ぜられることになっておりましたから、そんなに格の違いがあるわけではないのです。あ、いや、あのときは「I LOVE YOUからはじめよう」の記事を書くときのことを考えていなかったというか、そのせいでいまこの曲を目一杯持ち上げるプレッシャーに苦しんでいるというか、やや複雑な気分なのです。好みの問題、ましてや何十年も安全地帯を聴き続けてやや音楽の好みが偏っている人間の言うことですから、あまり気になさらず、あ、それだとこのブログ全体を気にせずということになってイヤだな、うーん!困った!ともかく、名曲であるのは間違いございません、自信をもってオススメしてまいりたいと思います!こうやって歯切れの悪い言説がネット上にあふれてゆくのですね(笑)
しょっぱな、一瞬ギターで弦の上で手を滑らせ、「ギュイン!」と音が鳴ります。ギターを弾く人ならなんの練習もせずに自然にできるようになっている技法で、もう名前も忘れましたけど、これが効いてます。同様の技法を使用した他の曲を全く思い出せないほどです。これからスピード感あって重い曲が始まるぜ!用意はいいかい?とバンドから問いかけられているように感じられるのです。
深く歪ませたギターと、重いリズム隊にブラスと鍵盤を加えた前奏で、玉置さんがときおり叫ぶ構成になっています。ライブの映像を観る限りこの頃には「熱視線」や「真夜中すぎの恋」なども似たような構成になっていますから、これがこのときの安全地帯ではわりとスタンダードになっていたことがわかります。そりゃ、いつもこういうふうに演奏していたら、こういうふうなアレンジが浮かんでくるわな、という板についたフルバンドぶりです。
玉置さんは「安全地帯は五人なのに、ステージに十五人もいたんだから絶対におかしい」と振り返っていますけれども(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、バナナや中西さんを切れるか?ホーンセクションなしで最近の曲を含めたセットリストを組めるのか?等々の事情は、振り切ってぜんぶ白紙にするにはあまりに重いと言わなくてはなりません。
歌に入り、武沢さんはクリーントーンのアルペジオに切り替わり、矢萩さんはディストーションの歪みのまま、いつもの安全地帯ツインギターに戻ります。六土さんはひたすらルート弾き、田中さんは、たぶんですが四拍でバスドラ踏みっぱなしでズシズシと押してきます。玉置さんが「極端に加工した」とおっしゃるドラムの音は、シンバルを「ブシュー!!」という感じに圧縮しているんだとは思うんですが、それ以外はこの曲ではそんなに不自然な感じはしません。ふだんのカラッとした感じがやや弱い感じはしますから、ハイを弱めにしたとか残響を強めにしているとか何かはしているんだと思いますけども、そこまではわたくしにはわからないです。
歌詞ですが、松井さんはいつものことながら確信犯です。バンド内の雰囲気悪化を明敏に察知し、どうしたんだみんな!これまで辛いことが山ほどあっても同じ夢のために一致団結して頑張ってきたんじゃないか!心を開いてもう一度夢のつづきを追いかけるんだ!というメッセージを、リーダーでありつつ一番年下の、かつ一番のトラブルメーカーである玉置さんに歌わせるのですから、バンド崩壊を誰よりも悲しみ、誰よりも崩壊を食い止めようとしていたのは松井さんだったと言えるでしょう。そんな事情はもちろんリスナーには関係のないことです。ましてや、30余年を経て、なんのことを歌っているのかは他から伺い知れなくなった今では、強力な人生応援歌としてそこにある、という格好になりました。ここではなるべく当時の雰囲気を想像して書いてみることにしますけども、あくまで想像ですから、なんの確証もございません(笑)。
風の中でみんなで見ていた夢は、かぎりないもので、アルバムがオリコン一位になるとか、武道館とか横浜スタジアムとかでコンサートができたとか、それはそれでうれしかったかもしれないけれども、そんなので終わるような夢じゃなかったはずなんだ!マジソンスクエアガーデンでやれれば満足とかそういうことでもなく、もっとこう……人生の深淵にある真実というか……すべての命を救いたいというか……(『サルでも描けるマンガ教室』で竹熊さんにさんざん馬鹿にされるパターン)何だかわからないけど、そういう永遠のテーマに挑戦したいじゃん!
というのは、安全地帯はもう、当時の日本のロックバンドとしては、普通に考えられるありとあらゆることを実現してしまっていますので、取り組むとしたらそういう夢しかなかったはずだからです。いってみれば状況証拠的なものにすぎませんが、永遠のテーマ的なものに挑戦するとか、あるいはテーマも夢も目標も関係なく、ただこの五人で音を出し続けたい、音楽を作り続けていきたいという動機がなければ、とてもこの先活動を続けられないくらい、成功してしまったのです。矢萩さんはソロシングル・ソロアルバムをリリースしますし、ほかのメンバーもそれぞれ活動をしますから、どちらかといえば「永遠のテーマ」的なほうに行くんでしょうけども、悲しいかな、五人が向いていた方向はそれぞれ別方向だったのだと考えます。わたしが確認できる限りの音源では、安全地帯的な音を作っていたメンバーは一人もいないからです。「もう一度始められる明日」は、バンドとしての明日ではなく、五人それぞれの違った明日であり、「涙の向こうに」探した答えは、さしあたり五人とも違ったのです……。
「I LOVE YOU I LOVE YOU I LOVE YOU」と玉置さんは力を振り絞り、メンバーたちに愛を訴えかけます。それは松井さんの言葉ではあったのですけれども、玉置さんの言葉でもあったのでしょう。未来からみれば、安全地帯は同じメンバーでこの後三十年以上たっても存続していることからみても明らかです。デビュー前から計算すると半世紀とかやってるんですから、LOVEにもほどがあります。戦国時代の武田軍団よりも固い絆で結ばれているんじゃないかと思えるほどです。
「どーだい」は玉置さんが失恋から立ち直るのを応援する歌、そしてこの「I LOVE YOUからはじめよう」は、崩壊しつつある安全地帯を支えようともがく歌、だとすれば、どちらにも同じくらいのやさしさと一生懸命さが松井さんから注がれていたにちがいないのです。三十余年の月日が流れ、それらはいずれも、苦しむ人たちを救う歌になりました。イエスの愛はおそらく家族、同朋、その周辺の人々、そしてのちに使徒と呼ばれることになった人たちへと注がれていたのでしょうけども、2000年の時を経てその言葉たちは人類を救う言葉となったのに似ています。宗教戦争?アーアー聞こえない。
MIASSツアーのDVDはこの曲で終わり、この後「五人はそれぞれの道を歩み始めた」というテロップが示されます。なんという皮肉でしょう。ライブCDを聴く限り、このあとさらにアンコールが数曲あったのに、あえてここで切ったとしか思われない編集になっています。もちろん皮肉のつもりはなく、復活を願ってそうしたのだと信じたいです。
そしてDVDではラストの曲になったこの曲の本当にラスト、田中さんを除く四人が横並びになり、玉置さんの傍らで武沢さんがソロを弾きます。スタジオ盤では間奏にソロはなく、アウトロもソロなしフェードアウトですから、ここにソロがあるという発想がなく、映像を観て驚いた記憶があります。このソロの悲しく、情熱的で、美しいことといったら!物語を終わらせる気満々に聴こえて仕方ないソロです。アルバムの最初に入れる曲でこんな終局感あふれるソロがあっちゃいけませんので、カットされたんじゃないかと思うくらいです。きっと武沢さんにとってはふつうのソロなんでしょうけども、わたくしこのソロに圧倒され、「きっとこのメンバーでやるのは最後、このボーカリストの横で弾くのは最後になるだろう」と思われるときには、かならずこのときの武沢さんを思い浮かべ、一生懸命ソロを弾くようになりました。そのうち半分くらいはうまくいかず途中で心が折れそうになるんですけども(笑)、武沢さんの表情を思い浮かべて必死に立て直しを図ってきたのでした。いま隣で最後の歌唱を聴かせてくれているボーカリストでなくて武沢さんの顔を思い浮かべているあたり、惜別の情よりも武沢さんになりたくて必死な気持ちが強いだけだと自分でわかってしまいました。うーむ。
価格:1,284円 |
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きっとそのころは、安全地帯が休止していた約10年の、あのころだったのでしょうね。あの頃、安全地帯の音だけがそこにあり、いつでも聴けるのにとても寂しい思いをしておりました。メンバーはみんな同じ日本にいたのに、バンドが動いていないってこれほどさみしいことなんだと。
ぜひぜひこのアルバムを楽しみましょう!わたくしも記事を……最短でも二ヶ月くらいかかりますけども(笑)。
と今さら膝を打ちました。
かつて実家のCDラックにあったこのアルバムを気に入ってしつこく聴き倒した中学生時代、発売からは既に数年経った頃で…
当時の安全地帯の動向を知りもせず知ろうともせずでおりました。
時を経て納得。
長年のリスナーでありながら一貫してボーッと聴くだけの自分ですので、トバさんの解説の中に数々の発見があります。
久しぶりにこのアルバムを楽しもうと思います。