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2022年01月26日

初めての抗がん剤

ステージ4の抗がん剤治療

母は合計で6回、抗がん剤治療を受けました。

母は肺がんで、脳に転移していた。

ステージ4・・・その告知は母本人にとっても家族にとっても、とても辛いものとなりました。

抗がん剤治療を受けるか受けないかで悩んだ日々…と記憶しているけれど
きっと、母の心の中では治療を受けることは決まっていた。

しかしながら、医師や周りからいやでも入ってくるネガティブ情報がそんな母の心を阻害していたのも事実。

最後の意思確認の時の母のセリフは
「やらなきゃしょうがない」
そんな感じのセリフだったと記憶しています。
母は抗がん剤治療を受けることを自分で決めました。


アリムタ + カルボプラチン(ペメトレキセド) 

母が唯一投与した抗がん剤です。

2015年同時、非小細胞肺がんに投与される
代表的な抗がん剤療法の一つ(導入療法)

投与回数は全部で6回でした。

投与方法は点滴で
一度の治療時間は10分程度。

1クール21〜28日で、投与後10日目から16日目くらいの間は白血球や、血小板の数値が減少・低下し、免疫力が下がるため、
外出を控えたり、マスク着用や食事の制限(生もの注意等)があります。


抗がん剤を投与した日

投与した初日のことは良く覚えています。

抗がん剤投与初日は、母はまだ入院。

初回の投与は、何が起きてもすぐに対応できるように…と、入院投与はガイドラインで決められていました。

その日は、仕事中から落ち着かなくて、時計を見ながら独りでドキドキしていました。

仕事を終えると、一目散に病院へ駆けつけました。

母はきっとベッドで寝ているだろう・・・

ゲロゲロ吐いていたら、なんて声を掛けようか・・・

ひどい口内炎が出来て話も出来ない状態だったら・・・

悪い妄想しかできませんでした。

実際は、病棟に着くとすぐに母が居ました。
ケロッとした表情でした。

何しているかと聞くと、身体がなまるから歩いていたという。

こちらの心配をよそに、母は既に夕飯も終えていた、という肩透かしのような結果でした。

その後、5回の投与を受けた母。
もちろん、治療期間中は副作用もありました。

吐き気、倦怠感、舌の痺れ、味覚の変化・・・

それらは投与した日よりも、翌日から2週間後位に集中していたように思います。


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緊急入院した母が,非小細胞肺がん(腺癌)「ステージ4」を宣告され、1年後に他界・・・母の闘病中の記録や、がんに関することを中心に記事にしているブログです。
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