新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2021年10月30日
続・遠足
遠足と言ってもコロナ禍の遠足。
バス内では飲食禁止はもちろん、話をすることすら制限された。
今年は「おやつのない遠足」であり、「バスレク」もない。
バス内では、ひそひそ声は聞こえるが、運転席から流れる音楽ばかりが響く。
それでも久しぶりの外出に、彼等は大喜びである。
昼食時、他校の団体と一緒になった。
コロナ感染が少し収まりを見せている昨今、この時期に遠足をする学校は多いのだろう。
観光地に行った他の学年も、昼食場所に苦労したとのことだ。
どこの学校の生徒も、遠足を楽しみにしていたようだ。
近隣では折しも紅葉シーズン。
赤や黄色の木々たちが、楽しさにさらに彩りを添える。
…そう思うのは、年寄りばかりかも知れないが、やはり青空と紅葉の対比は美しい…。
体力の落ちている私は、最後の見学地の頃には、足が痛くなってきた。
疲れもピークに達し、一人、まどろみに浸っている時間もあった。
熱帯の魚を展示している水族館は、温室のようだった。
その温度差も、疲れを一層引き立ててのかも知れない。
先ほどの極寒が嘘のようだ。
南米の大きな川魚が、大水槽の中を回遊している。
今回の遠足も、私は撮影係。
彼等生徒達の生き生きとした一瞬を切りとることができたかな?
彼等は中1。卒業時には高3だ。
今の姿は、今だけの宝物。
その姿を残し、いい思い出として残してあげるのも、私たちの仕事の一つだろう。
「この写真、保護者も欲しいだろうな…」、と思いつつ、私はほくそ笑む。
バス内では飲食禁止はもちろん、話をすることすら制限された。
今年は「おやつのない遠足」であり、「バスレク」もない。
バス内では、ひそひそ声は聞こえるが、運転席から流れる音楽ばかりが響く。
それでも久しぶりの外出に、彼等は大喜びである。
昼食時、他校の団体と一緒になった。
コロナ感染が少し収まりを見せている昨今、この時期に遠足をする学校は多いのだろう。
観光地に行った他の学年も、昼食場所に苦労したとのことだ。
どこの学校の生徒も、遠足を楽しみにしていたようだ。
近隣では折しも紅葉シーズン。
赤や黄色の木々たちが、楽しさにさらに彩りを添える。
…そう思うのは、年寄りばかりかも知れないが、やはり青空と紅葉の対比は美しい…。
体力の落ちている私は、最後の見学地の頃には、足が痛くなってきた。
疲れもピークに達し、一人、まどろみに浸っている時間もあった。
熱帯の魚を展示している水族館は、温室のようだった。
その温度差も、疲れを一層引き立ててのかも知れない。
先ほどの極寒が嘘のようだ。
南米の大きな川魚が、大水槽の中を回遊している。
今回の遠足も、私は撮影係。
彼等生徒達の生き生きとした一瞬を切りとることができたかな?
彼等は中1。卒業時には高3だ。
今の姿は、今だけの宝物。
その姿を残し、いい思い出として残してあげるのも、私たちの仕事の一つだろう。
「この写真、保護者も欲しいだろうな…」、と思いつつ、私はほくそ笑む。
2021年10月29日
冬山登山
中1の遠足で近隣の山に登ったのだが、今日は冬山登山になってしまった。
ここ数日は温度が高く、冷え込みが少なかったのだが、今朝は山では強風になった。
気温は氷点下ではないが、風速は20m以上。
私は、「どうするつもりかな…」と思ったが、学年主任の英断により実施することになった。聞けば、危険があったら、引き返そうの思っての決断らしい…。
この時期、半袖で登れる時もあるので、服装が難しいのだ。
バスで山に近づくにつれ、山は雲の中に入った。
そこに強風が吹く。
雪はほとんどないが、強風で岩についた霧氷が飛んで来る。
「何か痛いな…」、と思ったら氷だった。
降雪はなかったのが不幸中の幸い。
それでも、油断すると体を風に持って行かれる…。
マスクは風でゴムが伸びる。
普通なら三十分ほどで登れる山も、途中で全員で休息。
安全と、体力を確認し、再び登頂を目指す。
「ここまでくれば7割は登ったようなもの…。」
と、主任が生徒たちを励ます。
過酷な環境下で、生徒たちは緊張している。
だが、その緊張が必死さになり、普段よりまして力が増す。
山頂についたときも、強風は続き長居はできなかった。
雄大な景色はのぞめず、霧の中。
山を下り始めて中腹に来た頃、空が晴れた。
下界の雄大な姿が見えた。
「こんな景色だったんだ…。」
と感動した生徒たちは、さらに興奮状態。
アドレナリンマックスの彼等は、歌を歌い出す生徒もいた。
すごい経験だった。
苦しみの中に生まれた、新しい喜びの体験になった。
バスの中は、一瞬で静かになった。
皆、安心しきった顔で寝ていた。
ここ数日は温度が高く、冷え込みが少なかったのだが、今朝は山では強風になった。
気温は氷点下ではないが、風速は20m以上。
私は、「どうするつもりかな…」と思ったが、学年主任の英断により実施することになった。聞けば、危険があったら、引き返そうの思っての決断らしい…。
この時期、半袖で登れる時もあるので、服装が難しいのだ。
バスで山に近づくにつれ、山は雲の中に入った。
そこに強風が吹く。
雪はほとんどないが、強風で岩についた霧氷が飛んで来る。
「何か痛いな…」、と思ったら氷だった。
降雪はなかったのが不幸中の幸い。
それでも、油断すると体を風に持って行かれる…。
マスクは風でゴムが伸びる。
普通なら三十分ほどで登れる山も、途中で全員で休息。
安全と、体力を確認し、再び登頂を目指す。
「ここまでくれば7割は登ったようなもの…。」
と、主任が生徒たちを励ます。
過酷な環境下で、生徒たちは緊張している。
だが、その緊張が必死さになり、普段よりまして力が増す。
山頂についたときも、強風は続き長居はできなかった。
雄大な景色はのぞめず、霧の中。
山を下り始めて中腹に来た頃、空が晴れた。
下界の雄大な姿が見えた。
「こんな景色だったんだ…。」
と感動した生徒たちは、さらに興奮状態。
アドレナリンマックスの彼等は、歌を歌い出す生徒もいた。
すごい経験だった。
苦しみの中に生まれた、新しい喜びの体験になった。
バスの中は、一瞬で静かになった。
皆、安心しきった顔で寝ていた。
2021年10月28日
この世の修行
人は、両親を選んで生まれてくる。
これが霊的な真実だ。
人間は、この世で肉体をまとい、死後、またあの世に還っていく。
子どもはしばしば、「好きで生まれて来たんじゃねぇ」、などと親に悪態をつくが、これは間違いである。
どのような家庭であっても、その環境が厳しく、難しい人生になろうとも、あの世から親を選んで生まれてくるのだ。
当然、厳しいということも自覚し、その中で、どれだけ「人生修行として、その環境のなかで心を磨くことができるか」、に賭ける。
先日、友人の先生から悲しい話を聞いた。
高校生の女子なのだが、度重なる不特定多数の男性との売春により、学校を退学になったのだという。
彼女は祖母に育てられている。
法的には祖母が母親なのだそうで、実の母親は知的障害で養育能力がない。
また、定職につくこともままならず、それでいて、実の父ではない、気に入った男性とつき合ったりしている。
そんな風だから、母親代わりの祖母は、自ら働き学費や生活費を稼ぎ、彼女を一人で育てているのだという。
彼女が校長より学校をやめなければならないことを告げられたとき、祖母は彼女を一切攻めなかった。そればかりか彼女を抱きしめ、「あなたは何も悪くないの。ちゃんと見てあげられなかった私が悪いの。淋しかったのよね…」、と泣き崩れた。
彼女のためにすべてを尽くした祖母だったが、結局学校をやめざる得なくなったという。
こんな厳しい家庭環境であっても、彼女は両親を選んで生まれて来た。
「その中で学ぶことがある」、と判断し、チャレンジしたのだ。
まだまだ人生は長い。
その中でも挽回はできるだろう。
学校は辞めざる得なくなったが、どこかの学校に編入し、高校卒業はできるかも知れない。
「何にもしてあげられなかったんだよね…。」
私に話してくれた先生は、そう呟いた。
人はいろいろな環境の中で人生修行をしている。
この出来事も、さまざまな人にとっての学びと経験となっているのだ。
眞子様にしても、選んで秋篠宮家に生まれてきたはずだ…。
これが霊的な真実だ。
人間は、この世で肉体をまとい、死後、またあの世に還っていく。
子どもはしばしば、「好きで生まれて来たんじゃねぇ」、などと親に悪態をつくが、これは間違いである。
どのような家庭であっても、その環境が厳しく、難しい人生になろうとも、あの世から親を選んで生まれてくるのだ。
当然、厳しいということも自覚し、その中で、どれだけ「人生修行として、その環境のなかで心を磨くことができるか」、に賭ける。
先日、友人の先生から悲しい話を聞いた。
高校生の女子なのだが、度重なる不特定多数の男性との売春により、学校を退学になったのだという。
彼女は祖母に育てられている。
法的には祖母が母親なのだそうで、実の母親は知的障害で養育能力がない。
また、定職につくこともままならず、それでいて、実の父ではない、気に入った男性とつき合ったりしている。
そんな風だから、母親代わりの祖母は、自ら働き学費や生活費を稼ぎ、彼女を一人で育てているのだという。
彼女が校長より学校をやめなければならないことを告げられたとき、祖母は彼女を一切攻めなかった。そればかりか彼女を抱きしめ、「あなたは何も悪くないの。ちゃんと見てあげられなかった私が悪いの。淋しかったのよね…」、と泣き崩れた。
彼女のためにすべてを尽くした祖母だったが、結局学校をやめざる得なくなったという。
こんな厳しい家庭環境であっても、彼女は両親を選んで生まれて来た。
「その中で学ぶことがある」、と判断し、チャレンジしたのだ。
まだまだ人生は長い。
その中でも挽回はできるだろう。
学校は辞めざる得なくなったが、どこかの学校に編入し、高校卒業はできるかも知れない。
「何にもしてあげられなかったんだよね…。」
私に話してくれた先生は、そう呟いた。
人はいろいろな環境の中で人生修行をしている。
この出来事も、さまざまな人にとっての学びと経験となっているのだ。
眞子様にしても、選んで秋篠宮家に生まれてきたはずだ…。
2021年10月25日
個人面談
中1で全生徒に個人面談をすることになった。
「今回は、どの先生と面談したいかを、学年団先生方から選んでもらいます。」
そう学年主任が告げた。
昨年度も、そのように面談をしたことがあり、私はこの方法を気に入っている。
学年の居候で、「ほとんど仕事をしないでぶらぶらしている私を指名する生徒などいないだろう…」、と思っていたのだが、三人の男子生徒が、私を選んだようである。
中1は、入学後半年以上経たないと関わりが深くならない…、というのが、私の感覚。
今そういう時期でもあるが、一方で、私は授業以外で、彼等と話をする機会がほとんどなく、また「積極的に好かれよう」とも思っていないので、彼等との関わりは薄い。
最近ようやく、少し関係ができてきたようではある。
担任や学年主任であっても、この時期、心の奥底まで打ち明けることができる生徒はそう多くない。
人間関係を築くには、相応の時間がかかるのだ。
私の場合、入学した生徒と関係が深まるのは、中1の冬くらいからだ。
今回、学年主任が学年生徒の半数近くを担当することになった。
彼の人徳により、きっと生徒たちをうまく導いていくのだろう。
本当に尊敬できる先生の一人だ。
私を指名したH君に、「面談しなきゃね…」と言ったら、「お願いします」ときた。
どんな話ができるか、私も楽しみではある。
教員ずらしないで、彼等に寄り添い、さりげなく手助けができるような、そんな面談になったらいいと思う。
近日中に行うが、それまで私自身のエネルギーも充電させておこう。
皆で生徒たちを護ってゆきたい…。
「今回は、どの先生と面談したいかを、学年団先生方から選んでもらいます。」
そう学年主任が告げた。
昨年度も、そのように面談をしたことがあり、私はこの方法を気に入っている。
学年の居候で、「ほとんど仕事をしないでぶらぶらしている私を指名する生徒などいないだろう…」、と思っていたのだが、三人の男子生徒が、私を選んだようである。
中1は、入学後半年以上経たないと関わりが深くならない…、というのが、私の感覚。
今そういう時期でもあるが、一方で、私は授業以外で、彼等と話をする機会がほとんどなく、また「積極的に好かれよう」とも思っていないので、彼等との関わりは薄い。
最近ようやく、少し関係ができてきたようではある。
担任や学年主任であっても、この時期、心の奥底まで打ち明けることができる生徒はそう多くない。
人間関係を築くには、相応の時間がかかるのだ。
私の場合、入学した生徒と関係が深まるのは、中1の冬くらいからだ。
今回、学年主任が学年生徒の半数近くを担当することになった。
彼の人徳により、きっと生徒たちをうまく導いていくのだろう。
本当に尊敬できる先生の一人だ。
私を指名したH君に、「面談しなきゃね…」と言ったら、「お願いします」ときた。
どんな話ができるか、私も楽しみではある。
教員ずらしないで、彼等に寄り添い、さりげなく手助けができるような、そんな面談になったらいいと思う。
近日中に行うが、それまで私自身のエネルギーも充電させておこう。
皆で生徒たちを護ってゆきたい…。
2021年10月23日
地区駅伝
前日の雨が上がり、朝から晴天になった。
今日は地区の駅伝大会である。
出る…、出ない…、の紆余曲折はあったが、結局男子チームだけ参加することになった。
メンバーのほとんどは、野球部員である。
入学以来、走らせている生徒達なので、駅伝に出場できる体力は十分にある。
私は今週部活動はすべて駅伝練習に切り替えた。
「駅伝練習、頼むね…」、と若手の先生に押しつけてしまったので、私は少しのんびりできた。
昨年の陸上競技場での記録会とは変わって、今回は例年のコースでの駅伝大会。
もちろん無観客である。
「今年は、繰り上げスタートがなかったんです。」
参加した生徒が言う。
「繰り上げスタートは、何となく屈辱的だからね…。」
コロナ禍でもあり、また学校事情もあり、今回は参加しない学校もあった。
また、事情により中3が参加してないチームもあった。
おかげで我が校はビリではなかったが、学校中で一番早いと言われる生徒を集めての参加にもかかわらず、地区ですら太刀打ちできないのは、何ともやるせない。
この地区は極めてレベルが高く、上位校は全国大会の常連なのだ。
それに引っ張られて、各校とも速い…。
やっぱり走り込みをしていないと、なかなかレースは難しい。
普段ならば、各校、春から練習するそうだが、さすがに今年はなかなかできなかっただろう。
我が校は、新人戦後の一週間だけ、試走も一回きり…。
「デットヒートしていて、面白かったですよ…。」
引率の先生も、参加生徒も、そこそこ満足しているようである。
こんな風に、地区行事も細々と行われている…。
今日は地区の駅伝大会である。
出る…、出ない…、の紆余曲折はあったが、結局男子チームだけ参加することになった。
メンバーのほとんどは、野球部員である。
入学以来、走らせている生徒達なので、駅伝に出場できる体力は十分にある。
私は今週部活動はすべて駅伝練習に切り替えた。
「駅伝練習、頼むね…」、と若手の先生に押しつけてしまったので、私は少しのんびりできた。
昨年の陸上競技場での記録会とは変わって、今回は例年のコースでの駅伝大会。
もちろん無観客である。
「今年は、繰り上げスタートがなかったんです。」
参加した生徒が言う。
「繰り上げスタートは、何となく屈辱的だからね…。」
コロナ禍でもあり、また学校事情もあり、今回は参加しない学校もあった。
また、事情により中3が参加してないチームもあった。
おかげで我が校はビリではなかったが、学校中で一番早いと言われる生徒を集めての参加にもかかわらず、地区ですら太刀打ちできないのは、何ともやるせない。
この地区は極めてレベルが高く、上位校は全国大会の常連なのだ。
それに引っ張られて、各校とも速い…。
やっぱり走り込みをしていないと、なかなかレースは難しい。
普段ならば、各校、春から練習するそうだが、さすがに今年はなかなかできなかっただろう。
我が校は、新人戦後の一週間だけ、試走も一回きり…。
「デットヒートしていて、面白かったですよ…。」
引率の先生も、参加生徒も、そこそこ満足しているようである。
こんな風に、地区行事も細々と行われている…。
2021年10月21日
遠足の準備
学年集会で遠足についての事前指導を行った。
今回の遠足は山に行く。
いわゆる山登りだ。
山登りと言っても実際に歩く時間は恐らく一時間程度。
ハイキング程度と言っても良い。
それでも標高千七百メートルあまりの山頂まで行く。
この所の冷え込みで、山頂付近では雪も降っているが、積もるほど降れば行くことはできなくなる。
気温も朝は零度程度なので、「寒い」山歩きになりそうだ。
また、その山は活火山でもある。
気象庁が定めた全国の活火山の中で、特に監視を強化している23山の一つでもある。
「その山の姿を生徒達に見せたい…」
というのが、今回の遠足の目的の一つでもある。
「この山を班ごとに協力し合いながら、ちゃんと上っていけるか」、というのも、大切な訓練になる。
風が強ければ、ロープウェイは動かない。
天候が悪ければ、景色も見えず、登ることも中止になるだろう。
生徒達は、「寒そう!」「えっ、活火山!?」などと興奮しているので、楽しみなのだろう。
各クラスの班分けもスムーズに終えた。
生徒達にとっては、コロナ禍の影響で、久しぶりの外出。
「天候に恵まれたいい遠足になるといいな…」、と思う。
遠足まであと一週間。
「積もるほど雪が降るなよ」、と願うばかりである。
今回の遠足は山に行く。
いわゆる山登りだ。
山登りと言っても実際に歩く時間は恐らく一時間程度。
ハイキング程度と言っても良い。
それでも標高千七百メートルあまりの山頂まで行く。
この所の冷え込みで、山頂付近では雪も降っているが、積もるほど降れば行くことはできなくなる。
気温も朝は零度程度なので、「寒い」山歩きになりそうだ。
また、その山は活火山でもある。
気象庁が定めた全国の活火山の中で、特に監視を強化している23山の一つでもある。
「その山の姿を生徒達に見せたい…」
というのが、今回の遠足の目的の一つでもある。
「この山を班ごとに協力し合いながら、ちゃんと上っていけるか」、というのも、大切な訓練になる。
風が強ければ、ロープウェイは動かない。
天候が悪ければ、景色も見えず、登ることも中止になるだろう。
生徒達は、「寒そう!」「えっ、活火山!?」などと興奮しているので、楽しみなのだろう。
各クラスの班分けもスムーズに終えた。
生徒達にとっては、コロナ禍の影響で、久しぶりの外出。
「天候に恵まれたいい遠足になるといいな…」、と思う。
遠足まであと一週間。
「積もるほど雪が降るなよ」、と願うばかりである。
2021年10月20日
満月
10月の満月は晴れた。
このところ冷え込みが厳しくなってきたが、そんな空気の中に輝く満月は、とても美しい。
本来は十三夜がお月見のようだが、その時は曇っていた。
だが、月はやはり満月が美しい。
この美しい満月を撮影するのは、そう簡単ではない。
私も、何度もチャレンジしているが、未だに満足のいく写真は撮れずにいる。
-14等級の明るい月は、露出オーバーになると輪郭が崩れ、露出不足だと貧弱な写真になる。
併せて、望遠すればぶれやすくなり、広角レンズでは、月であることが分かりにくい、
全景に植物などを同時に映り込ませようとするならば、さらに難易度は高くなる。
それぞれお露光時間も違うし、距離が違うのでピントも変わる。
そんなことを考えながら、私は昇ったばかりの月を見る。
「すげ〜、でっけ〜。」
中1の生徒が叫ぶ。
月でも太陽でも、地平線近くでは大きく見える。
赤っぽく見えるのは大気のせいだが、大きく見えるのは目の錯覚である。
腕を伸ばしてた状態で持った五円玉の穴にすっぽりと入ってしまうほどのサイズなのだ。
中3の生徒が言う。
「月を見て美しいって思うのは、日本人くらいなんですよね…。」
おそらくその通りだろう。
日本では、古来より自然に感謝し、その姿に畏敬の念を持つ。
月明かりのある夜は、灯りなしで歩くことができたのだ。
「今日は満月だけど、月を見たか?」
私はたいていそう生徒に語りかける。
その半数以上が「見た」という。
私と関わりのある生徒が、だんだんと増えてきているということだろう…。
このところ冷え込みが厳しくなってきたが、そんな空気の中に輝く満月は、とても美しい。
本来は十三夜がお月見のようだが、その時は曇っていた。
だが、月はやはり満月が美しい。
この美しい満月を撮影するのは、そう簡単ではない。
私も、何度もチャレンジしているが、未だに満足のいく写真は撮れずにいる。
-14等級の明るい月は、露出オーバーになると輪郭が崩れ、露出不足だと貧弱な写真になる。
併せて、望遠すればぶれやすくなり、広角レンズでは、月であることが分かりにくい、
全景に植物などを同時に映り込ませようとするならば、さらに難易度は高くなる。
それぞれお露光時間も違うし、距離が違うのでピントも変わる。
そんなことを考えながら、私は昇ったばかりの月を見る。
「すげ〜、でっけ〜。」
中1の生徒が叫ぶ。
月でも太陽でも、地平線近くでは大きく見える。
赤っぽく見えるのは大気のせいだが、大きく見えるのは目の錯覚である。
腕を伸ばしてた状態で持った五円玉の穴にすっぽりと入ってしまうほどのサイズなのだ。
中3の生徒が言う。
「月を見て美しいって思うのは、日本人くらいなんですよね…。」
おそらくその通りだろう。
日本では、古来より自然に感謝し、その姿に畏敬の念を持つ。
月明かりのある夜は、灯りなしで歩くことができたのだ。
「今日は満月だけど、月を見たか?」
私はたいていそう生徒に語りかける。
その半数以上が「見た」という。
私と関わりのある生徒が、だんだんと増えてきているということだろう…。
2021年10月19日
劇の写真
廊下に文化祭の劇の写真が貼ってある
A4版のフルカラー印刷だ。
普通学校では、これほどたくさんのカラー写真を印刷することはない。
私の学校の場合は、低コストのカラー印刷機があり、通常のプリントも、試験問題も、こうした行事時の写真も、制限なく印刷できるのだ。
もちろんカラーレーザーや性能の良いインクジェットプリンターで印刷するには及ばないが、十分鑑賞にたえられる。
先日、近隣の校長先生たちが学校視察に訪れたが、教室の廊下の写真も含め、カラー印刷の豊富さには、きっと驚かれたことだろう。
私たちは、カラー印刷は慣れてしまっているが、多くの学校では、まだまだ珍しいはずだ。
その劇の写真の大部分は私が撮影したものだ。
私の撮った写真は、たいてい劇中のアップ写真である。
彼等生徒達の、演技中の生き生きとした姿の一瞬が、写真におさめられている。
私は各クラスのその写真を見ながら、「うーん…」、とうなる。
「もっとうまく捕れたな」とも思う一方。壊れたズームレンズの代替品として買った一万数千円のレンズの、「オートフォーカスが上手く効かないことがあったんだよな…」、ともっと狙えたシーンを撮り逃したことに後悔の念を抱く。
個人のカメラで、個人の望遠レンズで、学校行事を撮る。
「今の私にできることと言えば、せいぜいそのくらいだ…。」
「丹澤先生の写真、いつもいいからね…。」
という学年主任たちの言葉だけが、励みになっているのかも知れない。
劇はビデオでも撮られているので、見栄えとしては動画の方がいいのだろう。
ただ、一瞬を切り取った写真も、まだまだ存在価値はあるに違いない。
私は廊下を通るたびに、まじまじと写真を見る。
自画自賛とも言える私のその姿を見ている他の先生は、一人ではあるまい…。
A4版のフルカラー印刷だ。
普通学校では、これほどたくさんのカラー写真を印刷することはない。
私の学校の場合は、低コストのカラー印刷機があり、通常のプリントも、試験問題も、こうした行事時の写真も、制限なく印刷できるのだ。
もちろんカラーレーザーや性能の良いインクジェットプリンターで印刷するには及ばないが、十分鑑賞にたえられる。
先日、近隣の校長先生たちが学校視察に訪れたが、教室の廊下の写真も含め、カラー印刷の豊富さには、きっと驚かれたことだろう。
私たちは、カラー印刷は慣れてしまっているが、多くの学校では、まだまだ珍しいはずだ。
その劇の写真の大部分は私が撮影したものだ。
私の撮った写真は、たいてい劇中のアップ写真である。
彼等生徒達の、演技中の生き生きとした姿の一瞬が、写真におさめられている。
私は各クラスのその写真を見ながら、「うーん…」、とうなる。
「もっとうまく捕れたな」とも思う一方。壊れたズームレンズの代替品として買った一万数千円のレンズの、「オートフォーカスが上手く効かないことがあったんだよな…」、ともっと狙えたシーンを撮り逃したことに後悔の念を抱く。
個人のカメラで、個人の望遠レンズで、学校行事を撮る。
「今の私にできることと言えば、せいぜいそのくらいだ…。」
「丹澤先生の写真、いつもいいからね…。」
という学年主任たちの言葉だけが、励みになっているのかも知れない。
劇はビデオでも撮られているので、見栄えとしては動画の方がいいのだろう。
ただ、一瞬を切り取った写真も、まだまだ存在価値はあるに違いない。
私は廊下を通るたびに、まじまじと写真を見る。
自画自賛とも言える私のその姿を見ている他の先生は、一人ではあるまい…。
2021年10月18日
学校視察
近隣の校長先生たちが視察に来た。
私立学校は、公立とは違った独自の教育がなされているので、公立の先生たちからは、興味津々なのだ。
ほとんど教育委員会の縛りのない中での学校運営。
彼等、校長先生たちは何を思っただろうか…。
逆に私は、野球部の関係で他校にお邪魔する時は、たいてい教室や廊下をのぞき見することにしている。
自分たちの学校にはない文化や、工夫がないか、物色するのだ。
たいてい何個か発見と、それをもとに、自分の学校に生かすべくアイデアが浮かぶ。
同じ学校教育の中でも、見れば、何かしらの参考になる部分があるものだ。
校長先生たちの感想の中に、次のようなものがあった。
「ここの先生たちが、生徒に寄り添った教育をしていることは分かりました。ですが、昨今問題になっている、働き方改革による教員への負担削減は、どのようになっているのか、心配になりました。」
とにかく、教員に負担減が大上段に掲げられ、校長としても死力を尽くさなくてはいけないのが、公立学校らしい。
公務員という縛りもあるのだろう。
だが、私の学校では、こうした配慮はあまりなされていない。
たいていは、各人の判断に任されている。
授業や行事にあまり影響を及ぼさないのであれば、自由に時間休みも取れる。
場合によっては、早朝から深夜まで仕事があるが、その間、「うまく休息を取れ」、というのが暗黙の方針のようである。
その意味では、かなりの自由裁量があり、ゆるく管理されているように思える。
「全員横並びで、画一的な指導」となると、時間も同一管理されがちだが、少なくとも、私の学校はそればかりではないようだ。
以前、ある校長先生と話をしたとき、次のように言われた。
「丹澤先生の学校に勤める人は、なかなか集まらないないのではないですか? 少し過酷すぎますよね。まぁ、お金さえ出せば、なんとかなるのでしょうが…。」
残念ながら、私の学校の給与体系は、公立と比べて半分から三分の二程度だと思う。
あくまで、私の肌感覚だが…。
とにかく、教員の仕事の原動力は情熱と志。そして仕事そのものが菩薩行だ。
私立学校は、公立とは違った独自の教育がなされているので、公立の先生たちからは、興味津々なのだ。
ほとんど教育委員会の縛りのない中での学校運営。
彼等、校長先生たちは何を思っただろうか…。
逆に私は、野球部の関係で他校にお邪魔する時は、たいてい教室や廊下をのぞき見することにしている。
自分たちの学校にはない文化や、工夫がないか、物色するのだ。
たいてい何個か発見と、それをもとに、自分の学校に生かすべくアイデアが浮かぶ。
同じ学校教育の中でも、見れば、何かしらの参考になる部分があるものだ。
校長先生たちの感想の中に、次のようなものがあった。
「ここの先生たちが、生徒に寄り添った教育をしていることは分かりました。ですが、昨今問題になっている、働き方改革による教員への負担削減は、どのようになっているのか、心配になりました。」
とにかく、教員に負担減が大上段に掲げられ、校長としても死力を尽くさなくてはいけないのが、公立学校らしい。
公務員という縛りもあるのだろう。
だが、私の学校では、こうした配慮はあまりなされていない。
たいていは、各人の判断に任されている。
授業や行事にあまり影響を及ぼさないのであれば、自由に時間休みも取れる。
場合によっては、早朝から深夜まで仕事があるが、その間、「うまく休息を取れ」、というのが暗黙の方針のようである。
その意味では、かなりの自由裁量があり、ゆるく管理されているように思える。
「全員横並びで、画一的な指導」となると、時間も同一管理されがちだが、少なくとも、私の学校はそればかりではないようだ。
以前、ある校長先生と話をしたとき、次のように言われた。
「丹澤先生の学校に勤める人は、なかなか集まらないないのではないですか? 少し過酷すぎますよね。まぁ、お金さえ出せば、なんとかなるのでしょうが…。」
残念ながら、私の学校の給与体系は、公立と比べて半分から三分の二程度だと思う。
あくまで、私の肌感覚だが…。
とにかく、教員の仕事の原動力は情熱と志。そして仕事そのものが菩薩行だ。
2021年10月16日
体験入学
コロナ禍であっても、募集活動を止めることができないのが、私立学校の宿命だ。
そうは言っても、緊急事態宣言下で臨戦態勢のとき、部外者を校内に入れたりすることはできず、なかなか困っていたところだった。
だが、少し落ち着いたので、急遽、体験入学を行うことになった。
体験授業や、部活体験、そして今回は文化祭で行った中3の劇を再演したりした。
体験に来てくれた方は、親子とも大喜びであったようだ。
こんな風にして、ファンを増やし、受験生を一人、また一人と獲得する。
体験した生徒、保護者の感想の中で、一番嬉しいのは、「生徒さん一人ひとりが生き生きとして輝いている」、というものだ。
その言葉が、日常の学校生活を象徴しているとも言える。
いわゆる「よそ行き」の格好もできなくもないが、私の学校では頻繁にこうした対外的に交流する機会があり、いつしか「自然体」で振る舞うようになっているのだ。
細かなことを言うと、まだまだ改善すべきことはあるのだろうが、大きな流れとしては、それほど間違った教育をしているとは思えない。
理想を掲げ、日本、そして世界のリーダーになるべく、学びを深め、心を磨く教育を心が掛けている。
そんな姿を、実際、来校して見て下されば、納得される方は多い。
だから、皆が、一人、二人とお誘いをして、体験参加を促す…。
もちろん、中には「学校生活が厳しい」ような、発達の偏りのある生徒もいるが、彼等だって、私の学校の『輪』の中に入れば、変わって行く生徒がほとんどなのだ。
教育は国の礎。
将来の日本の社会を左右する重要なファクターだ。
教師は、時折は、そうした重要な仕事をしているという事実を、思い巡らせなくてはいけないのだろう。
日々の忙しさに、ただただ忙殺されてはいけない。
その中でも、心の中に一本筋を通し、教師としての理想も掲げ続けなくてはならないのだろう…。
その雰囲気を感じて、人は集まってくるはずだ。
そうは言っても、緊急事態宣言下で臨戦態勢のとき、部外者を校内に入れたりすることはできず、なかなか困っていたところだった。
だが、少し落ち着いたので、急遽、体験入学を行うことになった。
体験授業や、部活体験、そして今回は文化祭で行った中3の劇を再演したりした。
体験に来てくれた方は、親子とも大喜びであったようだ。
こんな風にして、ファンを増やし、受験生を一人、また一人と獲得する。
体験した生徒、保護者の感想の中で、一番嬉しいのは、「生徒さん一人ひとりが生き生きとして輝いている」、というものだ。
その言葉が、日常の学校生活を象徴しているとも言える。
いわゆる「よそ行き」の格好もできなくもないが、私の学校では頻繁にこうした対外的に交流する機会があり、いつしか「自然体」で振る舞うようになっているのだ。
細かなことを言うと、まだまだ改善すべきことはあるのだろうが、大きな流れとしては、それほど間違った教育をしているとは思えない。
理想を掲げ、日本、そして世界のリーダーになるべく、学びを深め、心を磨く教育を心が掛けている。
そんな姿を、実際、来校して見て下されば、納得される方は多い。
だから、皆が、一人、二人とお誘いをして、体験参加を促す…。
もちろん、中には「学校生活が厳しい」ような、発達の偏りのある生徒もいるが、彼等だって、私の学校の『輪』の中に入れば、変わって行く生徒がほとんどなのだ。
教育は国の礎。
将来の日本の社会を左右する重要なファクターだ。
教師は、時折は、そうした重要な仕事をしているという事実を、思い巡らせなくてはいけないのだろう。
日々の忙しさに、ただただ忙殺されてはいけない。
その中でも、心の中に一本筋を通し、教師としての理想も掲げ続けなくてはならないのだろう…。
その雰囲気を感じて、人は集まってくるはずだ。