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2021年10月15日

一ヶ月遅れの新人戦

野球は、チャンスを逃すと大ピンチが訪れる。

私たちのチームにも何度もチャンスが訪れたが、それをことごとく捨て去ってしまったがために、その後やってきたピンチで、次々と点を入れられたのだ。

結果はコールド負け。
初試合としては苦い経験になった。

文化祭の翌日の新人戦には、あまりにひどいと思ったが、大会に出場できただけでもありがたかった。

本来なら、合同チームのところ、何とかメンバー不足を助っ人で補い、何とか大会を迎えることができたのだ。

「出場辞退」という言葉が、終始頭をよぎった。
今は、「無事、試合が終わって良かった」、というのが率直な感想だ。

即席チームではあったが、中1がメインなので、この先、まだまだ強くなる。
教えるべき事は山のようにあるが、3月の公式戦までには、ある程度の形にすることもできるだろう。

結果は、さんざんだったが、チームとしていろいろな課題も見え、彼等には貴重な試合経験になっただろう。

なんと言っても、試合経験者2人だけの中で、よく戦ったと思う。

いろいろ課題を共有して、来年に向けて準備を始めよう。

「もっと練習試合したいな…」、と思う。

基本相手校は土曜日のみ、うちの学校は土曜日は授業。

なかなか日程が調整できない…。

相手校はヒット3本で8点。うちのチームはヒット2本で1点。

まだまだやるべき事は山のようにある…。

2021年10月14日

文化祭第二弾

文化祭の舞台部門の発表が行われた。

本来、9月の初めに行われるものだったが、コロナ禍により延期されたのだ。

舞台発表は、主として中学生。
一ヶ月以上の延期に、モチベーション維持が難しかっただろうが、若手の担任の先生たちは奮闘したようである。

私は、客席の一番前に設けてもらって、終日撮影。
普段は保護者が陣取っているが、今回は保護者は来校できないので、心置きなく座席を占有し、彼等の雄姿を撮影することができた。

準備片付け時間を含めて25分の短い劇だが、どの舞台も良く仕上がっていた。
特に中1のレベルが高く、学年が上がっていくこの先が、とても楽しみだ。

朴訥とした台詞ばかりではない。
プロのような演技者もいる。

つくづく芸術性の高い学校だなぁ、と感心する。

舞台発表は担任の腕の見せどころ。
「どれだけ生徒をまとめられるか」、が勝負だ。

結局、「謙虚にこつこつ努力し続けたクラス」が上位に入った。
しかも、中3を抜いて、中2が優勝。

感動させる演技とは、心のひだに、ぐいぐい入ってくるものだ。

私は、涙することはできなかったが、どれも感動した。
写真撮影をしながらも、はらはらドキドキ感があった。

数日前にカメラのレンズが故障し、代替レンズを、中古で急遽購入する羽目になったため、一眼レフの二刀流で撮影した。

…いいものを見せてもらった。




2021年10月10日

ピアノレッスン

少し時間ができたので、かねてから頼まれていたT君のピアノレッスンをした。

せっかくの大会前の休日だったのだが、英検で午前も午後も練習できなくなってしまったのだ。

天気が良かったので、柿を収穫したり、焚火をしたり、ミツバチの世話をしたりと、午前中を過ごし、午後T君を誘ったのである。

コロナ禍で、閉鎖された空間である音楽練習室が使えないので、私の隠れ家に呼び、電子ピアノながらもレッスンをした。

T君は学年合唱の時、『大地讃頌』の伴奏をする。
本格的にピアノを習ったことがないT君には、少しばかりの背伸びになるが、練習を始めて、もう何か月も練習しているので、何とかなるのだろう。

私はまずは聞いてみようと、庭木の手入れをしながらT君の演奏を聞いた。
メトロノームを120にセットしているが、テンポが遅れることはなかった。

一所懸命テンポが外れないように弾いているのだろう。
実際は、指揮者に合わせ、また、時にテンポも変わる…。

唯一弾けない部分がトレモロの部分だという。
さすがにオクターブのトレモロが弾けなければ、和音のトレモロはさらに難しいのだろう。

私は、打鍵の強弱、音楽性との関係などをアドバイスした。

今月末に、一度お披露目があるようなので、間に合うか分からないが、一応は「弾ける」状態なので、音楽の先生もあまり心配していないのだろう。

小一時間、レッスンをして終えた。

翌日、音楽の先生から、開口一番、「昨日T君のレッスンしたんだって!」と来た。

別に内緒にしようと思っていたわけではないが、バレるのが早すぎる…。

T君が、また教えてもらいたいと思うのかどうか、分からないが、とりあえずは、彼の要望どおり、レッスンをしたことにはなった。

少し難しいけど、頑張れよT君!




2021年10月09日

K君の人徳

「つくづく、人徳というものはすごいな」、と思う。
中1のK君。

クラス内でも努力家で人望も厚い。
恐らく、「K君を悪く言う人はいないのではないか」、と思えるほど、皆に信頼されている。

そんな風だから、彼の一言には思いがある。

K君は、野球部員である。

中3が高校野球に移り、中2も数名抜け、野球部は試合出場できるかどうか、というくらいの人数不足の危機に陥った。

私自身、何度出場を辞退しようか、と考えあぐねたくらいだ。

そんな中、K君は、次から次へと助っ人を誘った。
もちろん、中2のキャプテンも動いてはくれたのだろうが、とにかくK君の誘いに断る人は、滅多にいない。

と言うわけで、あっという間にたくさんも助っ人が集まった。
お陰で大会にも出場できそうだ。

確かに参加するだけの状況かも知れないが、それでも、貴重な試合経験になる。

K君の人徳には脱帽である。

以前は、私が一人ひとり声をかけ、お願いしていたが、K君がいる限り、大丈夫だ。

「人徳がないと、いくら誘っても、来てくれないんだよな…。」
かつて、そんなことをある生徒に言ったことがある。

誘えば誘うほど、逃げていく人もいた。

なんだろう。

なぜだか、幸せになりそうな波動が、K君からにじみ出ているのかも知れない。

K君ありがとう!




2021年10月08日

前を向いて…

「夢地図」の続報になるが、もうひとりK君の言葉も素晴らしい。

『下を向いて泣いていないで、前を向いて笑おう』

入学時には泣き虫で、思い通りにならないときには、すぐに涙が流れていたK君。
最近はずいぶんたくましくなった。

相変わらず、体重三十キロ台の小さな生徒だが、根性はある。
努力家だし、向上心もある。

そんなK君が、「自分自身を鼓舞し、自らの力で変わっていこうと思い、この言葉を選んだのだろう」、と思うと、感動する。

「エラーしてもエラーしても下を向くな。前を向いて、なにくそ!と思って、大声出して、もう一度、もう一度!と、果敢に立ち向かおう! 泣いている暇などない! 相手に向かっていくだけだ! 『下を向いて泣いていないで、前を向いて笑う』んだ」

私は、試験後の最初の練習で、こうやって彼らを鼓舞した。

寄せ集め下手くそ集団だが、「あきらめずに立ち向かう姿」は見せて欲しい。

皆が怠けて遊んでいる中でも、練習を繰り返してきたという自負も持って欲しい。

私自身だって、いろいろなショックなことが起こる。
そんな時、やはりこの言葉を思い出したい。

下を向いていても何も始まらない。
転んだら立ち上がるだけだ。
失敗したら、再度チャレンジするだけだ。
誤解されたとしても、信念を貫き、邁進するだけだ。

言い訳をして弁解して、いつまでも落ち込んで、ウジウジしている暇などない。

人生は、「前に前に…」と、前進していく中にこそ、新たな道が開けていくのだ。

落ち込んでいる暇などない。

K君のように、前進してゆこう!




2021年10月06日

可能性は1%

中1の教室の後には、「夢地図」が貼ってある。
クラスの一人ひとりの目標シートでもある。

S君が「夢地図」に書いた一言が、心に突き刺さった。

『可能性は1%で十分だ』

これはすごい。
勇気の言葉だ。

「絶対無理だろうな…」、と思うときは、たいてい30%未満くらいの時だろう。

人は簡単に諦める。
本来の自分自身の力を信じ切れない上に、外的な原因を過大視する。

だから、「冷静に考えても、無理だろう」、と判断し、それを自分自身にすり込むことになる。

結果、予想していた通りになって、「やっぱりな…」と納得するのだ。
いわゆる負け犬根性タイプだ。

私はどちらかというと、ネガティブな指導をしてしまう。

だが、高校野球の監督は、常にポジティブだ。

「そんなこと絶対にあり得ないだろう…」
ということでも、平気で自信たっぷりに言ってのける。

そういう言葉の繰り返しは、自然に選手たちにやる気を与え、通常ならざる力をも引き出してしまうのだ。

これは見習うべきことだろう。

「やる気を出せ! やる気は自分で出すものだ! 下を向いていないで、立ち上がれ!」

こんな指導だけじゃ、現代っ子は動かない。

ポジティブになれないのは、自分自身の中にある「逃げ」なのかも知れない…。




2021年10月04日

机の中の石ころ

職員室の私の机の中に、四個の小石が入っている。
この小石は、会津の鶴ヶ城内の小石であろう。

今から、三年前の中2の遠足で出掛けた際、Kがバスの中で訴えた。
「誰かに、これ入れられたんです。」
パーカーのフードの部分に、イタズラで入れられたものであった。

イタズラしたのは、Hらを中心とするメンバーであることは分かっていた。
だが、彼等は最後までシラを切った。

私はK君を励ましただけで、結局そのままになった。

当時の私は、すでに病んでいたのだ。
何だか分からぬが、焦りのような気持ちばかりが大きくなり、学年主任兼担任としての責務を、十分に果たせずにいたのだ。

私はその石ころを、机の中に入れた。

机の引き出しを開けるたびに、その石ころは自己主張をする。

「そんな指導でよかったのか?」、と…。

反抗期を過ぎたと思われるKたちは、今は高2である。

私はHの母親にも徹底的に責め続けられたので、何となくわだかまりが取れない。
高校を卒業し、私の記憶から忘れ去らなければ、気持ちを昇華させることができないようだ。

あれから3年。
今でも、「彼等の卒業式には出たくない」、とすら思う。

Kはその後、物静かながらもリーダーと活躍し、芯の強い男になっている。
そして、そのリーダーの仕事もいよいよ今週で終わる。

本格的な大学受験に向けて舵を切るのだ。

こうやって時が流れていく。

私は、ただただ、彼等が成長するのを横目で見ながら、小舟で懸命に竹竿を使いながら、川を行く。

転覆しないようにあがき続ける…。





2021年10月01日

秋風

秋風

10月の初日は台風のため大雨になった。

昨日は生温く湿った空気で覆われ、蒸し暑い日だったが、今朝は北東の風に変わり、一気に気温も下がった。

今、学校では二学期の中間考査直前で、珍しく生徒たちも、勉強道具を持ち歩きながら教室を移動している。

私自身も、6種類の定期考査問題作成が、遅々として進まず、かなりの時間を費やしてしまっている。

前回の一学期期末の試験では、夏の大会直前で、放課後も練習を続けていたが、今回は、大会まで2週間あるので、試験期間中、練習はやらない。
彼等には、体はなまらせないようにはしているが、こういうときは集中力を磨いた方が、結果的に、試合中の集中力にもつながるのだ。

「東京の学校に勤めていたときは、今日は都民の日で、学校がやすみだったなぁ…」、と昔を振り返りながらも、肌寒いほどの風に、心地よさを感じて過ごす。

幸い、台風は太平洋側の南岸を通過したので、私の地域では、大して風も強くなく、何とか乗り切った。

私が一番心配していたのが、みつばちの巣箱で、ややがたついていたため、ちょっと心配していたのだ。

畑の茄子やオクラも、倒れてはいたが、ことなきを得た。

教師では、昨日は暑いと叫んでいた生徒が、今日は寒いと言う。
確かに、この時期の気温の差は、なかなか一筋縄ではいかないものがある。

山はまもなく紅葉まっ盛り。

緊急事態宣言も解除され、山へ向かう道は、週末は大渋滞になるのだろう。

LINEで野球関連の連絡が届く。
「大会2週間前になりましたので、体長管理表のご記入をお忘れなく」、というものだった。

「大会前2週間、体調不良を起こしていない」、というのが、大会参加の条件でもあるらしい。

ワクチン接種の副反応による発熱は、「うまくやれ」とのことなので、ゆるい条件のようでもある…。




2021年09月24日

刺激ある授業

教員になってもうずいぶん経つ。
私は、好きで、やりたくて、心のうずきのままに教員になった。

私自身、数多くの授業を受けてきたが、「これは素晴らしい…」、と思えた授業はほんの数えるほどであったように思う。

もちろん、今の私も、大した授業はできずにいるのだが、理想の授業像は分かる。
また、最悪の授業の姿も分かる。

生徒達が、「今日の先生、どんな話をしてくれうんだろう…」、とワクワクする中で、「絶対に彼等を教え導いてみせる」、という強い信念の中で、優しく穏やかに、時にドラマチックに語る…。

私はそんな授業を目指している。

最近私は、職員室近くの教室で若手の授業中、すっと後ろの席に座って授業を受けることがある。

「みんな達者だなぁ…。」
と思いつつ、生徒たちも真面目に取り組んでいる。
その中でも、態度の悪い生徒は数名いる。

それは私の授業でも同じだ。
思春期特有の、反抗心からくるものだろう。

それでも私は彼等に刺激を与え続ける。

授業が楽しくなければ、学校は苦しいものになるのだ。

学校生活で一番長い時間が授業だ。

どのような刺激を与えるかは、本来、教員一人ひとりに委ねられている。

私は、授業中、必ず別の話題を入れる。

先日、中1の方程式の文章題でケーキが出てきた。
私はすかさず、自分の好きなモンブランの話から、ホールケーキの話に移る。
そして、ホールケーキを等分するにはどうしたらよいのか、を提示する。

脱線と言えば、脱線だが、一応数学の話だ。

私は、数学以外の話をすることも多いが、理想は、数学の話題で刺激したい。

まだまだ私自身の勉強が足りない…。




2021年09月21日

アンガーコントロール

発達の偏りがあって、人とのつき合いがうまくできないS君。
最近、アンガーコントロールができるようになってきた。

幼い頃には分からないが、中学生になれば、だんだんと自分の特徴が分かってくる。
「どうやら自分は、他の人とは違うらしい…」、ということにうすうす気づいてくるのだ。

最初は、どうすることもできないが、カウンセリングや訓練を重ねることで、その特徴(個性)を受け入れ、他の人との人間関係を構築するには、「自分はどうしなくてはいけないのか」、が場面場面で、だんだん理解できるようになってくる。

こうした偏りのある人は、その個性を受け入れ、乗り越えていくことで、通常の生活ができるようになってくる。

中1の頃は、自分が嫌なことがあると、教室を飛び出し、廊下に寝転がり、だだをこねていたS君だが、このところ、ずいぶん成長した。

以前は、嫌なこと=怒り、であったものが、今では、自分の目標達成のためならば、多少の嫌なことにも積極的に取り組むようになったし、なにより、怒りの心が抑えられるようになった。

怒りの心は、相応のエネルギーにはなるが、その心に任せて、暴行を行えば、犯罪になってしまうのだ。

本来、自分の心をコントロールするのは自分自身。
ただ、その統御と方法が分からないなかで、悶々と苦しんでしまうのが、思春期の子どもたちの姿である。

そのように自己変革をしようと頑張っているS君だが、傍目にはまだ、「おかしな行動」をとる生徒と見られてしまう。

「S君との関わりとその行動をどう理解させるか」、ということも、周りの生徒たちの学びになる。

昨今、偏りのある生徒がすごく増えてきた感じがするのだが、そうした生徒がいる中で集団生活している中に、学ぶべきことはたくさんあるのが、学校なのだろう。

人は、いろいろ。
いろいろで良い。
そうした、いろいろの中で、人は磨かれる。




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