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第87回 ピアノラ [2016/04/16 15:02]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月二十八日、午後四時ごろ、野枝はじっと座っていることができないので家を出た。
音楽会の切符は三枚あったので、保持を誘ってみようかと思った。
一枚は辻の妹の恒に渡し、後で青鞜社の事務所に来るように言った。
歩くのさえ嫌なので駒込から山手線で巣鴨まで行った。
五時すぎに保持と恒と三人で出かけた。
会場には野枝たちの方が早く着いたので、辻とは一緒の席ではなかった。
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第85回 木村様 [2016/04/15 22:15]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月二十七日の朝、野枝が目覚めて一番最初に頭に浮かんだのは、そろそろ来るだろう荘太からの手紙だった。
締めつけられるような苦しい気持ちで、床の中から出た。
辻が出かけて二十分とたたないうちに、その手紙が投げ込まれた。
御手紙只今拝見しました。
元より予想してゐた事です。
併し何にも悪い事はありません。
あなたにも私にもちつとも悪い事はありません。
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第74回 堀切菖蒲園 [2016/04/10 12:35]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年六月中旬。
野枝がらいてうの書斎を訪れ、奥村の話に一段落ついた後、野枝が堀切菖蒲園の話をらいてうに振った。
そのちょっと前、らいてうが田村俊子と堀切菖蒲園を訪れていたからである。
「この間の堀切行きは面白かつて?」
「えゝ、面白かつたわ。田村さんがすつかり酔つぱらつて大手をひろげて駆け出す恰好つたら……」
平塚さんはさも可笑しさうに一人で笑つた。
「..
第27回 日蓮の首 [2016/03/20 11:26]
文●ツルシカズヒコ
門司港駅から博多に向かって汽車が動きだした。
登志子は右側の窓のところに座って外の方を向いたまま固くなっていた。
頭はほとんど働きを止めてしまった。
安子は野枝が持ってきた雑誌を、解かりもしないくせに広げて退屈しのぎに読んでいる。
まき子はわが家に帰っていく子供のように、はしゃいでいた。
まき子は野枝よりふたつ年上の二十歳だ。
父に甘やかされてわがままに育った彼女は、一..
第18回 遺書 [2016/03/17 21:53]
文●ツルシカズヒコ
一九一一(明治四十四)年四月末、下谷区下根岸の代家に野枝宛ての一通の分厚い手紙が届いた。
この時、野枝は上野高女五年生である。
差出人は周船寺(すせんじ)高等小学校の谷先生だった。
それは長い長い手紙だった。
書き出しはこうである。
もう二ヶ月待てばあなたは帰つて来る。
もう会えるのだと思つても私はその二ヶ月をどうしても待てない。
私の力で及ぶ事ならばすぐにも呼..
「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」の目次です。タイトルをクリックすると各ページへ飛びます。
文●ツルシカズヒコ
第450回 大杉栄追想
第449回 女らしい女
第448回 ゴルキイの『母』
第447回 自然女
第446回 本能主義者
第445回 野枝姉さん
第444回 お餅代
第443回 可愛い単純な女性
第442回 今宿の葬儀
第441回 煙草盆
第440回 さよなら..
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