記事
第354回 暁民共産党事件 [2016/09/18 23:28]
文●ツルシカズヒコ
暁民共産党事件が起きていた、一九二一(大正十)年十一月十二日、大杉は朝早く大森の山川の家を訪ねた。
「やあ、どうだい」
「うん、相変わらずだ」
ふたりは、十幾年かの間、繰り返してきたこのお定まりの挨拶を交わした。
ベルトのついた茶色の外套を着た大杉は、バスケットを提げ、珍しく魔子を連れていなかった。
「ひとりなのかい?」
「なに、今日は奥山さんにお詣りだ」
「菊栄君にはず..
第350回 弾丸 [2016/09/15 23:01]
文●ツルシカズヒコ
一九二一(大正十)年九月九日、夜の十時、野枝は堺真柄とともに警視庁特別高等課に出頭させられた。
『東京朝日新聞』(九月十日)によれば、野枝と真柄は高津正道の妻・多代子とともに一時間ほどの取り調べを受け、多代子はそのまま検束され、帰宅を許された野枝と真柄は高津夫妻に差し入れをして引き取った。
そのころ『お目出度誌』という謄写版刷りの小冊子が出回っていたが、それには縦に読めばなんでもない文句を横に読むと不敬なも..
第296回 豊多摩監獄(一) [2016/07/17 15:40]
文●ツルシカズヒコ
一九一九(大正八)年十一月八日と九日の午後、野枝は神田区錦町の貸席、松本亭を訪れた。
貸席は今で言えば、イベント会場などに使用される貸しホールである。
日本印刷工組合信友会を中心とする活版工諸組合が、労働八時間制を要求して同盟罷工をしている渦中だった。
罷工の中心となっている三秀舎は、信友会の組合員である婦人活版工たちの組織だったが、松本亭にその事務所を置いていた。
十一月八日は信友会が「..
第290回 出獄の日のO氏(二) [2016/07/11 22:51]
文●ツルシカズヒコ
一九一九(大正八)年、第六回二科展は上野公園の竹の台陳列館(現在の上野公園噴水付近)で開催された。九月二日から一般公開だったが、林倭衛が出品した「出獄の日のO氏」が問題となった。
八月三十日に警視庁の事前検閲があり、検事告訴され保釈中の刑事被告人の肖像が公衆の前に展示されるのを不快に感じた警視庁が、撤回命令を出した。
二科会が抗議すると、八月三十一日、岡警視総監が来場し、撤回は命令ではないとしたが、二科会幹部..
第284回 警視庁(一) [2016/07/09 15:24]
文●ツルシカズヒコ
一九一九(大正八)年七月二十一日、大杉は警視庁に傷害罪の容疑で拘留された。
二ヶ月前の船橋署の尾行刑事殴打の一件を蒸し返されたのである。
警視庁の警務部刑事課長・正力松太郎の執念である。
大杉は警視庁に二晩泊められ、七月二十三日に東京監獄の未決監に収監された。
大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、野枝が村木と警視庁に行き刑事部屋で大杉と面会したのは七月二十二日だった。
野枝がこのときのエ..
≪前へ 次へ≫