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安全地帯・玉置浩二の音楽を語るブログ、管理人のトバです。安全地帯・玉置浩二の音楽こそが至高!と信じ続けて四十年くらい経ちました。よくそんなに信じられるものだと、自分でも驚きです。
プロフィール

2020年05月31日

なんだ!!


All I Do』九曲目、「なんだ!!」です。

歌詞もアレンジも勢い一発で駆け抜ける、スリリングなナンバーです。2000年代の玉置さんソロでよくみられるスタイルなんですが、すでにこの頃からこういうスタイルが確立されていたことをうかがわせます。アダルトで、セクシーで、大袈裟で、といった安全地帯というワクに囚われていた感覚のあった玉置さんが、自由につくれたという手ごたえがあったのではないでしょうか。こういう曲が80年代にすでにあったからこそ、それを聴き込んでいた人ならば、後年の玉置さんソロで少々風変わりな曲を聴いても動じない下地を自分のうちに作っていたに違いないのです。

この曲はボーカルの「なんだ」「ないぜ」の繰り返しで、リズムを取るということを意識的に行っているわけですが、ヒップホップだとかラップとかその手の音楽で用いられる手法ですね。そして、曲全体の雰囲気はファンクのそれに近いといっていいと思います。いわゆるブラックミュージック的な音楽スタイルです。

アメリカではすでに白人ダンス音楽へのカウンターカルチャーとしてラップやヒップホップが盛り上がってから10年以上経過していました。その間、ファンクは衰退していきますが消えたわけではなく、何度かリバイバルのように盛り上がりを見せつつ受け継がれていきます。いまでもなんとなくロックは白人、ファンクやラップは黒人の音楽って感じで分かれていますけど、両者の音楽スタイルは接近し、ときに融合し、また離散し、さらに接近し……といった感じで、次第に互いのスタイルを取り入れたものへと化学変化を起こしてきたのです。たとえば、エアロスミスの「Walk This Way」をラップミュージシャンがカバー、コラボレーションしたことがその象徴的な出来事といっていいでしょう。それが1986年ですから、玉置さんはそのわずか一年後にこんな曲を世に放ったということになります。

なぜもっと話題にならなかったのか……もちろんそれは玉置さんにそういう役割が求められていなかったし、キティも、何より玉置さん自身もそのことをわかっていたからでしょう。ただのいちアルバム曲にすぎない位置づけしか与えませんでしたし、ほかに何か世間の注目を集めるための仕掛けを打ったわけでもありません。せめてシングルカットしていれば……わたくし個人的に、この曲はのちの「キ・ツ・イ」や「I'm Dandy」、それらのカップリングと合わせて、この路線で一つのアルバムを作るべきだったと思います。実際には、それらの曲はスタジオアルバムに入ることなく浮いていますから、玉置さんとしてもそうした路線をある時点でしばらく断念することにしたのでしょう。安全地帯「ナンセンスだらけ」の不遇な扱いも併せて、実に残念です。

久保田利伸さんが非常にファンキーな活動を日本で展開していたのがまさにその時期でしたが、シティポップ・ロックの亜種としての一過性ブーム以上のものを作れたとはいいがたく、彼もアメリカに行っちゃいます。日本人歌手はどんなに歌がうまくても、ブラックミュージックをメジャーにすることはできないのか……と考えさせられてしまいます。現代の若い人たちがヒップホップをけっこう好きだといっても、時すでに遅しというか、それはそれでいいとあきらめるべきというか、ともかくメジャーな音楽シーンというものが日本から、いや世界からすでに消え失せた後になってからの出来事だったのです。これではシーンが盛り上がったり洗練されていったりすることなく、単発的、散発的な普及をみせるだけで、いずれ社会が音楽を作り出し世に放つ体力さえなくなるのをまつばかりです。

やや、知りもしない、ましてやたいして好きでもないブラックミュージック系統の話をムリして熱く語ってしまいました。たぶん大間違いだらけだと思いますので、けっしてここの話を真に受けて他所でこういう話をなさるような愚かなことをしないでください(笑)。

さて異常に長い前置きでしたが、ここから曲の解説に……。

「Fu!」と男女混声の気合が入り、その後玉置さんがあちこちで騒いで重ね録りしたような歓声的なものが続けられつつ、ギターらしき音色で細かいメインリフが入り、これがAメロの間ずっと繰り返されます。そしてドラムがシンセパッドで出したようなタムの音から続いて細かく刻んだハイハットにバズドラがガシガシと踏まれ、二小節に一回四拍目にだけ短いフィルとスネアが鳴らされます。玉置さんが「ヤー!」と叫んでから男女混声っぽい「オーオ、オーオ」、その間もシンセパッドらしきタムでいろいろ合いの手が入ります。

高音のシンセを伴いつつ、ボーカルが入ります。ドラムはふつうに二拍に一回のスネアですが、バスドラが「ドドッ!ドドドッンドド!」みたいに、足が攣ったんじゃないかと思うような連打とタメ・裏打ちの組み合わせで、ブラック的な雰囲気を演出します。

歌詞ですが、原始時代とそう変わらない精神と肉体しかもたないはずの人類が、現代社会でのしがらみに苦しめられているという、じつに根源的な苦悩がストレートな言葉でつづられます。今日の食料を得るために獲物を捕まえるため以上の注意力をもたなくてよかったはずの人類なのに、糧を蓄え、明日を確約させるために農業・工業・情報産業を発展させてきた社会が、やがて人類にキャパギリギリの注意力を要求するようになってきます。やっかい、ざわめき、難関、迫られる時間と、もう心配ばかりです。狩猟時代はへたしたら死にますけど、獲物さえ捕まえればそれ以上の心配をしなくてよかったのですが、現代社会は解放感を得られるチャンスの実に少ない、一定のテンションを常に強いられるストレスフルな環境です。「みえないちからにつながれ」という描写がそれを如実に表現しているといえるでしょう。だからきっと、わたしたちは原始時代の人から見たらいつもイライラしているはずです。70年代に突然会社を辞めてインドに行く青年がいたのも、80年代にアフリカでブッシュマンみたいに暮らそうとするブームが一瞬だけあったのも、すべてがこうした環境を一気に変えてプリミティブな解放感に浸りたいという若者たちの悲痛な叫びだったのでしょう。どっちのブームも、その顛末を知りませんから、きっとみんな適当なところで切り上げて帰ってきたあと、とくに何も語らないままにしているんだと思いますけども。

玉置さんは、須藤さんにいわせると「猛獣みたい」な人ですから(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、やりたいことにズバッともの凄い力でわき目もふらずに集中してしまいます。当然、多々「スキャンダル」も生まれますし、「ゆきどまり」に突き当たることもあります。でもそれをみんな「それがなんだ!」「おれは縛られないぜ」「なんでもかまわないぜ」と乗り越えようとしてしまうのです。猛獣だから。

周りからみると「よくわかんないけどスゲエなあ」ですよね。実際には恋愛スキャンダルだったり、ツアーやレコーディング、テレビ出演のとんでもないスケジュールだったりと、玉置さんが突き当たる壁は非常に現代的なものなんですが、松井さんはそれを人類が背負った社会の業だと見抜いていたかのようです。

歌の中に二回挿入される、「まいにち〜」「みえない〜」の箇所、「ヒーヒー」と音程が上下する楽器が入り、玉置さんの歌が抑揚をぐっと抑える箇所がありますよね。そこが、まるで抑えつけられた猛獣の息遣いのようです。玉置さんはドカッと逃げ出し、「〜がなんだ!」「〜ないぜ!」と突っ走るわけです。これはハマりすぎです。

そして「なんでもかまわないぜ!」で歌は終わりになります。そこで、なんらかのドラムでないパーカッション……カラカラと、民族楽器のようですが、ソロのように叩きまくります。「夢になれ」の間奏でBAnaNAが叩いたパッドに似ていますが、このアルバムに川島裕二のパーカッションでのクレジットはありませんから、きっとこの手のリズム楽器で著名なミュージシャンの誰かなのでしょう。動画で確認できる範囲では、Charlie Morganさんがコンガ的な太鼓を手で叩いているところがあったので、一瞬「この音だ!」と思ったのですが、もちろん断言はできません(なさけない……)。

そして曲は「オーオ、オーオ」に玉置さんの意味なしシャウトを絡めつつ、フェイドアウトしていきます。安全地帯でもこのパターンが多々ありますね。ぜんぜん意味の分からない外国語をずーっと聴いていて、一瞬だけ日本語が聴こえて「あり?」と気づくんだけど、脳の処理が追い付かなくて何を言っているのか聴き逃すような感覚なんですが、玉置さんのほんとうの母語はこういう音楽に絡めたシャウトとかで、歌の箇所はわたしたちのために日本語にムリに直して歌ってくれているんじゃないか、と一瞬勘違いしてしまいそうです。これは松井さんの歌詞に違和感があるとか言っているのではけっしてなく、それくらい、玉置さんの心の奥底に流れているものを感じられるパターンだ、と思うわけです。

余談ですが、この曲を聴きながら記事を書いていると、何度も次曲「Time」に突入してしまい、そのコントラストの美しさに呆然として聴き入ってしまい、ちっとも記事執筆がはかどりませんでした。この二曲の組み合わせ、危険です(笑)。

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2020年04月12日

Check On Myself

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All I Do』八曲目、「Check On Myself」です。

前曲「All I Do」に続き、Chris Cameronさんのアレンジです。遠くからバスドラ・スネア・ハイハットがやってきて、最大音量になったところでガツガツとベースが入り、ホーン・ギター・シンセがそれぞれ勝手に弾きまくってるかのようなワチャワチャサウンドになっています。前曲がシンセだらけだったのに対して、こちらは生音が響きまくりですね。それなのに安全地帯的な整然さはまるで見当たりません。ギターが武沢さんを思わせるような短音リフと、せいぜい2〜3弦で弾く鋭いクリーントーンのフレーズになっていてわたしには聴きやすいんですが、いかんせん他の楽器が安全地帯からほど遠いためその対比がやけに色濃く、やはり玉置ソロなんだと強く思わされます。

後年、玉置さんは安全地帯のメンバーを加えたソロ活動を展開していき、ツアーメンバーもほぼ安全地帯化していきます。『ニセモノ』も武沢さん除く安全地帯のメンバーでレコーディングしたにもかかわらず、矢萩さんのギター以外全部消して玉置さんが演奏するというとんでもないチャブ台返しをかましたにもかかわらず、また『ワインレッドの心』では武沢さんの代わりに安藤さと子さんが入っていただけでほぼ安全地帯が揃うようになります。ここまでくるともう玉置さんソロの意味はそんなになくなっていきますね。まあ、メンバーがソロだと遠慮してアレンジにそんなに口を出さないとかはあるかもわかりませんけど。ともかく、この時期の曲は玉置さんソロ色が全開になっている、つまり安全地帯の匂いが一番薄くなっている時期の玉置さんを楽しめる曲だというべきでしょう。

さて、この曲、check on myselfということばに意味があるのかないのか……たぶん玉置さんのホニャホニャ英語のデモテープを聴いて、松井さんが響きの近い単語を選んだだけなんでしょうけども、それを意味深な歌詞にしてしまうのが神業級に上手なんですね。最初のAメロはチャックを下ろしてナニをチェックするかのようなちょっとお茶目な物語になっています。

好きなのにへんなのさ……ナニが?あーつまりアレですか、うまく機能しないとかですか。うーむそれは深刻だ……というのがまるでギャグにならないんですよ。たぶん本当にそうなのです。赤裸々すぎて茶化しようがありません。

またベースの遠慮ないガタガタ具合(ズレているわけではありません、サウンドの形容です)とホーンのショッキングな高音フレーズが、ヤバいヤバい……ホレしっかりせい!ホラ!という気持ちをこれでもかと掻き立ててくれます。ここで、最初の遠くからやってくるドラムの演出意図がわかります。「ん?あり?これは?もしかして……あああああーヤバいヤバいヤバいいいいい!!!!」という、非常に情けなくも切実な心情の表現なんです。クリスさん、あんた日本語わかるでしょ(笑)、と、わたくしすっかり前言を翻す勢いでクリスさんに参ってしまいそうです。

チェックアウトタイムまでバラ色に直してよ、チェックメイトすむまで、チェックの媚薬飲ませて……というのも、すべてナニの不調を暗示しているというべきか明示しているというべきか、スピード感ありすぎて同情するヒマもありません(笑)。こんな曲がかつてあったでしょうか!ナニのときにナニがデンジャラスな様子を歌った曲というだけでも前代未聞ですが、その焦燥感そのままに突っ走り続けるスピードナンバーなんて、ほかには聴いたことがありません、というか誰も思いつかないでしょう。聴くほうも、目の前を何かが走り抜けていったなあ、いまのは何だったんだろう、くらいの感覚でしかないわけです。これはすごい。聴かせる気あるんですかと疑わしくなるほどです。

サビ、といえるかどうか、ともかく曲調が変わり、熱い右目・悪い右手の箇所にさしかかります。どうしてどっちも右なんだ、と一瞬思いますが、それは立ち位置もしくは座り位置・寝位置のせいでしょう。つまり彼女を右方面にとらえているのです。しかし、左目や左手はcheckに忙しく、機能回復・保全に余念がありません。現実にそんなコメディーが可能かといったら野暮になるでしょう。つまりこれは比喩で、それくらいてんてこ舞いになっているわけです。「こわれた場所」はこれまた意味深です。ズバリ、ナニのことを指しているのか、それとも気まずくなりかけたその場のことなのか……こんな調子では抱きしめかたも忘れてしまいそうなくらい、いまは走っているフリしながら実は長いピットイン中なわけです。マシンに乗り込んでハンドル握って「ブオンブオン!エンジンオーケー、130R全速だ、出口でミハエルをかわす」とかスポンサー向けの無線にブツブツ言いながら、実はバーストしたタイヤの交換中、という非常に欺瞞に満ちた光景なのです。

ここで曲が一転スローになり、「やさしくして……〇×温泉◆……」と言葉にならないつぶやきが入ります。歌詞カードを見ると「Honey」ですが、どう聴いてもそうは聴こえません。これは、唇を吸われて声にならないとかなのでしょう、つまり、もうゴマかすのがきわめて困難になったことを意味します。

そして曲はまたAメロに戻り、またcheck on myselfです。でもチェックポイントをかわすそうです。ん?何だろう?つまり、肝心かなめのポイントをあえて通過しない、ということでしょうか。オリエンテーリングだったら失格ですが、もちろんこの場合も失格でしょう(笑)。チェックインはおまかせって、チェックアウトでなくて?あ、わかった!まだチェックインしてなかったわけだ!これからなんだけど、自分はチェックに忙しいからお任せしちゃうわけですね。それ、あんまりカッコよくないような、というか、もちろんそんな状況に至ってるのは非常にカッコ悪いんですが、事情を知らない彼女からみても違和感ある所業でしょう。武沢さん的なギターと、スネアだけのドラム、つまり低音部を抜いたサウンドでAMAZONSが「チェック……チェック……」と歌います。まるで平静を装ってエントランスを歩くかのように。しかしその平静も長くは続かず、遠慮なくベースが躍動し、ドラムもバスドラをバンバン踏みます。つまり、ヤバさは何も変わっていないのです。後奏は、シンセの素っ頓狂な効果音フレーズを交えながら、一分近くに及び、AMAZONSの「チェック!」が、危機の去っていないことを知らせるアラートのように響き続けます。どうなっちゃうわけこれ?もちろん、この後の物語など推して知るべしなんですが、描かれていません。描かなくていいのです。表現したかったのは物語の顛末ではなく、このときのアセリ具合・危機感なわけですから。

あー、かなりムリして書いたつもりですが、実はノリノリで書いたのかもしれません。松井さんの歌詞が、例によって全然違うことを意図していたということが判明したら、たんにわたしが下品な妄想でひとり盛り上がっていただけだと判明するわけですから(笑)。

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2020年04月04日

All I Do


All I Do』七曲目、タイトルナンバー「All I Do」です。

Chris Cameronさんによるアレンジで、入魂の先行シングル曲でした。といっても、シングルが1987年7月25日、アルバムが同年8月10日ですから、ものの二週間くらいしか空いていません。ジャケット写真が

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こんな感じで、とてもアルバムジャケットと同じ日に撮ったとは思えませんので、おそらく別系統でデザイン、撮影、加工したものと思われます。うーむ、これは忙しすぎます。撮られるほうだって「え?また?もう?」という手際の良さだったことでしょう。何せ、安全地帯がツアーを終えたのが1987年5月で、このシングルが出たのが7月なんですから、ちょっと信じられないスケジュールです。

アルバムの写真を撮ったのはCheryl Koralikさんで、その名前でGoogle画像検索してみると、ブライアン・アダムスのベスト盤が出てきます。おっ!そうかこのジャケット撮った人か!そういや雰囲気が似てる!これは確かめなければならない!と思ってブライアン・アダムズのベストをさがしたのですが見つからず、いつの間にかバラバラになっていたツェッペリンのアルバムを一か所に集めることに熱中してしまい、ファーストアルバムと『フィジカル・グラフィティ』が行方不明になっていることが判明、また気がかりを増やしてしまった……というオチになりました。ああ、またひとつ真偽不明のうわさを作り出してしまった……(笑)。

さてやっと本題ですが、この曲、もしかして……ドラム、ベース、ギターを使っていないんじゃ?いや、後奏でわずかにベースが聴こえますが(最後の「僕を信じて」の「じて」から入ってます)、それ以外は聴こえません。そんなの聴けばわかるじゃんって思いますよね。わたくしあんまり耳には自信がございませんもので、たしかには言えないんですけども、どうもシンセだけで作っているような音ばかりで、ナマは玉置さんとAMAZONSの声だけのように聴こえます。

始終リズムを取っている「ガンガン!」は明らかにパッドですし、それに合の手を入れる「ピコーン!」もシンセの音です。遠くで歌に全然あってないリズムを刻んでる鐘の音もシンセで出せます。もちろんサンプリングしたホンモノの鐘の音だという可能性もないではないんですけど、それだって結局はシンセが出している音です。あとはチチチチチチ……という音が近づいたり遠くなったりしてますね。これもパッドで出している音でしょう。そしてメインっぽい鍵盤がAメロBメロで玉置さんの歌のオブリになり、サビで歌をなぞったりしているほかは、ストリングスらしき音が薄く入っているくらいです。

さらにこの曲は、間奏らしき間奏もありません。ギターないからギターソロはない、サックスもないからサックスソロもない、当然といえば当然なんですけど、これは普通の曲作りではありません。玉置さんが「安全地帯というワクにとらわれずに自由に作れたから、楽しかった」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)というのも、まことにもっともなくらい、まわりのミュージシャンの出番を作ろうとかそういう配慮がまるで感じられません。『安全地帯V』だってまわりのミュージシャンのことを考えて作っていたとはあまり感じられませんでしたが(笑)、この曲はさらに輪をかけて何も考えていません。本当に、好き放題にやっています。

白状いたしますと、この曲がほぼシンセのみでできていると気づいたのは、今回記事を書こうと思って聴いた時が初めてでした。「シンセ多いなー」くらいにしか思ってなかったのです。つまり、いまのいままで30年以上も気づかなかったのです。繰り返しくどいですが、わたくしの耳がポンコツであるのと同時に、ほぼシンセだけで作られたにもかかわらず、この曲が結構ぶ厚い印象を与えるように作りこんである、ということであるように思われます。

2011年の『安全地帯XIII JUNK』バージョンでは、さすがにベースが入って、ギターもソロが入れられています。全体のリズムもドラムのリム等を使ってとられている……んですが、ここでもなんとスネアは一発も打たれていません。かなり雰囲気というかコンセプトを継承して安全地帯でリメイクしたバージョンになっています。どっちも捨てがたい魅力がありますね。個人的には、一回目で「うおっ!」と来た感触が強いのは『安全地帯XIII JUNK』バージョンです。

さて歌詞ですが、All I Do、つまり僕のすること、ふだんしていること、すべて、ですよね。述語がなく文として成立してませんので、後ろの「涙をふいて」とか「僕を信じて」との関係は、想像して補うしかありません。たぶん、玉置さんのデモにそのまま「All I Do」とあったか、そう聴こえるホニャホニャ英語があったのを、松井さんが活かしたのでしょう。

日本語の部分だけで情景を想像してみますと、これはすでに去った恋か、もしくは去りかけ、かなり危機に瀕した失われつつある恋の歌ですよね。くちづけだのあの思い出だの、楽しい感じの日々はすでに遠くなり、倦怠期に入ってイライラし何かというと傷ついて、ああーこりゃヤバいなーと感じる時期がすでに長く続いているか、それさえ去った状態です。

人間は飽きやすい生き物ですから、「名前を呼ぶ声」に「やさしさ」があふれているような状況でさえ、当たり前になってしまい、ついにはやさしさを感じなくなります。悪化しますと、「きびしさ」を感じるような有様です。バファリンの半分はやさしさでできているそうですが、当然残りの半分は、やさしさではないものでできているということですので(笑)、「名前を呼ぶ声」の場合も、残りの半分が胃に来るようになることさえ、起こりうるのでしょう。ところで「バファリンのやさしさは半分どころじゃなかった!やさしさの真相キャンペーン」というのがあったそうで、わたくしの思い違いもたいがい甚だしいようです(笑)。

そんな状況になりますと、基本的に何をやってももう関係の修復は困難でしょう。何をやっても、ですから、All I Doの中身が何であっても、ということです。何だろう、ディナーかな?プレゼントかな?とつぜんナントカ記念日を思い出して当然覚えていたように振舞うことかな?とか何とか、いろいろ考えてみるんですが、どれもこれも取ってつけた感が非常に高く(笑)、そんな生半可なことではどうにもならないことは容易に想像できます。

ですが、ここで玉置さんが「これが僕のAll I Doなんだ……」と言って歌いだしたら?これは効きます。かなり効くでしょう。その歌は、バンドでなくソロでなくてはなりません。バンドなら「All We Doじゃん」とツッコまれてしまいます。この曲は、第一期ソロ活動を象徴するものですから、できるかぎり玉置さんの歌と、パーソナリティを前面に出したものである必要があったわけです。おそらく、松井さんも星さん金子さんも、そんな演出を考えていて、「All I Do」ということばを生み出し、そして歌以外はほどんどバンド臭を消したサウンドに仕立てたのではないかと思われます。

松井さんが「あとは安全地帯の楽曲とそれほど変わりなくやってました」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)と語っているわけですから、松井さんがソロのコンセプト・演出を考えていたというのは、わたくしの妄想にすぎませんが、偶然にしてはできすぎです。玉置・松井コンビがそんな偶然・奇跡が起こりがちな二人だということは、よくよく知ってはいるんですけども。

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2020年03月13日

Holiday

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All I Do』六曲目、「Holiday」です。

前曲「Only You」から引き続きRandy Kerberさんのアレンジで、オシャレなポップスになっています。そのほか、ホーンのアレンジはJerry Heyさんがクレジットされていますね。マイケルジャクソンの『スリラー』で吹いている超有名ミュージシャンなわけですが、ホーン演奏のクレジットをみると、Jerry Heyさんはもちろん、Seawindの面々がズラリと並んでいます。どこまで金かけたのよこのアルバム!とビックリしちゃいます。いまと違って当時は、玉置さんが日本一歌がうまい歌手扱いではありませんでしたし、玉置さんのノド絶頂期と思しき90年代中盤〜後半にはすっかり自分と周りの人だけで手作りすることにハマっていたわけですから、実力と、好む方法と、それへの評価と、世の中の景気と、業界の金回りとは、どうしてもズレてしまうのがよくわかります。それが惜しくてたまりません。いや、もちろん玉置さんが落ちぶれてお金が使えなくなったなんてことではありません。玉置さんは、たとえば『JUNK LAND』の時代に英米の豪華ミュージシャンを使おうと思えば使えたはずです。でも。使いたくなかった、もしくは使うことが眼中になかったのでしょう。玉置さんが当時求めていたのは、そういうゴージャスな緊張感じゃなかったというだけのことなんだと思います。

さてこの曲、Jerry Heyによると思われるトランペットで始まり、すぐにキーボード、ベース、そしてチリリンだけのドラムが後を追います。二フレーズ目は、もう一本トランペットを重ねてきますが、トランペットは歌のサビとまったく同じメロディーを吹きます。とてもシンプルですが、妙に効果的であるように思えますね。玉置さんのボーカルだけだとホリデーって感じがしない……ように思えるからです。ここにこのボーカルラインのテーマをなぞるトランペットが入ったことによって、ホリデー感がでるのだと、わたくしは考えています。

歌詞を読んでみれば、べつに休日でも祝日でもないんですが、ビートルズの「ペニー・レーン」を思わせるホリデー感……いや、「ペニー・レーン」だってべつに休日でなく、消防士が消防車を磨いてたり看護師が花売りをしてたりと、たぶんおかしな日常・平日なんだとは思うんですけども、ほのぼの・のんびり感がホリデーを思わせるのです。それでなんです。Randy KerberさんとJerry Heyさんはきっと曲名のHolidayだけをきいて、ホリデー感を出そうとしたんじゃないかな?なんて思うわけです。松井さんの歌詞は、ほのぼの・のんびりの皮に隠れた強烈な悲しみを表現するものなんですが、実はそういうレトリックは洋楽の世界ではなじみがないもので、アレンジャーは曲名だけ聞いて雰囲気を決定した……いや、すみません(笑)、これはおかしいですね。星さん金子さんがついていながらそれはいくら何でもないでしょう。星さん金子さんが雰囲気を決定してアレンジャーに指示を出したと考えるほうが自然です。つまり、洋楽邦楽の文化的相違や言葉が通じていないことによる誤解が原因なのではなく、星さん金子さんがこういう演出(アレンジでほのぼの・のんびりの皮、歌詞と歌で悲痛な悲しみというギャップ)にしたんでしょうね。

歌に入りまして、基本的にギターとキーボードによるアルペジオ、クリーンなベース、シンバルをチリチリン鳴らすだけのドラムで伴奏し、玉置さんがほのぼのなメロディーに悲しいことばをのせるボーカルを切々と歌っていく、という、なんとも寂しい曲です。サビから薄くホーンが鳴り始めオブリになっているところなんか、寂寥感が高すぎてどう表現したものやら困るくらいです。のちの「ともだち」で、寂しそうなアレンジに「悲しくて悲しくて」というド直球な歌詞を入れた気持ちがよくわかるくらい、ここの寂寥感演出は手が込んでいて、それがひどく辛いのです。

歌詞は基本的にシンプルで、短いことばを重ねて絵のパーツを一つひとつ描いてゆく過程をみせるような手法です。シャツの匂い、髪の匂い、君が消えてく……ああ、つらい(笑)。匂いってわかるじゃないですか……久しぶりに開けた衣装ケースから、君がいたあの頃の匂いを一瞬感じる……オーノウ!これはたまらん、一発KOです。たぶん体臭とか使っていた洗剤とか柔軟剤とか、正体はそんなものなんでしょうけど、これほど切ない感覚もありません。五感のうち、いちばんフラッシュバック効果が高いかもわかりません。

そうか、いまは恋がホリデーなんだ……きっとそうだ……いつかこのホリデーは終わるんだ……というのはもちろん妄想なんですけど、一瞬だけ感じたあのころの匂いが消えるのと同じくらいの速さで、あっさり現実に引き戻されます。そうだそうだ、電話でもためいきばっかりで、もらった絵葉書も住所を塗りつぶしてしまった(捨てろよ、というツッコミはナシで。そういうものは、ホリデーが終わって別の日常が始まったころに、パーフェクトに隠滅するのです)。ああいう険悪な時期と、そのあと訪れた最悪の展開を思い出し、これはホリデーなんかじゃなく、いわば失業期間なんだと思い出すわけです。

思い出すんですが、でも一瞬感じたあの頃の匂いと思い、ホリデーという錯覚に、なんだか可笑しくなったのでしょうか、玉置さんは「いつかおいで 忘れないで」と、ひとときあえて錯覚を見続けようとするかのように歌うのです。錯覚だとわかっているのに!なんという高度な切なさ演出!これは「Friend」を超えたかもわかりません。すごくわかりづらくて「Friend」を超える名声は得られそうにもないですが(笑)。

曲は間奏へと続きます。アップテンポのまま、切ないストリングスに楽し気なホーンをかぶせるという、この錯覚を増幅させるかのような見事なアレンジです。もし、Randy KerberさんやJerry Heyさんが星さん金子さんの意図がわからないまま、注文されたようにアレンジ・演奏したのだとしたら、なぜこんなミスマッチなことをするんだ?日本人はわけがわからん!とか思っていたかもしれませんね。

曲は最後の局面に入ります。風でドアが鳴り、もしかして君が帰ってきたのか?と思わせる演出があります。もちろん「ただの思い過し」です。世の中そんなにうまいことありません。そして月日は無情に移り行き、窓には自分以外の影は映らず、それが見慣れた光景になってゆくのです。その間、あの匂いはどんどん薄まり続けてゆきます。開ける衣装ケースも減ってゆき、まるでタイムカプセルを開けつくしたかのような空虚感に襲われます。

そして後奏は、前奏と同じく、サビのボーカルラインをなぞるホーンを繰り返し、フェードアウトしていきます。終わりのないホリデー、実は出口の見えない失恋期間を暗示するかのように……。

これほどまでに切ないボーカルが、ルンルン気分とまでは言わないまでも、穏やかな伴奏に乗せて歌われた例は、古今東西そんなにないんじゃないでしょうか。この曲は、安全地帯・玉置浩二随一のギャップ演出ソングなのです。そこまで深読みする(そして当然、一人よがりに妄想しまくっているので、当然間違っていそうなわたくしのような)人もそんなにはいないでしょうから、この輝きは手垢が付きにくいものであり続けるのです。

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2020年03月08日

Only You


All I Do』五曲目、「Only You」です。シングル「All I Do」カップリングでもあるこの曲は、しっとりあっさりのバラードになっています。

アレンジはRandy Kerberさん、Wikipediaでみるとクラクラするくらい一流ミュージシャンです。格付けチェックに出たら(出ませんけど)ガクトさんが恐縮するだろうレベルの一流です。セレブのパーティーでワイングラスもちながら、腕利きのミュージシャンとして紹介されグラミー俳優とかと乾杯しているに違いありません。よくこんな人のスケジュールを押さえられたものです。キーボードは曲ごとのクレジットがありませんが、きっとKerberさんが弾いたことでしょう。このアレンジといったら!ビリー・ジョエルとかリッキー・マーティンを聴いているんじゃないかと思うくらいの洗練度です。

こんな曲を聴かせられたらさすがに、BAnaNAさえいれば日本でもレコーディングできたじゃん、というわけにはいきませんね。ハードロック・ポップテイストなChris Cameron、変な曲のBAnaNA、しっとりポップスのRandy Kerber、泣かせ担当の星さんと、役割分担ができていて、そりゃBAnaNAと星さんだけいればいいなら日本でやればいいんですけど、クリスやランディ、その他ミュージシャンやスタッフがレコーディングに参加できるとなると、選択肢はロスやロンドン近辺に限られてくるわけです。うーむ、なんと贅沢な……いや、クリスもランディもミュージシャンもスタッフも全員スケジュールを押さえて機材もみんな日本に運んできてレコーディングしたほうがずっと贅沢ですけど(笑)、さすがにバブル前夜の日本でもそんな無茶はできません。

さてこの曲、キーボード主体で作られたサウンドです。イントロは高く薄いストリングスをバックに、メインとオブリの鍵盤を絡めつつ、歌の世界へとわたしたちを誘ってゆきます。メインのキーボードに伴われ、玉置さんのボーカルがささやくように始まります。とぎれとぎれにベースを、ごくさりげなく入れながら、すぐに最初のサビに突入するのです。え?もう?なんという展開の速さ!

前曲の「Hong Kong」でもそうでしたけども、サビを覚えやすい曲名のフレーズにして、コーラスを入れて印象付けるというパターン、これ以前の安全地帯だとあまり多くないですよね。「じれったい」「Friend」「ど−だい」「悲しみにさよなら」「Lazy Daisy」「Happiness」……あとは『リメンバー・トゥ・リメンバー』にいくつか、くらいでしょうか。安全地帯の曲は「あーたぶんこの曲〇〇ってタイトルだよなー」と思えることがあまりないのです。そりゃ「じれったい」は、じつは「心を溶かして」というタイトルだったらコケちゃうくらい「じれったい」ですけど、「悲しみにさよなら」は「泣かないでひとりで」でもギリギリ通用する……すみません、書いててつらくなるくらいムリがあるかもしれません(笑)。要するに、よくある黄金パターンにとらわれずに作っているため、なかなか難しくて複雑なのだよフフン、とかそんな気分にあやうくなりかけましたが、玉置さんや安全地帯はよくある黄金パターンにとらわれていないがために、かえってその黄金パターンでもあまり気にせず使うことさえある、というほうが正確でしょう。

さて歌は二番に入りまして、ドラムが入ります。そしてストリングスもだんだん大きくなってきています。二回目のサビはもうすべての楽器が全開で入って曲を盛り上げるのです。うーん、アレンジもよくあるパターンなんだとは思うんですけども、こりゃ日本人には無理なんじゃないかな?と思えるくらいスッキリしているのです。日本人だともっと凝っちゃうような気がするんですね。シンプルさが無理というか。あ、いや、もちろん凝ってるんですけど、歌の魅力を引き立てる要素以外は極限まで削って、歌を前に出す効果のある要素はふんだんに盛り込む方面に凝っているというか……もちろん日本人のアレンジャーだって歌モノならそう思ってアレンジするんですけど、ものの考え方が違うように思えるのです。日本人アレンジャーが幕の内弁当だとするなら、ランディさんはステーキをメインにしたコース料理というか……相変わらずよくわからない喩えです。

そして歌に替わって物悲し気なホーンが主旋律を担う感想を挟み、曲は最後のサビに向かいます。最後のサビで、Only Youの意味が明らかになります。いや、はじめから明らかなんですけど、「この心にあなたがいるだけ」と日本語で歌いますので、いわば公式の翻訳が示されるわけです。この手法、かなり手垢の付いた手法なんですが、玉置さんが歌うとすごく新鮮ですね。「Rain 雨の街で〜」いや、それRainか雨かどっちか要らないじゃん、今日のゲストは内山田洋さんと、内山田洋とクールファイブのみなさんです、みたいな感じじゃん、あ、クールファイブなら内山田さんじゃなくて前川さんか、いやそれだって内山田洋とクールファイブの皆さんです、だけでいいじゃん!みたいな気持ちがムカムカムカとわいてくるのですが、この曲は別なんです、玉置さんと松井さんだから(笑)。

後奏も悲し気なホーンで、一瞬だけストリングスを入れるものの、基本的にはメインの鍵盤による伴奏だけでリードしていきます。鍵盤による最後の和音が消えていくなか、ストリングスが鳴っていたことに気づきます。うーんさみしい!恋をしてるんだから気分はルンルンハッピーじゃん!おじさんなんかすっかり枯れはててそんな気分になれないよ!老いらくの恋とかしたら「失うだけしかない」からさみしいかもしれないけど、そもそもそんな気にならないよ!とまあ、若いころの思い出はすっかりルンルンハッピーばかりだったような気がしてならないんですが、けっしてそうじゃないんですよね。若いころは若いころなりに悩んで苦しんで、たいした理由もなく「失うだけしかない」ような気がしたかもしれません。単純に横恋慕だったとか、浮気だったとか不倫だったとか、もしくは自分がへたれで声すらかけてないとか……ぜんぶロクでもない理由ばかりですが(笑)、それでも真剣だったような気がしなくもありません。そんなつもりはなくとも、思い出は美化されていくもの、正確にいえば、イヤなことを忘れていくものなんですね。

順序が前後しますが、歌詞の話をしますと、これは自分から声をかけられない類の失恋でないことは明らかです。「夢みてる」の夢は、赤い屋根の家でふたりで暮らそう的な夢ではありません。彼女の夢はアメリカでダンサーになることレベルの、叶うとふたりがバラバラになる類の夢でしょう。だから逢いたいんだけど、そして逢えたときはもう少しだけでいいから抱きしめさせていてほしいんだけど、二人とも忙しいのです。たのむからアメリカなんていかないで、ダンスなんかもうエエやろ、あきらめてワシんとこに嫁に来んかい!……とはもちろんなにひとついえなくて(笑)、せめて今だけの「恋」を満喫するしかできないのです。ああ切ない。

そうですねー、「失うだけしかない」理由は、おそらくですが、自分のサイドにもあるのでしょう。たとえ彼女がダンサーもアメリカもあきらめたとしても、自分の生き方が彼女と一緒にいることを許さないような……それこそ玉置さんレベルに売れっ子すぎて忙しいとか、不倫だったとか、あるいはその両方だとか(笑)、何かしらあやうい事情を抱えているのです。玉置さんはそんなのばっかりですから、すでに普通すぎていまさら驚きませんけど。もし安全地帯の世界を知らずにこの曲をふつうに美しいバラードだなーとしか思えないとしたら、それはソロ活動で新しいファンを獲得したということですから喜ばしいことではあるんですが、背後からわたくしみたいな邪悪な古参ファンがククク……はたしてそれだけかな?とか言いながら余計なお世話を焼きたくて忍び寄ってくるかもわかりませんので、ご注意が必要でしょう。

ALL I Do [ 玉置浩二 ]

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2020年03月05日

Hong Kong

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All I Do』四曲目、「Hong Kong」です。

BAnaNAに触発されたのか、それともBAnaNAが触発されたのか、イントロから右に左にと忙しくさまざまな音が聴こえてきて、中央からリズムセクションが曲を落ち着けるように始まったときに爆発音が響き、歌に入ります。

「She Don't Care」と同じくクリス・キャメロンさんがアレンジをしているわけですが、この曲も同じギタリストが弾いているんじゃないでしょうかね。カッティングとハーモニクスがニクいニクい。あのころのAOR感満点です。そして、チャイナ感を表現するのに「ズタタタタタ……ズタタタタタ……」というリズムを使うのも、当時の定番だったように思います。そこにこんなギターを織り交ぜるのが新鮮……東洋と西洋のミックス度が高い日本の音楽(で香港を表現しようとした)、という雰囲気を出そうとした……かどうかはわかりませんが、「Hong Kong」というタイトルが先にあって、それに合わせてアレンジを行ったのでなくては説明のつかないチャイナ感です。きっと玉置さんがデモの段階からHong Kongと歌っていたのではないでしょうか。

さて香港は「熱視線」のプロモーションビデオでも使われ、しかも安全地帯人気がとても高い都市です。当時は香港ヤングたちがどんなに安全地帯が好きかなんて少しも知らなかったのですが、2000年ごろ、いまはなきICQで香港のファンたちと交流して、安全地帯&玉置浩二の凄まじい人気ぶりを知ることができました。

沢木耕太郎が『深夜特急』で最初に訪れ、居心地の良さに予定を越えて長期滞在した街、そして安全地帯や玉置さんの音楽に熱狂する人たちの暮らす街、どんなに面白い街なんだろう、と、わたくし香港に俄然興味がわき、とうとう香港に行ってしまったのです。映画でジャッキーチェンが飛んだり跳ねたりしていた、マンガで清服を着て小さいサングラスをかけている、語尾が「〜アルネ」とかの人が人身売買をしているちょっと怖い街、といったイメージは、すぐに吹っ飛びました。なんじゃこの超大都会は!東京や大阪といった日本の大都会とは次元の違うそのエネルギーに圧倒されたのです。旧啓徳空港跡地の脇にあるホテルに泊まり、わたくしは九龍地区を練り歩きました。残念ながらごく近くにあった九龍城砦は取り壊されてきれいな公園になっていましたが、それでも十分に旧市街地からは香港のアジアンゴシックな魅力とそこに息づく人々のエネルギーを感じることができたのです。

……とまあ、香港への熱い思いをひとしきり語ってみましたが、直接関係ないですよね、この曲、香港と(笑)。だって「Hong Kong」の連呼がなくても歌詞の物語は成立しますし、「Hong Kong」以外の歌詞にも香港を感じさせる要素がありません。きれいな三日月は世界中で見られますし……「看板!」とか「夜景のフェリー!」とか「どろぼう市!」とかあれば香港っぽいですけど……。アレンジがチャイナ感あるのは確かなんですが、アレンジと「Hong Kong」の連呼だけがチャイナです。

つまり、この曲が「Hong Kong」である必然性は、誰もがわかる観光客的な視線に求めるのではなく、玉置さんのパーソナルな視線に求めなくてはならないでしょう。つまり、玉置さんは、香港の街でかつて恋をした、もしくは香港の地で日本での失恋を嘆いた、という設定があるわけです。安全地帯は香港で何度もコンサートを行っていますから、香港の街を楽しんだ、そしてある女性と知り合い恋に落ちた、もしくはこっそりと日本の女性を伴って楽しんだ、あるいは、異国の地香港で、日本で破局した女性のことを思って歌った、等々のことにも多少なりともリアリティがあるわけです。実際にそうしたかどうかはわかりませんが。まあ、玉置さんが香港の街を恋ができるくらい自由に歩きまわると、東京で山手線に乗るのと同じくらい、ファンに囲まれて身動きが取れなくなる可能性が高そうです。

夜のビクトリアハーバーから眺める香港島は超高層ビルだらけの非現実的・非自然的なビジュアルをもっています。そこに三日月があり、スターフェリーが往復してゆくことさえウソみたいに。背後の旧市街地はギラギラと輝き、いつもの喧騒を見せていますが、海岸公園は静かです。もちろん横浜の山下公園に比べれば明るくて人だらけですけど、それでも旧市街地の繁華街に比べれば、物思いにふけることもできるくらい落ち着ける雰囲気となっています。

そこで見た三日月は、かつての恋人を思い出させる三日月でした。そして始まる幻彩詠香江(シンフォニー・オブ・ライツ)、ビッカビカのギッラギラなんですが、定時には終わります。つまり、「Vanishing Light」です。あるとき始まり激しく盛り上がり、そして消えた後には一体あれは何だったんだろうと思わせるところが、恋や夢に似ています。まあ、そのまま旧市街地に一杯飲みに行けばいいんですけど(笑)、かつての恋や夢を思い出してしまったらそうもいきません。あのときは心も体もすべてを奪ったような気がしていたけども、それはいっときの幻想だった、まるでこの幻彩詠香江のように。お願いだ、消さないでくれ、このままめまいを続けさせておくれ、めまいが治ったら、彼女を思い出して逢いたくてたまらなくなっちゃうじゃないか!(笑)

そして香港は暑いのです。春先ですでに30度を越えます。大陸の人はクーラーをかけるのが贅沢と思い込んでいるフシがありますので、観光客が出入りするような室内はえらく寒いんですが、地元の人が夕食を食べているような食堂や、何キロも露店が続くお祭りのような市場は夜でも暑いのです。Dreaming Tonightは暑くて眠れない……もちろん失恋の痛みで眠れないんですけど、腕に恋人が眠っているかのようにねっとりと暑い香港の夜に思い出すことは、もちろん痛いこと……焼けつくような肌の感触でもありうるでしょう。Dreamingだから眠れてるじゃんというツッコミはこのさい野暮ということで(笑)。

こんな具合に、香港という街のエネルギー、そしてそれを象徴するかのような幻彩詠香江は、クールな日本にいると思い出さないですんでいた過去の傷をふたたび疼かせるほどのものなのです。あ、いや、アンタがそう感じただけでしょというツッコミはたいへん的確なのですが(笑)、そうとしか読めないんですよわたくしには!

そして曲は「Hong Kong」の連呼と、間奏の、ペンタトニック一発に近いギターソロ、もう一度「Hong Kong」の連呼であっさりと後奏へ、そしてAMAZONSの「Hong Kong!」を伴いつつフェイドアウトしてゆきます。香港のエネルギーは終わりのない祭であるかのように、どこまでも続くのです。

今回、何度も「Hong Kong」を聴きなおしましたが、このギターの音は異常にカッコいいですね。歪みが軽めなのにかなりハードに聴こえます。そして安全地帯のお二人がもっている色っぽさ艶っぽさがないのです。土方さんの若いとき、NAZCAの頃みたいです。いや?こんなの、BOSSのSD-1をコンプで叩いてミキサーに直入れ(ライン録りといいます)すれば簡単だよ?とか言われそうですけど、そんなの、わたしだってわかってますよ!腕の問題なんです。こういう乾いた音を抜群に使いこなすリズム感とタッチがなければ、とてもとてもそんなセッティングにチャレンジできるものじゃなりません。あー、これお願いしますってシールドをPAの人に渡したら、きっとキラーン!とメガネの奥が光って、さあどんな音を出すのかな?じっくりと聴かせてもらおうかククク……なんて感じになるに決まってるのです(被害妄想)。そんなわけで、いまどきこんな音を出すギタリストはいない、いや、あえてこの音を出そうとするギタリストはいないというべきでしょうか。そんな音を堪能できる曲なのです。

ALL I Do [ 玉置浩二 ]

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2020年03月03日

1/2 la moitie

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All I Do』三曲目、「1/2 la moitie」です。

「二分の一、半分」?いきなり意味がよくわかりません。laは定冠詞だと思うので、「1/2 the half」ですかね、英語でいうと。フランス語の定冠詞は格変化が非常にささやかですので、何格なのかわかりませんが……わたくしのわからない熟語か何かかもわかりません。意味をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひお知らせください。とりあえず定冠詞ですので、不特定のでなく、恋人的な、一つのものだったはずなのに別れてしまった片割れ、自分の方をさらに1/2することで心も体もバラバラ……といった意味でラブソング的にムリヤリ解釈したいと思います。「全然違うよ〜」だったら、あっさりぜんぶ崩壊する解釈ですけども。そもそもほんとうにフランス語かどうかもわからないんで、大いにその可能性はあるわけです(笑)。bleueがフランス語の「青」だ!知ってる知ってる!だからフランス語なんだよーとはしゃぎたいのですが、ヨーロッパの言葉を知悉しているわけではありませんので、非常に慎重な態度をいっぺんは取っておかないと安心できないわけです。簡単にいうと一周回ってインテリぶりたいへたれです。

さて、この曲、二曲目に続いてBAnaNAさんがアレンジを担当していますね。いきなり派手なオーケストレーションで泣かせに来たか……こちとら「Friend」とか「To me」とかで慣れてるんだ……よし(泣く)準備はできたカモン!と身構えていると、玉置さんの「ブ…ルゥ…の〜」とボーカルが始まったと思いきや、ドム、ドムムン…とコントラバスっぽいベース音、シャシャン…シャン…とハイハットらしき音、ボーカルとの掛け合いのようなシンセ音がルーズな曲調をリードしはじめ、あ?あり?何か様子が違う?と気が付かされます。

なにしろサビらしき箇所「どーこにー」のあたりが、ぜんぜん泣かせに来ないのですから、反応に困ることこの上ないです。悲痛な叫びなのに、一回目のサビでは「そ、そんなこと言われても……関係ないし……」という気分になるくらいです。しかし、この曲を楽しめないとこのアルバムにはハマりきれませんし、玉置さんがたまに見せる不思議な魅力に気づかないでスルーしちゃうことになるわけです。これは気合いを入れねば!そして「不思議な夜」で垣間見た、BAnaNA×玉置ワールドに引きずり込まれてゆくのです。

まず「bleueの〜」の低音ボーカルが真ん中から聴こえますよね。そして「鏡の〜」で、右に注意を引かれます。この箇所はボーカルにエコーがかかり、まず右からボーカルが聴こえ、真ん中〜左寄りにすぐエコーが聴こえるという仕掛けになっています。これにより、(同じ顔をした)鏡からも声が聴こえてくる、しかもそれが笑い声であるかのような印象が脳裏に叩き込まれるわけです。それが、かつて同じ部屋にいた恋人が一緒に笑ってくれていた日々を思い出させる、という非常にせつない印象を与えるわけです。

こんな気持ちを、「約束」のような軽快なポップスで表現できるなら、それはもうある程度失恋を消化できた頃なのでしょう。しかし、昨日とか先週とかだと、la moitie(片割れ)を喪失した痛みも生々しく、かなりドロドロした気持ちを抱えたまま朝から霧が出ているような日を迎えてしまったら、それこそ頭の中にこの曲のイントロが流れて一気に気分はスーパーブルー、やっとの思いで紡がれることばは少なく、この曲のようにズトン……ズトトン……と、絞り出されるわけです。そう考えたら、なんかこういう曲調でなければ表現できない一面が、そういう心理的事実が、たしかに心の中にあるはず!という気分にもなれるというものです。サビ「どーこにー」の箇所も、そのまま悲痛な叫びであって、「わかるわかるーそういう気分のときってあるよねー」とはいかないものの、これほどまでに失った恋人?を求めるその切実さに、胸を打たれます。しかし、戸惑いますよね……思うに、安全地帯のこれまでの曲は、誰の胸にもある傷、心の中の宝箱といったようなものを主に表現してきたのに対して、この「1/2 la moitie」はかなり痛い思い、まだ新鮮ほやほやの生々しい傷をえぐるような、そういう痛さを知る人もいるだろう、くらいに共感できる人の幅を制限しているかのように思われるのです。

サビらしき叫びから間をまったく置かずに歌は二番に入ります。また右から「bleueの〜」です。「夢を刺」すという珍しいレトリックが用いられていますね。ふつうに考えれば、ふたりで描いていたルンルンの将来構想を破棄するということなんでしょうけども、それを刺すと表現しています。やぶれかぶれになりそうな心をどうにか抑え込んでいるんだけども、どうにも我慢できずに一撃、刃物で切りつけるんじゃなくて、鈍器で砕くのでもなく、刺すんです。原型は残しつつ致命傷を負わせることで、夢への愛おしさと憎しみとを両立させるわけです。

そしてまた悲痛な叫び、今度は「逢いたい」です。リバーブたっぷりに部屋全体に響き渡ったかと思うと、次の「逢いたい」は右チャンネルから、ほとんどリバーブをオフにして生々しく聴かせます。一瞬正気に返ったけどもまだ逢いたいんだと思わせる、なんとも切ない叫びです。リバーブとパンニングでこれだけの演出をするんですから、エンジニアはさぞ苦労したことでしょう。わたくし、これは玉置さん(とBAnaNAさん)が、ソロ活動だからバンドの制約をまったく気にせずに曲を作った結果だと思っております。安全地帯はバンドですからライブの際に立ち位置ってものがありまして、ここまでの演出を求められる曲をレコーディング・演奏すべきか、ちょっと考えてしまうでしょう。もちろん、ライブでも卓で何とかできなくもないですし、そもそもこの曲はベーシストとBAnaNAさえいればできそうではあるんですけども、バンドとしてそういう表現方法をよしとするかは別の話だからです。

「渇きそうで」は、これまた切実です。渇いてしまったらもう元の姿には戻れない……干ししいたけを水で戻してももう元のしいたけには戻らない……アルコール中毒患者に対してスリップ(再飲酒)すると怖いよーと諭すみたいな喩えですが、心の傷だってなかなか深刻なのです。ヨリを戻しても、もうもとのふたりではないんですよね。いろいろ感じたり思ったりするところはあっても、別れを経たカップルは、そうでなかった時代のふたりとでは、何かが違うはずなのです。フランス語だからアベックというべきでしょうか(しつこい)。

さらに「どーこにー」を右チャンネルから繰り返し、堂々巡りのグチャグチャな心情をこれでもかと印象付けます。そして曲は後奏へと続きます。唐突なピアノ、しかもかなり硬質・無機質な音のピアノで、ボーカルラインをなぞり、もう言葉にならない叫びを表現しているかのように響かせます。オクターブで鍵盤をかなり強く叩いたんでしょうか、音が割れているように聴こえるのも、これまた玉置さんの壊れっぷり、ささくれっぷりを思わせます。曲は最後にまた悲しくも美麗なオーケストレーションを入れ、「旧校舎のテーマ」ですかと訊きたくなるような業の深さと強烈な寂しさを感じさせるのです。

うーむ、なんという……「Friend」だって聴くタイミングを間違えたらトラウマ級の破壊力でしたが、この曲は、うっかりどストライクなタイミングに聴いてしまうと、闇の世界に引きずり込まれそうな迫力があります。失恋したばかりの人を癒す気は全くありません。みなさまどうか、この曲を聴くときはタイミングにご注意ください。この曲は凄いですよ!効きますよ!よくない効き方のような気もしますけども!そりゃ人によっては、キリコとかダリの絵を見て失恋の痛みから立ち直るということもあるかもわかりませんので、「個人の感想です」としか言いようがないんですけども。

そんなわけで、壮絶な悲恋ソングでしたというお話だったわけなんですけども、松井さんがじつはこの曲はシャムの双生児をモチーフにしたんだとかつぶやいたらすべて吹っ飛ぶ解釈ですね。当ブログは、玉置&松井コンビなら何でもかんでもラブソングに違いないと根拠なく断定して記事執筆に臨む傾向がありますので、よくよくご注意ください。

ALL I Do [ 玉置浩二 ]

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2020年02月24日

Love ”セッカン” Do It


All I Do』二曲目、「Love ”セッカン” Do It」です。

初めて聴いたとき、なんじゃああああこりゃああああ!と、松田優作なみに動揺したものです。いや、アレは殉職のシーンですし、死ぬほど動揺してないと松田優作なみとは言えないんですけども……ともかく、少なくとも少年の心に強力な印象を叩き込むのには十分な破壊力をもった曲でした。

何せ、タイトルからして「セッカン」ですからね。「摂関」ではなく「石棺」でもなく、「折檻」、オシオキでしょうねええええ(動揺)。いや!いまとなってはオトナのわたくし、念のためにseccanという単語がないか辞書で確かめるくらいの冷静さは持ちあわせております!おりますが!見事にナシ!ネットでもチェルノブイリの石棺をどうこうする、みたいな日本語の記事が上位にずらっと並んだところからして、セッカンは日本語であるという結論に至らざるを得ないでしょう。松井さん……「いったんそれ(『安全地帯IV』までで完成した安全地帯の歌詞スタイル)を壊さないと歌詞が作れなくなった」という境地で『安全地帯V』の作詞に挑んだというのは存じ上げておりますが、傍からみると『All I Do』での壊れっぷりのほうが遥かに上回っております。「僕が詞を書かないほうがいいのでは」とか「バンドと違って英語を使ってもいいんじゃないか」などと、あまり壊れっぷりのほうにはコメントをなさってませんけども(いずれも『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、いやいやなかなかどうして、玉置さんソロのハジけっぷりを見事にことばという媒体で表現なさっています。誰も安全地帯と同じ性質を感じることができないくらいに。

さて、気を取り直して曲ですが……

耳に残るところが多すぎてコメントしきれない!と思うくらい、さまざまな仕掛けに満ちています。編曲はこの手の曲の例に漏れず川島さんですが、いったいどんな凝り方をしたらここまで凝れるんだ!というくらいアレンジに注力したものと思われます。ここまで本気のBAnaNAは初めて聴いた……というくらい、バンドへの遠慮というものがありません。

ばっと耳につくものは……ひたすらメインのリフを鳴らす鍵盤、キコキコ鳴りっぱなしの拍子木みたいな打楽器、ブインブインと鳴り響くベース、左右に振られるパッド、左チャンネルにアクセントで入る低い管楽器(バストロンボーン?)……どれもこれもアクの強いタイミングで印象的な音色をダイレクトに脳髄に叩き込んできます。凄いですね川島さん。ロンドンとロスでレコーディングしたそうですけど、川島さんさえいれば日本でもいいじゃないですか、と思えてならない、とんでもないアレンジです。

そして、忘れてはならないAMAZONS、日本のコーラスグループですね。このアルバムのわずか三か月前にリリースされた「じれったい」でコーラスをされた、日本女性の三人組です。いまでも活動されているようで、ちょっと驚きました。中学生のころ、TSUTAYAとかでアルバムを見たこともあります。メンバーの天野由梨(吉川智子)さんは、アンパンマンでアカチャンマンを演じている声優さんでもあるそうです。このコーラス、効いてますね……日本人女性歌手(アカチャンマン含む)がこんなセクシーさを出せるとは……おもにkittyレコード系でAMAZONSのクレジットをちょいちょい見ましたけども、これなら引っ張りダコだったに違いありません。

「ウ〜YEAH!」と玉置さんの低めなシャウトを皮切りに曲は始まります。二回目の「ウ〜YEAH!」からブンブンとベースが鳴り上下にガクガク揺られながらパッドで右にも左にも注意を取られつつ玉置さんの歌が始まるんですけども、いきなりサビでLOVE セッカン DO ITとわけのわからない言葉で頭がついていかないという快感をくらいます。さあ……愛のオシオキだよ……ほーれほーれDo It! これはアタマがおかしくなるんじゃないかとしょっぱなから心配になってきます。

Bメロではベースがルート弾きでスピード感、高音のストリングスでスリル感を高め、緊迫感を演出します。「ハートに隠してる紅い林檎」はもちろん、アダムとエヴァの齧った禁断の実でしょう。アダムとエヴァはこれでエデンを追放になるわけですから(旧約聖書の神は、現代日本人たるわたしたちには到底よくわからない仕打ちをしばしばなさいます)、これはバレたらヤバいアフェアー感バリバリの情事なのがご想像いただけるかと思われます。付言しますと、アダムとエヴァは禁断の果実を口にしたことで、恥じらいを知ってしまったわけです。つまり、恥じらいなど無縁にみえるイケイケの男女が、シチュエーションに燃え上がり、恥じらいの感情をハートの奥底から思い出してしまった、というわけなのでしょう。なんというドキドキ!同時期に『少年ジャンプ』ではグループ交際の冬山デートでスキーのゴンドラに吹雪で意中のあの娘と二人きり閉じ込められてしまった!などという当時最新のドキドキ演出をしていた時代に!玉置さんの音楽がいかにオトナをターゲットにしていたか、よくわかるギャップの大きさです。

ここでさらにAMAZONSのセクシーコーラス、さらに透明感のある鍵盤でオブリを入れつつ「LOVE セッカン」をかまし、そのまま怒涛のリズムで佳境のCメロに入ります。何が佳境って、そりゃ、ナニですよ(80年代)。「ねぇいい?」からはじまるこの箇所、日本語とは思えないリズムで「ねぇ」「いい」「もう」「じゃあ」と、「東村山音頭」の「ちょいと」「ちょっくら」なみの意味のなさ……いや、意味はもちろんありますし、気持ちもよくわかるんですけど、いかんせん言葉になっていません。それがまた、気持ちが切迫していることをよく表現しています。松井さん天才ですか、いや天才なんですけど、玉置さんにこう歌わせると、信じられないくらいの(エロ)パワーを発揮するということさえ計算ずくなのだろうと、にわかには信じがたい想像をしてしまいます。AMAZONSの「まだだわ」も、玉置さんのパワーでセクシー度最高潮になるんですから……。

さて歌はAMAZONSとの掛け合いで、オブリの鍵盤もともないつつ、「せびるわ」「とぼけるぜ」とちょっと焦らしの小康状態で駆け引きに入ります。その後、Bメロでまた「ギャングだぜ」と燃え上がり、「つくづく↓」と印象的な低音を入れます。これは、古くは『大草原の小さな家』でチャールズ父さんがバイオリンを弾きつつ「ああおれはジャングルの王様↓(だんだん低くなる)」とローラを大笑いさせていたテクニックです。残念ながらマイケル・ランドンはドラマで再現しなかったようですけども(笑)。いや、これが元祖かどうか知りませんよ。西部開拓時代にはすでにこの技法があったということだけは確かなようです。

さて、ここで登場する「となりもセッカン中」はちょっとした謎ですね。隣の家……いや、モーテル(80年代)の隣の部屋?まさか仕事中で隣のオフィス?と想像をたくましくしますが、そんなこと(当事者にも)わかるわけがないので常識的に考えれば、いままで二人のことしか頭に入ってなかったリスナーの視野を、まるでカメラを引いて建物の俯瞰図に広げるかのような効果を狙ったというべきでしょう。曲はサックスソロに入ります。

そして怒涛のCメロが再び……もう、曲の構成がセオリーから外れすぎていて、AもB
もCもあったもんじゃないぜつくづく↓という気分になりますが、こんどはAMAZONSが「ねぇいい?」と懇願する側になっています。そして玉置さんが「だめだよ!」とセッカンを行う、という仕掛けなんでしょうね。これはいやらしい(笑)。

最後のサビで、「ほらぜったい好き」「ほらやっかい好き」「世界中」「倦怠中」と韻を踏みます。ここに松井さん一流の遊びが垣間見えて、なんだかちょっとほっとします。安全地帯にもたまに登場した技法だからです。もちろん普通に韻を踏むだけならだれでもやってるんだとは思いますけど、松井さんのはとにかく際どいんですよ。「ほらぜったい好き」は女性の心を弄びつつも、好きなんだと確信してちょっと安心し、「やっかい好き」で「倦怠中」に「しょうがないなあ〜いつもいつも〜」とちょっと喜んでいる男心が表現されている……ように読めるという塩梅です。「世界中」はよくわかりませんけど(笑)、「セッカン」と音の響きが近い言葉を使いつつ視界を一気に広げるかのような効果があります。

曲はラストに向かってセッカンを再度敢行します。そして、唐突に終わるのです。「NA」という謎のつぶやきを残して。うーん、解説しようとして聴き込んでみたら、思っていたよりはるかにとんでもない曲でした。少年期になんじゃあああこりゃあああとマインドをシェイクされたときよりも、さらに大きい衝撃を受けた気分です。こりゃまだまだ、聴き込みが足りなかったようです。大反省です。そして何より、かつてよりもさらにいい曲だと確信できましたので、ニヤニヤしながら聴いていけるのがうれしくてなりません。きっとまた、解釈も更新されてゆくことでしょう。

ところでこの曲、プロモーション動画を、検索すれば観ることができます。いまの時代からみると、バブリーすぎておいおいおい大丈夫かよ!と思わせる気満々の、これまた非常にメンタルブレイキングな出来になっておりますので、ぜひ人を選んでおススメしたいと思います。

ALL I Do [ 玉置浩二 ]

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2020年02月16日

She Don't Care

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All I Do』一曲目、「She Don't Care」です。

いきなりShe Doesn't Careでないのはおかしいのでは?と思いますよね。そこで、「スラングだよ、ビートルズも使っているよ」と言えたらとても英語通な感じがしてカッコいいわけです。おおー!ぜひ言ってみよう!だれかShe Doesn't Careじゃないなんて松井さん英語わかってないなーとか言っていたら、すかさず「スラングだよ、ビートルズも使ってるよ」と言おう!と待ち構えたい!「へー、で、ビートルズのなんて曲?」と訊き返されてアタマ真っ白になるというオチも付けたい!(「涙の乗車券」ですね)。

さてこのアルバム、演奏しているのは安全地帯でなく、海外の一流ミュージシャンなわけですが、クレジットをみてもほとんどわかりません。これは赤っ恥!と思って、いそいそとWikipediaなんぞを検索してみるのですが、ギターのPaul M. Jackson. Jr.さんがいきなり有名人で驚きます。もう見ないことにしようと思うくらい、わたくしわかってませんでした。そして、おそらくこの曲でキーボードを弾いている、アレンジャーにもクレジットされているChris Cameronさんも、セカンドアルバム『あこがれ』にもクレジットされているシンセのPaul Ellisさんも、聞いたことあるようなないような……?な程度でした。うーん、カーマイン・アピスとか、ニール・マーレイとか、そういうのが一流ミュージシャンっていうんじゃないの?とか思っているヘビメタ馬鹿には無縁な世界の一流ミュージシャンさんなのでしょう……(精一杯の強がり)。

左右に振られたシンセの音色から、ズトトントントン!と鋭いドラムが入り、ヘビーなギターとベースがリズムを刻みます。ハーモニクス出しまくりの、やけにカッコいいギターです。

この時点で、安全地帯とはアレンジ思想がかなり異なることが感じられます。はじめからそう思って聴くからそう聴こえるだけのことなのかもわかりませんが、バンド的なアソビが一切ありません。武沢さんはこう弾くだろうから、矢萩さんはこう重ねるだろうから、という長年苦楽を共にしてきた仲間ならではこそ可能であるような、メンバーを想定したバンド的なアレンジではなく、はじめにプロデューサーやディレクターの思想があり、そこにミュージシャンたちが自分の引き出しの中から合わせていく、というような、バンドありきの統一感でなく、アレンジ思想ありきの統一感が感じられるわけです。うーん、これは油断ならないぞ。安全地帯と似たような聴き方だと思わぬヤケドを負いそうです。ミュージシャンの名前をほとんど知らなかった時点ですでに瀕死の重傷を負っているという事実はすっかり棚に上げるとしても。

さて、するどいドラムを残し、ベースもギターも控えめに短音リフを弾きつつ、玉置さんの歌が入ります。そこで歌詞ですが……簡単にいえば、ぜんぜん気がないように見えるか、もしくはほんとうに気がない女性を嘆く歌ですね。いまいちこっちを見ていないような……実際見てないんでしょうけども(笑)、いわゆる当時の「アッシーくん」「メッシーくん」扱いされているんだけど、そうとは思わず、いや、半分気づいていながら、一縷の望みにかけているという、なんだか「こしゃくなTEL」以来のつらい恋をしている玉置さんが表現されているように思われます。

Bメロに入りまして、ギターとベースがガッガガガ!ンガッガー!(ズキュン!)といった、カタカナで書くとマヌケこの上ないけども、聴いてみると、並のボーカリストなら喰われかねないカッコよさでリズムを刻みます。しかしそこは玉置さん、「なにを なにを」と彼女の視線を追い、「知りたい」と情熱を吐き出し、鬼気迫る迫力でギターとベースに立ち向かいます。ある種の予定調和的なスリリングさがあった安全地帯と違い、ひとりひとりのミュージシャンが互いに争い、次の瞬間は誰が勝者になっているかわからないような怖さがあります。こ、これは戦いだ!まあ、玉置さんのアルバムなんですから、玉置さんを勝たせるにきまっているんで、エンジニアはその気になればギターやベースのフェーダーを下げるだけなんですけど(笑)、ギリギリまで緊張感を高めさせたようなアレンジとミックスになっています。この曲のアレンジとミックスはほんとうにカッコいいです。

さらに、同じリズム・リフでそのままサビに入るという、予想をかなり裏切る曲構成に驚かされます。シンセがオブリに入っているので、アレンジも一応は盛り上がるんですが、それでも基本線はBメロのままです。玉置さんの咆哮がサビの盛り上がりをほとんど一人で支えているという、と少し心配になる大胆な作戦に打って出ます。関ヶ原の島津撤退なみの豪胆さがないと、とてもこんなアレンジはできません。

ところで、彼女は何にふるえているんでしょうか…?それとも彼がふるえているのか?何かに夢中になっていて心をふるわせている彼女が(自分を差し置いて)一体何に夢中になっているのか知りたくて仕方がない、のか、それとも、彼女に微妙に冷たく、それとも生ぬるく扱われている自分が歯がゆくて、彼女にもっと近づきたくてしかたなくてふるえてしまっている自分の気持ちをわかってほしいよ!と言っているのか、どちらにしてもロクな将来像が描けそうもないカップルです(笑)。

ブラスで間奏の旋律を描き、曲は二番に入ります。一番とだいたい同じ調子で進みますし、話も当然進展してませんので(笑)、まあ、これは割愛してもいいでしょう。「つまさきのしぐさ」なんて、そんなの見えてるわけないじゃん!という冷静なツッコミも野暮な、安全地帯的な松井ワールドがここにちらりと見えるのは印象的ですね。

特筆すべきはサビの終りから間奏に入る、そのアレンジです。「ハ〜ハ〜ヤッ!」という玉置さんの叫びから、シンセサックスでベースとドラムで短く、「ダダダダダダ!ダンダン!」と激しく変則的に畳みかけ、ルーズだけども速いサックスソロを挟んでこれまでのリズムをいったんリセットします。これはカッコいい!うーむ、こういうこと思いつくのは誰なんでしょう。玉置さんはあまりミュージシャンと話さなかったようですから、星さんや金子さんが主導したんでしょうけども、この二人はつとめて安全地帯の色を消そうとしたに違いないのです。

そして曲はサビを繰り返しつつ、フェードアウトしていきます。ここで気づくのですが。「She Don't Care」って、ヤマビコいれてますけど、基本的には玉置さんの声を一回だけで歌ってますよね、ここの歌詞を。普通だったらハモリとか入れそうなところなのに。これにより、玉置さんの声だけで勝負!という意気込みがおそろしく強く感じられるアレンジになっているように思えるわけです。これは……島津軍どころじゃないかもわかりません。呂布だけで勝負!なみの個人戦(周りはもちろん個人戦のつもりはありませんけど、ひとりだけ段違いに強いのでそう見える)です。

一曲目からこんなんですから、このアルバム、先が思いやられます(音楽的にはいい意味で、わたくしのアタマ的には悪い意味で)。そしてわたくし、一年も記事を書いていなかったことに気づき戦慄しておりますので(笑)、なるべくソロソロとリハビリしていきたいなーなんて思っているわけであります。

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posted by toba2016 at 16:38| Comment(4) | TrackBack(0) | All I Do

2019年02月26日

『All I Do』

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だいぶ久しぶりになってしまいました。玉置浩二ファーストアルバム『All I Do』です。1987年8月発売、地味な茶色のジャケット写真が逆にTSUTAYAとかの新譜コーナーで目立っていた記憶があります。

「一流ミュージシャンの伴奏で玉置浩二の歌を聴かせる」というコンセプトだったそうですが(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)、当時の私には、いや今でも(笑)、安全地帯でない演奏で歌う玉置さん
のボーカルはしっくりきません。『CAFE JAPAN』で玉置さん自身が演奏をはじめて、ようやくいくらか違和感が和らぐくらいです。武沢さんだけが不参加だった『To me』もなんだかなー、です。ですから、「こんな浩二もいいじゃん」なんてとても思えませんでした。『安全地帯V』にもさんざんスタジオミュージシャンが参加しており、中にはメンバーの演奏でないものもけっこう含まれているというのに、クレジットが違うだけで結構幻惑されるものです(笑)。

とはいえ、さすがの玉置さん、曲と歌はマーベラスな出来で、安全地帯のことを頭から消して聴くとものすごい威力をもったアルバムです。実験的、際どい、などと、貶してもいないけど褒めてもいない評価の散見されるアルバムですが(笑)、それは玉置さんが曲と歌で思いついたことを、スタジオミュージシャンの苦労など気にかけずに好き放題やったからであって、そのぶん玉置時空に引きずり込まれる快感を他のアルバムより多く得られるものとなっています。

では、一曲ずつご紹介を。

1. She Don't Care
 リズムが大胆な、爽快ギター・ロックです。キターのカッコよさがかなり強いんですが、玉置さんのボーカルが対等以上に強いものになっています。

2. Love ''セッカン'' Do It
 前の曲とこの曲を足して二で割ると「じれったい」になるんじゃないの?というくらい、安全地帯・Bananaテイストの強いナンバーです。

3. 1/2 la moitie
 「不思議な夜」系統の、玉置浩二・Bananaテイストソングです。この二人がやりたいようにやると、こうなるんですね。オーケストレーションが美しいのに、歌メロが泣かせに来ないという、なかなかない趣向の曲です。

4. Hong Kong
 安全地帯は当時からすでに香港で大人気でしたが、日本でも香港人気があったんですね、この頃。きっと『ブレードランナー』のせいでしょう(笑)。曲はちっとも香港っぽくないですが、それ抜きで楽しめるロックナンバーです。

5. Only You
 シングル「All I Do」カップリングです。美しいバラードですので、安全地帯的なバラードを期待した人はきっと、ここでようやく期待に応えてもらった快感に咽び泣いたことでしょう(笑)。逆を言うと、ここまで裏切られ続けたわけです。

6. Holiday
 これも安全地帯的バラードを求めた人が喜んだ曲でしょう。かわいらしい演奏でせつない歌詞という、玉置・松井コンビの真骨頂です。

7. All I Do
 シングル曲にして、タイトルナンバー、このアルバムのメインと言える曲です。歌メロは安全地帯ですが、曲もアレンジも従来の安全地帯にはないテイストの、ハードなミドルテンポ・ロックです。ソロ活動するならこれくらい毛色の違うことをやらないとね、という決意が伺えます。歌メロとボーカルは安全地帯ですので、うっかりすると違いがわかりません。

8. Check on Myself
 前三曲で安全地帯ファンを喜ばせた玉置さん、また遠くへ走り去ろうとしています(笑)。チェックということばの、音・リズムの面白さと、半ば意味のない歌詞との融合が見事な、リズム主体のロックナンバーです。

9. なんだ!!
 明後日への疾走はもう止まりません(笑)。エポックメイキングさが際立つこの曲をシングルにすればいいんじゃないの?と思うのですが、おそらくレコード会社は止めるでしょう(笑)。「なんだ」のリズムと、意味の強さを前面に出したロックナンバーです。わたし的には、このアルバムで一番カッコいい曲ですね。

10. Time
 安全地帯・玉置浩二随一の美しいピアノで、これこそ歌を「聴かせる」バラードです。pukupukuさんにご指摘頂いてその存在を思い出した(笑)、小曲です。すみません!大作家の掌編小説みたいな……、芥川の『蜜柑』にも似た輝きを放っています。

11. I'll Belong.... 結婚式で歌う人がいるそうですね、この曲。たしかに結婚式の雰囲気に似つかわしい、隠れた名曲です。バラードのアレンジが安全地帯でないとちょっと弱めになりがちな玉置さんなんですが、このくらいあっさりでないと、結婚式にはよろしくなさそうです。もちろん玉置さんはそんなつもりで作ってないと思いますが。

12. このゆびとまれ
 音程の確かでない子どもコーラスは、玉置さんの必殺技の一つですが、この曲が初のお披露目でしょう。当時は驚きましたが、いまはすっかりニコニコです(笑)。「ゆびきり」へと続く、童謡ライクなかわいらしい曲です。松井さんの、思わせぶりな歌詞が泣けます。ソロ活動を始めた玉置さんに「このゆびとまれ」と歌わせるんですから……。

次回より、一曲ずつ語らせていただきます。この更新だって一年か二年ぶりですから、いつになることやらとちょっとあやしいものですが(笑)、なるべく頑張ります。

【追記】AMAZONSのみなさんがトーク動画をアップしてらして、このアルバムに関してもいろいろ知らなかったことがわかりました。現地のコーラスだとどうしてもしっくりこないからと、ノーギャラで急遽ロンドンに呼ばれたそうです。面白いですねえ。

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