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『安全地帯V Harmony』十一曲目、すなわち『安全地帯V』のラストチューン、「To me」です。
エレクトリック・ピアノの澄んだ音で「ジャジャジャン〜」と始まるこの曲を聴くと、ああ、このアルバムも終わりか……いいアルバムだったな……と強烈に思わされます。これで11曲目、『安全地帯V』全体でいうと36曲目、二時間も名曲たちを聴いてきた果てにある、この終局感の高さたるや……ここまでの名曲たちの感動をすべてまとめ上げる力をもつ、屈指のバラードです。ここまでの圧倒的な感動の余韻を、あっさりした小曲で受け流さず、正面から受け止めて最後まで感動させてくるのです。それでいて「デザートは?」なんて不満を残させない、信じがたいほど見事な終わり方です。この役割は、他の曲では果たせないように思われます。そう、あの「ほゝえみ」でさえも……。
「To me」というタイトルだけみれば、「あなたに」と対になる曲なのです。「あなたに」が、愛しくてたまらないけどそれで君を苦しめるなら一歩引くよ的な、ちょっと余裕と遠慮のみられる曲であるのに対し、この「To me」は遠慮なんてしません。「……して、……して、……ほしい、……ほしい、……から」と、グイグイ引き寄せます。最後だけが「眠ろう」と、要求でなくお誘いなんですが、これも松井さんにより計算されつされた戦略です。そりゃここまでくれば、「なにも言わないで」なんて言われずとも、なにも言えず眠るしかありません。「あなたに」から数年を経て、石原さんとの物語を終えた玉置さん、そして安全地帯の音楽をこれ以上なくドラマチックにしめくくる、見事な、ほんとうに見事な曲です。
もちろん安全地帯はこの後も続くのですが、次作『安全地帯VI〜月に濡れたふたり〜』までに、すこし間が空きます。その間、ちょっとしたリフレッシュ期間的に玉置さんはじめメンバーのソロ活動が挟まるのです。リフレッシュなんだから保養地とかで休もうよと思うのですが、この人たちはそうはいかないんですね。ともかく、「To me」を締めくくりとして、このアルバムのみならぬ「何か」が終わったのは確かなのです。
のちに玉置さんのソロアルバム『ワインレッドの心』一曲目がこの「To me」だったことは、大した意味はなかったのかもしれませんが、わたくしにはとても暗示的に見えました。安藤さと子さんのピアノと、武沢さんだけがいないにしても安全地帯のメンバーたちで録音されたこのアルバムが、「あの時代」「あの物語」を終わらせたこの「To me」から始まるとは……その後、『安全地帯IX』で再始動する安全地帯の基調は、これにより決定されたようなものだったと、わたくしには思えました。
さて、この曲、イントロから一気にエレクトリック・ピアノのコード・ストロークで、静かに、しかし力強く、グイグイと迫ってきます。くちびるをあずけるなんて、長くて数分、現実的には秒単位でしょう。ですから、「いまだけ」の「いま」は、本当に刹那の「いま」なのです。
そしてストリングス、六土さんのベース、少し遅れて田中さんのドラムが入ります。リズム隊のお二人は、ひたすら堅実です。いや、全員堅実なんですけど(笑)、この曲でこの二人がアソビを入れると収拾がつかないくらい壮大なアレンジなので、ことさら堅実に聴こえるのです。「いやー、まあ、ちょっとは気にするけど、いつも通りで大丈夫だよ!」とかニコニコ言いそうなお二人であるのも、いつも通りです(笑)。ギターは、先に聴こえるアルペジオが矢萩さん、歌の合間に「トルルン・トルルン」とアオリを入れるのが武沢さんですね。壮大なシンセやピアノが目立つ曲に、ギターのお二人の、この仕事は渋すぎます。わたくし、バラードにはかならず「ンパララ〜(アルペジオ)トルルン・トルルン(アオリ)」と入れるパターンをしばらく使い悦に入っておりましたが、例によって誰も気づいてくれませんでした(笑)。
そしてダイナミックな展開(E→F→G→Aを一拍ずつダン!ダン!ダン!ダン!……これも単純なのに渋すぎです)で曲はサビに入ります。「あなたの」「つたえて」に入る、三度下のコーラスが美しいことといったら!ライブの映像で見る限り、武沢さんのようですね。玉置さんの歌を支える、最高のコーラスです。これはさすがに、安全地帯に興味のないうちのメンバーでさえも「このコーラス、カッコいいね!」と称賛しておりました。そうだろうそうだろう、さあ君もこういうコーラスを入れるんだ!と思いましたが、うちのメンバーは揃いも揃って歌うことには少しも興味がなく、パンテラの「Walk」のように叫んだり吠えたりするのが好きなのでした(笑)。
そして曲は「あなたに」が「Goodbye」で区切るところを、「To me」というささやき、そして三連符で音階を駆け上がるエレクトリック・ピアノで区切ります。なんというドラマチックな緩急の付け方!ため息が出ます。そして二拍の間を取り、ストリングス・ベース・ドラムのユニゾンで「ジャジャジャーン」と二番がはじまります。ここは、いってみれば変拍子なんですが、四拍だと「ジャジャジャーン」が待ちきれません(笑)。それはたんに長年この曲を聴いてきたからそう感じるだけなのかもしれませんが、必然性のある変拍子に思えてならないのです。
さみしい夜を忘れさせ、あなたのためにいたいと宣言しつつ、曲は二回目のダイナミックな展開を迎えます。ここで曲は、玉置さんが声を切なく張り上げ、あげくにものすごく細かい「ピヨヨピヨヨピヨヨピヨヨ〜」というシンセの音がまるで子鳥たちが舞うかのように響き渡り、聴く者の胸にガトリング砲のように迫ってきます。そして玉置さんが、これまで抑えに抑えていたかのように「To me」と叫ぶのです。これはひどい、感動せざるをえません、というか、すでに感動してるんだからここまでダメ押ししなくても!徹底的すぎます(笑)。
そして曲は最後の局面、Aメロに戻ります。ギターのお二人が、まるで先ほどの大規模攻撃がなかったかのように、「ンパララ〜(アルペジオ)トルルン・トルルン(アオリ)」と、泣かせに来ます。玉置さんも前半の歌詞を繰り返し、あれ、もしかして本当に何事もなかったのかな、と一瞬思わせるのですが、これまでと調子を変え「眠ろう」とお誘いをかけることにより、やっぱり何事もなかったわけじゃないんだ!と思い起こさせるのです。そして曲は壮大なオーケストレーションをリタルダンドで入れ、わずか数小節で終わります。あっ……終わった……ジワジワジワ〜と「To me」そして超大作『安全地帯V』の余韻をいつまでも胸の中にフィードバックさせる、パーフェクトな終わりかたです。これは、二時間このアルバムを聴いてきたのでなければ得られない感動かもしれません。ベートーベンの交響曲を聴き終わったときの感動に近いものがあります。この「To me」は、魂揺さぶられっぱなしの二時間を締めくくるにふさわしい、超弩級の名曲だといえるでしょう。こんな名曲がシングルになっていないのはなぜかと思ったこともありましたが、シングルじゃ生きないですよね、この曲のスケールは。
さて、とうとう『安全地帯V』の記事も書き終わりました!次は、おそらく『All I Do』になります。どうぞ引き続きご愛顧いただけたらと思います。
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