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2021年04月10日

愛のかたち

子のために 作った夜食を 朝に食べ

こんな詩がラジオで紹介された。

「子どものために作った夜食の残りを、自分は朝になって食べた」
などという解釈をしていたが、私は違うと思う。

「子どものために夜食を作って置いておいたが、そのまま手がつけられることなく、朝までそのままになっていた。だから、もったいないので、私自身で食べた。」
ということだと思う。

温め直したのか、あるいは味が変わってしまっているのか、そこまでは分からないが、何とも言えない苦みのような味わいで、それを朝になってから食べたのであろう。

子どものために、と作った食事。
「何よ、食べないの?」
と、そのまま残飯として捨ててしまう親もいる。
「作ったんだから、何とかしなさい!」
と、声を荒げる親もいる。

だが、何も語らず、じっと耐え、残された食事を食べる、この詩のような親もいる。

食べるか食べないか分からない夫の夕食を作る妻の思いとは、少し違う。
手がつかずに、朝まで食卓に残っていた夕食を見る妻の気持ちには違いが、どこか違う。

相手は子どもなのだ。

与えきりの愛。
子どもには徹底的につくす。
見返りを求めず。ただただ与え続ける行為。

そんな思いが親の愛にはある。

それを知りつつ、教員として子どもたちと関わらなくてはなるまい…。

悔しい思いを、直接伝えることなくとも、心の中で悶々としているならば、それは伝えてさっぱりした方が良いだろう。

だが、世の中には、そうした感情を抱かない人もいる。
ただただ与えきりの人だ…。
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