2007年10月02日
陳腐な例え話ですが
ちょっと趣旨が違いますが、今日は久しぶりに分かる人にしか分からない文章かもしれませんが。
不思議現象に対してどの様な接し方をするか?で人それぞれでしょうが、本当に不思議が好きな人ほど、その現象を疑い、吟味し、ニセモノや勘違いの排除に真剣になります。
例えば川から砂金をより分ける作業を想像してください。スコップ一杯の土砂を丹念にふるいにかけ、川で洗い流しながら見落としそうな小さな小さな砂金を拾い出す地道な作業ですが、そこまでしてやっと本物の砂金を手に入れることが出来ます。
もちろん、空振りに終わる事がほとんどです。しかし、中にはバカみたいにスコップですくい上げただけの土砂を意気揚々と持ち帰る粗忽な人間がいます。その事を指摘されても「この中に砂金がないと言えるのか?」とか見当外れな事を言い出したり。更にはその土砂を詳しく調べることを勧められても「ロマンがない」などと、どんどん訳のわからない方向に話を持って行ってしまうシーンをよく見かけます。
そしてほとんどが、もしくはその全てが無価値な土砂を山の様に集めて「オレはこんなに一杯お宝を持ってるんだぜ」と悦に入っている。そしてこのバカよりもはるかに多い量の土砂を同じ川からすくい出し、ふるいにかけて砂金が見つからない事を確認した人(もちろん、この人は無価値な土砂なんて一掴みも持っていません)をバカにしたりします。知らないとは恐いことです。
まぁ、そのバカがひとりで土砂を眺めて満足していれば良いんですが、こう言う人間に限って「あそこの川から拾った土砂だけど、砂金がある!」と吹聴したり(笑)。ちゃんと調べたの?と再び地道な作業を経験した人が聞いても、そんな作業自体を知らないバカは自分が如何に苦労して土砂を持ち帰ったか(もちろん無駄な努力)を語り、自慢したりもする。やれやれ・・・って感じです。
と、長々と書きましたが、この様な話をもっと端的に書いた優良なサイトが多くありますが、なかなか見て欲しい人ほど見ないんですよねぇ。って、逆の立場の人も私に対して同じ事を思ってるでしょうが(笑)。
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