テクノロジーは食糧難も解決する?
21世紀の末までに地球の人口は40億人増えると予測されており、このままでは将来確実に食料不足の時代がやってきます。この対策として、高層ビルを農場に変えて空中で植物を栽培するという方法が考えられています。また、各家庭にネットワークでつながった食料コンピューターを設置するという方法も。これ、冗談ではなくて本当の話です。
この2つの斬新なアイディアは、NASAが宇宙で食料を栽培するために開発した「エアロポニック」という方法を取り入れています。エアロポニックは土を使わず、最低限の水と液体肥料をスプレー噴射して植物を栽培するという方法。日本でも、東芝の野菜工場でエアロポニック野菜が作られています。
エアロポニックは、環境を適切に管理することで生産エネルギーを大幅に削減し、殺虫剤や肥料を使わずに、自然に育てた野菜よりも栄養価の高い野菜を栽培することができるそうです。
5.5平米で300人分の食料
MITメディアラボのCityFARM創始者で、農業用の建物を何年にもわたって設計してきたCaleb Harperさんは、自然界は逆に植物を育てにくい環境なのだと言います。建物という閉鎖的な空間の中なら、廃棄物を最小化し生産量を最大化するために、二酸化炭素、水、光といった植物が必要とする要素すべてを正確にモニタリングし、コントロールすることができるからです。
エアロポニックで栽培された小なす
CityFARMの「野菜工場」では、ブロッコリー、いちご、レタス、ピーマンなどの野菜が、ガラス張りのケースの棚からぶらさがっています。エアロポニックでは、植物は空中に吊り下げられ、スプレーで水を吹きかけられます。この状態で育つ植物は、栄養を摂取するために髪の毛のように細い根を伸ばして根の表面積を増やすのだそうです。
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この方法で育てることによって植物の根のすべてのシステムを活性化できるのです。土で育てる場合、植物は土の中に根を張りますが、その状態では水やミネラルを摂取するために植物が持っている能力を完全には発揮できません。だからエアロポニックでは植物をずっと速く育てることができるのです。
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と語るHarperさんのチームはデータサイエンスを使って、植物の環境を最適化しています。植物に設置したセンサーで葉の膨圧(細胞の圧力)などの生体情報をモニタリングし、いつ、どれくらいの時間、水をスプレーするべきか判断するために使います。
さらに、スプレーされる水には、植物が必要とする栄養分(ニトロゲン、リン、カリウムなど)が厳密に計算された量だけ含まれています。Harperさんは、この水やりは従来の水やりと比較して、98パーセントまで効率が上がる可能性があると言っています。
栄養素や水が十分に与えられている場合、植物の成長は光によって左右されます。CityFARMは栽培用LEDランプを使うことで自然光を拡張し、成長の限界を押し上げます。このLEDランプは、植物が光合成に使う赤色光と青色光とに調整されています。自然界では、植物は自然光に含まれるあらゆる波長の光の中から、光合成用の光をフィルタリングしているのですが、その手間を省いてしまうというわけです。
CityFARMで使われる栽培用ランプを製造するHeliospectraは、植物を育てるのにもはや自然光は時代遅れで、光合成に最適化された栽培用ランプがあれば、多くの植物にとって自然光は完全に不要だと考えています。
現時点ではCityFARMの実験はごく小さな規模で行われていますが、異常なほど良い結果が出ているそうです。CityFARMの植物は、自然界で育てた場合よりも3倍から4倍速く成長しています。たった5.5平方メートルの建物から、MITメディアラボの職員300名に行き届く量の収穫が得られたんです。すごい!
確かに、CityFARMやシカゴ・オヘア空港にあるエアロポニックガーデンなど、最近の屋内農場を見ると、技術の進化を実感できます。しかし規模拡大となるとそれなりの投資も必要ですので、技術的コストとの兼ね合いがネックになりそうですね。CityFARMも、高級品から規模を拡大していく製薬・化粧品業界の手法にならい、現在は高級品用に規模を拡大しようとしています。生産するのは、育てるのが簡単でスーパーなどで高い価格で販売されている葉もの野菜やハーブ、季節外れのベリー類などになるだろうとのこと。
エアロポニックシステムが既存の高層ビルのガラス壁に組み込めるようになれば、経済的にもっと規模を拡大できるようになるということで、CityFARMは現在その可能性を探っています。
食料パソコン
あるいは、全く正反対の選択肢として、規模を小さくする方法も検討されています。それが今Harperさんが取り組んでいる「食料パーソナルコンピューター」です。およそ60センチ四方のエアロポニック栽培ボックスで、植物の成長に必要な環境を正確に管理、制御しようという試みです。
「箱の中に、二酸化炭素や酸素、気温や湿度まで、全ての気候をつくるのです」(Harperさん)
野菜の味は遺伝子と同様、環境にも影響されます。Harperさんが思い描いているのは、あらゆる環境条件をキュレーションして、自分だけの「デザイナーズ野菜」が栽培できるようになり、そのレシピを保存したり、世界中にシェアしたりできる世界です。
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例えばトマトをこのボックスで一度育てたら、データレシピを手に入れることができます。そのレシピには、栽培に使用する二酸化炭素、水、光の量が具体的に記されています。レシピを手に入れたら友達に連絡をして、その友達が自分のボックスにレシピをダウンロードし、スタートボタンを押します。そうすると、その友達は全く同じ食感や色、味のトマトを栽培することができるのです。
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地球の反対側に住む友人同士で全く同じ野菜を栽培できるデザイナーボックスは、もちろん都市全体の需要を満たすには全く足りません。しかし、Harperさんにとって、このパーソナルな食料コンピューターは始まりにしかすぎません。
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このボックスが都市中に1万個あると仮定します。製品としては、個々の使用や価値は限定されています。しかし、ボックス同士がネットワークでつながり、コミュニケーションを取ったりお互いに学んだりすることができれば、やがて、分散型の食料コンピューターを持っていることになります。 それが何を意味するのかしっかり掴むことも、私の仕事の一部です。
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高層ビルの中でトウモロコシや麦が栽培されている風景が一般的になるまで、あるいは食料コンピューターが家庭に普及するまで、何十年かかるのかはわかりません。しかし、このアイディアは、現代の都市型環境にマッチするように農業のあり方を変えるという要望に応えています。
また、現在アメリカ食料の生産・輸送には、食料摂取1カロリーにつき約10カロリーの燃料がかかると見積もられています。10倍のエネルギーがかかっているんですね。ハイテク農業によって生産エネルギーを80パーセント程度削減できるというHarperさんの読みが正しければ、環境にやさしいうえにエネルギーコストが減って最終的な利益も上がります。
「工場やパソコンで作った野菜」と聞くとちょっと抵抗もありますが、味のほうはどうなんでしょう? 食べてみたいですね。