『安全地帯III 抱きしめたい』二曲目、「Lazy Daisy」です。
「怠惰なヒナギク」? 手元のリーダーズ英和辞典によりますと、daisyには「逸品、すてきなもの〔こと、人〕、ピカ一、かわいこちゃん」という意味があるようです。きっとこの意味で使っているのでしょう。「Lazy Daisy」は「だらっとしたかわいこちゃん」くらいの意味なのかもしれませんね。
さて、イントロに用いられるツインギターの単音リフは、コピーしてみると、しばしば自分がいまどこを弾いているのだかわからなくなります(笑)。また、ギターソロの直前が三拍子の小節になってまして、わたくしこれに気づかず、「あれっ?音が足りない?」と戸惑った記憶があります。まぬけです。
志田歩さんの『幸せになるために生まれてきたんだから』には、武沢さんが「変拍子とか」……「あのアレンジは画期的」と語っている個所がありまして、あーあーわかる、あるよねー変拍子、俺にはわかるよフフン、他の人たちにはわかるかな〜?などと、まんまと引っかかったくせに謎の先輩風を吹かせて読みました。おそろしく恥ずかしい思い出です。
さて、この曲、スタジオ盤では派手にストリングスっぽい音のシンセサイザーが用いられていますね。おそらく六土さんがお弾きになったキーボードによるものでしょうけども、ライブではそうはいきません。『ONE NIGHT THEATER』からは川島さんがステージにいますが、『ENDLESS』ではそうはいかなかったはずです。さて、どうやって解決していったんだっけな……? と思って聴いてみると、(おそらく)矢萩さんがオーバードライブの効いたギターサウンドでお弾きになっていました。おお、そうだそうだ、この音だった!しかしライブアレンジでも全然違和感なく聴けてしまうのが相変わらず凄い……!
基本的には、武沢さんがリードというかアオリというか……ともかく単音引きで目立つフレーズを弾き、矢萩さんがカッティングとソロですね。ふだん矢萩さんのカッティングにあまり注目して聴いたことがなかったんですが、この曲はカッティングも目立ってますね。「ジャン・ジャッジャッンジャ」の繰り返しがいつまでも聴こえます。あ、いや、よく聴いたらもう少し複雑なんですけど、ともかく耳に残りますね。この矢萩さんのリズムがこの曲の基調になっているように聴こえます。時折16分の混じるややキープの難しいベースラインと、派手なフィルインのリズム隊が、矢萩さんのカッティングリズムを鋭く切り取って曲を展開させています。ここに玉置さんのボーカルと武沢さんのリードが加わって、曲全体をドラマチックに彩っています。
こう書くと、とてもじゃありませんが、歌メロが先にあって、それに伴奏を付けたように思えません。まずギターのイントロが最初にあって、それを発展させて曲の骨格(コード進行と展開)を作り、あとからボーカルとリードギターを載せた……ように感じてしまいます。安全地帯の曲作りは玉置さんのギター弾き語りデモテープから始まるのが常でしょうから、伴奏は後付けなんでしょうけど、凄まじいアレンジ能力です。メンバー全員の、よっぽどの共通認識と技術がなければ、こんなことはできません。もちろんそれができるからこそのスーパーバンド安全地帯なんですけど。
田中さんがWEB上でアレンジの中心にいたのは「浩二だね」とおっしゃっていたのを読んだことがあるんですが、それだって各メンバーが玉置さんのアイデアを聞いて、「こうかい?」「こうだよね?」「こうしてみたほうがいいんじゃない?」と即座に対応できる能力を持っていなければなりませんから、凄まじい力量です。アマチュア時代に育まれた鉄の結束と、信じられないアレンジ・演奏能力が、「ワインレッドの心」以降の安全地帯を可能にしたのでしょう。
ああー、じゃあ、そこでサンタナっぽくソロ入れてみてくれる?とか、ワガママなプロデューサーに即座に応えるスタジオ・ミュージシャン(対応できなければ即座にクビ)をわたくしは尊敬しておりますが、安全地帯は「そんなことできて当たり前じゃん」というレベルに全員が達している、しかもおそらくデビュー前にです。こりゃー、そこらのバンドじゃ敵うわけないです。
とはいえ、この時代、「そんじょそこらのバンド」(イカ天以後のようなバンド群)がメジャーデビューすることは難しかったでしょうから、バンドとしてここまで活躍できた安全地帯は、ある意味正当な評価を受けたと言えるのかもしれません。ジュリーとショーケンのツインボーカルバンドPYGのみなさんくらいの技量レベルでないと、ロックバンドとして認知を得ることは難しかったでしょう。「ツェッペリンで一番すごいのはジョン・ポール・ジョーンズだと思うんだけど」というくらいロックを聴き込んだレベルのリスナーは、今も昔も少数派です。その少数派がいかにしてジョン・ポール・ジョーンズへの支持を表明するか? いまのようにインターネットで個人がジャンジャン発信する時代ではありませんから、「レコードが売れる」「テレビに出演依頼が来る」「コンサートに人が殺到する」ことこそが、アーティストが支持を感じることのできる出来事だったでしょう。これではアイドル歌手と変わらない……とメンバーが思ってしまったのではないかと、ついつい、いらぬ心配をしてしまいます。
さて、いつものことですが、曲の話から完全にずれてます。
歌詞の話をしますと、「ジン」なんて何のことか知りませんでした。この曲で初めて聞いて、調べてようやくある種の酒のことだとわかりました。その「ジン」で「言葉をくちうつし」だとか、「タップダンス」で噂を霧散させようとするだとか、完全にオトナの世界でした。やけにカッコつけたオシャレなオトナ限定の世界だとわかったのは、自分が大人になって、ジンなんかそんなに飲まねーよ、日本酒くれ、冷で、とか思うようになってからでした。このように、現実感をほとんど失っているくらい極端にカッコいいオトナの世界、都会の夜、それもススキノとか三六街とかのローカルな感じじゃなくて、明確にトーキョーの六本木とかをイメージさせる音楽で、安全地帯はスターダム街道を突っ走ります。『リメンバー・トゥ・リメンバー』でみられたような「北海道ロック」的要素は、ほとんど感じられません。人はこれを「洗練された」と呼ぶのでしょう。
思い起こせば、当時の石原真理子さんや薬師丸ひろ子さんは、おそろしくこういう曲の女性像にマッチしていました。ある程度まで意図的なんでしょうけど、こういう現実の世界をリンクさせて、アーティストをある恋物語の登場人物のように思わせてしまう手法は、後にも先にもなかったのではないでしょうか。これは、当時のファン(おもにラブソングクリエイターとしての玉置さんのファン)としては、たまらなかったことでしょうね。玉置さんの歌唱力と、安全地帯・星勝さんによる絶品のアレンジ・演奏能力とが、この物語のBGMになる……いや、バックどころかフロントですから、オペラに近い……いや、さらに、物語でなく音楽のほうが主役になっている新しい芸術であるかのような感覚さえ抱くことができたのかもしれません。当の本人たちは真剣なんですから、そんな見世物のような表現の仕方をするのは甚だ失礼なのは百も承知なんですけれども。当時の安全地帯近辺の熱狂には、そんな要素もあったことは確かでしょう。
いつにもまして話がそれましたが、「かわいこちゃん」と題されたこの曲の魅力は、曲のなかにも曲の外にもあったのです。
価格:1,545円 |