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2015年07月01日

薬指の標本


小川洋子著『薬指の標本
薬指の標本.png


表題の「薬指の標本」と
「六角形の小部屋」
2作品が収められています

とりあえずは表題
「薬指の標本」について。


ふと、何気なく、偶然……?

わたしは、標本室で
受付をすることになる


その前はサイダーの工場で
働いていた、彼女

しかし、事故で薬指の先を
失ってしまう

この描写がまた印象的です
私はグロイものが苦手なのですが
くううう、と足元が
すーすーする一方
その描き方の美しさに
心を打たれました。


矛盾していると思われるかも
しれませんが、本当に
極限まで繊細な表現を
すれば、こんな場面も
これほど美しくなるのか、と
驚きました。


ここからもう、この作品の
雰囲気に入っています
抜けられない、読者も。

現実味が全く無い話の
はずなのに、
とてつもなくリアル
なのが、このお話の
特徴で、この奇妙なリアルさが
このお話の怖さを助長
しています


さて、わたしの
仕事場にいるのは
謎に包まれた標本技師一人。


ほとんど、
地下の標本作業室に
こもっていて
誰も、その部屋には
入れない


標本って、何なのか。


この物語の一つの核は
そこでしょう


標本と聞いて
思いつけないような
ものも、依頼人たちは
持ってくる。


標本にしたものは
自由に依頼人が
見ることが出来るのに


それを見に来る依頼人は
どうやらいないようです


喪失してしまったものを
そのシンボルとなるものを
標本にして、
封じ込めてしまう
これが大切なのか。


標本技師は、
どんなに些細なものでも
慈しむことが
必要なんです、

とまず始めに言う。

読者も主人公も
はじめは、
標本が何なのかさえ
分からない。

でも、少しずつ
分かってくる、気がする
この、少しずつ、というのが
また、良いのだと
思います

はっきり、する訳ではなく。


でも、このお話は
ただ単に不思議な標本室での
標本についてのみ
書かれたものでは
なかったようです



わたしは仕事を
しているうちに、

標本技師に
秘密の休憩所へ
誘われます

そこは、かつての
共同浴場


かつて、その下宿に
住んでいた若い女性達が
自身の体を洗っていた場所

そんなことに技師が
言及しはじめたあたりから
危険な香りがしてくるんですね

舞台が、
ただ謎が多いだけの
標本室ではなくなってくる

何やら、標本室という
響きそのものに
妖しさが見え隠れ
しはじめる。

本能に働きかけてくるような
警戒信号が鳴る
(少なくとも私の中では
鳴りました笑)


けれども、肝心のわたしは。
鳴っていないのか、
鳴っているけれども
無視しているのか……


標本技師は、まず、
わたしに靴をプレゼントする


その靴は彼女の足に
ぴったりなものであって

その時に彼の発する
言葉が、やっと、彼という
人物を少し浮彫にする

作品を包む怖い雰囲気が
ぐっと濃くなる。

不気味なのに
わたしは、逃れられない

いや、逃れようと
思わないのか

彼から贈られた靴は
彼女の足にあまりに
ぴったりで
これが、また不気味

靴が彼女の足を
浸食しはじめる

薬指のみならず
足まで彼女は
失うことになる
(でも、この失う、という
ことも難しいんですが)
未来が
見え始める


それでも、彼女は
その靴を脱ぎはしない。


そうして、わたしと
標本技師の関係が
次第次第に固定されていき

標本技師の不気味さ、怖さが
どんどん際立っていく……

そして、そんな標本技師から
逃れようとしないばかりか
むしろ、標本のように
封じ込められようとさえ
しているわたしも、
奇妙に不気味な人物へと
印象が変化していく

ひたひたひた、と
確かに、何か怖ろしい
ものが迫ってくる

ゆっくり、静かに。


終わり方が、これまた
ひんやりとしたもので

余韻が悍ましい

小川洋子さんといえば
温かな作品、という
イメージをお持ちの方は
少し覚悟をして下さい

かなり、怖いです。
でも、その怖さは
激烈ではなく
心の中に
染み込んでくるような怖さ。


決してホラー、では
ないと思うのです


大人の小説、という
感じでしょうか。


大人の小説、では
あまりに「大人」という言葉に
様々なものを
負わせすぎかも
しれませんが。


でも、これほどの作品
なかなかお目にかかれません


是非是非、少し
覚悟を決めてから
読んでみて下さい




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