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第121回 小石川植物園 [2016/04/25 19:16]
文●ツルシカズヒコ
野枝が西原から金策をしてきた日の翌朝。
辻も野枝も義母の美津も、それぞれに不機嫌だった。
野枝は朝の仕事をひととおりしてしまうと、机の前に座って子供の相手をしながら読書を始めた。
野枝にとって読書が最も寛(くつろ)げるときだった。
書物に引きつけられた母親に物足りなくなった子供が、いつのまにか茶の間の方に逼(は)って行った。
「坊や、おとなしいね、母ちゃんは何してるの。また御本かい、..
第120回 毒口 [2016/04/25 18:54]
文●ツルシカズヒコ
「お前さんも、あんまり呑気だよ。用達しに行ったとき、遊びにいったときとは違うからね。子供を他人に預けてゆきながら、いつまでもよそにお尻をすえていられたんじゃ、預かった方は大迷惑だよ。もう少し大きくなれば、どうにか誤魔化しもきくけれど、今じゃ一時だって他の者じゃ駄目なんだからね、そのつもりでいてもらわなくちゃ」
ただ美津の不機嫌な顔を見るのが嫌なばかりに、ようやくの思いで金をもらいに行き、どうにか持って帰って、まだ座..
第118回 義母 [2016/04/25 14:17]
文●ツルシカズヒコ
野枝は『新日本』一九一八(大正七)年十月号に「惑い」を寄稿している。
創作のスタイルで書いているので仮名を使用しているが、「谷」は辻、「逸子」は野枝、「母親」は辻美津(ミツ)、乳飲み子である「子供」は一(まこと)である。
「谷が失職してからもう二年になる」とあるので、時の設定は一九一四(大正三)年である。
辻一家はこの年(一九一四年)の夏に北豊島郡巣鴨町上駒込三二九番地から小石川区竹早町八二番地..
第103回 少数と多数 [2016/04/20 12:37]
文●ツルシカズヒコ
一九一三(大正二)年、秋。
野上弥生子にとって野枝は最も親しい友達になっていた。
九月初旬、二番目の子供を出産するために駒込の病院に入院した弥生子は、二週間目に新たな小さい男の子を抱いて帰宅し、下婢から裏の家にも出産があったことを知らされた。
弥生子が子供にお湯などを使わせていると、裏の方からも高い威勢のいい泣き声が聞こえた来た。
「赤さんが泣いているわね、やっぱし男の子かしら」
「さあ、..
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