『美味しい中央アジア』の著者と語る食文化
先週、ブログで何度か紹介した本『美味しい中央アジア』の著者である先崎将弘さんと会い、本を執筆した経緯や出版の裏話、これからの食文化研究についてお話しを伺った。
先崎さんと知り合ったきっかけは、facebookの日本・ウズベキスタン交流グループに自分のブログを宣伝したことだった。ウズベキスタン料理に関する著書の中でも先崎さんの『美味しい中央アジア』は端的に要所を押さえた良書であると思っていたので、ブログで薦めていたのだが、まさかご本人が私のブログを読んでいたとは、その時思ってもいなかった。
その後、先崎さんから「『美味しい中央アジア』の著者です。」とメッセージを頂き(この時は本当にびっくりした)、facebookで交流するようになった。ゆっくりお話しを聞きたかったこともあり、「一緒にランチしましょう」と思い切って誘ってみたところ、快く了承して頂き、今回都内のレストランでランチをしながら、お話しを伺うことができた。
先崎将弘さんについて
先崎さんとは、ウズベキスタン関係の講演会の前に、ちょっと立ち話をしたのが初めて会った時。Facebookの投稿は食べ物ばかりなので、会う前は太っている方なのかなと思っていたが、実際はシュッとした細身の方で、うらやましいなぁと思った。私の脂肪をちょっと貰って欲しい。受け答えがとても誠実かつ丁寧で、私の100倍礼儀正しいと感じた。第一印象は真面目な人だったが、私の突然の誘いにもすぐに「いいですよ。行きましょう!」と返信を下さるフランクな方で、一人でウズベキスタンへ調査に行ったり、大阪まで学会発表を聞きに行ったり、とてもフットワークの軽い人だなぁと感じた。
先崎さんが中央アジア地域に興味を持つきっかけとなったのは、大学の時、民族問題の研究をしていた頃のようだ。現在は、東京都職員。ユーラシア研究所の会員であったことから、本の出版の話があり、公務員としての仕事をしながら『美味しい中央アジア』を1年かけて完成させた。執筆中に、ウズベキスタンとクルグスタン(キルギス)に渡航し、知人の紹介で知り合った大使館の方の協力のもと、現地でフィールド調査を行った。出版前に何度も原稿に対して厳しい指摘があり、心が折れそうになった時もあったそうだが、地道な努力で改良を重ね、無事に予定通り2012年4月に出版された。
『美味しい中央アジア』というタイトル
『美味しい中央アジア』というタイトルは、「美味しい」という言葉で読者の興味を引くし、「中央アジア」というキーワードも入っている。簡潔ながらも、「美味しい」+「中央アジア」というちょっと変わった語結合がキャッチーで、とても良いタイトルだと私は感じていた。
本のタイトルは、売れ行きを左右する重要な要素であるから、出版間際までタイトルの検討がされると聞いたことがあるが、『美味しい中央アジア』というタイトルは、先崎さんご自身がつけたのか、それとも編集者がつけたのか、とても気になり質問した。
私:『美味しい中央アジア』というタイトルは先崎さんご自身がつけたものですか?
先崎さん:そうです。はじめから『美味しい中央アジア』と決めていました。編集者に直されそうになりましたが、ここだけは譲りませんでした。ただ副題の方は、構想段階では「シルクロードの食文化」だったのが、編集者の修正が入って「食と歴史の旅」に変わりました。
私:へー!そうだったんですね。(うーん、「シルクロードの食文化」の方が好きだなぁ(笑)。)
私はブログの記事を書く際、思わずクリックしてみたくなるようなインパクトのあるタイトルにしようと、あーでもない、こーでもないと考える。(その割には、今回のタイトルは普通すぎるかも。)そのためタイトルが決まるのは大抵、記事をアップする直前なのだが、先崎さんの場合は、はじめから決めていて、しかも揺るがなかったというのが、とても興味深かった。
中央アジア料理の分類方法
私:『美味しい中央アジア』では、「遊牧文化」と「定住農耕文化」の2つに分けて、食文化を説明してますが、これは先行研究で述べられている分類ですか?
先崎さん:この分類は、宇山智彦編『中央アジアを知るための60章』明石書籍(2010)にある、坂井弘紀先生の「料理と酒」を参照しています。沼野充義・沼野恭子『世界の食文化19 ロシア』農山漁村文化協会(2006)もその記事を参照しているようです。
私:先崎さんの本では、さらに「中国」「ロシア」「ペルシア」「イスラーム」「朝鮮」から伝わった又は影響を受けた料理に分類していますが、これは先崎さんオリジナルの分類方法ですか?
先崎さん:その分類方法は私の私見です。
なるほど。それにしても料理の起源をたどることは、とても大変で難しいことだが、先崎さんの分類は読んでいてとても納得のいくものだ。料理の名前や、料理の分布地域、調理方法、歴史的背景などをもとに、論理的に分類されている。なかなか普通の人にはない優れた観察眼があると感じた。ウズベキスタンの人でさえ、自分たちが普段食べている料理がもとはどの国の料理か分かっていない人が多く、中国起源の餃子もチュチュワラというウズベキスタン料理になっているし、ロシアから伝わったブリヌィやピロシキもウズベク人にとっては、ウズベキスタン料理だ。
私:料理の起源をたどるのは、なかなか難しいことですよね。
先崎さん:料理の起源は、あまり突き詰めないようにしています。国や地域を断定してしまうと、ナショナリズムに触れてしまいますからね。
先崎さんの話を聞いて、ウォッカ論争の話を思い出した。ウォッカの発祥地だと主張するポーランドが、ロシアに対してウォッカという商品名を使わないよう訴えた問題で、ポフリョプキンというロシアの料理研究家が、明確な記録がない中、ウォッカはロシアで発祥したと結論付けたという話。先崎さんの言う通り、料理の起源が不確実な場合は、オブラートに包んだ方が良さそうだ。
これからの食文化研究
大阪で行われた食文化に関するシンポジウムに、先崎さんが出席されたと聞き、そこでのことを聞いてみた。
私:大阪で開催された食文化に関する学会はどうでしたか?
先崎さん:食文化研究の問題点が分かり、とても勉強になったと思います。
私:食文化研究の問題点ってなんですか?
先崎さん:今までの食文化研究は、栄養学的観点から研究されたものがほとんどでした。歴史や主要産業などの関わりも含めて、食文化を研究することがあまりなかったので、それがこれからの課題ですね。
確かに今までの食の研究は、「ブルガリアのヨーグルトは長寿の秘訣」みたいに、医学や栄養学的アプローチが多い気がする。このような自然科学のレベルで食を研究するのも良いが、食を取り巻く歴史や文化などを人文・社会科学のレベルで研究していく必要性もあると思う。
先崎さん曰はく、食文化研究は他の研究と比べて、見下されがちなのだとか。確かに食べ物の研究なんて、ただの趣味として捉えられることが多いかもしれない。正直私も、先崎さんに会うまで、先崎さんは趣味として食文化の研究をしているのかなと思っていた。でも、実際は本の執筆のために現地で調査を行ったり、食文化のシンポジウムに参加していて、趣味のレベルを超えたりっぱなライフワークだと感じた。
私が院生だった頃に研究していた文学も、どちらかというと見下されがちな研究分野だった。「文学は、“科学”じゃない。趣味として楽しむものでしょ。」「文学研究はただの読書感想文。」と揶揄されたものだ。批判されないためには、言語学や歴史・政治学といった「科学」的なアプローチで、文学を研究することが必要だ。食文化も同じで、食そのものは食べて楽しむもの。それを体系的に研究するには、科学的な方法で研究しなければならない。そして、自然科学的アプローチに偏ることなく、歴史学や民俗学的手法も含めた多角的な分析がこれからの食文化研究には不可欠だと感じた。
先崎将弘さんおすすめの図書
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- 『考える胃袋』
- ・食文化研究の入門書。
- ・国立民族博物館名誉教授 石毛直道と、フォトジャーナリスト森枝卓士の対話形式になっていて、とても読みやすい。
ウズベキスタン料理の話で盛り上がって話せる人は、周りにはなかなかいないので、今回先崎さんと楽しくお話しすることができてとても良かった。Facebookやtwitterで色々な人の近況を見たり、メッセージでやり取りをするが、やっぱり実際に会ってコミュニケーションをとるのが大切だと痛感した。『美味しい中央アジア』を読むだけでは分からない、出版までの舞台裏や、先崎さんの人間性を知ることが出来てとても興味深かった。SNSではついその人と会ったつもりになってしまうが、「会ったつもり」になるためではなく、「会う」ためのツールでなければならない。今回は本当に充実した時間を過ごすことが出来た。唯一心残りなのが、一緒に写真を撮り忘れたことだ。
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