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豆まめケアマネ
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2021年08月31日

オンオフストック勤務のすすめ

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サラリーマンをしている


会社に所属しているし、拘束時間は9時から18時まで

休憩を入れて8時間勤務することがルールである

では、この時間内にきっちり仕事が終えられるかと言うと

なかなかそうはいかない



なので



時間を有効に使うため、オンオフストックで仕事をしている




オンオフストックは、造語である

中抜けや時間内での管理を自分で行い

その日の予定を自分のペースで片付ける働き方を指す



フレックス制とか時間休があるような職場なら

必要はないのかもしれないが

それがないうちの会社では、30分で済む用事のために

今まではみんな、有休半日を取っていた



もったいない

無駄使いである



時間は誰にとっても24時間しかないし有限である

後回しにできることは今する必要はないし

今しかできない事は、勤務時間内でも至急、優先事項なのである




今日1日を見てみよう

朝7時30分にタイムカードを押し、急ぎの書類を仕上げて調整面接、

8時40分には一旦仕事を終了、かかりつけ歯科医で定期検診を受ける

10時過ぎに仕事に戻り、直行で役所や施設、利用者モニタリング

昼食休憩後、プラン作成、デスクワーク。

14時30分からケア会議出席。

15時20分には利用者宅でケアプラン原案作成面接。

16時30分には、事務所に戻り記録入力と資料集め

17時には所内ミーティングをして、おしゃべり休憩タイムを取る

18時半まで事務所で作業をした後、併設施設へ出向き

ケア内容の点検と明日からの打ち合わせをして

19時半には終了する



内容だけ見ると、勤務時間が長くなっているだけじゃないかと

思われる節もあるだろうけど

実際には、朝、昼、夕に休憩をとりながら働き、

合間に自分の予定を済ませている



予定を全て犠牲にして勤務しても、通常これくらい働く

ならば、

ストレスを溜めず、自分の生活に必要な事を遠慮なく入れて

並行してやっていくほうが精神衛生上良いことに気づいたのである



親の介護とか、どうしても昼間でないと片付かない予定がある

一方で、デスクワークであれば、早朝でも日曜日でも可能なわけで

早朝や休日の方が電話が鳴らなくてはかどるメリットもある



デスクワークを日曜日に数時間行いストックしておいて

その時間分を平日の用事に当てる

こうする仕事時間管理ができると、心に余裕が生まれ、幸せになる



介護でも、業務が特殊なケアマネジャーだからこそ

できる働き方だとは思うが

この働き方のほうが緊急時の対応も可能で

自分と相手都合にも組み込める



柔軟に管理した方が、仕事の効率も上がるし

プライベートも充実する



うちの職場の優先事項は「辞めずに続けられる環境を作る」こと



そのためには、小さなストレスでも不満になるまで積み上げない事

お互いを気遣いながら仕事をする事



チームを効果的に機能させるためにも、休憩やお休みは

優先事項である



「休むことも、大切な仕事です」



2021年08月30日

まあまあ、こんなかんじ





実母の術前検査の為、綜合病院に受診同行した

コロナ禍の中でも、患者さんは多いし

普段見ない人の数に緊張する


殆どが高齢者なので、ほぼ皆ワクチン済みと思いつつ、

息を潜めて距離をとる



こんな緊張感の中なのに、母はいつも通りマイペースである



何度も来ている病院でも、受付や検査の仕方はわからない

主治医からの説明には、元気に笑顔で答えるため

理解していると思われてしまうが

診察室から出た途端

「あんなに早口で言われても、わからへんわ。なんやった?」

と聞いてくる


目を離すと、知らない人とにこやかに談笑しているし

しっかりして見えるが、会計方法はわからない



帰宅途中に寄った買い物では、あれこれ買った後、

「ご飯食べて帰ろう」と言い出した



コロナ感染が怖いから、家でご飯を食べようと話すと

「そうやな、今一番怖いのはコロナやな」と強く頷いている



一人で暮らす母にしたら

用事であろうが、病院であろうが、娘とのお出かけは

きっと楽しい出来事なんだろう




参観日に、白いスーツで来た母は、誰よりもカッコ良かった

そんな母は、先月よりも歩くペースが遅くなり

以前よりも小さくなった



「あんまり、いろんなことがよくわからなくなってきたわ」と

素直に話す母に

老いていくことの現実を、毎日教えられている



先に亡くなった父の時には

医療現場での家族の決断を体験し、家族が死ぬことの意味を

教えられた



親は自分の身をもって、最後まで子どもに生きる意味を教えてくれる



そこには

直視したくない現実も、綺麗事ではない毎日も存在するけれど

時に腹を立てながら

親たちの最後の教育を受けとっていこうと思う

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2021年08月29日

お金とAIと介護の未来



介護にかかるお金は多い

介護期間は平均54.5カ月(4年7カ月)一時的な費用が69万円、

月額平均7万8,000円の負担という。(生命保険に関する全国実態調査」平成30年度)。

これは在宅介護に限られる情報だろう



ユニット型特別養護老人ホームの平均費用は約18万円(月)だし、

従来型でも12万円以上はかかってくる

特養については要介護3以上でないと申し込みすらできないし

別の施設となると老人保健施設も同程度以上の費用がかかる

厚生年金で定年まで勤め上げた人の年金月額が14万円ほどなので

サービス付き高齢者住宅の平均費用20万円を支払い続けるには

貯金を取り崩すか、家族が足らずを支払うか、になる



在宅介護も、介護保険のシステムは同居する介護者が

サービス以外の部分をサポートして成り立つシステムなので

金額に表れない実際の費用はもっとかかる



介護を担う年代は、子供の教育費にお金のかかる年代が多く

介護による時短勤務や転職、ひどい場合には退職の場合には

失われるのはお金だけではなく、社会を支える労働力とキャリア

損失である

何より、追い金をする力が子ども世代に若い世代に

本当にあるんだろうか


国はAIを活用して介護にかかるお金を削っていく方向を示している

もちろん、AIもデータ利用も大賛成だし、業務の効率化を図ることに

全く異論はない

けれど、それ以前に、介護を担う人材は慢性的に不足している

処遇改善加算もその後の特別処遇改善も呼び水にはなっていない



そして、人が人を支援する対人援助には

絶対にAIでは代わりになれない部分が存在する

それを読み違えてはいけないと強く思う



介護人材のスキルアップに業務の効率化

本当に必要な部分だけの介護の推進

そこには必ず科学的データの裏付けがあること


ケアマネジャー自身が学び、変わる事を恐れずに

便利で新しいものを取り入れていく姿勢が必要になる


昨日、研修に招いた講師とも話した

ケアマネジャーの高齢化が現実問題になっていること

学ばないケアマネジャーが、旧態依然として業務を続けることが

いずれは大きな障害になっていくことが予想される


介護の現場と、当事者と、支援者

いずれも問題は山積み


現場は回さなきゃいけないからと後回しにして

本当に大丈夫なのかな

想定外の災害の時の、発災後のコメントみたいなことに

ならなきゃいいけど

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2021年08月28日

切磋琢磨してチームビルド



訪問リハビリ担当者が相談なく福祉用具を導入した


福祉用具担当者からの報告で知り、事前連絡と相談を依頼したら

口うるさいケアマネだと思われた



別の方のアセスメントでは、「訪問リハビリに相談してみて」と

家族に伝えると、「福祉用具のことはあまり口出ししたくないと

言われた」と返答が返ってきた



は?



改めて、リハビリ担当者に連絡を入れ、

必要箇所の選定を、丁重に再度依頼した




介護福祉士の2人が、介助方法について意見が分かれ口論になっている


実技を入れながらあれこれ意見しあっているが、

最後には声の大きい方が意見を通す形になったので

間に入って、折り合いをつけた


やれやれ


福祉用具の導入については、家族の消極的な姿勢を把握していたので

ペースダウンを伝えたつもりだったが

リハビリ担当者が意見を通して導入し、1週間で引き上げとなった

振り回されたのは、福祉用具専門相談員



介護技術の意見の相違は

利用者の体格と介助者の体格によって方法が変わると言う結論で

双方が納得した



介護の現場は、専門職集団のチームで成り立つ

専門職なので特化したスキルや経験からくる自信が標準装備している

つまり、

取り扱い注意である



いったん「使いにくい」とか「ダメだ」となると

テコでも動かないような頑固さがある人もいて

調整役のケアマネとしては、気を使う



利用者を宥め、家族に謝りつつ

リハビリ担当者や看護師にお願いし、福祉用具に頭を下げる

介護担当者に助言をもらいながら、デイやショートへ依頼をし、

時に薬剤師に食ってかかられ、逆に主治医に慰められる



これが仕事だと割り切っているけど

原点に帰ろうよ〜とダメ出ししたい



自分の役割は何か

このチームは誰のものなのか



意見が違うのは立場の違い、視点の違いだから問題ない

同じ方法さえ向いていれば、ゴールへたどりつく

柔軟に、柔らかく、つながり合って、より強い力にする

違う力が結集するからこそ、その力は計り知れないものになる



そんな強いチームを作るため

今日もまた

叱られても、よし


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2021年08月27日

ことばのちから



コミュニケーションに大切なのはノンバーバルと言われる


どんなに綺麗な言葉を使っても

表情や態度で伝えるメッセージがダイレクトに伝わってしまう


今日、代理で電話することがあった

利用者さんが怪我をして手当を受けていると病院から連絡が入り

家族に連絡がつかなかったとの報告を受けて

別居の娘さんへ電話をかけた



担当者はすでに退勤していた為、面識がない私が電話したのだが、



今までかけた電話の中でも、5本の指に入るくらい

冷風が伝わってくるかと思うような塩対応だった



後から考えて、

仕事中だったのだろうな、とか、

知らん人から電話がかかってきたら、嫌だろうな、などなど

モヤっている気持ちを整理するために考えてみたのだが



電話でのコミュニケーションの難しさを再認識するとともに

やっぱりあれは、あかんやろーという気持ちになった



基本的には、電話は嫌いである



仕事中はずっと電話に追われてしまうし

受けて、対応している最中ですら

「これは本当に電話でないとあかんのかなあ?」などと思っている



乱暴に言うと、電話は時間泥棒だと思っているので

きっと同じ考え方の人なのかもしれない



それでも、である


声の調子や間の取り方は、ストレートに感情を伝えてくる



「そんなことは聞きたくない、私は忙しいから」なのか

「そっちで何とかしてよ、言われても困る」なのかもしれない



娘さんの反応が悪く、ザラつきが残ったので

2人目の緊急連絡先に電話をかけて、対応をお願いした



その後、経過報告のために娘さんへショートメールを送る




すると、メールにはすぐに返信が返ってきた

丁寧な、ごく普通のメールだった




電話は、好きではない

けれど

使い方は重要だと改めて思う




言う言葉も、書いて伝える言葉も

強い力を秘めている



電話も、おしゃべりも、書き言葉も、聞き言葉も

ことばの力をしっかり理解した上で



大切に、丁寧に

つきあっていきたいと思う



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2021年08月26日

完璧を目指さない



職員のシフトと業務の見直しをしている


事業所内保育所がある恵まれた職場であっても

子育て中のスタッフには、急な休みがつきものである


管理者が、「急に休まれてばかりで困る」と言うが

ワーママ経験者としては、「そんな事は当たり前」と受け流し

臨機応変に動ける体制作りをお願いした



ある担当者のサポートが必要になったので

別の管理者に協力をお願いしたところ、

横から上司に「無茶言うなあ」と突っ込まれた

「いやいや、できる人がやればいいでしょ」と依頼した



固定観念と縦割り思考は、全部捨てた



「このシフトでは、すべては対応できません」と言われたので

身体と命に関わることのみ優先して

洗濯や掃除、買い物は全て後回しにすることにした



もちろん、美味しいご飯も、快適な環境もどちらも大切だけど

ごく普通の毎日の暮らしの中で

ずっとご馳走が出て、毎日が綺麗な環境で暮らせている人は

どのくらいいるのか?

あれいいなあ、これが欲しいかも、と思いつつ

すぐに手に入る人ばかりなのだろうか?



守りたいのは、ふつうの暮らし



全てが完璧に揃っていないから

ほんの少し頑張りながら続けていける暮らしこそが

人の成長を促していくと信じる



完璧に揃った暮らしは

みんな憧れるけれど、作らないし目指さない



少ししんどいけど、自分らしくて、しあわせ


そう思える暮らしを支えていこう

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2021年08月25日

育つこと、育てること



娘が小さかった頃、遊びに来た親戚が

「大きくなったら面倒みてよ」と言った軽口に憤ったことがある

この子の人生はアンタのためでも私のためでもなく

この子自身のものなんだから!と



職員が育たない、とよく周りから相談される


介護業界は職員が定着しにくい

転職率は高く、同じ地域で職場を転々としている人もよく見かける

一定のスキルとライセンスさえあれば、転職は簡単である


転職されると新たな職員を入れて、不慣れな職員が増える

ようやく慣れてきたかと思うと、また条件の良い職場へ転職され

結果、人は定着せず、育っていないと言う悪循環が繰り返される


人材確保の面で言えば、報酬を上げるとか福利厚生を充実させる、

複数事業所が登録制で人材を確保するなどの方法が考えられるが


一番の問題は、

「人材の育成」である



欲しい人材は、勝手に育つわけではない

職員が育っていないのは、「育て方が間違っている」からであり

「育つ環境になかった」事を忘れてはならない



職員の対応に腹を立てる上司を見るたびに

仕事は出来ても、人を育てられない上司は多いと感じる


本人は利用者さんからの信頼も厚く、スキルも高いけれど、

部下や後輩モチベーションを下げがちな指導方法しか出来ないとか

そもそも、自分が「出来る」から、出来ない人の気持ちも

指導方法もわからない人が多い



そんな人に限って

「私は出来るのに、何で出来ないの」とか

「何でそうなるの?理解できない」と言ったりする


そして、そう口にした時点で

「私は、育てることをやめました」と宣言しているのである


育つはずの種が目を出さないのは、

そもそも種の選定が間違っていることもある


陸生植物を水の中に入れると、根を張る前に流されるし

水生植物は、乾燥した土地では育たない


「育たない」のではなく、「育てるためのアセスメント」が

はじめから間違っていることに気付かなければならない



今まで、たくさんの育ちに関わり、巣立たれ、飛び立たれ

何度もがっかりしたこともある


けれど、ここに留まらなくても

同じ仕事を続けてくれているのであれば、

半分は成功しているのではないかと思い直すことにした



育ちのための環境設定や条件を整えるためのアセスメントをして

考えながら、問いかけ続けて、自分の頭と心で考えられるように

ひとり立ちできる支援を行う



もしも次のステージに行く時には

決して執着しないこと



育てることは、育つことをサポートすること



育ちは自分のためのもので

誰かのために育つのではない

心したいと思う








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2021年08月24日

しあわせはあきらめない



「負け癖がついてる」と聞いて驚いた

弱気な言葉に、なぜそう思うのかと問い直す



私から見れば、社会的にも成功者で、尊敬に値する人の言葉である



「最後まで勝ちきれない、もういいわと思ってしまう」という

社会的にどう評価されようと、数字やデータで見た時に

自分の思う成功とは程遠い、同じ所で足踏みしているのだ、と



自分の思う成功のレベルには至っていないと言う不全感が

そう言わしめている



昔から知っている私からすると

はるかに成長し、高いところまで昇りつめていると思うが

本人にはそうではないところが

本当に興味深い



人の幸せや満足感は、他人からは図り知れない

本人が、良いと思わない限り

幸せも満足感も得ることはできない



これは全ての人や事柄に共通する



幸せも満足度も、全ては自分の主観である

お金を持っている人が幸せと思っているわけではないし

病に苦しむ人が、人生の幸せを語ってくれることも多い


人は、自分の思いで幸せと不幸せを決める

ならば、自分は、いつも幸せでいたいと願う


それでも、これで良しと甘んじるのは

少し違うような気もするので


もう少し、幸せ度合いをじっくり感じられるよう

努力をしてみようと思う



自分の幸せだけは

決してあきらめないように

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2021年08月23日

急がば回れ



毎月、この時期は気持ちが焦る


月半ばから月末にかけて、来月の予定表お届けと調査票の締め切り

「ヤバい〜!出来てない!」

焦りまくる



月初にできる限りしておこうといつも決心するのに

今月も同じ、今頃になって慌てふためく



繰り返してしまう言い訳ならいくらでもできるけど

ここまで繰り返すと、もしかして

今の追い詰められた状態が好きなのではないかとも思う



ゆったり構えて、余裕を持って仕事をするのが理想の姿


でも現実は

まるで自転車操業、火の車か


そして毎回、思うのである

「待て待て、忙しい時ほど、深呼吸して、ゆっくりしよう」

「慌てたら間違えるし、イライラしてもしんどいだけ」



そう思っていると、不思議なことに何とかなる



理想の姿は

毎日忙しくて、あれもこれも大変だけど

利用者さんの前では、ゆったり構えて余裕の表情を見せること



実は忙しいけど

「忙しいでしょ」と聞かれても

「そんなことないですよ。暇にしてますから、聞きますよ」と言える

そんな感じ


さすがにそこまではできそうにない


「忙しそうね」と言われて

「そうですね。だから、また今度ゆっくり来ますね」と返事して

本当にゆっくり来たことが何回あるの?と自分で突っ込みたくなる



忙しいからと後回しにすると

余計にことが大きくなって時間も手間もかかる

信頼関係も失うリスクもあって、何もいいことはない



忙しい時ほど、意識してゆっくり訪問する

忙しくて、時間がない時ほど

大事な事を見逃して、聞き逃しがちだから



急がば回れ

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2021年08月22日

昔は‥そして今



久しぶりに、「この世界の片隅に」を観た

この映画を見るのは、もう4回目くらい

優しいタッチで描かれた戦時中の日本の風景に癒されるが

戦争で普通の暮らしが変わっていく様は

何度見ても心が痛む


見終わった頃、チャンネルを変えると

「ミッドウェイ」をやっており、再びあの時代へ引き戻される

終戦記念日は終わったはずだけど




あの時代の日本を描くドラマも映画も、見るとつらくなる

映像の演出もあるだろうけれど、

誰もが辛い時代だったとわかるだけに、想像するだけでつらい


そして、いま


老いた母がしみじみと

「えらい時代になったもんやなあ」と呟いている

子ども時代に戦争を体験し、震災を乗り越えてきた母の老境は

子どもや孫に自由に会えない時代に生きている



数年経って、思い出す今の時代は

何と表現されるのだろう



歴史で習ったペストの時代と同じような文言が

教科書に載っていくのだろうか

5年後の自分は、2021年頃を振り返って

どのように話し、思い出しているのだろうか



窮屈な時代だったけど、精一杯頑張っていた、と思い出せるように

今できる最大限の努力を、惜しまずにしたいと願う

そして、そうできる体力と意欲を私に与えてくださいと祈っていこう



今ある環境の中で、最大限の努力を行い、

今の条件の中でできる、最高の成果を出していきたい


人の幸せは、争うことや痛みを感じることではなく

穏やかな日常の中で、当たり前の暮らしを続けていくことのはず



昔の大変な時代を感じることで

今の閉塞感についても、考えることができた



いまの環境で、許される最大限の幸せつくりをしていくことが

人として、今できることかも知れない



今すぐ、幸せを感じられなくても

いつか、笑顔で幸せを感じられるように

「しあわせの種まき」を毎日していこう


いつか、花が咲く日まで

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