玉置浩二ソロ4thアルバム『LOVE SONG BLUE』です。
1994年12月、冬は天気予報がいつも晴れのち時々くもりところにより雪の街にいたわたしの前に、このアルバムは突然に現れました。まもなく年の瀬、残り少ない金でどうやって年を越そうか頭を悩ませているところに、税込2800円という値札を下げて玉置さんのニューアルバムが!この時点でもちろん帰省は却下(笑)、インスタント焼きそばを買い込んで毎日のおかずとし、主食には最安の食パン八枚切り一日三枚での年越し決定!やや暗い気分でCDショップを後にして、寒い部屋でオーディオを起動、毛布をかぶってCDをインサート!スタート!バイクでかじかんだ手のまま、歌詞カードを開きました。
ぬう、田村コウさんなる人が加わってはいますが、ほとんどは玉置さんの作詞作曲です。田村コウ?誰?
当時はもちろんインターネットで調べるなんてことはできませんでしたから謎のままでした。そして現代、いくら検索してみても誰なのかやっぱりわかりません。玉置さんとこのアルバムで詞を共作した以外の情報が出てこない、謎の人物です。八曲目の「愛してんじゃない」が田村さん単独の作詞なんですが、うーむ……まるきりの新人って感じじゃない気がします。おそらくなんですが、普段は別の名義で活動なさっているか、もしくは言語センスを玉置さんに見込まれてこのときだけ作詞を行った近しい音楽業界の人なんじゃないかと推測いたします。
さてダンディなトレンチコートに身を包み髪をビシッとセットした玉置さんが大股でジャンプしているこのジャケットからは、『カリント工場の煙突の上に』のような望郷ソングアルバムを連想することは難しいでしょう。オーディオから聴こえてきたのは、歪んだエレキギター、ホーンセクションを含んだ派手目のポップス、ロックでした。来た!安全地帯サウンドの再来か?わたくしはワクワクが止まりませんでした。
聴いていくうちに、ん?何か違うぞ?何が違う?全部だ!
当たり前のことなのですが、わたくしが期待した安全地帯再来サウンドとはおよそ趣の違うものだったのです。いきなり最初の「正義の味方」からして、「ガンバッテ」?応援ソング?その全部カタカナは何?しかも「We're alive」みたいに連呼?松井さんが「英語みたいに聴こえる」玉置さんの節回しに恋愛上意味深なことばを乗せていたのに対し、玉置さんは恋愛と縁の遠い思い切りストレートなことばを使います。このアルバムは、一部の曲を除いてそういう調子でした。ストレートなことばを畳みかけるリズムで歌を作っていくのです。正直面くらいました。これは明らかにこれまでの玉置さんとは違っていたのです。当時のわたくし、これはもちろん理解の外、生命維持ギリギリの貧しい年越しを決意したこのアルバムに、打ちのめされてしまいました。新聞受けからは乾いた寒風が吹き込んできます。しばし、呆然としていました。
そこで気を取り直して、もう一度聴いてみることにしました。一回目は「自分の期待にどれだけ近いか」しか気にしていなかったから失望したわけです。ならば、「自分の期待と関係なく新しい魅力をそこに見いだせるかどうか」を気にしながら聴けばよいのです。なんせ2800円あれば一日一回のカップ焼きそばを二回にできたのですから、そう簡単にあきらめるわけにはまいりません(笑)。わたくしは悲愴な、それでいて大きな期待を込めてCDプレイヤーの再生ボタンを押しました。
二回目、なんということでしょう、すべて覚えていました。いやいま聴いたばっかりなんだからそりゃ覚えているでしょって思うかもわかりませんが、そうじゃありません。ノリと展開がわかるのです。この曲はここでこうなってああなって……そうそう、ここで「レッスン4」、「カッカッカッカッ」、「傘も用意したのになかなか雨が降ってこない」「最高でしょ」だよね!わかるわかる!沁みてるぞ!この詞と曲の組み合わせは暴力的なまでに強い印象を脳髄に叩き込む力をもっていたのです。そして「星になりたい」までを聴き終わりCDプレイヤーが止まってから、わたくしはまたボヤっとしていました。一回目の呆然とは全く違った充実感があったのです。凄かった……なんだこの強さは。もちろんその正体はその後何度も聴き直す中でだんだんつかんで自分の中で言語化していくしかないもので、当時は凄いということしかわかりませんでした。
このアルバムは、ストレートなことばの組み合わせででとんでもない浸透力をもったノリを出してゆくという玉置さんの新境地を示すものだったのです。そしてもちろん当時はわかることではありませんでしたが、玉置さんのソロでは今後この路線が大きな比重を占めることになるのです。少なくとも、この『LOVE SONG BLUE』、次の『CAFE JAPAN』、そして集大成となる『JUNK LAND』までは、この路線が主軸となるのでした。
では、一曲ずつの短いコメントをしてゆきたいと思います。
1.「正義の味方」:ニュー玉置ワールドのファンファーレたる爽快な応援歌ロックです。
2.「いい顔で」:この曲で言葉遊びのノリがそのまま曲になる快感を確信させられた応援歌第二弾です。
3.「愛してるよ」:オールド調ながらにハードなロックンロールです。わたくしこの曲がこのアルバムで一番好きです。
4.「ふたりなら」:初聴時に一番良い曲だと思ったラブバラードです。
5.「SACRED LOVE」:アコースティックなラブバラードです。「逢えるの」「逢いたいの」が切実に胸をうちます。
6.「ROOTS」:変な曲!と初聴時に思いましたが、一発目で全部覚えてました。異常にノリのよい曲です。
7.「最高でしょ?」:これも異常にノリのよい曲で、構成が複雑なのに一気にノリで覚えさせられました。こういう曲を名作というんだと思います。
8.「愛してんじゃない」:暗いのにノリがいい不思議な曲です。リズムと歌の力が尋常でありません。
9.「LOVE SONG」:シングル曲です。もちろん一番売れそうです。ですがけっしてつまらなくありません。「ほら」「まだ」「いま」「もう」の繰り返しで物語と愛を語る大バラードです。
10.「星になりたい」:アコースティックな小品バラードです。「大切な時間」と似た、切々としたやさしさが歌に乗って迫ってくる、卑怯なくらい魅力ある曲です。
全十曲、どれもこれまでの安全地帯、玉置ソロとは違った趣の曲です。あの大ヒット曲「田園」の系譜はここから始まるといっていいでしょう。まあ、世の中には『カリント工場の煙突の上に』の中にこの系譜の原石を見いだそうとする偏執狂者(ズバリ、あちきです)もいないではないんですが(笑)、ふつうにサウンドの印象でいえばこのアルバムが第一歩と考えるべきでしょう。まだまだこの路線第一作ですから、『CAFE JAPAN』や『JUNK LAND』のようなこなれ感はないにしても、このアルバムでことばとサウンドの基本は固まっていることがわかります。ぜひ、このアルバムに始まる三部作を最初から味わってほしいな、と願ってやみません。
このアルバムにはほかに、うれしいことがありました。なんと、ドラムにわたくしの大好きなDEAD ENDの湊さんが参加されていたのです(2020年にギターの足立祐二さんが亡くなったのは本当に悲しかったです)。「正義の味方」「愛してるよ」「ROOTS」「愛してんじゃない」の四曲も!わーお!嘘だろ?だって安全地帯とDEAD ENDですよ?活動していた時期が同時代とはいえ、この二つのバンドはまったく結びつきません。ですが、DEAD ENDを知っている友人も安全地帯を好きな友人ももたなかったわたしにとっては、湊さんの参加はこのうえない符号を示すものであり、大朗報でした、安全地帯の崩壊を同年秋の『安全地帯アナザー・コレクション』で悟ってからまだ日も浅く意気消沈していたわたくしにとっては、トンネルの向こう側にみえる灯りのようなものだったのです。カップ焼きそばを湯切りに失敗してシンクに落としてしまうこともあった悲惨な年末年始にあってはなおさらでした(笑)。ボコッと鳴るんですよ、シンク、熱で。
では次回以降、一曲ずつ語ってまいります!
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このアルバムはビックリな変化でした。いま思うとちゃんと必然性のある変化なんですが、ちょっとずつ昔の安全地帯を期待する気持ちが補正をかけてて、最初は戸惑ったのです。数年あとから聴くと素直に楽しめるから、ああ自分がついていけてなかったとわかった次第です。
最近、宇徳敬子さんのアルバム聴いてます。この当時、頭の痛くなるようなチャートに混じって、一人だけやけに歌がうまい、センスのいいメロディーつくる人がいるなーと思ってたんです。思うだけで聴いてなかったんですが……。玉置さんソロのレビューで玉置さん聴きまくって、たまに宇徳さん聴いて(笑)、90年代の空気に浸っています。
ラブソングブルー。1994のその当時、私も一人暮らししながら卒業製作に追われて休みなく働きアクセクとやっていた時期でした。確かボクシングの世界タイトルマッチがあって、辰吉と誰かの対戦だったように思いますが間違っていたらすみません。
このアルバムは本当に次に来る波に乗る前の、玉置ソロを味わえる新鮮味が特徴だと、私もずっと思ってました。ルーツ、セイクレッドラブ、正義の味方、星になりたい、等玉置さんならではの楽曲が、安全地帯のメンバー以外でレコーディングされてて玉置ワールドが楽しめます。
ですので、全く玉置安全地帯を知らない若い方や初心者向けのアルバムにこれを私も推します(笑)
ありがとうございます。