『安全地帯VIII 太陽』十曲目、「黄昏はまだ遠く」です。
とうとうこの曲までたどり着きました……短い活動休止期間はあったものの、このアルバムを最後にもう安全地帯はなくなるんじゃないかと思わされた「あの」十年間を控えた『太陽』の、最後の曲です。実際にはこの後シングル「あの頃へ」「ひとりぼっちのエール」がリリースされてますし、アルバムも『アナザー・コレクション』や『ベスト2』のリリースがありましたから、しばらくは安全地帯がなくなったという感覚はなかったんですけど、長い活動休止期間中に、振り返るとあそこが終わりだったんだ……とわたくしが思える地点が、この「黄昏はまだ遠く」なのでした。それほど終わり感が高い曲で、その点ではあの「To me」ですら及ばないんじゃないかと思っております。
その「終わり感」は、おそらく、歌詞に表された様々な感情、たとえば、注ぐあてが見つからないのにまだ燃えたぎる情熱を心身のうちに抱えている感覚、夢や幸福を探し求め迷い続ける感覚、その中で、消えてゆく憧憬、手元には愛だけが残されたからそれをけっして失うまいと思う感覚、こうしたものを、歌う玉置さんだけでなく、メンバー全員が曲にたたきつけたような演奏によって生まれているのだと思います。
ビートルズの「The Long and Winding Road」は、厳密にはビートルズ最後の曲ではありませんが、あの曲に込められた思いがビートルズが終わったことを示していたと信じるわたくし、「黄昏はまだ遠く」は安全地帯の「The Long and Winding Road」だと思っております。なおその後ビートルズは『アビー・ロード』で本当に終わっちゃいますけど、安全地帯は戻ってきましたので、めでたしめでたしです。余談ではありますが、「The Long and Winding Road」にストリングスを付け加えられたとポールが不満だったというのは意外でした。めちゃくちゃ合ってるじゃないですか、ストリングス。『LET IT BE naked』で聴くことのできるストリングスなしバージョンは、わたくしにはどうもしっくりきません。まあ、こういうふうに作りたかったんならポールが不満だったのもわかるんだけどねえ、という感じです。
さて、曲はエレクトリックピアノのソロで、サビのフレーズを奏でるところから始まります。そのまま玉置さんのボーカル、六土さんのベースが入り、そして「ドス!」という田中さんのバスドラから、Bメロにはいるときにスネアが「バシ!」とリバーブたっぷりに響き、ギターのアルペジオで一気に盛り上げ、ストリングスをまじえたサビに入ります。サビはあっさり終わり、二番もだいたい一番と同じ……今度は最初からスネア、途中から薄いストリングスを入れて進みます。二度目のサビはあっさり終わらず二回繰り返し、そのまま間奏に向かいます。
この間奏ですが……わたくしこれ、安全地帯史上最高のギターソロだと思っております。とくに難しいことはしていないのですが、泣けて仕方ありません。「泣きのギターソロ」とはよくいいますけど、これほど泣けるソロは安全地帯史上どころかほかのアーティストまで入れてもお目にかかったことがないかもしれません。ときおりバックに響き渡る「シャリーン……」という武沢トーンも、安全地帯史上最高の悲しい響きです。この二人以外の音は基本的にごくごくシンプルです。「ドッ……ドドッ……ダン!」と響く田中さんのドラム、そのリズムにピッタリと合わせる六土さん、星さんのストリングスもごく薄く、ギターの二人を前に出そうとする意図が感じられます。矢萩さんの、ハーモニクスを入れたまるで嗚咽のようなとぎれとぎれのフレーズが、終盤に向かうにつれ旋律の形を成して最後におそらくディレイによる繰り返しフレーズまで、とてもなめらかとはいえない全体像を構築し整理のつかない感情を見事に表現してゆくのです……これは参ります。どうしてこういうソロを思いつくのでしょうか。もしかしてですが、こういう効果をはじめからねらって何回もアドリブで録り重ねてゆき、後からつなぎ合わせる……いや、それはごく普通の手法といや手法なんですが、安全地帯はフレーズを決定してからパーフェクトになるまでリハをして、ほぼ一発オーケーのレコーディングができるようにしているというわたくしの思い込みがあるものですから、こういう偶然に出来上がったのではないかと思われるソロに出会うと、(わたくしのもつ)安全地帯のイメージが混乱に陥るわけです。そのくらい、このソロはリアルな感情の動きに迫っています。この後玉置さんソロ時代でも矢萩さんはよくソロをお弾きになり、これと似た設計思想だと思われるソロもいくつか思いだされるわけですが、わたくしの思う矢萩さんのソロはどの曲よりも第一にこの「『黄昏はまだ遠く」なのです。逆にいうと、わたくしこのソロをもって矢萩さんのソロのノリというものを同定できるようになった(気がしている)といっても過言ではありません。
そしてソロは終わり、チェロっぽい低音の入るストリングスだけを伴奏にした玉置さんの多声レコーディングによるアカペラから、一気にフル構成のサビを一回だけ繰り返し、曲はアウトロに入っていきます。
このアウトロもハモリのツインギターで泣かせに来ます。間奏と違い、フル構成の伴奏に、歪んだ音でツインギターのハモリです。泣かないわけがありません。レコーディングではソロ担当バッキング担当で分業し、ソロ担当がツインのフレーズを両方レコーディングするという手法があって、そのほうが手間や時間を節約できることが多いのですが、このツインギターは矢萩さん武沢さんがお二人ともお弾きになったのではないかと思います。音で分かるとかそういう玄人っぽい判別をしたわけではなく……ただ、そうなんじゃないかと思ったのです。安全地帯というバンド、矢萩武沢というコンビならば、そういう効率を優先した手法を採るだろうか、効率を優先せざるを得なかった怒涛の『安全地帯V』を乗り越え、一度目の活動休止を経て再開した安全地帯が『夢の都』『太陽』のレコーディングで、そういう手法を採用するとはちょっと思えないのです。これはもう「ちょっと思えない」以上のことではないですし、多くの人にとってはどうでもいいことですので(笑)、わたくし強くそう思います!というだけの記述ですが、書かずにいられないわけなのです。ツインギターのハモリって難しいんですよ、レコーディングでキレイに合わせるのが。でもこの二人ならあっさりできるんじゃないか、と思うんですね。
歌詞に関しては上でもうある程度語っちゃったんですが、すこし書き足しておこうと思います。このとき安全地帯にとっては、バンドが終わるとき、そして「若者」である時期が終わるときが、重なってしまったのです。「黄昏」とは昼間の終りであり一日の終りを強くイメージさせますが、じつは24時まで「一日」はまだ続きます。あくまで、デイタイムの終りにすぎないといえばそうなんですが、それ以降を「晩」と呼びますから、人生でいえば晩年に入る直前ということになります。いや、そりゃまだ遠いでしょう、と思うんですが、これだけの全力疾走でデイタイムを突っ走ってきた安全地帯が終わるのですから、このあと爆睡していつのまにか24時を過ぎていたなんてことになりかねません。現場ではバンドの終りを誰もが感じていたこの時期に、松井さんは「黄昏まではまだまだだよ!」とメンバーに訴えかけたのではないかと思うのです。メンバーたちも、ここでバンドは終わることはわかっていたことでしょう。ですが、同時に「まだまだこれからだ」と気づかされ、自分を奮い立たせることになったのではないかと思います。
そして、若者である時代が終わる寂しさは、なにもメンバーでなくともわかります。これは、わたしたちリスナーに向けて作られた人生の応援歌でもあるのでしょう。わたくし当時の安全地帯リスナーの中ではかなり若輩でしたが、メインリスナー層はやはりメンバーたちとだいたい同時に若者時代の終わりを迎えていたのです。
「憧憬が消える」「信じてたもの」を泣きながら捜す、生きることに痛みを感じるようになる……ああ、こういうとき人は生命保険に入るのでしょう(笑)。生命保険が役に立つときっていうのは、究極死ぬ時ですから自分には役に立たないんです。誰かを残して死ななければならないリスクを受け容れられない立場になったとき、そのリスクを回避できるよう人は自分の命をカタに入れるのです。「めぐり逢うひとのあたたかさ」に感謝し、「愛」が与えてくれる人生の意味を確信しつつも、「終わらない夢」「駈けぬけるあこがれ」のような、もう一つの意味が消えてゆく感覚に苦しめられ、それを追いかけたくなる衝動さえ覚えるのです。ひらたくいえば生命保険は解約して家庭を放棄し、趣味人として生きることを決心する……しまったひらたくいい過ぎた!(笑)もちろん多くの人はそんなことしないんですけども、それでもすこし胸の痛みを覚えながら生きているんだと思うんです……あ、あれ、そんなの、わたくしだけです?しまった、わたくし友人とこういう人生の肝心なことを腹を割って語りながら酒を飲むとかそういう習慣がございませんもので、よくよく考えたら知らないで想像でしゃべっておりました。うーむ、わたくし、もしかしてものすごく寂しい人生を送っているんじゃないかと、我がことながらちょっと心配になってきました(笑)。
とうとうこの曲まで語ってしまいました……。弊ブログを始めたとき、全曲語るという気持ちではもちろんいたのですが、きっとこの曲まで語ったら満足するんだろうなあ、とはうすうす自分でも思っていたのです。もちろんここでブログをやめるということではなく全曲目指して今後も書き続ける所存ではありますが、それくらい、ここの区切りはわたくしにとって大きいものだったのです。十代の少年だったわたしは、この十年間で二十代後半になり、その間に多くの出会いと別れを繰り返し、大人に染まっていったのです。その間、安全地帯の音楽はつねに人生の教科書であり、支えであったのですから……。なお、約十年の時を経てリリースされた『安全地帯IX』の一曲目「スタートライン」を聴くその瞬間まで、この曲がわたくしにとって安全地帯ラストの曲でありましたから、この曲はいまだにわたくしの時をちょっと止めます。安全地帯が終わる瞬間を何度も何度も味わい、そしてしばし呆然とするのです。完全な後遺症です。この曲はいまだにいちアルバムのラスト曲ではないのです。
次は、アルバムリリースの順番でいえば玉置さんソロの『あこがれ』になります。もちろん「あの頃へ」や「ひとりぼっちのエール」のほうがリリースが早いんですけど、それらが収録されたアルバム『安全地帯ベスト2 〜ひとりぼっちのエール〜』は若干後になりますので、アルバムリリース時優先という弊ブログの方針上、後になります。この方針でいうと、「萠黄色のスナップ」とか「置き手紙」とかが「あの頃へ」「ひとりぼっちのエール」と同じ時期になるという怪奇現象が起こるんですけど(笑)、まあ、それも一興でしょう。
それではまた!
価格:1,509円 |
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