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2017年09月23日
苦悩の根元は仏教でどう教えられているか
人生の目的は、幸福になること。
これを抜苦与楽と言います。
苦しみを抜いてもらいたい、楽しみを与えて貰いたいと皆思っている。
仏教の目的は抜苦与楽。
ところが、人生は苦なり。
苦しみの原因が分からなければ幸せになれない。
苦悩の原因は?
1物がないから
大学に合格できれば、お金や財産があれば、地位名誉あれば、と求める。
ところが、どうか。
欲は無限である。
無限の欲望を有限の人生で満たしきることはできない。
有無同然と教えられている。
子供が無いときは無いことで苦しみ、有ればあったで苦しむ。
無い人は鉄の鎖で繋がれている。
有る人は金の鎖で繋がれている。
材質ではなく、鎖に繋がれていることが苦しみから離れきれない原因。
こういうことが分かってくると、心に目が向いてくる。
外側ではなく、内側、心に原因がある。
2煩悩があるから。
四苦八苦の中の、愛別離苦や求不得苦は欲しいという欲が本になっている、
と考えられる。
四苦八苦の苦しみを引き起こしているように思える。
釈尊は、方便として、煩悩が苦悩の元と教えられた。
苦悩の根元を言っても分からないので、方便から真実に導こうとされた。
では、煩悩は無くせるのか。
減らせるのか。
できない。
釈尊でも、覚り開かれてから煩悩もっておられた。
1、ジュンダという人が持ってきたキノコを食べられて、
食あたりか何かでお亡くなりになられた。
食欲もっておられた。
2、馬に乗っておられた釈尊を、きゃあ素敵と、若い娘たちが声をあげたとこ
ろ、にっこりされた。
名誉欲もっておられた。
3、覚りを開かれて大変、優しく、細やかな心遣いをされるようになって、
お弟子の中で、釈尊は女性になられた、という噂が流れた。
阿難尊者が裾まくって確かめた。
男性であった。
大変叱られた。
これは怒り。
煩悩は無くせない。
無くならない、減りもしない。
では苦悩の根元何か。
仏教に教えられている。
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2017年09月22日
存覚上人の辞世・釈迦の化身
ぐるぐると迷っている世界から魂の打ち止めをすることを六道出離といいます。
存覚御辞世の御詠に云わく、
「今ははや 一夜の夢と なりにけり ゆききあまたの かりのやどやど」
此の言を、蓮如上人、仰せられ候うと云々
「さては、釈迦の化身なり。往来娑婆の心なり」と云々
「我が身にかけてこころえば、六道輪回、めぐりめぐりて、
今、臨終の夕べ、さとりをひらくべし、という心なり」と云々
(御一代記聞書308)
いまやはや一夜の夢となりにけりゆききあまたの仮の宿々
人生はよく旅人に例えられる。
今時分のように早く日がくれるようになると人生の脊梁感を感じる。
旅人というのは同じところにとどまっていない。
例えば江戸から京都を目指している旅人は違った山、道を通る。
そしてこれ以上進めないとなると宿をとる。
そしてそこで一晩だけそこにいる人と一緒に酒でも飲んでいく。
しかし、一晩寝れば夢のようなものになる。
そしてまた夕暮れ時になるとまたそこで宿をとってまた新しい人と出会う。
そういう仮の宿の繰り返しが人生。
みなさんも中学校のとき友達がいたと思います。
しかし、高校いったらみんな友達ではない。
また、高校といったらいろんな友達がいる。
そして暫くその友達と楽しむ。
しかし、大学にくるとまた違う。
大学って宿はまた違う宿。
まったく違ったところからきた人達。
それは何かの御縁があって一緒にいる。
ところが、3、4年のうちにまたさよならをいう。
人生っていうのは出会いの数だけ別れを経験しなければならない。
その宿のなかで苦しみのうち止めをできる宿があったかというとそういうのはない。
そうして考えてみると、次の世界次に世界とへめぐって
その世界を楽しもうとしているだけで根本的に解決しようなんて考えていない。
これ仏法の教説からいうと人間界に産まれてからも輪廻転生しているが、
死んでもまた次の世界、次の世界と六つの迷いの世界を
無始よりこのかた迷い続けていると教えられている。
そういう迷いの命のあることを知ってその迷いのうちどめをするのが
人間界に生れて、仏法聞くより他にない。
人間界に生まれたって心が人間らしい心になったときにしか仏法をきけない。
その迷いの魂を知らせてくれるかたは善知識。
そういう善知識、真の知識にあわなかったらできないことですよ
と教えられている。
そういう善知識にあって阿弥陀仏の本願を聞かせて頂けるのは、
千載一遇のチャンス。
2017年09月21日
『往生要集』の著者、源信僧都の横川法語・六道輪廻とは?
源信僧都の横川法語という言葉があります。
まず三悪道を離れて人間に生まるること、大なるよろこびなり。
身は卑しくとも畜生に劣らんや、
家は貧しくとも餓鬼にはまさるべし。
心におもうことかなわずとも地獄の苦にくらぶべからず。
六道輪廻。
六道というのは、
人間界に天上界、修羅界、地獄界、餓鬼界、畜生界。
こういう六つの迷いの世界があって、
この六つの迷いの世界を私達の迷いの魂が
ぐるぐるときりも際もなく、車の輪をまわすが如くに経巡っている。
輪廻転生ともいう。
私達は、この人間界に生を受けて死ぬまでの間、
どうしたら少しでも金が儲かるか、
どうしたらちょっとでもいい人と結婚できるか。
こういうことに目を輝かせている。
そういう私達が、肉体がここで生まれてやがて死ぬと、
肉体が滅びてもほろびざる永遠の生命があって、
その迷いの魂が、生死生死を繰り返し、
輪廻転生といわれている。
これを六道輪廻という。
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