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2018年10月03日

生徒の知的好奇心をくすぐる

昨日に引き続き、今日も午後から巻雲が青空に映えた。

この『巻雲(けんうん』、昭和40年1月からは昭和63年3月までは、『絹雲』と表記されていた。
当時の「当用漢字音訓表」の制約で、「巻」が「けん」と読めなかったからである。

巻雲は上層雲の一つ。刷毛で書いたような雲で、氷の粒である。
ラテン語学術名はCirrus(シーラス)、「曲がっている」という意味があるという。
実際巻雲は、巻いているばかりのものでもないから、絹糸のような雲として『絹雲』と書くことも気持ちは分かる。

本来明治時代に『巻雲』であったものが、漢字の読み方の都合で、『絹雲』となり、そしてまた『巻雲』に戻ったわけだ。

今は、専門書はもちろん、教科書でも『巻雲』が使われている。もちろん、古い本には、まだ『絹雲』と表記されているものもある。

中学二年生が、理科の第2分野で、ちょうど気象を学んでいる。
今日も、授業中に外に出て、理科の資料集の写真と比べながら雲の観察。

私は高校時代は、気象観測に明け暮れたこともあり、今でも雲を見れば、どんな雲か瞬時に分かる。
今日の昼頃の空には、Ci(巻雲)、Cs(巻層雲)、Cu(積雲)、Sc(層積雲)が見えていた。

中学生がこれらを判定するのは、簡単なことではないだろう。
それでも、実際に調べてみるのは大事だ。

「先生、あの雲なんですか?」

私は、こういう知的好奇心が大切だと思っている。

そのとき、
「あれは、巻層雲だよ。空に晴れているのに虹みたいな彩雲が見えることがある雲だよ。だんだんと雲の高さが下がってくると、天気が悪くなることもあるんだ。」
などと、さらっと説明できたら、興味を持って、さらに知りたいと思う生徒がいる知れない。

知らなかったことを知ることは、人間にとっての嬉しいことなのだ。
勉強は、知らない事実を学び、自らの知識を蓄積する。だからそこに、今までの自分では分からないことを知った喜びがある。

質問攻めにしてきた生徒が、その後、その分野の専門家になることもある。

かく言う私も、そのようにして、気象学や天文学に興味を持った。

だから、私は生徒の質問をとても大切にしている。

野鳥の鳴き声に、
「あの鳥は、何ですか?」

「この花は、何という花ですか?」
「あの星は、何という名前の星ですか?」
「この石は、何ですか?」
「この糞は、何の動物のものですか?」

そんな、生徒の質問に、何でも答えられたらいいな、と思う。
彼らの好奇心をくすぐり、学びの楽しさを伝えられるからだ。

しかし残念ながら、私の得意分野は限られているので、世の博学諸氏に頼るしかない。

愛の反対は無関心

「駅伝参加しないのか?」

部活単位で全員が参加することになっていたバスケ部のK君。ペットボトルのカエル事件の生徒だ。

「大会が、中間試験直前だし、出たくなければ、出なくてもいいってO先生に言われたんです。」
「へーそうなんだ。で、バスケ部で出ない人って他にいるの?」
「…僕だけです。」
なるほど、K君は、立場的に苦しい状況にあったんだ。

「O先生、どう思ったかなぁ。」
「先生は、『やっぱり出ます』、って、僕に言って欲しかったんだと思います。」
なんとも意外な答えが返ってきた。

「やっぱり、そうだろうね…。」
「はい。」
「それじゃ、中間試験は最高の点を取らなきゃね…。」
と、プレッシャーをかけた。

「次の駅伝は出るんだろ?」
「…たぶん。」
次の大会は、試験後だから、「試験前だから出ない」という根拠は消える。

教師のさりげない一言で、生徒を傷つけることもあるが、その一言で、気持ちが楽になることもある。

私は、普段からできるだけ生徒に声をかけ、会話をするようにしている。

「生徒と、どんな会話をすればいいか、わからないんです。」
という、若手の先生もいるが、日頃から生徒をよく見ていれば、言葉は自然に口をついて出てくるものだ。

このまま放っておくとまずい、と感じた生徒がいた場合は、意識的に声をかけることもある。

「あの先生、しょっちゅう俺に声かけてきて、うざい奴だなぁ。」
と、思われて結構。ある意味、それも目的の一つ。

「私は、あなたのことを気にかけていますよ。」
と思わせることができれば、それでよし。

愛の反対は、無関心なのだから。

2018年10月02日

「僕って、病気なの?」

2回目の校長による「人権教育セミナー」、今朝は『発達障害』の話。

生徒たちにとっても、教師からみても、『発達障害』は目に見えにくい。そのため、人間感情のトラブルが起こりやすい。だからこそ、校長は
『そういう個性の人もいるのだ。欠点よりも、長所とつきあおう。』
と、話をしたかったのであろうが、今朝の話は、中学生にはちょっと難しかったようだ。

「自閉症スペクトラム障害」、「注意欠如・多動性障害(ADHD)」、「学習障害(LD)」と言っても、生徒たちには分からないだろう。それぞれについて、具体的な例が、ほとんどなかったからだ。

理解できたと思われるの、せいぜい、
「これらは、○○障害と言われているが、障害ではない。生まれつきの個性だ。」
ということぐらいだろう。

確かに、これを障害だの病気と見なしてしまうと、エジソンも坂本龍馬も、障害を持った人になってしまう。

ADHDの子供は、程度にも寄るが、授業中だまって座らせておくことすら難しいし、いつも同じことを注意される。

とかく教員側は、その注意されてた部分をマイナスと見て、
「だめだ、だめだ」
という指導をしがちである。この性格をなんとかしたい、という教員の焦りから、つい、
「どうして、何度言っても分からないんだ!」
とさらに叱る。

しかし、結果的には、自分自身がその事実に気づき、克服していこうという努力をしなければ、なかなか変われるものではない。

「僕のこの部分は、時に他の人に迷惑をかけてしまう。だから、努力して直していかなくっちゃ。」
と自覚して、初めて変えてゆけるのだろう。これは、学校を卒業してからの話だ。

以前、ある保護者が、
「同じクラスの○○君は、ADHDなのだから、クラス全員にその事実を伝え、相応の対処をしてください。」
という要望をしてきたことがある。母親同士の会話から、○○がADHDであることを知り、過剰な反応をしたわけだ。

その後しばらくして、○○が、
「僕って、病気なの?」
と母親に相談したという。どこからか、知らないはず本人に伝わったらしい。

『一人ひとりの個性を認めた指導をして欲しい。』

結局校長は、今日の講話を、我々教員に聞かせた方のではないだろうか。

個性あふれる生徒との格闘はまだまだ続く…。

2018年09月29日

返却された背番号

合同チームを組んでいるO先生のクラスにはA君という不登校の生徒がいる。
中一の頃から不登校傾向が続き、今ではほとんど学校に来られない状況。
だから、週に一度、先生たちが家庭訪問し、学校まで連れてくる。

不登校の原因は、複雑なご家庭事情。
祖母に育てられ、両親とは一緒に暮らしていないそうだ。
思春期になり、状況が理解できるようになっても、「両親に捨てられた」と思っているのだろう。
こうした特殊な経験は、どうしても社会性の面で不適応を起こしてしまう。

学校に来ても、保健室で過ごし、給食を食べて帰っていく。
公立学校なら、これで登校扱いになる。

実は、A君は野球部員でもあり、今回の新人戦でも背番号を与えていた。

いよいよ、明日が新人戦という日に、家庭訪問の保健室登校。その時、背番号が本人に渡された。
しかし、A君は背番号を受け取らなかったようだ。

野球はそこそこ上手で、「野球には自信を持てるから。」、との配慮で、練習にも出てきていないA君に背番号、しかもチームの末尾でない番号をきめたのだが、その背番号をつけて、学校に来ることはなかった。

O先生が、試合前日、職員室に戻ると、先生の机の上に、A君に渡した背番号が置かれていたそうだ。

机の上の背番号がすべてを語っている。

試合当日、O先生が興奮気味に、事のいきさつを話したことも納得できる。

「でも、わざわざ背番号をO先生の机の上に置かなくてもいいんじゃないの?A君が自分で返した訳じゃないでしょ。」
と同情した。
「家庭訪問に行った先生が、置いたのだと思います。」
とO先生。

野球の世界にとって、背番号には重みがある。
その番号で、どのポジションかも分かるし、レギュラーかどうか、上手下手までがその番号に象徴されてしまう、とても大切なものだ。
私は、それを、机の上にそっくり置いてしまうというのも、配慮が足りないのではないか、と思った。
その背番号を見たときの、O先生のショックはいかばかりか…。

「A君、『いつか、いろいろな人の助けてくれていたんだなぁ』と、気づきといいですね。」
私はO先生を励ますつもりで、声をかけ続けた。

「生徒の事を真剣に悩むっていうのは、苦しいけど、教員にとってとても大切な経験なんですよ。その経験が、五年、十年、二十年後に必ず効いてくるです。」

O先生が立ち直るまで、今しばらく時間がかかりそうだ。

生徒の事を本気で、考え、寄り添おうとするのが教師だ。仕事だからそうするのではない。本気で、生徒たちを育てたいと思う心が、そうさせるのだ。だから教師の仕事は、時間の切り売りであってはいけないし、サラリーマンのような感覚でもいけないと思う。

2018年09月28日

先生は運転手じゃない

ある部での自動車移動中の話。
乗っている生徒が、寝ている姿を見て、女子生徒が叫ぶ。
「先生は運転手じゃないんだよ。」
「…」
「先生だって疲れている中、私たちのために運転しているんだよ。」
「…」
「それなのに、寝ているっていうのは、とても失礼だと思う。」
「…」
「みんな起きようよ。」
最上級である中学三年の女子生徒が叫んだ。

私はその話を聞いて、
「なんだ、分かってくれる生徒もいるんだ。」
と、ちょっと嬉しくなった。

私の学校では、送迎は原則教員が行うという、全国的にも珍しいシステムがある。
だから、運動部の顧問になると、学校が費用を負担する形で中型免許の取得を推奨される。試合で出掛けるときは、顧問自身が運転して会場に行け、という訳である。
もちろん、運転手がいない部活は、業者バスの外注もできるし、その費用は、学校が支払ってくれる。

しかし、教員である顧問自身が運転するのは、なかなか肉体的にも精神的にもプレッシャーがかかる。学校には、何台ものマイクロバスがあるのだが、大きな自動車に生徒を乗せて、自分自身で運転するというのは、負担が重い。

少人数でも、自家用車や少し大きめの車で、やはり引率者が運転して出掛ける。

かつて勤務した学校では、「教員がバスを運転して引率することなど、あり得ない世界」だったのだが、いつしかこのシステムに慣れてしまった。部活の移動時に、生徒にバス代を負担させないのはいい。

しかし、運転中に生徒が寝ているというのは、嫌だ。

運動部が試合に向かうとき、移動中に選手が寝ることを許可しているチームと、絶対に許さないチームがある。
寝ることを許しているチームは、「少しでも寝てすっきりして試合に臨もう」という考えだが、許さないチームは、「試合をイメージして、心を整え、万全な準備をせよ。」という発想である。

私自身、どちらが正解なのか、どちらが正しいのか、よく分からないが、自分が運転している以上、やはり生徒に寝られると、ちょっと苦しい。
中学校の遠征の場合は、近距離が多いので、寝るほどの時間でもないと思うし、と、同時に、「運転してもらって当たり前」、という感覚でも困る。
「してもらって当たり前」をいう考え方を、青少年期に植え付けてはいけないと思う。

私は、運転中、
「君らが寝てしまうのなら、俺も寝てしまうよ。一緒に天国に行こう」
などと冗談を言ってみたりする。また、
「○○、眠くなっちゃったよ。」
と言うと、指名された生徒が、歌を歌い出したりする。

私が現役の教員をやっている間に、システムが確立するとは思えないのだが、かすかな希望を胸に抱きつつ、
「願わくば、早く自動運転になってくれ。」
と思うばかりである。

挨拶の短縮形

合同チームを組んでいる相手校の一つは、チームの伝統なのか、「ありがとうございました」の挨拶が省略される。
「したー。」
と言うのである。

「そんな言い方じゃ、挨拶にならない。」
私はそう思っているので、自分のチームがそう言うのは許さないが、合同で活動しているときは、キャプテンがその学校ということもあり、相変わらず
「したー。」
となる。

今日から新人戦。公式戦ながら、学校の予算が厳しく保護者送迎の学校もあるが、この学校は業者バスの送迎だった。当然、会場に着いたときは、全員が整列しての挨拶となるし、帰校時に乗り組む時も整列しての挨拶。バスに乗り込む時も挨拶しながら乗り込むし、車が動き出すときも挨拶する。

今朝、彼らが試合会場に到着し、バスから降り、運転手に挨拶をしている場面を偶然見た。
一同整列し、キャプテンが、
「ありがとうございました。」
と言ったのだ。

「あら、『したー』じゃないんだ。」と若干驚き、「なんだ、できるじゃないか。」と思った。
冷静に考えればオフィシャルの場で省略するのは失礼だから、当然か。

しかし、なぜかグランドでは、『したー』となる。
グランドに入るときも。整備をしてもらったときも、試合開始時も、終了時にも、グランドから出るときも、すべて『したー』なのである。

彼らは、学校で練習しているとき、自校の先生が通りかかると、プレーを中断して、
「○○先生、こんにちは」
と元気よく挨拶するのだが…。

いっそのこと、
「省略形は、好きになれません。」
と先生に訴えようかとも思うが、元来の遠慮深い性格の私は、やはり当分言えそうもない…。

仲の良い同僚の先生に聞く。
「『したー』、どう思いますか?」
「俺なら絶対許さない。」
賛同してもらって、ちょっと気が楽になった。

2018年09月27日

三角形の合同条件を覚える

中1の授業で、『三角形の合同条件』を覚えさせた。

私の学校では、数学は中1から中3まで週5時間。検定外教科書を使い、代数と幾何に分けて、平行して授業を進めている。その上、2クラスを3クラスに習熟度別クラスに分けているため、上位のクラスは、やや進度が速いので、すでに中2の単元に入った、という訳である。

「絶対に、この時間に覚えさせるぞ。」
という、私の強い決意のもと。三角形の合同条件を紹介する。

まず、検定外教科書の合同条件が、検定教科書の文面と少し違っているので、念のため、教科書を書き直しさせた。

『三辺の長さが等しい』を『3組の辺の長さが、それぞれ等しい』といった具合である。

古い用語を使えば、『三辺相等』というわけで、どちらでも構わないだろうとも思うが、模擬テストや高校入試で、いらぬ減点をされないための配慮だ。

まず、復唱させ、次に唱和。さらに、目をつぶらせて唱和させ、
「はい、それでは3分間で覚えて下さい。そのあと、一人ずつ言ってもらいます。」
と宣言した。

3分間は、あっという間だが、生徒たちは必死に、でも楽しそうに覚えている。

中学で暗記した内容は、けっこう大人になっても記憶に残っている。
社会人になって使うことがない「三角形の合同条件」だが、今日の授業時間内に覚えさせてしまおう、という作戦である。

その後、順番を決め、一人ひとりに合同条件を言ってもらった。
つっかえたらやり直し、失敗したら、もういちど最初の人から始めるという方法だ。

「自分が詰まったら、やり直しになってしまう」
という適度な緊張感が、集中力をアップする。昼食後の五時間目だが、うとうとしている暇などない。

書いて覚えるより、言って覚えた方が、さくっと覚えられるものだ。
一人ひとりと、クリアするたびに拍手が起こる。
そして、全員クリア。

「今日は、この先も、ずっとこの合同条件を言い続けるんだよ。」
そう念押しして授業を終わる。

「しまった、明日は大会で、私は授業ができないんだった…。」

この週末は、生徒と出会ったらその場で聞いてみよう。
「三角形の合同条件、三つ全部言って下さい」
と…。

新しいタイプの生徒会長

夕刻には、当選者が決まった。
今回は訳あって、職員会議での承認の上での発表となったが、何とも後味の悪いものになった。

それは、無効票があまりに多い選挙結果になったからだ。
生徒会長は、候補者二人のうち、どちらかに○をつけて選ぶ、という投票方法だったが、多くの投票用紙で生徒会長候補の欄が空欄だった。

選挙管理委員会は、空欄なので無効票とカウントしたが、投票用紙および事前の注意で、二人の両方に○をつけた投票用紙は無効になるというアナウンスはあったが、
「どちらにも○をつけなかった場合は無効票となる。」
というアナウンスはなかった。これは情けないが、投票用紙および運営上の不備。

無効票が多かったということは、多くの投票者が、候補者を二人とも信任しなかったことになる。
結果、立候補者の得票は、投票者の過半数に満たなかった。

しかし、規約では、「有効投票数の過半数を得票した者」を当選することになっていた。
この有効投票数には、無効票は含まれないので、白票を投票した無言の抵抗は無視された形で当選が決まったのだ。規約通りなので、これで決まり。

有効投票数が極端に少なかった場合は、過半数に信任されない候補者が選ばれることになるわけで、この点は規約の不備だろうし、得票が投票の過半数に満たなかった場合の記述も、規約にはなかった。

「候補者が不満ならば、自分が立候補すればよいではないか。」
とも思うが、立候補できるのは、今回は高校一年生のみ。無効票が多かったのは、高校一年以外の学年だった。

私の学校は行事では大変盛り上がる。体育祭にしても文化祭にしても、はたまたその他行事であろうと、大いに盛り上がり、後夜祭まで行われる始末。もちろん、それぞれにリーダーがおり、彼らがリーダーシップを発揮し、周りを巻き込んで一大行事に仕上げていく。だから、例年の生徒会選挙も、多くの生徒が、「これぞ」という生徒会長を選び、生徒会長につきしたがっていく。

ところが、今年は違った。いつまでたっても立候補者が出ない。
出てきたと思えば、「うーん」という候補者だったりする。要するに、信頼感がないのである。
同じ学年内でも、「どうして?」という声がチラホラ。もちろんリーダーではない。

もちろん、リーダーは育てていくものだから、今現在リーダーでなくても良いわけだが、少なくとも今現在、多くがついてきてくれるタイプではない。「えっ、ちょっと」という感じなのである。そして、生徒の多くは、「この生徒が生徒会長になって、大丈夫だろうか。」、という思いがある。

残念ながら、ここでは詳しく書けないが、たとえて言えば、「他の人と普通に会話をすることが困難で、なおかつ、不登校の生徒が生徒会長に立候補して当選した」、という感じだろうか。

「生徒会長として、学校を変えていこうという生徒は、いないのだろうか。」
「どうせ生徒会長になっても、学校を変えられるはずはないという失望感なのか。」
「信任投票、再選挙はやらなくていいのだろうか。」

などなど、職員会議で教員たちは大いに困惑した。

「生徒会選挙を通して、民主主義を学ぶのです。」
と、立ち会い演説前に語った、生徒会担当の先生の言葉が虚しく響く。

国政選挙でも白票は無効票であるし、投票をしなければ、選挙権そのものの放棄となり、無言の抵抗は、基本的には無視される。

「新しい、生徒会会長の誕生だね…。」
職員会議後、不満の矛先をどこにもぶつけられないある教員がつぶやいた。
周りの先生は、冷笑するばかりであった。

2018年09月26日

新人戦の壮行会

今朝、今週末から始まる新人制の壮行会を行った。
私の学校で壮行会を始めたのは、二年前からで、それまでは、大会に出ない生徒たちは、
「学校にいないのは、大会だったんだ。」
と思うくらいの、つれない状況だったわけで、そう考えると、少しは進歩している。

新人戦と言えば、夏の総体で中学3年生が抜けてから最初の大きな大会。中学2年生が中核メンバーとなって、新しいチームを作り、試合に臨む。

今朝は、各部のキャプテンが、大会に向けての思いを語った。
野球、サッカー、バスケットボール男女、剣道、弓道、テニス男女、水泳。

テニスだけは、中高連携しているて硬式なので、中体連の新人戦とは関わらないが、ちょうど大会前でもあり、一緒に壮行会に加わっている。水泳部は、すでに地区大会、県大会とも終わっているので、大会の報告をしてもらった。

「練習が週三回しかなくても、勝ち上がっている学校はあるんです。だから週三回だから、勝てないと言うのは、言い訳です。」
校長が熱弁を振るう。私の学校は、特別な部活以外は活動日が週3日なのだ。

「勝ち上がっていくというのは、地域貢献でもあるのです。」
とかく、自分中心になってしまう部活だが、思いを外に向けるのはよい。活動している中で、視野が広がるからだ。自分たちのことしか考えない活動より、他の人のことまでを考えている活動の方が、レベルは高いし、モチベーションが維持される。

「日頃、練習してる成果を少しでも発揮し、お世話になっている人たちにお恩返しができるように、何があっても最後まであきらめない姿勢で試合に臨みます。応援よろしくお願いします。」

どのキャプテンも、なかなか立派なスピーチをした。

私は、昨晩のリハーサルも見ていたが、その時は、話の内容が決まっていなかったので、今朝は、少しドキドキした。

「前回(総体)の時よりは、数歩前進ですかね。」
壮行会企画責任者の生徒会担当の先生が私に語りかけた。

「まずまずでしょう…。ありがとうございます。」
中学二年の学年主任として、ほっと胸をなで下ろす。

『勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。』

壮行会中、この言葉がずっと頭から離れなかった。

2018年09月25日

新人戦前のごたごた

「先生、○○が剣道部を辞めるって言うんですよ。」
○○とは、私の担任している生徒で、剣道部の部長である。
今週末に迫っている新人戦まで、あと数日だ。よく部活を休んでいたことは知っていたが、まさか退部を考えていたとは知らなかった。明朝は新人戦の壮行会だ。

「大会も、団体戦は出るけど、個人戦は出ないって言うんだよ。」
剣道の団体戦は5人で出場する。聞けば彼は中堅だそうで…。
しかし、それよりさらに問題なのが、もう一人の生徒であった。

「△△は、試合すら出ないって、昨日も説得したけど、練習に来なかったんだ。」
△△も、私の担任している生徒である。同じように部活を休んでいたのは知っていたが、大会直前の行動としては情けない。△△は団体戦の大将だ。

さっそく、一人ひとりを個別に呼び出し、話を聞いてみる。
どちらも、辞めるという意思は固いようだ。人間関係云々という訳ではないようだが…。
総体を終えて、すでに中3は引退している。

○○には、
「最後くらい、部長としての責任を果たさなきゃいけないよ。」
と、優しく諭した。明日の壮行会でも部長として話をする、と言う。
△△には、
「辞めるにしても、きちんと顧問の先生に礼を尽くしてからでないといけない。五人しかいない剣道部なんだから…。」
と、諭した。

二人とも、中学に入ってから剣道を始めた生徒で、一級を取っている。

「つらいことから逃げるような感じで、剣道部を辞めてしまうのは、なんか嫌だな…。」
「つらいわけではないんですけど…。」
○○はそう、つぶやいた。

その後、
「先生、△△が試合には出る、って言ってくれたんですよ。大丈夫だよなって、握手しちゃいました。」
剣道部の顧問が嬉しそうに、私に報告してくれた。

試合当日、ドタキャンしないといいな、と思う。

いずれにせよこの二人には、この先も何かしら運動には関わらせようと思っている。

「君たち、12月のマラソン大会は出るんだよ。」
彼らはニコッと笑って、頷いた。
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