2019年02月26日

大切な教育

3月1日の高校卒業式前の登校日のため、高3生が登校している。

入試のため、しばらくは実質のお休み状態だったが、久しぶりに彼らの顔を見ると、以前よりさらに大人びて見える。

こんな風に若者として成長していくのだろう。
18歳から成人になるならば、誕生日を迎えた彼らは大人。
これほどまで長く庇護され続けているのだから、その分学びも大きいのだが、いずれは自分の価値観を作らなくてはいけない。

その中でも一番大切なのが、宗教的素養だろう。
宗教学校以外では、学校現場で教えられることはないので、もっぱら家庭に任せられるのだが、私は、人間にとって最も大切な素養が、この宗教性であると思う。

ある調査によると、日本人が神仏を信じる割合は、隣の唯物論社会主義国家である中国と同じなのだそうだ。これは、教育による影響であると思われる。
子供たちが多くの時間を過ごす学校現場で、宗教的素養を教えないという文科省を中心とする国としての態度が、こうした現状を生んでいる。

ところが、日本人は初詣にも出掛けるし、墓参りにも行く。年に何度もある宗教的行事には、何の違和感なく参加している。

これは、単に風習として見ている以上の、日本人が本来持っている宗教観に根ざすものであろう。

宗教は善悪を決める。
だから、善悪を判断することを拒否している道徳以上に、一人ひとりの価値観を左右する。

政教分離は、「保護する宗教を持つ国が、他の宗教を信じている者を迫害してしてはいけない」、という思想の下につくられたものだ。政治や教育から宗教性をすべて排除しようというものではない。

人間が最も美しいのは、『祈りの姿』であるという。
人間の力を越えた、超越的な存在を神と呼ぶならば、自らの非力をしり、傲慢さを顧み、さらには、自己もしくは他の人の幸福のために祈る、というその姿こそ、人間が地球上で万物の霊長であることを許される唯一の条件なのかも知れない。

「この世だけがすべてではない。」
という思想も、刹那的な快楽を求めるだけの人生を抑止する。

社会生活をする上で、「他の人を信じられない人間」と考えるよりも、「他の人を信じられる人間」と思えた方がいい。

そうした考えが、互いに助け合って生きるもとになるだろう。

子どもの頃から、宗教的な生き方を続け、退転しなければ、かなりの確率で、社会に貢献できる大人になるのではないだろうか。

卒業していく高3たちが、そうした素養を身につけて、旅立ってくれることを祈りたい。








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