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2017年12月01日

日本人のルーツを探る(1)

これまでは、古事記、日本書紀をベースに、その隠された
真実に迫ることを主眼として来ました。

一応、日々疑問に思っていたことをまとめ、一つのストー
リーに組み立てたつもりです。

一番、大きかったのは、「漢委奴国王」の金印が西暦57
年、「王師升等」(おしひと)が孝安天皇で西暦107年
と、山下先生に確定して頂いたことです。

これを前提に卑弥呼の年代から「倭迹迹日百襲姫」が特定
できるようになり、多くの事実が繋がって来ました。

倭国の創始者が、須佐之男命で饒速日命がその後を継ぎ
神武天皇で完成したことも確信できました。
饒速日命は誰なのかが分かって、全ての謎が氷解し始めま
した。

さて、それでは、須佐之男命以前の日本はどうなっていた
のか。これを探求せずにおいて、日本人のルーツは語れな
いでしょう。

しかし、残念ながら、古事記、日本書紀をもってしても
その真実は解明できません。情報が少なすぎるのです。

但し、神様のお名前とその関係性を探ることはできます。
また、ここでも山下先生が、価値ある情報を提供して下さ
っています。

ここからは、これまでもそうでしたが、さらに妄想を膨ら
ませ、判明している事実を繋ぎ合わせて、探求して行きた
と思います。


2017年12月02日

日本人のルーツを探る(2)

本稿では、これまで、天津神を日向、国津神を奴国として
区別して来ましたが、国津神の名誉回復を重きに置き、日
向がまるで悪者であるかのような印象を皆様に与えてしま
ったのではないかと思います。

しかし、それは違います。天津神もやはり私たちの祖先な
のです。

現在の日本のお米の遺伝子のことをご存知でしょうか。
日本のお米は殆どが同じ種類の遺伝子を持ちます。

しかも、それは、中国でも、中国の揚子江近辺の限られた
エリアでのお米と同じものなのです。

中国のその他のエリア、韓国のお米は、日本のお米と違う
ものが殆どです。

これは、何を意味するか。古代の早い時期に中国の揚子江
近辺の住民が日本にお米を持ち込んだということでしょう。

決して、朝鮮半島経由ではないということです。

しかも、日本国内に於いても、九州から次第に東へ伝播し
ていったことが解っています。

これは、土器の種類の分布とも殆ど合致しているようです。

つまり、日向系は、奴国系よりも先に日本に根をおろして
いた先輩格であったといえるでしょう。

奴国系は、朝鮮半島で取れる鉄を基盤にして勢力を伸ばし
ていったものと考えられます。

九州北部が文明の中心であったことから、この地域を押さ
えていた奴国の代表が須佐之男命であり、日向の代表の大
日窶貴との政略結婚により、安定を保っていたのでしょう。

しかし、須佐之男命の死とその跡継ぎである須世理姫に子
供がなかったことから、日向勢力が巻き返しを図り、出雲
の国譲りを実現し、大奴国が出来上がったのだと思います。

これは、孝安天皇が「漢委奴国王」であったことから分か
ります。日本が外国に対し「倭=大和国」となったのは
卑弥呼の時代までのどこかのことでしょう。

それから、オマケですが、須世理姫のことについても触れ
ておきます。ちょっと前に「植村花菜」さんの「トイレの
神様」という曲が流行りましたね。

その「トイレの神様」が須世理姫のことではないかと思っ
ています。トイレの神様は金色に輝く美しい神様だそうで
す。もしかすると、「出雲の国譲り」の時に殺されて、
トイレに投げ込まれていたのかもしれませんね。


日本人のルーツを探る(3)

米の次は人間の遺伝子です。

皆さんも、多くの方が「Yap遺伝子」のことをお聞きにな
ったことがお有りだと思います。

曰く、日本人は特有の「Yap-D遺伝子」を持っていて、
「Yap-E」の古代ユダヤ人と近い関係にある。

日本人とユダヤ人は同じ先祖を持つ民族である(日本ユダ
ヤ同祖論)。

日本人が特有の「Yap-D遺伝子」を持っているのは事実で
すが、残念ながらユダヤ人の方は、ハプログループ「J」
タイプが主で、若干のEタイプがいるものの、どうも説得
力に欠けるようです。

しかも、弥生人の祖先は、ハプログループ「O」タイプの
ようですから、これは、中国・朝鮮系に近い人達のようで
す。

そもそも「Yap-D遺伝子」は、縄文人特有のものですから、
はるか昔の縄文時代7万年前?頃に「失われた10支族」
が日本に来たというのは、あり得ない話だと思います。

しかし、確かに、ユダヤの痕跡が日本にあることは認め
ます。その理由について、考察してみたいと思っています。

Yap遺伝子.png

日本人のルーツを探る(4)

日本におけるユダヤの痕跡は、

@諏訪神社(御頭祭、守屋山他多数)
A四国・剣山(アーク聖櫃伝説)
B三種の神器(八咫鏡のヘブライ語)
C日本語とヘブライ語の類似
Dエルサレム神殿の16弁菊花紋
E水や塩で身を清める禊の方法

F伊勢神宮参道灯篭の六芒星
G籠神社の裏家紋(六芒星)

H大避神社
I仁徳天皇陵の中島の形(マナの壺)
Jお神輿
K朱塗りの鳥居
L木嶋坐天照御魂神社の三ツ鳥居
M狛犬
N祇園祭の山鉾「鯉山」(ダビデ王)
O正月の餅(過越祭)

他、たくさん有ります。

もう、ここまで証拠がそろえば、何らかの関係があることに
疑いの余地はありません。

実際に、間違いなく関係があると思われるのは、H〜Oです。

それは、応神天皇の時代、大陸からやって来た秦氏の存在です。
秦氏は、大陸の景教(キリスト教)を持ち込んだと思われます。

しかも、京都を中心に八幡神社を始めたくさんの神社を建立し
日本古来の神道と融合させた文化を浸透させていった可能性が
あります。

しかし、@〜Gは秦氏とあまり関係がなさそうです。

特にFとG(@も可能性がありますが)は、奴国系と関係があ
りそうです(Fは天照大神が饒速日尊だとすると)。

Fは、GHQが関与したとの説がありますが、GHQと関係があり
そうもない天皇家系の地方の神社でも目撃したことがあります
ので、これは違うと思います。

そうすると、前稿で触れましたように、弥生民族とユダヤの繋が
りは遺伝的にありませんし、また、日向系にはその痕跡は有りま
せんので、あるとすれば、須佐之男命の家系の中にあることにな
ります。

どうも、扶余国を調べてみる必要がありそうです。

もう一つ、残された可能性は、徐福です。徐福は秦の始皇帝と関
係がありますので、これも調べてみないといけません。始皇帝は
西方からやって来たという説もありますので、可能性は否定でき
ません。

その場合不思議なのは、徐福を祀る神社があまりにも少ないこと
です。

他の祖先たちが神として祀られる中でその存在感が希薄過ぎます。

扶余と徐福、この辺に日ユ同祖論のカギがありそうです。

2017年12月03日

日本人のルーツを探る(5)

徐福のことは、後で触れるとして、まず、扶余国について
考察したいと思います。

扶余国は前にも述べましたが、中国東北部に存在したツン
グース系民族の国です。

遺伝子的には、ハプログループ「C」に属するらしく、こ
ちらもユダヤとの直接の関係はないものと思われます。

しかし、高句麗の建国神話の中に「昔、北夷の索離国があ
り、王は侍女が妊娠したので殺そうとした。侍女は『以前、
空にあった鶏の卵のような霊気が私に降りてきて、身ごも
りました』」というお話があります。

これが東明聖王(とうめいせいおう=朱蒙)であり、その
子が沸流(プリュ)です。

朱蒙は扶余国を引き継ぎ、後に高句麗を建国しますが、朱
蒙がかつて扶余にいたときの子を高句麗の第2代国王(瑠
璃明王)にしたために沸流は離国します。

朱蒙も、もとは扶余人でありますが、この神話が事実だと
すると、『空にあった鶏の卵のような霊気』が誰であった
か気になるところです。

もしかすると、古代ユダヤ人なのかもしれません。

いずれにしても、民族単位のつながりではなさそうです。

ただ、沸流→布都→須佐之男命と仮定した時、何らかの
宝が相続された可能性はあります。

十種神宝(とくさのかんだから=布留の御魂)は、
沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握
剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)、死返玉(ま
かるかへしのたま)、足玉(たるたま)、道返玉(ちか
へしのたま)、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はち
のひれ)、品物之比礼(くさぐさのもののひれ)
ですが、
これに九握剣、十握剣を加え、十二種神宝と呼ばれるこ
ともあります、

この十種神宝が、ユダヤ起源なのかもしれませんね。

三種の神器は、ご存知の通り、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草
薙剣ですが、草薙剣は須佐之男命由来、八尺瓊勾玉も玉
の産地が出雲玉造であったことを考えるとこれも奴国由
来だと思われます。

残る八咫鏡については不明ですが、裏面にヘブライ語で
「私は有って有るもの」の文字が書かれていたという話
は確認できないものの、別名、真経津鏡(まふつの かが
み)と云われており、ここにも、経津=布都=フツの痕
跡があります。

日本人のルーツを探る(6)

十種神宝のことを書いたので、少しお話しておきましょう。
弊稿の「大和朝廷の謎(10)祓戸四神 その2」で「大祓詞」
(おおはらえのりと)について述べました。

本文前段の最後に「天津祝詞の太祝詞事を宣れ」とあります
が、その「天津祝詞の太祝詞事」の内容はどこにも書かれて
いないのです。

nozomimatukiさんは、「一二三四五六七八九十」と入れて
下さっています。

太祝詞は、中臣氏が祝詞を唱え、「天津祝詞の太祝詞事を宣
れ」までいったところで、物部氏が「一二三四五六七八九十」
と唱え、また、中臣氏が最後まで祝詞を唱えていたようです。

それでは、この「一二三四五六七八九十」の意味とは何か?

実は、一から順番に神様と対応しているそうなのです。

私は、もしかすると、十種神宝とも対応しているのではない
かと思っています。

物部系神社に伝わる「ひふみ祝詞」では、「百千万」が加わ
って全部で13となりますが、十二種神宝でも一足りません。
これが何かを考えているところです。

因みに、「一二三四五六七八九十」をヘブライ語で
「ヒッファミヨツイァマナーネヤカヘナタウォ」(=意味は、
「誰がその麗しい女を出すのやら、いざないにいかなる言葉
をかけるやら」となるそうです。)
を天照大神の「岩戸が隠れ」の時に、全員で合いの手
「TETSE」(=意味は、「出てこい」)を、手拍子を打ちな
がら唱えたという話もありますので、ご紹介しておきます。

また、十種神宝の中の「死返玉(まかるかへしのたま)」を
ゆらゆらゆらしながら「ひふみゆらゆら」と唱えれば、死者
を生き返らせることができたということです。



2017年12月04日

日本人のルーツを探る(7)

日ユ同祖論に対し、扶余国の民族的な繋がりは有りそうも
ありませんでした。

次は、徐福についてです。

徐福(じょふく)は、中国・秦(しん)国の方士です(紀
元前3世紀頃)。始皇帝の命を受け、東方に船出し、王とな
り戻らなかったとの記述があります。

紀元前3世紀頃といえば、須佐之男命の奴国建国の少し前と
いうところでしょうか。

始皇帝の信用厚く、おそらく一族または同郷の出であったの
かもしれません。方士ですから、道教だったのでしょう。
本人にユダヤとの直接の関係は見いだせません。

連れて来た仲間の中にそういった人もいた可能性もあります。

そもそも秦の本拠地は、黄河の支流・渭水の近く、西安の西
に位置し、青海湖の南東にありました。

その地はシルクロードにもほど近く、古くより、西方の異民
族との交流もあったはずだと思われます。

イスラエルの「失われた10支族」は、北王国が、紀元前722
年頃にアッシリアにより滅ぼされたため、行方知れずとなっ
た古代ユダヤ民族です。

その間500年、ユダヤ民族が東方へ向かいたどり着いたと
すれば、何ら不思議なことではありません。

ただ、始皇帝自身がユダヤ人という説は否定しておきます。
もし、そうであれば、中国の歴史自体が塗り替えられていた
はずだからです。始皇帝は皇帝になったのですから。

中国にユダヤの痕跡が殆どない以上、始皇帝がユダヤ人であ
ったことなど有り得ないと思います。

さて、徐福ですが、「王となり戻らなかった」との記述が引
っかかります。

これについて、次に述べることにします。

日本人のルーツを探る(8)

徐福が日本の王になったことはなかったようです。
しかし、全国各地にその痕跡は残っています。

特に有名なのは、伊勢の新宮市。それから、丹後半島の新井
崎神社。それ以外にも、山梨県富士吉田市、三重県熊野市波
田須、佐賀県佐賀市などたくさん有ります。

不老不死の薬を真剣に探し求めていたのでしょう。

ただ、どこにも王になった記録はありませんし、ましてや
ユダヤの痕跡もありません。

ただ、富士吉田市の「阿祖大神宮」に伝わる「宮下文書」に
興味深い記録が残っているようです。

それは、徐福一行558人の名簿、それから「開闢(かいび
ゃく)神代歴代記」です。

山下先生の作成された系譜に私個人の考えを追加した系譜を
下記に示します。

いずれにしても、徐福とユダヤはやはり無関係のようでした。

しかし、弥生の渡来人は中国大陸からの移住民のようだとい
うことが分かりました。

神系譜.png

これは、米の起源、弥生人=ハプログループ「O」とも完全
に合致します。


2017年12月05日

日本人のルーツを探る(9)

さあ、三皇五帝を論じましょう。

さらに妄想を全開にして推理することにします。(笑)

三皇とは、天皇(てんこう)、地皇(ちこう)、人皇(じんこう)
のことで、これは中国の神様のことです。孫悟空が迷惑をかけた
方々だと思います。いわゆる「天地人」(てんちじん)のルーツ
でしょうか。

この、天皇を唐の三代皇帝の「高宗」が十年間だけ使用されてい
たものを持統天皇がパクリ、天皇(てんのう、すめらみこと)と
しました。「すめら」が「シュメール」のことではないかとの説
もありますが、触れないことにします。

始皇帝は「三皇五帝」の2字を取って「皇帝」を名乗りました。
日本はパクったとはいえ、この最上級の「天皇」を名乗ること
になったのですから、GJ(グッジョブ)と言えるかもしれませ
んね。(笑)

この三皇について、伝説上の人物と突合することは容易ではあり
ません。

ここでは、伏羲(ふっき、ふくぎ)、女媧(じょか)、神農(し
んのう)の3人とします。

伏羲と女媧は、兄妹とも夫婦ともいわれていますが、蛇体であり、
それぞれ、手にはコンパスと定規を持っています。

フリーメイソンとの繋がりが疑われますが、中国は早くから測量
が行われており、おそらく中国の話が西に伝わり、フリーメイソ
ンの紋章に組み込まれたものだと推測します。

因みに、コンパスは円=太陽=「天」を、定規は四角=月=「地」
を表すものと言われています。

この二人には、何と「ノアの箱舟」のような洪水伝説も残されて
います。

さて、本題の「人」ですが、神農(しんのう)または、炎帝神農
(えんていしんのう)と呼ばれています。

そうです、昨日触れました、日本国の祖の父親ではないかと疑わ
れる人物です。

次は、この炎帝神農についてお話します。


日本人のルーツを探る(10)

さて、炎帝神農についてのお話です。

神農、姓は姜、120歳まで生き、長沙に葬られたといわれていま
す。農具を作って土地を耕し、農耕をすることを人々に伝えまし
た。また、薬となる植物を選別し、効用を知らせたとされていま
す。

長沙市は、中国湖南省にあり(武漢の南西、洞庭湖の南)、日本
の米の原種があった場所とほぼ一致する場所です。

また、佐賀県唐津市の呼子町呼子に「長沙子」(ちょうさご )
という地名も存在しており、もしかすると壱岐島経由で神農の
子孫が上陸して来たのかもしれません。

ここで、国常立命は北東へ、国佐槌命は南東へ向かったのかも
しれませんね。

神農は、試験のため、あまりに多くの毒草を食したために、体
中に毒素がたまってしまい、最終的には亡くなってしまったと
いいます。

断腸草という草をなめたのが最後で、腸がちぎれて死んだとも云
われています。

もしかすると「断腸の思い」という言葉の由来かもしれません。

ただ、断腸の思いというのは、「はらわたがちぎれるほどの耐え
難い悲しみ」のことですから、身内の死とか悲惨な状況に出会っ
てしまったという意味なのかもしれませんね。

神農は、医薬の祖であることから、漢方薬業者や医療従事者など
に広く信仰されているようです。また、「神農皇帝」の名称で、
香具師・てき屋業界では守護神・まもり本尊として崇敬されてい
るようです。

薬草、毒草の区別なく、命を賭として食べたことから、ギャンブ
ルの神様になったのでしょうね。(笑)

皆さんも、「体中に毒素がたまらない」よう、ギャンブルは控え
目にね!



日本人のルーツを探る(11)

「三皇五帝」の五帝についてです。

「史記」では、黄帝・顓頊(せんぎよく)・帝嚳(てい
こく)・唐尭(とうぎよう)・虞舜(ぐしゆん)、
「帝王世紀」では小昊(しようこう)・顓頊・帝嚳・唐
尭・虞舜となっています。

顓頊・帝嚳・唐尭・虞舜は共通ですが、黄帝を三皇に含
めるか否かで若干の違いがあるようです。

実は、他にも禹(う)と湯(とう)を含めるかとか色々
あるようですが、「史記」の黄帝・顓頊・帝嚳・唐尭・
虞舜を採用します。

とはいえ、尭・舜も有名ですが、本稿の趣旨に鑑み、
ここでは黄帝(こうてい)のみについて言及します。

黄帝以降の4帝と、夏、殷、周、秦を初め数多くの諸侯
が黄帝の子孫であり、多くの漢民族は黄帝の後裔だと
思っています。

黄帝は、蚩尤(しゅう)を討って諸侯の人望を集め、
神農氏に代わって帝となり、従わない者を次々に討ち、
道を開いて行ったとあります。

この記述では、「蚩尤を討って」と「神農氏に代わっ
て帝となり」が気になるところです。

まず「蚩尤」とは誰か?。『路史』では「姓は羌で炎
帝神農氏の子孫であるとされる」とあります。

ほらね、やっぱり、一族争いをしてる。

神農が、「断腸の思い」になるはずですよ。神農は黄
帝に「阪泉の戦い」(はんせんのたたかい)で一足先
に敗れています。

下手したら、神農は内臓を食われていたのかもしれま
せんね。お正月の「雑煮」ってあるでしょう?
あれは、そういう意味だって聞いたことがあります。

「豆まき」も、「煎り豆から芽が出るまでは出て来る
な」という意味らしいですから。

この結果、神農の子孫は四散して行ったのでしょうね。


2017年12月06日

日本人のルーツを探る(12)

さて、古事記と日本書紀に戻りましょう。

この2つにも、神様の記載があります。
しかし、何故か「別天神五柱」は古事記にはありますが、
日本書紀にはありません。

その後の「神世七代」からは、どちらにも記載がありま
す。

これまで、私は日本書紀は嘘つきだとか、ごまかしてる
とか、散々に批判して来ましたが、ここは、日本書紀の
お蔭で明らかになる部分ではないかと思っています。

つまり、日本書紀は日本紀なのです。日本の中で起きた
ことが書いてあるのです。

その視点で見ると、「国常立尊=命」(くにのとこたち
のみこと)が、日本の国を形作る第1人者であったとい
うことを示しているのでしょう。

もちろん、それ以前から、縄文人が暮らし、平和で安定
的な社会を築いていたことは間違いないでしょうが、
国常立尊を始めとする弥生人たちが大陸から文明を持ち
込み、稲作を広め、縄文人たちと融合し、彼らに富を与
えたということです。

当時の人口割合からいって、およそ30%にも上る大量
の人々の流入があったに違いありません。

もう一つ分かることは、古事記と日本書紀は「神世七代」
についても若干の相違を示しています。

同じ7代でも、その内容が違うのです。

私は、これを立場の相違から来る違いではないかと考え
ました。

古事記は奴国系、日本書紀は日向系ですから(下記表の
黄色が日向系、薄赤が奴国系)。

しかも、当時の約束で、男王は日向から、女王は奴国か
ら出すという暗黙の了解があったのではないかと考えま
した。

古事記4代目の「角杙神」(つのぐいかみ)は男性にも
拘わらず奴国系出身者であったため、日本書紀から外さ
れたのではないかと考えています。

神世七代.png

日本人のルーツを探る(13)

以上、いろいろ調べて来ましたが、日ユ同祖論を補強する
材料は何も出て来ませんでした。

しかし、日本にユダヤの痕跡がこれほど沢山あるわけです
から、無関係とは言えないでしょう。

「失われた10支族」は、紀元前722年頃にイスラエルを
出て、紀元前600年頃までには、その一部が日本にたど
り着いたと思われます。

日本書紀で、神武天皇が西暦で紀元前660年(辛酉)に
即位されたとしているのは、辛酉が易姓革命の年であると
共に、この事実があったことを暗示しているように思えて
仕方ありません。

黄帝は、紀元前2500年頃の人だとされていますので、
日本では、それ以降、神世七代のどこか(と、いっても
2000年以上を七代でまかなえるはずもなく、実際に
は40〜70代くらいでしょうけど)で、バラバラと
やって来たのでしょう。

おそらく「レビ族」(祭祀を司る人たち)も混じって
いて、その文化を伝えたものと思われます。

これが、基本となり、日本の神道が形作られ、また、文
化的痕跡として残っているのだと思われます。

次の大きなうねりは、やはり、秦氏(はたうじ)の来日
です。彼らは、八幡神社を始め、日本の多くの神社を作
り、まとめ上げ、神道を完成させました。

そして、数多くのユダヤの痕跡を残しました。

もう一つ忘れてはならないのは、天武天皇の時にも触れ
ました「海人族」です。

彼らも、丹後の籠神社や長野・諏訪地方に沢山の痕跡を
残していると思われます。

これが、日本とユダヤの関係だと思われます。


結論は、「日本とユダヤは同祖ではないが、文化的な交
流は存在した!!」です。







日本人のルーツを探る(14)

私は、若い頃、京都の方から、「水面に石を投げると、輪が
中心から外へ向かって広がって行く。これが文化ですよ」と
聞いて感心したことがあります。

縄文人という水面に弥生人という石を投げたら、その輪は、
どんどん外へ広がり、今の日本人の形が出来上がりました。

最初の中心は、九州北部でしょう。

外に行くほど縄文の血は濃く残っています。

次に、人口爆発が起こり、中心は近畿地方に移ります。

さらに、中心に大陸からの石が投げ込まれ、従わない、縄文
人たちは北へ追いやられました。

結果的に、弥生人たちの子孫に日本の血は塗り替えられてし
まいましたが、縄文人の血も混血により、日本人の中に根強
く残っています。

これが、世界的に特殊な遺伝子を持つ、日本人の正体です。

輪の外側へ行くほど、古い歴史が残りますが、日本が極東の
地であり、かつ、海により外界から閉ざされた島国であった
ことがこの結果に繋がりました。

今や、国際化の波にさらされ、これからもこの「かたち」を
維持していけるかどうかの瀬戸際に立たされていますが、

全ての日本人が、「日本のこころ」を守っていければ良いな
と思います(決して右翼的な意味ではありません)。

歴史と文化を大事にすること。

それが、現代日本人の使命だと思います。


月読命の謎 その2

さて、古代から大和まで、一応、一通り見てきました。

ずいぶん前に、月読命は瀬織津姫であるとの結論を示しま
した。

それは、彼女が三島の溝杭(灌漑の意だと思います)の娘
である勢夜陀多良比売=玉櫛媛であるという前提に基づき、
太陽である饒速日命の奥さんである月としての対比として、
伊勢神宮にもともと「日月」として祀られていたのではな
いかとの推測によるものでした。

今度は、月読=「暦」の側面から、考察してみたいと思い
ます。

日本に暦があったと確実に分かるのは、6世紀頃朝鮮半島
の百済から伝えられた宋の時代の中国暦であります「元嘉
暦」(げんかれき)ですが、6世紀まで暦がなかったはず
がありません。

日本は古くから海洋国家であり、漁業や航海にも必要だっ
たはずですし、稲作という農業が普及し始めたわけですか
ら、絶対、何らかの「暦」が必要だったはずです。

古事記・日本書紀の天皇が長命過ぎることから、1〜6月
末と7〜12月末でそれぞれ1年と数える「2倍年暦」が
あったのではないかと唱えられる方もいらっしゃいますし、
さらに、古事記では、3・6・9・12月の4回も1年が
あった「4倍年暦」だったのではないかと言われる方も
いらっしゃるくらいです。

おそらく、「証拠はないけど古代暦はあった」と考えるの
が妥当だと思われます。

それほど正確でなくても、少なくとも、春=種まき、夏、
秋=収穫、冬の区別や、出産までの妊娠期間、満月と新月
=大潮(満潮)くらいの知識はあったことでしょう。

月読命の指示で、季節に応じた作業や出産に係る準備を行
っていたのだろうと考えられます。

だからこそ、「月夜見」や「月弓」などだけではなく、
「月読」という字をあてたのだと思います。

posted by mydears at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 月読命

月読命の謎 その3

もう一つの可能性は、月読⇒月「黄泉」です。

夜の国、闇の支配者。閻魔大王。

この可能性があるのは、神話の中では5人のみです。

@天照大神の弟の月読命(つくよみ)
A伊弉冉尊(いざなみ)
B須佐之男命(すさのお)
C須世理姫(すせりひめ)
D大国主命(おおくにぬし)

@は、夜の世界を治めるところは合っていますが、須佐
之男命との守備範囲が重なることもあり、取って付けた
ような印象がぬぐえません。

Aは、まず無いでしょう。仮りにも、諸神の親神様です。

Bは、可能性は有ります。ただ、その場合は、須佐之男
命=天照大神の弟の月読命でしょう。

Cは、全身金色に輝く女神様ですから、月の印象にも結
構近いです。でも、日(天照大神)に対する月というに
は少し存在が薄いかも。申し訳ないですが、
「トイレの神様」ということで。

Dは、あるとすれば、この方でしょう。
別名、幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)。
「目に見えない世界(神々の世界・霊魂の世界)を司る
神となられ」とあります。ただ、月の神というイメージ
が薄いのが最大の欠点です。

神社に行けば、灯籠に日と月の形をくり抜いた穴が開い
ているのを目にします。

この神社の顔「日月」のバランスを保てるのは一体どな
たなのでしょう。


posted by mydears at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 月読命

2017年12月08日

月読命の謎 その4 結論

これまで、古事記・日本書紀の伊弉諾神が「筑紫の日向の橘の
小戸の阿波岐原で禊を行なった時に三貴子が生まれた」という
文言にこだわって来ました。

つまり、天照大神(日)が誰かを特定し、それに対する(月)
を月読命と特定しようというアプローチを取りましたが、いず
れも上手く行きませんでした。

対象となる月読命の情報が少な過ぎ、なおかつ、曖昧であるこ
とがその理由です。

大日婁貴の弟に「月峰命」という人がいるらしいということは
分かっています。

しかし、その実績はおろか、名前さえ一切出て来ません。

そこで、今度は「日」と「月」は誰かを特定することを優先す
るアプローチに変えてみました。

日本を代表する日月はどなたか?

その結果、見えて来たことは、日も月も単一の神ではなく、複
数の神の総称ではないかということです。

ある特定の時期に、それぞれ日月に対応する神様がいて、何代
かにわたって引き継がれていったのではないかと。

古事記・日本書紀では、大日婁貴を天照大神に特定してしまっ
たため、それが出来なかった。

だから、「月読命」という架空の神様を作り出してしまい、そ
の事実を隠したとすればどうでしょう。

以下は、私の考える「日月」の神様の一覧です。

日月の神.png

いかがでしたでしょうか?

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2017年12月11日

ブログ継続のお知らせ

「月読命の謎 その4 結論」で、本稿の終了と申し上げま
した。

正直言って、これまで、考えていたことの殆どは述べさせて
頂いたと思います。

しかし、これからも、疑問点や謎を解き明かしていくという
ことは、ライフワークとして継続して行きたいと考えていま
す。

掲載頻度も、これまでよりは少なくなるとは思いますが、
お付き合い頂ければ幸甚に存じ上げます。

また、コメントやご意見も歓迎いたします。

皆さんと一緒に考えて行けるブログを目指して行ければと
思います。


どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

2017年12月12日

日月神示

もう、すでに多くの方が、本稿は日月神示と関係があること
をご存じだと思います。

私は、日月神示の謎を解明して行くうちに、いろいろと疑問
に思ったことを頭の中で整理してみました。

どうしても、分からなかったのが、饒速日命でした。

まだまだ分からないことは他にも沢山ありますが、どうやら、
この方が多くの疑問を解くカギだと感じました。

日月神示にも、この方は名前すら出て来ません。

しかし、神武天皇の東征の際、既に神宝を携え、奈良地方で
勢力を持っていたことが古事記・日本書紀で記されています。

そして、饒速日命と神武天皇は、互いに天孫の印を見せ合っ
たというではありませんか。

この方がどういう立ち位置で、どうこの物語に関係して来る
のか皆目見当もつきませんでした。

しかし、この方が「大歳」神であることが分かってからは、
面白いように絡み合った謎が解けて行きました。

そして、実際に「大神神社」「石上神宮」「日御碕神社」
「八重垣神社」「熊野大社」などを訪れることにより、全て
の事が繋がり始め、ついに確信に変わりました。

日月神示自体は、論じるつもりはありませんが、「ご縁」の
あった皆様に役に立つような情報はご提供していくつもりで
す。

ご興味のある方は、ぜひ、ご自分でその答えを導き出してく
ださい。

日月神示には、「この神示、八通りに読めるのざぞ」と書い
てありますが、実際には、八通りどころか、いろいろな方が
いろいろな読み解き方を行っていらっしゃいます。

私は、それらを否定するつもりなど毛頭ございません。

むしろ、読まれた方が読まれた方なりの解釈をされることが
自然であり、それをあれこれ言うのは、それこそ、神示を冒
涜するものだと思っています。

posted by mydears at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

本当にあった「お試し」

私は、日月神示の解明のため、伊勢神宮の内宮に参拝に行った
ことがあります。

深夜、家を出て車で向かいました。

途中、「熱田神宮」や「津島神社」を経て、「猿田彦神社」
「月読宮」「伊勢神宮の外宮」を参拝し、「伊勢神宮の内宮」
を訪れたのは夕刻でした。

それから、ホテルに向かい車を地下駐車場にとめようとしまし
た。

もう、くたくたに疲れていました。

そして、運の悪い事に地下駐車場は真っ暗で、しかも水溜まり
があったので、それを避けようとバックしていました。

やってしまいました。

駐車中の他の車にぶっつけてしまったのです。

車を降りてみるとバンバーが少し曲がっていたので手で直して
みました。

直りました。

誰にも言わなければ何事もなく終わったでしょうが、やはり
神社にお参りに来て嘘をつくのは良くないと思い、1F受付に
行き事情を話し出しました。

その時、ちょうど、その車が地下から出て来て走り去りまし
た。

その車は、ホテルの従業員の方のものだということで、受付
の人に頼んで連絡を取ってもらいました。

ホテルの部屋に入りしばらくして電話が掛かって来ました。

その方のお名前を聞いて、大変驚きました。

なんと、

「神森 照代」(かみもり てるよ)さんだったのです。

神の森(守)の天照さまにお参りに行った直後だったので、
「あ〜、これはお試しだな」と思いました。

ただ、それだけのことです。

しかし、私の心には深く刻みつけられた出来事でした。


posted by mydears at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

五度の岩戸閉め

日月神示の中には、「五度の岩戸閉め」の話が出て来ます。

@伊弉諾尊・伊弉冉尊の別れ
A天照大神の岩戸閉め
B須佐之男命の追放
C神武天皇の岩戸閉め
D仏魔侵入の岩戸閉め

です。
A〜Cは解決されました。

残るは@とDです。

@は、伊弉諾尊・伊弉冉尊の再会と復縁です。
「いずれ時が来たら、この岩戸を共に開かん」ということ
ですが、それは何を意味するのでしょうか。

Dは、仏教自体が悪いわけではなく、「仏魔」が共に渡り
来たということです。仏魔とは、「神仏習合」のことでし
ょうか、それとも別の何かでしょうか?

皆さんも、よろしければ考えてみてください。





posted by mydears at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月13日

五度の岩戸閉め その2

まず、「五度の岩戸閉め」

@伊弉諾尊・伊弉冉尊の別れ → 再会(岩戸開き)

についてです。

前に、神様には対応する数字があるとお話しましたが、
ひらがな「あいうえお...」、カタカナ「アイウエオ...」
にも対応があります。これを、「言霊」(ことだま)
と言います。いろは48文字も同様です。

ただ、「ん」という字は古代にはありませんでしたの
で、除外されるかもしれません。

さて、伊弉諾尊に対応するのは「キ」です。「キ」の
神といえば伊弉諾尊ということになります。

また、伊弉冉尊に対応するのは「ミ」です。

このことから、「君が代」(キミが代)という国歌の
中にも秘密があるのではないかと思います。

「君が代」は、「古今和歌集」の短歌の一つで恋歌だ
ったそうですが、これに近世音楽が付けられ曲となり
ました。

歌詞は、

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 
いわおとなりて 苔のむすまで

です。

この「いわおとなりて」が「岩音鳴りて」または「岩
お戸成りて」と読めませんか?

そんなバカなと思われる方も沢山いらっしゃると思い
ますが、神様事って、結構「おやじギャグ」的な要素
が多いんですよ。

キーワードは「苔のむすまで」かもしれません。
意味は、「岩に苔が生えて神々しいように輝くまで」
です。

国旗、国歌は大事にしましょうね。



posted by mydears at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

五度の岩戸閉め その3

ついでに、「いろは」歌の謎についても触れておきま
しょう。

いろは歌は、

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ
つねならむ うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

ですが、並べ替え、

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
  ゑひもせす

一番右の列を縦に読むと、「とかなくてしす」
=「咎(とが=罪)無くて死す」となっています。

作者は、柿本人麻呂、山上 憶良、空海などの諸説
ありますが、実際のところ不明です。

日月神示にも「いろは祝詞」が出て来ます。
いろは祝詞では、三・五・七で区切って読みます。

「いろは」は何時の時代からあったのでしょう。

古代文字で書かれていたのでしょうか?

不思議です。


posted by mydears at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

五度の岩戸閉め その4

さて、次は

D仏魔侵入の岩戸閉め

です。

仏教自体が悪いわけではなく、「仏魔」が共に渡り
来たということが問題だとお話しました。

共に渡り来たと仏魔には、次の可能性があります。
@火葬の風習
A神仏習合
B檀家制度
C百済人
D葬式

D葬式については、面白いことを言ってらっしゃる
方があります。

仏魔(ぶつま)とは仏間(ぶつま)である。
葬式の仕組み、形式のことなんだと。

ありそうですね〜!(笑)

意外とあるんですよ、「おやじギャグ」。

A〜Cも、ありそうですね。

特に、A。神様から見れば、「勝手に一緒にする
な!」って、ところでしょうか。

私は、意外に@火葬の風習ではないかと思います。

神様にとって、人間の肉体は結構重要らしいのです。

日月神示の中でも、人間の肉体をキレイに保つこと
が再三再四述べられています。

人間の肉体が滅んだ後も、自然の摂理に任せること
は結構重要なことなのではないかと思います。

しかし、今更、火葬を止めるわけにはいかないので
困りますね。


posted by mydears at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月14日

五度の岩戸閉め その4 訂正

昨日、D「仏魔侵入の岩戸閉め」の答えは「@火葬の風習」で
はないかと申し上げましたが、どうやら、「D葬式」(という
か、仏教全般の考え方)が正解だったような気がします。

寝ている時、フッと気付くことってあるんですよね。
むしろ、そういうケースが多いかもしれません。

やはり、「仏間」(ぶつま)です。(笑)

つまり、仏教が仏間にやって来て、神棚が追いやられた。

先祖を敬い、供養することは全然悪くありませんが、

国祖(国の先祖)ともいえる神が隅に追いやられ、もしくは、
撤去され、顧みられることが少なくなってしまった。

また、日本人の考え方も変化しました。

葬式、供養は仏教。お願い事、頼み事は神社。

神社は、仏壇と同じように、本来、日々生かされていること
への感謝を行う場所です。

仏壇に向かって、お金が沢山儲かりますようにとか、素敵な
恋人が出来ますようにとかお願いする人はいますか?

神社に欲を持ち込むことは、神社を汚すことにもなります。
「お願い事をするなとは言いませんが、控え目に、感謝の心
を忘れないように」と、きっと、神様は、そうおっしゃると
思います。

これが、「仏魔侵入の岩戸閉め」を開く方法だと思います。



posted by mydears at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

五度の岩戸閉め その5

「五度の岩戸閉め その2」で、「@伊弉諾尊・伊弉冉尊の
別れ → 再会(岩戸開き)」について、「君が代」のお話を
しました。

実は、これだけではないのです。

伊弉諾尊が「キ」で、伊弉冉尊が「ミ」であると申し上げま
したが、「キ」は心=気、「ミ」は肉体=身でもあるのです。

「正しい心をキレイな身体に入れること」

これが、第一の岩戸開きの方法ではないかと考えます。


日月神示については論じないと言いながら、しゃべり過ぎで
すね。(笑)

本当は、皆さんが、一人ひとり考えて、結論にたどり着いて
頂きたいのですが、困ったものです。

お許しください。





posted by mydears at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

五度の岩戸閉め その6

これで、五つの岩戸を全部開く手掛かりが見つかりました。
要約すると、

@正しい心とキレイな身体
A正しい神を理解する
B神様への感謝を忘れない

と、いうことです。

それでは、岩戸が開くとどうなるのか。

人間は生まれ変わり、生き変わりして、人間界で修業を積
んでいます。

修業が終わると、「神上がり」できるわけですが、これま
では沢山の時間があったので、ゆっくり修業していれば良
かったのです。

ところが、地上に邪気が満ち、いよいよ「三千世界の立て
直し」が必要になって来ました。

今度の立て直しは、これまでとくらべものにならないくら
いの大規模なものになると「日月神示」は述べています。

今、私たちは、地獄の底から二番目の世界に生きています
が、一旦、地獄の底に落とされた後に、心が磨けた者だけ
が神様に摘まみ上げられて助けられると云います。

助けられなかった者は、灰になって、消えてなくなると
いうことのようです。

ですから、「日月神示」には、「改心しろ、改心しろ」と
繰り返し述べられています。

「日月神示」に書かれていることが、本当のことかどうか
私には分かりません。

ただ、生き死に関係なく、とても良い内容だと思います。

文明社会に毒された私たちが学ぶべき多くのことが内包さ
れていると感じます。

「日本人の心」を取り戻す、これが「日月神示」の神髄で
はないかと思います。



posted by mydears at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

ご縁と御用

昨日、素晴らしい出会いがありました。

私は、小さなお店をやっているのですが、そのお客様と
してご来店頂いた方と長い間お話しさせて頂くことにな
りました。

その方は、日月神示のことは何もご存じなかったのです
が、話しているうちに「運命的な出会い」ではないかと
思えるような気持ちになりました。

ついつい、いつもは話さないようなことまで話してしま
いました。

私が、日月神示の研究を始めてから、まだ、2年ほどで
すが、その間、何か導かれるように発見や出会いがあり
ました。天候も味方してくれました。

山下重良さんの書籍との出会いも、そうしたものの一つ
です。

今回の「ご縁」も、今後どうなるか分かりませんが、
また、新たな展開「御用」が待っているのではないかと
楽しみにしています。


posted by mydears at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

富士と鳴門の仕組

日月神示の大切な概念の一つに「富士と鳴門の仕組」が
あります。

これは、山(円錐)と渦(逆円錐)です。

古事記の「国生み」神話の、「伊邪那岐は左回りに、伊
邪那美は右回りに天の御柱を巡り出会った所で...」
という一文と関係があります。

「アセンション」(上昇)と「ディセンション」(下降)
を表しています。

出会った所で、2神は日本の本州を始め諸島を産みます。

因みに、四国阿波には「3バカ」という言葉があるそうで、

@阿波踊り(踊るアホウと見るアホウ)
A大歩危・小歩危(ボケ)
B鳴門の渦(左巻き)

鳴門の渦は「左巻き」とされているようです(実際には
右巻きも多い)。

ですから、伊弉冉は渦を右回りに上って行ったのでしょ
う(下から見ると右まわり)。

ちょっと、ややこしいのですが、紙に左巻きの絵を書い
て下から透かして、中心から外側へ向かって、線を辿っ
てみてください。

右回りになってるでしょう?

これが、アセンションです。

従って、伊弉諾はディセンションで下り、伊弉冉はアセ
ンションで上り、出会った所は「地上」という意味だと
思います。

なぜ、「アセンション」と「ディセンション」が重要で
すかって?

だって、神上がりする時は、「アセンション」が必要で
しょう!?



また、この2神が柱の周りを回るというのは、DNAの
「二重らせん 構造」を表しているとも考えられるんで
すよ。深いですね〜!!


posted by mydears at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月15日

アヤワと三種神器

三種神器はご存じの通り、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣
ですが、皆さんは「八咫鏡」がその中心に来る最も貴い
ものだと思っていらっしゃいませんか?

日月神示では、「玉は御魂ぞ、鏡とは内に働く御力ぞ、
剣とは外に動く御力ぞ、これを三種神宝と申すぞ。」

とあります。

一方、アヤワについては、「(あ)の身魂とは天地のまこ
との一つのかけ替えない身魂ぞ、(や)とはその左の身魂、
(わ)とは、右の身魂ぞ」となっています。

つまり、八尺瓊勾玉が中心の(あ)で草薙剣が左の(や)
八咫鏡は右の(わ)となります。

アヤワは、神様にも対応し、(ア)が天照大神、(ヤ)が
須佐之男命、(ワ)が月読命となります。

あれ〜、伊勢神宮のご神体は「鏡」でしたよね〜。
では、月読命がご祭神ですか?

日月神示は、次のようにも言っています。

「今は、玉がなくなっているのぞ、鏡と剣だけぞ、それで
世が治まると思うているが、肝腎の真中ないのざ」

つまり、伊勢神宮のご祭神が天照大神であるならば、八尺
瓊勾玉がご神体でないといけないのではないかと思います。

日本人の魂が無くなっていることも暗示していますが、こ
の文章は戦時中に書かれており、決して軍国主義が「日本
人の魂」と言っているわけではないことが分かります。

やはり、日本人の魂は、「正しい心」なのです。

それでは、剣と鏡は何か?

剣は日です。火です。剣は尖れば矢となります。
鏡は月です。水です。月は三日月になると弓となります。

日月の神様のお話はしましたよね。

それでは、玉はどなたでしょう?

天之御中主神でしょうか?国常立大神でしょうか?
「天地のまことの一つのかけ替えない身魂」ということ
は天之御中主神のような気もします。

その場合、アヤワは、(ア)が天之御中主神、(ヤ)が
須佐之男命、(ワ)が天照大神となります。

これは、宿題にします。

よろしければ、皆さんもお考えください。


posted by mydears at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

富士と鳴門の仕組 その2

富士と鳴門の仕組は、アセンションとディセンションの
ことだと述べました。

しかし、日月神示には、それ以外のことが書かれていま
す。

富士は二二(012345678910と109876543210の計22文字)
であり、鳴門は成十〇であると。

0または十〇(〇の中に十を入れる)は神を表します。また、
二二はフトマニ(太占)のことでもあります。

さて、富士は「不死」でもあります。そして鳴門「成十〇」
の仕組みであります。

つまり、不死と完成を意味します。

さて、ここで、「鳴門(なると)」についてですが、注目
すべき意見があります。

それは、来年、天皇陛下になられます現皇太子様・徳仁親
王(なるひとしんのう)のお名前です。

「徳仁」なるひと→「なると」→成十〇

ではないかと。

つまり、来年が「大峠」の年。

皆さん!心の準備は出来ていらっしゃいますか?

な〜んて、不安を煽るのは良くないですよね。

でも、いつ大峠が来ても良いように準備しておきましょう
ね。

一度、腹が座ると、何があっても「ド〜ント来い!」
って気持ちになれますよ。

なんせ「不死」ですから。(笑)


posted by mydears at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

身魂磨きについて

まず、「魂」磨きですが、「正しい心」を持つことが第一
です。それから、これは少し難しいのですが、「めぐり」
因縁を取ることです。

「正しい心」というのは「生まれ赤子の心」です。
つまり、純粋な心という意味です。

また、神様には、本当は善悪という概念はないのです。
あるのは、「きれい」か「きたないか」だけなのです。

日月神示にも、「悪の御用」という表現が使われていま
す。

例えば、皆さんも、「夫婦仲」や「嫁姑問題」、「病気」
、「お子さん」、「介護」など様々な問題をお持ちだと
思います。

個人、個人ではそれぞれ善でも、相手にとっては負担に
感じたり、迷惑だったりしますでしょう?

それは、多くの場合、「悪の御用」なのです。

つまり、個人の修業の場として与えられている事象な
のです。

それが、「めぐり」ということなのです。

でも、難しいのは、それがどういう「めぐり」なのか
を見極めなければならないことです。

極端な例として、「ギャンブル好きで放蕩者の異性」
がいたとします。これを「愛情を持って見守るべきか」
それとも「見放すべきか」どちらでしょう。

過去生で迷惑を掛けた相手なら、「見守る」ことが
「めぐり」の解消に繋がるでしょう。

しかし、過去生でも同じような目にあっているのなら、
「見放す」ことが「めぐり」の解消になると思います。

そのようなことを、判断するのは貴方自身なのです。

どちらも正しいのかもしれないし、間違いかもしれな
いのです。

損得・愛欲抜きで、「生まれ赤子の心」を持って判断
することが大事なのでしょう。

かくいう私も「めぐり」を抱えています。
「灰」になってしまうのも近いかもしれません。
なかなか難しいですよね〜(笑)


次に、「身」磨きですが、

日月神示には、煙草や酒などの悪習の他に、牛や豚な
どの「四つ足」を食べることを、かなり強く否定して
います。

現代社会の食生活では、なかなかそうはいきませんよ
ね。

ただ、逃げ道も用意されていまして、食事前に神様に
一旦奉げることにより、「四つ足」も神の食べ物とな
り、食べても良いとされています。

何故、「四つ足」がダメかというと、共喰いになるか
らということのようです。

また、神がかりの際に身体が「よごれている」ことで、
障害になるからのようです。




posted by mydears at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

身魂磨きについて その2

最近、太川陽介夫妻や斎藤由貴さんの不倫問題が世間を
騒がしていますが、日月神示では、「神界の乱れ、イロ
からぢゃと申してあろう。男女関係が世の乱れであるぞ。
お互いに魂のやりとりであるぞ、この世ばかりでなく、
あの世まで続くのであるから、くどう気付けておくぞ」
とあります。

また、「妻にまかせ切った夫、夫にまかせ切った妻の姿
になれよ。」ともあります。

夫婦和合が、神示の道の出発点であると述べられています。

太川陽介さんの態度は立派ですが、今後どういう展開を辿
るか気になるところではあります。

かくいう私も同じような展開に陥り、私の場合は許せませ
んでした。

突然、降ってわいたような事態に驚き、狼狽し、一旦は許
したものの、最終的には離婚という道を選びました。

妻をそうさせたことも自分に責任があるとも思い、また、
そういう妻を選んだこと自体が自分の責任だとも思い
納得もしました。

一番つらかったのは、二人の子供を手放さざるを得なか
ったことでした。

その後、いろいろなことが有りましたが、どんどん「め
ぐり」を積み重ねていってしまいました。

後悔はしてますが、どういう選択をすべきだったか、今
でも分かりません。

ただ、言えるのは、

日月神示に、「家内和合出来んようでは、この道の取次
とは申されんぞ。和が元ざと申してあろうが。和合出来
ぬのはトラとシシぞ。どちらにもメグリあるからざぞ」

と、全否定されてしまっているということです。(笑)

お後がよろしいようで〜


posted by mydears at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月16日

アヤワと三種神器 その2

アヤワと三種神器で、「それでは、玉はどなたでしょう?」
という問題提議を行いました。

ジャーン!!

私の考える妄想的結果を発表いたします〜(笑)


私は、「天地のまことの一つのかけ替えない身魂」

の「天地」、特に地の字に着目しました。

「天に一つ」であれば、天之御中主神に確定です。

しかし、天地です。天も地もです。


「天も地も」というのであれば、そうです、この方しか
いらっしゃいません。

答えは、

「国常立大神」です!!


この結果、アヤワは、(ア)が国常立大神、(ヤ)が
日の神様、(ワ)月の神様となります。


日の神様は、須佐之男命を筆頭にする神様の総称
月の神様は、天照大神を筆頭にする神様の総称

となります。

ただ、単に(ヤ)の神様とか、(ワ)の神様とか
限定的に使われる場合もありますが、その場合は、
(ヤ)が須佐之男命、(ワ)が天照大神となります。

「日の神様」、「月の神様」についての詳細は、拙稿の
「月読命の謎 その4」の下に表で示してありますので
ご参照くださいませ。

表をクリックすれば、拡大して見ることもできます。


posted by mydears at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

アヤワと三種神器 その3

さて、エライことになって来ました。

魂=八尺瓊勾玉が、国常立大神の象徴であると思って
いらっしゃる方は、日本にどれくらいいらっしゃると
思います?

一番大事な「魂=日本人の心」ですよ。

これでは、「今は、玉がなくなっているのぞ、鏡と剣
だけぞ、それで世が治まると思うているが、肝腎の真
中ないのざ」

と言われても仕方ありませんね。

むしろ、多くの方が、2月3日の節分の日に「煎り豆
に花が咲く頃出て来〜い」と、豆まきをされています
よね。

あんまりではないですか?

2014年9月27日、木曽御嶽山が大噴火を起こしました。
犠牲者もたくさん出て、大惨事となりました。

亡くなられたかた、ご家族の方には弔意を表したいと
思います。

さて、この御嶽山は、御嶽大神と呼ばれる国常立大神
をご祭神とする山でもあります。

ついに、国常立大神が動き始められたかと思えるよう
な出来事でした。

人々を守ってくださるはずの神様が何故このような惨
事を起こしてしまわれたのでしょうか?

神様にとって、人間の生き死にはそれほど重要なこと
ではないのでしょう。

なぜならば、人間が死に変わり、生まれ変わりするの
は「不死」であるからです。

つまり、私たちは、この世で「下宿に間借り」してい
るようなものなのです。

下宿から出て行ったからといって、可哀そうだと泣き
叫ぶ人はいないでしょう?

新しい人生を踏み出すということで、むしろ、おめで
とう!と言いたいくらいです。

被害に遭われたご家族の皆さま、大丈夫です。
貴方の大事な方たちは、きっと、どこかでまた素晴ら
しい人生を送っていらっしゃいます。

残された方は、亡くなられた方のためにも、いっそう
充実した人生をお送りください。


posted by mydears at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

アヤワと三種神器 その4

皆さん、節分の日は「煎り豆」ではなく、「生きた豆」を
庭に蒔いてくださいね〜(笑)

さて、ここまで言及したので、ついでにお話します。

まず、「自殺」は絶対にダメです。

人間は修業のためにこの世に生を受けています。

苦しいのは、それだけの「めぐり」があるからです。

自殺はこの「めぐり」の解消には全くなりません。

むしろ、さらに「めぐり」を積み重ねることになります。

もっと、つらい人生が待っていますよ。

ご自分の人生に立ち向かってください。

それが、「めぐり」を取り除くことになるのです。

むしろ、喜んでください。

「あ〜、こんな苦労をするのは、大きなめぐりを取る
ことが出来るように与えられた機会なのだ」と。


次に、「悪」についてです。

神様は、「悪」を殺しません。なぜなら、「悪」を殺
しても、また、「悪」として生まれ変わって来るから
です。

「悪」を「善」に変えない限り、いつまでも「悪」は
「悪」のままです。

神様は、「善」も「悪」も関係ないと申しましたが、
「悪」の心があるということは、「魂」が濁っている
「汚い心」ということです。

少しでも「濁り」が取れるよう、身魂磨きに努めてく
ださい。


本人が、「悪」を自覚し、「善」に改心すること、
これが神様の望む「神意」なのです。

ただし、今度の「三千世界の立て直し」では、「悪」
を灰にしてしまうそうなのでご注意ください。


posted by mydears at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

アヤワからヤサワへ

やっと、アヤワが分かったところで、申し訳ないのですが、
大峠の後は、ヤサワの世界に移行します。

「アカサタナハマヤラワン」が五十音ア段ですが、

変形すると、「アヤワ」「タカマナハラ」「サ」「ン」
となります。

古代には「ン」がありませんでしたので、
「アヤワ」「タカマナハラ」「サ」となります。

「アヤワ」は既にご説明しました。
「タカマナハラ」は、もちろん「高天原」です。

「サ」が残りました。

この「アヤワ」の「ア」が抜けて、「ヤサワ」になり
ます。

「アヤワ」「タカマナハラ」「ヤサワ」

つまり、次の世界は、「ヤ」が中心で、両側に「サ」
と「ワ」が来ることになります。

「サ」とはどなたでしょう?

これは、日月神示に明確に記されています。

それは「木花咲耶姫」(このはなさくやひめ)です!!

日(ヤ)を中心に、両側に月ふたつ(サ)と(ワ)。

これは、地が無くなるという意味なのでしょうか?

それとも、地球も月のように夜空に光る存在になる
ことを暗示しているのでしょうか。

こわいですね〜

因みに、また、ご登場頂きます。
nozomimatukiさんの、「十種神宝の祝詞歌」。

ちゃんと、歌の中に取り込まれているんです。

すごいですね〜

私の一番好きな歌、愛唱歌です。
ぜひ、聞いてみてください。




posted by mydears at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月18日

アヤワからヤサワへ その2

一昨日、ヤサワは日月月で地がないというお話をしました。

でも、ご安心ください。

日月神示では、大峠後の状況として、「富士は晴れたり日
本晴れ、富士に御社してこの世治めるぞ。」とあります。

また、「てんし様が富士から世界中に御稜(みいず)され
る時近づいたぞ」ともあります。

地球は無くなっておりません!

日月神示に、「次の世とは月の世の事だぞ、一二(ひつき)
の月(二)の世ぞ、Θ月の月の世ぞ」とあります。

「世成り、神国の太陽足り満ちて、皆満ち足り、神国の月
神、世をひらきたり、 弥栄にひらき、月光、総てはみち、
結び出づ、道は極みに極む、一二三(ひふみ)、三四五
(みよいづ) 五六七(みろく)、弥栄々々ぞ、神、仏、耶、
ことごと和し、和して足り、太道ひらく永遠、富士は晴れ
たり、太神は光り出づ、神国のはじめ。」ともあります。

ただし、「三元」でなければならないとの記述もあります
ので、日月月ではなく、月が地または魂と変化し、日月地
となるのかもしれません。

「ニニギノミコトお出ましぞ」という文章もあるので、
「木花咲耶姫と瓊瓊杵尊」が融合し一体となるということ
かもしれませんね。

因みに、瓊瓊杵尊はスメラミコトの「ス」だと思います。
「木花咲耶姫」の「サ」と同じ「サ行」です。


posted by mydears at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

アイウエオからアオウエイ

アイウエオもアオウエイに変わります。

先日、「ア」が国常立大神だと書いてがっかりされた方
もいらっしゃると思います。

天之御中主神じゃないのかと。

天之御中主神は、「アのア」です。そう書いてあります。

アの神様といってもお一人ではないのです。

アイウエオが「アの神様」です。

そして、大峠以降は、「アイウエオ」が「アオウエイ」
に変わります。

そして、「アヤワ」が「ヤサワ」に変わります。

従って、国常立大神は「アのオ」ではないかと考えま
す(国常立尊大神はめでたく天之常立尊として、別天
神五柱に復帰され、順位も上がる)。

じゃあ、「ウエイ」はどなたかと言われるかもしれま
せんが、私には分かりません。

「ウ」が「宇摩志阿斯訶備比古遅神」(ウマシアシカ
ビヒコジ)くらいかなぁという程度です。

造化三神の、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は
「タ」、神産巣日神(かみむすび)は「カ」だと思い
ます(「タカマナハラ」高天原の「タカ」)。

ただ、「イとウはアの介添えの身魂ぞ」ともあります
ので、高御産巣日神と神産巣日神のことであるとして
も不思議ではありません。

もしかすると、「伊藤」(イとウ)さんと「江頭」
(エとオ)さんのことかもしれませんが。(笑)


posted by mydears at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

アワのうた

ついでに、「アワのうた」についてもお話しておきます。

これは、「ホツマツタヱ」で、伊弉諾・伊弉冉尊が好ん
で演奏され、人々に正しい言葉をお教えになったという
ものです。

あかはなま いきひにみうく ふぬむえけ
へねめおこほの もとろそよ
をてれせゑつる すゆんちり しゐたらさやわ

並べ替えると

あかはなま
いきひにみ
うくふぬむ
えけへねめ
おこほのも

とろそよを
てれせゑ
つるすゆん
ちりしゐ
たらさやわ

見事に、「あいうえお」になっています。

現在の五十音は、室町時代以降のものと云われています
ので、神代の昔からあったとすれば、これもロマンです
よね〜。

ただ、「ん」の字が入っているのは、少しあやしいです。


posted by mydears at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日月神示

2017年12月19日

上つ巻 第1帖

富士は晴れたり、日本晴れ。Θの国のまことのΘの力をあらわす代となれる、仏もキリストも何も彼もはっきり助けて、しち難しい御苦労のない代が来るから、身魂を不断に磨いて一筋の誠を通してくれよ。
いま一苦労あるが、 この苦労は身魂をみがいておらぬと越せぬ、 この世始まって二度とない苦労である。
このむすびはΘの力でないと何も出来ん、人間の算盤でははじけんことぞ。
日本はお土が上がる、外国はお土が下がる。都の大洗濯、鄙(ひな=田舎)の大洗濯、 人のお洗濯。
今度はどうもこらえてくれというところまで、後へ引かぬから、 その積りでかかって来い。
Θの国のΘの力を、はっきりと見せてやる時が来た。
嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る。
ΘはΘの国、神の力でないと、何にも成就せん。
人の力(ちから)で何が出来たか、 みな神がさしているのだ。
いつでもΘかかれるように、綺麗に洗濯しておりてくれよ。
戦は今年中と言っているが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまで
は、終わらぬ道理がわからぬか。
臣民同士のいくさではない、神と神、あかとあか、人と人、ニクとニク、タマとタマの戦ぞ。
己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うているとは、 あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越えて時を待つ。
Θが世界の王になる、てんし様が神とわからん臣民ばかり。
口と心と行いと、三つ揃うたまことを命というぞ。
神の臣民みな命になる身魂、 掃除身魂結構。
六月の十日、ひつくのか三。

いや〜、名文ですね。いつもながら、感心します。

これは一二三神示(ひふみしんじ)ですが、数字と記号のみで書かれた原本を「日月神示」と云います。
日本語に解読され、記されたものが、一二三神示となります。「秘文」とも言います。

世界では、様々な宗教戦争が起こっていますが、全ての宗教は同根であり、ひとつにまとめて「御苦労のない世」が来ると書かれています。


先般、日ユ同祖論について述べましたが、

皆さん、「弥栄」(いやさか)という言葉をご存じでしょうか?

これを音読みすると「ヤハエ」となります。

ユダヤ教、キリスト教の最高神(イスラム教アラーの神もおそらく同じ)は「ヤハゥエイ」です。

これこそ、同根の証拠だと思いますが、皆さんはいかがお感じになられますか?



posted by mydears at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻

上つ巻 第2帖

親と子であるから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあるに、苦に負けて よくもここまでおちぶれてしもうたな。鼠でも三日先の事を知るのに、臣民は一寸先さえ分からぬほどに、 よく曇りなされたな、 それでもΘの国の臣民、天道人を殺さず、食べ物が無くなっても死にはせぬ、ほんのしばらくぞ。
木の根でも食うておれ。
闇のあとには夜明け来る。
神は見通しざから、心配するな。
手柄は千倍万倍にして返すから、人に知れたら帳引きとなるから、人に知れんように、人のため国のため働けよ、それがまことのΘの神民ぞ。
酒と煙草も勝手に作って暮らせる善き世になる、それまで我慢出来ない臣民沢山ある。
早くΘの神の申す通りにせねば、世界を泥で海にせねばなぬから、早うΘ神心になりてくれよ、神頼むぞよ。
盲が盲を手を引いて、何処へ行くつもりやら、気のついた人から、まことの神の容れものになりてくれよ。
悪の楽しみは先に行くほど苦しくなるから、初めは辛いなれど、先を楽しみに辛抱してくれよ。
配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方はΘの光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光はΘの心ぞ。
いざ人の知恵で一つでも善きことしたか、何もかも出来そこないばかり、にっちもさっちもならんことにしていても、まだ気がつかん、盲には困る困る。
救わねばならず、助かる臣民はなく、泥の海にするは易いなれど、それではΘの神様に済まず、これだけにこと分けて知らしてあるに、聞かねばまだまだ痛い目を見せねばならん。
冬の先が春とは限らんぞ。
Θの国を八つに切って殺す悪の計画、Θの国にも外国の臣がおり、外国にもΘの子がいる。
岩戸が開けたら人にわかる。
六月の十日、書は、ひつくのか三。
てんめ御苦労ぞ。


「盲が盲を手を引いて、何処へ行くつもりやら」ということなので、皆さんご自身でお考えください。
私を含め、世の中は盲(めくら)だらけです。
決して騙されないでくださいね。(笑)

私も、酒と煙草は我慢出来ませんし、四つ足もたまに食べています。

それから、「善人」だと自信をお持ちの方、日月神示には、「善も改心する」必要があるという一文もあります。もう、これで良いということはないそうです。

「善」が改心することにより、より立体的になるのだそうで、ますますのご精進をお願いいたします。

「Θの国を八つに切って殺す悪の計画、Θの国にも外国の臣がおり、外国にもΘの子がいる。」
神の国を八つに分ける悪の計画、その後九(苦)の花が咲く。「善」の中にも「悪」があり、悪の中にも「善」があるが、それが全て明らかになるという意味でしょう。

単に、外国の侵略により(物理的に)分断されるという単純な意味ではないと思います。
現に、すでに日本の文化は「欧米化」により、3S(スポーツ、セックス、スクリーン)の氾濫で、侵略、分断されており、殆ど瀕死の状態です。これらを含んだ「悪の計画」だと思います。



追記:「Θの国を八つに切って殺す悪の計画、Θの国にも外国の臣がおり、外国にもΘの子がいる。」
文字通り読めば、日本国内にも「悪の手先」がおり、外国にも「神の子」がいるということです。


posted by mydears at 11:32| Comment(31) | TrackBack(0) | 上つ巻

上つ巻 第3帖

善言(よごと)は神、 何も上下、下ひっくり返っているから、わからんから、Θの心になれば何事もわかるから、それまでに身魂を掃除してくれよ。
今にこのおつげが一二三ばかりになるから、それまでに身魂をみがいておかんと、身魂の曇った人には何とも読めんから、早くΘこころに替えておりてくれ、何も一度に出て来る。
海が陸(おか)になり、陸が海になる。
六月の十一日の朝のお告げ、みよみよみよ。
ひつくの十。


この世の中、総て逆さまとなっていて、この世の常識では解けないから、神心で読み解いてくださいということですね。
他人を出し抜き、蹴落とし、あざ笑うような人が出世し、人の上に立つような現代の競争社会の対極が、神の世界ということでしょう。
実際に海が陸になったり、陸が海になったりするわけではないと思います。
今までの常識の概念が、180度変わりますよという警告だと思います。


posted by mydears at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻

上つ巻 第4帖

急ぐなれど、臣民なかなかに言うこと聞かぬから、言うこと聞かねば、聞くようにして聞かす。
神には何もかも出来ているが臣民まだ目覚めぬか、金のいらぬ楽の世になるのぞ。
早くΘ祀りてくれよ、神祀らねば何も出来ぬぞ。
表の裏は裏、裏の裏がある世ぞ、Θをダシにして、今の上の人がいるから、Θの力が出ないのぞ。
お上に大神を祀りて、政事をせねば治まらん。
この神を祀るのは、みはらし台ぞ、富士みはらし台ぞ、早く祀りて御告げを世に広めてくれよ。
早く知らせねば日本がつぶれるようなことになるから、早う祀りてΘの申すようにしてくれ。
Θ急(せ)けるよ。
上ばかりよくてもならぬ、下ばかりよくてもならぬ、上下揃うた善き世が神の世ぞ。
ドイツも一十(イタリー)もあてにならぬ、世界中一つになりてΘの国に寄せて来るぞ。
それなのに今のやり方でよいと思うているのか、わからねば神に尋ねて政事せねばならぬということまだわからぬか。
神と人とがまつり合わして この世のことがさしてあるのぞ。
人が聞かねば神ばかりで始めるぞ。
神ばかりで洗濯するのは早いなれど、それでは臣民が可哀そうなから、臣民みなやり直さねばならぬから、気をつけているのに何しているのざ、いつどんなことあっても知らんぞ、神祀り第一、神祀り結構。
扶桑の木ノ花咲耶姫の神様を祀りてくれよ。
コハナサクヤ姫様も祀りてくれよ。
六月の十三の日しるす。
ひつきのか三。


「日本は世界で最も成功した社会主義国」だと言ったのは、ソ連のゴルバチョフ書記長らしいですが、本当に成功するためには、大神による統治が必要であると説いています。

実際に、「1億総中流社会」は、瞬く間に終わってしまいましたね。
非常に残念なことです。

これも「悪の計画」によるものでしょうか。

新しい世では、全ての人が「神上がり」して大神様の統治を受けるというなら、とても素晴らしいことだとは思いますが。


posted by mydears at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻

上つ巻 第5帖

富士とはΘの山のことぞ。
神の山はみな富士と言うのぞ。
みはらし台とは、身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身の中を神にて張ることぞ。
臣民の身の中に一杯にΘの力を張らす事ぞ。
大庭の富士を探して見よ、Θの米が出て来るから、それを大切にし。
富士を開くとは心にΘを満たす事ぞ。
ヒムカとは神を迎えることぞ、ヒムカはその使いぞ。
ヒムカは神の使いざから、この道を早う開いてくれよ、早う伝えてくれよ、ヒムカのお役は人の病を治してΘの方へ向けさすお役ぞ、この道をよく心得て間違いないように伝えてくれよ。
六月の十四日、Θつくのか三。


さて、早くも難問に入りました。日月神示には、数多くの謎めいた文章がありますが、これもその一つです。

「ヒムカ」とは、何か?

カギになる言葉は、「神の使い」と「人の病を治してΘの方へ向けさすお役」です。

まず、可能性の一つとして、蘇我日向が挙げられます。「孝徳天皇の病気平癒のために般若寺を創建したと伝えられる」ということなので、少しは当てはまりますが、どうやら素行も悪く、違うようです。

次に、イエス・キリストです。ピッタリですね。ただ、外国の方なので保留とします。

最後に、「人の病」を「人の(心の)病」と読み替えてみましょう。

そうすると、「天皇家」がヒムカ=日向だとすると、まさにピッタリだということが分かります。
先の大戦では、天皇家は「生き神様」として君臨されており、軍や財閥に利用されて大敗北を喫してしまいましたが、その後、「人間宣言」をされ、神を敬う大祭司としての役割を存分に果たしていらっしゃいます。

国民は、天皇家を通して神を感じ、神の存在を忘れないで生きて来れました。
私は、「天皇家」をヒムカと考えます。


posted by mydears at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻

2017年12月20日

上つ巻 第6帖

外国の飛行機が来ると騒いでいるが、 まだまだ花道ぞ。
九十となりたらボツボツはっきりするぞ。
臣民は目の先ばかりより見えんから、可哀そうなから、気をつけているのに何しているのか。
大切な九十(こと)を忘れているのに気がつかんか。
この知らせをよく読みてくれよ。
十月まで待て。
それまでは、このままでおれよ。
六月の十七日、ひつくのか三。


6月16日に北九州に初空襲がありました。
8月には、サイパン、グァムが陥落し、9月・10月とフィリピン、南西太平洋も失います。
「大切な九十(こと)」は、もちろん「身魂磨き」ですよね。

昭和19年6月以降.png


posted by mydears at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻

上つ巻 第7帖

いくら金積んで神の御用さしてくれいと申しても、因縁のある臣民でないと御用出来んぞ。
御用する人は、どんなに苦しくても心は勇むぞ。
この神は小さい病治しや、按摩(あんま)の真似(まね)させんぞ、大き病を治すのぞ。
神が開くから、人の考えで人を引っ張ってくれるなよ。
六月の十七日、一二のか三。


大峠の前には、「善」の顔した「悪」や、「悪」の顔した「善」が出て来るようです。
自分こそが、神だとか、神の使いだと言う輩さえ出て来ますので、決して騙されないようにしてください。
正しい道を歩める方が、「因縁のある臣民」です。


posted by mydears at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 上つ巻
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