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2019年02月13日

ブラスティミール・ムリナーシュ氏(二月十一日)



 ゼマン大統領の右腕とも言うべき大統領府の長を務めているのが、このムリナーシュ氏である。ハベル大統領にも、クラウス大統領にもこの大統領府の事務方を管轄する役職の人物はいたはずだが、ほとんど表に出てくることはなく、後に別の役職につくときに、以前こんな仕事をしていたという形で紹介されて知ることが多い。どんな仕事をしているのかすらはっきりとイメージしにくいのである。大統領の執務を影から支える黒子のような役割だといってもよさそうである。

 それなのに、このゼマン大統領の右腕は、就任当初から目立っていた。それもあまりよくない意味でである。最初に大きな問題になったのはゼマン大統領がNATOのサミットに出席したときのことだった。本来なら大統領府の事務方の長として常に大統領と行動を共にするはずなのだだが、資格がないとして会合の会場に入れなかったのだ。
 NATOは軍事同盟である。軍事同盟である以上首脳会談では軍事機密が取り扱われる可能性もあるため、同席するのに何か資格がいるらしいのだ。その軍事機密にかかわるための資格は各国の防諜機関が認定しているもので、いくつかのカテゴリーに分かれている。大統領と行動を共にするムリナーシュ氏には、当然最高の機密にまで触れられる一番上のカテゴリーが求められていたのだが、そのサミットの時点では申請はしたものの許可が降りていないという状態だった。一つ下の二番目の資格は持っていたのかな。

 普通ならそれほど時間がかからないらしいこの資格認定がなかなか降りない時点で問題があるのは明白だったのだが、ゼマン大統領はムリナーシュ氏の仕事には満足しているしそのうち資格を取ってくれれば問題はないと弁護していた。ところが、その資格はいつまでたっても降りることはなく、最終的には防諜機関に拒否された。その後何度か手を変え品を変え申請しなおしたようだが、防諜期間が決定を変えることはなかった。
 ことは国家の軍事機密にかかわる話なので、拒否された理由は明らかにされていないが、大統領を支えるべき人物が、防諜に関して完璧には信頼できないと評価されていることは、特に反ゼマン派の政治家から強く批判され、ムリナーシュ氏の解任を求められたのだが、ゼマン大統領は現在まで拒否し続けている。今後もこれを理由に解任することはないだろう。

 さらに、反ゼマン派のアナーキスト芸術家団体が、プラハ城の国旗を取り外して、大きなトランクスを形容するという事件が起こったときに、地元の町の人たちをプラハ城の大統領官邸に招いて見学ツアーを行っていたとか、プラハの一等地に豪邸を購入した資金の出所が怪しいとか、あれこれ話題を提供し続けている。同じく大統領府の広報官オフチャーチェク氏と同様に、そして違った形でゼマン大統領の足を引っ張っているような気がする。

 このムリナーシュ氏、そもそも何でゼマン大統領の右腕ポジションに納まったんだろう。社会民主党時代のゼマン派の人物ってわけでもなさそうだし。そんなことを考えていたらチェコテレビのルポルタージュ番組で、オフチャーチェク氏が地元の町で経営している企業に関して不正の疑惑があることを取り上げていた。ということは小さいながらも実業家として資産を築いて政界に進出したということなのだろうか。そこから社会民主党のゼマン派が分離して作ったSPO党(別名ゼマン党)とつながって、ゼマン氏の腹心にまでなりおおせたということのようだ。地方議会の議員にまではなったけど、国会議員の選挙で当選したことはない。SPO党自体が国政選挙ではほとんど議席を確保することはできていないし。
 ムリナーシュ氏がゼマン大統領の大統領府の長になって以来、出身の町には政治家だけでなくさまざまな有名人、はてはカトリックのプラハ枢機卿まで訪れるようになったというし、あれこれ助成金が出てスポーツ施設を建設したり改装したりもしたようだから、町の人々にとってはムリナーシュさまさまでアンタッチャブルな存在になっていたのかもしれない。すべては大統領の威光である。

 ちなみに、チェコテレビで今回報じられたムリナーシュ氏の疑惑は、地元の町に建築許可を取らないまま人口の池を建設したことと、その水の利用の許可を取らないまま、経営するスキー場のゲレンデの人口降雪機に使用したことらしい。この問題が大きくなっても、事件化して逮捕でもされない限りゼマン大統領がムリナーシュ氏を解任することはなさそうである。オフチャーチェク氏もそうだけど、ゼマン大統領にとっては、かけがえのない部下ということになるのだろう。あの大統領にして、この部下ありというところか。
2019年2月12日23時。
 










タグ:大統領
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