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2017年04月13日

パンパンになった母の手

最期の夜

モルヒネを投与し始めて2日目の夜。
そこに寝ているのは、母の形をしただけの母だった。

数秒に一度、呼吸をする母。
酸素マスクでかろうじて命がつながっている状態。

痰の吸引のサイクルはどんどんと縮まった。
吸引する看護師さんも、恐る恐るやっているように伺えた。
痰の吸引の時は、酸素マスクを外す必要があるからだった。

母が危篤状態に入ってから、
これと言ってすることも無かった。
母を見て涙し、
母とのことを思い返しては涙し、
悔しさと悲しさの入り混じった感情で涙した。

それでも、不思議とお腹は空いた。
食べる気なんてないのに、
悲しすぎて食欲なんて無いのに、
お腹は鳴っていた。

母の温もり

時折母に触れた。
おでこに手を当ててみたり、
腕に触れてみたり、
手を握ってみたり・・・。

自分も子供の頃、
こうして母親に看病してもらった。
そんなことを一瞬思いながら・・・。

母の手は、パンパンに膨れていた。
皮膚からは水分が出て来ていた。
シーツが濡れないように・・・と
看護師さんが給水シートのようなものを敷いていた。

そんな母の手を握るのは怖かったが、
それでも母の手には変わりない。
私は母の手を握った。

温かかった。
呼吸しかしていない母。
うっすらと目は開いたまま。
瞬きはしない。

良い状態

病院に着いた時、母の肺は機能していない状態だった。
肺がんは確実に母の体の中で増殖していたのだ。

今でもはっきりと思い出せる母の温かい手。
そのぬくもりは、私の知っている母の手ではなかった。

身体中が浮腫んで、パンパンになっていた。
闘病でやせ細った身体が健康そうな身体つきに戻った。
母は骨と皮に近づいていた。

それが浮腫んだことによって元に戻ったのだった。
顔つきも、ちょっとふっくらしたかな・・・
そんな気がする程度で、ある意味良い状態だった。

しっとりと汗ばんでいて、ふっくらとした感触。
母の手を忘れない。

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緊急入院した母が,非小細胞肺がん(腺癌)「ステージ4」を宣告され、1年後に他界・・・母の闘病中の記録や、がんに関することを中心に記事にしているブログです。
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