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2016年06月20日

チェコ代表の憂鬱(六月十七日)



 月曜日の試合は午後三時からというはた迷惑な時間の開始だったが、本日の試合は午後六時からというまともな開始時間だったので、最初から見られるはずだった。それなのに仕事がちょっと長引いて帰ってきたときには、前半も半分を過ぎたところだった。正直な話、間に合わなかったことを後悔する気持ちにはなれなかった。
 相手を警戒するあまりずるずる下がって、パスをいいようにつながれ、反対にこちらのパスは勢いが弱すぎたり、トラップミスしたりで、あっさりとボールを奪われることが多すぎた。典型的な悪いときのチェコ代表の姿だった。モドリッチを中心としたクロアチアのできがよかったというのあるのだろうけど、チェコ代表のプレーはひどかった。
 初めてのEUROという選手たちも、初戦を終えて過度の緊張も取れて大会の雰囲気に飲まれるなんてこともなくなっているはずである。いや、そもそも初戦のスペイン戦の戦い方を間違えたのが、このクロアチア戦にまで悪い影響を及ぼしているのかもしれない。

 月曜日の試合のあと、日本のネット上では、チェコ大健闘も力尽くみたいな論調の記事をいくつか見かけたが、違和感ばかりで賛同はしかねた。結果は終盤に一点取られて完封負け。チェコが点を取れていない以上、完敗であって惜敗とは言えない。このチームはチェフのスーパーセーブの連発があっても、相手を0に抑えることなどできないチームである。1−1、2−2の引き分けはありえても、0−0の引き分けはありえない。勝ちに行くにしろ、引き分けを狙うにしろ、点を取りに行くしかなかったはずなのである。
 0−1で負けても、0−5で負けても、同じ一敗に過ぎないのだから、開き直って一点取りに行ってほしかったなあ。0−1で負けるぐらいなら、1−5とかで負けたほうが、まだ次に期待が持てたような気がする。この辺もグループ三位でも上に進める可能性のある奇妙なシステムの弊害かもしれない。ブルバ監督がこの手の大きな大会で識を取るのが初めてというのも、影響があるかな。
 チェコのマスコミでは、露骨な引き分け狙いの守備的な戦術がかなり批判されていた。負けるのは想定済みなのだから、同じ負けは負けでも次につながるような負けを期待していたということなのだろう。正直何点取られてもいいから、全力で一点取りに行ってほしかった。

 スペイン戦の試合の内容も把握しないまま、そんなことを考えていたら、クロアチア代表のキャプテンスルナ選手が、父親が亡くなったために、チームを一時離脱して帰国するが、チェコとの試合までには復帰する予定というニュースが流れた。これは父親の死を乗り越えてスルナ選手が大活躍してクロアチアが勝つパターンかなと、嫌な予感がした。チームのキャプテンがこの状態だったら、チームの団結力も一段階上がるだろうし。

 実際試合でも、怪我上がりのロシツキーはモドリッチに対抗できていなかったし、期待の若手カデジャーベクも、クレイチーもいつのも若さに任せた大胆なプレーからは程遠かった。そして、ユーロ出場経験もあるベテラン達のできも、四回目の出場のプラシルやチェフを含めていまいちだった。前半を見ている限りでは、どうあがいても引き分けすら無理そうだった。35分過ぎに例によってしょうもない形で失点したときには、もう負けは決まったから後半は見るのはやめようとも思ったのだが、ブルバのチームは、後半になると別のチームのように活性化することが多いのを思い出して、改めてテレビの前に座った。
 後半の開始直後は、前半とは違って、積極的に前に出ようとする姿勢が見えて、どうして試合の最初からこれやらないんだろうといつもの感想を抱いてしまった。それほど相手を崩せていたわけではないけど、これを続けていればいつかは点が取れるんじゃないかという期待を持って見ていたら、チェフとフブニークのミスが重なって失点。
 ここからしばらくクロアチアペースになって、諦めかけていたら、中盤に君臨していたモドリッチが負傷で交代、それからしばらくしてチェコ側もほとんど機能していなかったラファタとスカラークに代えて、シュコダとシュラルを投入。この三つの交代で流れが完全にチェコに移った。ロシツキーの全盛期を彷彿させるアウトサイドでのパスからシュコダが頭で決めて、一点差。

 しかしモドリッチが怪我をせずに残っていたら、シュコダとシュラルの投入があっても、おそらくチェコはあのまま負けていただろう。見ていると、かつての輝いていたころのロシツキーを思い出し、怪我さえなければと嘆いてしまうほどに、モドリッチは存在感のある選手だった。
 クロアチアの不運はこれで終わらない。クロアチアのファンが試合終盤に発炎筒を投げ込むという愚行を繰り広げたのだ。処理に当たっていた消防士のすぐそばで爆発が起こり消防士が倒れてしまうというショッキングなシーンを目にして、ヨーロッパのサッカーの抱える問題の深さに暗澹たる気分になる。ハンドボールの闇は審判と運営組織にあるが、サッカーのそれはファンと称する連中にあるのである。

 今回の愚行を犯したクロアチア人たちは、ハイドゥク・スプリトというチームのファンたちで、クロアチアのサッカー協会との間に問題を抱えていたらしい。しかも、事前に会場となるサンテティエンヌのファンが、スプリトのファンに協力して爆発物を会場に持ち込ませようとしているという情報もあったというのだ。入場の際にスプリトファンをはじき出して、入場禁止にしておけばよかったのにと思うのは変なことだろうか。サッカーを見るためではなく、他のことのために来ている連中をスタジアムに入れる謂われはないはずだ。
 ロシア人とイングランド人たちの所業も考え合わせると、たかだかネット上で人種差別的な発言を書き込んでしまったことが大問題になる日本のサッカー界は幸せな場所なのだと思う。Jリーグをはじめとする日本サッカー関係者には、今後もこの手の問題には厳罰を科して、再発を防止するとともに、チームを応援するためなら、チーム応援の名目であれば何をしてもかまわないという、ヨーロッパにはびこる誤った考えが、日本に流入しないようにしてほしいと心の底から願う。
 正直な話、ロシアとイングランド、それからこの日のクロアチアには、今大会からの追放と、次のユーロへの参加資格の剥奪、このぐらいしないと、いつもの罰金では何の効果もないと思う。愚行を繰り返す自称ファンたちを、その国の一般のファンも含めたサッカー界が許せなくなるような状況を作ってやらない限り、この手の自称ファンが消えることはない。発炎筒を投げ込んだ以外は、暴動を起こした以外はいい応援だったとか、ファンだったとか言っていたら、永遠にこのままである。政治的な事情も絡むので、大会からの追放がむりなら、最低でも没収試合にして、勝ち点剥奪とかやれよ。たぶん、犯罪者個人の自由とか、人権とか、プライバシーなんかを過度に重視するヨーロッパでは、一般の観客が安全に試合を見る権利を侵害されても、屁とも思わないのだろう。

 試合のほうは、自国ファンの愚行に呆然となったクロアチア選手たちが、試合再開後プレーに精彩を欠き、チェコがネツィットのPKで同点に追いついてそのまま引き分けに終わった。しかし、結果なんかどうでもいい。今回の発炎筒事件に関った連中を、クロアチア人もフランス人も、すべて特定して、全員逮捕して死ぬまで強制労働させろ、もしくは強制的に義勇軍を組織させて世界中の戦闘地域の最前線に送り込め。と叫んでしまうほどに、怒りで一杯である。
 ロシツキーが、我らがロシツキーさまが、再び怪我をして、交代枠を使い切っていたので、試合の最期は、ふらふらと歩きまわることしかできなかったのだ。筋肉の怪我で今後数週間はサッカーなどできないらしい。これでロシツキーの最後のヨーロッパ選手権は終わってしまった。原因は発炎筒投入で試合が中断したせいで、筋肉が冷えてしまったことである。中断がなければ、試合には負けたかもしれないが、ロシツキーは無事だったはずである。チェコ政府が外交問題にして、実行犯の引渡しをクロアチア政府に求めたりしないかな。それぐらいチェコにとっては痛恨の出来事なのだ。ロシツキーの怪我には慣れてしまったという面もないわけではないけど。

 中断中や試合後のクロアチア選手の表情、試合後のコメントを見ると、一番の被害者は彼らだったのだろう。応援すべきチームに、迷惑をかける、いや損害を与えてしまうファンなんて、いないほうがましだ。
6月19日11時。


2016年06月19日

クノフリカージ(六月十六日)



 今から十五年ほど前、2000年前後にチェコに滞在していた人は、みな次の質問に悩まされたはずである。斯く言う私自身も、会う人ごとに、日本人だと知られるたびに、繰り返し質問をされ、うんざりしながら頭の中で答えを作り上げて、うんざりした口調で口に出していた。
「あのさあ、チェコの映画で見たんだけどさあ、日本語にはナダーフカってものがないって聞いたんだけど、ほんとなの?」
 チェコ語の「ナダーフカ」というのは、何か不快なことが起こったときなどに、思わず口から漏れてしまう罵りの言葉である。だから日本人が、「くそ」とか、「畜生」とか言ってしまうのも、ナダーフカにあたるはずである。そういう説明をして、日本語での本来の意味まで説明したのに、なかなか納得してくれずに、「でも映画では……」と言われたり、「もっと下品なのはないの」などと聞かれたりしていた。気分がいいときには、自分では絶対に使わないだろうけど、漫画や小説に出てきて存在を知っている言葉を教えたりすることもあったが、大抵は日本語ってのはそんなもんなんだよで話を終わらせていた。チェコ語もそこまでできていなかったし。

 では、チェコ語でよく使われるこの手の言葉となると何だろう。日本人の耳に優しい言葉としては「サクラ」がある。日本語で言うときよりは、「サ」を強めに、「ク」を軽めに発音するとチェコ語っぽくできる。派生バージョンとしては「サクリーシュ」なんてのもあるかな。本来は、「スバティー(聖なる)」などとも関係のある言葉らしい。
 それから、キリスト教を信じている人は嫌がるかもしれないけど、イエスさまの名前から、「イェジーシュ」とか「イェージシュ」なんて言葉を使う人もいる。マリアさまも一緒に、「イェージシュ・マーリア」のほうが一般的かな。こちらの上級編としては、存在感の薄い父親の名前を添えて、「イェージシュ・マーリア・ヨゼフェ」と一息に言うものがある。最後が「ヨゼフェ」と呼格になっているのが肝らしい。これはキリスト教関係者がいないことを確かめた上で、チェコ人の前で使うと、笑ってもらえるので非常に重宝する表現である。
 キリストの足を意味する言葉の呼格「クリストバ・ノホ」も、「チェトニツケー・フモレスキ」で使われていたし、もっとも神聖であるはずの言葉が、卑俗な罵詈雑言の言葉として使われているのである。このことは、中世以前の日本において賎民とされた人々が、実はその一方で天皇と直結する回路を有していたという学説を思い起こさせ、キリスト教世界においても、聖なるものと賎なるものとの間に何かしらの回路が存在していたのではないかと考えてしまう。堀一郎氏とか、エリアーデあたりの著作で何か読んだ記憶がなくもないのだけど、すでに忘却のかなたである。時の流れというものは残酷なものだ。

 2000年代初頭の陸上の世界選手権で、槍投げの鉄人ヤン・ジェレズニーが、投擲に失敗した際に、思わず叫んでしまう様子が世界中に配信された。ジェレズニーの声までが聞こえてきたかどうかは覚えていないが、口の形の動きから明らかに「ク……」と叫んでいた。意味は聞かないでほしい。
 ジェレズニーに限らずスポーツ選手は、ナダーフカが口から出てくることが多いらしい。テニスの世界では、チェコ語の罵詈雑言集というものが存在していて審判に配られているという話を聞いたことがある。選手がチェコ語だからわからないだろうと思って、審判を罵るようなことをいうと、そのリストに基づいて審判侮辱でペナルティが与えられるようになっているのだそうだ。ツアーを回っているチェコ人選手の数は多いから、何らかの対策は必要だったということか。

 さて、表題の「クノフリカージ」である。これこそ日本語にはナダーフカはないという説を広めてくれたありがたい映画なのだ。チェコ人の中には、映画の内容は知らないけれども、この説だけは知っているという人も多い。私も映画全体の内容はほとんど覚えてないけど、この日本語に関する部分だけは覚えている。
 チェコの映画なのに、なぜか長崎に原爆が落とされた日の、本来の目標であったといわれる小倉の様子から始まる。土砂降りの雨に打たれる家の中で、三人の男たちが議論めいたことをしている。エンドロールに出てくる配役表によれば、「年寄りの日本人」「髭の日本人」「若い日本人」となる。 日本語にはこのいやらしい雨を罵る言葉もないんだから、英語で罵る練習をしようという話になって、延々英語の汚い言葉を叫び続けるという他愛もない話である。日本語で「くそったれの雨がふりやがって、畜生め」なんていえば、十分に罵っていることになると思うのだけど、映画のストーリー上それではいけなかったらしい。

 もともと、この部分は、古い日本映画の一シーンを切り出してきて、冒頭に据えたものだと思っていた。出ている人たちも何か古い日本のモノクロ映画に出てきそうな感じの演技だったし。しかし、最近知り合ったプラハ在住二十年という人が、実は「若い日本人」を演じたのだということを知ってしまった。素人三人でチェコテレビのあるプラハのカフチー・ホリの撮影所に通っていたらしい。そして、さらに衝撃的だったのは、「髭の日本人」を演じていた人が、今年の春にオロモウツまで訪ねてきてくださった方だったという事実だ。教えてくれた「若い日本人」に、思わずチェコ語で「ティ・ボレ」と言いそうになってしまった。
 録画してDVDに落としたものがあったので、確認のために見てみたら、「若い日本人」は、確かに最近知り合ったあの人だった。でも「髭の日本人」は、今のほうが印象がはるかに柔らかくなっていて見ただけでは気付けそうもない感じだった。最後の配役表を見て確かに春に来られた方だと確認できたのだが、瑕疵があった。「若い日本人」と「髭の日本人」を演じた人の名前が入れ替わっていたのだ。
 まあチェコだし、よくあることだ。尤も自分が映画のスタッフだったら、これを見て「イェージシュ・マーリア・ヨゼフェ」とか、「ド・プル……」と叫ぶのだろうけどね。
6月17日14時30分。



 どのカテゴリーに入れるか悩んだが、チェコ語にしておく。6月18日追記。

2016年06月18日

ハンドボール界の現実(六月十五日)



 当初の予定では、本日分はハンドボールのチェコ代表がマケドニアに、勝つか、負けるか、惜敗するかで、プレーオフの勝ち抜けを決めたことを祝う記事になるはずだった。六点差あるから何とかなると思ったんだけどなあ。だからというわけではないけど、仕事の関係で日本から来た方々と飲みに出てしまって、リアルタイムで経過を追いかけるようなことはしなかった。チェコテレビが、サッカーのユーロを優先しているせいで、中継がなく、追いかけようと思ってもできなかったのだけど。

 九時過ぎにうちに帰って、テレビをつけて、そういえばと思って、テレテキストでハンドボールの試合の結果を確認したら、マケドニア−チェコは34−27という結果だった。7点差での敗戦、つまりチェコはここで敗退というわけだ。たぶん、チェコの選手達が、ホームでの大差での勝利に油断してしまったいうことはあるまい。バルカンのチームとの対戦では何が起こっても不思議ではないことはわかっているはずなのだから。
 結果を見ただけで言えるのは、相手に34点も取られてしまっているから、ディフェンスがあまり機能せず、ゴールキーパーも当たっていなかったということと、30点を越えるハイスコアの試合、つまりオープンに打ちあう点の取り合いになったようだから、やはりイーハとホラークという大砲がいないのはきつかったのだろうということの二つだけだ。それにしても、ちょうど7点というきっちり必要な点差で勝つ当たりマケドニアのチームもいやらしい。マケドニアの得点が一点少ないか、チェコの得点が一点多いかしていれば、チェコが勝ちぬけていたはずなのに。

 サッカーの中継が終わったあとのスポーツニュースで、ある程度事情を知ることができた。ルーマニア人の審判が、完全にマケドニアよりの笛を吹いたらしい。ハンドボールでは、圧倒的に実力の差がない限り。ペナルティスローの数にも、退場の数にもそれほど大きな差が付くことはない。それなのにペナルティは12対3、退場は1対7と、どちらも圧倒的にマケドニアに有利な数字が出ている。これだけ差があったら、まともな勝負などできるはずがない。よく7点差で済んだものである。
 残念ながら、この審判の問題というのは、ハンドボールに常に付きまとっている。日本でも、中東の笛という言葉が、俄に一般にまで広がったことがあったが、これにはハンドボール関係者が、昔から悩まされてきた。中東の笛を吹かれても勝てるだけの実力をつければいいのだろうが、中東の国々が強化にお金をつぎ込んでいる現在、それは困難きわまりない。日本を始めとしたアジア諸国が、アラブ諸国に遠慮して問題を先送りしてきた結果、アジアでの試合だけでなく、世界選手権でも中東の笛が吹かれて、世界に恥をさらすという結果になってしまったのだ。そのため、ハンドボールを見るのは好きだが、アジア諸国の試合を見る気にはなれない。

 そして、ハンドボール発祥の地であるヨーロッパの中で、中東に近いのが、バルカン諸国である。バルカンの笛という表現があるのかどうかは知らないが、バルカン諸国での試合では、ホームチームに圧倒的に有利な笛が吹かれることが多い。もちろん、ドイツや北欧のきれいな折り目正しいハンドボールを称揚する国の審判の場合には、多少ホームに有利ではあっても、おおむね許容できる範囲におさまることが多いのだが、今回の審判は、同じバルカンの外れのルーマニアの人だった。この人選をしたヨーロッパのハンドボール協会も、アジアに負けず劣らず問題がありそうな組織である。
 監督のクベシュは、こんな笛が吹かれたのは過去のことで、時代は変わったと思っていたのだがなんてコメントを残していたが、チェコがホームで6点差で勝ったことで、過去に戻る必要ができたのだろう。以前セルビアとのプレーオフで、奇跡のと言われた勝ち抜けをしたときには、二戦めがホームだった。初戦ではどれだけの点差をつけておけば絶対に勝ち抜けるかわからないし、あまり露骨にもしたくないだろうから、バルカンの笛も強烈には発動しづらいということか。今回は初戦で大差で負けたため、なりふり構わず発動させたのだろう。おそらく、ホームでの初戦で、五点差で勝とうが、十点差で勝とうが、最終的にマケドニアが一点差で勝ち抜けるのは決まっていたのだ。

 こんなことがまかり通っているから、ハンドボールはコンテンツとしての面白さのわりに、メジャーになりきれないのだ。ドイツなどの国内リーグはかなり盛り上がっているようだけど、それが世界的に広がらないのは、怪しい判定が多すぎるからだ。カタール王家のハンドボールへの功績は非常に大きいが、不公平な笛が吹かれても当然だという風潮を作り出してしまった害悪はそれ以上に大きい。今回の件も、中東の笛という存在がなければ、ルーマニア人の審判もそこまで露骨にマケドニアよりの笛は吹けなかったと思うのだがどうだろうか。
 一般に敗戦の原因を審判のせいにするのは、潔くないことだと考えられており、非難の対象となる。しかし、ハンドボールの場合には、審判のせいとしか言いようのない敗戦が多すぎる。残念ながら、これが我が人生のスポーツの実態である。サッカーの日韓ワールドカップの韓国びいきの笛に、サッカーの恥だとかなんだとか批判が降り注いだが、あんなのハンドボール界の抱える闇の深さに比べれば可愛いもんである。
6月16日23時30分。



 ヨーロッパのプレーオフまで情報が乗っているとは思えないけど。6月17日追記。


スポーツイベントハンドボール 2016年 6月号 / スポーツイベントハンドボール編集部 【雑誌】


2016年06月17日

病気の記其二(六月十四日)



 このテーマもここで放置すると、何を書いたか忘れてしまいそうなので、前回書き落としたことを落穂拾い的に書いていこう。

 高血圧で病院通いを始める前に、一番よく通ったのは歯医者だった。定期的に検診を受けて、早期治療を目指したのだけれども、一度、大変な目に遭った。日本で治療して被せ物をしてあった歯が痛み始め、歯医者に行ったら被せ物の下に虫歯が発生しているという。虫歯の黴菌、もしくは毒素が歯の根っこのほうまで上がっていき、そのせいで激痛をもたらしているというのだ。
 このときは、痛みで口が開けられなくなり、その開けられない口を無理やり押し開いての治療で、麻酔を打ってもらったののだが、その注射を打つのが強烈に痛かった。治療中は歯の痛み自体はそれほどではなかったような気もするが、他の部分が痛くて涙がこぼれそうだった。チェコにしては珍しく、一日では治療が終わらず、何日か連日で通って、かなり強い消毒薬で患部を洗浄し、いったん蓋をして、また翌日にそれを外して洗浄をするというのを何回か繰り返して、ようやく痛みが治まった。それまでは、痛み止めが聞いている間は、何とかなるけれども、痛み止めが切れたら痛みで何も、それこそ眠ることさえできないという状態だったのだ。
 当時、週一で通っていた通訳の仕事先に電話をかけて事情を説明したのだが、翌週行ったら、正直何を言われているのかわからなかったと言われてしまった。口が思うように開けず、スープを飲むのも大変な状態だったので、まともな話ができなかったのも当然か。
 事情を説明したところ、一緒に仕事をしていた日本から来ていた方が、自分の体験を話してくれた。親不知が虫歯になって抜くことになったらしいのだが、普通の歯医者ではどうやっても抜けなくて、入院して全身麻酔をかけた上で、抜歯してもらったのだという。あれは抜歯というより手術だったねと笑いながら言うその人を見て、親不知だけは抜きたくないと思ったのだった。

 しかし、それから数年後、歯医者で親不知に虫歯が発見され、抜くしかないということになってしまった。この歯は、日本にいるときに歯磨きの仕方が下手だったのか、虫歯が進行しているのに全く気付かず、ある日突然、破裂するように砕け散った歯の残りに、歯医者で無理やり被せ物をしてもらったものだったので、ついに来るべき日が来たかと、施術の当日は覚悟を固めて歯医者に向かった。親不知を抜いた人からは、大変だったという話しか聞いていなかったので、時間がかかって、血が大量に流れて、しばらくは発熱するものだと、できれば全身麻酔はしたくないけど、などと考えていた。
 それなのに、意外とあっさり抜けてしまって、拍子抜けしてしまった。血は流れたけれども、特筆するほどでもなかったし、痛みも被せ物の下に虫歯ができたときに比べれば軽いものだった。付き添いなしで歯を抜いてもらって、何事もなく無事に診察室を出ることができたのだから、我がチェコ語もそれなりになってきたなあなどと筋違いなことを考えながらうちに帰って鏡を見たら、顔や手に血痕が残っていた。この状態でトラムに乗って帰ってきたのだが、何を思われたか不安である。抜歯の後の歯医者ではそこまで気が回らなかったのだ。

 医者に登録して高血圧だといわれたときには、その原因調査の一環で、いろいろな内臓の検査を受けた。そしたら、なんか心臓が変だと言われて、大学病院にまで音響検査に出かけることになった。まず喉の奥が開いた状態になるように麻酔のようなものを口の中に塗られて、オエッとなった状態で口の中から食道なのか、気管なのかに検査用の音響装置が送り込まれ、定期的に吐き気を催すけれども、何も食べておらず吐くものはなく、その装置のせいで出口もなく、口からよだれがだらだらと垂れ流れる状態で、結果なんかどうでもいいから早く終わってくれと一心に願っていた。すぐに終わってくれたら心臓に欠陥があると言われても受け入れられるとまで思った。
 それなのに、お医者さんは、検査装置のモニターを見ながら、のんびり装置を上下させ、あれこれびっくりしたような、感心したような声をあげていた。一緒にいた看護師さんを呼び寄せてモニターの映像を見せ、教科書に載せてもよさそうな見事な何とかだねえなどと言っていたらしい。この辺は付き添いで来てくれたうちのに後で聞いた。心臓の機能上は全く問題ないけれども、普通は心臓の発達の過程で消えてしまうものが、残っているらしい。日本語で言われてもよくわからないことを、チェコ語で言われてわかるはずもないのだが、何でも弁のようなものが、一つ余計についているらしい。ここまで生きて来て知らなかったし、知りたいとも思わなかったし、できれば知りたくなかったというのが正直なところである。

 そんなこんな苦しみを経ても、高血圧の原因はわからず、降圧剤を飲み続けている。いや、原因は運動不足と仕事のストレスであるのは明らかなのだけど、それが避けられないものである以上は、一生薬と付き合っていくことになりそうだ。その前に、高血圧の定義が変わって、このぐらい大丈夫になってくれるのが理想なのだけど、最近は定義の数値が下がり気味らしいので、さらに強い薬を飲まされることになるかもしれない。今はもう慣れてしまったけれども、初めて降圧剤を飲んだときには、体が思うように動かないような、妙なつらさがあったのを覚えている。
 昔の自分だったら、こんな薬飲んでまで健康な生活を送りたいとは思わないなんて考えたのだが、現実を受け入れられるようになったのは、いいことなのか悪いことなのか。改めて自分もいわゆる成人病なのかと思うと気が滅入ってきた。気が滅入ってきたので今日の分はお仕舞。
6月14日17時。
posted by olomoučan at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | チェコ

2016年06月16日

光瀬龍(六月十三日)



 日本のSFは、戦後に新しい文学として、日本に導入された。SF関係者は、しばしば『竹取物語』が日本のSFの最古の作品だと言うが、それはSF作家たちの冗談を誰かが真に受けてしまって、記事にしたに違いない。『竹取物語』にSF的な要素、伝奇小説に通じるようなものがあるとしても、SF作品だというのは強弁が過ぎるだろう。
 戦後SFの黎明期を主導した福島正実は、かなり意図的に、そして強引に戦前の文学からの流れを断ち切り、新しくアメリカから入ってきた文学としてSFというジャンルを確立しようとしていたようである。そのことを考えると、新しい欧米の文学として日本に導入されたSFの中から、「東洋的無常観」にあふれる文体などと形容される光瀬龍が、登場してきたこと、特にいわゆるSF第一世代の中から登場してきたことは、不思議な気がしないでもない。その一方で、換骨奪胎とか、和魂洋才とかいう言葉があることを考えると、日本SF史の最初から日本化が進んでいるのも、当然なような気もする。半村良も福島正実が「SFマガジン」の編集長を外れてからだったと思うが、独自の日本的な伝奇小説の道に分け入ったわけだし。

SFが読みたい!2016年版 [ S-Fマガジン編集部 ]






 さて、光瀬龍の存在を知ったのは何によってだったのだろうか。SFを読み始めた当時に読んでいた高千穂遥の小説には解説は付いていなかったような気がするが、ソノラマ文庫だったので、巻末の目録に載っていたのかもしれない。学校か町の図書館でジュブナイルの『夕映え作戦』を見つけて借りたという可能性もある。そしてもう一つ考えられるのが、たまに家族で出かけていたラーメン屋に置かれていた漫画雑誌「少年チャンピオン」だ。少中学生の間では「少年ジャンプ」が圧倒的に人気で、「チャンピオン」なんて買っている友人はいなかったのだが、そのラーメン屋には、なぜか「ジャンプ」ではなく、「チャンピオン」が置かれていたのだ。
 当時の「チャンピオン」には、『ドカベン』『750ライダー』『ガキデカ』など、それぞれに一時代を築いた漫画が連載されていたが、そんな中に光瀬龍が原作の『ロン先生の虫眼鏡』があったはずなのだ。理系少年としてはあの作品に描き出された生物学に惹かれなかったはずはなく、本ではないけれども、最初に読んだ光瀬龍の作品は、漫画版の『ロン先生の虫眼鏡』ではないかと思う。その後、徳間文庫で出ていた文章版の『ロン先生の虫眼鏡』を読んで、漫画版とはまったく別物であることに戸惑った記憶がある。生き物に向けるまなざしは、どちらも同じだったけど。



(購入はできないみたいだけど)


 そして、傑作『百億の昼と千億の夜』、『たそがれに還る』、『喪われた都市の記録』を読んだのは高校時代だった。全てを理解できた自信はないが、人類の存在のちっぽけさと、時の流れの残酷さに打ちのめされた。人類がいかに栄え、どんなものを築き上げようとも、悠久の時の流れの前では無力であり、やがては滅びを迎え、元の自然に戻ってしまう。人間が何をしようが、宇宙は宇宙としてそこにあり、何も変わらないのだということを理解させられた。そしてそれでも何かをなそうとするから、うまく行かないときでも最後まで抵抗するから人間は素晴らしいのだと。そうか、この諦念が自然保護を声高に叫ぶ連中や緑の党などに対するアレルギーにつながっているのか。

百億の昼と千億の夜 [ 光瀬龍 ]



(阿修羅王というと萩尾望都の描いたものが思い浮かんでしまう)



 光瀬龍が、さまざまな媒体で子供向けのいわゆるジュブナイル小説を書いているのは知っていたが、ソノラマ文庫や秋元文庫に入っている作品を古本屋で買い集めていたら、予想以上の冊数になってびっくりした。できのいい面白いものもあれば、いまいちというものもあるのだが、光瀬龍のジュブナイル作品は、男の子が主人公で、必ずヒロイン役の女の子が出てきて、恋人にはならないまでも、一緒に活動をしている間に、結構いい雰囲気を作り出すという点で、現在流行の男の子向けのいらゆるラノベの源流だとも言えそうだ。そのフォーマットは驚くほど変わっていない。
 福島正実の主導でSFを普及させるために、まず子供たちに子供向けのSFを読ませて読者として育てようというプロジェクトもあったようだから、子供が主人公のSFが求められていたのだろう。旺文社あたりが出していた中高生向けの学年別の雑誌に連載されたものも多く、掲載雑誌の対象学年の子供が主人公となるのは当然だったのだ。
 一概には言い切れないのだが、光瀬龍のジュブナイルは、子供たちの活躍を支える大人の存在が重要で、その大人が魅力的である作品ほど、面白いような気がする。大人たちの中で、一番印象に残っているのは『暁はただ銀色』のお寺の和尚さんかなあ。『夕映え作戦』に出てくる大人は、ちょっと頼りない女の先生で、子供たちを支えているとは言えなさそうだけど。

夕ばえ作戦【電子書籍】[ 光瀬 龍 ]





 では、光瀬龍の作品で、一番好きなものはと言われたら、悩んでしまう。わけのわからない面白さということで、『猫柳ヨウレの冒険』を挙げておこう。読んでいるうちに、人物の設定などいろいろなものが変わってしまって、矛盾の塊のようなストーリなのだが、そんな細かいことは気にしないのがSFだとでもいわんばかりに強引に話を進めてしまい、二冊目の最後で、とんでもない最期を迎えてしまうのである。あれは多分最期って言っていいはず。

宇宙年代記 【合本版】【電子書籍】[ 光瀬 龍 ]



(ヨウレはなかった……)


 これは外国語に訳せないなあとか、キリスト教関係者には読めないだろうなあなどと考えながら、たまに『百億の昼と千億の夜』を読み返す。そして、光瀬龍がこの作品を書くきっかけとなったという奈良興福寺の阿修羅王の姿を頭に思い浮かべるのである。
6月14日23時30分。


 時間管理局ものも忘れてはいけない。

寛永無明剣【電子書籍】[ 光瀬 龍 ]



posted by olomoučan at 06:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 本関係

2016年06月15日

病気の記(六月十二日)



 チェコに来て初めて病院に行ったのは、いつだったか正確に覚えていないが、医者のお世話になったのがいつだったかは、しっかりと覚えている。いや、正確に言えば、忘れられない。あれはチェコに来た年の晩秋というか初冬というか、九月に一度思いっきり冷え込んだあと、また暖かくなった時期のことだから、十月だったが十一月だったか。とにかく日曜日のことだった。
 当時毎月買っていた「どこで、いつ、何が」という題名の情報誌で見かけたハンドボールの試合を見に行こうと、朝寮で時間をつぶしていたら、背中の右側の下のほうに何とも言えない痛みを感じ始めた。体をひねったり痛む部分を温めたりすると、痛みが治まるような気がしたのだが、寄せては返し、寄せては返す波のように、痛みが戻ってきて、最終的には痛みで動けなくなった。
 痛みでうなりながらベッドに転がっていると、近くの部屋に住んでいた中国人と、アフリカのどこかの国の人が心配して見に来てくれて、たまたまそのアフリカの人、ガーナの人だったかなが、医学部生で、このままじゃまずかろうということで救急車を呼んでくれた。皮肉なことにその後痛みが引いて、お医者さんたちが来たころには、ちょっと熱っぽくて痛みの残滓もあったけど、立ち上がれないほどの痛みは感じなくなっていた。寮に住んでいてよかったと、寮費が安いこと以外では、初めて思った瞬間だった。
 まあ、このときの痛みは、二度目の腎臓結石のときの痛みに比べれば、かわいいものだったのだが、それまでに感じたことのない種類の痛みだっただけにショックは大きく、外国にいるという事実とあいまって、もう帰ってしまおうかと気弱になってしまったのだった。このとき医者に進められたとおりに飲んだくれ生活を送ることで、結石だけでなく弱気も溶けてしまって現在に至るわけだから、チェコのビールの力は偉大である。

 二番目に行ったのは歯医者だった。一年目はビザを取るために旅行保険みたいなものに入っていたが、二年目は入っておらず、できれば医者には行きたくなかったのだけど、日本出国前に一年半以上の時間と、ウン万円の費用をかけて、治療してきた歯の一本の詰め物が落ちてしまったのだ。どうしようか悩んだけれども、日本で治療したら保険なしでいくら取られるかわからないし、チェコ語の練習にもなるかと、うちのに連れられて歯医者に出かけた。
 チェコの病院のよくわからない受付のシステム以外は何の問題もなく、日本のように今日は削るだけで来週詰め物なんてこともなく、待ち時間を除けば三十分ほどで無事に治療が終わってしまった。チェコ語も取り立てて理解できない表現は出てこず、難しい表現もあったのかもしれないけど、その場の流れでなんとなく理解したような気になったのだろう。ただ、治療費を払おうとしてびっくり。日本でばか高い国民保険の掛け金を毎月支払った上で、治療に際して払わされる額よりも安かったのだ。下手をしたら、今日は治療なしで歯石を取りましょうねなどといわれて、虫歯の数が減らなかったときよりも安かったかもしれない。

 チェコの保険制度も、多分に漏れず破綻の危機にあり国費の投入が行われているのだが、これだけ医療費が安かったらそうもなるわなと納得してしまう。オーストリアとの国境地帯の歯医者さんには、保険の利くチェコ人の患者よりも、保険の利かないオーストリア人の患者のほうが多いという話もむべなるかなである。最近はEU内であればどの国で治療を受けても自国の保険制度の対象になるという法律ができたらしいので、国境地帯のオーストリア人たちにとっては、チェコの歯医者に通うメリットがますます大きくなっているようだ。
 チェコの医療制度は、旧社会主義国家であるせいか、患者に優しい。保険に加入していれば一般的な治療には、治療費はかからない。一時期は医療保険の破綻を防ぎ、病院の財政を改善するために、30コルナの診察料や、一日100コルナの入院費などを取るという画期的な制度が導入されたのだが、残念なことに、急患の場合を除いて廃止されてしまった。

 一般にチェコの人たちは、病気になったときに適当な医者を見つけて飛び込むというようなことはしない。かかりつけの医者に登録してあって、具合が悪くなったらまずそこに行き、そこで対処しきれないときには、大学病院などの大きく専門的な病院にまわされることになる。以前知り合いが、直接大学病院に行ったら、診察はしてもらえたけど、直接来るなといって怒られたと言っていた。
 ということで、うちも数年前にオロモウツの医者に登録するために出かけた。最初の日に血圧が高いと言われて、原因を調べるためにあちこち検査に送り出され、登録なんかしなければよかったと後悔したのだが、後の祭り、尿検査、血液検査、レントゲンはかわいいもので、目の検査、腎臓のソナーでの検査、血圧の二十四時間測定などなど、そんなに大騒ぎするほど血圧が高かったわけではないのだが。
 そして血圧を下げる薬を飲まされ、それが妙に体に合わずに咳が止まらなくなって、確実に健康状態は悪化した。その後飲み始めた別の薬は、そんな副作用はないが、途中でいわゆるジェネリックに切り替えられ、これも体に合わない気がする。
 知人には、血圧下げるなら酒やめて塩抜きの食事をしていればいいんだよと、ビールとソーセージを目の前にして言われ、これやめるぐらいだったら血圧は高くてもいいと決意したのだった。ただ、降圧剤の影響かビールが以前ほどおいしく感じられなくなったのは、痛恨の出来事である。ビールを飲むためにチェコに来たというのに。診察費は払うから、ビールをおいしく飲める体を返してくれと叫びたい。毎朝定期的に薬を飲むというのも年を取ったようで嫌だ。って、年は取ったか。

 定期的に、正確には薬が切れそうになるたびに医者に足を運んで、念のために血圧を測ってもらう。面倒なこと極まりないのだが、半村良の『高層街』で予防医療に重点を置いた新しい医師の姿を模索する主人公の物語を読んだときには、すばらしい、これからの医療はこうあるべきだ、などと感動していたのだ。読書での体験と実体験では感じることが違うということか。いや、このことは読者というもののいい加減さを示しているのかもしれない。
6月13日16時。


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2016年06月14日

ハンドボール チェコ‐マケドニア(六月十一日)



 来年行われるハンドボールのヨーロッパ選手権のプレーオフの初戦が、ズリーンで行われた。相手は難敵マケドニアである。マケドニアには、一年ほど前の確か世界選手権の予選でも対戦し、ホームでの初戦は何とか引き分けたが、マケドニアでの試合で負けてしまって出場を阻まれたという経緯がある。これまで何度も対戦してきたが、一度も勝ったことのない相手だという。一般にチェコのチームは、マケドニアとか、セルビアとかバルカンのチームが苦手なんだよなあ。
 おまけに今回は、いや今回も、長年にわたって代表チームに君臨してきたフィリップ・イーハも、イーハに次ぐ大砲として成長したホラークも怪我で欠場することが決まっていた。つまりは大砲二枚かけた状態、飛車角落ちでの戦いということで、大苦戦が予想されていた。マケドニアには、イーハと並ぶ世界的な選手のラザロフなんてのもいるし、クラブレベルでもマケドニアのスコピエのチームは、ハンドボール版チャンピオンズリーグの常連で上位に進出することもあるのだ。
 だから、あまり過度の期待は抱かないようにして、テレビの前に座った。最初の相手の虚を突いたステフリークのシュートは、チャージングをとられて得点にはならなかったが、今日のステフリークは、ちょっと違うかもとは思った。逆にこれを反則に取られたらたまらんというプレーだったので、審判の質は、いやマケドニアよりの笛を吹かれないかという心配はあった。この心配は結局杞憂に終り、いくつか問題のある判定はあったけれども、おおむね高く評価できる笛だった。

 それにしても、マケドニアって普通にやっていても、十分以上に強いのに、どうしてあんなに演技をする必要があるのだろうか。見ているだけでもいらいらするのだから、実際にプレーしている選手達のいらいらは相当なものだろう。反則をもらいに行くプレーがうまいというのは悪いことではないのだろうけど、相手のせいで倒れたということを強調する過剰な演技は、見ていて腹が立つ。自分が反則を取られたときには、逆に自分は何もしていないことを大げさな身振りで主張するのも見苦しい。以前の試合では、そういうマケドニアのプレーに対するいらいらが高じて退場を連発して、勝っていた試合に負けたという記憶もある。
 サッカーのヨーロッパ選手権をながら見していたら、マケドニアの選手の大げさな演技はサッカーのまねだったのだと気づいた。そういえば、ポストの選手が位置取り争いに負けると大げさに両手を挙げて転がっていたのは、一時期のバロシュのプレーを思い出させた。あのころのバロシュは本当にころころ転がっていたからなあ。
 この試合のチェコの選手たちは、そんなマケドニアのプレーに乱されることはなく、身に覚えのない反則を取られても必要以上に感情を高ぶらせることもなく、反則を受けても、笛を吹いてくれと審判のほうを見ることもなく、ひたすら自分たちのプレーに集中できていた。守備では、特に試合開始直後に、モチベーション過剰で、ラフプレーが出て退場食らったりもしたけど、試合全体を通して我慢強く相手の攻撃を抑え続けた。

 前半は、マケドニアが先に点を取って、チェコが追いかけるという展開だったが、次第にゴールキーパーのガリアが調子を上げて、マケドニアのシュートを止めるようになり、逆転に成功し、チェコの四点リードで終了した。ガリアが止めることができたのは、守備陣がしっかりと相手選手について動き、ロングシュートにブロックに入ることで、打てるコースを限定していたことも大きい。ディフェンスとゴールキーパーの連携なしには、9m、10m辺りからのシュートは止めようがないのだ。この辺は、選手生活の晩年を守備専門の選手として送った監督の片割れクベシュの指導の賜物なのだろう。ランダとジーハ、二人の守備専門の選手の活躍は本当に見事だった。
 後半に入っても、マケドニアにリードを縮められることはあっても、同点に追いつかれることはなく、マケドニアの選手達に長いシーズン疲労が表れ始める。前回の悪夢もあって、一点差でもいいから勝ってほしいと祈っていたのだが、最後は初戦で大差で負けたセルビアに、ホームの第二戦で大勝して勝ち抜けを決めたときのように、会場の熱狂的な応援の後押しを受けて、一時は二点差まで詰め寄られたものの、最終的には六点差で勝利した。久しぶりにチェコのハンドボールの試合を見て感動してしまった。やっぱり見るスポーツとしては、一にハンドボール、二にラグビー、三にサッカーだなあ。

 勝利の最大の功労者は、ディフェンスの選手とキーパーのガリアだろうけど、控えキーパーのムルクバも重要な場面でラザロフのペナルティスローを止めたし、試合後の選手たちが口々に言っていたように、全員が自分の限界のプレーをした結果だったのだろう。
 特筆すべき選手としては、攻撃側のステフリークの名前を挙げておきたい。最近代表の試合ではほとんど活躍できていなかったのだが、この日は、いつもは一試合に一本あればいい目の覚めるようなシュートを何本も決め、復活を印象付けた。完全復活(ここまで活躍した試合はそれほど多くないのだけど)を、来週のマケドニアの試合で見せ付けてくれると嬉しい。
 とまれ、まだ道は半分残っているのである。バルカンのチームのホームで戦うのは大変だろうけれども、何とかヨーロッパ選手権に進出してほしいものだ。イーハ、ホラーク抜きでここまできた選手たち、監督たちの努力には頭が下がる。だからこそ、出場権獲得という結果が伴ってほしいと思うのである。
6月12日21時30分。


ヨーロッパ選手権ではなく、世界選手権だったかもしれない。7月11日追記。

2016年06月13日

EURO2016開幕(六月十日)



 サッカーのヨーロッパ選手権がフランスで始まった。同時にエールフランスのパイロット達のストライキも始まって、30パーセントほどの便が運休になったという。すでに鉄道関係者、ごみの収集業者などもストライキを実施しているらしい。挙国一致で、みんな不満を飲み込んで、あらゆることを犠牲にしてでも、この手のスポーツイベントを成功させようというのは気持ち悪いので、ストライキがこの時期に行われること自体はいいのだが、街中に放置されたまま、回収車を待つごみの山を見ると、フランスというのも厄介な国だなあとは思う。

 それにしても、この手のスポーツイベントで、スポーツとは何の関係もないわけのわからないオープニングセレモニーが行われるようになったのはいつからなのだろう。オリンピックの開幕式で各国の選手団が旗手を先頭に入場して行進するのまでは許せる。ぎりぎりで聖火点火までは許してもいいような気がする。でも、スポーツそのものが見たくて楽しみにしている人間にとっては、意味不明なオープニングショーは邪魔でしかない。そんなものをやる暇があったら、とっとと試合を始めてくれというのが正直なところである。質実剛健のイメージがあるラグビーですら、時代の潮流には逆らえないのか、去年のワールドカップでなんかやってたからなあ。
 ということでオープニングを無視して仕事をしていたら、いつの間にか開幕の試合が始まっていて、気がついたときには後半だった。だから、とは言うまい。時間をちゃんと確認しなかった自分がいけないのだから。後半しか見なかった試合は、予想されていた通りフランスが勝ったが、ルーマニアが健闘したおかげでなかなか面白かった。

 しかし、出場国をこれまでの16から、24に増やしたのはどうなのだろう。最近のこの手のスポーツイベントが肥大化する流れに乗っての決定なのだろうが、ヨーロッパの国の数を考えると半分近い国が出場することになる。それなら予選なんかやめてしまって、すべての国が出場できるようにすればいいのに。そうすれば今回オランダが出場できなかったような、有力チームが欠けて興味が失われるという事態は起こらなくなる。
 テロの脅威が高まる中、一つの国でこれだけの大きな大会を開催する危険も高まっている。大会目当てに入国する人が増えれば増えるほど、テロ組織関係者が紛れ込みやすくなる。大会期間中ずっと特別警戒態勢を、国中の複数の場所で敷き続けるのは、大国フランスにとってもかなりの負担であろう。今回は労働組合にも格好の交渉材料として使われたし、七月のツール・ド・フランスまでもつのかなこれ。
 以前どこかで、今後は集中開催はしないという話を読んだような気がするが、以前のように、準決勝から一箇所での開催にするか、チャンピオンズリーグのように、決勝の行われるスタジアムだけ決めておいて、それ以外は参加各国での試合にするというのが一番いいような気がする。
 そうだ、肥大化してしまったオリンピックもそうすればいいのだ。チームスポーツに関しては、オリンピックの開催地で行われるのは決勝のみ。もしくは各大陸一チームずつの出場にしてしまえばいい。そして、個人種目に関しても、各国各種目最大一名ずつの出場にすれば、かなり縮小できるはずだ。マスコミが大好きなお涙ちょうだいのドラマは、これまで以上にもりあがるはずの出場権を巡る争いで十分である。

 ところで、我らがチェコ代表である。ロシツキーが、完全とはいかないけれども復活したのは、素晴らしいニュースである。ロシツキーの躍動する姿を見られれば、全敗でもいいかなと思わなくもないが、出るからにはできるだけ勝ち進んでほしいとも思う。多分ロシツキーはこれが最後の大きな大会になるだろうし。
 大会前の親善試合は、三試合。初戦のマルタ相手の試合は、無失点で大勝したけど、これはまああまり参考にはならない。ブルバが代表監督になってこれが初めての無失点勝利というのは、やっぱりと言うか何と言うか、守備陣にはベテランが多いけれども、それが守備の安定を意味しているわけではないのだ。それに、この監督、プルゼニュ時代から点を取られてもそれ以上に取ればいいというタイプだから。
 残りのロシア戦、韓国戦は、どちらもスコアは2対1で、ロシアには勝利、韓国には敗戦だった。問題は前半の出来が悪いことと、点を取れないこと。失点、それもしょうもない失点をするのは予定通りである。攻撃も相手ゴール前近くまではいいんだけどねえ。それでもロシア戦ではロシツキーの見事なゴールと、ネツィットのゴールが見られたからいいんだけど、韓国戦は韓国選手にファウルすれすれのプレーで付きまとわれて、全体的にいいところが少なかった。ゴールもスヒーのロングだったし。
 前半がよくないのもブルバのチームの特徴の一つで、プルゼニュ時代もヨーロッパのカップ戦で、前半ぼろぼろで後半に持ち直して、逆転するという試合がいくつもあった。

 とまれ、チェコ代表の試合をって、月曜日の午後三時だ。誰だ、この時間に試合を設定したのは。仕事で見られないじゃないか。これも、出場チームが増えた弊害だ。以前は一日ニ試合だったから、午後三時からの試合なんて設定する必要はなかったはずだぞ。
6月12日16時。


 イングランドとロシアのファンは何考えてるのかね。最初からこの手の問題を起こしたら失格で大会から追放という警告を与えておけばよかったのに。テロへの警戒が必要な中、余計な手間をかけさせるんじゃないということで、このニチーム、今後への見せしめのためにも即刻追放だ。でも、同じような事件が起こっても、ロシアはともかくイングランドは追放されないんだろうなあ。6月12日追記。

2016年06月12日

オクレスニー・プシェボル――チェコテレビドラマ事情(六月九日)



 放置すると忘れてしまいそうなので、テレビドラマの話題をもう一つ。
 チェコの田舎をまわったことのある人は、人口が千人もいれば御の字というような小さな村にも、かなり立派なサッカーのグラウンドがあるのにびっくりしたことがあるかもしれない。一時は一部リーグにボヘミア地方のブルシャニとモラビア地方のドルノビツェという二つの村のチームが参戦していたこともある。この二つの村のサッカー場には、村の人口よりもたくさんの観客が入れる客席がついていたが、普通の村のサッカー場には、そこまでの客席はない。その代わりというわけでもないが、見事に整備された芝のグラウンドであることが多い。
 そして、グラウンドのあるところには、チームが存在し、チームが存在すれば試合が行われるのが当然である。チェコではサッカーリーグの一番下のカテゴリーは、かつて存在した行政区分のオクレス単位で行われており、オクレスレベルでの一番上のリーグがオクレスニー・プシェボルである。ここで優勝すると、一つ上のクライレベルのリーグに昇格することになる。ちなみにオクレスは郡、クライは県と訳されることもあるが、個人的には抵抗のある訳である。

 それはともかく、この下部リーグを舞台にして、田舎の小さな村のサッカーチームの姿を活写したのが、ノバ制作のドラマの怪作「オクレスニー・プシェボル」である。いい意味でとんでもないこのドラマ本編は、チームの監督がなくなり、その妻が火葬にした灰をグラウンドにまくという監督の遺言とともにチームのクラブハウス(というほどのものでもないけど)を訪れるところから始まる。そして、チームの経営陣、選手達、村の人々がサッカーを巡って繰り広げる悲喜こもごものストーリーが展開される。
 主役の一人、選手から新監督に就任する人物を演じるのが、オンドジェイ・ベトヒーである。この武闘派の俳優は、日本でも公開された「ダークブルー」でも主役を演じているから、知っている人もいるかもしれない。あの映画では、かっこいいパイロットの役を演じ、中でも弟のように可愛がっていた後輩が自分をかばって撃墜されたときに、「カーヨ」と叫ぶシーンは、鮮明に覚えている。
 だけど、この「オクレスニー・プシェボル」では、プロになれるわけでもないのにサッカーに明け暮れて、嫁にいつもぶーぶー言われている情けない男を演じている。「コーリャ」でも、偽装結婚を仲介する怪しい男を演じていたし、この俳優の演技の幅は広い。でもね、あちこちの映画やドラマに同じ俳優が出てくると、どれがどんな話だったのか混乱をきたしてしまうのだよ。これはベトヒーだけのことではないし、ベトヒーはまだましな方なんだけど。

 ところで、このドラマには、前日譚を描いた単発の長編ドラマがある。こちらの主人公は、連続ドラマでは死んで登場した?監督で、むすっと不機嫌な面をしたクロボトという俳優が演じている。ベトヒーの役以上にサッカーに全てをつぎ込む爺さんなのだが、心臓に問題を抱えていて、ドナーを探して移植手術をすることになる。そのための検査などで村を離れることが多くなり、奥さんには若い愛人の存在を疑われ、チーム内には不協和音を引き起こすことになる。
 ドナーも決まって、これから移植手術というところになって、この爺さん、ドナーの部屋が見たいと言い出す。そしてその部屋であるものを発見した爺さんは、この手の手術につき物のコーディネーターの説得も空しく移植手術を拒否する。熱狂的なスパルタファンとして一生を送ってきた爺さんにとって、ドナー部屋で発見したスラビアのマフラーは許せるものではなかったらしい。スラビアの心臓を持つスパルタファンになるわけにはいかないという理由で、移植を拒否してしまうのである。

 スパルタファンとスラビアファンの間の対立は、かなり強烈で、両チームに在籍した選手はそれほど多くないし、特に直接移籍した場合には、両チームのファンからブーイングを受けることさえある。さすがに人死には、少なくとも最近は、出ていないと思うが、両チームのファンがぶつかり合って乱闘になることはよくある話なので、両チームのいわゆるプラハダービーは、リスクの高い試合として、普通の試合よりもはるかに厳重な警備体制のもとで行われる。だからと言って、相手チームのファンのものだからという理由で移植を拒否する人がいるとは思えないのだが、この偏屈爺さんなら、言い出しかねないという説得力のある演技だった。
 万人受けするドラマではないと思うけれども、チェコのサッカーの現実の一面を知るには役に立つ。このドラマが放送されていたころ、ノバの夜のニュースには、チェコ各地の村のチームの紹介をするコーナーが存在していたし。再放送して続編作ってくれないかな。
6月11日22時30分。

2016年06月11日

オーストリア大統領選挙(六月八日)



 すでに旧聞に属してしまうが、先日チェコの隣国オーストリアで大統領選挙が行われた。第一回投票へ向けての選挙活動は特に注目されておらず報道もされていなかったので、誰がどんな主張をしていたのかなんてことはまったく知らない。ただ、決選投票に進みそうなのが、緑の党関係者と、極右政党の関係者だということを聞いて、ヨーロッパの状況もここまで深刻化したかと嘆息するしかなかった。今回はオーストリアではあるが、大なり小なり外の国でも同じような状況に近づきつつあるはずである。
 議会制民主主義を標榜する国の例に漏れず、チェコにもさまざまな政党や政治団体が存在する。極右から極左まで幅広い主義主張が存在して、それぞれの立場から議論が行われるのは、主義主張の正当性はともかくとして、悪いことではない。ただ、他者の意見を聞かない、自分の考えだけが正しいと何の根拠もなく主張するような連中が存在すると、議論にならなくなる。
 独善的で議論にならないと言う点での双璧が、緑の党と極右である。この二つが、国会に議席を持っていないという点だけでも、特別な法律のおかげかもしれないが、チェコの社会はドイツやオーストリアなどよりもはるかに健全である。

 この二人の中からひとりを選ばなければならないオーストリア人も大変だなと思いながら、ニュースを眺めていたら、決選投票に進めなかった候補者の属する政党が、次々に緑の党の候補者に投票するように支持者に指示を出し始めた。一説によると政府与党の影響力の強い国営放送までもが、情報操作の形でその動きに協力したらしい。選挙の際の主義主張はとりあえずうっちゃっておいて、極右の大統領が誕生するのだけは防ごうということになったようだ。
 この手の選挙協力というものは、どうも好きになれない。普段はお互いに批判し合っている政党が、議席を確保するためだけに、手を結び、選挙が終わったらまたののしりあいを始める。政策や主義、主張について話し合って、合意に達した上でと言うのなら話は別だが、いや、合意に達していても選挙後に手のひらを返すから、同じことか。

 それに、自党で候補者を立てられない場合に、支持者に、主義主張が同じわけでもない他党の候補者に投票するように指示するのにも納得がいかない。ここは有権者個々の判断に任せるべきであろう。それなのに他の政党と談合して、ここではうちが協力するから、あっちではそっちが協力してくれなどという合意を結んで、支持者を使った取引をするのは、支持者というものを、自らの勢力を拡大するための道具としてしか見ていないように感じられる。結局、政治家にとって、有権者というものは、個々の人間の集合体などではなく、数に過ぎないということなのだろう。
 だから、こういうのを見ていると、EU型の民主主義というのは、議論がどうこう言う以前に数の暴力なのだと思わされる。それにEUがチェコなどに、移民の強制受け入れを拒否するならさまざまな助成金をカットし、受け入れるならその分金を出すといっているのを考え合わせると、経済力の暴力でもある。票なんて、合法非合法はともかく、金で買えるわけだし、実際に選挙をめぐる汚職というものは後を絶たないのだから。

 結局オーストリアの大統領選挙は、即日開票の分では決着がつかず、郵送で投票が行われた分を合わせて、緑の党が勝利した。ただ、即日開票の分では極右が勝っていたのに、郵送の分で逆転が起こったので、極右側が郵送分の開票の際に恣意的な操作が行われたと言い出すだろうと思っていたら、案の定だった。実際のところどうだったのかはともかく、極右以外の政治勢力がなりふり構わず極右の大統領選出阻止に動いた結果、疑われる余地を残してしまったのは確かである。
 オーストリアの政局についてはくわしいわけではないが、おそらく、このような主義主張をそっちのけにした数取りゲームに走ってしまった既存政党に対する失望、いや絶望が緑の党と極右の台頭を促したのだろう。緑の党や極右勢力の台頭には、必ず原因があるはずであり、政治家が何を言おうと、それは社会に問題がある証拠である。その問題がある状態を、この二党が大統領選挙の決選投票に進出するところまで放置したのだから、オーストリアの政治家の怠慢もたいがいなものである。この二つの勢力の台頭は、あくまで結果であって、社会不安の原因ではないのだから。

 チェコでは、幸いなことに、緑の党は国会で議席を失い、極右勢力も国会に議席を有していない。ただ、これは全国で5パーセント以上の得票がないと、ある選挙区でどんなにたくさんの得票があっても、議席を獲得できないという下院選挙の特別ルールのおかげもあるので、このままの状態が続くと、ある日突然、極右勢力が5パーセントの壁を越えて、一気に大量の議席を獲得して、かつての緑の党のように、連立与党になってしまうかもしれない。そんな日の来ないことを祈りつつ筆をおく。
6月10日21時30分。


 何か妙に歯切れが悪いなあ。キリスト教も嫌い、緑の党も嫌い。両者の信者の少ないチェコは住みやすいのである。6月10日追記。
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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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