2021年12月27日

感覚が変わる

やはり感覚が変わった。
これまでと歩く感覚が違うと先週から書いているが、まさにそう。歩くという意識をしなくても歩いている。これまで常に意識していた。1歩1歩。さあ脚を出そうという命令をしていた。
それをしなくても歩いている。長らくなかったふつうの感覚。脚の痺れはあるが。
右足裏・右下腿の痺れの緩和で変わったと思っていたが違う考えもある。「歩く」という運動神経の回復。あまりいいことばかり言ってもまた泣きつくかもしれないが。

中枢神経には様々な神経がある。
温度や痛覚という感覚神経だけでなく運動神経も通っている。運動をつかさどる運動神経は脊髄の外側を走る皮質脊髄路(錐体路)という部分を通っているらしい。
これまで中枢神経は単なる脳の指令を末梢神経に伝達するだけかと思っていたが勉強不足だった。
その中枢神経の中に歩行を司る神経もあるのだろう(と思う)。
その歩く運動神経が少し回復したのではないか。いや、損傷した中枢神経は復元しない、何か代替機能が出来たのか。

足裏や下腿の痺れが緩和したから歩けるようになったと思っていたが、歩く運動神経のシナプスが形成されたから足の裏や下腿の痺れが緩和したという考え。無理があるだろうか。
痺れは感覚神経。歩くという行動は運動神経。これまでは脳が歩けという命令を無理やり末梢神経に届かせて脚の筋肉を動かしていたイメージなのだ。
その感覚が変わった。

土曜日の鍼。今年1年の変化を記して持って行った。
やはり何がこのように影響したかと言うと鍼の要因は大きいと思う。今年を振り返ったが、何を変わったことをしたかというと足裏の鍼。またその足裏の鍼が打ってもらった瞬間に“効いた”という感覚があったのも事実なのだ。
Aセンセイとも話した。これまでにもお互い思っていたこと。
末梢からカラダを変えられるのではないかという仮説。
自分が受傷して拙い知識で思ったことは、末梢神経を刺激したら中枢神経に何らかの影響を及ぼしてくれないかという希望。「中枢神経を損傷したら元に戻りません」という検索での死刑宣言を受け入れられなかった。
センセイはPNFという。もう既に治療法として研究されていたのだ。自分の勝手な希望的観測は既に研究されていた。ただ、それがどうやって効果や結果を導かせられるかだ。

何がどうなって今の良い状態になったか。それが判れば近道ができるが。
たぶんに複合的な要素がある。鍼、筋トレ、漢方薬、脳の意識など。
それをセンセイと話すが、お互い判りはしない。鍼でも、ここに打ったら効きますよと言い切れる箇所はない。ただセンセイには見える感覚があるのが不思議だ。オカルトのようだ。この日もそうだった。
現時点で改善されたのは事実だ、頚髄不全損傷の後遺症で不自由な身体の人への希望になればいい。
完全に元通りになった訳でもないのにこんなことを書いているのだが、、それくらいの変化なのだ。

金・土と居酒屋Q。帰りに酔って歩いても今までとは違う。
日曜は久しぶりの掃除機。年賀状を終わらせようとしたが、インク切れ。純正でないインクを買っていたのだが、それをプリンターは認識しない。
明日は大阪出張、そしてそのまま友達と呑んで帰省。
posted by shigenon at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月24日

7歳の誕生日

受傷から丸7年を迎えた。
2017年5月からこのブログを始めている。ということは受傷3年半後だったのだ。少しは症状に慣れた頃だったのだろうか。
過去の身体の状態や症状はあまり覚えていない。痺れと疼痛は今でもあるので、過去にどれくらいの強さだったかは解らなくなる。痺れや痛みが消えてしまえば、痛かった・痺れていたという感覚を持つのだろうが。記しておいて良かったと思う。
とはいっても、右下腿や足裏は最近でどんどん痺れが強くなったのだけは間違いない。前は正座で甲が地面に当たっても痺れていなかったし、青竹踏みをしてもそれほど無感覚ではなかった。

この7年は苦痛だったのかどうか。
全くそんなことを思わない。もちろんこんな身体になったこと自体は悔しさがあるが、起きたことは仕方ない。この7年をどう過ごせたかと考えれば、自分で自分を褒めてあげたいことしかない。それは主に仕事か。それは仕方ない、サラリーを貰って生活しているから生業だ。自己満足の域を出ないのかもしれないが、きちんとアウトプットされた多くの事がある
じゃあプライベートはどうか。元通りの身体を取り戻すことが中心ではあったが、それなりに元通りの生活パターンになったのでは。ただコロナ禍という環境の変化はあるが。
「身体がこうなったから」という言い訳をしない自分を目指したし、それを実現できたと思っていいか。

昨日、ふと思った。
受傷した状態は、朝トイレで目覚めて照明を点けようと立ち上がり、そのまま倒れてベッドの背板に目の上をぶつけて首が反れた。頭がベランダ近くにして倒れていた。
初めて思ったが不思議なのだ。ベッドの背板はベランダ側。照明は足首あたりの位置の上。引っ張って点けられる様ヒモを垂らしている。トイレは足の方向。
立ち上がって照明を点けてからの記憶がない。この時に立ち眩みだったのではないかと自分で推測。
しかし、足元に立ち上がってなぜ背板の方に倒れるのだろうか。ありえないのだ。
ベッドの高さが膝の裏くらい。立ち上がる時に膝の裏に当たって身体が回転したのだろうか。

どうでもいいことだ。これまで一度もこれについて思ったことはなかった。
そんなことを悔やむくらいならスクワットを10回やろうと思ってきた。
これは最近右足裏や右下腿が調子いいからこんなことを思ったのだろう。人間だれしも調子が良ければ調子に乗ってしまう。全ての事柄において。
慢心・過信。ここに隙が生まれる。

調子がいいからこそ、ここでもっと進まないといけない。
そう思って筋トレをすれば荷重も軽く感じる。最近は全て重く感じていた。これは悪い慣れだ。
とにかく次の7年後は65歳。この時にまわりの65歳のオッサンよりも体力・気力が大幅に上回る自分でいよう。
ただただ今日だけは自分を甘やかせたい。Happy Birthday to me. 7歳だ。
posted by shigenon at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月23日

友と集まる予定

自然に歩けている。
何かを考えなくても足が出て動く。これまではさあ足を出すぞと命令していた。例えば右足だして踏ん張って左足といったような。命令しなくても足は出る状態にはずいぶん前からなっていたのだが。しかし命令しないと動きが悪い時があったからそれが習慣だったのだ。
今はそうしなくても足が動く。
痺れが緩和しただけでこのようになるのか。何かが少し変わったような気がする。

健常な時と全く同じではない。
もちろん緩和したとはいえ痺れは残っている。左脚もちゃんと動いているとはいえ、たまにガックンとなりそうな時もある。ただこれまでと違うのはしっかり歩けていることに加え、何かちがう感覚なのだ。自然というコトバしか思いつかない。
そういえば昨日、足先を地面に叩く動作が自然と出た。リズムを取る時にやる動作。
たぶん受傷後はじめてこの動きをしたのではないか。

日曜日のゴルフの最中に電話がきた。
同級生のS君だ。同級生の仲が良い5人とは帰省の度に会ってゴルフをした後に呑んでいたが、このコロナ禍でそれもままならなかった。今年は1度も集まっていない。
S君は仕事柄休みが取りにくい。が、今年の年末年始はまとまって休みが取れるようだ。
30日に久しぶりに集まろうかという話。しかし集まる店が無くなった。
いつも集まっていたスナックEはこの夏にマスターが亡くなり、店は無くなった。

S君がウチでやろうと言い出した。
S君の両親はこの夏から施設に入った。父親は寝たきり、それを介護していた母親は痴呆になった。しばらくは彼が面倒を見ていたようだが、もうどうしようもなくなったようだ。
学生時代、彼は離れのプレハブに部屋があった。家の中でなく離れに部屋があるというのは憧れだった。親の干渉を嫌がる年ごろだ。よくそこに集まった。呑んだり麻雀をしたり。
彼の両親が施設に入ると聞いたこの夏、まだ彼は離れに住んでいた。
もう一人になっている。離れから母屋に引っ越したのだろうか。30日、久しぶりに友が集まって呑めるのが嬉しい。

今日は木曜日。早く帰ってジムに行く予定。
やはり筋肉は身を助けるのだろう。転ばないよう踏ん張れる筋力は維持しないといけない。
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2021年12月22日

父と息子

足裏の感覚があるので少し間違った歩き方に気づいた。
正しい歩き方は、着地は踵から着いて、足の外側から小指の付け根から親指の付け根に流れるイメージ。そして親指で蹴る。
どうも親指で蹴ることばかり考えて足裏の全体を使っていなかった。内側だけを地面に着けて蹴っていたか。そして蹴ることを意識してか、母指球に負担がかかっている。
これまでは痺れというより無感覚に近かったからはっきり解っていなかった。

足裏・右下腿の痺れは一番緩和したと感じた時よりは痺れがあるか。でも気にならない。
それ以上に快適な歩行ができている。言い方は変だが、一生懸命に歩くことを考えなくても歩ける。
その他の状態、肩の疼痛は辛いほど感じないし手の痺れもそれほど強くない。これは状態が変わったのではなく慣れによるものか。
夜中に目覚めた時に軽く脚が痙攣するのが気になる。右も左も。脚を曲げれば痙攣は収まる。何か症状が出てもすぐ対処法を見出だせるようになった。

昨日姉からラインが来ていた。父親の腎臓結石、外からの粉砕でも十分に取れなかったようで内視鏡手術になると。どういう手術なのかすぐに調べた。
要は内視鏡を入れて粉砕して石を取り出す。リスクは色々とあるようだが、日常的に行われている手術のようだ。心配なのは全身麻酔。
まあこれも日常的に行われているから心配することはないか。ただ90歳と高齢なのだ。
しかし石が無くならない以上、尿管に管を繋いだままになるのでやらないといけない手術なのだろう。
1月13日に手術だという。実家に帰った方がいいかどうか電話すると病院の付き添いは一人だけだし、入院中は面会できないようだ。コロナ禍での対策。

電話した時に父親はぶら下がり健康器を使いに別の部屋に行っていた。
ぶら下がり健康器は大昔に流行った。1970年代半ばか。父親は健康には最大限に気を付けて生活してきたのだ。健康の月刊誌や健康グッズ、そういったモノには目がなかった。だから今回の腎臓結石も必ず乗り越え、膝関節痛もこれ以上悪化することなく元気になると信じている。

昨日は息子にクリスマスプレゼントを贈った。
どのおもちゃがいいかなとトイザらスに行ったり、アマゾンで科学の実験道具を探していたのはついこの間だ。もう高校1年生、贈るモノが見当たらない。
クオカード、図書カード、面白そうな本。本はこのために選ぶ。小学生の時にアガサクリスティを送ったら気に入ったようだ。たぶんミステリー系が好きなのだろうか。父の遺伝子を引き継いでいてそうかもしれない。
そして服も送る。気が引けるが、自分が着なくなった服。
Hard Rock Caféのラスベガスの刺繍が背中に入ったGジャン、Calvin Kleinのダウンコート。
父親のお古ってどうなのだろうか。しかも会ったこともない父親だ。入れない方が良かったか。

もう1週間もすれば年末休暇。
あと年末までにやり残したのは年賀状と掃除くらいか。
posted by shigenon at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月21日

かさぶたのように

最近は0時半と4時半の2回目が覚める。
トイレが近くなっている。目が覚めると右下腿と足裏の痺れが強くなっていなくてホッとする。
横になっている時は足裏と甲がジンジンしている。悪い感覚ではない。これまでが無感覚だったから違和感がある。右下腿はポカポカしている。実際に左足で触ると温かい。
まだ何か変化をしているのだろうか。鍼が終わったその日だったらこういう状態は解るのだが。
1日動かした後に自動修復しているような深夜の右下腿だ。

ゴルフ後に歩きの調子が良くなることは何度も経験している。
これはゴルフシューズがより足にフィットしていることと裏にスパイクがあることも関係しているだろう。それと歩く場所が柔らかい芝。地面に足が食い込み、良い蹴りだしができる。
歩くために必要な筋肉は足を着いた時と蹴りだす時で違うが、ほぼすべての脚の筋肉を使う。それ以外ではお尻の筋肉や脊柱起立筋。

それだけでなく、ゴルフクラブを振るという行為も調子が良くなる要因だろう。
ゴルフクラブを振ることは全身運動だ、必要な筋肉は肩や腕、脚の大きな筋肉もそうだが、インナーマッスルも使う。ただそれは理想のスウィングだろうが。
自分の健常な時にどうだったかと言うと、全て左側の背中、腰、腕、脚の外側の筋肉が痛くなっていた。これらの筋肉を使うだけでも歩くことには影響していると思われる。

歩くことや立つことの脚に関わる不安は大きく改善した。
これは右足裏や右下腿の痺れが改善したから起きたことなのだろうか。もしかしたら損傷した中枢神経が再生したのではないのかという希望を思う。
頚髄の損傷による痺れは足から始まる。手からは始まらない。それは脊髄の表面部分に下肢の感覚神経、内側部分に上肢や手の感覚神経が通っている。そのため外側からの圧迫である損傷では足が先で、その深度によって上肢や手に障害が起きる。
損傷した脊髄が外側から修復され、内側も修復する。擦り傷でかさぶたができるように。
そんなことはあり得ないだろうが。

しかし右下腿の痺れの改善で左脚もよく動くようになっている。いわば下肢の運動神経が改善されたのだ。右が良くなったら左も良くなるという関連性もあるが、不思議だ。
それに加え日曜日のゴルフ。ちゃんとクラブが振れたのだ。もしかしたら上肢の運動機能も知らず知らず改善されたか。
これで手の痺れがかなり改善されれば、たぶん他に例をみない回復例ではないだろうか。

夢物語。調子の良い時くらいは夢を語っても良いじゃないか。
「一度損傷した中枢神経は元に戻ることはありません」
入院時にスマホで検索してキズついた検索結果。このコトバを受け入れたくなくリハビリをした。しかし常に頭の片隅にあるコトバ。
症状固定。これも腹が立つコトバだ。
中枢神経損傷者の常識を大きく変えてやる。まもなく受傷した日から7年目を迎える。
posted by shigenon at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月20日

普通にプレー

金曜日はサイゼで本を読みながらワイン。
ファミレスで2時間も過ごしたのは初めてだ。老後の時間の潰し方の参考になったか。帰って焼酎を1杯飲んだら眠くなった。
せっかくの週末といっても、一人だと寂しい。一人での過ごし方が慣れたといっても基本はすることがない。いや、掃除・片付け・年賀状などやることはいっぱいなのだが、やる気がしないだけ。そんな時は寝るに限る。

土曜は沖縄のAさんが帰京したのに合わせて呑み会。ジムを終わらせ15時から。鍼は休んだ。
Aさんは元気そうだった。急に記憶などがおかしくなって入院したのが1か月ほど前。今回は冗談めかして皆と合うのは最後だから帰ってきたといっていた。
いつも集まるメンバー、久しぶりに元居酒屋Kのマスターも顔を出した。会ったのは2年ぶりくらいではないか。
いつも通りのゲラゲラ笑う呑み会。Aさんは少し脳の働きが付いていかない所もあるように見えたが、ほとんど変わらない。聞くとAさんの病名は「心原性脳塞栓症」だった。調べるとかなり深刻だ。
翌日曜日は早い時間から出発のゴルフなので18時過ぎに別れる。

日曜日は料理屋Hのコンペ。11月にやったばかりだが、忘年コンペとして。
ゴルフに対しては期待もしていなかった。ちょっと前だとゴルフで身体がどう変化するかとかすごく期待があったが、右下腿の痺れが緩和されただけで喜んでしまっている。これは反省すべきことなのだろう。ただ日曜日は最低気温‐4℃予報で、ゴルフをやる気がしなかったことも事実だ。
こんな寒い時にやるゴルフは久しぶり。健常な時でもやらなかった。
寒さ対策だけはしていたが、後は何も考えていなかった。例えば寒さを感じて左脚が動かなくなるとか、左腕が前に固まるとか。
そう思わなかったのが良かったのか、『普通にプレー』できた。寒い、寒いとみんなで言いながら。

不自由な自分の身体を忘れていた。痺れているのか寒さで感覚が無いのか解らない状態だった。寒さによる感覚なしの方が強かった。だからだろうか。
何も考えずにサッサと打っていく。打ったらカートに座る。それを繰り返していて気づいた。
何の苦労もなく歩いている。確かに最近は特に意識しなくてもちゃんと歩けていた。しかしそれは平坦な道路。ゴルフ場のようにアンジュレーションのある所は脚を踏みしめてまさに歩いた感を感じていた。それが苦も無く歩いている。痺れより強い寒さの無感覚の中で。
それと何も考えずにクラブが振れて、そのあとの違和感がない。

前にも書いたように、身体は健常な時のクラブの振り方が自然に出る。それが身についているから。
だから不自由になってクラブが振れなかった。左腕がうまく使えなかった。だから意識して右手を使っていた。でもその打ち方を毎回忘れて、元々の打ち方で打って失敗が多かった。
今回はそれを思うことなく普通にクラブを振っていた。クラブを振った後の違和感がなかった、ただ健常な時のようなヘッドスピードはないが。
寒いしグリーンは凍っている。ふつうはグリーンに止まる球も大きく跳ねる。
そんなミスがあっただけなのだ。あとは『普通にプレー』をしていた。

2,3ホール回ってそう思った。そう思ったらミスが出る。それがゴルフであり普通のプレー。
試しに全く振れなかったフェアウエイウッドを使った。ちゃんと使える。健常な時よりも使えている。
スコアは良いわけではなかった。それ以上に皆が悪かった。
結果は準優勝。それはそれで光栄なのだが、『普通にプレー』したことの実感を未だ持っていない。
落ち着いて思い起こして考えるべきことなのだ。
昨日は店で表彰式、そして2次会で中華屋。何かを思う時間もなかった。

深夜に2回目覚めた。右下腿はここ最近の中では痺れているか。
右下腿だけでない、左脚も少し違和感がある。腰から下の筋肉神経が興奮しているような感覚。それは仕方ない、筋肉を使った。腰が安定していたからクラブがちゃんと振れたのだろうか。
特に筋トレを変えていない。前回の11月のゴルフ後にやり始めたのは左腕が振り切れるようになったのはラットプルダウンだけだ。そういえば健常な時はいつもやっていた。
広背筋が何か関係するのだろうか。
posted by shigenon at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月17日

知らないこと

ほぼ毎晩目が覚めるようになった。これも習慣なのか。
夜中の2時頃に目が覚めていたら、しばらくは同じような時間に目が覚める。それがリセットされると4時に目が覚めるようになって、それが続く。
今は1時前後に目が覚める。
トイレに行きたくて目が覚めることが多いがそうでない時もある。

その目覚めた時にいつも右下腿の痺れが気になっていた。
もしかしたら右下腿の痺れを寝ている間も思っていて目が覚めているかもしれないと思うこともある。
今日は1時前に目が覚めた。少し痺れを感じる。
でも前のような痺れではない。軽くジンジン、そしてなんか筋肉が動いているような感覚。これは筋肉のカタチが変わったことからイマジネーションしてしまっているのだろうか。
アメーバのように筋肉が移動している感覚を覚えた。

トイレに行くために立ち上がる時は要注意だ。
この立ち上がりが原因で受傷したのだ。トイレに行って右下腿を触ると筋肉が柔らかい。
痺れが緩和された時から下腿の筋肉が柔らかくなった。それはいつもではない。長距離を歩いた後とかに触るとこれまでになかったくらい柔らかくなっている時がある。
前脛骨筋、足首まわり、全てがフニャフニャになっている。

少し痺れが緩和されたが、何が変わったのかが理解できていない。
筋肉が硬くなる・柔らかくなるは筋肉の緊張なのだろうが、それがどのような時にどうなるかを知らないといけないのだろう。
硬い時は筋肉の緊張だとすれば、ずっと緊張していた状態だったのだろうか。
それと痺れという現象。今更ながら何で痺れるのか。痺れって何なのだ。ふつうに考えれば血流が止まることによる足の痺れしか思いつかない。
受傷して7年になるが、根本を知っていない事柄が多い。

今日は金曜日。残念ながら居酒屋Qは貸し切り。
休日は楽しみだが、会社が休みという以外の楽しみは居酒屋に行くだけだ。これでいいのか。
そのへん、考えながら今夜はサイゼで過ごそうか。
posted by shigenon at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月16日

5段階の痺れ

右下腿・足裏の痺れは落ち着いている。
足裏の痺れの段階。@正座の初期のピリピリ痺れA正座の無感覚痺れB無感覚から足裏にゴロゴロ感Cゴロゴロ感を覆う痺れD甲まで覆う痺れ
こんなイメージで、昨年からいつもCの状態だった。酷い時はD。時々鍼後にBの状態になったが、すぐにCに。
今はBの状態か。これらの痺れに下腿の痺れも連動する。

痺れや痛みは気にしなければいい。
これは正論だと思う、中枢神経損傷者にとって。身体の悲鳴として痺れや痛みが来ているわけでなく症状だ。そう思えば痛みや痺れなんてかまってられない。
しかしそれは今の自分の状態を感じなくすることでもある。でも一番大事なのは身体の動きを良くして生活を良くすること。そのためにはイタイイタイでは進まない。

昨日書くのを忘れたが、火曜日に居酒屋Qに行った。歩いて。
酔って歩くトレーニングをしようという大義名分もある。単に呑みたかっただけだが。
今週の金曜日は貸し切りらしいし、土曜日は沖縄のAさんが帰京して飲み会でQには行けない。
帰り道、平日なのでいつもより1杯少なかったこともあるがしっかり歩けた。
歩くという脳の指令と筋肉の動きと酔いによる関連性、これを理解したい酒飲みとしては。

この調子がいい時に左脚がガックンとなるのを解消しよう。膝を曲げた時にたまに起きる。
遅い筋肉・早い筋肉ってあったが、そういう筋肉への指令がうまくいっていないのだろうか。
さあ木曜日、今日は出先から直帰だ。
posted by shigenon at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月15日

今年を振り返る

昨日は早く帰ってジム。土日と連続よりは間を空ける方がいい。
脚の状態の良さは原因が解らないが、同じ生活リズムでいこう。
今年の身体の変化を見ようと今年最初からのブログを見た。ちゃんと身体の状態を書いている日もあればただのネタ話だけの日も。
「今日は痺れが強かった」など書いていても、どのように強いのか書かないと見返しても役に立たない。

右足裏に初めて鍼を打ってもらったのは4月9日だった。
そんな前だったのだ、秋くらいかと思っていた。初めての足裏への鍼後の状態は良かったようだ。その後足裏はずっと打ってもらっているが、足裏の感覚だけは良いけど右下腿の痺れは強くなったり良くなったりの繰り返し。
漢方薬を復活させたのが7月23日。飲んですぐに痺れが少なく感じている。しかしそれも慣れると同じだったのか。

今の状態のように、横になっている時に痺れを感じなくなったのが10月6日だったよう。
10月17日の深夜に目覚めた時には全く痺れがなかったと書いている。10月15日の鍼が効いたのか。10月22日にふくらはぎへ50本の鍼。これはふくらはぎの筋肉がパンプアップしたようにパンパンに張った。この時には確実にふくらはぎの筋肉のカタチは横に張っていたのを見ている。
この頃から確実に変化は起きていたのだろう。歩き方が力強くなったと覚えている。

その後はまた痺れが強く感じている時がある。11月6日に龍王峡ハイキング。
11/16に左脚のペタンが無くなったと書いている。11月13日に左脚に長い鍼を打ってもらっている。じつはこの時に固いから回しながら入れたと聞いている。いつもと違う方向だったのか。
左脚の前脛骨筋が働くようになったのではないか。龍王峡を歩いている時点ではまだ左足先は下がっていた。
この頃に寒くなると左脚が動きづらいと書いている。これは前からの症状。この頃から右脚下腿の痺れはベッドに横になっている時はほぼ感じなくなっている。
そしてその後は寒さを感じても左脚の動きづらさが少なくなっている。これも何かが変わったのだろうか。

11月20日に足裏の内側のカタチが変わってきたとセンセイに言われている。もしかしたらその頃からふくらはぎのカタチも変わったのかもしれない。
脚の状態の変化は10月の最初から起きている。
10月から通常出勤。毎日意識しながら歩く習慣の復活だ。なによりもこれが変化をもたらせたのかもしれない。右下腿、ふくらはぎ、足裏への鍼はそれがあって効果を表したのか。
同時に左腕の動きが今年は良くなった。これは筋トレを左右同じ荷重にしたからだと思っている。

右脚がしっかりしたことで左脚が強くなったことも理解できないでいる。
身体の左右でお互い干渉する働きがあるのだろうか。
posted by shigenon at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2021年12月14日

カタチが変わる!

先週の土曜日の鍼は2週間ぶり。調子は悪くないのだが鍼には行く。今の調子の良さが何に起因しているか自分でも解っていないのだ、同じことを継続するしかない。
でも調子がいい時に鍼に行くことに頭はストップがかかる。
それは逆になること。いい状態から悪くなること。それはあり得なくもない。鍼が身体にどう作用しているか自分の中でも咀嚼できていないのだ。
土曜日は久しぶりに鍼に電気が入った。鍼に電気を通す。そういえば今回からやってみようと提案されていた。筋肉がピクピク動く。これまでもやったことがあり普通だったら気持ちよさを感じるのだが、この日は違うことをすることに抵抗を感じた。今が調子いいのだ。
調子がいいのに悪くならないだろうかと思う脳の働きが気持ちをダウンさせていた。

最近は鍼後に足の指が活き魚のように動かせるなど、すぐに変化を感じた。しかし今回の鍼後はそんなに際立った感覚はなかった。それは気持ちがそうさせていたのかもしれない。
日曜日はジムをサボって休息。鍼後のダルさも感じていた。
鍼前よりも少し痺れが強くなったような気がする。少し張っていて、押すと鍼を打ってもらった箇所が再び響く。筋肉の繊維がギターの弦のようになっている感覚か。少しぼんやりした感覚。

ところが、夜中に目覚めると全く痺れを感じていない。
右下腿に血液がスーっと流れているような清涼感を感じる。こんな感覚は初めてなのだ。
そして昨日、通勤で歩き始めると先週より格段にいい。いや、これまでの調子の良かった中でも一番いいのだ。会社に行ってからタバコロードを何回か往復したが、いつでもダッシュできるような状態。
日曜日の痺れの強さは何だったのか。いわゆる瞑眩作用と言われるものだったのだろうか。
めんげん作用とは一時的に疲労感やだるさが起きるが、その後に好転していく作用。

たまにAセンセイは“身体がこう変わっていますよ”という時がある。
ずいぶん前に2度言われたのが背中。前は背中の反りがなかったが、反りが出てきたと。でもそれは違う人にも言っているのを聞いたことがあるので、そんなに真剣に聞いていなかった。こう変わったという事で患者のモチベーションを上げていってくれているのだなと思っていた。
土曜日に、右の足裏の横のカタチが変わったと言われた。“荒地に道が出来た感じ”と。
右ふくらはぎのカタチも変わったと。外に膨らんでいたのが中央に寄ったと。
そうなんだくらいで聞いていた。確かに右ふくらはぎの筋肉は外にエラのように張り出していた。自分では筋肉が付いたのだと思っていたので満足していた。

風呂でなにげなくふくらはぎを見た。
本当なのだ。変わっている。驚いた。ふつうに立った状態でもふくらはぎは横に筋肉が張り出していたのだ。それが全くなくなっている。筋肉が落ちているわけではない、カタチが変わったのだ。
足の内側もふっくらしていたのがキレイなカーブになっている。思わず笑った。「荒地に道が出来た」まさにそんな感じなのだ。
思わず身震いした。これは何なのだろう。確かに鍼は逆子を動かすくらいのことをやれるのだ。
足のカタチも修正できるのか。
いや、鍼だけの効果ではないだろう。打つことだけで筋肉が移動するのは信じられない。
鍼で修正された状態で筋肉を使うことによってカタチが変わったのだろうか。いつの間に。

少し、いや、かなり興奮している。今これを書きながら右足のズボンを上げる。
これまで何度も上から見た足の風景と違う。やはり変わっている。
ただこのカタチが変わったことがいいことなのだろうか。今は調子がいいからいい。
また筋肉が横に張り出すことはあるのだろうか。筋肉が横に張り出していたら、それ自体が不都合だったのだろうか。
解らないことはいっぱいだ。しかし不思議だ。
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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