2019年11月07日

M子の個別指導

中2の学年にM子というちょっとだらしのない生徒がいる。
学校をさぼりがちで、登校しても授業を抜け出したりと、先生たちにとって手のかかる生徒である。

そんな感じなので、一学期の終わりに、出席日数と成績不振により、校長面談が行われた。
ここで改心したかどうかは分からないが、とにかく二学期からは、原則毎日登校して、勉強もがんばる、ということを約束させた。

結果、二学期からは、朝の学活から来ることはないが、一時間目の途中には投稿誌、まずまず授業を受けている。

併せて、英語と数学に関しては、習熟度別であるのだが、それでもついて行けないようなので、その時間取り出し、学年の先生の監督下で授業をしている。

だから私も、週に一回、M子の授業が回ってくる。

「ひとたび入学させた生徒は、最後までとことん面倒をみてください。」
という、校長の方針のもと、学年の先生で、週に10時間ほど、取り出しの授業をしているのだ。

M子はいい加減な行動が多いとは言え、そんなに性格の悪い生徒ではない。
思春期特有の、内面の混乱期なのだろうと思う。
だから、私は彼女の取り出し授業が嫌ではない。

そんなに会話をするという訳ではないが、私の担当のときは、けっこう一生懸命やっている。

それでも目に余るときは、静かに一言を放つが、その後は改まる。

このような生徒は、自分の心と体のバランスが崩れているのだろう。
自分にとって都合の悪い質問が来ると、何も話をしなくなり、ずっと黙ってしまう。

おそらくは、自分の心の中で、思いがぐるぐる回ってしまうのだろう。

「こんな生徒も、あと何年かすれば、何事もなかったかのように成長してゆくんだろうな…。」

それでもM子は、親や生徒たちの焦りの気持ちよそに、自分の道を突っ走る…。

思春期は、皆の愛を受けてそれを人士の「肥やし」にする時期なのだろう。

それでも教師たちはあきらめずに声を掛け、アクションを起こす。
半ばあきらめムードの親だって、本当はあきらめてはいない。

誰もが、
「必ずよくなる。きっとよくなる。絶対に立ち上がる…。」
と、信じているのだ。

2019年11月06日

小恍惚感

日没時間が早くなり、ライトをつけての練習が多くなった。
使わせているグランドには照明がないので、自前のライトである。
ボールが見えなくなるほど暗くなる問い、500W相等の強力LEDライトを何個も設置し、その明かりでできることをしている。

近隣の学校は、日没時間に併せて下校時間が決まっているので、この時期、部活は30分くらいしかできないようだが、私の学校では、夏と同じように活動することが許されてはいる。
だが、暗くなってできないことは多いので、自ずと練習に制限がかかる。

ふと彼らを見ると、今日はずいぶん人がいる。
このところ、臨時部員が増えてきたのだ。
「野球をやりたい」、という生徒が増えるのはうれしい。
彼らが、一人前に野球ができるようになるには、かなりの時間を要するが、それでも人は大勢いた方がいい。

新たに参加しているメンバーは、一年生なので、その面倒をもとキャプテンである二年生が熱心に指導している。

後輩たちも、先輩たちに教えてもらうと嬉しい。

暗くなり、あたりは真っ暗になっても、熱い練習が続いている。
このグランドは、ライトを消せば真っ暗になり、空には天の川が浮き上がるのだ。

ふと、小恍惚感になった。
「今が、一番幸せかも知れない…。何をするでもないが、なんか充実感がある。」

彼らは時間を惜しんで熱心に練習している。
朝練も自分たちで計画を立てて、実行している。

そんな折、高校野球部の監督が、今月いっぱいで退任するという一報が入った。
ご高齢で、体力の限界であるという。
いつかはその日が来るとは思ってはいたが、やはり淋しい…。

親しく接し、またお世話になった方が、ここ数年で次々と学校を去って行く。

「私はいつまで、ここに務めるのかな…。最近は、仕事が収束モードだな…。」

そんな思いが心をよぎる。

幸せ感と消失感が絡み合って、心を揺らす。

小さな幸せを大切にしたい。

2019年11月05日

M先生の朝の会

今私がお邪魔させていただいている学年の担任はどちらも若手の先生。
そのうちのK先生は、卒業生でもある。
K先生は、新人の頃私のクラスの副担任だった。併せて、部活は副顧問でもあった。

当時の校長から、「一年間きっちり仕込んでくれ」、と言われ、私がクラスで担任業務をしている所はすべて見てもらい、また、経験も積んでもらった。

そしてK先生は、翌年、二年目にして担任になった。
そして、その二年目が今年。

久しぶりにK先生の朝の会に入った。
驚いたことに、私のノウハウが、ちゃんと引き継がれているのだ。

「いいね、成長してるね…」、そう私はほくそ笑む。
と、同時にK先生の努力と奮闘に、涙が出そうになった。

じっくりと生徒に話をしている。
自分が決めたテーマは用意しているのだろうが、話をしている中で、生徒の反応を見ながら、言葉を言い換えたり、また、直近の学校生活での出来事を混ぜながら、説得力ある講話をしている。
それが、毎回毎回なのである。

K先生の陰の努力はいくばかりだろうか。

私も担任時代そうやって、毎朝、生徒たちに語りこんできた。
その姿を見て、前校長は、
「生徒たち、効いてるの?」
と揶揄した。

とかく、話をすることがなくなると、チャッティングなどで、時間つぶしをしている先生の多い中、きっちり話をするのは、まさに私の教員人生のスタイルでもある。

「生徒からは、話が長い、って言われるんですよね。」
世の中には、くどくど離したり、突然怒りだしたり、ただただ生徒を馬鹿にするような、何の価値もない話をしている先生もいるようだが、M先生は違う。
「素晴らしい。」

もちろん、この先も、いろいろな経験を積む必要はあるだろうが、どんどん実力をアップしている姿は頼もしい。

「そろそろ私も引退かな。私ができることは、もうなくなってきているかな…。」
そんな思いも、ふとよぎる。

老害はいつまでもしがみついていてはいけない。
若手が育ってきたら、温かく見守っていなければ…。

2019年11月04日

勝ってこそ強くなる

先週に引き続いての試合。今日は、久しぶりの練習試合。
力の似ているチームとの試合を行った。
この学校とは、今月3回試合を組んでいる。

ようやく単独チームになった私の学校と練習試合をしてくれる学校は、なかなかない。
と言うよりも、もうすでに、何ヶ月も前から日程が組まれてしまっていて、入り込む余地がほとんどないのだ。もう10年近く野球専門部に関わっている私がお願いすれば、日程さえ合えば、練習試合を組んではくれるのだが、チームがどうなるか分からない中で、先まで練習試合を組むことはできなかったのだ。

弱小チーム同士で、傷をなめ合っている訳ではないが、実力は伯仲してる。
実際新人戦では、互いに点を取り合い、結果1点差で負けている。
だから、この先は一敗もしたくない。

今日のテーマは走塁。
「塁に出たら、まず牽制をもらいなさい。そして、ピッチャーが2球投げるまでに、次の塁に進みなさい。」
そう、指示をして試合開始。

全員ほぼ成功。
こうした指示だと、勇気を持って走ることができる。
盗塁のサインは出さない。2球のうち、どちらかで、必ず走らなければならない訳だ。
それが、3球目になろうが、4球目になろうが、私は叱らない。
大切なことは、「自分で判断して走る」ことだからだ。
当然、バッターとの連携も必要になる。
せっかくランナーがいいスタートを切ったのに、バッターがファールボールを打ってしまうと、ランナーは戻される。
もちろん、フライを上げてしまって、キャッチされれば、ゲッツーになる。

いつもは、私の盗塁のサインにびびって走れなかった選手たちも、今日ばかりはきっちり指示を守った。

翻弄されるのは、相手チームで、「やられ放題」の感じ。
相手キャッチャーの技量が今ひとつ、ということもあり、どんどん点が入る。

試合後、どちらも大差で勝ちを得た選手たちは、誰もが誇らしげに見えた。

そのあとの野球ノートを見ても、学び多かったように見えた。
何より、試合後にもかかわらず、彼らは「練習したい」という。

スポーツの世界は、「勝ってこそ、さらに強くなり、技術も向上する」のだ。
その意味で、『勝ち』にこだわることは、チームを強くすることにつながるわけだ。

指導者は、『勝たせる』というミッションを負っていることを、改めて自覚した一日だった。

2019年11月03日

地元の祭り

江戸時代から続く地元の祭りに参加した。
高校の生徒会を中心に出店を開き、中学生の野球部を中心に山車を引いた。
地元のお祭りへの参加は、これで三年目である。

新参者にとって、「いかに地元に溶け込むか」、というのが重要で、通り一遍のつきあいでは、いつまでも距離が縮まらない。その意味でも、お祭りへの参加はとても重要だ。

春に地元に隠れ家を購入したので、私自身も地元の人間になった。
以来、少しずつ地元に入り込もうと、奮闘しているが、朝晩隠れ家に行くくらいでは、なかなかその接点は広まらない。だが、今回は、山車の休憩場所が私の隠れ家に庭、ということもあり、昨年よりは、また一歩地域に入り込める願ってもないチャンス。

山車を引く子供たちも、私が顧問をしている野球部の生徒たち。
願ってもないシチュエーションだ。

山車は、地元を一日かけて練り歩く。
その、要所要素で、休憩時間があるが、そこでは地域の人が「まかない」をする。
皆で一品用意し、「よくぞ、ここまで山車を引いてきてくれました」、と彼らをもてなすのだ。

だから、私はもてなす側でもあり、もてなされる側でもあり、と何とも複雑になっているのだ。

「楽しく飲み食いするのがお祭りだから、遠慮はしなくていいけど、あんまりがめつくならないように…。」

生徒たちにはそんな風に注意を促しておいたので、今年は少し落ちつき、恥ずかしい思いはしなかった。

「煮卵うめぇ〜。」
ある生徒が、出された料理の一つを褒めちぎった。

「ほら、近くに作ったいるから、『おいしかった』って、行ってきなさい。」
かれは、早速おいしかったお礼をしに行った。

地元の人も、おいしく食べていただけるなら、大喜びなのだ。
「来年もまた、頑張って作ろう!」、という気持ちになる。

朝の7時過ぎから午後4時頃までの参加。本当は暗くなってからが、祭りの盛り上がりがピークに達するのだが、今年も生徒たちを参加させることはできなかった。

山車の上では、お囃子が鳴り響く。
その中に、近隣の野球部の中学生がいた。

連れて行った生徒たちも顔見知りだ。
「本当は、君たちにも太鼓を叩いて欲しいんだよね…。」
そう告げると、生徒の一人が、
「僕、やってみたいです。」
と言う。

「地域にお世話になっている自分も、貢献したいんです。」
と熱く語った。

そんな気持ちになれた生徒が出ただけでも、祭りへの参加は成功かな…。








2019年11月02日

お祭り初日

お祭り初日

お祭りの初日である。
本当は、駆けつけて、何かしらのお手伝いをしたいと思うのが、出勤日なので何もできない。

早朝、飾り付けをした。
この祭りには独特の飾りがあり、家々の前にくくりつけることになっている。
その花は、近所の奥さんに頼んで作ってもらったのだが、その付け方が分からない。

そこで、これまた懇意にしている地元のお弁当屋の奥さんに尋ね、ようやくそれなりの飾りをつけた。
それから出勤。

午後の練習中、お囃子の音が聞こえてきた。
「先生、あの音なんですか?」
中1の生徒が尋ねる。
すぐ近くに山車がきているようで、そのお囃子が聞こえてきたのだ。
「明日、お囃子を乗せた山車をみんなで引くんだよ。」

昨今の生徒は、祭りに参加した生徒が少ない。
たとえ祭りを見たことがあっても、そこに関わった生徒は、ごくごくわずかだろう。

山車を練り歩いていると、地元の親子がやってきて、
「この子にも引かせてもらってもいいですか。」
と言われることが多い。

せめて家の近くだけでも、そうした経験をさせたいと思ってのことだ。
中には、
「ちゃんと引かないと、お菓子、食べられないわよ。」
などと子供をあやしながら、山車を引かせる母親もいる。

山車はところどころで休憩するが、そこにはたくさんのお菓子が用意されているのだ。

「明日は、楽しくそして、責任感をもって山車をひいてくれるかな?」
そんなことを思いながら、練習を見る。

暗くなると、祭りは最高潮を迎える。

ちょうど練習を終える時間と、一番の盛り上がりが重なるので、「練習帰りに立ち寄ってもよかったな…」、と思いながら、帰路につく。

『出会い』と言って、2台の山車が向かい合い、互いの町のお囃子を奏で合うのだ。
「きっときれいだろうな。荘厳だろうな。感動するだろうな…」、とすっかり暗くなった道を、生徒たちを乗せて学校に向かう。

彼らはいつもどおり、たわいのない話で盛り上がっている。

いよいよ明日は、ご奉仕だ。

2019年11月01日

貴重な海外体験

中3がオーストラリアの語学研修から戻ってきて最初の登校日。
その1時間目が数学であった。

私は、例年、帰国後最初の中3の授業は、全員にその感想を発表させている。
数学とは関係ないが、お互いの経験を共有するのは勉強になるし、私自身も参考になることが多い。
何より、印象の強いうちに他の人に話しておけば、記憶にもとどまりやすいはずだ。

「迎えに来た車の中で、ほとんど話しかけてもらえず、沈黙が続いて、気まずかった…。」
「暖めてぐちょぐちょになったシリアルを朝食で出されて、食べるのが苦しかった…。」
「無理に食べることはないのよ!、と言われ、苦手なモノは残してしまった。」
「アジア系の料理で、草(ハーブ)が口に合わなかった。」

「ホストファミリーの子供とエアガンで遊んだら、はまってしまった。」
「両親が仕事で出掛けてしまったので、起きたら昼前の11時半だった。」
「現地校のバディは、日本語ばかりしゃべるので、英語が話せなかった。」
「野菜が苦手と伝えておいたためか、肉ばかり出た。」
「犬好きと伝えておいたからか、犬が7匹いた。」

「父親の勤務先である遊園地に連れて行ってもらったが、入園料50ドルは自腹だった。その上、ネットで検索したら、もっと安かった。」
「空港でドルを換金したら、半額くらいの円になってしまった。使ってくればよかった。」
「食事中、突然ホストマザーとファーザーがキスをして、うろたえてしまった。」

一人ひとりの発表は、だんだん熱を帯び、長く話をする生徒が増えてきたので、一時間だけでは終わらなくなった。

ほとんどの生徒が海外初体験。
異文化に触れ、異言語に触れ、中学生でありながら貴重な経験をしたに違いない。

かれらの中1、中2時代は、私が主任や担任をした学年。
一年前くらいは、自分が引率すると思っていた生徒たち。

私の手を離れてどんどん成長している。
生徒たちをしゃかりきになって叱らないと、逆に彼らが可愛く見えてくるものだ。

授業後、隣のクラスの生徒が言う。
「丹澤先生のクラス、オーストラリアの発表だったんですよね。うちは、普通の授業でしたよ…。」
「それは残念。」
と、私はほくそ笑む。

次回も発表が続く。
併せて、中間考査の再テストも。

いつしか、霜の降りる季節になった…。
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