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2016年01月21日

いんちきチェコ語講座(三) 名詞の格変化(一月十八日)


 大学で勉強したドイツ語の名詞の格変化は四つだったが、チェコ語は七つもある。単数と複数の違いもあるので、十四種類も覚えなければならない。いや物によっては双数という二つの時にだけ使う特別な形もある。しかも格変化の種類がいくつもあって、それぞれの種類ごとに覚えなければならない。こんなことを書くと、チェコ語を勉強する人の気が知れないと思う人もいるかもしれない。チェコ語を勉強しようと決める前の私でも、同じようなことを感じただろう。しかし、格変化を大体覚えてしまった現在では、格変化があるのは幸せなことだと思う。
 以前にもどこかに書いたが、格変化は日本語の助詞のようなものだと考えればいいのである。1格は「は」か「が」、2格は語順は変わるけど「の」、3格は「に」、4格は「を」、5格は古めかしいけど「よ」、6格は前置詞と一緒に使うから省略して、7格は「で」をつけるようなものだと考えれば、日本人には抵抗なく使えるのではないだろうか。
 日本語が助詞の存在によって、語順が比較的自由で、文節を入れかえることでさまざまなニュアンスを表現できるように、チェコ語も格変化のおかげで比較的語順が自由なので、ある程度までは考えた順番に話していくことができる。一度、連体修飾節も含めてできる限りの手を尽くして、日本語とほぼ同じ語順になるように作文をして師匠に見てもらったら、十九世紀のチェコ語っぽいなあと笑われたことがある。そのものではなく、「っぽい」というところがあれではあるが。いずれにせよ、英語を勉強していたころの、語順に気を使うあまり自分が何を話しているか、書いているかわからなくなってしまうという心配はしなくていいのである。
 それに、単複合わせて14、双数形のあるものは21の変化形を覚えなければならないとは言っても、格変化の種類によっては単数の1格と4格が同じだったり、3格と6格が同じだったりするし、また複数はどの変化でも1格、4格と5格が同じ形になるので、ひとつの格変化について14の変化形を覚えなければならないというわけではない。
 問題なのは、日本語の場合には名詞がどんな名詞であっても、つける助詞は変わらないが、チェコ語の場合には名詞の種類によって付けるものが変わり、同じものをつけても同じ格にはならないことがある点である。何もつけない場合や、末尾の母音を取ってから別の母音を付ける場合もあるのだけれども。例えば、語尾に「u」をつけると、男性名詞の不活動体硬変化の場合には、単数の2格、3格、6格になるのに対して、女性名詞硬変化の場合には単数4格、中性名詞硬変化の場合には単数の3格と6格を表すことになる。これだけ「u」を使う変化形が多いと言うことは、名詞の性にかかわらず硬変化の名詞が一番多いのだから、何をつけていいかわからなくなったら、とりあえず「u」をつけておけば当たる可能性が高いと言うことでもあるのだ。だから、合言葉は、困ったときの「u」なのである。
 自分が使うときには、それでいいのだが、理解しなければいけないときにちょっと困ってしまう。大抵は前についている形容詞の形、使われている動詞などからわかるのだが、一度とんでもない勘違いをしたことがある。スメタナの『我が祖国』は、チェコ語にすると「Má vlast」である。まだ初学の頃の話だが、「vlast」が女性名詞の特殊変化で1格と4格が同じだということがわかったとき、私は正直勝ったと思ったのだ。でも「má」がわからない。当時知っていた「má」は持つと言う意味の動詞の三人称単数の形だけで、文法的には「vlast」を4格で理解すれば、「彼は祖国を持つ」と訳せなくはないけれども、そこからどうすれば『我が祖国』にたどり着けるのかさっぱりわからなかった。実はこの「má」は、「私の」という意味の「můj」が女性名詞の単数につくときの1格の古い形で、「vlast」はもちろん、4格なんかではなく、1格だったのだ。畜生ということで、それからは、「můj」を女性名詞の前で使うときには、一般的な「moje」ではなく、「má」を使うようになってしまった。

 格変化で私が一番苦労させられたのは、ここまで数字を使って1格、2格と書いてきたことからも想像できるかもしれないが、それぞれの格の名称である。初めてチェコ語のサマースクールに参加する前に、当時日本で教わっていたチェコ語の先生に、1格から7格までの順序数詞を使った言い方を教えてもらってはいたのだ。しかし、サマースクールで先生たちはそんな簡単な表現は使ってくれなかった。日本語でも主格、生格などと言うこともあるように、ノミナティフ、ゲネティフ、ダティフ、アクザティフ、ヴォカティフ、ロカール、インストゥルメンタール(全部書いてしまった)というそれまで見たことも聞いたこともなかった言葉が、先生の口から出てきてもう大変。同級生達はそれをさも当然のように受け入れいているし、さらには疑問詞の「何」、「誰」の格変化を使って、動詞の後に来る形の確認をする学生達も出てきて、疑問詞の格変化なんか覚えていなかった私は、心の中でやめてくれーと叫びながら、必死で辞書(もちろん日本語のもの)の格変化のページを開いて、何格なのかの確認をしていたのだった。
 疑問詞の格変化も、ノミナティフ以下も覚えてしまった今となっては、笑って済ませられるいい思い出だけれども、当時は泣きたくなるぐらい苦しかったのを思い出す。これだけ苦労して勉強したんだからできるはずだとか、これだけ勉強してもできないのはチェコ語が悪いんだとか、開き直れるようになったので、チェコ語を使う際には大いに役に立っている。どんな言葉でも、やはり語学と言うのは、苦しんで身につけるものなのだ。英語? 英語ではここまで必死に勉強したことはないから、できなくても当然で、できないのは自分が悪いのだ。多分。

1月19日10時




 この本が日本語で読めるようになったのは、幸せなことである。1月20日追記。


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タグ:名詞 格変化

2016年01月20日

チェコ語のtiは、「チ」か「ティ」か(昔書いたもの)



 チェコ語を知らない人のために説明しておくと、このチェコ語のtiの発音は、日本語の「チ」とも「ティ」とも違っていて、あえて言えばこの二つの中間にある音である。そのため、チェコ語学習者は固有名詞を日本語に音写する時に、どちらの表記を使うのかで悩むことになる。悩まないという人もいるかもしれないが、一度はしっかり考えておく必要のある問題である。この問題を通して、チェコ語と日本語の音韻体系、表記体系の全体を見つめなおすことは、正しい発音を身に付けるためにも有用なはずである。
 ここで、先に結論から言ってしまえば、表記に関しては、どちらでもかまわないと思う。個人個人が自分の考えに基づいて正しいと思うほうを使えば、それで何の問題もないというのが、四捨五入すれば廿年になんなんとする日本語とチェコ語のあわいでの苦闘の果てに得た結論である。
 では、筆者個人が現在どちらを使っているかというと、原則として「ティ」である。それにはいくつかの理由があるのだが、その一つは、日本のチェコ語関係者のほとんどが「チ」の表記を使っており、それを当然とする風潮に対する危惧からである。日本語での表記が「チ」で固定化されてしまうと、発音も固定化され、実際にチェコ語で話す時にも、日本語の「チ」で発音するようになってしまうのを恐れているのである。それを防ぐためには、表記はゆれていた方がいい。
 日本人が外国語の言葉を発音する時に、カタカナの表記に引かれて発音してしまうというのは、よく知られた事実である。「チ」と「ティ」の問題なら、「チーム」を例に挙げておけば充分であろう。「ティ」という表記の一般的でなかった時代に日本語に入ったこの言葉は、直音化されて「チーム」と表記されるようになり、一般にはカタカナ通りに「チーム」と発音されてきた。その後、1980年代に、より英語の発音に近い「ティーム」を使おうと考えた人々が現れて、一時はかなりの勢力を誇ったが、結局は日本語の表記として根付いていた「チーム」に引き戻されて、現在では「ティーム」を使う人はほとんどいない。そして、語学の専門家ではない多くの日本人は、日本語でのカタカナ表記につられて外国語で話す時にも、「チーム」と発音してしまうのである。
 次に、考えなければいけないのは、チェコ語には「ティ」「チ」に相当するtyとčiという音があるという点である。つまりtiをどう表記するかという問題は、tiとtyの二つの音の間で考えるのではなく、čiも加えた三つの間で考えなければならないのである。よく使われるtiとtyは発音が違うのだからtiは「チ」と書くべきだというのでは、半分しか理由になっていない。tiとčiの発音の違いを無視しているのだから。
 ならば、tiの発音が「チ」と「ティ」のどちらに近いかで決めればいいと言う人もいるかもしれないが、その判定が難しい。同じtiでも言葉によって微妙に違って聞こえることもあるし、人によっても違うこともある。自分自身が発音する時はどうかというと、舌の位置は「チ」に近く、使い方は「ティ」に近い。発音自体は「ティ」に近いのではないかと思うが、これは「チ」と発音したくないという筆者の意識が働いている面もあるので参考にはならない。
 もう少し、考察の対象を広げてみよう。tiと子音を同じくする音節には、ťa、ťu、tě、ťoがある。このうち、ťa、ťu、ťoは、「テャ」「テュ」「テョ」と表記すれば、チェコ語の発音とほぼ同じになる。つまり、「テ」にヤ行の仮名を書き添えているわけだから、奈良時代以前に消えてしまったヤ行の「イ・エ」が残っていれば話は簡単だったのだ。しかし、今更それは無理な話だだから、「テュィ」「テュェ」とでも書くのがいいのかもしれないが、これでは、煩雑に過ぎるし、ぱっと見ただけでは読めそうにない。それに、ドイツ語での発音の違いを意識するあまり、ゲーテを「ギョエテ」と表記してしまった独文学者たちの二の舞になりかねない。
 話を戻すと、ここで考えなければならないのは、těも含めて、「テャ・ティ・テュ・テ・テョ」と書くのか、「テャ・チ・テュ・チェ・テョ」と書くのかということなのである。どうだろうか。このように並べてみると、前者のほうがよさそうに見えないだろうか。ただし「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」という表記を選ぶ人もいて、それはそれで見識である。
 さらに厄介なのは、濁音のďa、di、ďu、dě、ďoの場合である。「ヂャ・ヂ・ヂュ・ヂェ・ヂョ」という表記を使う人も多いようだが、チェコ語を生業としている方ならともかく、日本語稼業の人間としては、このような日本語の表記体系から外れるものを使うわけにはいかないのである。歴史的仮名遣いで文章を書く場合であれば考慮に値すると思うが、そんな機会はないだろう。とまれ、ここでも「デャ・ディ・デュ・デ・デョ」「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」のどちらを選ぶかという問題になるわけである。
 さて、ここまで書いておいて何だが、この問題はどちらの表記を使っても問題はないのだと改めて言っておきたい。駄目なのはこちらでなければならないと断定する意見である。筆者個人の表記法についていっておけば、ゆれている、否、意図的にゆれたままにしてある。プロステヨフとプロスチェヨフ、ブデヨビツェとブジェヨビツェ、ディビショフとジビショフ、ティシュノフとチシュノフ、該当する固有名詞は他にもいろいろあるわけだが、いつでも前者の表記を選ぶというわけではないのである。
 クロイツィグルをクルージガー、シャファージョバーをサファロワと表記して恥じない一部のマスコミ連中には何も言う気にならないが、チェコが好きでチェコ語を勉強している人たちには、以上のようなことを考えた上で自分なりの表記をしてほしいと切に思う。先生に言われたからという安易な理由でではなく、自分で考えて選ぶことは、今後のチェコ語の学習に必ず役に立つはずである。



 去年、今年と同じように毎日書こうと考えた計画の一環として書き始めたいくつかの記事の中で、珍しくけりをつけることのできたもの。一つ前の記事と関連しそうなので、一緒に投稿することにした。1月19日追記。



 お世話になった辞書を発見。こちらの大学書林版より、もともとの京産大版のほうがよく使ったけれども、どちらもチェコの我が家の床の上に転がっている。1月19日追記。


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日本語におけるチェコ人の人名表記について(一月十七日)


 かつて、チャースラフスカーはチャスラフスカで、ナブラーチロバーはナブラチロワ、ドボジャークはドボルザークだった。アメリカ以外の外国の情報がほとんどなく、どこの国の人であれ、とりあえず英語での読み方をまねしておけばよかった時代ならこれでもよかったのだろうが、そんな時代はとっくに終わり、日本にもチェコ語ができる人がいて、チェコに旅行する日本人も多くなった現在、チェコ人の人名のカタカナ表記にもう少し気を使ってもらえないものだろうか。確かに、100パーセントチェコ語と同じ発音になるような表記ができる名前は少ないが、見ても聞いても誰のことだかわからないような表記を使って平然としているのは、プロとして犯罪的であるだろう。
 チェコはそれほど有力な国家ではないので、政治や経済のニュースでチェコ人の名前が日本の紙面を飾ることは滅多になく、またそういう記事の場合にはチェコに関係する人たちが書くことが多いので、それほど変な表記を見た記憶はない。一番問題なのは、チェコ人が世界各地で活躍しているスポーツ関係である。
 世界最大のスポーツであるサッカーは比較的まともである。以前はペトル・チェフが「ツェフ」と書かれているのを散見したものだが、最近は見かけないし、リバプールで活躍し「スミチェル」と書かれることの多かったシュミツルは引退して表に出てこなくなって変な表記のしようがなくなったし、せいぜい音引きの有無が問題になるぐらいで、おおむね許容範囲にあると言っていい。もしかしたら、最近はチェコの選手がヨーロッパの有力リーグで活躍していないために、チェコ人の名前そのものが日本の新聞記事に出る回数が減っているからかもしれないのだが。そういえば、以前オロモウツを「オロムーチ」とか誤記した雑誌の記事を見て憤慨したことがあったけど、最近うちのチームは、チェコリーグでもぱっとしないので日本の新聞に載ることなんてないだろうし。
 それに対して、テニスは酷い。比較的まともな男子選手から行くと「ベルディハ」と書かれることのある選手だが、この人の名字の最後の子音は、日本語の「ヒ」の子音とほぼ同じなので「ベルディヒ」か、子音単独の音の場合にはウ段の音で表記することの多い日本語の特性を考えて「ベルディフ」と書くのがいいと思うのだが。もっとも、英語風の発音をそのまま写した「バーディッチ」とか「ベルディッチ」に比べれば「ベルディハ」でもはるかにマシなのだが、「ベルディッチ」なんて書くところないよね。
 それから、「ジリ・ベズリ」という名前を見て、ぎょっとしたことがある。チェコ語のJはヤ行の音であることを知っている私は、ちょっと考えて、これはイジー・ベセリーのことだと気づいたのだが、そんな人はほとんどいないだろう。
 女子選手の場合はもっとひどい。チェコ人の女性の名字は「オバー」(表記の仕方によっては「オヴァー」)で終わることが多いのだが、一時期「ワ」で終わる表記をしばしば見かけた。これではロシア人の名字である。酷いものになると同じ記事中で、同じチェコ人なのに「ワ」でおわるのと「バ」で終わるのが混在しているのまであった。
 そして、ある選手名一覧の記事で「ルーシー・サファロワ」という選手の名前を見て、横にチェコの国旗がついているのが間違いで、ロシアの選手だろうと思ってしまったことがある。実際はルツィエ・シャファージョバーのことだったのだが、こういう表記をされると、その媒体そのものが信用できなくなるし、記事を読む気も失せるのである。
 もう一人、自転車のロードレースの記事で「クルージガー」という名前を見たときにも、目を疑った。ドイツ語起源のこのチェコの名字は、クロイツィグルと書くのが一番チェコ語での読みに近いのだが、せめて他の雑誌が使っていた「クロイツィゲル」にしてほしかった。その前に、「クルージガー」と「クロイツィゲル」の二つの表記をみて、同じ名字だとわかる人はいるのだろうか。
 テニスや自転車レースは、若年世代から国外に出て活動することが多いため、選手達も英語風に名前を読まれてしまうことに慣れていて、いちいち目くじらを立てないのかもしれないが、雑誌や新聞で取材をする記者がそれに甘えていいのだろうか。サッカーのワールドカップのときなど、チェコテレビのアナウンサーたちは、アジアや南米などの名前の読み方がよくわからない国のテレビ局から来ている取材班のところに出かけていって、一つ一つ確認したと言っていた。日本のメディアに、それを期待するのは無理な話なのだろうか。それができなくても、チェコ語なら東京外大のチェコ語の先生に問い合わせるぐらいのことはしても罰は当たらないだろうに。2020年に行われるらしい東京オリンピックでは、チェコ人の名前がチェコ語風に読まれ書かれることを望みたいものである。

1月17日22時30分

 こんなことを書いた後に、テニスの全豪オープンの記事で「クヴィトバ」という表記を発見して開いた口がふさがらなかった。自社でVの音を、「バビブべボ」で書くことになっているのか、「ヴァヴィヴヴェヴォ」を使うことになっているのかぐらい確認しろよ。ちなみに、チェコ語ではKvitováである。1月19日追記



 ためしに大き目のを。1月19日追記。






2016年01月19日

オロモウツビール事情(一月十六日)


 昔、今から四半世紀ほど前に、生まれて初めてオロモウツを訪れたときには、オロモウツで作られたビールを飲ませる飲み屋は確かにあった。どこにあったかや、どんな味だったかまでは覚えていないが、オロモウツのビールというものを飲んだ記憶がある。それが、二千年代初頭に、チェコ語のサマースクールのためにオロモウツを再訪したとき、街中にあふれているビールの看板は、ピルスナー・ウルクエルやスタロプラメンなどの大手ばかりで、比較的地元と言えるのは、リトベルとプシェロフのズブルぐらいしかなかった。
 サマースクールで、先生や大学院生のアシスタントたちに、オロモウツのビールはないのか聞いてみたのだが、まともな返事は返ってこなかった。この人たちにとっては、飲めて美味しければ、どこのビールでもかまわないようだった。一人だけ、「確かホルバという名前のはずだ」という情報を寄せてくれた人がいたが、スーパーでホルバの瓶を見つけて確認してみると、オロモウツなんかではなく、オロモウツからずっと北、ポーランドとの国境にも近いハヌショビツェという町で生産されているものだった。地元のビールを愛する文化なんてものは存在しなかったようだ。
 その後、どういう事情で知ったのかは覚えていないが、オロモウツで作られていたビールの名前はホラン、しかし、すでに瓶しか存在していないということで、飲み屋で生ビールという訳にはいかなかった。しかも、オロモウツの醸造所は、上記のリトベル、プシェロフ、ハヌショビツェの三つの醸造所と共に、企業グループを作っており、オロモウツではすでにビールの生産はしておらず、グループの物流の拠点となっているということだった。生産量が減ったためにグループ内の他の醸造所で生産するようになったらしい。これが十年以上前の話で、以前もあまり見かけなかったが、最近はホランなんてどこにも売られていないので、ブランド自体が消滅したのかもしれない。
 そんな状況の中で、ミニ醸造所つきビアホールとしてオロモウツで最初に開店したのが、テレジア門の近くにあるモリッツである。十年ほど前に開店したときには、オロモウツでは恐らく初めての完全禁煙の飲食店だった。半地下になっている客席の一角にビールの醸造用の設備の一部が見えるように置かれていて、ここでビールが作られていることがよくわかる。そして釜などに使われている銅は、綺麗に磨かれて光っていて、古来あかがねと呼ばれていたのも納得の美しさなのである。ビールは、種類は少なく三種類で、黒ビールもなくて、色の濃いビールしかないけれども、やはり、美味しい。以前職場がこの店のすぐ隣だったころには、日本からのお客さんが来ると、昼食は必ずここに連れて行ったものだが、日本からのお客さんも、昼酒は避けようと思っている私も、思わず飲んでしまうほどに美味しいのである。
 ビールが美味しいからか、この店は、夜になると、いつ行っても込んでいて、よほど早い時間に行かない限り、予約無しで座れたことがない。そして最大の問題は、次の日喉が痛くて声が出なくなるということだ。なぜなら、みんな大声で話をしているので、小さな声では聞こえず、自然と大きな声で話すことになってしまうからだ。日によっては叫ぶような声で話さないと聞こえないこともあって、話をするために行くにはあまり向いていない。二つに分かれているフロアの片方を、借り切ってしまえば、何とかなるかもしれないけれど。
 もう一軒が、今度は現在の職場の近くにあるのだが、大司教宮殿から共和国広場に向かう通りの左側にひっそりと存在している。以前は共和国広場の郵便局の裏と言えばわかってもらえたのだが、最近は郵便局の規模が縮小されて目立たなくなったので、わかりにくくなっているかもしれない。とまれ、この飲み屋は聖バーツラフ醸造所という名称で、以前は街の反対側にあったものが、移転してきたとも、前の店を乗っ取られた主人が改めてこちらに店を開いたとも言われている。
 こちらは、半地下ではなく一階に店があり、二階ではビール温泉と言うか、美容と健康のためにビール浴をしながらビールが飲めるというサービスもやっているらしい。私は経験していないが、知り合いの日本人が、なかなか貴重な体験だったと語っていた。
 ビールの種類はこちらのほうが少し多く、黒ビールもあるし、毎日日替わりで特殊なタイプのビールも提供している。たまにレモンとかオレンジとか書いてあるのは、醸造の材料ではなくて、風味のために果汁が加えられているのだと思いたい。飲んだことがないのでよくわからないけれども。
 しかし特筆すべきは、やはりチェコ語でジェザネーと言われる、普通のビールと黒ビールのハーフアンドハーフである。これは注ぎ方が下手な人がやると、二つのビールが混ざってしまい、ただのちょっと色の濃いビールになってしまうのだが、このお店では、チェコ語の表現を使えば、文字通り二つに切られたものが出てくるのである。師匠にジェザネーの存在を知らされて以来、あちこちで注文してきたが、ここほどちゃんと分かれたものが確実に出てくるお店は存在しない。日本からのお客さんにも、すごいでしょと威張れるのである。
 以前は、あちこち飲み歩く中で、できるだけたくさんの種類のビールを飲むようにしていたが、最近は機会がめっきり減ったこともあって、飲みに行くとなると、この二軒であることが多い。機会が少ない分、おいしいものを飲むのは義務だと思うのである。

1月17日17時



 あるかなと思ってさがしてみたら出てきた。やっぱりピルスナー・ウルクエルは緑の瓶じゃなきゃね。1月18日追記。


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posted by olomoučan at 05:32| Comment(0) | TrackBack(0) | Pivo

2016年01月18日

いんちきチェコ語講座(二) 名詞(一月十五日)


 これから書くのは、チェコ語を勉強していて間違えたときの言い訳にはなりそうだけれども、チェコ語の勉強の役には立ちそうもない与太話なので、発音について書いたときとは題名を変えることにする。ただ続きではあるので「二」である。
 日本人がチェコ語を勉強するときに、一番最初にぶつかる山が、語彙の山である。英語と違って日本語に外来語として取り入れられた言葉がほとんどないチェコ語は、見ても聞いても想像もつかない言葉ばかりである。ただこれは、英語であっても最終的には覚えなければならない言葉は山のように出てくるのだから、何語を学ぶのであれ語学には、避けて通れない道である。
 昔、大学でドイツ語をちょっとだけかじったときに、名詞には性があって格変化というものが存在することを知って、どうしてこんな言葉を選んだんだろうと後悔したのだが(他の選択できた言葉、中国語、フランス語を選んでいたとしても別の理由で後悔していたに決まっているが)、チェコ語の名詞には、男性、女性、中性の区別があるのみならず、男性名詞はさらに、生きているもの、いわゆる活動体と、生きていない不活動体に区別されるのである。かつて活動体と不活動体の間違いを何度も指摘されて、自分が悪いのはわかっていながら、「どうして女性名詞には活動体がないの? 女性は生きていないってことなの」などと八つ当たり気味に師匠に質問して、困らせてしまったことがある。
 それからよくわからないのが、厳密に男性名詞、女性名詞を区別するのに、本来女性名詞であるはずの名詞が男性の姓として使われることである。有名どころを例としてあげておくと、交響詩『我が祖国』で有名なベドジフ・スメタナの姓、スメタナは本来、クリームを意味する女性名詞である。師匠の話では、まだ名字をもつことが一般的ではなかった時代に、その家で生産している物、売っている物を同名の人物の識別に使ったのが始まりではないかと言う。それで、師匠に、女性形がスメタナだったら、男性形はスメタンじゃないのと聞いたら、アホと怒られてしまった。
 もちろん、女性の名字は、原則として「オバー(ová)」で終わることは、チェコ語の勉強を始めてすぐに説明されるのでわかってはいるのである。しかし、これは男性、これは女性と、必死になって名詞の性を覚えようとしているところに、典型的な女性名詞の特徴であるア段でおわる名字が出てきたら、これは女性名詞だから、この人も女性だろうと思うのも無理はないと思う。私自身も、今でこそこんな間違いはしなくなったが、初学のころは名字だけ知らされた人のことをとっさに女性扱いして何度も笑われたものである。男性名詞、女性名詞を厳格に区別するのだったら、女性名詞を男性の名字にするときに、男性形を作り出してくれれば、私のような外国人が苦労せずにすんだのに。
 反対の例もある。ボレスラフというのは男の名前である。一番有名なのは、聖バーツラフを暗殺した弟のボレスラフであるが、この人物にちなんで名前の付けられた(と聞いたような気がする)暗殺の地スタラー・ボレスラフも、自動車会社シュコダの工場があるムラダー・ボレスラフも前に付けられた形容詞の形からわかるように女性名詞になっているのである。男性の名前が、地名になると女性名詞になる。何とも不思議な話である。

 そして、名詞の性、活動体、不活動体が判別できたからといって、格変化ができるわけではない。それぞれに硬変化、軟変化、特殊変化などいくつかの各変化の種類があって、さらに単数複数の区別があったり、複数でしか使われない名詞というのもあったりして、なかなかに大変なのである。ただ、格変化自体は、日本語で名詞に「てにをは」をつけるようなものだと思えば、それほど抵抗は感じない。覚えるのが大変だという事実が残るだけなのだが、これについては、稿を改めることにする。

1月16日12時





 せっかくやり方を覚えたので再度挑戦。この教科書、十課以降まで独学できた人は、学校に通ってチェコ語の勉強を刷る甲斐があると思う。イメージがないのが残念だけど、どうせチェコ語を勉強するなら、この教科書が一番いい。1月18日追記




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マリア・テレジアのオロモウツ(一月十四日)


 日本にいると、ハプスブルク家はオーストリアのものであるという意識が強くて、知識としてチェコもその支配下にあったということはわかっていても、モラビア、ひいてはオロモウツとハプスブルク家の関係は実感としては意識しにくい。それはハプスブルク家についての文章が日本語で書かれるとき、チェコの地名もチェコ語の名前ではなく、ドイツ語の名前で表記されることが多いからかもしれない。オロモウツとオルミュッツという二つの地名を見て、似ているとは思っても、知らなければ同じ町の別名だとは気づくまい。
 しかし、実際にはハプスブルク家は長期にわたって、神聖ローマ帝国内では、ボヘミア、モラビアとシレジアの一部からなる現在のチェコの領域を、神聖ローマ帝国外では、上部ハンガリーとして現在のスロバキアを支配しており、チェコスロバキア、ひいてはチェコとスロバキアに大きな影響を与え続けてきた。オロモウツにハプスブルク家の足跡がいくつか残されているのも当然ではあるのだ。

 オロモウツのバーツラフ広場から、トラムの走る通りに降りて、向かい側に見える道を登っていくと小さな広場に出る。ここが名前だけは立派な司教広場で、左手前方にある白い大きな建物が、大司教宮殿である。1848年にウィーンで革命騒ぎが起きたときにオロモウツに逃げてきた当時の皇太子が、この建物の中の一室で戴冠式を挙げたと言われている。残念ながら大司教宮殿が一般に開放されるのは年に何回かしかないので、いつでも見学できるというわけではないが、改修が終わる前でさえ一見の価値があったので、折を見て見に行きたいと思っているのだが、なかなか予定が合わない。
 大司教宮殿の入り口の前に立って広場のほうを向いた時に、右手前方、若しくは、視界の右半分を遮るように立っているのが、マリア・テレジアが建てた武器庫と呼ばれる建物で、現在はチェコで二番目に古い大学であるパラツキー大学の図書館になっている。
 チェコ語の師匠の話では、私生活を何度もオロモウツの大司教に批判されたことに腹を立てたマリア・テレジアが、かつては広かった司教広場の半分を使って、左右対称に建てられた大司教宮殿への景観と、大司教宮殿からの視界を半分だけ遮るように建てたものだという。これ以上批判を続けるなら、この中の武器を使うぞという脅しの意味も兼ねていたのだろう。

 旧市街の反対側、ホルニー広場からドルニー広場(この日本語訳は何とかしたいのだが……)に入って右手に下って行って、一つ目の角を曲がって細い通りを抜けると、トラムの通る大通りに出る。そこから右手前方に見えるのがテレジア門と呼ばれる建物である。
 かつてオロモウツはシレジアを失ったハプスブルク領の北の国境を押さえる要塞都市としての機能を担わされていた時期があり、テレジア門はその時代の名残なのである。現在トラムの走る大通りは堀の代わりの川が流れており、こちら側から街に入るためには、テレジア門を入って橋を渡る必要があったらしい。そして当時は、この門から外側、街の反対側では大砲の置かれた砲台の外側には、建物はおろか、木さえも存在することが許されなかったのだという。できる限りの見通しを確保することが最優先されたのである。その結果、この旧市街の外側に当たる部分は、内側と比べて新しい建物が多く、建物の正面上部に記載されていることの多い建築年紀を見ると、19世紀の終わりから20世紀の初めに建てられたものが多いことがわかるのである。

 再びバーツラフ広場からトラム通りに下りて来たところに戻って、左折し歩道を道なりに下りていくと、名前から水車用に引かれたと思われるムリーンスキー川にでる。橋の上から左、上流のほうを見るとほぼ正面に見えるなかなか壮麗な建物が、本来は修道院で、現在は軍の病院になっているクラーシュテルニー・フラディスコ(訳を考えたくないのでカタカナ表記にさせてもらう)である。以前は改修されておらず漆喰がはげていたり壁の白色がくすんでいたりとなかなかひなびたたたずまいを見せていたのだが、改修後は小奇麗な印象になってしまった。
 この建物はナポレオン戦争の時代に、オーストリア軍やフランス軍が、接収して傷病兵の療養所として使ったことから軍病院になったらしいが、例のアウステルリッツ(チェコ名スラフコフ)の三帝会戦の前だったか、後だったかにナポレオンその人も滞在したことがあるのだという。そして中には、マリア・テレジアの図書室と呼ばれる部屋があって、現在も図書室として使われているが、当時の本はまったく残っていないというような話を、かつてチェコ語のサマースクールで見学をしたときに、聞いたような記憶がある。もっとも当時の私のチェコ語力は非常に怪しかったので、どこまで本当に聞いたことなのかは保証しかねるのであるが。
 軍の病院になっているため一般公開はされていないが、チェコ語のサマースクールなどで見学ができることもあるし、中庭までなら特に許可もなく入ることができる。もっとも患者として軍病院に運ばれて中を見学するという手もあるけど、病院の診察室や病室として使われている部分は、近代化されていて、あまり見てもしょうがないのではないかと言う気もする。
1月15日22時30分




 記事には関係ないけど、チェコ関係の我が愛読書の一つである。こんなこともできるようになるなんて、我ながら成長したなあ。1月17日追記。


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2016年01月17日

ソニーリーダーを讃えよ(一月十三日)


 2010年の秋に、ソニーのリーダーが発売されたとき、すぐにほしいと思った。同時期に発売されたシャープのガラパゴスには、まったく食指が動かなかった。私が欲しかったのは、電子書籍の読めるミニPCではなく、紙の本の代わりだったのだ。
 雑誌などの比較記事ではリーダーはモノクロで、通信機能も付いていないなどというまったく的外れな批判を見受けたが、おそらく本を読まない電子機器の専門家が書いたのだろう。真の活字中毒者であれば、カラーなど不要だし(マンガのカラーページがモノクロになったところで、ストーリーには変化はないし、表紙のカバー絵なんて本を選ぶときには重要でも読む際には不要だ)、本に通信機能なんか求めはしないのである。むしろ、音楽が聴ける機能が付いていたり、辞書が入っていたりするのに、無駄なことをという感想を持つはずである。大切なのは、快適に読めることで、それ以外の事は些末事にもならないのである。
 ソニーの製品を、カタログスペックだけで購入するのは危険なので、すぐには飛びつかず、ネット上で購入者の体験記をあれこれ拾い読みした。最大の懸念はファイル管理のための転送ソフトだったのだが、実はそんなものは不要で、USB接続で充電する際に、普通のUSBメモリーと同じように認識されるので、所定のフォルダにコピーしてやればいいということだった。それまでチェコ語版ウィンドウズを使っているせいで、日本語のソフトがまともに機能しないという体験を何度もしていただけに、これはありがたかった。
 また、いちように称賛されていたのが画面の見やすさ、文字の読みやすさだった。これはカタログでも強調されていたことではあるが、メーカーの宣伝文句ではなく、実際に使った人の実感として目に優しいというのは、仕事でもコンピューターを使うことが多く目に疲労を感じることの多い私には、非常に魅力的だった。
 それでも、購入には踏み切れず、どうしようか悩んでいたところに、半年ほど日本に滞在していた知人が、たまたま発売されたばかりだったリーダーを購入して帰ってきたことがわかり、お願いして見せてもらった。PDFのファイルを楽に読むために購入したらしく、日本の電子書籍はサンプルしか入っていなかったが、二、三ページ見るだけで十分だった。その電子機器とは思えない画面に、買わないという選択肢は消滅した。ただ、外国にいる悲しさ、実際に手に入れるまでにはまたしばらくの時間が必要で、無理を言える友人が日本に行く七月まで待たなければならなかったのだった。
 そして実際に手に入れたリーダーにXMDF形式の電子書籍を入れて読んだときの満足感は、もうPCで読むのはやめようと思わせるに十分だった。だから、その後の一年ほどの間に、ソニー製品はいつ生産中止になって新しいものが購入できなくなってもおかしくないので、日本に住んでいる友人にもお願いして、全部で四台確保したのである。一号機はすでに電源の調子がおかしくなっているので、湿気で寿命が短くなることは覚悟のうえで、風呂場で湯に浸かりながら読むのにも使っているし、メインで使っている二号機も、バッテリーの持ちが悪くなってきたので、そろそろ三号機を箱から出して投入しようかと考えているところである。一号機のもち具合を考えると、これで、少なくともあと十年ぐらいはリーダーを使い続けられるはずである。
 リーダーを購入して、本体に対する不満はない。USBで充電中は読めないのが最初は不満だったが、これは専用の充電アダプターを購入しなかったこっちのミスだし、二号機投入後は、一台が充電中は、もう一台で読めるようになったので不満の持ちようもない。
 許せなかったのは、広告には、一度充電すれば、二週間だったか、三週間だったか、とにかく長期間読み続けられると書いてあったのに、ひんぱんに充電しなければならないことだった。購入以来、一週間に一度も充電しなかった週なんて存在しない。これは本体の問題ではなくて、広告やカタログに載せる数値を出す際に、想定する読書量、読書時間が、話にならないぐらい少ないことによるのだ。ソニーには活字中毒者の心理がまったくわかっていないのである。
 実感値としては、一度の充電で読めるのは、テキスト主体のPDFで五千ページは読めるけど一万ページは読めないぐらいだっただろうか。現在は使いすぎたせいか五千ページにも届かないかもしれない。ならば、ここは、一日中読み続けても大丈夫とか、徹夜で読んでもまだ読めるとか、読書時間を細切れにして、長期間読めるというのではなく、連続で何時間読めるのかに焦点を当てたほうが、本当の読書狂いを引きつけることができただろうに、もったいない話である。
 もったいないといえば、ソニー独自で書籍の販売サイトを立ち上げて読者の囲い込みをはかったことも、無駄な努力だったのではなかろうか。以前、ある出版社がソニーに買収されて傘下に入ったときにも、話題になったことだが、ソニーは本の売り方がわかっていない。ソニーが囲い込むべきは、読者ではなく、電子書籍の販売サイトだったのである。リーダーを持つ人がみなソニーの本屋で購入するという状況ではなく、どの販売サイトで購入した電子書籍でもリーダーで読めるという状態を作り出すべきだったのだ。その上で、どうしても機器認証とか登録などのややこしい手続きが必要なのであれば、ソニーのサイトでユーザー登録する際に、同時に販売サイト用の機器登録もできるとか、手続きの簡略化ができるようなシステムを構築していれば、もう少しは戦えたと思うのだが。
 2014年にリーダーが北米市場から撤退したというニュースが流れ、以降日本市場でも新製品の投入がないことを考えると、ソニーはリーダーを諦めたのかもしれない。キンドル如きに、負けたと思うと、リーダーユーザーとしては、泣きたくなるくらい悲しい。やはり、ハードで勝負するべきソニーが、ソフトの販売で儲けようというのが間違っているのだと、ソニーというブランドにいまだに特別の輝きを感じてしまう世代の私としては思うのである。今後、電子書籍リーダーからソニーが完全に撤退するとしても、将来四号機が寿命を迎えるころに、コンセプトを見直した上で再参入してもらいたいという誠に自分本位な希望を込めて、改めて断言しておく。ソニーのリーダーは素晴らしいと。
1月14日21時45分
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2016年01月16日

電子書籍のたそがれ(一月十二日)



 ウェブの書斎、ビットウェイブックス、パピレス、まだ他にもいくつかあったはずだが、これが、私がこれまで使ってきた主な電子書籍の販売サイトである。残念ながら、サービスの再編や終了が相次いだ結果、現在でも使えるのはパピレスだけになってしまった。そのパピレスも最近元気がなく、電子書籍を購入することはほとんどなくなっている。
 確か2010年の秋に、電子書籍専用の端末であるソニーのリーダーとシャープのガラパゴスが発売され、何度目かの電子書籍の夜明けと呼ばれる時代がやってきた。しかし今になって考えてみると、この辺りから、日本国外で日本の電子書籍を購入する環境が悪化し始めたような気がする。
 そもそも、こちらに来たばかりの2000年前後には、大量の本を持ってきていたこともあって、本の購入はそれほど緊急の問題ではなかった。大半は既読の本だったけれども、繰り返し読むのも読書の楽しみであるのだ。ただ、次第にまだ読んだことのない本に対する欲求が高まり、あれこれ探してみたところ、発見したのがパブリや上記のサイトなどの電子書籍を販売しているいくつかのサイトだった。残念なことに、考えようによっては幸いなことに、日本でクレジットカードを作ってこなかったので、支払い方法がなく、最初の何ページかを立ち読みできる機能で満足するしかなかったのである。
 その後、いくつかのサイトでは、ウェブマネーというプリペイド方式のお金のようなものが使えることが判明し、知り合いが日本に一時帰国する際に、5000円分購入してきてもらった。これが、私が電子書籍の購入を決意した瞬間だった。正確に覚えてはいないが今から約十年前のことである。
 お金があるとは言っても、高々5000円分では、買える数はそれほど多くないし、ウェブマネーを定期的に追加する方法があったわけでもないので、慎重に買う本を選んでいた。こっちのサイトにはあるけど、こっちにはないとか、このサイトではウェブマネーではこの本は買えないとか、いろいろな制限があったせいで、複数の販売サイトを使うことになったが、ありがたいことにどこで購入したものでも、閲覧ソフトがあれば問題なく読むことができたのである。ただ、主要なファイル形式が二つあったために、ソフトも、ブンコビューアと、T-Timeの二つが必要ではあったが、現在のように販売サイトごとに専用ソフトが必要だというややこしい状況ではなかった。
 それから数年の間は、何とかウェブマネーを調達して、毎月一〜二冊の割合で、新しい電子書籍を購入し、楽しんでいたのだが、コンピューターを日本語ウィンドウズのものからチェコ語のものに変えたことで、この幸せな時代は終わる。閲覧ソフト自体は起動することはできても、文字化けを起こして読めなくなってしまったのである。後には、エミュレーターソフトの存在を教えられて、何とか読めるようにはなったけれども、活字も読みやすいものではなかったし、文字の並びもどこか不自然で、あえて読みたいと思えるものではなくなってしまった。

 そんな時期に発売されたのがソニーのリーダーだったのである。発売後半年ぐらいたったころに知り合いのチェコ人が日本で購入してきたものを見せてもらって、文字の読みやすさを確認した上で、迷わず購入に踏み切った。つまりは、仕事で日本に行った友人に買ってこさせたのである。電子書籍をPCのモニター上で読むのは、目が疲れて苦痛に感じられることもあったし、それまでに購入していたXMDF形式の電子書籍がそのままリーダーでも読めるというのもありがたかった。これでソファーに寝そべって目の疲れを考えずに読むことができる。
 その後、リーダーは.book形式にも対応するようになり、これは本当に電子書籍の時代が来たと思ったのだ。それなのに冒頭にも書いたとおり、サービスの再編やら何やらが起こり、多くの販売サイトではPCで読むならチェコ語のウィンドウズで動くかどうかも分からない専用ソフトが要求されるようになり、販売される形式も純粋なXMDFや.book形式ではなく、ソニーのリーダでは読めないものになってしまったのである。唯一の生き残りのパピレスでは、販売を停止する出版社や、すでに発売済みのものは残っていても新刊が追加されない出版社が増えてきて、電子書籍の購入欲も低下する一方なのである。
 もちろん、ソニーのリーダーストアなんてのがあるのは知っているが、使えないと評判だった公式の転送ソフトを使わなければならず、外国からはできなかったリーダーの本体の使用者登録や、リーダーストへの機器認証など、やってられるかといいたくなるぐらい手間がかかるようだったので、全く使う気にはなれなかったし、今でもその気はないのである。もっとも支払い方法の問題で買えないのではあるけれども。

 それにしても、国外にこれだけたくさんの日本人がいて、日本語を学習している外国人もいるのだから、外国向けの対応をしてもいいのではなかろうか。日本で自由に本を買えないこういう人たちこそ電子書籍を求めていると思うのだが、hontoとか、BookLiveあたりの大手取次ぎが関わっているところで対応してくれないだろうか。私の知る限り、海外からの購入を想定していて、海外発行のクレジットカードで購入できるところはパピレスだけである。品揃えの面からhontoあたりが、日本向けのサービスのかたわらで外国向けの販売をしてくれると本当にありがたいのだけれど。その際には、使える端末にソニーのリーダーを追加するのと、うまく行くかどうかもわからない機器認証を外国向けには廃止するのを忘れないでくれるとなおありがたい。
1月13日22時30分








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2016年01月15日

ビール(一月十一日)


 チェコと言えばビールである。これに異論のある人はいないだろう。モラビアではビールよりもワインだと言う人がいるかもしれないが、モラビアでもビールが一番たくさん飲まれているのだから。もっとも、チェコといえばガラスだとか、チェコフィルだとかいう人もいるだろうし、その気持ちはわかるが、これはカテゴリーが違うことにしておこう。
 では、ビールと言えばチェコである、と言ったらどうだろうか。これだとあちこちから異論が出そうな気もするが、チェコ人は世界で一番ビールを飲む国民なので、これで正しいのである。実際どのようにして出された統計かはわからないのだが、新生児も含めたチェコ人が、一人当たり一年間に消費するビールの量は、150リットル前後で、以前に比べると減少傾向にあるものの、世界でダントツに多い数字だという。
 ちなみにチェコのビール業界では、ビールの生産量など液体の量を示すのに、ヘクトリットルという単位が使われている。ヘクタールからの類推で、100リットルを指すというのはすぐに想定できるのだが、ビール工場の見学などで通訳をしていると、日本では大きな数字を四桁ごとに分けていくのに対して、こちらでは三桁ごとに基準となる数の単位が変わるとのと、ヘクトリットルをキロリットルに直さなければならないのとが相まってものすごく大変である。一度など、案内の人が同情してキロリットルに直そうとしてくれたのだが、慣れていないものだから変な数字が出て来て、こちらもさらに混乱してしまって、収拾がつかなくなったことがある。

 現在のチェコのビール市場を、簡単に、ちょっとカッコつけてまとめると、多様化と寡占化が進んでいると言える。共産主義時代には、ちょっとした大きな町には存在したと言われる地元のビール工場だが、民主化と自由経済の荒波を受けて、乗り切れずに倒産、あるいは他に吸収されたところと、波に乗って拡大路線を進んだところとに大別される。大半は前者の道を歩んだので、チェコ国内のビール醸造所の数は減少の一途をたどっていたらしい。それが2000年ぐらいから、いわゆる地ビール、普通の地ビール以上に地産地消である醸造所付きビアホールが増えはじめ、多少値段は高いが、各地でそこでしか飲めない個性的なビールが飲めるようになっている。これが多様化である。
 一方、寡占化というのは、大手のビール会社の合弁、買収が進み、チェコのビール市場でシェアと呼べるほどのものを持っている会社は数えるほどにすぎないからである。その中でも最も大きいのが、ピルスナー・ウルクエル社である。正確な数字は覚えていないが、市場の50パーセントぐらいを握っていたはずである。
 この会社は、本拠地である西ボヘミアのプルゼニュでは、世界中で生産されているピルスナータイプのビールの始祖とも言うべきピルスナー・ウルクエルと、最近までチェコのサッカーリーグのメインスポンサーとなっていたガンブリヌスを生産している。ちなみにピルスナー・ウルクエルは、嘘かほんとか、腎臓結石を溶かすといわれているので、以前結石で救急車を呼ばれたり入院したりしたときには、その話をするたびに、ピルスナーを飲めと言われたものである。もう一つのガンブリヌスの名前の由来は、ベルギーだかオランダだかのあたりでビール王と呼ばれた王様の名前から取られているらしい。
 また、ピルスナーウルクエル社は、ボヘミア地方のジョッキを手にしたヤギのシンボルマークもりりしいベルコポポビツキー・コゼル社と、シレジア地方のヒュンダイの工場ができたことで有名になったノショビツェのラデガスト社を傘下におさめている。コゼルはチェコの中では比較的黒ビールにも力を入れている会社で、ラデガストは、普通のビールだけでなく、ビレルというノンアルコールビールの評価も高い。私自身は以前チェコでノンアルコールビールを飲んで、普通のビールが飲みたくてたまらなくなるという経験をしたことがあるので、ビレルも含めてノンアルコールビールは飲まないことにしているのだが。
 とまれ、ピルスナー・ウルクエル社は、ビルスナー・ウルクエル、ガンブリヌス、コゼル、ラデガストという四つの銘柄を擁して、チェコのビール市場のほぼ半分を支配しているわけだが、残念ながら、すでに外資に買収されてしまっている。今はベルギーのインベブとの合併のニュースも流れたSABミラービールの子会社だったはずだ。
 そして、チェコビール好きにとっては、非常に悲しいことに、ピルスナー・ウルクエルのライセンス生産が行われるようになってしまった。SABミラービールには、プレミアビールといえるような高級ブランドビールが他にないため、ピルスナー・ウルクエルに白羽の矢が立ってしまったのである。その結果、輸出の拡大が求められ、プルゼニュではそれほど増産できないのか、同じく傘下におさめられたスロバキア、ポーランド、ロシアなどのビール会社で、現地の市場向けのライセンス生産が始まってしまった。水の硬度など、プルゼニュとできるだけ近いところを選んだ、とは言うものの、まったく同じものが作れるわけではないだろう。そんな細かい味なんて素人にわかりはしないだろうけど、スロバキア産とか、ロシア産とか書かれているだけで、あまり美味しくないような気がしてしまう。
 ピルスナー・ウルクエルは、以前はキリンビールが日本に輸入して販売していたはずだが、今でも買えるのだろうか。もし、日本で買えるものがポーランド産とかになっていたら嫌だなあ、日本でライセンス生産が始まっていたりしたら、もっと嫌だなあと考えてしまうのである。西ヨーロッパなどの戦略的に重要な市場には、ブランドイメージの低下を避けるためか、プルゼニュで生産されたピルスナー・ウルクエルが輸出されているようだから、日本市場も同じ扱いだと信じたい。チェコにいればいつでも本物が飲めるから、どうでもいいと言えば、どうでもいいのだけど。
1月12日23時









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2016年01月14日

反省其一(一月十日)


 この毎日作文の計も、本日で一旬を超えることになるのだが、ここらで一回目の反省と言うか、ここまでのまとめをしておきたい。
 うまくいっている点としては、ここまで書き続けられてきた点である。これまでも何度か、毎日書く習慣をつけようと、書き始めたものの三日坊主どころか、一日目に書き始めたものも最後まで書き終わらないまま放置したこともあるので、一週間、十日という最初の節目を越えられるかどうかも不安だったのだ。
 次に、ブログ開設の手続きができたことも評価できる。年末に思い立って、正月開けには、よくわからないながらも何とか記事を投稿できるようになっていたのは、普段の優柔不断さを考えると、自分でも少々驚いている。
 それにしても、記事を投稿するたびに感じる、このそこはかとない罪悪感は何なのだろう。誰にも始めたことを言っていないのが原因なのだろうか。知り合いが読めば正体がばれるのは明らかなので、それを恐れているのだろうか。それで、二日目からは正体がばれない記述を心がけているのだが。とにかく、毎回ワードから文章をコピーして投稿しただけで、その罪悪感に急き立てられるようにログアウトしてしまうのである。最近は文字の大きさを変えたり、カテゴリーの設定をしたりできるようになってきたので、これからも少しずつ進歩していけると思いたいところだ。
 それから、私は、文章を書き始めてある程度まで話を広げるところまでは、得意なのだが終わらせるのが苦手である。それが、出来不出来はともかくとして、毎日文章にけりをつけられているのは、ブログに載せるという意識があるおかげだろう。今までは、ある程度まで書いて行き詰ると、思いついたら続きを書こうと考えて、結局は放置して最後まで書かずに忘れてしまうというパターンが多かったのだから。
 では、反省するべき、うまく行かなかった点は何だろう。
 まずは何と言っても文章の質である。構成などをきっちり考える前に書き始めてしまうので、当初の構想から離れてしまったり、余計なことを書き込みすぎて意味不明になっているところがあるような気がする。放って置くと一文が異常に長くなってしまうのも悪癖であるが、短文を並べた句点ばかりの文章は書きたくないので、バランスを見極められるようになりたい。
 一応の目標としては、一見関係のない前置きから始まって、気が付いたら本題に入っているというタイプの文章を考えているのだが、前置きのほうが長くなったり、結論めいた部分が唐突すぎたり、あまりうまくいっているとは言えない。
 また毎回A4一枚程度のつもりでいたのに、分量が増え、それとともに書くのにかかる時間が増えているのも問題だ。分量が足りないのは避けたいと必要上に書き込んでしまうのが原因だが、今後は短く綺麗にまとめることを意識してみよう。
 ブログ自体に関しては、時間を余りかけていないせいもあって、何が出来るのか、どうすればいいのかの確認すら済んでいないのが現状である。シンプルな今のデザインは気に入っているが、少しは色があったほうがいいような気もするし、写真なんかを載せるのもやってみたいと思ってはいるのだが……。それに、ここファンブログは、多分アフィリエイトというのをやることが前提のようなので、いずれは最低限のことはしなければならないと考えている。
 結局は、毎日書き続けていれば、文章を書くのに慣れて文章の質が上がり、毎日記事の投稿を続けていれば、罪悪感も感じなくなりあれこれ今まで手を出せなかったことに手がつけられるようになるということなのだろう。だから、継続は力なりと言うことで、これからも書き続けていこうと決意を新たにして、一度目の反省? を終わらせることにする。
1月10日18時30分









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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



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