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2016年01月21日

いんちきチェコ語講座(三) 名詞の格変化(一月十八日)


 大学で勉強したドイツ語の名詞の格変化は四つだったが、チェコ語は七つもある。単数と複数の違いもあるので、十四種類も覚えなければならない。いや物によっては双数という二つの時にだけ使う特別な形もある。しかも格変化の種類がいくつもあって、それぞれの種類ごとに覚えなければならない。こんなことを書くと、チェコ語を勉強する人の気が知れないと思う人もいるかもしれない。チェコ語を勉強しようと決める前の私でも、同じようなことを感じただろう。しかし、格変化を大体覚えてしまった現在では、格変化があるのは幸せなことだと思う。
 以前にもどこかに書いたが、格変化は日本語の助詞のようなものだと考えればいいのである。1格は「は」か「が」、2格は語順は変わるけど「の」、3格は「に」、4格は「を」、5格は古めかしいけど「よ」、6格は前置詞と一緒に使うから省略して、7格は「で」をつけるようなものだと考えれば、日本人には抵抗なく使えるのではないだろうか。
 日本語が助詞の存在によって、語順が比較的自由で、文節を入れかえることでさまざまなニュアンスを表現できるように、チェコ語も格変化のおかげで比較的語順が自由なので、ある程度までは考えた順番に話していくことができる。一度、連体修飾節も含めてできる限りの手を尽くして、日本語とほぼ同じ語順になるように作文をして師匠に見てもらったら、十九世紀のチェコ語っぽいなあと笑われたことがある。そのものではなく、「っぽい」というところがあれではあるが。いずれにせよ、英語を勉強していたころの、語順に気を使うあまり自分が何を話しているか、書いているかわからなくなってしまうという心配はしなくていいのである。
 それに、単複合わせて14、双数形のあるものは21の変化形を覚えなければならないとは言っても、格変化の種類によっては単数の1格と4格が同じだったり、3格と6格が同じだったりするし、また複数はどの変化でも1格、4格と5格が同じ形になるので、ひとつの格変化について14の変化形を覚えなければならないというわけではない。
 問題なのは、日本語の場合には名詞がどんな名詞であっても、つける助詞は変わらないが、チェコ語の場合には名詞の種類によって付けるものが変わり、同じものをつけても同じ格にはならないことがある点である。何もつけない場合や、末尾の母音を取ってから別の母音を付ける場合もあるのだけれども。例えば、語尾に「u」をつけると、男性名詞の不活動体硬変化の場合には、単数の2格、3格、6格になるのに対して、女性名詞硬変化の場合には単数4格、中性名詞硬変化の場合には単数の3格と6格を表すことになる。これだけ「u」を使う変化形が多いと言うことは、名詞の性にかかわらず硬変化の名詞が一番多いのだから、何をつけていいかわからなくなったら、とりあえず「u」をつけておけば当たる可能性が高いと言うことでもあるのだ。だから、合言葉は、困ったときの「u」なのである。
 自分が使うときには、それでいいのだが、理解しなければいけないときにちょっと困ってしまう。大抵は前についている形容詞の形、使われている動詞などからわかるのだが、一度とんでもない勘違いをしたことがある。スメタナの『我が祖国』は、チェコ語にすると「Má vlast」である。まだ初学の頃の話だが、「vlast」が女性名詞の特殊変化で1格と4格が同じだということがわかったとき、私は正直勝ったと思ったのだ。でも「má」がわからない。当時知っていた「má」は持つと言う意味の動詞の三人称単数の形だけで、文法的には「vlast」を4格で理解すれば、「彼は祖国を持つ」と訳せなくはないけれども、そこからどうすれば『我が祖国』にたどり着けるのかさっぱりわからなかった。実はこの「má」は、「私の」という意味の「můj」が女性名詞の単数につくときの1格の古い形で、「vlast」はもちろん、4格なんかではなく、1格だったのだ。畜生ということで、それからは、「můj」を女性名詞の前で使うときには、一般的な「moje」ではなく、「má」を使うようになってしまった。

 格変化で私が一番苦労させられたのは、ここまで数字を使って1格、2格と書いてきたことからも想像できるかもしれないが、それぞれの格の名称である。初めてチェコ語のサマースクールに参加する前に、当時日本で教わっていたチェコ語の先生に、1格から7格までの順序数詞を使った言い方を教えてもらってはいたのだ。しかし、サマースクールで先生たちはそんな簡単な表現は使ってくれなかった。日本語でも主格、生格などと言うこともあるように、ノミナティフ、ゲネティフ、ダティフ、アクザティフ、ヴォカティフ、ロカール、インストゥルメンタール(全部書いてしまった)というそれまで見たことも聞いたこともなかった言葉が、先生の口から出てきてもう大変。同級生達はそれをさも当然のように受け入れいているし、さらには疑問詞の「何」、「誰」の格変化を使って、動詞の後に来る形の確認をする学生達も出てきて、疑問詞の格変化なんか覚えていなかった私は、心の中でやめてくれーと叫びながら、必死で辞書(もちろん日本語のもの)の格変化のページを開いて、何格なのかの確認をしていたのだった。
 疑問詞の格変化も、ノミナティフ以下も覚えてしまった今となっては、笑って済ませられるいい思い出だけれども、当時は泣きたくなるぐらい苦しかったのを思い出す。これだけ苦労して勉強したんだからできるはずだとか、これだけ勉強してもできないのはチェコ語が悪いんだとか、開き直れるようになったので、チェコ語を使う際には大いに役に立っている。どんな言葉でも、やはり語学と言うのは、苦しんで身につけるものなのだ。英語? 英語ではここまで必死に勉強したことはないから、できなくても当然で、できないのは自分が悪いのだ。多分。

1月19日10時




 この本が日本語で読めるようになったのは、幸せなことである。1月20日追記。


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タグ:名詞 格変化
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