2021年01月20日
4格をとる前置詞最終回(正月十七日)
ハンドボールの世界選手権の出場を辞退したのはチェコだけではなかったようだ。オーストリアとの試合を見たスイスが、アメリカが辞退したことで出場権が回ってきたらしい。解説の話では出場権が回ってくることを信じて、決まる前から選手を集めて合宿を組むなどしっかり準備をしていたようで、オーストリアにも勝ったし、ノルウェーともいい試合をしていた。
そして今日、ドイツとカーボベルデの試合が中止となり没収試合扱いで、ドイツが10−0で勝利したことになっていた。恐らく感染者が大量に出てチーム編成ができない状態になったのだろう。チェコも無理に出場していたら、こんなことになっていた可能性もあるわけだ。
とまれ、前置詞の続き。4格をとる前置詞。まずは「v」から。「v」というとどうしても場所をあらわすときに使う6格との組み合わせの印象が強いのだが、例外的に「na + 4格」を取る動詞がいくつか存在する。
・věřit(信じる)
日本語では、「〜を信じる」なので、前置詞なしの4格を取ると思いがちなのだが、チェコ語では3格を取ることが多い。ここまではいいのだが、信じる対象が抽象的な名詞の場合に、「v + 4格」を取ることがあるのだ。「Věřím v Boha(神を信じている)」、「Věřím v budoucnost(未来を信じている)」なんて使い方を見たときには、正直やめてくれと思ったのだが、印象が強かったのか覚えてしまった。自分で使う機会はあまりないのだけど、うまく使えるとうれしい表現のひとつである。
・proměnit se(変身する)
カフカの『変身』のチェコ語訳は「Proměna」だが、その動詞形が「proměnit se」となる。グレゴール・ザムザが変身したのは虫だったが、変身する対象を「v + 4格」で表して「Proměnil se v hmyz」と言う。チェコの童話ではしばしば魔法使いの呪いで、登場人物が変身させられるわけだけれども、その時は、「se」の代わりに変身させられる人物を4格にすることになる。
動作の対象を表すといえそうな「v + 4格」についてはこのぐらいしか書くことがない。例外的な使用法なのである。
この用法の最後は、「o + 4格」であるが、「o」も典型的な6格をとる前置詞で、4格を取るのは例外的である。ただその例外が重要なものというのが困りものである。
・zajímat se(興味がある)
名詞として使った場合の、「Mám zájem o」は、使いやすい覚えやすいということからか、チェコ語の勉強の最初のほうで出てくる。初学のころなんて自己紹介をするにしても大したことは言えないから、お世話になったものだ。これを勉強したときに4格を取るというのも覚えたはずなのだが、まだ格変化を本格的に勉強し始めたところだったので完全には定着しなかったのだろう。その後、前置詞「o」は、6格を取り意味は「〜について」だということを勉強したときに、「Mám zájem o」の後も6格じゃないかと混同してしまった。「Mám zájem o Japonsko」という文は覚えていたけれども、6格を取るのとどちらが正しいのかで頭を抱えたことがある。
それに対して、動詞として使う「zajímat se」のほうは、かなり勉強が進んでから覚えたので、格で混乱した記憶はない。ただ、以前も書いた「zajímá mě」のほうをよく使うようになったこともあるし、自分の言葉で言えることが増えたせいで、わざわざ「〜に興味があります」なんてことを言わなくてもよくなったこともあって、最近は「Mám zájem」も「Zajímám se」も全く使っていない。
最後はまた覚えておいたほうがいい使い方を。形容詞、副詞の比較級を使う場合に、二つのものの間にある差を「o + 4格」で示すのである。一般的には数詞を使うことが多けれども、頭一つ分の差とか、指一本分の差なんてことをいうこともある。「Jsem o dva roky starší než on(私はあの人より2歳年上です)」とか、「Ten kůň doběhl do cíle o hlavu rychleji než druhý(その馬は2位の馬より頭一つ分先にゴールした)」などという具合である。
形容詞、副詞を使わない場合にも使うことはあるけれども、使える動詞は、形容詞から作られた動詞や、「間に合わない」「届かない」など限定的である。以前サッカーの中継で、ボサーク師匠が動詞は忘れたけど、「o prsa korejské ženy」とか言っていた。国が国なら差別だとか叩かれまくるのだろうけど、チェコだしボサーク師匠だし特にそんなことはなかったと思う。
以上で4格をとる前置詞の説明は終わりである。特に最後の動作の対象を示す使い方については、動詞との組み合わせで覚えておかなければならないことを改めて強調しておく。何らかのルールがあってそれに基づいて考えれば正しく使えるのであれば、学習者は誰も苦労しないのである。何と組み合わせるかわからない動詞が出てきたら、経験をもとに推測するしかないのだが、大抵は「mimo」になることが多い。語学の勉強なんてそんなもんである。
2021年1月18日24時30分。
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