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2018年01月13日

6格と7格の微妙な問題、それに5格もか(正月十日)



 チェコ語を勉強されている沙矢香さんから頂いたコメントに、チェコ語を勉強している人の発言としては、気になる部分があった。
「”v”を使ったら後ろの名詞は7格だろうか」
 えっ? これ、「v」の後は6格ですよと間違いを指摘して終わらせてもいいのだけど、日本で日本語で書かれた教科書と辞書を使って勉強している人にとっては、ことはそれほど簡単ではない。自分も混乱していたことがあるのを思い出した。
 チェコにおけるチェコ語の伝統的な分類においては、無理やり日本語に訳された文法用語を使うと、主格、生格、与格、対格、呼格、前置格、造格という順番に並べられる。つまり、ややこしい言葉ではなく順番を表す数字でいうと、場所を表す前置詞「v」の後に来る前置格は、6格だということになる。そしてこの順番を日本で発行されたチェコ語の教科書も踏襲している。

 しかし、日本で発行されている唯一の『チェコ語=日本語辞典』では、呼格と造格が入れ替わっている。つまり呼格が7格で、造格が5格になっているのである。前書きには、その理由として、著者の小林正成氏が上げているのが、ロシア語やポーランド語を勉強した学生には、チェコ語の文法での順番がなじみにくいということである。呼格は、スロバキア語にはないと言うから、すべてのスラブ語にあるわけではないはずなのだが、ロシア語とポーランド語にはあるのか。
 初版が1995年だから、東京外国語大学のチェコ語科ができたかどうかというぐらいになるのだろうか。当時は、少なくとも大学でチェコ語を勉強する人は、ほとんどがロシア語をすでに身につけた人だったのだ。ロシア語を身につけた人たちが、次に勉強する言葉として選ぶのがチェコ語であり、ポーランド語だったはずだ。だから、著者が開講していたチェコ語の授業に出ていた学生も、スラブ語の初心者は少なく、ロシア語を学んだ経験のある人たちばかりだったのだろう。

 5格と7格が入れ替わっているだけなら、6格はそのままなのだから、間違えることはないと思うかもしれない。しかし、この辞書の問題は、格の順番が入れ替わっているところにあるのではなく、前書きで5格とか数字で格を示してあるのに、本文中ではそれが全く使われていないところにある。特に問題は、巻末の各変化表で、名詞や形容詞などの各変化表の左端の柱に、上から順番に、主、生、与、対、造、前、呼と七つの漢字が並んでいる。並んでいるはずなのだけど、呼がないものがかなりあるのである。
 これは、中性名詞やすべての名詞の複数など、主格と呼格が同じ形になるものが多いことから、一番上に主と呼をまとめることにしたということのようだ。こういう付録の表では、形が同じであっても、別に呼を立てておいてほしかった。なぜなら、時間があるときはいい。一番下に「前」と書いてあるのを見て、前置格だから6格だなと考える余裕がある。でも、大急ぎで確認するときに、一番下にあるのを見て7格だと誤認してしまうことがあるのである。

 今となっては、それでどんな間違いをしたのか記憶にないのだけれども、一つ上の造を6格だと思って使ったのか、6格を7格だとおもってしまったのか、とにかく、しばしば混乱させられたのは覚えている。それでも、巻末の表で1から7の数字を使ってくれていたら、混乱するのは5格と7格だけでよかったはずなのだが、漢字を使ってくれたおかげもあって、5、6、7格の間で混乱することになってしまった。5格はほとんど使わないし、形を調べたこともあまりないから、実際に混乱したのは、6格と7格だけなんだけどね。
 チェコ語と、ロシア語やポーランド語の格の並べ方が違うのは、母国での文法に基づいているのだろうから仕方がないといえば仕方がない。京都産業大学出版会が刊行した『チェコ語=日本語辞典』がロシア語に合わせて、順番を変えたというのも、著者の授業に使うことが目的の一つだったことを考えれば仕方がない。ただ、もう少し初心者のことを考えた編集にしてくれればよかったのにと思わなくもない。出版社の仕事だよなあ。
 チェコ語がある程度使えるようになってからなら、順番がどうであれ気にならないし、変化形を見れば、順番が違っていても変化形を見れば6格か7格かの区別はできる。今となっては巻末の表で確認したいのは、変化形全体ではなくて、複数6格が「ech」になるのか、「ích」になるのかとか、細かいところだけだし。

 京産大の辞書は大学書林から再販されているので、手に入れて使っている人も多いだろう。チェコ語=日本語の辞書があるのは便利なんだけど、落とし穴もあるので、使うときには気をつけていただきたい。
 思いついたときには、すごくいいことが書けそうな気がしたんだけど、ここまで書いてみて、どうも失敗したという印象を拭えない。
2018年1月10日23時。






現代チェコ語日本語辞典









2018年01月06日

チェコ語の動詞6命令(正月三日)



 チェコ語で命令形が存在するのは、二人称単数、二人称複数、それに一人称複数の三つだけである。基本形は二人称単数で、それに動詞の現在人称変化に登場する語尾をつけてやれば複数形が出来上がる。つまり一人称複数なら「me」、二人称複数なら「te」である。

 命令形を作るのも、現在変化の一人称単数を覚えていれば、簡単極まりない。一人称単数が「-ám」で終わるものを除いて、ほとんどの場合、一人称単数の語尾を取ってやればそれで出来上がりである。いくつか例を挙げると、

 studovat → studuj-i → studuj/studuj-me/studuj-te
 mluvit → mluv-ím → mluv/mluv-me/mluv-te
 nést → nes-u → nes/nes-me/nes-te


 末尾の子音によってはハーチェクがついて音が変わる。「být」は現在変化ではなく未来変化から作る・

 jet → jed-u → jeď/jeď-me/jeď-te
 stát se → stan-u se → staň se/staň-me se/staň-te se
 být → bud-u → buď/buď-me/buď-te


 一人称単数の語幹の母音の長さが変わることもある。

 vrátit → vrát-ím → vrať/vrať-me/vrať-te
 stát → stoj-ím → stůj/stůj-me/stůj-te
 koupit → koup-ím → kup/kup-me/kup-te


 末尾に子音が連続する場合には「i」を加える。その場合複数の語尾の前に「e/ě」が現れる。

 říct → řekn-u → řekn-i/řekn-ěme/řekn-ěte
 vzít → vezm-u → vazm-i/vezm-ěme/vezm-ěte
 jít → jd-u → jdi/jd-ěme/jd-ěte
 poslat → pošl-u → pošl-i/pošl-eme/pošl-ete
 zavřít → zavř-u → zavř-i/zavř-eme/zavř-ete


 一人称単数の語尾を取るだけですまないのは、一人称単数が「-ám」でおわるものと、原形が「at」で終わるものの一部である。この場合には、一人称単数の語尾をとってから、「ej/ěj」をつけて二人称単数への命令形にする。

 dát → d-ám → d-ej/d-ejme/d-ejte
 mít → m-ám → m-ěj/m-ějme/m-ějte
 hýbat → hýb-u → hýb-ej/hýb-ejme/hýb-ejte


 原形が「et」で終わるもののうち、三人称複数が「ejí/ějí」で終わるものは、三人称複数の末尾の長母音を取って二人称単数への命令形とする。「chtít」もここに入れておく。不規則にしてもいいけど。

 rozumět → rozum-ějí → rozuměj/rozuměj-me/rozuměj-te
 chtít → cht-ějí → chtěj/chtěj-me/chtěj-te


 完全な不規則として覚えておいたほうがいいのは、以下の四つ。

 jíst → j-ím → jez/jez-me/jez-te
 vědět → v-ím → věz/věz-me/věz-te
 vidět → vid-ím → viz/viz-me/viz-te
 pomoct → pomůžu → pomoz/pomoz-me/pomoz-te


 否定の命令、つまり禁止は前に否定の「ne」をつければ出来上がりである。問題は肯定の命令には完了態を使うことが多く、禁止には不完了態を使うことが多いという原則である。これは不完了態の命令を使うと、その場限りではなく継続してし続けることを命令することになり、完了態の禁止を使うとその一瞬だけ禁止することになって、禁止が継続しないからだと説明される。
 これも硬いルールというよりは傾向として受け取っておいた方がいい。その辺の事情は、以前書いたはずだと思って検索してみたら、ここにあった。
 実際には、不完了態で命令することも、完了態で禁止することも結構あるから、間違えることはあまり気にしないで実際に使ってみることをお勧めする。命令形が全く使えないよりは、完了態と不完了態を間違える方が、チェコ語ができるといえるはずである。
2018年1月3日23時。








2018年01月05日

チェコ語の動詞5過去続き(正月二日)



 チェコでは新年で祝日になっているのは、元日だけである。今年は元日が月曜日だったために、新年早々二日から、普通の人たちは仕事が始まる。日系企業ではさすがに正月休みというものがあるところが多いけれどもさ。チェコでもドイツあたりの圧力で幾つかの祝日には店を営業してはいけないという無意味な法律が制定されたので、昨日の元日は営業していなかったショッピングセンターの類も今日から営業を開始して、クリスマスの売れ残り品のバーゲンが続けられるはずである。

 だから、このブログで正月二日から、まじめなチェコ語の文法の話をするのも、チェコ的なのだ。というわけで、正月早々中断してしまった動詞の過去形の使い方である。
 まずチェコ語が名詞の性別にうるさい言葉であることを思い出してほしい。そのうるささが動詞にも適用されて、過去形を使う場合には、動作主の性、単複の区別をしなければならない。現在人称変化では性の区別はしないのだけど、その分覚えることが減ったと考えて喜ぼう。

 性と単複の区別のために「L」分詞に語尾を追加する。ここで再び名詞のことを思い出そう。名詞は男性名詞活動体、男性名詞不活動体、女性名詞、中性名詞の四種類に分類できる。さらに硬変化、軟変化、特殊変化なんて分類もあるのだけど、そこまでの区別はしない。必要なのは硬変化の一格の語尾である。
 単数では男性名詞は、活動体も不活動体も語尾なし、女性名詞は「a」で中性名詞は「o」である。複数は、男性飯の活動体は短語尾形で「i」、不活動体は「y」、女性名詞は「y」で中性名詞は「a」となるのは、名詞の勉強が済んだ人は覚えているはずだ。他の格と違って一格は、日本人的には覚えやすいわけだしさ。この名詞の語尾をL分詞につけてやるのが、過去形を実際に使うための第二段階である。「být」を例に挙げると、以下のようになる。

     単数   複数
  男活 byl   byl-i
  男不 byl   byl-y
  女性 byl-a   byl-y
  中性 byl-o   byl-a

 複数の「byli」と「byly」は発音は同じだけれども、書くときには何が主語になっているのかを考えてどちらかを選ばなければならない。「i」と「y」の区別はチェコ人でも結構間違えている人は多いから多少の間違いは気にせずに、実際に自分で使ってみるのが大事であることは、他の文法事項と変わらない。
 自分の間違いをうまく利用するのが語学の学習には大切である。他山の石と言うように他人の、できればチェコ人の間違いを利用できると最高なのだけど、外国人にはチェコ人の使うのが、間違いなのか、そういう使い方もありなのかの判断ができないのがつらいところである。テレビのニュースなんかの文法的な間違いを許せないという友達がいるといいんだけどね。

 第二段階で主語となる名詞の性と単複の区別ができた。ということで第三段階では人称を確定するための要素を追加することになる。そのために使われるのが、「být」の現在人称変化である。L分詞の語尾と「být」の人称変化を組み合わせることによって、動作主が誰なのかがほぼ確定できる。これもチェコ語の文章の中に、人称代名詞も含めて主語が省略されやすい所以であり、チェコ語は日本人にとって親しみやすいと主張する理由である。
 注意しなければいけない点は、三人称の場合には「být」は不要で、L分詞だけで表されるということである。組み合わせは以下のようになる。

      男性    女性     中性
  一単  byl jsem   byla jsem    ×
  一複  byli jsme   byly jsme   ×
  二単  byl jsi    byla jsi    ×
  二単丁 byl jste   byla jste    ×
  二複  byli jste   byly jste    ×
  三単  byl      byla      bylo
  三複  byli      byly     byla

 見慣れないだろう「二単丁」は、一人の相手に対して丁寧に話すときの形である。現在変化の場合には、二人称単数の変わりに複数を使うので、文脈なしには相手が一人なのか複数なのか判別がつかないのだが、過去の場合はL分詞は単数の形を使い、「být」だけ複数を使うので、判別できてありがたい。

 実際に分にするときの注意点としては「být」の変化形は、必ず前から二番目の位置に来るということである。だから、「私はプラハに行きました」と、「昨日私はプラハに行きました」というのをチェコ語にすると次のようになる。
  Jel jsem do Prahy.
  Včera jsem jel do Prahy.
 二つ目の文では文頭に「昨日」をつけたために、「Jel」が後ろに回ったのである。

 この過去形の「být」は二番目に来る優先順位が高いので、他の二番目に来る言葉、たとえば「se」「si」は、三番目に回されることになる。またこの「se」は、二人称単数では「jsi」と結びついて「 ses」という形に、「si」は同様に「sis」になる。チェコ語を勉強したかどうか、本を買ったかどうかを尋ねる文は次の通り。
  Učil jste se česky?(丁寧)
  Učil ses česky?
  Koupil jste si knihu?(丁寧)
  Koupil sis knihu?


 これで、動詞の過去形の使い方に関しては、おしまいである。L分詞は、仮定法にも使えるし、L分詞から形容詞を作ってしまうなんて事もあるのだけど、それについてはもう少し話が進んで、初心者向けのテーマがなくなってから取り扱うことにする。次は命令形を扱って、動詞シリーズをいったん閉じることにする。
 それにしても、動詞は名詞と比べたら楽だわ。
2018年1月2日22時。





チェコ語の基本 入門から中級の入り口まで CD付











2018年01月02日

チェコ語の動詞4過去(十二月卅日)



 チェコ語の動詞の過去形は、文法的に言うと過去分詞というものを使う。過去分詞は別名L分詞とも言われるように、「L」で終わることになっている。L分詞の作り方は簡単である。原則として、原形の「T」を「L」に変えるだけでいい。その際、「T」の前の長母音が短母音化する傾向があることは覚えておいたほうがいい。

 いくつか例を挙げると、
   dělat →  dělal (する)
   psát →  psal (書く)
   pít  →  pil (飲む)
   studovat  →  studoval (勉強する)

 長母音が短母音化しないものとしては、「přát」「hrát」などがある。まあ短くしてしまって間違いだと言われたら、オストラバの友達が多くてなどと言い訳しておけばいい。


 問題は例外となる動詞であるが、一人称単数が「u」に終わるものに多い。その中でも規則化できるものとしては、原形が「nout」で終わるものが挙げられる。この手の動詞の場合、「nout」を取り去った上で「L」をつけるか、「nout」の「ou」を長母音と見て、短母音化させて「nul」という形にする。

   sednout →  sedl (座る)
   hnout →  hnul (動かす)
   minout →  minul (過ぎる)
   zapomenout →  zapomenul/zapomněl (忘れる)

 「nout」の前が子音の場合には、「nout」を取り去ることが多い。ただし「hnout」のように「nout」を取り去ると、子音が一つしか残らないもの、最後の子音が「l」になってしまうものの場合には「nul」を使う。また「nout」の前が、母音で終わる場合にも、過去分詞は「nul」をとる。ただし、原形が「menout」で終わるものに関しては、「menul」だけではなく、「mněl」という形も存在して、こちらのほうが一般的である。
 とりあえず、よくわからない場合には、「nout」の前が子音になっていても、「nul」を使うことをお勧めする。チェコ語を学んだ外国人は、あれっと思ってしまうのだが、チェコテレビのアナウンサーであっても、日本のNHK的に正しいチェコ語を使うはずなのに、「tisknul(印刷する)」などと言うことがあるし、それを変だと思うチェコ人はいないようである。つまり現在のチェコ語の変化の傾向として、「nout」で終わる動詞の過去形は「nul」に収斂しようとするところがあるのだろう。


 それから、数は少ないが、「mout」いや、正確には「jmout」で終わる動詞の過去形は、「jal」になる。特に「přijmout(受け入れる)」は、制度の導入などにも使われるので、目にする機会、使う機会も多いはずである。
   přijmout → přijal


 一人称単数が「u」で終わるもののうち、原形が「ít」で終わるものの場合には、過去形の「L」の前が短母音の「a」もしくは「e」に変わることが多い。

   vzít →  vzal (取る)
   začít →  začal (始める)
   chtít →  chtěl (ほしい/ほしがる)
   umřít →  umřel (死ぬ)

 微妙な変化だけに逆に覚えにくいかもしれない。ただ、この手の動詞は数は少ないけれども、重要なものが多い気がする。ということは、使う機会も多いということだから、最初は間違えても間違いを繰り返すうちに覚えられるはずである。間違えてもめげずに繰り返すというのが、チェコ語に限らず、語学の勉強において必要な姿勢なのだろう。チェコ語以外の学習では、そんな姿勢を持ちえなかったからできるようにならなかったのだ。多分。


 原形が子音二つで終わるものの場合には、一人称単数の語尾を取り去って「L」をつける。その際に、古い形を使ったり、発音上の要請で「e」が出てきたりするけれども、それはもう頑張って覚えるしかない。

   nést → nesu → nesl (運ぶ)
   vést → vedu → vedl (連れて行く)
   vézt → vezu → vezl (車で連れて行く)
   číst → čtu → četl(e追加) (読む)
   péct → peku(古) → pekl (焼く)
   moct → mohu(古) → mohl (できる)

 少し例外的なのは、以下の二つ。
   říct → řeknu → řekl (言う)
   jíst → jedí(三複) → jedl (食べる)

「řeknu」は、原形が「nout」で終わる動詞と同じなので、同様に「n」が落とされたか。「jíst」の場合には一人称単数ではなく三人称複数が基になっている。他の動詞も三人称複数を基準にしてもいいのだけど、一人称単数がわかれば、三人称複数もわかるわけだし、やはり動詞の活用の基準は一人称単数にあることを強調するためにも、一人称単数を基準に過去形も作られるとしておきたい。

 最後に、本当の意味での不規則であるけれども、これは動詞「jít」しかない。原形から「jil」にもならず、一人称単数から「jdl」にも、「jedl」にもならず、なぜか「šel」になる。接頭辞のついた派生動詞も含めて頻繁に使うから、慣れてしまえば問題はない。慣れるまでは大変だけどさ。
 ただし、チェコ語で過去を表現するためにはこれだけでは不十分である。その辺の話は次回、年明けに回そう。
2017年12月31日21時。









2018年01月01日

チェコ語の動詞3(十二月廿九日)



 チェコ語の文法で不規則動詞とされるものは、それほど多くないのだが、実は一番最初に勉強する動詞が不規則動詞である。とんでもない順番で動詞が登場する旧版の『エクスプレス・チェコ語』を除けば、チェコ語の教科書で最初に登場する動詞は「být」の現在の人称変化である。それが不規則なのである。

     単数    複数
 1人称 jsem   jsme
 2人称 jsi      jste
 3人称 je     jsou

 どこから語尾と考えるのかも厄介なのだけれども、複数に関しては、「me」「te」「ou」と一人称単数が「u」で終わる動詞と同じ形になっていることは大切である。三人称単数の「e」も入れてもいいか。二人称単数も口語では「jseš」という形を使う人も多いから、「jsme」「jste」は、「jseme」「jsete」の「e」が落ちた形とみなしてもよさそうである。
 そして、モラビア方言では、一人称単数で「su」もしくは「sú」という形が出てくる。実際の発音では「j」が略されることが多いから、もともとの形はおそらく「jsu」だったはずである。つまり、「být」の現在変化も「u」で終わる動詞のグループに入る可能性もあったということである。この変化は最初に出てくるし、使う機会も多いので覚えるのに苦労はしないのだけど、そうなっていたらちょっとだけチェコ語の動詞の勉強が楽になっていたかもしれない。「být」の未来変化は、一人称単数が「budu」となるわけだしさ。

 二つ目の不規則動詞は「jíst(食べる)」である。こちらも先に変化形を挙げると以下のようになる。

     単数    複数
 1人称 j-ím   j-íme
 2人称 j-íš    j-íte
 3人称 j-í    j-edí

 三人称複数以外は、一人称単数が「ím」で終わるものとまったく同じである。「jíst」が「jím」になるのと、どちらが覚えるのが大変だろうか。「jedí」のほうが覚えにくいとしても、それは使う機会が少ないからである。「私は食べている」というのと、「あいつらは食べている」というのの、どちらを使う機会が多いかは、改めて考えるまでもない。

 三つ目としては「vědět(知っている)」を挙げよう。

     単数    複数
 1人称 v-ím   v-íme
 2人称 v-íš    v-íte
 3人称 v-í    v-ědí

 形としては「jíst」とまったく同じだが、解釈が異なる。三人称複数の形だけは、原形の「vědět」から規則的に一人称単数を作った場合の変化形なのである。だから、一人称単数が「ím」で終わるもののうち規則的に一人称単数が作れるものと、作れないものの混合変化だということができそうである。こういう解釈が、変化を覚えるのにどこまで役に立つかはわからないけど。

 忘れているものがなければ、最後の不規則変化となるのは、「chtít(ほしい/ほしがる)」である。この動詞、変化形に「j」が現れないにもかかわらず、一人称単数が「i」で終わる。その上、三人称複数は、一人称単数が「ím」で終わる動詞のうち原形が「et」で終わるものの一部と同じ形になる。

     単数    複数
 1人称 chc-i   chc-eme
 2人称 chc-eš   chc-ete
 3人称 chc-e    cht-ějí

 これもモラビア方言では、一人称単数が「chcu」、三人称複数が「chcou」となり、こちらのほうが覚えやすい。昔、サマースクールでテレビのインタビューを受けたときに、意図的に「chcu」を使って、モラビアの方言も勉強しているよと、ひそかにアピールしたことがあるのだけど、気付いてもらえなかったのか、外国人の間違いだと思われたのか追加で質問されることはなかった。プラハよりもモラビアに親近感を感じる人には、ぜひ「chcu」を使ってほしいものである。
 また、次回取り上げる予定だが、過去分詞が「chtěl」になることを考えると、かつては、もしくは方言では、原形が「chtět」となる形も存在し、その三人称複数の形が、現在のチェコ語に残されていると考えてみたくなる。 

 不規則に変化する動詞は、原則として以上のものだけなのだが、接頭辞をつけて作られる派生動詞も同じように変化することは忘れてはいけない。日本語でも不規則は「する」と「来る」の二つだけだといわれるが、特に「する」の場合に限りないほどの派生動詞を生み出し、すべて「する」と同じように不規則変化をするのと同じだと考えればいい。この接頭辞をつけた派生動詞が元の動詞と同じ変化をするというのは、すべての動詞に当てはまることなのだけれどもさ。

 動詞の現在形の人称変化は、名詞に比べたら種類も少なく、規則性も高いので、覚えるのもそれほど大変ではない。その分、書けることも少なくなるわけである。ということで次回からは過去形のお話である。こっちもそんなに長くはならないかな。
2017年12月30日23時。







チェコ語中級








2017年12月31日

チェコ語の動詞2(十二月廿八日)



 一人称単数が、「-ím」で終わるものに関して、一つ追加しておくべきことがあった。「mít」の一人称単数が「mám」となるように、「bát se(怖い/怖がる)」の一人称単数は、「bojím se」となるのであった。原形「-ít」が「-ám」となり、「-át」が「-ím」となるのには、嫌がらせかと言いたくなりもするのだけど、外国人としては頑張って覚えるだけである。

 さて、一人称単数が、「-i」もしくは「-u」で終わるものの人称変化は以下のようになる。例としては「pít(飲む)」をあげておこう。

     単数    複数
 1人称 pij-i     pij-eme
 2人称 pij-eš    pij-ete
 3人称 pij-e    pij-í

 もしくは
 1人称 pij-u     pij-eme
 2人称 pij-eš    pij-ete
 3人称 pij-e    pij-ou

 見ての通り、一人称単数と、三人称複数以外は、どちらの場合でも共通である。問題は、原形から一人称単数の形が規則的に導き出せないものが多いことである。それでも、いくつか規則化できるものもあるので、それからとりあげる。

 まずは、原形が「-ovat」で終わるものである。この「-ovat」は、日本語の「する」のように名詞について動詞化する機能のあるものである。ただし、名詞が微妙に形を変えることが多いので注意しなければならない。一番よく例として挙げられるのは、「studium」からできた「studovat(勉強する)」だろうか。
 この手の動詞は、まず「-ovat」を取り、「uj」をつけてから、語尾の「-i」もしくは「-u」をつけて、一人称単数の形を作る。「studovat」の場合には、「studuj-i」か「studuj-u」になるわけである。他にも「děkovat(感謝する)」は、「děkuji」か「děkuju」になるという具合である。
 一般的に語尾の前が子音「j」になるものの場合には、「pít」など「-ovat」で終わらないものも含めて、一人称単数は「-i」でも「-u」でも、どちらでもかまわないが、「-i」のほうが古い書き言葉的な形で、「-u」は話し言葉的な形だとみなされている。

 もう一つ、規則的に一人称単数を作ることができるのは、原形が「-nout」もしくは、数は少ないが「-mout」で終わるものである。こちらは、「-out」を取り去って、語尾の「-u」をつけて一人称単数の形にする。「-i」のほうは使えない。例を挙げれば、「sednout(座る)」の一人称単数は「sedn-u」で、「přijmout(受け入れる)」の場合は「přijm-u」という具合である。

 上に上げた以外の動詞に関しては、一人称単数の語尾と原形の末尾が共通であっても、一人称単数の作り方に共通性はない。例えば、「moct(できる)」「péct(焼く)」「říct(言う)」はいずれも「ct」で終わるが、一人称単数の形は、「můžu」「peču」「řeknu」と、語尾が「u」になる以外共通点はないのである。
 また、一人称単数に「i」が現れるものに関しては、「přát(願う)」「mýt(洗う)」などのように、原形が長母音+tで終わるものの中に、一人称単数に「j」が現れ、語尾として「i」でも「u」でも取れるものが多いということは言えるが、絶対ではない。上の二つの動詞の一人称単数は、それぞれ「přeju」「myju」だけでなく、「přeji」「myji」も使えるのに対して、「jít(行く)」の場合には「jdu」と、一人称単数の語尾は「u」しか取ることができないのである。

 この手の原形と一人称単数の形が、規則的に変化させられないものの極北としては、「hnát(追う)」をあげるべきであろう。この動詞の一人称単数の形は、なんと「ženu」になるのである。これなど最初に見たときには、動詞ではなく女性名詞の「žena」の4格だろうと考えてしまったくらいである。その結果文意が取れず、辞書を引き、あまりのことに辞書を投げ出してしまうことになる。師匠には、「h」が「z」「ž」に変化する例は他にもあるんだから云々と言われたけれども、今でもこれを不規則動詞として扱わないチェコ語の文法には不満たらたらである。
 我々外国人にとって、原形から一人称単数が直接導き出せない動詞は、すべて不規則動詞である。一人称単数をもとに人称変化させる部分が規則的であったとしても、一人称単数から三人称複数までの間に現れる不規則性よりも、原形から一人称単数に変化させる部分での規則性のなさのほうがはるかに大きく、覚えるのに苦労する。だからこの手の動詞に関しては、それぞれ一人称単数の形を覚えていくしかない。

 ということで、我々の学習にどう役立てるかということを念頭において、動詞を分類するとしたら、次のようになる。番号は便宜的なもので、これでなければならないというものではない。

@一人称単数の語尾が「ám」になるもの。
 1.規則的。原形が「at」で終わる。「dělat」など。
 2.不規則。「mít」「dát」。

A一人称単数の語尾が「ím」になるもの。
 1.規則的。原形が「it」「et」で終わる。「mluvit」「myslet」など。
 2.不規則。「bát se」「spát」など。

B一人称単数が「i」または「u」になるもの。
 1.規則的。原形が「ovat」で終わる。「studovat」「děkovat」など。
 2.不規則。「pít」「přát」など。

C一人称単数が「u」になるもの。
 1.規則的。原形が「nout」か「mout」で終わる。「sednout」「přijmout」など。
 2.不規則。「jít」「hnát」など。

D人称変化の中に不規則性があるもの

 どうだろうか。辞書、教科書の類を見ずに記憶だけで書いているので、規則性があるものを度忘れしている可能性はあるが、それほどひどいことにはなっていないと思う。とにかくチェコ語の動詞の人称変化を覚えるためには、一人称単数の形が最も重要なのだということを改めて強調しておきたい。それさえ覚えてしまえば、変化自体は名詞の格変化に比べればはるかに楽である。

 ということで、チェコ語の文法で言う不規則動詞についてはまた明日。
2017年12月29日24時。











2017年12月26日

チェコ語の動詞1(十二月廿三日)



 チェコ語の動詞の分類が、役に立たないと言うのは、どのレベルでの違いによって分類しているのかがよくわからないことで、さらに細分化することも、もっと大きくまとめることも出来るような気がする。それに現在変化であれば、一人称単数の形を覚えていなければ、動詞の分類のタイプを覚えていたとしても、あまり意味がないので、タイプを覚えるよりは、一人称単数を覚えた方がはるかに役に立つ。
 現在の人称変化という点に限れば、極限まで規則化するとチェコ語の動詞は二種類に分けられる。それは、一人称単数が、短母音「u」もしくは「i」になるものと、長母音「í」か「á」+「m」になるものの二つである。現実的には「u」「i」「ím」「ám」で終わるものの四つに分けたほうがよさそうである。

 とりあえず簡単なほうから行くと、一人称単数が「ám」で終わるものは、以下のように人称変化する。例は「dělat(する)」

     単数    複数
 1人称 děl-ám   děl-áme
 2人称 děl-áš   děl-áte
 3人称 děl-á    děl-ají

 一人称複数、二人称単数、複数、三人称単数の語尾の母音に続く形が、順に「-me」「-š」「-te」「-(ナシ)」となるのは、すべての動詞で共通である。一人称単数が「ám」で終わる動詞は原則として原型が「-at」で終わる。問題はすべての「-at」で終わる動詞が、この形の変化をするわけではないということで、特に原形が「-ovat」で終わるものは、違う変化をするというのは絶対に覚えておかなければならない。他には「ukázat(見せる)」「skákat(跳ぶ)」などが、「-at」で終わりながら、この変化をしない動詞である。
 それから、この変化をしながら原形が違うというものもある。一つは「dát(与える)」で長母音になっているだけだが、「brát(取る)」を含めて、「-át」で終わる動詞はこの形の変化をしないものが多いのである。もう一つは、「 mít(持つ)」で、この動詞は過去形でも微妙に違った形をとるので、全体としては不規則扱いにするのがいいのだろうが、人称変化に関してだけは、この「dělat」グループに入るのである。「mít」から「mám」、もしくはその反対への変化が問題なくできるようになるまでは、結構間違えたけどね。

 続いては、一人称単数が「ím」で終わるものである。例は「mluvit(話す)」

     単数     複数
 1人称 mluv-ím   mluv-íme
 2人称 mluv-íš   mluv-íte
 3人称 mluv-í    mluv-í

 三人称の複数以外は、前の動詞の「á」が「í」に変わっただけである。この手の動詞は、原形が「-it」「-et」でおわる。長母音になる「-ít」で終わるものは、この形にはならないので注意が必要である。
 もう一つ、注意しなければならないのは、「-et」で終わる動詞の中には、三人称複数が「-ejí」となるものもあることだ。例えば「umět」の三人称複数は「umějí」となる。「-et」で終わる動詞でも、三人称複数が「-í」になるものもあるし、どちらでもいいというものもある。どちらでもいいというのもよくわからないのだけど、とりあえず「-í」で使っておいて、「-ejí」が正しいと言われたものを覚えていくというのが、無難な対処法だろうか。
 チェコ人の中にはルールがあると言い張る人もいるかもしれないが、あったとしても外国人には何の役にも立たないものに決まっているので、まともに受け取ってはいけない。逆にそんなのどっちでもいいんだよなんて言う人もいるから、「-et」で終わる動詞の三人称複数は間違ってもいいものと割り切って使っている。日本人なんだから、そんな単数、複数を常に意識してしゃべっているわけではないし、正しい形がわかっていても間違えるものなのだからさ。

 おそらく、ここで取り上げた二つが、チェコ語の伝統的な動詞の分類では、5型と4型と呼ばれるものであるが、その番号にはあまり意味はない。少なくとも外国人にはどうでもいいことである。令によってクリスマス進行中なので、次回動詞に触れるのは年明けになるかもしれない。
2017年12月23日24時。



チェコ語のしくみ新版 [ 金指久美子 ]










2017年12月24日

チェコ語の動詞0(十二月廿一日)



 久しぶりに、昔々の記事にコメントを頂いた。仕事をしながら真面目にチェコ語を勉強されている方のようで、コメントを読んでちょっと昔の真面目にチェコ語を勉強していた頃の気分を思い出してしまった。チェコ語を始めて半年かあ。一番楽しく、同時に辛い時期かもしれない。ここに書き散らしたチェコ語に関する文章が、勉強の役には立っていないだろうけれども、勉強の合間の気分転換や、気休めになっていれば幸いである。

 ということで、最近ご無沙汰のチェコ語について書くことにする。名詞については全部書いたと思っていたのだが、実は、手、目、耳などの人体に二つずつ付いているものに特別な双数という形についてまだ触れていないことに気づいた。しかし、名詞についてあれだけ書いて、格変化はちょっとうんざりという気分もある。だから次は形容詞だと思っていたのに手を付けることができなかったのだしさ。
 コメントには動詞の活用についてリクエストされているようなので、格変化する言葉から目先を変えて動詞について書いてみよう。これも結構厄介ではあるけれども、完了態とか不完了態とか考えなければ名詞よりは楽かな。

 その前に、頂いたコメントの中で気になる部分にコメントをしておく。


テキストには簡単そうに法則を説明していますが、納得できない不規則性の壁に何度もぶつかってしまいます。


 いやあ、わかる。よくわかる。チェコ語にはルールなどないところに無理やりルールを設定して、それに当てはまらないものを例外だと処理してしまうケースが非常に多く、いい加減にしてくれと叫びだしたくなったのは一度や二度ではない。最初から、こういうものだと決まったルールはなくて、言葉によって変わるんだという説明であれば、面倒ではあっても覚えるだけだからまだ納得はいく。それが、こういるルールがあると言われてそれを必至で覚えこんだ後で、これは例外だからちょっと違うというのが連発して、例外の方が多いんじゃないかといいたくなるようなことがあると、もう止めちまおうかという気分になってしまう。
 ルールではなく、こういう傾向があるという説明であれば、それに当てはまらないものが出てきたときに裏切られたという気分にはならないのだろうけど、チェコの人はルールにしたがるのである。いや、チェコ語に関する感覚が鋭いはずのチェコ人であれば、ルールとしても例外の裏側にあるチェコ語的な考えかたが読み取れて、納得できるのかもしれない。ただそれを外国人に求められても困るのである。

 最近はチェコ人が主張するルールで説明しきれない部分をコレクションしておいて、いざというときにチェコ人に反撃するための武器にしている。最近も、スポーツの名称で、日本語で「〜ボール」で終わるスポーツの場合に、チェコ語では読みが「ボル」になるものと、「バル」になるものがあるのだけど、それは何でだという質問でチェコ人を困らせることに成功した。ベースボール(baseball)のように英語のつづりをそのまま使っているものは、「ボル」もしくは「ボール」となり、バスケットボール(basketbal)のように、微妙にチェコ語化している(末尾のlが欠落)ものは、「バル」と読まれるようだが、チェコ語化するしないの境目がどこにあるかとなると、誰も答えられない。
 だから、不規則性に出会ったときには、こういう使用目的でメモしておくことをお勧めする。チェコ人に対する嫌がらせとして使用していれば、繰り返すことにもなるので、その例外性が覚えやすく忘れにくい物になることは確実である。例外事項ばっかり覚えてしまって、本則事項があいまいになるという弊害もあるかもしれないけれども。

 さて、本題の動詞である。本題なんだけど、例によって例の如く、枕が無駄に長くなってしまったので、今回は最初の部分だけ。
 チェコ語では、伝統的に動詞の種類を、5つに分けて説明するが、言語学上の研究に関して走らず、外国人がチェコ語を勉強するのには、名詞の格変化の分類ほどには役に立たない。ことに動詞の種類をこれは1型とか2型とか覚えていくのは何の意味もない。動詞の現在の人称変化を覚えるに当たって、大切なのは原型と一人称単数の形を覚えていくことである。
 チェコ語の動詞の中には、原形から人称変化させるときに、詐欺だろといいたくなるほど形が変わるものが、特に重要な動詞に多く、原形を覚えただけでは使い物にならない。その代わり一人称単数の形がわかれば、少数の例外を除いて、4つのタイプの変化しかないので、覚えるのは楽である。

 次回からは、実際の人称変化について、あれこれいちゃもんを付け、薀蓄をたれていく。

 この話、本当は昨日書くはずだったのだけど、ロシツキー引退という衝撃のニュースが入ってきたために一日延期してしまった。
2017年12月21日23時。





ニューエクスプレスチェコ語 [ 保川亜矢子 ]









2017年11月22日

お金に関する俗語(十一月十九日)



 昨日格変化をしない名詞として取り上げた「デカ」だが、本来は「デカグラム」で、それを略して「デカ」と言うようになったらしい。「デカ」を「a」で終わることから中性名詞の複数ととって、10グラムのことを「1デコ」なんて言い方をする人もいないわけではないと言う。その場合でも1格から7格まで変化しないという点は同じである。

 この手の略語は無変化かというとそんなことはなく、男性名詞のキログラムを略した「キロ」は中性名詞の硬変化として普通に格変化させる。日本語だとキロメートルもキロと略すけれども、チェコ語ではキロはキログラムの略で、キロメートルの略は、男性名詞の「キラーク」になる。あんまり略されていないかな。もちろんどちらも話し言葉的な表現であることは言うを俟たない。メートルは、「メトラーク」、センチメートルは、「ツェンテャーク」というはずなので、長さを表す単位は、「アーク」をつける傾向があると言ってもいいかもしれない。ただ。ミリメートルはミリメートルのままだけどさ。
 話し言葉の「キロ」にはもう一つ意味があって、ある金額を表す。1キログラムは1000グラムとなるように、キロは規準となる単位の1000倍を表すから、お金の場合も1000コルナになるのではないかと考えるのが普通であろう。しかし、何故だかわからないけれども、100コルナを指すのである。100Kč = 1 kilo。

 1000コルナにも別の言い方があって、こちらは「リットル」である。1000ミリリットルが1リットルになるからだろうか。この手の俗語に論理や理由を求めても仕方がないのだろうけれども、こういうところに漏れ出てくるチェコの人たちの言葉に対する意識を知ることは、チェコ語を身につける上では重要なんじゃないかとも思う。他のスラブ語でも同じなのかというのも気になるけどね。1000Kč = 1 litr。

 お金に関する奇妙な俗語は他にもたくさんあって、わかりやすいところからいくと、100万コルナは「メロウン」と呼ばれる。チェコ語のメロウンは、日本のメロンだけでなく、スイカも指す言葉だけれども、メロウンがメロンかスイカかという部分には何の関係もない。チェコ語の100万を表す「ミリオン」と音が似ているから、借用されたに過ぎない。漢字の六書で言うところの仮借的な手法だからわかりやすい。自分では使わんけど。1000000Kč = 1 meloun。

 次は最初に聞いたときには思わず、「Děláš srandu(冗談だろ)」と言ってしまった「ピェトカ」。この言葉は「5」を数詞としてではなく、名詞として使うときの形である。例えば5番のトラムやバス、背番号5をつけた選手、ラグビーの5点取れるトライなどがこの言葉で表される。通知表の5も「ピェトカ」である。ただしチェコでは、一番いいのが1、つまり「イェドニチカ」で、5は一番悪い成績だけど。
 そんな「ピェトカ」が指すのは、なぜか10コルナである。それには歴史的な起源があり、1892年にそれまで使われていた通貨単位の「ズラトカ」に代わって、「コルナ」が導入された。そのとき、1対1ではなく、1ズラトカが2コルナになるという交換レートが適用された。新しい通貨に慣れない人々は、コルナの貨幣をズラトカに換算した金額で呼ぶようになったということらしい。つまり10コルナは5ズラトカだということで、「ピェトカ」と呼ばれるようになり、それが現在のチェコ語にまで生き残っているのである。当時は他にもいくつかのこの手の呼称があったらしいけれども、現在まで残っているのは「ピェトカ」だけである。ということで、「Dej mi pětku」と言われたら、5コルナではなく、10コルナあげなければならないのである。10Kč = Pětka(5)。

 では、5コルナは何と言うかというと、「ブーラ」である。ブーラと聞いて思い浮かぶのは、「ブラーク(ピーナツ)」とか「ブラーコベー・マースロ(ピーナツバター)」なので、サッカーの試合なんかで、「5点取ったら、ビールが1杯ブーラで飲める」というニュースを見て、なんでピーナツでビールが飲めるんだろうと不思議に思ったものだが、実際には5コルナだったのである。サッカーの試合で、5−0とか、0−5のスコアもブーラと言っていたような気もする。語源的なことを言うと、ドイツ語から入った言葉らしい。5Kč = bůra。

 ドイツ語から入った言葉と言えば、最近ジャガイモ、チェコ語で「ブランボリ」の語源を聞いてびっくりした。ドイツのブランデンブルクが語源になっているというのである。ブランデンブルクは、チェコ語で「ブラニボルスコ」となり、ブラニボルがブランボリになって、複数で「ブランボリ」と言われるようになったということのようだ。ブランボリの単数1格が、「ブランボル」なのか、「ブランボラ」なのかも、学習者にとっては悩みの種なのだけど、語源を考えると「ブランボル」の方が正しそうだ。歴史的には、ジャガイモがブランデンブルクからチェコに入ったという経緯があるのだろうか。日本語のジャガイモもジャカルタだしね。

 話を戻そう。最後の一つは、コルナの言い換えである。恐らく通貨記号のKčから、「kačka(カチカ)」という表現を使う。カチカは、本来鳥の鴨の類を表す言葉で、「kachna(カフナ)」とも言う。ただし、カフナをコルナの意味で使うことはない。現金がもらえるキャンペーンなんかのテレビコマーシャルで鴨や鴨のおもちゃが出てくるのにはそんな理由があったのである。1Kč = 1kačka。

 この手の俗語というものは自分では使わないのだけれども、知っておいて損はない。飲み屋かなんかで俺知ってるよというと喜んでもらえるかもしれないしさ。とうことで、長々と書き継いだ名詞の格変化の話はこれでお仕舞。
2017年11月20日23時。







2017年11月21日

名詞格変化落穂ひろい(十一月十八日)



 前回取り上げた「-um」で終わる中性名詞の「datum(日付)」であるが、この言葉自体は意味も格変化も問題ないのだけど、複数1格の「data」と同じつづりで、「データ」という意味で使われる言葉が存在する。英語のデータがチェコ語読みされて「ダタ」になってしまったわけである。データベースなんか「ダタバーゼ」と読まれてしまうし。
 このチェコ語では同じ「data」となる日付とデータを自分で使うときに混乱してしまうのである。何よりも悩むのが、データという意味の「data」がどのタイプの名詞になるのかで、一見、女性名詞の硬変化なのだけど、中性名詞の複数という可能性もある。その場合単数1格は「dato」「datum」のどちらなのだろう。どちらでも複数の格変化は変わらないからいいか。女性名詞として使って間違いを指摘されたことが何度もあるような記憶があるから、中性名詞で複数でしか使わない名詞なのだろうということにしておく。データを女性名詞として使ってしまうために、日付も女性名詞のように使ってしまうという間違いをやらかしたこともあったような……。

 では、前回予告した女性名詞の外来語で母音+「a」で終わる名詞の格変化である。例としては「idea(理想)」が使われることが多いのだが、この手の名詞で日本人が使う機会が多そうなものとして、国名だけど「Korea(朝鮮)」を使おう。複数形がないんじゃないのなんて言うなかれ、北朝鮮と韓国を合わせて言うときに、「二つの朝鮮」というから複数で使う可能性もあるのだ。
 チェコ語では、北朝鮮(Severní Korea)は、正式名称の朝鮮民主主義人民共和国(Korejská lidově demokratická republika)から作られる略称KLDRが使われることも多いけれども、韓国は南朝鮮(Jižní Korea)としか呼ばれない。大韓民国なんて訳しにくいしね。だから二つ合わせて両方の「Korea」となるのだけど、その格変化が単数も含めて微妙で覚えにくいのである。

 先ず単数から。
 
  1格Kore-a
  2格Kore-y/Kore-je
  3格Kore-ji
  4格Kore-u
  5格Kore-o
  6格Kore-ji
  7格Kore-ou/Kore-jí

 御覧の通り「a」で終わる硬変化と、「je」で終わる軟変化が入り混じっていて、2格と7格などどちらでもいいといういい加減さである。「j」が出てくるのは発音上の要請なのだろうと思う。複数になると、2格を除いてすべてどちらでもいいことになっている。使うときにはどちらでもいいのだから気は楽なのだけど、厳密に覚えさせられた他の名詞に何だか申し訳ない気持ちである。

  1格Kore-y/Koreje
  2格Kore-í
  3格Kore-ám/Kore-jím
  4格Kore-y/Koreje
  5格Kore-y/Koreje
  6格Kore-ách/Kore-jích
  7格Kore-ami/Kore-jemi



 この手の些細な違いを特例として挙げていくときりがないので、名詞の変化についてはこれぐらいにしておく。それで、名詞の最後を飾るものとして、当初の予定には反するけれども、変化しない名詞を取り上げておく。チェコ語の名詞には性の区別があって、格変化するのが常識なのだが、非常識にも全く変化しない名詞が少しだけ存在しているのだ。

 一つ目は、「deka」である。女性名詞に「毛布」という意味の「deka」が存在するが、これは普通に格変化する。変化しないのは「10g」という意味の「deka」で、中性名詞の扱いになるのかな。スーパーの肉売り場でハムを注文するときに、日本風にグラムを使ってもいいのだけど、チェコの人たちはほとんどみんなこの「デカ」を使う。
 この言葉を初めて聞いて師匠に質問したときに、意味だけしか聞かなかったのが間違いで、「毛布」のデカと同じように格変化させたら、怪訝な顔をされた。お店の人は、それまでグラムで注文していた外国人が、デカを使ったのも不思議だったのだろうけど、「10 dek」なんて言われて、こいつは本当にわかっているのかと不安になったのだろう。「100グラムでいいの?」とグラムを使って確認されてしまった。
 次の日に師匠に聞いたら、これは特別な名詞で変化しないんだという。なんで昨日教えてくれなかったんだよと言うと、言ったけど聞いてなかっただけだろと言われてしまった。意味を知ることができて舞い上がってしまって、性と変化の仕方を聞き飛ばしてしまったのだ。中性だろうとは思うけど、未だに確信はないし、単数扱いなのか複数扱いなのかも知らんなあ。いやはや怠け者になったものである。

 二つ目は「angažmá」という言葉で、意味は「契約」。ただし「契約を結ぶ」と言うときには使わず、プロのスポーツ選手が、今のチームを離れて新しいチームとの「契約を探す」、今のチームとの「契約が残っている」なんてことを表現するときに使われる。スポーツ選手以外でも、特定の劇場と長期的な契約を結んで仕事をする俳優や音楽家たちの場合にも使われる。
 この言葉、「á」で終わるので、形容詞の女性形と同じように変化するもんだと思っていたら、無変化だった。フランス語か何かから入った外来語なのかな。同じように「á」で終わる無変化の名詞が他にもあったような気がするのだが思い出せない。

 最後は名字であるが、名詞の複数2格が名字になっているものがある。日本でも知られているものとすれば、スメタナ、ドボジャーク、ヤナーチェクに次ぐ第四のチェコの作曲家マルティヌーがいる。この人の名字は、男性の名前であるマルティンの複数二格からできているのである。ほかにもヤンからできたヤヌー、ヤネクからできたヤンクーなんて名字を見かけたことがある。
 この手の名字の人は、チェコでは例外的に男性と女性の名字が同じ形である。そして、複数2格がもとになっているので、これ以上格変化させられないということなのか、男性でも女性でも、単数も複数も1格から7格までまったく変化しないのである。もちろん前につく名前は書く変化をするので、フルネームで書かれている場合には問題ないのだが、突然「Martinů」なんてのが出てくると、マルティンの複数2格なのか、名字のマルティヌーなのか判断が付かないことがある。

 男性と女性が同じ形になる名字としては、形容詞の軟変化型の名字、たとえば「Krejčí」がある。ただし、この名字格変化はするので、2格以降は男性と女性、単数と複数で違った格変化をする。女性は変化しないけど、やっぱりこっちの方が落ち着くなあ。チェコ語の名詞は格変化をするものであって、名詞が各変化をしないとチェコ語ではないような気がしてしまう。いや、ありとあらゆる言語において、名詞は須く格変化すべき、もしくは助詞をとるべきものなのである。日本人としては、てにをはで済んでくれるのが一番いいんだけどね。
2017年11月19日12時。





チェコ語のしくみ新版 [ 金指久美子 ]







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