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2016年01月13日

チェコスロバキア語?(一月九日)


 チェコではチェコ語が使われ、スロバキアではスロバキア語が使われる。一つの国家、一つの民族、一つの言語というのは、ヨーロッパ近代の発明である国民国家的な国家観を持つ人の多い日本では当然に感じられるのかもしれない。しかし、それなら1993年以前チェコスロバキアだった頃には、チェコスロバキア語が使われていたということになるが、実際には当時からチェコ語はチェコ語で、スロバキア語はスロバキア語だった。
 確かに国が分かれたことでそれまで一つとされてきた言葉が、別々の言葉になった例はある。セルビア・クロアチア語と言われていた言葉が、現在ではセルビア語とクロアチア語に別れているし、現在のボスニア・ヘルツェゴビナで使われている言葉も、かつてはセルビア・クロアチア語の方言として扱われていたはずだ。いずれにしても、分裂前の国家はユーゴスラビアで、一国家、一言語ではなかったのである。

 では、これらの言葉がどのぐらい似ていて、どのぐらい違うのかと言うとなかなか説明しづらい。私にわかるのはチェコ語とスロバキア語の違いだが、チェコ語を学校で学んで身に付けた私にも、スロバキア語はある程度はわかるのだが、チェコ語と比べると理解できる範囲は狭くなるし、相手によってはほとんど理解できないこともある。
 チェコ人とスロバキア人は、互いにそれぞれの言語で話して、まったく問題ないようである。しかし、これがチェコ語とスロバキア語が似ているがゆえの言わば先天的なものなのか、生活の中で身に付けた後天的なものなのかが、今一つはっきりしない。スロバキアのテレビでは、チェコの番組がそのまま放送されることが多いと言うし、チェコでも、スロバキア人が登場する場合に、通訳や、翻訳の字幕がつくことはない。これが、互いに理解できるからこうなのか、こうだから理解できるようになったのか。チェコスロバキア時代に、全国放送ではチェコ語もスロバキア語も普通に使われていたであろうことと、同じく似ているといわれるポーランド語に対しては、理解できる割合が減ることを考えると、どうも後者のような気がしてならない。
 そもそも、1918年に第一世界大戦後の民族自決の風潮の中で独立を達成したチェコスロバキアは、民族的にはややこしい問題を抱えていた。神聖ローマ帝国の一部として、ハンガリーの一部として、それぞれ別々の歴史を歩んできたチェコ人とスロバキア人をひとつにして、公式にはチェコスロバキア人という概念を作り出さなければならなかったのだ。それによって、チェコ内のドイツ人、スロバキア内のハンガリー人という、少数民族と呼ぶには少々大きすぎる民族集団を押さえられるだけの民族を作り出そうとしたのだろう。その結果、スロバキア人が求めていた連邦化は達成されることなく、これが後の分離独立につながっていくのだが、言語に話を戻すと、この時期ですらチェコ語とスロバキア語をまとめてチェコスロバキア語が作り出されることはなかったのである。

 では、チェコスロバキア語と言える、いや言いたくなるような言葉が全く存在しないのかと言うとそんなこともない。独立した言語として認められているわけでもなく、言語学の対象となっているわけでもないし、数が多いわけでもないが、チェコ語とスロバキア語を混ぜたような言葉でしゃべる人たちが存在してはいるのだ。
 その一番の代表がグスタフ・フサークである。フサークはスロバキアの出身の、1968年のプラハの春の際にソ連側に立ち、その後のいわゆる正常化を主導した政治家で、チェコスロバキアの連邦化も達成した人物であるが、この人の言葉が、チェコスロバキア語としか言いようのない、チェコ人に言わせると珍妙なものであったらしい。チェコ語の言葉とスロバキア語の言葉を混ぜて使っていたらしいので、チェコとスロバキアの融和を目指すという政治的な意味を持って使っていたのかもしれないが、評判はあまりよくない。
 スロバキアを出てチェコで活動、生活をしているスロバキア人は、非常に多く、誇張を込めてプラハはスロバキア人の町だなとという人もいるぐらいなのだが、その多くはそのままスロバキア語を使って生活している。仕事上の要請でチェコ語を使う人もいるが、多くは、多少のスロバキア語っぽさはあるものの、チェコ語になっているという。
 チェコで活動するスロバキア人で、現在一番有名なのが、財務大臣のアンドレイ・バビシュ氏であろうか。この名前からしてスロバキア人のこの人物(アンドレイはチェコ語のオンドジェイのスロバキア語形)が、どうしてチェコの財務大臣になれるのかも、不思議な話であるが、この人の言葉がしばしばチェコスロバキア語と言いたくなるものになるらしい。これは政治的な意図を持って公式の場ではチェコ語で話しているのに、ぽろっと普段の話し方が出てしまったということだろうか。
 書き言葉でも、スロバキア人ががんばってチェコ語で書こうとして、チェコ語とスロバキア語の語彙や活用語尾が入り混じった何とも言えない言葉が出来上がることもあるというし、チェコ語とスロバキア語の関係は近くて遠い複雑なものなのである。方言と言うには遠く、別の言葉と言い切るには近すぎるこの関係は、これからも維持されていくのだろうか。
1月10日14時



 とりあえず一度は載せたほうがいいのではないかということで。1月12日追記。



2016年01月09日

チェコ語 その一 発音(一月五日)



 チェコ語を勉強していたころに、どうしてチェコ語を勉強しているのかという質問と並んで、悩まされたのが、チェコ語は難しいのかという質問だった。今でもこの質問を受けることがあるのだが、果たして日本人にとって簡単に身に付けられる外国語なんてものが存在するのだろうか。絶対評価をするのであれば、「チェコ語は難しい、うん、とても難しい」としか答えられないのである。
 しかし、毎回そんな返事を返しても面白くないので、苦手な英語と比較して、英語よりは簡単だと答えることが多い。なかなか信じてもらえないのだが、単語や文法を覚えるという部分はともかく、実際に言葉を発するという面では、英語よりもはるかに楽だと思う。

 まずは発音であるが、母音が日本語と同じで五つしかない。だから、微妙に違うものもあるが、基本的には日本語と同じように「アイウエオ」で発音しておけばいいのである。ただ、ウ段の音を発音するときに、特に語末にUがあるときに、やや強めに発音することは心がけておくといいだろう。日本語では語末のUは弱くなる傾向があるので。
 母音に関しては、英語起源の外来語の場合に、日本人がア段の音で聞くものを、チェコ人がエ段の音で取り入れてしまうので、チェコ語風に発音されてもわからないことがあるが、そんなのは笑ってしまえばいいのである。「ヘメネクス」と言われて、それが「ハムアンドエッグス」、つまりハムエッグのことだとすぐに理解できる人はいないだろう。それ以外は、「ジャム」が「ジェム」、「ジャズ」が「ジェス」になるぐらいなので、可愛いものである。

 子音のほうは、発音が少々厄介なものもあるのだが、それぞれの子音の発音さえ覚えておけば、あとはローマ字読みをすればいいだけなのでありがたい。同じ子音が位置によって濁ったり濁らなかったりするという問題もあるが、これもルールさえ覚えてしまえば問題はないし、チェコ人でもいい加減だったりするからあまり気にしなくてもいい。
 子音で日本人にとって発音が問題になるものとしては、LとRがあるが、これはどのヨーロッパの言葉を勉強する場合であっても、逃れられないので諦めるしかない。ただ、面白いことに、日本だと日本人はRの発音ができないと言われるが、チェコではLがRに聞こえると言われるのである。

 一般に、チェコ語の発音で最大の問題だといわれるのは、チェコ人の誇りŘである。チェコの有名な作曲家、私が小学生の頃にはドボルザークと書かれていたが、今はドボルジャーク、もしくはドボジャークと書かれることが多いだろうか、とまれ有名な「新世界より」を作曲したこの人の名字の「ルジャ」「ジャ」の子音に当たるのがこの音で、世界中でチェコ語にしか存在しない音だと言われている。
 チェコ人は、ほとんどみんな、外国人には発音できないと思っているので、チェコ語を勉強している学生は、必ずと言っていいほど、この子音の入った言葉を発音してみろと、飲み屋なんかで要求されることになる(素面で知らない外国人にこんなことを頼む人は、チェコにもそんなにはいない)。発音できなければ、「できないだろう、やっぱりこの音は外国人には無理なんだよな」というような反応が、できれば、「外国人の癖になかなかやるじゃねえか」みたいな反応が返ってきて、一度や二度なら楽しいのだが、何度も繰り返されるといい加減にしてくれといいたくなる。チェコに住まわせてもらっている外国人の義務として、求められれば嫌な顔をせずに、発音してみせることにはしているけれども。
 では、その発音がどのぐらい難しいかと言うと、実はチェコ人が言うほど難しくはない。先ず口の中で舌を、日本語で「ル」と発音する時の位置において、できればもう少し上に上げて口蓋に当てておく。その状態から、無理やり「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」と言う練習を繰り返していけば、チェコ人にもそれなりに聞こえる音が出せるようになる。それができるようになると、舌が動かせるようになってくるので、Rを発音するときにも、日本語風のRの発音が、チェコ語風の巻き舌のRに近づく。ここまで来れば、巻き舌のRから派生した本来のŘの発音までは、あと一歩でしかない。
 しかし、Řなんて、スロバキア人の中にも最初からできないと諦めてRで代用する人もいるし、チェコ人の子供でもうまく発音できなくて、特別の発音教室に通うこともあるらしいから、外国人がうまく発音できなくても当然で、できたら儲け物ぐらいの気持ちでいればいいだろう。チェコ語の師匠の話では、イラクサの葉っぱを舌の先につけて、しびれで舌の振るわせ方を練習するというとんでもない方法もあるということだが、これはさすがに冗談だと思いたい。

 チェコ語の発音に関しては、英語が得意な人のほうが、チェコ語の言葉も思わず英語読みしてしまって、なかなか発音が上手にならなくて苦労することがあるので、英語の発音が苦手という人で、外国語コンプレックスを払拭したいと考えている、かつての私のような人は、チェコ語を勉強するといいのではないかと思う。
1月6日16時30分


 試行錯誤に改行を余計に入れてみた。1月8日追記。
タグ:母音 子音
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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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