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2018年10月25日

変なコメント再び(十月廿一日)



 一時期、多かった変なコメントは、「コピーブランド」と「スーパーコピー」を禁止ワードに登録して以来、ぱったり止んでいたのだけど、久しぶりに復活した。せっかくなのとネタもないのとで、取り上げて分析してみよう。ただし、今回のは前回のほどは面白くない。
 コメントの見出しっぽいのがこれ。

日本最大級のブランド時計・バッグ・財布N級品専門店


「日本最大」ではなく「日本最大級」というあたりに、過大広告じゃないよという主張が見えておかしい。コピー品を売る店が、そんなところを気にしてどうするというのだろうか。自分で書くならここは、「日本最大のブランドN級品専門店」とやって、時計なんかの内容は地の文に回すか、後ろに括弧で入れるかだなあ。「――時計・バッグ・財布など各種商品を取り揃えております」とかやってもいいかなあ。
 よくわからないのは「N級品」。ヤフーで検索してみたら、出るわ出るわ、コピー品を売っているお店のサイトがずらずらと並んでいた。その下に「このサイトは不正あるいは危険である可能性があります」とか、「このサイトは第三者によって改ざんされている可能性があります」という警告も並んでいたので、さすがに開けはしなかったけど、検索結果に引用された文章からすると、コピー品の中でも最高級のものがN級品と呼ばれているようだ。何の略なんだろう。
 それにしても、気になるのはこんないわゆる高級ブランド品のコピーを販売する店が大量に存在することで、これって規制の対象にならないのだろうか。例の外国でやっているから手が出せないって奴かな。それはともかく、最初からコピー品だとして販売しているから詐欺にはならないのだろうけど、コピーだとわかっていて購入するお客さんがいるのかね。いるからこんな商売が成り立っているのだろうけど、そこまでしてブランド品がほしいという気持ちも理解できない。

 本文の冒頭はこんな感じ。

2018年人気貴族ブランドコピー(N級品)優良店!


 どうにもこうにも座りが悪い。「貴族ブランド」って何だ? 貴族が生産しているということなのか、それとも貴族が愛用しているということか。「貴族御用達ブランド」とか、いっそ貴族を捨てて「最高級ブランド」とかにしてしまった方がいい。ここも「最高級ブランドN級コピー専門店。2018年人気商品販売中」とかにしたほうがわかりやすくないか。
 続いてブランド名が羅列される。

ルイヴィトン、シャネル、グッチ、ロレックス、バレンシアガ、
エルメス)、コーチ、ブラダ、クロエ大激売中



 個々のブランド名の表記について云々するだけの知識はないけど、受けの括弧しかないのはタイプミスだろうか。末尾の「大激売中」というのもなんだか変な表現である。大安売りをしているというのか、売れて売れて笑いが止まらないというのか。この部分はなくして、最初に「取り扱いブランド例」とか入れよう。もしくは、昔よく見た「大好評発売中」とかね。

★高級品☆┃時計┃バッグ┃財 布┃その他┃
◆★ 誠実★信用★顧客は至上
●在庫情報随時更新!


 次の三行はなんともコメントしがたいのだけど、真ん中の行は、わざわざこんなことを書くお店を信用する人はいるのかね。「顧客」ってあたりは、一回ではなく定期的に購入してねというお店側の願望なのだろうか。星が一つだけ白抜きになっているのも意味不明だし。

品質がよい 価格が低い 実物写真 品質を重視


 ここは、最初の部分は漢字だけにして、「高品質、低価格、品質重視」で並べよう。「実物写真」は、ブランド品の実物なのか、コピー品の実物なのか不明なので、意図的にわかりにくくしてあるのかもしれないが、なくてもいいような気がする。

100%品質保証 100%満足保障 信用第一


 今までの慎重さは何だったんだと言いたくなるような大言壮語(大げさか)が並んでいる。これならいっそ「信用第一」にも「100%」を付けたらどうだろうか。順番も変えて「品質保証100%、満足保障100% 、信用第一100%」。「満足保障」の「保障」は間違いだろうから、「顧客満足度100%」のほうがいいかな。どっちにしても真実じゃありえないわけだし。

★人気最新品┃特恵中┃☆腕時計、バッグ、財布、ベルト、アクセサリー、小物☆


 おお、取扱商品が増えている。それはともかく「特恵中」ってのは何なんだろうか。「特価販売中」とか「全品特別価格にて販売中」なんてことなのかな。よく考えたら、「人気最新品」もなんかおかしい。直すなら「最新の人気商品、全品特別価格にて販売中」ってところかな。

★当店商品送料無料日本全国!


 ここも「日本全国送料無料」か、「日本全国へ無料で発送致します」なんて文にしたほうがよさそう。「当店商品」は不要だろう。

休業日: 365天受付年中無休


 一番意味不明なのはここかな。「365天」の「天」は、日のことだろうか。「休業日」なら、「無し」で受ければいいのにというか、突然こんな表記が現れても困るから、「御購入の御申込は年中無休で受付しております」とか文にしたほうがわかりやすいかな。もしくは、「購入受付1年365日24時間営業中」とかさ。

 正直、今回のは文になっていなかった分、あれこれ遊べる余地がなくてつまらなかった。禁止ワードを潜り抜けて届いたものだから、工夫されているかと期待したのだけど、期待外れだった。この手のコメントが禁止ワードに登録されなさそうな言葉を探して進化するなんてことはないのかなあ。進化に協力するためにも、「ブランドコピー」という言葉を禁止ワードに登録してみた。「N級品」も入れたほうがいいかもしれない。次に届くものは、もう少し楽しいものであることを願っておく。ネタにもなるし。今回のは無理やり仕立て上げた感が強すぎて……。

2018年10月22日18時30分。









posted by olomoučan at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ

2018年10月24日

シュテパーネク引退試合(十月廿日)



 近々日本に帰任されるという企業の方とお話をしていたら、最近チェコのテニス関係者と付き合いがあって、帰任するという話をしたら、シュテパーネクのサイン入りのTシャツをくれたんだよなんてことを仰る。思わず、凄いですねと返すと、いまいちその凄さがわからなくてという。確かに、現在近年は怪我がちランキングもずっと下げていたし、デビスカップでも活躍できていなかったから、昔からチェコのテニスを追いかけていなければシュテパーネクについて知らなくても不思議はない。
 こちらもチェコに長年住んで、チェコ人たちが熱狂的に応援するデビスカップの中継を見ていなかったら、特にテニスが好きという人間でもないから、シュテパーネクって誰? ということになっていた可能性は高い。四大大会で優勝したことがあるわけでもなく、ランキングトップ10の常連でもなかった選手が、デビスカップで優勝したからといって日本で有名になるわけもないのだ。日本ではどうも国対抗のチーム戦であるデビスカップ、フェドカップはそれほど重要視されていないようだし。

 思い返せば、今週の初めぐらいから、すでに引退したシュテパーネクがテレビのスポーツニュースで取り上げられることが増えていた。一番大きかったのはジョコビッチがコーチを務めたシュテパーネクのためにプラハにやってきたというニュースだった。そのジョコビッチがプラハにやってきた理由というのが、シュテパーネクの引退試合に出るためだったのだ。
 引退試合は木曜日の夕方からプラハで行なわれ、チェコテレビのスポーツチャンネルが中継していた。うちに帰ってきてチャンネルを変えてみたら、シュテパーネクが、かつて一緒に四大大会のどれかのダブルスで優勝したインドのパエスと組んで、ジョコビッチがハースという選手と組んでダブルスをやっていた。四人とも勝負よりも観客を楽しませ、自分たちが楽しむことを重視したプレーをしていた。こんなところで勝ち負けを云々しても野暮なだけだしね。

 たまにベンチというか、選手たちがコートチェンジの際に座る椅子が移されるのだけど、シュテパーネク側には、サッカー界からパベル・ネドビェド、ペトル・チェフ、それにアイスホッケーのヤロミールヤーグルの姿があった。ジョコビッチ側は、アガシとF1のハッキネンがいた。テニス選手のアガシはともかく、どこでハッキネンと付き合いができたんだろう。なんとも豪華な招待メンバーである。
 本当は、デビスカップでシュテパーネクと二人でチェコを優勝させたトマーシュ・ベルディフも、シュテパーネクとシングルスの試合をする予定だったらしいのだが、怪我が長引いていてプレーできない状態でその試合は実現しなかった。ただ、プレーヤーとしては出場しなかったのだけど、ダブルスの試合の途中で審判として登場した。長身のベルディフがアンパイア席で小さくなっているのはなかなかの見ものだったし、ジョコビッチが判定にクレームをつけて、あれこれやり取りしていたような気もする。

 ニュースの時間と重なっていたこともあって、全部を通して見たわけではないから、他にも有名人が登場したり、楽しい選出があったりしたことだろうと思う。シュテパーネクはデビスカップの試合でも、観客を盛り上げるためにいりいろやってショーマンと言われていたわけだし。客席に神のカーヤことカレル・ゴットがいたのは確認できたけど何かやったのかなあ。
 セットとセットの間の休憩時間には、シュテパーネクのキャリアを振り返る短い番組が放送されていて、世界ランキングでは、最高で8位まで上がったけど、怪我のためにトップ10の選手として試合に出場したことはないなんてことが語られていた。四大大会の最高成績もウィンブルドンの8強が一回あるだけで、後輩のベルディフよりはかなり劣るのだが、チェコでの人気、チェコのテニスに対する貢献度では負けていない。

 シュテパーネクのキャリアで何よりも特筆されるのは、ベルディフと組んで、チェコを二回もデビスカップ優勝に導いたことである。しかも大半の試合をベルディフと二人だけでこなしたのだ。もちろん負けてしまったこともあるけど、負けてなお、チェコ人の魂をゆすぶるような試合をしていた。いつのことだったかは覚えていないけど、痙攣を起した足を引きずりながら、5セット戦い抜いた試合はスイスとの対戦だっただろうか。フェデラーには演技だとか言って批判されていたはずである。
 それから、これは勝った試合だけど、クロアチアの強烈なサーブだけで飯食っているような長身の選手と、6時間にわたる死闘を繰り広げたのも忘れられない。第4セットまではすべてタイブレークで、第5セットは18−16だったかな。当時デビスカップ史上最長の試合で、このときはさすがに翌日のダブルスには出なかったんだったか。シュテパーネクのことだから無理して出た可能性もあるか。

 ベルディフもデビスカップではシュテパーネク以上に活躍しチェコの優勝に貢献しているのだけど、個々の試合の残した印象という点になると、シュテパーネクには敵わないのである。そんなシュテパーネクも、キャリアの最初の頃からデビスカップで活躍できたわけではなく、一時はテニス協会、当時のデビスカップの監督ともめて(負けたことを批判されて戦犯扱いされたのに我慢できなかったんだったかな)、一時はデビスカップの代表を拒否していたのだから、不思議なものである。

 選手としては最晩年と言ってもいい2016年のオリンピックで、混合ダブルスとはいえメダルを獲得したのもシュテパーネクを忘れられない選手にしている。チェコ人って日本人と一緒で、オリンピック大好きだからさ。日本でもテニス好きの間では多少の知名度はありそうだけど、ステパネクという名前で覚えられていそうだなあ。テニス好きでチェコ好きなら、そんな人はあまりいないだろうけど、シュテパーネクの名前で覚えてくれているかな。
2018年10月21日23時。








2018年10月23日

買い物の季節は続く2〈服〉(十月十九日)



 靴はスロバキアの会社だったが、服は、これも十年ほど前に、OPプロスチェヨフのものがまとめていくつも買ってあった。オロモウツ市内に一店と、郊外のショッピングセンターのツェントルム・ハナーのあるエリアに一店直営店が出ていて、当時はすでに会社が左前だったせいか、店内の商品のうちかなりの割合のものが、びっくりするような廉価で売られていたのである。ズボン一本200〜300コルナ、ワイシャツ一枚100コルナとかね。
 OPプロスチェヨフが完全に倒産して清算手続きに入って直営店が消滅するまでの間、二年ぐらいだっただろうか、しばしば直営店に立ち寄って、あれこれ購入していたのだ。今数え上げて見ると、すべてを特価で買ったわけではないが、ズボンを夏物、冬物全部合わせて7本、ワイシャツを数枚、コートなどの上着も何着か買ったかな。下着としてのTシャツや、夏が暑くなって最近着る機会の増えているポロシャツなどを除けば、このとき買ったものが我がワードロープの中心であり続けてきた。
 さすがは、伝統あるチェコ最大の服飾企業の製品というべきか、すぐに生地に穴が開いたり破れたりして着られなくなるというものはなかったのだが、さすがに着続けた年数が二桁に近づくと少しずつ問題が出始めた。特に問題になったのが冬物のズボンで、一本はすでに履けなくなり、二本はこの春までは何とか騙し騙し履いてきたのだけど、さすがに限界で冬物のズボンが足りなくなった。

 夏は本当に必要になるぎりぎりまで買い物に行かず、お店の人にちょっと遅いよなんて言われたこともあるので、今回は早めに行くつもりだったのだけど、寒さで体調を壊したりしているうちにすっかり忘れていた。その後気温が上がって、薄手のズボンでしのいでいる間に新しいのを買えばいいやと考えていた。そして或る日と言っても昨日の話だけど、前日と変わらないだろうと薄着で出たら、寒くて凍えそうになった。上はまだセーターをリュックに入れていたので、途中で着込むことで寒さをしのげたのだけど、下が耐えられなかった。とはいえ一度うちに戻ってズボンをはき変えるのも面倒である。

 そこで、途中の、今年の夏に半ズボンを買いに入ったときに、ちょうどいいサイズのものがなくて買わなかったお店に入って、おっちゃんに今回はズボン探しに来たんだけどと言ったら、若い人たちが履いていそうなカーキーっぽい色のズボンをこれはどうだと進めてきた。うなぎの寝床のように細長い店の奥は照明がそこまで明るくなくて、色はちょっと違ったかもしれないけど。色合いがいまいちだったのと、ふともものところに装飾が着いているのが気に食わないといったら、別の黒いズボンを引っ張り出してくれた。
 次は試着である。これが面倒であんまり服は買いたくないんだよなあと思い出した。とはいえ試着して買っても後で大きさを後悔することがあるのだから、しないわけにはいかない。最初に履いてみたのは、輿周りの大きさは問題ないのだけど、ふくらはぎの部分がきつかった。お店のおっちゃんの話だと、どうもそいうつくりのズボンらしい。伸縮性の高い布で作られているから、慣れるまではきつく感じるかもしれないけど慣れれば、歩き回るときも、仕事で椅子に座っているときも快適だぜと説明してくれたんだけど、ちょっときつすぎたし、今以上に寒くなったらプンチョヒ(ズボン下、もしくは股引)を履くことになるから、少しは余裕があったほうがいい。

 ということで、少し大きめのものを出してもらってさらに試着。しかし、考えたらこんなスリムな足にぴったりとくっつくようなシルエットのズボンなんて履いたことがない。いびつな足の形がそのまま浮き彫りになってみっともない姿をさらすのではないかと不安だったが、一本ぐらいは違うタイプのがあってもいいかと購入を決めた。決定的だったのは、丈がちょうどいい長さで短くする必要がないと言うことだったのだけど。これなら、買ったその時点から履くことができる。さすがにお店では着替えはしなかったけど、日が暮れてから職場を出るときには履き替えていた。
 これまで、日本でも、チェコに来てからも、ズボンを買うとウェストの辺りは何とか合うのを見つけられても、ズボンよりもはるかに自分の足が短くて、そのままは履けないという短足の悲哀を味あわされてきたのだ。自分の足の長さに合うズボンを買ったのは初めてのことかもしれない。このズボン、脱ぎやすいようにだと思うけど、裾の部分にファスナーが付いていて下のほうを開けられるようになっているから、長さが合わなかったら買えないところだった。

 お店のおっちゃんとは、買い物しながらあれこれ話をして、店の上の部屋を、パラツキー大学の韓国語の先生に貸していて、その先生がチェコ語はできないけどロシア語ができるから、ロシア語でちょっと話したなんてことを聞いた。おっちゃんの世代は学校でロシア語が必修だったのだ。そう言えば、この前半ズボンを探したときには、サッカーのシグマ・オロモウツが勝てないねえなんて話をしたんだったなあ。こんな買い物とは関係のない話ができるなら、服を買うのもたまにだったらいいかなと思えてしまう。

 それから、こんなのもあるぞと、グレーのハーフコートを引っ張り出して見せてくれた。そういえば、現時点ではまだ着られているけど、毎年酷使している黒のハーフコートも、そろそろ後継を準備しておいた方がよさそうな状況にはあるのだ。それで、もうちょっと寒くなったら買いに来るわと約束して店を出た。かくて次の買い物が決まってしまった。いや、店を出て、このとき着ていた春秋物の薄い黄色のジャンパーの袖の部分がほつれてしまって、これ以上の濫用には耐えそうもないことに気づいてしまったから、その前に秋物のジャンパーかなあ。来年の春まで待つか悩ましいところである。
 十年ほど前に一時期にまとめて購入したのが、現在の買い物の山につながっていることを考えると、ずらした方がいいのかなあ。あの第一期買い物の時代は勢い余って黒のベストとかまで買っちゃったからなあ。とまれかくまれ、第二期買い物期はもうしばらく続きそうである。この二日、ちょっと日記っぽいよね。
2018年10月20日22時40分。










2018年10月22日

買い物の季節は続く〈靴〉(十月十八日)



 今年の夏は、サマースクールに向けてあれこれ買い物をしなければならなかったという話は、すでに書いたが、あそこで願った、これからしばらくは買い物をしなくてもいいようにという願いはかないそうもない。夏物だけでなく、秋冬物に関してもあれこれ買い足す必要が出てきたのだ。十年ほど前の第一次買い物の季節というべき時期に購入して長年使用してきた服やら靴やらが、寿命を迎えつつある。去年までは多少不具合には目をつぶってだましだまし使ってきたのだけど、さすがにこれ以上はというところまで来たし、夏の買い物の勢いが続いているので、そのままいくつか買っちまおうというわけなのである。

 靴に関しては、今はなきプリオールの最上階にあった靴屋、たしかスロバキアのジョン・ガーフィールドという靴屋が、しばしば二足買ったら、二足目はただとか、50パーセントオフとか、大々的な割引セールを結構ひんぱんにやっていて、それを利用してうちのと一緒に何足も買ったのを覚えている。靴底がすり減ったり、かかとの部分がこわれてしまったりして履けなくなる靴が出てきて、今でも現役で履いている靴は、あの時買ったもののうち二足だけである。もちろんその後何足か買い足しているので、履くものがないという状態には陥っていない。
 その二足も、暖かい時期用の布靴は、靴底がすり減ったというよりは、へたれた感じで履いて長時間歩くと足が痛くなるようになった。それが今年の夏に絶対に新しい布製の靴が必要になった理由である。あのときも、もう一足買うかどうか悩んだのだが、結局面倒くさくなってやめたのだった。へたれた靴も毎日履かなければまだ使用可能のようにも感じられたし。

 冬用のもう一足は、真冬の一番寒い時ではなく、もう少し暖かいときに履くことの多いものなのだが、今年の春までにいくつかの小さな部品が外れ落ちている。現時点では穴が開くとか、実用に堪えないような問題は発生していないが、今後もこれまでのペースで履き続けたら、いずれ近いうちに履けなくなるのは確実である。ということで、今回は日本の冬用、チェコの晩秋から初冬にかけて用の靴が必要になった。
 実は上に書いたスロバキアのジョン・ガーフィールドのお店は、現在はシャントフカに出店していて、ときどき二足目無料のキャンペーンをやっていることもあるようなのだけど、どうも足が向きにくくて近くを通っても中に入ったことはない。ネット上の値段がユーロで表示されているのも足が遠くなる理由かな。もう一つの選択肢としては、チェコの靴ならバテャだという考えもある。あるんだけど、バテャの靴がすべてチェコで生産されているわけでもないし、何より問題なのは、こちらが必要な小さめのサイズがあまりないことである。

 それで、夏の靴は、結局プリオールの後身、ガレリエ・モリツに入っているポーランドの大手の靴屋CCCで買うことにした。シャントフカにもオロモウツ・シティにも入っているけど、選んだのはガレリエ・モリツのお店である。旧市街の中心にあるからサマースクールへの行き帰りに寄れたしね。CCCの持つプロの自転車チームでチェコ人活躍してるし、来年からワールドツアーのチームを運営するみたいだから、そこにチェコ人が入れるように応援しようというのは、理由にならないかな。とまれ、夏は、ポーランドの会社CCCのラネティというイタリアのっぽいブランドの靴を買ったのだった。
 ということで、今回もガレリエ・モリツのCCCのお店に向かった。一応ネット上でこんなのがいいかなという目当てはつけてあったので、あとは現物を見て履いてみて買うかどうか決めるだけである。色は黒。今履いてるのが茶色だから、色が違う方がよかろう。ただ、色的なアクセントとして縫い糸が白のものと赤のものがあってどちらがいいのか決めかねていたし、現物を見たらこんなの嫌だということになる可能性もある。結局は赤でも白でもなくて、茶色のものを選んだんだけどさ。

 次はサイズである。珍しく39の靴があったので、ちょっと大きめになることがわかっている40と履き比べてみた。39のほうが自分の足の大きさには合っているようだったけど、冬場は厚手の靴下を履くこと、それから、防寒用の中敷きを入れることを考えると、足の甲のあたりが窮屈だったのでサイズ40のものを選んだ。
 このヨーロッパのサイズが日本の何センチに該当するのかについては、あちこちに換算表が掲出されているけど、どれもこれも微妙に違うような気がする。日本だと大きめで26センチぐらいを買っていたから、実際の足の大きさは25センチぐらいかな。チェコで初めて買った靴は、今でも現役ではいているけど、買うときに店のおばちゃんに、こんな小さな足に合うのは子供物しかないわとか言われて、子供物を買ったことを考えると、実際はもっと小さいのかなあ。中学高校時代の先輩は、足の大きさが30センチを越えていて靴がないと嘆いていたけど、小さすぎても靴はないのだよ。40なら大抵はあるから、ちょっと大きいけど今後も40を買うことになるんだろうなあ。
2018年10月19日17時25分。










2018年10月21日

サッカーチェコ代表ちょっと復活(十月十七日)



 日本代表が、日本での親善試合とはいえ、ウルグアイとものすごい試合をしたらしい。ワールドカップのベルギー戦も負けたけど、凄くいい試合だったし、ワールドカップ後の最初の二試合も見事な勝利を収めているから、日本代表は現在のところ、完全に上昇気流に乗ったというか、好循環が始まっているといってよさそうだ。ワールドカップにも出られず、その前後の試合もぼろぼろで見ていられないという状態が続いていたチェコ代表を応援する身としては、遠くからうらやましいと思うしかなかったのだけど、監督が交代してちょっとばかり状況が変わった。

 余計な大会を新設しやがってという怨み節もあちこちから聞こえてくるネイションずリーグの10月の2試合、ともに敵地でのスロバキア戦と、ウクライナ戦を見て、日本代表のファンをうらやましく思う気持ちは少しだけ小さくなった。進監督シルハビーの選んだ代表は、ヤロリーム時代とそこまで大きくメンバーが変わったわけではないけれども、少なくともチームとして戦えつつあったし。特に守備の連携はまだまだだったけど、ミスをカバーしようとする姿勢は見られた。ようはチェコ代表がまた強さを取り戻しそうな予感がある分、日本代表のファンを羨む必要がなくなったのである。
 先週の土曜日にスロバキア代表との試合が行なわれたのは、チェコの国境からも遠くないトルナバの町。チェコ人監督のラータルに率いられたトルナバのチームはヨーロッパリーグの予選を勝ち抜いて、本選のグループステージでも頑張っているのかな。それが開催地として選ばれた理由だということはないだろうけど、チェコとスロバキアのサッカー界のクラブレベルの密接な関係を象徴する町ではある。ちょっと前まではルジョンベルクで監督がチェコ人ということが多かったんだけどね。

 それはともかく、このスロバキアでのチェコ代表の試合、一月前のウクライナ、ロシアとの試合とは内容的には雲泥の差だった。ただし、メンバーは初選出の選手はおらず、最近呼ばれていなかった選手が何人か久しぶりに招集され、先発していた。一番重要だったのは、中国に移籍して結果を残せなかった後、アメリカに移籍して最多アシストを記録するなど大活躍しているドチカルの復帰だろうか。守備面ではトルコに移籍して話題に上りにくくなっていたMFのパベルカとチェルーストカも復帰してどちらもいい仕事をしていた。
 この三人と、これも久しぶりの攻撃の選手ビドラ以外は、九月とまったく同じメンバーで、見違えるようなチームになったのは、監督が交代してそれまでの停滞感を払拭できたからだろう。ワールドカップの予選で敗退が決まった時点で監督が交代していたらと思わずにいられない。教育省の助成金のスキャンダルに巻き込まれて、もしくはスキャンダルの主役として、前サッカー協会長のペルタが辞任を余儀なくされてたのが痛いよなあ。問題ありありの人物だけど、こういうところでの決断力はある人だったのだ。

 肝心の試合のほうは、チェコが2−1で勝った。得点はどちらもドチカルのパスからで、1点目は見事なウリチカパスをクルメンチークに通し、2点目はサイドからゴール前に飛び込んだシクの頭にどんぴしゃで合わせた。他にもチャンスは作れていたし、九月の絶望的な状況からは、かなりよくなり今後に期待が持てそうだった。
 問題が大きいのは守備の方で、九月よりはましだったとはいえ、マークの受け渡しとか、カウンターへの対応とか、改善の余地は大きい。中盤が機能しているときはまだましだったけど、ハムシークをはじめとするスロバキアの選手に振り回されることが多かったからなあ。チェコが勝てたのは、スロバキアの選手たちが決定的なチャンスを少なくとも二回は外してくれたおかげである。
 個々の選手の能力を比較すると、多分現時点ではスロバキアの方がずっと上なのだろう。スロバキアの選手たちがテンポよくボールを回している時間は、幸いにしてそれほど長くなかったが、チェコは手も足も出ない感じだった。九月までの代表だったら、クルメンチークのゴールの後に、スロバキアがギアを上げて来て、ハムシークのゴールで同点に追いつかれた後、そのまま逆転されて負けていただろうから、押し込まれ続けていたのを何とか押し返して勝ち越し点をきめたのだからすばらしい。相手のペースが落ちたのも大きいけど、以前はそこまで頑張り切れていなかった。

 そして、昨日火曜日にはウクライナで試合が行われた。九月のチェコでの試合で後半だけ見たウクライナなら、今の、監督交代後のチェコなら勝てるのではないかと期待したのだけど、現実は甘くなかった。ホームのウクライナは、チェコでのウクライナよりはるかに出来がよく、スロバキアのようにミスもしてくれなかった。それでも、内容から言えば引き分けでもおかしくない試合だったから、チェコ代表は頑張ったのである。
 スロバキアとの試合で、中盤の守備のかなめソウチェクがネイションズリーグ二枚目のイエローをもらって出場停止を食らったのが痛かった。代わりに出たバラークの出来が、今季イタリアであまり出場機会が得られていないこともあってあまりよくなかったし、そのバラークのミスから、その後の守備の選手たちの対応もお粗末だったけど、唯一の失点を食らって0−1で負けたわけだから。決めたウクライナの選手(よその国の選手は名前が覚えられない)もうまかったけど。

 チェコ側もシュート自体は結構打って、それなりに枠に飛ばしていたんだけど、ウクライナのキーパーが調子がよくて、ことごとく止められてしまった。ちょっと運がなかったかな。運と言えば、このネイションズリーグのウクライナは、ものすごく運がある。ウヘルスケー・フラディシュテの試合では、終了直前に決勝点を挙げたし、スロバキアでの試合では、ちょっと怪しいPKで勝利を決めている。今回のチェコとの試合も引き分けでもおかしくなかったのに、きっちり勝てているし。
 チェコに勝った時点で、チェコ・スロバキア・ウクライナからなるグループでの優勝は決定だけど、この後も(どんなプログラムが続くのかは知らないが)いいところまで行くのではなかろうか。実質上の監督がシェフチェンコってのもちょっとうらやましい。チェコもネドビェドとかポボルスキーあたりがやってくれんかななんて期待してしまう。シルハビーも期待できそうな監督ではあるんだけど、やっぱインパクトが違うからさ。

 ところで、スロバキア代表の監督が、チェコとの試合の後、突如辞任を発表した。ネイションズリーグで勝てる試合を二試合続けて落としたのが原因だと思っていたら、そんなことはなかった。事実はチェコとの試合の後、若手を中心とする一部の選手たちが宿舎を抜け出して飲みに出かけ、泥酔して朝帰りをしたところに一睡もできなかった監督が出くわして、監督としての仕事に空しさを感じたらしい。勝つつもりでいた試合に負けて自棄座を飲みたくなる気持ちはわかるけど、この辺がチェコよりもいい選手がそろっていながら、成績が振るわない理由なのかもしれない。勝っていたら特に文句も言われないのだろうけどさ。スポーツの世界なんて、どんなにきれいごとを並べたところで、勝てば官軍、もしくは勝てばすべてが許される世界なんだからさ。
2018年10月18日23時5分。









2018年10月20日

放射線の話2(十月十六日)



承前
 ところで、福島の原子力発電所の爆発が起きたときに、人生の先達ともいうべき我が師の一人が、日本中で放射能が、放射能がで大騒ぎしているのを冷ややかに眺めながら、こんなの全然大したことないよと笑っていたのを思い出す。アメリカやらソ連やらが、ばんばん核実験やってた頃は、東京でも雨の中、傘を差さないで歩いて頭を濡らすと、結構髪が抜けたりしてやばかったんだからと回想されていた。この国連の常任理事国が大気中にぶちまけた放射線、放射性物質については、この本の著者多田氏も繰り返し言及しているけれど、以前は本当にひどかったらしいからなあ。それをまったく気にしないでいた人たちに、福島の放射能がとか言われても、信じる気にはなれない。ってのが普通の反応だと思う。
 チェコであの時、原子力パニック、放射能パニックが起こらなかったのは、一つには、距離が大きく離れていたからだが、チェルノブイリの原子力発電所の事故を、間接的にであれ経験しているのも大きいかな。あのときは、情報が全く入ってこず、だからと言って親分のソ連を批判することもできず、いろいろ大変だったらしいし。放射線による健康被害が、西ヨーロッパにまで及ぶのではないかと大騒ぎされたのに、実際にはチェコでは何の問題も起こらなかったという事実も、チェコ人が冷静でいられた理由であろう。

 ただ、同じ間接的にチェルノブイリの事故を経験したはずのドイツの報道はひどかったらしい。その結果なのだろうが、日系企業の人から、取引先のドイツ企業から、放射能に汚染された日本の製品は買えないから、ヨーロッパで生産しろとか、汚染されていないことを証明しろとか意味不明な要求をされたという話を聞いたことがある。福島からは何百キロも離れたところに工場があるにもかかわらずである。発作的に原子力発電所の廃止も決めるしさ。
 そんなことも考え合わせると、チェコの当時のマスコミの反応は飛びぬけて素晴らしかったのだなあと改めて思わされる。少なくとも公共放送のチェコテレビには、原子力発電と直接かかわったこともないような自称専門家はまったく登場せず、本物の物理学者か、原子力発電の現場で働いていた人しか出てこなかったから、根拠のなり理論的に通らない発言をすることはなかったし、日本のマスコミのように面白半分で視聴者の恐怖をあおるようなこともしなかった。著者の、でたらめを垂れ流すマスコミと核実験を阻止しなかった国連に対する批判にはもろ手を挙げて賛成である。

 ここでちょっと自分のことを考える。放射能と放射線、放射性物質の違いはわかっているつもりだった。それなのに、ついつい「放射能を怖がる」と言ってしまうのである。これではマスコミに「放射能=悪」だと洗脳された人たちと変わらないではないか。ちょっと反省である。それでも、放射線や放射性物質を身の回りからゼロにするのが不可能であることぐらいはできていたから、面白半分に報道される原発事故の記事を読んで信じ込むなんてことはなかったけれどもさ。
 高校時代だっただろうか、「ニュートン」が先鞭をつけた科学雑誌、完全理系の人ではなくても読んで理解できる一般向けの科学雑誌がいくつかの出版社から出ていたのだが、そのどれかで、地球上のあらゆるものは人体にとって毒となりうるという記事を読んだのを覚えている。一番安全な水でさえ、うろ覚えだけど、確か一度に5リットル摂取すると、半数の人がなくなるのだというのを読んで、目から鱗が落ちる思いがしたのである。

 考えてみれば、お酒だってなんだって度を過ごせば体に悪いのは当然である。ということで、気にしたほうがいいのかなとも思っていた食品添加物やら、果物の残留農薬やらもあまり気にしなくなった。毎日何度も同じものばかり食べていれば、体に悪い影響を与えることもあるだろうけど、そもそも同じものばかり食べるという生活が健康にいいわけないのだから、その中に有害な食品添加物が入っていようが、農薬がちょっと残っていようが大差があるとは思えない。
 放射線についても、原則としては同じ考えでいいことはわかっていたのだけど、放射能がなんて話になるとちょっとばかり不安になってしまうのも事実だった。マスコミに汚染されているのである。だけど、本書を読んで(ウェブ版だけど)、放射線に関しても同じ考えでいいことが確認できた。量が多すぎれば問題になるかもしれないけれども、少なくとも現在の量であれば、意識する意味すらない。同じようなことはチェコの原子力の専門家もニュースで語っていのだよ。でもね、外国語だったのと、時間の制限があるので細かいデータまでは出ていなかったのとで、ここまでの説得力はなかったのだ。

 本書の最後の部分に出てくる日本産のお米に、有毒なヒ素が微量だけど含まれているという話を読んで、お米を食べないのと、ヒ素で発癌率があがるのとどちらを取るかと言われたら、お米をたくさん食べて癌で早死にするほうを選ぶだろうと思った。これは科学者的な定量的な考え方から導かれる結論ではなく、純粋に感情的な結論である。
 米が嫌いという著者と違って、外国に住んでいるとお米が無性に食べたくなることがあるのだ。お米が食べられないストレスの悪影響を考えたら、ヒ素で癌になる率が上がるのと大差ないような気もする。一生コメを食べ続けても発癌率が上がるのはほんのわずかなようだけど、それが発癌率が2倍になるだったとしても、発癌率が50パーセントになるでも、あんまり気にしないでお米を求めてしまいそうである。あり得ないけど20年以上米を食べ続けたら100パーセント癌になると言われても、食べてしまうかもしれない。この窮屈で生きづらい世の中、癌にならないように細かいことに気を使ってまで、寿命を延ばしたいとは思えない。
 水も、放射線も、水自体(仮にトリチウムが含まれていたとしても)、放射線自体は、安全だとも危険だとも言い切れなず、大切なのはその量をもとにリスクを判断することだということを改めて理解させてもらえただけでも、本書を読んだ甲斐は十分以上にあった。放射線が出る理屈の当たりは完全に理解できたかどうかは怪しいけど、わかった気にはなれたから、読者としては幸せである。放射能を恐れている人は、一読すると恐れが消えて生きやすくなるかもしれない。でも、本書を読んでなお、いわゆる「ゼロベクレル」を叫ぶような人もいるんだろうなあ。

 放射能をポピュリスト的に悪用する政治団体の言うことを信用するのは、難民移民問題をポピュリスト的に悪用して支持を集めている極右の政党を信用するのと同じぐらい愚かなことである。100パーセント安全だと言い切る政治家もまた信用できないのは、本書を読めばわかる。ということは、日本には信用できる政党政治家は存在しないということか。いや、これもまた、○か×かの絶対的な評価ではなく、比較的どちらがマシかという観点で見るべきなのだろう。
 うーん、やっぱ書評にはならんかった。
2018年10月16日23時35分。










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2018年10月19日

放射線の話(十月十五日)



 先日ヤフーの雑誌のところで、新潮社が提供している「ブックバン」という雑誌の記事を長めていたら、「放射線を正しく怖がるために」という記事が出てきた。著者は、あの悪名高きマイクロソフトの、日本法人の社長を務めていたことで知られる成毛眞氏で、物理学者の多田将氏の出版した「放射線について考えよう」という本の書評だった。
「ブックバン」というのは、「読書家のための本の総合情報サイト」だというのだが、書評が多く、しかも中途半端というか、もう一歩も二歩も踏み込めよといいたくなるようなものが多いので、あまり熱心な読者ではない。ただたまに大当たりのいい意味でとんでもない記事が読めるので、たまに覗いてしまうのである。最初にここで読んだのが昭和の文豪三人の子供たちの対談で、滅茶苦茶面白かったので、同じような読み応えのある記事を探して、記事一覧に目を通してしまうのである。

「放射線を正しく怖がるために」も珍しく読んだ甲斐があったと思えた書評で、もう少し詳しく書き込んでくれていればという恨みはあるものの、出典を見たら「週刊新潮」とあるから、字数制限の縛りがきついのだろう。少ない字数でと考えるとなかなかよくできた書評である。何より素晴らしいのは取り上げられた本を読みたくなってしまったところである。
 その本の話に行く前に、少し脱線すると、どうも「ブックバン」に挙げられている書評は、新潮社の雑誌に載った書評を再利用したもののようである。字数制限の必要ない「ブックバン」向けに書いてもらったのを、雑誌に載せる用に短縮してもらうという手順を踏んで掲載してくれると、両方の読者にとってありがたいのだけど、新潮社も「読書家のための」と謳うわりには、本読みの心がわかってねえよなあ。大騒動を引き起こした挙句に、廃刊なんて最低な手段を選んだ「新潮45」の件もそうだけど、以前の新潮社って、もっとやることがまともじゃなかったかなあ。

 話を戻そう。書評で取り上げられた多田氏の本は、ネット上に掲載したものをほぼそのまま書籍化したものだというので、ネット版の「放射線について考えよう」を探して読んでみた。全十章でかなり長いのだけど、一息に全部読んでしまった。放射線という難しいものをテーマに取り上げながらわかりやすく、もちろん正確に、そして面白く、読みやすい文章で書かれているのが素晴らしい。中学まで理科は得意だったけど、高校では物理を専攻しなかった人間にも理解できたから、中学レベルの理科の知識があれば、文系の人が読んでもなんとか理解できるはずである。
 2011年の福島の原子力発電所の爆発が起こって以来、さまざまな書いた人の正気を疑うような記事を読まされ、それを信じる人がいるという事実に、さらにげんなりすることが多かったのだけど、この本を読んでその原因がわかった気がする。放射線と放射能の区別もつかないマスコミがでたらめを繰り返し垂れ流したことで、信じ込まされたというのが正しいようだ。テレビなどで大声手発言する自称専門家の責任も大きそうだけど。著者のような本物の専門家は事故の直後は、事故の処理で忙しくてマスコミで発言する余裕なんか全くなかったようだし。

 だから、こんな日本の現状を見ると、政府が理系を強化するといって国立大学の文系を切り捨てて、理系に力を入れようとしているのは、無駄だとしか思えない。高校や大学の無償化で、お金の聖で進学をあきらめることがないようにしようというのと同じで、力を入れるべきは大学ではなく、小学校、中学校における理系教育である。ついでに国語教育にも力を入れる必要があろう。理系とはいっても、すべてが数式だけで成り立っているわけではないのだから、文章で説明された部分を読んで理解できるだけの国語力が必要になる。
 その上で理系的な数字を読み解く能力を身につければ、マスコミの不正確な面白半分の報道を鵜呑みにしなくなるはずである。そんな国語力もあり、理系的な考えのできる高校生が増えていくことで、大学の理系の学生のレベルは自然と上がっていくと思うけどね。国語力が高ければ、本書の著者のように一般向けの啓蒙的な書物を出して、専門家の知識を還元することもできる。新書なんかの一般向けの本であっても、専門家が書いた本の中には、読みにくくて理解できないものもあるしさ。
 例えば、チェコでは世界各地で地震が起こるとマグニチュードの大きさだけしか報道されないから、マグニチュードが大きければ揺れも大きく自信の被害も大きくなると考える傾向があるけれども、日本人ならそんなことはないはずだ。それは理科の授業で、地震そのものの大きさであるマグニチュードと、揺れの大きさで被害に直結する震度の違いを学んだからで、震度はマグニチュードだけでなく、震源からの距離や途中の地盤などにも左右されるなんて話を学んだからである。そして、学んだことを日本ではひんぱんに起こる地震を通じて、その報道を通じて実感として自分の知識にできているのである。

 日本で、広島、長崎の悲劇を経て尚、無理をして原子力発電を導入することを決めた際に、原子力を利用することで否応なく発生する放射線、放射性物質についての正しい知識を与えるための教育も同時に導入しておくべきだったのだ。現在の日本の一般の人々の放射線、もしくは「放射能」に対する意識というのは、広島、長崎に起因する存在そのものが絶対的に恐ろしいというものと、原子力発電所推進派による日本の原子力発電所からは放射能は漏れないから絶対に安全だというプロパガンダによって形成されてきた。だから、少しでも「放射能」が漏れるととんでもない大事件のように大騒ぎされる。
 もう一つの問題は、癌治療やX線などの医療の場で使われる放射線、温泉の効能にうたわれる放射線と、原子力発電所で発生する放射線が別物であるかのような、医療用はいい放射線で、発電所のは原子爆弾の者と同じ悪い放射線というよりは、悪い放射能というイメージでの報道が多かったことだろう。今思い返すと、医療用は放射線で、原子力発電は放射能なんて使い分けてなかったかなんて疑惑も感じるんだけど、正確なところは全く覚えていない。
 原子力発電を推進した政府にとっては、反対派が放射線に対する正しい知識を持たないままに反対している状況のほうが好ましかったのだろうか。それが、我々、専門家以外の日本人が放射線について、あいまいにしか知らず、中途半端にしか知らないから発言も不正確なものになってしまう理由なのである。今の状況は、自民党政権にとっては自業自得としか言いようがない。

 それはともかく、日本全国の小学校で、中学校でもいいけど、日本で原子力発電か開始されたころから、毎年一回でも子供たちに放射線量を計らせるような理科の授業をしていたら、普段の生活の中でも放射線にさらされていて、量が過大にならなければ何の問題もないことを実感として理解できる人が増えていたのだろうにと思う。本書を読んでなお、自分自身も実感としてわかっているわけではないし。
 それに、かつての核実験が華やかだったころのことを考えると、ものすごく重要で面白いデータが取れたのではないかという気もする。原子力発電所の建設に際して地元の自治体に大量の金をばらまいて、あれこれ過剰な施設を建設したり、発電所に地元やちょっと離れた準地元の人たちを招いて、放射能は漏れないなんて「啓蒙活動」をしたりする予算があったのなら、高価だっただろうけど放射線量を計測できるカウンターを各学校に一つ配備するぐらいのことはできたんじゃないのか。自分が使ってみたかっただけだろといわれたら、その通りと答えるしかないけど。
 以下次回。
2018年10月16日19時35分。







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2018年10月18日

上院議員選挙2018其の2(十月十四日)



 今回の上院議員選挙の二回目の投票で、全国的にもっとも注目を集めたのは、ボヘミアの北東の端、ポーランドとの国境に位置するナーホット選挙区だろう。ここでは、キリスト教民主同盟の党首で、来年の党大会で党首選に再度出馬するかどうかが注目されているビェロブラーデク氏が、市民民主党の候補で元警察の高官のチェルビーチェク氏と対戦した。
 第一回目の投票では、わずか58表の差でビェロブラーデク氏が勝っているのだが、二回目ではチェルビーチェク氏が逆転して2000票以上の差をつけて当選した。ビェロブラーデク氏が一回目の投票から得票を大きく減らしたのに対して、チェルビーチェク氏は投票率が大きく下がったにもかかわらず票を伸ばしている。これについてビェロブラーデク氏は、天気がよかったから一回目で投票してくれた人が、選挙よりも家族で遊びに行くことを選んだ結果だろうと負け惜しみを残していた。
 ビェロブラーデク氏は、開票作業が始まる前に次の党大会では党首選には出馬しないことを表明しているが、これは今回の選挙の結果で出馬する、しないを決めたのではないことをはっきりさせるためだと語っていた。同時に投票前に表明しなかったのは、この決断が選挙の結果に影響を与えないようにという意図があるのだという。そして、落選が決まった後は、今後は党首ではなく一下院議員として政治活動を続けていくと宣言していた。

 そこで首をひねった方、その疑問は正しい。チェコでは現職の下院議員が、辞職することなく上院議員の選挙に立候補することが認められているのだ。落選した場合にはそのまま下院議員を務め、当選した場合には、下院議員と上院議員のどちらかを選ぶことになる。下院議員を選ぶと上院の選挙をやり直すことになるから、原則として上院議員を選ぶことになるとは思うけど。落ちても議員ではあり続けるというのも、ビェロブラーデク氏の支持者が投票に向かわなかった理由の一つになっているはずである。
 去年の下院の選挙では逆の事例が発生していた。ANOの上院議員が下院の選挙に立候補し当選したのである。下院の場合には比例代表制で名簿の次の人が繰り上がるだけだから、辞職というか当選を辞退しても何の問題もないはずなのだが、この人は上院議員を辞任して下院議員に就任した。それで終わればよかったのだけど、やっぱりと考えを変えて、下院議員をすぐに辞任して、自分が辞任した結果行なわれることになった上院の補欠選挙に立候補して落選するという落ちが付いた。

 次の注目の選挙区は、ダライラマの扱いを巡ってゼマン大統領ともめた、キリスト教民主同盟の元文化大臣ヘルマン氏が、市民民主党の党員で市長連合などの推薦も得たテツル氏と対戦した東ボヘミアのフルディム選挙区である。ここも一回目の投票では僅差で150票ほどの差でテツル氏が一位で二回戦に進出している。二回戦では、一回目から票を伸ばせなかったヘルマン氏に対して、落選が決まった候補の票を集めることに成功したテツル氏が倍近くまで票を伸ばして圧勝した。
 ゼマン大統領ともめたから落選したというつもりはないが、文化大臣の時代にダライラマの処遇も含めて宗教との、より具体的にはカトリックとの密接なつながりを強調していたのが、フス派の末裔たるチェコの有権者に嫌われたのではないかと想像したいところである。チェコ人、基本的には宗教には無関心だけど、カトリックの強欲さには辟易しているところがあるからなあ。共産党時代の損害のカトリック教会に対する補償とか、やりすぎという印象を与えたし。

 もう一つの注目は、上院の選挙の結果よりは、その後の進退なのだけど、テプリツェ選挙区である。ここでは市民民主党の所属で上院の副議長を務めるクベラ氏が危なげなく当選を決めたのだが、この人1994年から24年以上にわたってテプリツェの市長も務めているのである。長きにわたって二足のわらじを履き続けてきたクベラ氏が、同時に行なわれたテプリツェ市議会の選挙でも当選しているが、今回は市長にはならないと宣言した。
 長きの兼職に罪悪感を感じたとかそんな殊勝な話ではなく、今回市民民主党が上院で最大の会派になる可能性がかなり高く、その場合の議長職を狙ってのことのようだ。これが自分にとって最後の選挙だから、名誉極まりない議長に就任できるならなんだってやるみたいなことを言っていたかな。議長と市長の兼職は批判されかねないということだろうか。

 去年の下院の選挙ではANOが圧倒し、最近の世論調査でもANOの支持率が圧倒的に高いのに上院の選挙でANOが、惨敗したのを不思議がったり、ANOの支持にかげりが出たと喜ぶ向きもあるけれども、それは早計というものである。投票率、特に平均でも16パーセントほどに過ぎない二回目の投票率を考えると、回答者が1000人以下ということもある各種世論調査よりも、有権者の全体的な動向を探る指標としては当てにならない。アンケートは、数は少なくとも、対象が社会の一部の層に偏らないように配慮しているのに対して、上院の二回目の選挙に赴くのは、政治意識の高い一部の人々に限られているのだから。

 では今回、世論調査の結果とは裏腹にANOが勝てなかった理由を考えてみると、一つにはANOへの支持が、積極的な、ANOでなければというものではなく、他と比べればまだましだという消極的なものの場合が多いのではないかということが考えられる。消極的な支持の人が、わざわざ週末をつぶしてANOの候補を勝たせるために上院の選挙に足を運ぶとは思えない。またANOの支持者の多くが上院を軽視しているという可能性も考えられるか。
 政党よりも個々の候補者の人気が重要になる上院の選挙では、ANOのバビシュ氏とその他という感じの組織の構造が不利に働いている面もあろう。オカムラ党も同じ問題を抱えていて、上院の選挙で当選できそうなのは党首のオカムラ氏本人しかいない。ANOの場合にはもう少し人材に恵まれているけれども、多くはすでに下院議員になっているから、候補者として立てにくかったのだろう。
 もう一つは、現在の政治、政府に不満がない人よりも、不満がある人の方が、上院の選挙に足を運ぶことが多いという事情が考えられる。ANOの当選者が少なくなればバビシュ政権が好き勝手で切る余地が減るわけだから、反バビシュの人たちがANOの候補者の当選を防ぐというのをモチベーションに投票に向かったというのは納得のいく考えである。以前も上院の選挙では野党が勝つという傾向が見られたし。

 ところで、今回の市町村議会選挙と上院議員の選挙を通じて、社会民主党の凋落が止まらないことが明らかになった。責任をとって執行部の交代ということにでもなれば、ANOとの連立にも影響を与えるはずである。すでに任命されたかどうか覚えていないけど、ゼマン大統領が拒否したポヘ氏に代わる外務大臣も決まったというのに、前途多難である。見ている分には、時に理解不能なことが起こるのを除けば、楽しいのだけど、チェコ国民にとっては嬉しいことではあるまい。
 長々と書いてしまった選挙の話はここでひとまずお仕舞い。
2018年10月14日23時55分。









2018年10月17日

上院議員選挙2018(十月十三日)



 先週も触れたが、十月の第一と第二の二回の週末を利用して上院議員の選挙が行なわれた。行われたのは全81選挙区のうち3分の1の27選挙区でオロモウツの入る選挙区では選挙は行なわれなかった。だから誰が立候補しているとか、あまり知らないのだけど、結果について云々しておく。

 先週の第一回の投票で当選が決まった選挙区は二つ。一つはキリスト教民主同盟の元フセティーン市長で現ズリーン地方知事のチュネク氏が君臨するフセティーン選挙区。市長時代にあれこれスキャンダルを起したこともあって全国的な人気はなく中央での評価も低いのだが、ズリーン地方では絶大な人気を誇っている。新興で地方組織が全国隅々まで万全とはいえないANOや海賊党など最初から候補者を立てなかったぐらいである。
 二つ目が、今年の一月の大統領選挙で第二回目の投票に進出し、予想以上にゼマン大統領を追い詰めたドラホシュ氏が当選を決めたプラハの第4選挙区。大統領選挙と同じく無所属での出馬だと思っていたら、キリスト教民主同盟、緑の党、市長連合、TOP09の4党の共同候補者として擁立されたようだ。ドラホシュ氏が大統領選挙で大健闘した理由の一つは、特定の政党のひも付きではない無所属の候補だったことにあるはずなので、今回政党の色が付いたことが、今後の政治活動にどう影響するか見ものである。

 残りの25の選挙区では第一回投票で決着が付かず、第二回投票が行われることになった。第一回投票は市町村議会選挙と同時に行われたおかげで、42パーセントほどの投票率だったが、第二回投票は単独で行われることもあって毎回投票率は異常に低く、今回も16パーセントちょっとで、最低だったオストラバの選挙区では9パーセントしかなかったのである。

 二回目の投票に進んだ候補者の数は、ANOが10、市民民主党が10と上位2党が拮抗したが、市民民主党主導の連立候補2人を入れると、第一回投票では市民民主党が勝者だったといってもよさそうである。しかもANOの候補で一位で進出したのが一人しかいなかったのに対して、市民民主党の候補の多くは一位、もしくは僅差の二位で二回目の投票に進出したのである。二回目の投票では反ANO勢力が結集する可能性があることも考えると、ANOは1議席獲得できれば御の字で市民民主党が最多の議席を獲得するのは確実という状況になっていた。かつては二回目の投票で反市民民主党の動きがあったことを考えると時代は変わったものである。
 二回目の投票の結果、勝者と呼ばれるのは予想通り市民民主党。二回戦に進んだ10の選挙区のうちの9選挙区で議席を獲得し、さらに市民民主党主導の連立候補も二人とも当選しているから、実質的には11議席獲得したことになる。改選前からすると5、ないし7議席増である。この結果を、市民民主党が一度失った有権者の支持を取り戻しつつあると考えるのは、投票率を考えるとまだまだ早いだろう。

 ANOも予想通りたったの1議席の獲得に終わっているが、大きく議席を減らして敗者とみなされているのが、6年前の改選で13という半数近い議席を獲得していた社会民主党で、今回は共産党の候補との戦いとなったカルビナー選挙区の1議席しか獲得できなかった。二回戦に進出した候補者は5人いたのだけどね。共産党はカルビナーで社会民主党に敗れた結果、ビロード革命以降では初めて上院の議席を完全に失った。
 新政党では、オカムラ党は議席を獲得どころか、二回戦に候補者を進めることさえできなかったが、海賊党はプラハで1議席獲得している。地域政党としては、オストラバの市議会選挙でANOに続いて第二党になって連立を組んだオストラバクという政治団体の候補者が、もちろんオストラバの選挙区で、ANOの候補を破って議席を獲得、より正確には前回獲得した議席を守っている。

 改選後の上院全体の勢力は、社会民主党が13議席、市民民主党からの当選が12議席だが、他の政党の協力を得て当選させた候補を入れると16議席で第一党となる。第二党になりそうなのは、キリスト教民主同盟の11+4=15議席で、緑の党と共同で当選させた議員がいることを考えると、こちらが上院の第一党になる可能性もある。市長連合は7議席だが、相乗りで当選した議員が何人かいるし、ここも第一党になる可能性があるらしい。慣例から言ってこの三つのうちのどこかの党から上院議長が選出されることになる。一部ではドラホシュ氏の名前も挙がっているのだが、どうだろうか。

 政権与党のANOは今回の1議席を加えて全7議席。社会民主党と合わせて、与党全体でたったの20議席ということになった。上院の選挙は、政党の人気よりも候補者の人気によって結果が左右されるところがあるから、無所属の議員や、地域政党、個人政党から出馬して当選する議員がかなりの数存在する。この政党に依存しすぎない姿が、上院の存在意義なのであろう。日本の参議院と同じで不要論が絶えないチェコの上院であるが、所属政党のしがらみのない無所属や地域政党所属の議員が今後も増えるようなら、存続させる意義はありそうだ。下院は、どうしても政党間の不毛な争いの場になりがちだから、不毛な争いに巻き込まれなければ上院の存在は貴重なものになる。

 プラハの選挙区からはドラホシュ氏以外に、プラハ第2選挙区でヒルシュル氏、第12選挙区でフィシェル氏という二人の大統領選挙で健闘した候補者が出馬し、第一回投票は40パーセント以上の得票で一位で通過し、第二回投票でも圧倒的な差で当選を決めている。ドラホシュ氏もそうだが、大統領選挙で獲得した知名度と人気を活用した結果だといえよう。問題は、この二人に、キリスト教民主同盟の会派入りのうわさがあることで、上院の存在意義を考えるとやめたほうがいいと思うんだけどね。今後の決断次第で、次の大統領選挙に出る気があるのかわかるかもしれない。大統領選挙で健闘できたのは、無所属で政党臭が全くしなかったからだろうし。

 なんてことを書いたのだけど、実は無所属の議員もどこかの会派に入らなければならないとかいう縛りがあるのかもしれない。その場合でも、大統領選挙で名をあげた三人が入るのは、次の大統領選挙のことを考えても、勢力の大きな政党の会派ではなく、無所属の議員が集まって作る会派であるべきだとは思う。
 あれ、また無駄に長くなってしまった。気になる選挙区の結果はまた明日。
2018年10月14日17時15分。








2018年10月16日

市町村議会選挙2018ブルノ(十月十二日)



 では、チェコ第二の都市、モラビアの首都とも言えるブルノはどうかというと、こちらも選挙後の市政府の連立交渉において、いろいろあって珍しくプラハ以上にニュースになっていた。ブルノの場合には、もう二十年も前から議論が始まっていながら、結論が出ないというか、市政の担当が代わるたびに方針も変わる中央駅の移転の問題を解決できるような市政府が成立するのだ望ましいのだろうが、選挙後の動きを見ている限り、難しいそうである。
 現在の中央駅は旧市街を出てすぐのところにあって便利なのだが、拡張の余地がないのが嫌われているのか、駅の跡地を再開発してぼろもうけを狙っている連中がいるのか、駅の移転の話がくすぶり続けている。そのため、チェコ鉄道も、そのあとを受けて鉄道網と駅舎の管理をするようになった国営企業も、駅の回収になかなか手を出せないでいた。すぐに移転で廃止することになる駅舎や、ホームに改修の資金を投じる意味はあまりないのである。その結果、ブルノの駅はモラビアの中心都市の玄関口にはふさわしくないほどに老朽化していた。

 さすがにこれ以上放置すると電車の安全な運行にも差しさわりが出るということだったのだろう。一昨年の夏だったかに大々的な改修工事を行ない、一時はブルノ行きの電車は中央駅ではなく、郊外の駅どまりで、そこから代替バスで中央駅まで乗客を運ぶということをやっていた。ブルノ発の電車も中央駅から郊外の駅まではバスだった。その情報が、チェコなので、十分に広報されておらず、大混乱を巻き起こしていたのは記憶に新しい。
 この改修工事で移転の問題にはけりがついたのかと思っていたら、そんなこともなく、以後も延々と時間とお金をかけて検討が続いているようだ。移転するにしても、しないにしても、とっとと結論を出してくれんかねというのが、よそ者の考えである。個人的には今の駅は、スチューデント・エージェンシーのバスターミナルにも近くて便利なので、移転はしないほうがいいと思う。

 さて、予断はさておき、選挙の結果である。ブルノもプラハと同様に、小さな政党、政治団体がたくさん候補者を立てている。その数は22、そのうち当選者を出したのは、6つの団体である。5つの政党がほぼ同じ数の議席を確保したプラハとは違い、ブルノでは上位2党と、下位4党の差が大きい。定数は55である。

 ANO 18
 市民民主党 14
 キリスト教民主同盟 8
 海賊党 6
 社会民主党 5
 オカムラ党 4

 この結果が出てすぐは、上位2党が連立を組むものと予想された。2党あわせて32議席だから、過半数を獲得しているし、2党だけであれば、しかも比較的政策の方向性の似ているANOと市民民主党だから、いくつもの党を集めて細かいところまで条件を刷り合わせていくのに比べたらはるかに楽なはずである。事実、開票結果が出た直後のインタビューでは、ANOの市長候補ボクシャール氏も、市民民主党のバニュコバー氏も前向きな発言をしていたのである。気になったのは、どちらの党からだったかは覚えていないが、他の党も与党に入れてさらに大きな連立与党にしたいという声が聞こえていたことである。後の展開を考えると、市民民主党だったのかなあ。

 それが、翌日になると、市民民主党の主導で、ANOを排除した市政府組織のための話し合いが始まり、現時点では市民民主党、キリスト教民主同盟、海賊党、社会民主党の4党で連立を組むことになりそうである。海賊党以外の3党は、現市長でもあるANOのボクシャール氏と連立を組むことで合意に達していたという情報もあって、ANO側からはひどい裏切りだという声が上がっている。
 このANOからの批判に、バニュコバー氏は、正式に交渉をした結果の合意ではないのだから、裏切りには当たらないと主張すると同時に、選挙の結果から有権者のANOに市政を任せたくないという意志を感じたと語っているのだけど、ANOが第一党になっていることを考えると、強弁としか言いようがない。ここもクラドノと同じで、なんとしても市長になりたいというバニュコバー氏の野望から出た挙じゃなかろうか。
 その後、交渉が完全にまとまって、バニュコバー氏が市長になることが決まったというニュースが流れてこないのは、今回の裏切りで、他の党が市民民主党を、市民民主党のバニュコバー氏を信用し切れていないからではないかと思う。ANOが海賊党に協力の要請をしたという話もあって、このまますんなり4党連立で決まりというわけには行かないようである。

 ブルノ市政とは関係ないが、気になるのは、ANOのボクシャール氏が、ANOを左派政党として位置づけるような発言を繰り返していることで、中央でバビシュ氏がANOは左派政党ではないと強く主張しているのと対象的である。組織が大きくなり、地方組織も拡充されてきた結果、プラハの件もそうだが、中央と地方の齟齬が見え始めたと考えてもいいのだろうか。ANO自体に問題ありだったとしても、他党の様子を見ていると、しばらくはANOが第一党の時代が続きそうである。新しさで唯一対抗できそうな海賊党は、都市部だけでなく田舎にまで理解を広げるにはもう少し時間がかかりそうだし。
2018年10月14日14時10分。








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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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