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2018年09月29日

負け審

台風の影響で雨が心配された新人戦二日目。
私のチームは、昨日敗退しているのだが、そのチームの監督(顧問)は、翌日の試合の審判をしなければいけないことになっている。いわゆる「負け審」である。

という訳で、今日も朝から球場に赴く。
この地区の中学野球の試合開始は通常は8時半だが、今朝は、雨の心配があり、早めに始めようとのことで、8時から試合が開始された。つまり、その5分まえには、選手が整列することになり、アップだの、グランド作りがあるので、第1試合のチームは6時半頃には会場に着いている。今朝の我々審判部隊の集合時間は7時であった。

野球は、一回の試合に、4人の先生が審判に入るという、贅沢なスポーツだ。
7イニングまでだが、試合時間も通常は一時間半ほどかかる。

この審判にしても、野球経験の少ない先生が顧問になると、とても大変だ。そういう人でも、審判を経験することになるからだ。

もちろん、審判方法を習得させる指導者講習会なるものもあるのだが、それだけでできるようになるものではないので、日頃の練習試合などを通して、研鑽を積むしかない。

気合いの入った公式戦、両校の保護者が興奮して応援しているなかで、訳の分からないジャッジをすうものなら、ものすごいプレッシャーを受ける。

選手(生徒)は審判の判断に従わなければならないことになっているので、異議を唱えることが禁止されているが、試合をしている監督は、ジャッジについて尋ねることはできる。
「今のは、どういうことですか。」
と紳士的であれば、よいのだが、中には、チームの選手を鼓舞するために、あからさまに審判のジャッジを責め立てる人もいる。

そうでなくとも、試合後、先輩からお叱りを受ける。

そんな洗礼を経て、野球の審判技術を習得するには、何年もかかるだろう。
中学野球では、試合に出ることと、審判をやることは直結しているのだ。

私だって、かつては、かなり苦しい時代を過ごした。
自信をもってジャッジするのは、そう簡単なことではないのだ。

今日の試合は、県大会出場校が決まるという責任重大の試合。
試合中は、いろいろなプレーが起こりが、それを4人の審判が連携を取りながら、ジャッジしていく。
次にどんなプレーが起こる可能性があるかを予想しながら審判を務める。
しかし、それでも予想外のプレーが起こることもある。だから、審判は面白い。
ただ、一瞬たりとも集中を切らせないので、けっこう気力と体力を使う。

その上、審判をやっていると、野球にどんどん詳しくなっていく。
各チームの作戦もよく分かる。
多少大変だけど、それが、「生徒に還元できるなら、よいかな。」と思う。

人には得意、不得意があるので、誰もができることではないとは思うが、新しいことにチャレンジしてみると、違った人生が拓けていくものだ。

中高時代は、「野球は絶対に無理…」、と思っていた私が、野球を教え、審判をしている。
人は変わっているのだと思う。

甲子園に出る学校の監督だって、全員が野球経験者ではない。
posted by 丹澤三郎 at 21:54 | Comment(0) | 教育活動

返却された背番号

合同チームを組んでいるO先生のクラスにはA君という不登校の生徒がいる。
中一の頃から不登校傾向が続き、今ではほとんど学校に来られない状況。
だから、週に一度、先生たちが家庭訪問し、学校まで連れてくる。

不登校の原因は、複雑なご家庭事情。
祖母に育てられ、両親とは一緒に暮らしていないそうだ。
思春期になり、状況が理解できるようになっても、「両親に捨てられた」と思っているのだろう。
こうした特殊な経験は、どうしても社会性の面で不適応を起こしてしまう。

学校に来ても、保健室で過ごし、給食を食べて帰っていく。
公立学校なら、これで登校扱いになる。

実は、A君は野球部員でもあり、今回の新人戦でも背番号を与えていた。

いよいよ、明日が新人戦という日に、家庭訪問の保健室登校。その時、背番号が本人に渡された。
しかし、A君は背番号を受け取らなかったようだ。

野球はそこそこ上手で、「野球には自信を持てるから。」、との配慮で、練習にも出てきていないA君に背番号、しかもチームの末尾でない番号をきめたのだが、その背番号をつけて、学校に来ることはなかった。

O先生が、試合前日、職員室に戻ると、先生の机の上に、A君に渡した背番号が置かれていたそうだ。

机の上の背番号がすべてを語っている。

試合当日、O先生が興奮気味に、事のいきさつを話したことも納得できる。

「でも、わざわざ背番号をO先生の机の上に置かなくてもいいんじゃないの?A君が自分で返した訳じゃないでしょ。」
と同情した。
「家庭訪問に行った先生が、置いたのだと思います。」
とO先生。

野球の世界にとって、背番号には重みがある。
その番号で、どのポジションかも分かるし、レギュラーかどうか、上手下手までがその番号に象徴されてしまう、とても大切なものだ。
私は、それを、机の上にそっくり置いてしまうというのも、配慮が足りないのではないか、と思った。
その背番号を見たときの、O先生のショックはいかばかりか…。

「A君、『いつか、いろいろな人の助けてくれていたんだなぁ』と、気づきといいですね。」
私はO先生を励ますつもりで、声をかけ続けた。

「生徒の事を真剣に悩むっていうのは、苦しいけど、教員にとってとても大切な経験なんですよ。その経験が、五年、十年、二十年後に必ず効いてくるです。」

O先生が立ち直るまで、今しばらく時間がかかりそうだ。

生徒の事を本気で、考え、寄り添おうとするのが教師だ。仕事だからそうするのではない。本気で、生徒たちを育てたいと思う心が、そうさせるのだ。だから教師の仕事は、時間の切り売りであってはいけないし、サラリーマンのような感覚でもいけないと思う。
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