2022年04月15日

M先生のこと

療養のためしばらく休んでいたM先生が復帰した。
いつも元気だったM先生が、この春、コロナ禍と中3の担任として卒業まで駆け抜け、すべてのエネルギーを使い果たしてしまったのかも知れません。

最高に信頼関係を築いていたクラスも、二学期後半、三学期あたりから壊れ始め、不登校者も現れ、担任不振も起こり、まさに精根尽きる状態に陥ってしまったのだろう。

私は、「このまま出勤できずに、学校をお辞めになったらやだな…」と畏怖していたが、今日、復活されたのだ。

まだまだ以前のような元気さはなく、まさに病み上がりのようで、すこしやつれたようにも見える。

私は、久々の対面に、ハイタッチをした。
M先生がこの先、元気を取り戻し、ふたたび活発に教員生活を過ごせることを願っている。

学校生活では、いろいろな事が起こる。
担任をしていれば、生徒とのトラブルも起これば、それが保護者とのトラブルにもなりがちだ。

親は、子どもを人質に取られているようにも思う人もいるので、あからさまな批難は少ないのだが、心の中に思うことが、思いとして伝わってくるわけで、それがボティーブローとなって、じわじわ心を痛めていく。

かつて私も、そのようになってしまい、何年もかかって今の状態まで復活した。
幸いというか、勇気がなかったこともあり、長期休暇こそしなかったが、それは、部活指導が続いていたからであろう。

人は、自信を持ってやってきたことが否定されると、大きくダメージを受ける。ある意味、自分の存在意義をも否定されたような気持ちになり、心が傷つくのだ。

M先生も、そうしたことが積み重なったと思われる。

とかく、「お山の大将だ」と揶揄され続けてきている教員の世界だが、たとえ演技でも、自信を持って指導しなくては、子どもたちを導くことは難しい。一方で行き過ぎれば、天狗的になり、他の意見を聞かなくなってしまう。

概して仕事というものは、様々な困難が伴うものだが、かつても、そしてこれからも人々はそれらに翻弄されながらも、時に乗り越えつつ、生きているものだ。

この経験が、後の指導に活かされることを願い、M先生の一刻も早い全快を祈りたい。

2022年04月14日

性衝動

思春期まっさかりの男女は時に発情する。
それを理性と自制心で抑えることができるかどうかは、当人次第でもある。

中高生は性的にも成熟期を迎えるので、人間の持っている動物的本能を抑えることが難しい時期でもあるわけだ。

しかし、世の中にはネットを中心にあまり多くの性情報や誘惑が溢れ、徐々にそうしたコンテンツに慣れ、当たり前のように感じ、感覚が麻痺してしまうのだろう。

そうした過ちを、家庭や学校ではなかなか上手く指導できない。
これは、今に始まったことではなく、以前からそのようであったと思う。

どちらかと言えば、「性について語るのはタブー」とされ、「自然に覚えるもの」的な楽観が親たちにもあるように思われる。実際親たちも、自分の親に教わったという人は、稀だろう。ましてや男性の場合はなおさらだろう。

生徒たちは、間違いの多い溢れるネットの性情報を鵜呑みにして、自ら背伸びをしようとする。当然、性行為に及べば、妊娠の可能性もあり、その後の人生計画は大きく変わってしまうだろう。

古来より、世界では婚前の交渉や、結婚後の姦淫は厳しく戒められてきた。しかし、戦後の日本では、婚前交渉が緩み、「何がいけないの?」などという状態になっている。

これは、人類の動物への退化であり、本来尊く純粋であるべき『愛』を貶めるものであろう。

本能のままに、衝動的な欲望を理性で抑えられず、若者が行為に及んでしまうのは、社会の影響もあるのだろう。

男女間に関しては、「もっと純粋で、相手の心の美しさを見る」という姿勢が大切だろう。

男女が惹かれ合うのは当然として、そのときに相手のどこを見ているか、何を素晴らしいと感じているか、という視点も持たせたい。

性衝動を抑えきれず、互いが、嫌われたくいないからと思い、行為をかさねてしまうのは、まさに血の池地獄であり、畜生道であろう。

そうした心は地獄に通じてしまっている。

精神面、心という観点から、生徒たちに性について語り、理解を求めるべきであろうと思う。





2022年04月13日

最下位クラスの授業

習熟度の最下位クラスの授業が始まった。

この学校では、私は初めてのことだが、どのクラスを担当しようと、私のポリシーは変わらない。

「私の授業をきっちり聞いていれば、必ず分かるようになります。解けるようになります。そして試験でも点を取れるようになります。試験で高得点を取って、早くこのクラスからいなくなり、上位のクラスに移って下さい。誰もいなくなれば、私は授業をしなくてすみますから…。」

前段のそれは中1の授業と同じだが、後半は最下位クラスならではの話。もちろん、行をせずに済む云々の部分は、半ば冗談だが、冗談のような本気のような、微妙な雰囲気で話をした。

別に、「丹澤先生は、授業したくないんでしょ」などと言われても構わない。
授業好きの私は、そんな軽薄な発言では動じない。

11人しかいないこのクラスの授業はそんな風に始まった。
しかし実は、初回の授業は数学の話をしなかった。
いきなり数学を取り上げるよりも、彼等の人となりというか、醸し出す雰囲気を知りたかったからである。だから、椅子を車座に配置して、一人ひとり少し話をしてもらった。

もちろん、饒舌な生徒もいるが、ほとんど反応しかできない生徒もいる。

「好きでこのクラスにいるのではない。できたらこのクラスから逃れたい。」
半数くらいの生徒から、そうした思いが伝わってきた。

「授業を休むな。授業中寝るな。宿題は必ずやれ。」
私はそう念押しした。要は「逃げるな!」ということである。

以前から私は主張しているが、学校の授業が全く分からなければ、それはただ座らせてじっとさせている拷問である。

私はこのクラスを、そうした拷問には絶対にしない。
「全員が理解して、解けるようにする」、これが私のミッションだ。
もちろんそのためには、ありとあらゆる方法を使う。

その第一が、「意欲的な授業参加」であろうと思うのだ。

幸い、彼等はその気になっている。
私も、手を抜くことなく、務めを果たそうと思う。

2022年04月09日

言葉遣い

県下の中学校野球部の顧問が一堂に会する機会があった。 
私の学校から会場までは約80キロ。東京に暮らしていた頃と比べると、信じられないような距離だ。

行きは私の地域から2時間以上かかった。早めについて、「のんびりお昼ご飯でも食べてから…」、と思ったが、残念ながら開始時間まで30分くらいしかなく、コンビニおにぎりを駐車上で食べた。

少年野球協会の総会に加え、審判講習会もあったが、今回は少し気になったことがあった。

某校長の言葉がぞんざいで、横柄に聞こえたのである。
間もなく定年退職を迎えるであろう彼は、相応の実績も上げ、自信もあるのだろう。
後輩たちにもいろいろな指導をし続け、立派な成果も重ねてきたのだろう。

だが、言葉が私には不愉快に感じたのだ。
その言葉には、裏はないのだろうが、一見、毒味を感じ、とても横柄で許しがたい言動のようにも見えたのだ。

ふと、私自身がかつて校長より、「丹澤先生は、言葉遣いが悪く、人を不快にさせる」と何度となく注意されたことを思い出した。

「そうか、かつての私は、あんな風だったのか…。」
と思った。

今もそれほど変わってはいないのかも知れないが、少なくとも以前の私よりも改善はされていると信じたい。

運動部系のノリや、重鎮先輩教員としての自信も、言葉遣い一つで、その評価は変わってしまうものだな、と自覚した。

会場のホールはとても寒かった。
当初、ストーブがついていたくらいだが、コロナ禍の換気で、ドアは全開。
コンクリート作りで、冷え切った建物は、ここ数日の暖かさでは暖まる気配も見せず、私はすっかり凍えてしまった。

講習会で学んだことはさほど多くなかったが、一人、某校長のお陰で、私はたくさんの学びを得た。

往復4時間かけただけの学びはあっただろう…。

2022年04月08日

ただただ淡々と…

新年度の校務ソフトの設定に忙しく、新学期になったにも関わらず、生徒たちの顔をあまり見ていない。主として時間割の設定なのだが、これを中高六年分となると、かなりの時間を要するし、集中力も必要となるのだ。
恐らくは、この仕事はあと一週間はつづくだろう。新入生のオリエンテーション期間中に、なんとか目処をつけて、本格授業開始には、諸先生たちは気持ちよく仕事をもらいたいと思う。

今年は、高校三年生のクラス編成を文理混合クラスにした。昨年までは、1、2組が文系クラスで、3組が理系クラスだったのだが、時間割担当の教務主任が、「これでも時間割が組める」と言ってしまったので、かなり複雑な時間割ながらも、混合クラスが実現したのだ。

相応の教育効果はあるのだろうが、私の作業量は倍くらいになっており、ちょっと辟易している。

幸い、担任がないので、今の期間少し時間もあり、毎日コツコツを設定を進めている…。

午後は部活をやらずに自分の時間がとれた。明日9日が部紹介でその内容を生徒たちに任せているのだ。私は、明るい時間に犬の散歩をしたり、庭の手入れをしている。

「さぁ、これから新学期が始まるのだな…。」
と沈みゆく夕日を見ながら、心を新たにする。

毎日淡々と仕事を進めているが、やはり長く仕事を続けるということは、大切なことなのだろう。

「ぱっと花を咲かせて、さっと散る」というような仕事の進め方あるようだが、「特に目だないけれども、常に歩み続けている…」というスタイルも、大切なのではないか、と最近思うようになった。

人は何かで役に立っているのだ。
自分の気がつかないところで、何かしらの仕事は進められている。

「自分のできることをできる範囲で進めていこう。」
これが私の新学期の思いである。

以前のようにいたずらに目立ち、慢心することも防げるに違いない…。

2022年04月07日

新学期

新年度が始まった。
今日は、始業式と入学式である。
普通は、始業式と入学式は別の日であることが多いはずだが、我が校では同日に行われる。まず、朝のうちに始業式が行われる、その後在校生がLHRを行っている最中に、入学式が同時平行で行われる。入学式関連はたいてい昼頃までに終わるので、何とかなるのである。

さて、3月は、1日の高校の卒業式以降、コロナが蔓延し、臨戦態勢になった。大切な学年末考査を受けられない生徒も多かったし、中学校の卒業式にも参加できない生徒もいた。もちろん、保護者も在校生も参列しなかった。休校にはしなかったが、三学期の修了式は二日前倒しにし、その後の春休み期間中の行事は一切中止、部活動も行わなかったのだ。

それを終えての4月である。新たに一年生が入学し、在校生も元気で登校している。このご時世、ゼロコロナを求めるのは現実的ではないので、家庭感染で濃厚接触者になっている生徒は、まだ投稿できずにいる。もちろん、新入生の中にそうしたかわいそうな生徒はいた。オリエンテーション期間中に不在となると、その後の学校生活に大きな影響を与える。下手をすれば、不登校になり、学校辞めてしまう事態にもなりかねない本当は大変な問題なのだ。

私も、久しぶりに生徒たちと出会えて、幸せいっぱいである。長い春休みになったので、約二週間、隔離されていて長い人は一ヶ月弱、顔を合わせていなかった。

やはり生徒の顔を見ると安心する。
休み明けは、背が伸びたり、ちょっと大人になっていることが分かったりと、なかなか感動的でもある。

「丹澤先生、久しぶりです。今年もよろしくお願いします。」
そんな気の利いた挨拶をしてくれた中3のAがいた。
中一の頃から見ると、ずいぶん成長したな、と思う。成人年齢も18歳に引き下げられ、子どもたちは、より早い成長を求められているのだろう。

今年は、入学式に合わせていい具合に桜が咲いている。
ここ四、五日で満開になるのだろう。
山にはまだ雪が残っている。

新しい学年の始まり、心を引き締めて、私も頑張ろうと思う。

2022年03月03日

試験監督

学年末考査が始まった。

「試験監督は結構手持ち無沙汰である。」
こんなふうに言うと、真面目に試験監督をしていないように思われるが、確かに「すべきこと」はあまりない。

と言って、監督業務に意識を払わないと、それが油断になり、途端に不正行為が発生する。

私が最初に勤めた学校では、試験監督時に監督の先生が居眠りをしてしまったことがあり、教室から教員用の椅子が一斉に撤去された。

今の学校でも、教員が本を読んでしまうことがあり、「それでは試験監督にならない」と、今でも注意を喚起している。

私は、以前勤めた学校では、試験時間中、教室の磁場を整え、一人ひとりの幸福を祈ったことがある。

殺伐とした学校だったので、「彼等が気持ちよく試験を受け、力を発揮できるように」、ということと、「魔がさすことがないように」私自身も念を張ったのだ。

その頃から、もう十五年くらいになる。

「私も長く教員生活を送ってきたな」と思う。

試験中は、問題をさっと見て、あとはひたすら机間巡視。
ずっと前の黒板側にいると、後ろの席の生徒の視覚になる。
ずっと後ろにいると、質問生徒がいた場合、彼等が後ろを振り返りたくなる。

そんな風に50分間を過ごすのだが、やっぱり少し「暇」という気持ちは拭えない。

「何もあって当たり前」なので、そのための仕事なのだが、私はあまり監督は好きではない。

彼等生徒たちは、一生懸命に試験を受けているのだから、私もきちんとやらねばならぬはずなのだが…。



2022年03月01日

別れ

高校の卒業式が行われた。
いよいよ彼等、高校三年生ともお別れである。

毎年、卒業式が近づくと、私はなんとも言えない「淋しさ」に覆い尽くされ、悲しくなってくる。彼等との別れが苦しいのだ。

だから私は、極力高校三年生とは関わらないようにして、卒業式間際になると、私の方から先に、「さよなら」と行って、淡泊な別れの言葉を告げる。

卒業式当日に言葉をかけることなど、私にはできない。

彼等の新たな旅立ちを祝福してあげることもできない私は、何と冷たい人間なのだろう。

そんな折り、K君が、「丹澤先生、いろいろ教えてくださってありがとうございました」、と声を掛けてきた。

彼とは、三年生になってもいろいろと話をした生徒である。
受験直前はコロナ禍であったこともあり、話を控えたが、彼の将来に関わる話は、私もしたつもりだ。

彼が、受け入れるかどうか別として、言わねばならぬことは語ったつもりである。

そんな彼からの声かけだったが、私は、「さよなら」とだけ言った。

多くを語らずとも、もう自立して欲しいと思ったということもある。
彼の母親も、弟もいたということもある。

彼は、大学はすべて不合格であったと、聞いた。
恐らくは浪人することになろうが、この先も、さまざまな試練が訪れることだろう。

もう、直接助けてあげることはできない。

私ができることと言えば、彼等卒業生たちの幸福を祈り、天に、困難を乗り越える力を与え給えと祈るのみである。

今年も卒業式は写真撮影の係だった。

卒業生たちの勇姿は、記録にとどめたつもりである。




2022年02月24日

授業中断

中1の授業でFがどうも落ち着きがない。
すぐに思ったことを口にし、授業を中断させる。
先日も、後ろの席の生徒が、「うるさくて授業に集中できません」と訴えてきたので、その生徒の座席を変えた。

昨今の中学生は概して幼い。
まだ小学生の思考と行動とおぼしきこともしばしばである。

今日の授業では、さすがに私も堪忍袋の緒が切れた。

考査前の最後の例題で、大切な話をしているときに、落ち着きがなかったのだ。

私はそこで授業を中断。
もう何も語ることはなかった…。

以前の私なら、そのまま職員室に戻ってしまうというパフォーマンスをしたが、最近はそうしたことはしない。

職員室に戻ってきて、当のFやその他生徒たちが何かしら反省すればいいのだが、昨今の中学生にはその感覚が薄い。

幼いと言えばその通りなのだが、なかなか私のもくろみ通りにはいかない。

「授業放棄だ」などとも言われかねないし、職員室内でも「冷たい視線」を感じるだろうし、教頭にも叱られるのだろう。

それでも私は精一杯の抵抗をしてみた。

「授業を聞き、宿題をこなせば、必ず理解できる」授業をしているつもりだ。

だからそれを妨げる者には、きちんとさせなくてはならない。
それが教員としての務めだ。

私は終業のチャイムがなると、挨拶もせずに職員室に引き上げた。

ほどなく数学係の女子生徒が来た。
「私たちが注意できなくてすいません。だから私たちに続きを教えてください。」

と言う。

私は何も答えなかった…。

2022年02月22日

思春期の病

昔なら怒鳴って、恐怖で言いくるめていただろう。

昨今は、たいてい静かに話す。
だが、その言葉には、恐らくはまだトゲがあるだろう。
私は、この歳になっていも未だ人間ができていないのだ。

今日の野球部の練習で、キャプテンが外野ノックを打っていた。
普段なら、キャッチャーには中1の生徒が入るが、今日は柔道で指を痛めたという中2が入った。せめてバックホームの球くらいは何とか捕れると見込んだようである。

ノックは順番に行われ、徐々に盛り上がるも、中1のYの動きが緩慢だ。
中継に入るときも、歩いて入り、逸れたボールも手を伸ばすだけで採ろうとする。

「なんで動かないんだ!」と言われれば、「捕れると思ったからです」と応える。

先輩たちの怒りは徐々に蓄積されていく。
そんな中でも、ずっと冷静でいたのがキャプテン。
「中継は動いて捕るんだ!」
とフォロー。

ほどなくYがノッカーを受ける番になった。
声が出ないので、キャッチャーをしていた中2が「声を出せ」と叫ぶ。
しかしYは小さい声なので、さらに「声を出せ」と叫ぶ。
それでも、Yが大きな声を出さないので、さらに奇声を発するかのように「声を出せ」と叫んだ。

すると、Yはその姿を見て笑った。
先輩たちには、バカにしたようにみえたのである。

これにはキャプテンも激怒した。
「出ろ!」
と、ノックから外したのだ。

Yは広場から去り、外の草むらでふてくされて仰向けに寝ていた。

私は、Yが勝手にいなくなり、どこかへ行ってしまうことのないように、遠くから彼を見守る…。

結局、自己中で、自己卑下で、言い訳、我が儘ばかりの繰り返し、なのだ。
思春期特有の病だ。

私はあまり自己中は好きではない。
自立を待つしかないか…。




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